毎朝、大して散らかってもいない部屋を片付けるのが習慣になっている。
最近は毎日家にいるし、毎日掃除すれば散らからないのも当然だ。
しかし、見えないゴミというのは案外溜まっていってしまうものなので、こうして毎日こまめに掃除することにも意味はあるのだ。
と、仕事で得た経験から自分に言い聞かせているが、単に1日中家にいても手持ち無沙汰なのだ。
夫が仕事に行っている間に、寝っ転がって煎餅をかじりながらテレビを見るのは何だか申し訳ない。
と、いうのも後づけの理由に過ぎないかもしれない。
今日は土曜日で、前日も夜遅くまで仕事だった優志はよく寝ている。
「フフフ、幸せそうな寝顔」
寝室のカーテンの隙間から差し込むかすかな朝日の光をたよりに、枕元に置いてある写真立てを拭きながらそう呟く。
写真の中の笑ってる優志とすやすや寝ている目の前の優志を見て、どっちの優志の方が好きかなんてことを考えてみたりする。
写真立てを元の場所に戻そうと枕元の小さな棚の上に置こうとしたが、背板から伸びた細い支えの板が折れてしまい、そのまま床に落ちてしまった。
ガラスは音を立てて割れ、私は「きゃっ」と短い悲鳴をあげてしまった。
すぐ側にいる優志が目を覚まさない訳がないが、しかし寝起きが悪い彼は目をつぶったまま少しだけ体をこちらに向けて
「んーっ……どうしたの?」
と問いかけてきた。
「あっ、ごめんなさい。あなたが買ってくれた写真立て落としちゃって。今片づけるから……」
「あーいいよいいよ気にしないで。危ないから俺が片づけるよ。そこで待っといて」
寝起きが悪いはずの彼はぱっと跳ね起き、新聞紙やら必要な道具を揃えて手際よく処理してしまった。
こういうところが頼りになる。
「ほい、これで終わり」
「ごめんね、任せちゃって。それにせっかく買ってくれた……」
優志が持つガラスの破片を集めた袋に視線を落とす。
ちゃんと電気をつけてから掃除をすべきだった。
「いいのいいの。それより絵里、怪我とかなかった?」
「うん、靴下履いてたし大丈夫」
「なら良かった。赤ちゃんいるんだから無理するなよ?」
そう言いながら私のお腹をさする。
まだまだ出産の予定は先だが、パートを辞めさせてもらって今はこうして毎日家にいる。
マイホームの資金も目処が立ったし、無理して共働きする理由もないだろうということで意見がまとまったのだ。
「じゃあ、今日休みだし新しい写真立て買いに行こうか」
「あ、いいかも。他に買いたいものもあるし」
「よし、そうと決まれば出かける準備だ……っとその前に」
「ん?」
目の前でライトが光ったと思ったら次の瞬間カシャッと音がした。
スマホのカメラだ。
「やっ! 何?」
「いやー絵里のメイド姿は可愛いなと思って、どうせならこの写真も飾ろうか?」
「やーめーてー。そろそろ藤宮さんの家に送り返さないといけないから最後に、って着てるだけだから」
「だからこそじゃないか」
そう言い優志は更にカシャカシャと音を立てながら写真を撮る。
やめろーと言いながらも私は笑いながら2人用のベッドの中に潜り込んで身をひそめた。
すると案の定優志は掛け布団ごと私を抱きしめてきた。
「もー返す前に皺になるじゃん」
「ははは、ごめんごめん。絵里こそあんまり暴れるなよ? まだそんなに身体重くないのかもしれないけど、赤ちゃんがいるからな」
「分かってるって。じゃあ私着替えてくるね」
心配性だな、と思いながらもその気遣いが嬉しい。
私は布団から這い出てメイド服を脱ぎ、お出掛け用の服に着替える。
「え? メイド服で出掛けるんじゃないの?」
「そんな訳ないでしょ! 掃除とか料理してる時だけ気分が乗るから着てるだけ」
「はいはい、分かってますよー」
ちょっと残念そうに優志は顔を洗いに行った。
本気でメイド服で出掛けると少しでも期待してたのだろうか。
この服は私の戦闘服だったのだ。
以前家事の手伝いのようなことをしていた藤宮家で着させられたものだ。
