家のメイドさんは、僕らとどこか違う。
 見た目は僕らとまったく変わらず、じーっと見つめても見分けがつかない。それどころか僕らなんかよりもずっと仕事ができるから、僕らよりも優秀なんじゃないかと思っている。
 ただそのメイドさんが僕らと違うのは、メイドさんには表情が全くないという所だ。笑ったり、泣いたり、喜んだり、怒ったりせず、ただ黙々と働く。なんでなの、と父さんに聞いたら、「そういうものなんだよ」って言っていた。
 そういうものってなんだろう?
 分からなかったのでそのメイドさんに聞いてみた。するとメイドさんも大体同じことを言った。
 「そういうものなんです。そう決められてるんですよ」
 よく分からなかったけど、僕は「ふーん」とわかったふりをした。

 家のメイドさんは、いつも可哀想だ。
 父さんや母さんに怒鳴られてばかりいる。この前そっと扉からのぞき込んで見てみたら、「在庫少ない中苦心して取り寄せたのにこんなに役立たずとは」と、うんぬんかんぬん言っていた。メイドさんは「申し訳ありません」という言葉を繰り返しながらずっと頭を下げていた。
 在庫ってなんだろう?
 分からなかったからメイドさんに聞いてみた。
 「私たちも、そんなに沢山はいないんですよ」
 なんだか言い方が少し引っかかったけど、今日先生に言われたことが気になっていたから聞いてみた。
 「先生が、『綺麗な心を持っているといいことが、そうじゃなければ悪いことが起こる』って言ってたけど、どうなの? メイドさんはそうじゃなかったから父さんに怒られてたの?」
 「ええ、きっとそうなんでしょうね」
 僕はなんだか悲しくなって、部屋から飛び出した。

 家のメイドさんは、いつも優しい。
 父さんに怒られて泣いている時はいつも慰めてくれる。無表情だけど、言うことがとても分かりやすくて、正しいから無理やり納得させられてしまう。
 「メイドさんは優しんだね」
 というと、メイドさんは首を横に振って、
 「これも仕事です」
 とだけ言う。その仕草がとても格好良かった。そんなメイドさんがとても輝いて見えた。
 「そんな事ないよ。メイドさんの心はやっぱり綺麗なんだよ。一体何で出来てるんだろうね。僕とは違うんだろうね」
 「私の心の事は分かりませんが」
 そう言ってメイドさんは僕の手を取った。
 「坊ちゃまの心が澄み渡るほど綺麗なのは、私にも分かりますよ」
 その時、メイドさんは少しだけ笑っていた。その事が僕の心を揺さぶった。メイドさんはそのままどこかへ行ってしまったけど、握られた手を見ながら、僕はずっと固まっていた。

 家のメイドさんは、もういない。
 メイドさんはどこ、と父さんに聞いたら、「役に立たないから廃棄処分した」とだけ言われた。廃棄処分てなんだろう、と思ったけど、もうあのメイドさんに会えないというのは分かったから、僕はずっと大声で泣いていた。「あたらしいメイド買うから」と母さんに慰められたけど、父さんに無理だって言われた。在庫切れなんだって。
 僕はすぐ自分の部屋に飛び込んで、布団にもぐった。ずっとメイドさんの事を思って泣いていた。きっと僕の心が汚いからメイドさんはいなくなったんだと、ずっと自分を責めていた。そしていつの間にか寝ていた。
 夢の中でメイドさんに会った。今日のことを全部言った。メイドさんは優しく頭を撫でてくれた。
 「私のために泣いてくださる坊ちゃんは、やはり綺麗な心をお持ちなんですよ」
 「メイドさんの方が絶対綺麗だよ!」
 「そう、でしたら……」
 そう言って、またメイドさんは笑った。
 「私たちの心は、きっと同じもので出来ているのでしょうね」

 目が覚めると、もうメイドさんはいなかった。もう涙は出なかった。メイドさんから大事なものを受けとったような気がしたから。
 この前握ってくれた手と、夢の中で撫でてくれた頭には、父さんや母さんや僕のような無機物にはない確かな温もりが、まだ残っていた。


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