—原稿落ちコレクション—



 今回のテーマが『コレクション』ということなので、今までのSLCで未完成未発表のままになっている原稿を集めてみました。旧SLC体制のものも含めるかは否かは迷いましたが数稼ぎに含めることにしました。結果的に始まりの始まりからの収録となり、文体や書き方の統一感の無さが露骨で文章力にも大きな差があります。拙いという点では共通ですが。
 数と内容から私がだれであるかは言わずとも分かるかなと思います。旧体制ではそれが私のアイデンティティだったようなものでしたので。
 原稿落ちしてしまったぐらいですから、内容がひどいものや全然書いてないものもあります。設定だけ考えて終わってるなんてのはそれはもうたくさんあります。本当はそれらを全部完成させて今回の作品として出すつもりでしたが、さすがに無理でした……。それでもコレクションである以上、なるべく多くの作品を収録したつもりです。良くも悪くも本当にただの原稿落ちのコレクションになってしまいました。
 タイトル目次から気になるものがあればぜひ目を通していただけると幸いです。全部は読まなくていいです。なんせ未完ですからね。読めというのも申し訳なくなるんです……。一つあるいはいくつか読んでいただいた後に、「これの続きが気になる!」などありましたらコメント等で教えていただけるととっても嬉しいです。直接言っていただいても結構です。今後の参考にします。多分。

 一部の作品はこの度収録するにあたって加筆・修正しました。だからなんだという話ですが。設定だけだったものはこういう話にする予定だったんだよという要約を書いて収録しています。(設定のみのものは諸事情で公開しません)
 また、タイトルをつけていないあるいは仮のままの作品も多かったため新しくつけたものもあります。これら、本来の落ちた原稿から変更があったものはその作品名の目次に*をつけてあります。あくまで自分用なのですが一応何らかの参考にしてください。それとなぜ落ちたかの理由が時間によるもの以外で明確に覚えているものは追記してあります。