藤宮家でのパートは決して良い思い出ばかりではないし、メイド服も最初は恥ずかしかったが、藤宮家の人々から信頼されていくとやる気も出た。
それ以来、家でもメイド服を来て家事をするようになった。
もっとも、家で着るようになったきっかけは夫の熱烈な勧めだったが。
しかし、妊娠してパートも辞めたのでこれを着るのも今日でおしまいだった。
少し寂しいが、私は母になる。
いつまでもどこかの家族を支えるメイドではいられないのだ。
優志さんと子供と3人で幸せな家庭を築くのだ。
よし!と気合を入れ、メイド服を綺麗に畳んでお礼の手紙と一緒にダンボールに詰めた。


現代の執事・メイドってそんなに堅苦しくないんだな、というのが第一印象だった。
「名家で身の回りの世話をする仕事」と知り合いに紹介されて少し緊張していたが、その心配は藤宮家の方々の顔を見た途端払拭された。
当主の信二さんは鋭い眼つきで威厳のある方だったが、妻の珠美さん、信二さんの母の慶子さん、息子の佳仁くんから、とっつきにくさは感じなかった。
信二さんの仕事を手伝う珠美さんが家に帰ってくるまでの仕事、ということだったので、基本的に朝から夕方までで、前もって連絡を受けた時には慶子さんと佳仁くんの分の夕飯を作ることもあるという感じだった。
堅苦しくないと思ったもう一つの理由はそのシフト制のような働き方だ。
私は週2〜3日働いていただけで、私が非番の日は他の人が働いていた。
他の人と2人で働く日もあれば、1人で働く日もあった。
今どき、専属の老執事がお坊ちゃまに四六時中かしずくというのはアニメの中だけらしい。
服装だけは女性はメイド、男性は執事を思わせるものだったが、「単に雰囲気を出したいだけなのよ」とのちに慶子さんから聞いた。
初日の挨拶を済ませると、私は早速その日から働くこととなった。
数年前から働いているという先輩のメイドさんから基本的なことを教わりながら、与えられた掃除などを済ませた。
教わることと言っても、花瓶の水を変える時間などで、特別な技術を要するものではなかった。
良いバイトを紹介してもらった、と心の底から思った。

仕事に慣れてくる頃には1人で働く日が増えてきた。
その日、私は働いたことのない土曜日のシフトに1人で入っていた。
土曜日のシフトは変則的で、信二さんは家にいるが、珠美さんが友人とランチなどに出掛ける日に臨時で声がかかる。
信二さんと会うのは初日に顔を合わせて以来なので少し緊張する。
佳仁くんもお友達と出かけるとのことだったので、私は信二さんと慶子さんの分の昼食を作り、厨房で一息ついていた。
2人に食事を持って行った時、慶子さんは「土曜なのに申し訳ないねぇ」と笑顔で私に語りかけたが、信二さんは私を一瞥しただけで何も言わなかった。
やはり気難しい人だと思ったが、当主とは威厳を保つためにそうあるべきなのかもしれない。
藤宮家に来る途中で買った缶コーヒーを飲みながらぼーっとしていると厨房の扉が開いた。
今日は私しか働いていないはずなのに、と思いながらも椅子から立ち上がって扉の方を見ると背の高い男性が入ってきた。
その男性は食べ終えた2人分の食器を手に持っていた。。
「あ、あの、ええっと……」
「あぁ、休憩中すまないね。食器はここでいいかな?」
そう言うと信二さんは2人分の食器を流し台に置いた。
「え? は、はい。ですが、信二様がわざわざお持ち頂かなくても……」
勿論、食器を片付けることまで含めて私の仕事である。
数分ほどしたら食器を回収しに行くつもりだった。
「そんなに気を張らなくても構わんよ。それよりあなたの食事、初めて頂いたが非常に美味しかった。またの機会を楽しみにしているよ」
「あ、ありがとうございます。身に余るお言葉です」
「だからそんなに気を張らなくてもいいよ。それじゃあ洗うのは任せてよいかな?」
「はい。食後の紅茶をお持ちしますので、どうぞおかけになってお待ちください」
