目が覚めるとすでに昼のようだった。
棺の中から起き上がり、その辺にあった洋服を纏う。棺のそばには食事がある。召使が置いていったようだ。朝食を貪り食った後乱暴に椅子に座り、頬杖をついて机の上の鏡を眺める。そして呟く。
「鏡よ鏡、この世のすべてを映しておくれ」
この鏡にはなんでも映る。一生かけても見きれないほどに。だから飽きない。時が過ぎるのも忘れてしまう——ああ、そういえば「時計」なんてものもあったな。見もしないからすっかり忘れていた。そう、これぞ至福のとき。「時」なんて不吉な響きの鎖から解き放たれる。
その時どこかがずきりと傷んだが、気づかないことにした。
気が付くと日が傾いていたようだった。
たまには別のこともやろうと思い立ち、本棚から古文書を取り出す。これもなかなか面白い。こういったものには製作者の生き様がそのまま投影されている。だからいつまでも読んでいられる。ああ愉快だ。自然に笑みがこぼれる。
本は磨り減りボロボロになっている。何度も読んでいるから当たり前だが、そろそろ新しい古文書も読んでみたい。あとで召使に取ってこさせよう。
その時どこかがまた傷んだが、無視することにした。
気が付くと真夜中のようだった。
吸血鬼は夜でないと活動できないからようやく外に出ることが出来る。といっても、近くの酒場に少し行く程度だが。
深夜だからというのもあり、人はあまりいない。その数少ない輩も明るい顔をしていない。この時間帯にこんな場所でたむろっているのだから仕方ないといえば仕方ない。そんな輩に少しだけ親近感を覚えた。酒場に置いてある本をひと通り読むと、足早にそこを去る。人でない身なのだからあまりここにいるのはまずいのだ。
館に帰ってくると召使にばったり出会った。召使はお帰りなさいませ、と微笑んだがその目の奥には負の感情があるのを見て取れた。
(アノ偉大ナル吸血鬼ハドコヘ行ッタノダ?)
それはそう思ってる目だ。ずきずきした痛みを感じ、召使から目をそらして自室に入る。
「私だって好きでこうなってるわけではない」
静かに呟く。自分に言い聞かせるように、自分を騙すように。よくもそんな嘘まみれなことが言えるなと。
「昔は、私だって立派だった。誰よりも輝いていた」
過去の栄光にすがってばかりで、今この時を見ようとしない、時間を忘れた惨めな吸血鬼。
「見てろよ。今に復活して、輝かしかったあの頃に戻ってやるからな!」
虚しい。自分にすら届かない言葉が、誰に届くというのだろう。ずきりと傷む心の傷が、反省の印になると思っているのか。栄光への架け橋を渡るどころか、その場から一歩も踏み出さない哀れな吸血鬼に。
傷を忘れるため、再び鏡の前に座る。そして眺める。鏡は映す。この世にはこんなに落ちぶれた吸血鬼が多いのかと、安心し、傷つき、そして鏡から離れ、棺の中に入る。
傷はまだ傷んでいる。
目が覚めるとすでに昼のようだった。
変わらない。何も変わらない。光が眩しいからだろうか、涙が止まらなかった。時間という呪縛から解き放たれたと思っていたのに、何かが自分を縛り付け、同じような日々を送らせる。何が復活だ。そんなもの今の自分に出来るはずがないというのに。
ああ、私よ。
お前はもう救われようがなく、復活など望むべくもない。
血の代わりに金をすすり、
母親を召使のように使い、
首元の代わりに脛をかじる、
ニートという名の吸血鬼よ。
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