 それでは——行ってみましょう、怠惰と苦悩の記憶へ。

—目次—


 クリックするとそれぞれの原稿に飛ぶはずです。()内は当時の回とテーマです。


—1.理想のヒロイン—


 要約
 主人公を含む少年少女たちが勝てば願いの叶う戦いに巻き込まれる。いわゆる聖杯戦争的なもの?ちょっとしたこと()からタッグを組んだ主人公とヒロインは無事に最後まで生き残るがどちらの願いを叶えるかの選択に苛まれる。結局主人公は自らの命を絶ちヒロインを優勝させる。だがヒロインの願いは戦いの前から好きだった主人公との恋の成就だった。そこでヒロインは本来の願いがかなわなくなったため主人公の復活を願う。しかしそれは摂理に反するため受理されない。ならばとヒロインの出した願いは過去への逆行。二回目の戦いを願った、今度こそは自分が主人公の願いを叶えさせてあげるのだと。迎える二回目の戦い。ヒロインはこの戦いには裏ルールがあったことを知る。何度も開催されるこの戦いには「一度しか願いを叶えてもらえない」というルールがあった。同じ戦いとはいえ二週目として二回目の参加扱いとなるヒロインには参加権と願いを叶えてもらう権利はなかった。元々今度は自分が主人公の願いを叶えさせてあげられればそれでいいという心づもりだったためヒロインは困らない。なので参加者のふりだけして主人公とともにまたタッグを組むようもちかけ戦いを勝ちあがる。だがところどころ一周目とは違う戦いにヒロインは違和感を感じ始める。そして迎える二度目の最終局面。主人公とヒロインはどちらの願いを叶えるかと主催者に問われる。そこで主催者は二人ともにそもそも願いを叶えてもらう権利がないことに気づく。参加者ではなかったからだ。神から願いを叶える力を一度だけ行使する権利を与えられていた主催者は、なんとかしてその力の行使の瞬間に自分が横取りするつもりだった。その力の行使先となる少年少女は毎回神に選ばれていたため主催者は二度目の戦いを望んだ二人が優勝者になるとは夢にも思っていなかったのである。そう、ヒロインが二週目を望んだ戦い、一週目だと思っていた戦いは主人公の願った二回目の戦いだった。0週目では何も知らず普通に参加していた主人公とヒロイン。その時も二人は最後まで生き残った。だがその時は敵同士であった二人。戦わざるを得ない状況で主人公は激戦の末ヒロインを打ち負かし願いを叶える権利を手にする。主人公の願いは戦いの前から片思いだった(と思い込んでいた。直接話したりしたことはなかったため。)ヒロインとの恋の成就だった。だが願いにもまた裏ルールがあった。それは「自分にはないものを手に入れる権利」。主人公は元々存在するヒロインの自分への恋心を願ったが故にその願いは受理されなかった。何故叶えられなかったかは主人公には分からない。主催者にも分からない。神だけは知っている。かなわないならと代わりに主人公は敵として戦った戦いの記憶をヒロインから消すため戦いのやり直しを望んだ。今度はヒロインを初めから助けるヒーローの役になるために。そしてヒロインの見た一週目=二週目の戦いへ。さらにヒロインは二週目=三週目を望んだことになる。ちなみに二人とも再戦=過去への逆行を望んだため、主催者が力の行使を横取りする前に過去へと巻き戻されていた。三週目の最後にして願いを叶えられることのない二人に逆ギレする主催者。そこで二人は主催者の目論見を知る。加えてヒロインは一週目、主人公は二週目の記憶を保持していなかったが二人はお互いがそれぞれ何らかの理由で戦いのやり直しを願ったのだということを知る。三週目でヒロインが感じた違和感は二人ともが戦いのやり方を初めから知っていたが故に二人のそれぞれの一回目との記憶に齟齬が生じたから。二人はなんとかして主催者を倒す。ヒロインをかばい主人公は主催者と相討ちになった。ぎりぎり生き残ったヒロインの前に神がついに現れる。主催者のたくらみを暴いた報酬としてヒロインはもう一度だけ願いを叶える権利をもらう。当然すべてのやり直しを願った。戦いに関する記憶も一切合切すべて主人公から消したうえで戦いのない未来という過去へのやり直しを願った。神はヒロインにだけは記憶は残ってしまうという。因果を全てなくしてしまえば主催者は甦り悪行が繰り返されるからだ。ヒロインは構わないと言う。三週にも及ぶ戦いでやっとヒロインは気づけたということを神に伝える。「恋は誰かに叶えてもらうものなんかじゃない、そうですよね?」ヒロインが導いた答えがもう一つ。「私たちは元から両想いだったんでしょ。だからこんなめんどうことになってしまった」神はついにバレたかと苦笑する。「神の悪戯にも程がありますよ、でもおかげで今度こそ上手くやれそうです」「?」「だってそうでしょう?両想いだって自分だけが知ってて、もしもの時は彼が命をかけて私を助けてくれるってのも知ってる。それなのに一から恋を始められるんですよ。今度はなってやりますよ、私が彼の理想のヒロインに」そして時間は巻き戻される。普通の何もないけど暖かな未来に。

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*とまあこんな感じです。元々は設定だけあったのを要約してみました。原稿落ちしたのは書ききれないなあってのと、書いてる途中にこれってFateと未来日記とまどまぎ足して6で割ったようなもんじゃねと思って萎えたからです(苦笑)今思えば第一回から神様ポジションを出してしまってたんですね……。

