復讐、なのだそうだ。
 俺の戦友は毎晩、かの俺達の上官殿に思念を送り呪い殺すことに精を出している。何をやっているんだと呆れ顔で見つつも冗談にできない恨みもあるのかと、斜に構えた気分で見物しつつ本格的に止める気にはなれない。
 呪いというのがどれほどの効力を来すのかはよくわからないが、あえて科学的に説明を付けるなら。そのような呪いを受けるほど他人から恨まれている人間はそれなり悪いことが起こればそれと誰かの呪いを結び付けたがるものなのだろう。あるいは数世紀前の村集落なんかでは呪いということにしておいて集団の了解のうちに暗殺されるようなこともあったのだろうか。
 今挙げた説明のように、怨霊や超能力の類いが実在する。というより手段として効果を持つ。そんな説にはいくらか信じたくなる面もある。人の感情が一人の人間を恨み殺すほどのものとなれば。それが行動に移されなくともどこかの時点で周り巡って本当に殺してしまうかもしれない。本人の行動でなくとも、彼に同情した何者かが呪いに手を貸してくれるか、あるいは呪われた側が気を病むか。人の感情というものにはそう思わせてしまうような奇妙な魅力がある。
 だがちょっと考えてみて欲しいのは、逆恨みという言葉についてだ。社会的な法や道理から照らし合わせて恨む筋合いではない相手だとしても。それでも身を削るほどに呪わずにはいられないという人であるがゆえの感情。この場合の呪いもきっと成立はするに違いない。閻魔のような第三者がその恨みは説得力に欠け相手にしてみれば不条理なものであるとして呪いの成立不成立を決めるなんて話も聞いたことはない。ようは感情。正当性を判ずる一切はそれが本人同士ら自身に納得されるかであろう。
 そして、そう。我が戦友と我が上官殿の間の恨みというのはまさに逆恨みとしか言いようがなく、私の目から見ても双方に不幸な事態だったとしか言いようがないのだ。それでも許せぬ、許されぬと共通に理解しているのだ。
 ならば裁判所にでも持ち込んで、法の下で適当な手打ち料でも定めてしまえば良いとする向きもあるかもしれない。されどそれも難しい。これからの長い時間をかけた贖罪。代償による赦し。そんなものでは取り戻せないそれを、かの上官殿は奪っていったのだから。俺の戦友のみならず、俺からも。
 それに執着を見せなかった俺はともかく、彼にとっては上官殿を呪うに値する価値。当然ながら上官殿も苦渋の決断だったに違いない。彼は俺たちを切り捨てた。しかしそれはどうしようもなく仕方なかったのだ。
 二つの部隊が戦地にあり、どちらかが囮になればどちらかが生き延びられた。俺達の部隊は上官殿の秘密裏の指令により切り捨てられ、囮として殺された。
 死人の復讐というのも、なかなか冗談にできない。

   ※

 四十九日も近づき、ここに来てとうとう上官殿が病床に伏せる。果たしてこれが彼の呪いによるものなのかと言えば、いくらか首を傾げるところもあるが、上官殿のうわ言に俺たちの名前が出るに至れば先の理屈に当てはめても彼の呪いの効果と断じてもいいのやもしれない。
 どことなく釈然としない物があるのは事実だが、戦友の呪いが実物となってしまった今、俺としても何ら思わぬところがないでもない。仕方なかった決断に対してやり過ぎだという感もあれば、そもそも死人がここまで出しゃばっていいものかという懸念もある。生者の復讐なら、生者の気晴らしにも精神にも影響があるだろう。だけど俺達は死者なのである。この世の事象の外側。食むことも生むことも無くただ忘れられ次の転生を待つ身が、生きた人様。それも裏切られたとはいえ世話になった上官殿の生死を左右してもいいものだろうか。
 俺達と彼らの間にはすでに決定的な線が引かれている。
 彼らはこれから子を残し、歴史を刻み、未来を形作る権利を無条件に祝福されている。対して俺達はただ慰められ祀られ、思い出して情をかけてもらうのみである。死者をどのように扱うかは生者が決めることであってそれは生者の問題だ。
 されどそれではあまりに存在してしまった俺達が悲しい。
 残ってしまった感情。思念。
 俺は迷っている。

   ※

 あれから厄介なことになった。
 上官殿は呪い殺され、俺達と同族となった。されどこれが自身の死因たるかつての部下とのご対面と相成り、あれだけ愁傷に呪われることを受け入れてた上官殿は態度急変、激怒した。
 推測するに、幽霊だとか呪いだとか、非現実的な何かに殺されると思っているうちは天罰のように考えられて大人しく呪い殺されていたが、自身幽霊となり事情を把握するにつけて、その呪いが完全に元部下の逆恨みであると知り、また本人を目の前にした途端、怒りがこみ上げてきたのだろう。
「ふざけるな、お前は何様のつもりだ」
 厄介なのはこれだけじゃない。
 戦友はその呪いを行った理由を俺のためだったとほざき出した。これには正直眩暈がした。完全に関係ないと思って傍観者のつもりでいたら、いつの間にか当事者の位置に引きずり出されていた。たまったものではない。
 俺達にはもう、死んで強制終了という甘い逃げ道はもう許されない。恨みがただただ意味もなく積もり続ける。どこにも捌け口のない負の螺旋回廊。
 堕ちる。


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