「そうか。ありがとう」
背の高い紳士は扉を丁寧に開けて出て行った。
紅茶を持って行くと慶子さんは「申し訳ないねぇ」と笑顔で私に語りかけ、信二さんは私を一瞥し、今度は「ありがとう」と微笑んだ。

お金稼ぎのためだったはずのバイトをいつしか楽しみだと感じるようになっていた。
他の人が辞めたこともあって、次第にシフトに入る日数が増えていった。
それにつれて藤宮家の方と顔を合わせる回数も増えていき、藤宮家の屋敷は私にとって少しだけ心地よい空間となっていた。
その日も私は土曜日のシフトに入っていた。
午前10時前に屋敷に到着し、だだっ広い廊下の掃除を済ませた後に信二さんと慶子さんの昼食を用意する、といつも通り仕事をこなした。
2人が食べ終わるまで部屋の隅で待ち、食べ終わった食器を厨房まで持って行こうとするところを信二さんに呼び止められた。
「あーすまないが、ちょっと私の書斎の掃除をしてくれないか? 書類の整理をしていたら散らかってしまってね」
「はい、かしこまりました。では食器を洗ってから伺います」
「ありがとう。待っているよ」
私は急いで洗い物を済ませ、信二さんの部屋がある2階への階段を上がった。
2階の廊下やお手洗いは掃除で何度も入ったことがあるが、信二さんの書斎や夫婦の寝室に入ったことはなかった。
少し緊張しながらも扉をノックし、失礼します、と言いながら扉を開けた。
重厚な扉を開くと信二さんが部屋の隅の椅子に座っており、その周りには多くの段ボールや書類が散らばっていた。
「あーすまないね。見ての通り散らかってて。ちょっとこっちに来てくれ」
部屋全体を軽く見渡すと、ベッドと仕事用デスク、応接用のテーブル・椅子、クローゼット以外に目立つ家具はなく、大きな窓ガラスに比べると質素な作りだった。
多忙な生活の中では家の書斎も仕事場なのだろう。
所々ホコリも目立っているし、生活には無頓着なのかもしれない。
そんな私の目線を察したのか、信二さんは苦笑いしていた。
「それじゃあ、重いかもしれないがこのダンボールたちを表まで持って行ってくれ」
「多分大丈夫です。よいしょ……っと」
私は一番近くにあるダンボールを持ち上げた。
確かに少し重かったが、別段力持ちではない私でも階段を下りて外まで運ぶことは出来るほどであった。

私は止めようとしたのだが、信二さんも一緒に運んでくれたお陰ですぐ終わった。
「すいません、信二さんの手まで煩わせてしまって……」
「いや、そもそも個人的な頼みをしたのは私だからね。助かったよ。少し休んでいきなさい」
「色々すいません。ありがとうございます」
少し気は引けたが、お言葉に甘えて2人分のコーヒーを用意し、自分の分のコーヒーを応接用のテーブルに置いて椅子に腰かけた。
テーブルも少しホコリがかっている。
「あの、失礼ですが、この部屋のお掃除は……」
「来客がある前にはやって貰っているんだがね、最近はほとんどの人が職場の方に来るもんだからやってないというのが正直なところだ」
「折角ですので、掃除致しましょうか? 今日はもう他の仕事は粗方終わりましたし」
気を遣って提案したが、これは本当だ。
暇を持て余すくらいなら人の為になることをした方が良い。
「そういうことなら……じゃあ、お願いしようかね。私も気になっていたんだがやる気が起きなくてね」
「はい、では隣のお部屋でお待ちください」
「いや、ここに居ても構わんかね。パソコンがあるのが望ましい。ホコリがたつからという理由ならマスクをしよう。」
「そういうことでしたら……では、私達が使うものと同じですが、こちらのマスクをお使いください」
私は信二さんにマスクを手渡し、一度部屋を出て掃除用具を取りに行った。
掃除機と台拭きと窓ガラス用の雑巾で事足りるだろう。
部屋に戻るとマスクをしてカタカタとキーボードを叩いている信二さんがいた。
さてと、と心の中で呟いて掃除を始めた。