—2."Yes,I do."—



「—以上がトリックの概要です」
 天羽は静かに事件の全てを語りつくした。
「藻井さん、そうですよね?」
 天羽はそう言って指を犯人の方に突きつけた。そこにいた者たちは一斉にその指の先へと目を向ける。
 その先にいたのは殺された社長の秘書であった男、藻井だ。
 各員から驚きの声がもれる。
 注目を浴びた藻井の顔は青ざめていた。
「違うっ!俺じゃない!だ、大体、どこにそんな証拠がっ!」
 藻井はあからさまに取り乱した。
「はははっ。これまたテンプレートな対応をありがとうございます。証拠ですか?ありますよ。・・・それは社長を殺した凶器です。私は最初それが何なのか分かりませんでした。ですが、やっと私はその答えにたどりつきました、ほとんど何もなかった場所で使えた凶器、それは・・・」
 藻井の青ざめていた顔はもう白色といってもいいほどに血の気を失っていた。
 天羽はゆっくりと怯える藻井に近づいていくと、勢いよくその頭を掴み引っ張った。くぐもった声が藻井から漏れ出た。
 何かがはがれる乾いた音の後、天羽の手には無残に剥がされたカツラが握られていた。
「全く笑えない冗談ですよ。犯行に使った凶器がカツラだなんて」
 その言葉通りカツラの裏側には血が滲んでいた。もちろん藻井の血などではないだろう。
 これで化けの皮もカツラも剥がれたというわけである。
「とっさの犯行でやむを得なかったとはいえこんなもので人を殺すなんて驚きですよ。しかもそれをまた被り直しているのにも・・・。—さて、これでもまだ犯行を認めない気ですか」
 藻井はガクリと床に座り込んだ。
 他の人々からどうして、と疑問が浴びせられる。その疑問は犯行の動機に対してなのか、ハゲだったことに対してなのかはわからない。
 藻井の口から怒りがぶちまけられる。
「くそぅっ!あんな社長なんて死んでよかったんだよっ!いつも俺がこなした仕事を偉そうに、自分の手柄にして・・・俺をこき使い続けるのが許せなかった。挙句の果てには俺を家畜呼ばわりしやがったんだ・・・だから・・・ついカッとなって・・・」
 藻井はその光り輝く頭をさらしながら犯行時のことを語りつづけた。
「だからって殺していい理由にはならないでしょう」
 天羽はその頭に向かって言葉を投げつける。
 藻井のうなだれた頭から嗚咽とともに光る雫が落ちた。
 天羽はただそれを見つめるだけであった。
 それから少しして警察が来て藻井が連行されていくと、警察の一人が天羽に声をかけた。
「また先に解決されちゃいましたね」
「いえいえ。そのための私たちですから」
「国際探偵、ですか」
「ええ」

 一仕事を終えた天羽は今回の事件があったビルの屋上に向かっていた。外階段を使っているので夕焼けが淡いオレンジに天羽を染める。空気の汚れた都市にそびえ立つこの高層ビルから見える夕焼けはなかなか綺麗だった。コツコツと金属質の階段を天羽は一人上っていく。
「何にも気配はなかったか?」
 天羽は一人なのに言葉を発すると、その言葉に答えるように天羽の数段上からぼんやりと人影が現れた。やがてオレンジ色の背景とは対称的な黒スーツに身を包んだ女が現れた。
「特に霊気的なものは探知できませんでした。今回もまたハズレかと」
 丁重な言葉で報告を終えると女はただ立ち尽くした、全く動かずに、感情もなく。
「そうか、ご苦労。何か掴める気がしたんだがな・・・」
 左腕を伸ばすと女は無数の黒い破片となって漆黒色の腕時計に吸い込まれた。探知に特化した隠密性の高い式神である彼女が何も見つけられなかったのだから実際何もなかったのだろう。
 少し残念そうにため息をつくとまた階段を上り始める。

