「宅配便でーす!」
その言葉を聞くと大方の人間は瞳を輝かせ始めるだろう。
でもね、みんなダンボールなんか見ていない。みんなが欲しいのはダンボールの中身。 中の物を取り出せばもうダンボールはお役御免。ゴミみたいな物。
私はきっと、そんなゴミみたいな人間なんだろう。
「愛美もカラオケ行くよね?」
今日もまた声をかけられる。普通の人は他人から話しかけられたら嬉しいものなんだろう。でも私は知ってる。彼女たちは全然私のこと見てないって。
「あ、もちろん行くよ!」
気分の重さとは対照的な私の返事を聞くと、彼女たちはホッとした顔をする。だって私が行かなかったら代金を自分で払わなきゃいけないから。いつか財布を投げつけて、
「あんた達が誘いたいのは私の財布でしょ!」
とか言ってみたいけど、そんな勇気なんかない。
「いーなー。ウチん家もまなちゃん家みたいにお金持ちだったらなー」
よくこんな事を言われる。他人に自分の代金払わせるような娘に育てた親がお金持ちになれるとか思ってるんだろうか。
今日も私は金づる。みんなは私の中のお金だけ見てる。
でも彼女たちは悪くない。あるから見るんだ。
逆にないものは見れない。私がお金持ちの子とかじゃなかったら、みんな私を見てくれただろうか。
カラオケには6時から行くことになったから、一旦家に帰ることにする。途中に公園の横を通るのだけど、そこにはちらほらホームレスが住んでいる。彼らが入っているダンボールを見ると、少しだけ暖かい気持ちになる。
彼らは捨てられたダンボールを拾い、それで生活してるんだ。彼らはダンボール自体を見てる。それが嬉しくて仕方がない。
「あなた達はいいわね」
頭の中で、そっとダンボールに話しかける。
「あなた達をちゃんと見てくれる人がいて」
いつも私は自分をダンボールに重ねてしまう。だってそっくりなんだもの。大切なモノを包むだけの存在というところが。
「これから集合ね(^^)」
そんなメールが来た。私がお金持ちの子なんかじゃなきゃ、こんなメールは来ないだろう。
だって私の価値はお金だけだから。お金を出さなかったら使えない人間として視線を寄越してすらもらえないから。
バッグを持って、ちゃんと財布を入れて、そして家から出る。なんか宅急便になった気分。財布という大事なお届け物を、私というダンボールに入れて、名ばかりの友達の所へ運んでいくんだ。
あ、大事な事を忘れてた。ダンボールは水に弱いんだ。
家を出てしばらくするとポツリポツリと雨が降ってきた。それはすぐに土砂降りになり、傘を忘れた私はずぶ濡れになりながら軒先に駆け込む。
頭から足の先まで見事に濡れていた。今から家に帰ったら確実に6時に間に合わない。かといってこのままカラオケに行くわけにもいかない。
途方に暮れるとはこのことだった。
いつの間にか涙が溢れていた。だからダンボールは水に弱いっていうのに。
ただ情けなくて。ただ悲しくて。自分はなんでこんなに弱い存在なんだろう。
店のショーウィンドウに自分の泣き顔が映っていた。なんともひどい顔。みんなにどんな顔して会えばいいんだろう——
「あ」
ひとしきり泣いたあと、口から呟きが漏れた。
「そうだ、これが私じゃない」
みんなに見てもらいたかったそのままの「私」が、ショーウィンドウに映っている。みんなに「私」を見てもらえないって? なんのことはない。このままの姿で行けばいい。
情けなくて、ずぶ濡れで、でも中に大事な物を持っている。そのままの私でいい。そしていつもよりちょっと勇気を出せばいい。
ふと足元にダンボールが置いてあるのに気づいた。雨のせいで水の跡が点々とついている。中には何も入っていなかった。
自分をダンボールに例えるなんてダンボールに申し訳ない。ダンボールは何かを守るためのもの。自分のプライドすら守れなくて何がダンボールか。
バッグからずぶ濡れの財布を取り出して、自分が必要なお金だけ取り出して残りは空のダンボールに入れた。余計なものなんて要らない。
そして私は土砂降りの中に足を踏み出す。
自分のちっぽけな勇気を宅配するために。
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