これで残りはあんただけだ。
誰の差し金だね?
悪いけどそれは言えないことになってる。
それもそうか。すまない、くだらない質問をしてしまったね。
○○さ。あんたが潰した子会社の社長、いや、元社長だよ。
そうか……心当たりはついていたが……教えてよかったのかい?
別に、今から一生口が塞がれる相手に秘密など意味をなさないからね。
ふふふ、それもそうか。
依頼人に盗み聞きされてた時は、その時考えるさ。
じゃあ、君は晴れて仕事を遂行し、それで終わりなのかな?
一つ質問。さっき何を考えていたの?自分が窮地に立たされていく過程の内で。そのけったいな椅子にただただ座ったままで。
質問に答える意味は?
ないね。少なくともあんたには。
身勝手なお嬢さんだね。いいさ、答えてあげよう。
その、“あげよう”って物言い嫌いじゃないよ。
そうかい?簡単に安い挑発には乗ってくれないか。
生きるのを諦めた人間を殺すのは好きじゃない。
意地悪なお嬢さんだ。
悪趣味の間違いでしょ?今あんたが生きているが私にとっての意味のあることなんだよ。
いいだろう。さっき、人生は劇みたいなものだとぼんやりと考えてたんだ。
劇?
そう、劇。このまま君に殺されるだろうなと確信した時、自分の人生がふと思い出されたんだ。でも……。
でも?
思い出されたのは断片的なイメージだけ。小学校の絵画大会で優勝した時とか、会社を立ち上げた時とか、挫折を味わった時とか。
それで?
それでふと思ったんだ。人生は劇みたいなものだって。自分に残ってるのは自分にとって意味のある記憶だけ。それは劇に似ていると思ったんだ。意味のあるシーンを繋ぎ合わせることで何かを発現する。
面白いね。
その割には反応が薄いが。
表情に出にくいだけさ。
難しいお嬢さんだ。
質問。じゃあ、あんたの劇の幕のおろし方は?満足?
質問は一つ“だけ”ではなかったかな?
“だけ”とは言ってない。
そうか。この幕のおろし方は意外だったなぁ。それは主に君のおかげだがね。
ありがとう。
○○には悪いことをしたと思ってるよ。
赦しを請う相手はあたしじゃあない。
冷たいなぁ。
あたしは頼まれただけ。赦しを請うなら本人にして。
助けを請えと。
そういうこと。応えはしないけど。物分かりがよいおじさんだね。でも、だからこそ面白い。
本当に聡明なお嬢さんだ。
光栄だなぁ。これも嘘じゃない。
ふふ、私の劇の脚本を握ってるのは君というわけか。
どうする?神にでも祈ってみる?
祈るならもっと確かなものにするさ。
どれも一緒だよ。祈るという行為自体に意味がない。この状況では、だけど。
というと?
何かに縋る時点で自分の手の内は全部さらけ出したってこと。
なるほど。それで?私は君が満足するような役を演じればいいってわけかい?
今がそう。
それとも、身勝手な役者らしく脚本に反逆するべきか。
それも面白いかもね。
こちらも質問していいかな?お嬢さん。
どうぞ。
君の劇はどんな幕のおろし方をすると思う?
案外あんたと似たような結末になるかもね。自分の劇の脚本を握っているのは自分自身とは限らないから。
そうか。そろそろ終わりにしないかい?クライマックスが長引くと間延びしてしまうよ。
それもそうかな。
私の劇は何かを発現できただろうか。
それはあんたが決めることじゃない。観客が決めることさ。それじゃ、少しの間だけでも楽しかったよ。
こちらこ……。
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