3/16
「おにいちゃん、あしたは何の日か知ってる?」
「え?俺の誕生日?」
「いや、違うでしょ。そんなんじゃなくってもっと大切な日だよ」
「そんなんって……。忘れちゃったな。教えてくれ——」
「シリコンの〆——」
「あーあーやっぱいい。プチ最悪です。多分世の中には知らなくていいことってのがいっぱい溢れてるんだ」
「ちょ、ちょっと?!どこいくのよ!おにいちゃん早く原稿書かないと間に合わないよ?」
「俺にはかつてライバルだったが激闘の末に手をとり人類の敵となった母親に立ち向かう姉妹の運命を見届ける使命がある。生命繊維と人間の運命なんだ」
「かっこつけてもテレビの方に向かってるだけでアニメの話ってバレバレだよ?」
「くっ、世界にはなんだかよくわからないものがあふれてるな。他にも俺には未確認なものをいますぐ確認してくるという現在進行中のミッションがあってな」
「どうせそれもアニメでしょ?」
「マジで納豆うめーすきー」
「こらオープニングを見始めるんじゃないの!ほら原稿に戻った戻った」
「あーテレビの電源切るとかひどいよ小紅ちゃん!」
「誰が小紅ちゃんだ、アニメの妹と現実の妹を間違えるな」
「らったったらっ たったった ふぅふぅ いぇい!」
「アニメを脳内再生するな」
「はあ。分かりましたよー、原稿書けばいいんでしょ書けば」
「そうよ。全く最初から素直にやりなさいよね。大体、前回原稿落ちしてるんだからもう後はないのよ」
「毎回たくさん書いてたんだからちょっと原稿落ちしたぐらいいいじゃんか」
「前回が第一回なんですけど?」
「そうか……別世界の話だったか。そう、あれは今のシリコンが生まれる前の世界だった。セカイの終わりと始まり、交錯する世界線、俺の記憶は書き換えられているのかもしれない。うっ、右眼も疼く!これはまずいな、早速邪王封印の儀式を執り行わなくてはならな——」
「いい加減に諦めてパソコンに向かいなさい」
「ちぇー本当の話なのになー。俺は前の世界では頑張ったってのに」
「大事なのは今。今おにいちゃんが何をするかでしょ?過去に囚われたままでは前に進めないわよ」
「ふふっ。さすがはわが妹よ、たまにはいいことを言う」
「ポチッとな。はい電源付いたわよ。さっさ書きなさい」
「容赦ないなっ!」
「ところで、あとどのくらいで原稿は仕上がりそうなの?」
「え、一文字も書いてないよ?」
「はあっ?!あと一日しかないのよ!どうするのよ」
「うーん。何とかなるって」
「本当?前回の見てるととてつもなく不安なんだけど」
「大丈夫だ、問題ない。多分。でさ、一つ聞きたいんだけど」
「なによ」
「今回のテーマって何?」
「アホーーーーっ!な、なんでそんなことも知らないのよ!馬鹿なの死ぬの?」
「生きるッ!」
「うっさい馬鹿。えーっとね、今回のテーマは『口癖』よ」
「口癖?なんだと。そいつは難しいな」
「毎回言ってるわよそれ」
「ん?まだ第二回なのではなかったのか」
「こ、こっちの話よ!で、なんかネタは思いつくの?」
「ない!!……えっとごめん……に、にらまないで。口癖かー。なんか俺の口癖ってあるか?」
「え?おにいちゃんの口癖?あんまり意識したことないかもなあ」
「そう、だよな。自分でも口癖がある気はしないんだよなあ。ふぅー」
「口くせっ!おにいちゃん納豆食べてから歯磨きしてないでしょ」
「お、そうだった。ちょっと歯磨きしてくる」
「はいはい。ちゃんと原稿に戻ってくるのよ」
「ふーさっぱりしたー。そうだ、妹よ。歯を磨いてやろうか?人にしてもらうと気持ちいいらしいぞ」
「プラチナキモい。で、ちょっとはネタは思いついた?」
「え?プラチナ?……え、えっとネタは思いつかないです、はい」
「まあそうよね。口癖でお話考えるのって確かに難しいかも」
「だよね。だから今回は諦めようよ」
「そうね。前回出してたなら最終手段としてそれもアリだったかもしれないわ」
「うっ」
「二回連続で出さなかったら、次も出すのが億劫になる。その次も次も。そうやって投票オンリー組に回った人も、シリコンを抜けた人も、私はたくさん見てきたわ。おにいちゃんもそうなりたいの?」
「そ、それは……」
「答えは出ているようね。迷いがあるなら断ち切りなさい。未練があるなら書きなさい。書きたいものが心の中にあるのなら、書かれる方が彼らも幸せなはずよ。思いついたら最後、忘れるまで夢と希望はあなたの心を躍らせ続ける。私達はいつもあなた達に書かれるのを待っているわ」
「え?」
「さあ、目を覚ましておにいちゃん。昔のあなたの口癖を現実にして見なさい。まだ明日はあるのよ」
3/17
目覚まし時計よりも早く起きた朝。
布団から身体を起こすといつもの俺の部屋だ。一人暮らしの俺の部屋。
変な夢を見ていた気がする。英霊が微笑むカレンダーを見ると今日の日付は3月17日。
〆切りの日だ。あと一日ある。今日という一日が。昨日の明日が今ここにある。
実は俺の口癖というと、思いつくものが一つあった。昔はよく周りの人達からそれでからかわれていた。
何かに追われているとき俺はそれをよく言っていた。
「明日、やる」か。
その言葉を何度言って、何度守らなかっただろうか。数え切れない。
その報いも何度受けたかも分からない。数え切れない。
しかも最近はその言葉すら言わなくなっていた。
そもそも強制や義務から逃げることが増えたからだ。
だけど、本当はそれは強制でも義務でも何でもない。
やるべきこと、やった方がいいこと、そして、やりたいことから逃げてただけだ。昔も今も。
声に出そう。口に出そう。そうすればそれはいつか口癖になる。生き方になる。
俺は起き上がった。開いたカーテンから暗い部屋に朝日が差し込んだ。
昨日の明日、今日になったのだから。
「俺は今日、やるぜ」
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