時折信二さんの作業を邪魔してしまいながらも一通りの清掃を終えた。
最後に飾ってある花の水を変えようと花瓶を持ったその時、つるっと私の手から花瓶が滑り落ちた。
しまった、と思ったが私の反射神経ではどうすることもできず、花瓶は床に水をまき散らし、音を立てて割れた。
「も、申し訳ございません!」
血の気がひいていく感覚を感じた。
信二さんは勢いよく立ち上がって、私を睨み付けた。
「君……その花瓶がどれだけの価値のものか分かっているか!」
「大変申し訳ございません! 償えるなら償いは何でも致します!」
信二さんは花瓶の欠片を拾い上げ、はぁと溜息をついた。
「君に償える代物ではないよ……。私が死ぬまでここで働くか、或いは……」
「或いは……?」
「これを着ろ」
信二さんはクローゼットから用意していたかのようにメイド服を取り出した。
しかも、それは藤宮家に仕えるメイド用の制服ではなく、下の丈は短く、所々に穴が空けられていた。
「あの、これ……」
「服も濡れただろう。ほら、着なさい」
信二さんの眼は初めて会った時のように威圧的で、しかし汚らしかった。
「……はい」
私は全てを理解した、いや理解せざるを得なかった。
その場で渡されたメイド服に着替えた。
サイズはかなりきつめで、息苦しいほどだ。
丈も手で隠さないと陰部が全て露出してしまう程短い。
「さぁ、こっちに」
歳の差はある。腕力ならもしかしたら勝てるかもしれない。
そう思ったが、次の瞬間にその幻想は打ち砕かれた。
彼は私の首を絞め、バタバタと手足を動かして抵抗する私の手と足を力で押さえ込み、手錠のようなものをかけた。
もう暴れた所でどうしようもない。
力も及ばなければ身動きも封じられた。
反抗の術を考える間もなく、口に布を詰め込まれ、視界も黒い布で遮られた。
力の限り声を出そうとするが、それが広い部屋の外を出て廊下まで届く程の音になってないことは自分でも分かっている。
それでも腹の底から声を出し、力の限り暴れるしかなかった。
突如、手錠で固定された両足が持ち上げられ、同時に陰部の下に冷たい液体の感触を感じた。
「よし、これで大丈夫だろう」
そう呟く彼の声が聞こえるや否や、無理矢理肛門を貫かれた。
私は痛さのあまり、身じろぎすることすら出来なかった。
まともな性交渉をしたこともないのに、まさかこんな憐れな姿で尻を貫かれるとは思っていなかった。
その後も彼は腰を動かし続け、私は痛みを与えられ続けることに感覚が麻痺し、茫然と犯されるしかなかった。

どれ程の間耐えたのだろうか、不意に肛門から彼の陰茎が抜かれ、目隠しと口に詰め込まれた布が取られた。
自分の肛門は直視できないほど無残に犯しつくされていた。
未だメイド服姿のまま手錠をかけられている以上反抗は出来ない。
私が黙ったまま唇を噛んでいると声をかけられた。
「どうだったかね?」
私は視線を動かさず、答えようとはしなかった。
「すまなかったとは思っている」
当然だ。
「とりあえず風呂を貸そう。足の手錠だけ外そう」
「……その前に聞きたいことがある」
「何だね?」
質問は分かってるよ、とでも言いたそうな顔をしてこちらを見ている。不愉快でならない。
「花びんは高価なものではなく、滑りやすいようにどうせさっき使ったローションのようなものでも塗った」
「あぁ、そうだよ。これは等価な取引きではない」
「あと、もう一つ」
「ん?」
「あんたは、男にピチピチのメイド服を着せて男をレイプするような趣味なのか?」
「ハハハ、そんな訳ないじゃないか。元々はここで働いていたメイド……絵里と言ったかな? 君も仕事を教わったことがあるだろう? そいつを無理矢理犯すつもりだった。だが、その計画を実行する前に彼女は婚約者の子供を授かり、辞めてしまった。流石に妊婦を犯すほど私も非道ではないからな」


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