ふと目が覚めます。夢見は悪かった気がします。夢は覚えていないので、確認のしようはないのですが。
天井の染みをぼんやりと眺めながら、頭に血が巡るのを待つ。私は低血圧なので、これ位の怠惰は許されるでしょう。私が許します。早起きが必要な立場でもないので。
「・・・さて。」
部屋を見渡してみると、煤けた箪笥と黒い帽子ばかりがびっしりとかけられているハンガーラック。
「ふむ。」
どうにも頭が廻らないですね。しかし、わかっていることが一つ。
「・・・ここは、どこでしょうか。」
少なくとも私の家じゃないようです。私は黒い帽子などかぶりませんし。そも、帽子自体があまり好きではないです。どうにも窮屈で、抑えられているように感じます。そして私は掃除好きです。箪笥を煤けるまで放置するなど、この部屋の持ち主には是非とも反省していただきたいと思います。
「とりあえず、掃除しましょうか。」
本当なら必要なもの以外を収納してしまいたいのですが、部屋の主がいない以上、完璧に綺麗にするのは無理があります。おあつらえ向きに押入れに入っていた掃除用具一式を使って、床の掃き掃除に拭き掃除、棚の拭き掃除まででひとまず手を打ちました。
「・・・完璧ですね。」
途中で何度か花瓶を割りそうになりましたが、割らなかったという事実が大事なのです。
コンコンコン、と不意にノックがなりました。
「はい、何か御用でしょうか?」
「失礼、もう起きていらしたのですね」
声と共に笑みを浮かべた少年が入ってきました。
「今日はパレードの日なんです、貴方も参加してはどうですか?来たばかりでしょうが、こことてもいいところで」
「失礼ですが、少々よろしいですか?」
おや、と少しおどろいた表情を浮かべた後、此方の発言を促すそぶりをしたので、それに甘えます。
「私の状況を教えて頂けないでしょうか?」
「おや、これは驚いた、珍しい人もいるようですね、ここはソリの国といいます、夢の国です。ここでは何でも許されるんです。」
「何でも、といいますと?」
「それこそ何でもです。今までしてきたあらゆることがここでは許されるんです。僕はその案内人でして。」
正直言ってなにをおっしゃられているのか1ミリも理解ができませんが、ここは話をあわせるに限ります。そして一刻も早くこのソリの国とやらから出るべきでしょう。ここでは私の目的も果たせそうにありません。
「そういえば、あなたは今まで何をしてきたんですか?ここにこられる方は皆訳ありだから、ちょっとやそっとじゃ驚きませんよ」
少し自信ありげに少年が聞いてきたので、此方も自身をもって答えます。・・・そう、私は
「・・・野良メイドです。」
「・・・はい?」
驚いた、というよりは理解ができないという表情を浮かべ、少年は此方に聞き返してきました。
「ですから、野良メイドです。」
「・・・その、野良メイドって何です?」
おずおずといった様子で少年が聞き返してきます。
「主人を持たないメイドのことです。主人は募集中です。あて先はこちらです。」
「へ、へー。そうなんですね。」
空中を指し示した私の渾身のジョークですが、スルーされました。少々悲しいです。
理解が頂けたようで何よりだと思います。
「まぁ、とりあえずパレードに行きませんか。ここでこうしているのもアレなので」
アレって何だと思いましたし、この少年の表情の変化が激しいことも気になりましたが、私は慎み深いメイドなので言葉には出しません。
粛々と少年の後についていきます。


大通りに出ると、フードをかぶった集団が右へ左へお辞儀を繰り返しながら歩いています。非常に不気味です。
「アレは何でしょうか?宗教団体か何かですか?」
「アレこそがソリの国の一大イベント、パレードです。ああやって頭を下げて、王様に握手をすることで許されるって寸法です。」
どういう寸法か全く分からないですが、納得した顔をして頭を下げました。私は出来るメイドなので。
「ああ、そんな感じです。そうやって頭を下げるんですよ。」
「いえ、メイドの会釈はあの方々とは異なります。」
「そうなんですか。」
全く理解してないような様子ですが、これ以上は言っても仕方ないので口をつぐみます。


私が折角なので件の王様とやらを見たいと言い出すと、少年はまたもや驚いたような顔をしましたが、断る理由もないらしく、連れて行ってもらうこととなりました。
フードの人々が跪いて、なにやら煌びやかな服装を着た王様らしき人物と次々握手をしてました。
「君が自称野良メイドかい?」
気がつくとこちらに近づいて来ていました。
「はい、主人を探しています。」
「私では駄目かい?」
私はじっくりと王様らしき人物を見ました。恰幅のいい体に、煌びやかな服装、アクセサリーもたくさん身につけて動くたびにジャラジャラ言います。
聞かれたことにはしっかり答えないといけません。
「はっきり言って、・・・最悪かと。」
「なんだと!」
急に怒り出してしまいました。烈火のごとく怒っていて、血管が切れてしまいそうです。
そういえば、ここでは何でも頭を下げれば許されるそうでした。
ですから、頭を下げましょう。
「正直に申し上げてしまいすみませんでした。私は遠慮しますが、サイコーな方だと思われますのでいつか良いメイドとめぐり合ってください。」
まぁ、メイドの会釈を謝罪と勘違いしている国の王様など、メイドの方からお断りだと思いますが。
メイドの会釈は畏まる為にあるのです。謝る理由も意味もありません。
そんなことを考えている間も、王様らしき人物は喚きたてています。このままでは危ないかもしれないです。
「王様がお怒りです。何とか許してもらってください。」
王様が近づいてきた時にはいつの間にか離れていなくなっていた少年が、またそばに来て言って来ました。
「嫌です。すでに謝罪も済ませました。」
「王様はアレじゃ許してくれそうにないですよ、もうすぐあなたを捕まえるように言うかもしれないです。」
「それも嫌ですね。」
立ち去ろうとする時、言い損ねていたことを思い出しました。
「王様らしき人に、あなたは誰に許されるのですかと聞いて置いてください。」

今回も自分の主人は見つかりそうにありませんでした。諦めてここから退散することにします。
次は主人が見つかると良いな、とフードを被った幽鬼たちに追われながら考えます。
メイドは足も速いのです。捕まるはずもありません。
「私は完璧なメイドなので!」
つい思ったことを口に出してしまいながら、私はソリの国から逃げ出しました。


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