ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
 世の中はなにも変わらないようでいて、なに一つとして同じではいられない。
 来年の夏になれば木々は新しい葉をつけて、蝉たちは金切り声でおらぶだろうけど、それは今年鳴いた蝉とはべつの連中。あたしには違いなどわからない。きっと世界にとっては大した影響などないのだろう。
 でも確かに命は移ろっている。刻々と生まれては尽き果て、入れ替わっている。
 昨日のあたし、明日のあたし。決して同じじゃない。自分だからといって、簡単に信用しちゃいけない。別人なんだから。
 なにを考えているのか、見ているのか?それすらもわからないのだ。
 今のあたしは今だけ。肉体も精神も、新しいあたしに食い潰されていく。一秒後の世界に、あたしはいないのだ。
 いや、時間というものなど、この世にありはしない!
 あるのは記憶だけだ。世界は刻々と状態を変化させつづけているにすぎない。過去や未来、そんなところにあたしのよりどころは決してない。

『おまえは何を糧にして生きる?おまえという生命の持つ意味はなんだ?』
 暗闇の中、あたしの姿をした抜け殻が目の前に立つ。
『そんなもの、知ったことかよ』
『守るべき未来も、取り戻したい過去も、ただの概念でしかない。道を歩んでみたところで、前と後ろの区別さえつきはしない』
『だからなんだというんだ!』
『それでもおまえは生きていく。自分を脱ぎ捨てていく。おまえがおまえであるあかしなど、どこにもない。それでも生きていく。覚悟はあるか』
 答えるかわりに、抜け殻に思い切り噛みついた。抜け殻は乾いた笑い声をあげると、闇に消える。
 この闇はあたし自身だ。貪欲に今を吸収し、ありもしない己の輪郭を追い求めては、答えのでない問いを繰り返す。

 意味がないことはとっくに分かってしまった。それでも世界は生まれ変わり続けている。あたしもまた、生まれ変わり続けるしかない。

 なにをしよう?なんとでもなる。なんにでもなってしまえ。


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