満月の夜は来ない。
満たされることはきっと、ずっと、ないだろうから。
わたしはベッドの上で布団を体に巻き付けて座り込んでいた。
閉めきった部屋よりかは窓の向こうの方が明るい気がする。
小さな窓の向こうには真っ暗闇が広がってるはずなのに。
星を探そうか。どうせ見つかりっこない。わたしはいつものようにそう思いながらカーテンを閉めた。
ほんとの真っ暗闇が部屋を埋め尽くす。これでいいんだ。
わたしはぐるぐる巻きにした布団と一緒にゆっくりぱたんとベッドに倒れて横になった。ぽすっと柔らかい枕が頭を受け止めてくれる。
ああ、わたしは今幸せだ。とってもとっても幸せ。眠りたいだけ寝よう。そうする権利がわたしにはあるんだって絶対。
ぬくぬくとした温いわたしだけの空間。ふわふわの世界がわたしを包み隠してくれてる。真っ暗でもお日様のいい匂いが周りに満ちてる。
ああ幸せ!そう思いながら今日も眠くなろう。目をつむろう。だってそのはずなんだもの。
なんでだろう、こんなに幸せなのにからっぽの心がいつまでたっても満たされない。おかしいなあ。
もやもやしながらわたしは心にカーテンをする。目を無理やりつむって。さあ気持ちよく寝よう。
昨日も今日も明日もこうやって幸福を噛みしめて過ごそう。そうしておけばいいんだ……
わたしは真っ暗闇に囚われながらまどろみの向こう奥深くに落ちていった。
変な夢。これは変な夢だ。と思いながら夢を見ていることがよくある。多分。
悪夢じゃないけど、気持ちのいいものでもない。なんか同じようなことをひたすら繰り返したりとか記憶から抜け落ちてたはずの昔の再現だったりとか。
よく見る夢があるってわけでもない。毎回違う変さがある。
悪夢だったら嫌になってハッとして起きるのに、中途半端な夢だからダラダラと続く。布団の中で何度も寝返ったりするけど、夢のモヤモヤを引きずって起き上がりはしない。
もしかしたら起きたくないからこんな夢を見ているのかもしれない。
そういうわけで今日も目を開けたらカーテンの向こうが朝とは思えないほど明るい。当然っちゃ当然だ。どうせもう朝じゃないだろうからね。
案の定、ベッドの横から置き時計を手探りで探して取り出すとお昼だった。外で太陽がてっぺんまで昇ってちょっと下り始めてるぐらいのお時間。
はあぁーあー……。
いかにもダルいですという気持ちを込めて意味もなく溜息をついた。これで気分の悪さが出ていってくれればいいんだが、そう甘くはない。むしろ、なんだっけ?幸せが逃げていくんだっけ?
今日もわたしのやるべき仕事をサボってしまった、大変だ、と思っていることにしよう。誰に対してだろうか。自分でいいや。
唐突に沸々と怒りが沸き上がってきた。自分に。
わたしは何をしているのだ。10時間も寝て、起きても特に何もせずダラダラと過ごして。また夜になったら寝るのか。
無駄にしている。なんだかよく分からないけど大事な時間を無駄にしている気がする。ムシャクシャしてくる。
わたしのバカさ加減に呆れる。この怒りをどうすればいい。
クシャクシャに丸めた布団にわたしは顔を押し付けて言葉にならない大声を叫んでそのムシャクシャを吐き出した。
まだ収まらないから、腕に布団を巻き付けてベッドに接した壁を思いっきり叩く。大した力もないから壁はびくともしない。
布団越しに壁を思いっきり蹴る。少しだけ壁が鳴った。振動がベッド越しに跳ね返ってくる。
本当にわたしは何をしているんだろうか。自分で自分をさらにバカにしているじゃないか。
そうやって子供じみた暴力で少しだけイライラを解消すると、やっと起きようかという気になった。
ベッドから起き上がって目をこする。ああ、今日もダルいことこの上ない。
やーめた。またぱたんとベッドに倒れる。もう今日はずっと寝ていようかな。ダメだ。それじゃ今までと何も変わらない。
少しでいいから変えていかないと。そんなことを覚悟もなく決意したのはいつだっただろうか。はるか前のような気がする。
まずい。またそんな自分にイライラがたまり始める。いい加減布団も散々な目にあわされて困ってしまう。
とかいって、ぐだぐだと小一時間ほど自分と戦って勝てば起きる。負ければ眠くなくてもひたすらベッドで横になり続ける。
それがわたしのゴミみたいなこれまでの日常。いつからそれを繰り返していたか。
変えなきゃ変えなきゃと思いつつも変えられないわたしの性分。少しづつでいいから改善していこうと思ってはやどれだけの年月が過ぎたか。
変わっているのかは分からない。昔ほどは自暴自棄になったり、虚無感に囚われたりすることは減った気はする。
ちょっとは前向きに生きていけるような気がすることも増えた。すぐに負けそうになるけども。
嫌なんだよね、外に出て誰かと関わるのが。自分の惨めさが浮き彫りになる気がして。自分のやってることが陳腐に見えて。自分のやってることに価値を見いだせなくなって。自分が誰よりも劣っているような気がして。自分が生きている意味を見失いそうになるから。
そうやって逃げてるだけじゃ何も変わらないのも分かってるけどさ。頑張るのって、面倒だし疲れるし苦しいよ。
それでも。それでもほんのちょっとでいいから頑張るって決めたんだよ。わたし。頑張ったらいつかいいことあるみたいなことは毛ほども思ってないけどさ。
まあ頑張ってる間は嫌いな自分を忘れられるからさ、それだけでも十分嬉しいんだよね。
だから今日は、今日こそは昼からでもいいから起きよう。外に出よう。
わたしは枕とベッドに引きずりこまれそうな背中を心で押し上げて今度こそ起き上がった。
軽く頬を両手でぱしぱしと叩く。ベッドから脚を出して床につけた。ベッドに座って服でも着替えるかと思っていたわたしの目に思わぬものが入った。
あれ?
カーテンの向こうが暗い。ああー……。
どうやらわたしはまたしくじったみたいだ。
ベッドに倒れこんだあと二度寝をしてしまったようだ。二度寝、三度寝はよくあることだ。
ただ二度寝にすら気づかずまだ昼だと思って今日は頑張ろうとか考えていた自分が途端に恥ずかしくなる。
どれだけわたしは愚かなのだろうか。というか合計どれだけ寝れば気が済むのか。
はー……。
また溜息を一つついてわたしは体を後ろに倒した。ぽふっと丸めていた布団が背中をおかえりと受け止める。ただいまは言わない。
真横にベッドに横になりながらわたしは薄暗い天井を見上げてぼーっとしていた。
二度寝したことにすら気が付かないとは。やはりわたしはよくなるどころかどんどんダメになっているのではないか。
鬱々とした感情がわたしをまたもや蝕みはじめる。
やめよう。また現実から目を背けよう。目をつむってまた眠ればいい。眠っているふりをすればいい。
終わりのないやみにわたしは沈んでいった。
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