見られている気がする。
道行くサラリーマン。電車に乗り合わせた高校生。その中に、たまにオレを見ている奴がいる。
珍しい物を見る目をこちらに向けている。
自意識過剰だと? オレもそう思いたい。
だが、思い当たるフシがある。数カ月前の話だ。

その日、オレは海外出張に出ていた。
まあ、あるんだよ、たまに。立派とはとても言えないが、そこそこでけえ会社にいたんでな。
海外の支社の連中と顔突き合わせて、英語で会議をして、それらがだいたい片付いた日だ。
ホテルの部屋で休んでいると、上司がやってきた。そんで『ひと稼ぎ行かないか』などと言う。
近くにカジノがあるから、そこに繰り出そうって話だ。
『稼げると思ってんですか?』と正直に言ったら野郎、『当たり前だ』って高笑いよ。根拠のない自信ってのはまったく怖え。
だがオレも物分りの悪い外人相手で鬱憤が溜まっていたんで、付き合うことにした。金を使うのも娯楽のうちだ。

しかしオレは稼いでしまった。
ルーレットだ。
どうせドブに捨てた金だ、チップがなくなるまでやっちまえ、そう思って賭け続けていたら、なんと勝ち続けて7万ドル。
さすがに大興奮だった。別行動でスロットやポーカーやふらふら回っていた上司の野郎もいつの間にか背後で固唾を飲んでいて、当たった瞬間に絶叫を上げた。
7万ドルと言ったら700万円だ。欲しいものをすべて買っても釣りがくる。オレはさすがに惜しくなって換金したよ。
上司が『オレが手引きしたんだ。半分、いや4分の1でいい、よこせよ』などとしつこくタカりをかけてくる。
連れてきただけで何が手引きだ。殴り飛ばしてオレはクビ、奴は病院送りになった。

それ以来だ。視線を感じるのは。
そりゃオレも、向こうを出るまでは怯えていたさ。意図せずして出ていった金を、黒い服着た巨体どもが回収するのではないかと、当然思った。
だが、日本にまで来るはずがない。飛行機を降りた時は『助かった』と思ったもんだ。そりゃそうだ、でけえカジノだ。7万ドルごとき、大した金額じゃないはずだろ。これでしばらくは悠々自適、金が尽きかけた頃にまた仕事を探しゃいい。
だがそれ以来、見られている気がするんだ。そしてそいつらが時に『ルーレット』と口走っているような気がするんだ。これって、俺の面が割れてるってことなんじゃねえか。
なに? やはり自意識過剰だと? 違うって。

「どう思う?」
隣の運転席に座る女に尋ねる。大学の後輩だ。今はデリバリーヘルスのデリバリーの部分をしている。
不意に通りかかって話しかけたオレを仕事中にも関わらず迎え入れてくれるうい奴だ。ま、嬢が仕事をしている間、暇だからだろうが。
ちなみにヘルスの方でもオレは指名したいくらいの顔だが、当人はその気はないという。
「先輩、ネットやるっすか?」
「キン肉マンは読んでんぜ」
「2chとかSNSは?あとニコニコとか」
「興味ねーな」
「それでか」
そう言うと後輩君は携帯電話を探って、画面をオレに見せてきた。
「今話題の動画です」
薄暗くも華やかなカジノが映っていた。そしてそこにはルーレットに当たり、大喜びではしゃぐ男の姿があった。
見覚えがあった。
というよりオレじゃねーか!
「こんなに喜んだかなァ」
「その喜びぶりがネットの連中にウケて、加工されてはコピペされて、今や先輩は世界中に知れ渡った顔面フリー素材なんすよ」
確かに両手を挙げ、奇声まで上げて喜ぶさまは動画としては面白い。
「ふざけんじゃねーよ!」
「うちに言わんでくださいよ」
こりゃまずいぜ。絶対に『ルーレット君』なんてアダ名をつけられている。いやそれは問題ではない、やはり面が割れているのだ。金を稼いだこともバレている。頭のおかしいバカに付け狙われてもおかしくないぜ。
「ねえ、オレんことヒモにしてくれねえ?外出たくないわ」
「会社はどうしたんすか」
「やめたよ」
「バカじゃないですか。で、いくら稼いだんすか?」
おっ、満更でもなさそうだぞ、後輩君。さすがに金には弱いか。
「7万ドル」
「意外と少ないんすね。そのうち使ったのは?」
「……7万ドルだね。ありとあらゆる快楽を味わったぜ」
「ふざけんでくださいよ」

見られている気がする。
なるほど、こいつらは『ルーレット君』に似た男を見つけて、それで笑いものにしていたわけだ。『ルーレットの奴がいるぞ』ってな。
それがわかっただけでもいい。正体がわかっただけでも恐ろしくなくなるもんだ。
いやー、よかったよかった。

……。

それにつけても働きたくない。


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