 屋上にたどり着くと夕焼けはオレンジ色を増していた。
 煙草を一本取り出して一服しようとすると、天羽は先客に気が付いた。ヘリポート一つと貯水施設があるだけのその無機質で狭いような広いような屋上の中心とも端っことともとれないような微妙な位置に置いてある一脚のベンチに少女が座って夕焼けを眺めていた。
 後ろから近づいていくと少女もこちらに気づいたようで立ち上がって振り向いた。黒いシンプルなワンピースに少しだけ金色の刺繍がしてあるのが見えるが、一番印象的だったのはその色白い手に握られた焼き芋だった。
「悪い、邪魔してしまったか」
 天羽は少女がおそらくは焼き芋を食べながら夕焼けを鑑賞していたのだろうと推理し、その時間を邪魔したことをとりあえず謝った。少女は視線をはずし宙にそらして言った。
「別に」
 一見したところ高校生ぐらいのように見えるその姿と非常に簡素な服装からは信じられないほどの上品さというか神秘さが天羽には感じられた。
 (・・・このビルのどっかの企業の令嬢とかだろうか)
 そう天羽は判断した。それにしても焼き芋とは。このビルに今日いた限りではそんなものを売っている店はなかったようだったから屋台からでも買って来たのだろうか。
「食べる?」
「えっ?」
 唐突に聞かれて天羽は驚いた。どうやら気が付かぬうちに焼き芋を凝視していたようだ。グルルゥと腹が鳴った。そういえば今日は昼に軽く食べてから何も食べていなかったと天羽は思い出した。しかし、
「いや、いいよ。知らない人から食べ物はもらわない主義だから」
 正直にそう言って天羽はその申し出を断った。知らない人から食べ物をもらってはいけない、これは絶対だ。
「あっそ。子供みたい」
 その少女は冷たい目で天羽を見た。
 その返答と視線に天羽は態度も服装と似ているのかもしれないと、そんな失礼なことを考えていた。というかだいぶ傷ついた。自分のポリシーを笑われてしまった気分だ。
「冗談。あなたのその主義は間違ってないと思う。もしかしたら私が天才探偵を暗殺しようとしている組織の一員かもしれないわけだし」
 天羽はほっとするとともに驚いた。
「気づいてたのか」
「もちろん。あなたは有名人なんだし、今日も事件解決しに来るって大騒ぎだったんだから」
 少女は当然のように言う。
「なるほど、それもそうだな」
 その時、違和感を一瞬だけ感じたがそれがなんなのかはわからなかった。
「じゃ、私は戻るから」
 少女は天羽の横を通り過ぎて歩いて行こうとした。
「それ食べていかなくていいのか」
 天羽は焼き芋を指差した。
「うん?このイモ?いいのいいの。ハズレだったから」
 焼き芋に芯でも残っていたのだろうか。
「じゃ、またいつか会ったら、そのときは知り合いなんだから食べてよね」
 少女は夕日を背に微笑みながらそう言うとすぐに階段へ向かい下りていこうとした。その背中に天羽は声をかける。
「ちょ、ちょっと!君、名前は?」
 もう一度少女は振り向くと口を開いた。
 「私は知らない人には名前を教えない主義なの!」
 そうさけぶと少女は今度こそ階段を下りていった。さっき探偵だってことを見破られたのに、と天羽は思ったがそういう意味の、知らない、ではなかったのだろう。
「不思議な子だな・・・」
 今にも消え入りそうな夕日にそう呟いた天羽は今の短い出来事がリフレインされていた。
「事件に派遣されると決まったのは今日の朝で、このビルの誰にも情報は行ってなかったはずだったんだが・・・・・・考えすぎか」 
 天羽は何でも疑ってかかる。それが彼の癖であり良い所であり悪いところでもある。
 気が付けば夕日は落ちて薄暗い夜になっていた。ライターで煙草に火をつけると天羽は至福の一服を味わった。またグルルゥとお腹が鳴って、焼き芋をもらわなかったことを少し後悔するのであった—


 それから数日後、新聞の一面に一連の事件が載った。見出しは『天才探偵、またも事件解決!』、でかでかと天羽の写真付きである。
「おつかれ天羽くん。また事件を解決してくれて何よりだ」
 そういって天羽を労うのは国際探偵事務所(International Detective Office)、通称<I DO—アイドゥ—>の社長である。そう社長である。所長ではない。ここはれっきとした会社である。契約を交わした国に難事件が起きるとすぐさま会社の選りすぐりの探偵を派遣し解決する。そして国の自警組織よりも早く解決することで報酬を国からもらうというシステム。
 創立当時はこんなシステムが受け入られるはずもなかったが、次第にその探偵達の優秀さが認められ、今では多数の国と契約するに至っている。また、探偵だけでなくガードマンやSPといった各国要人などの護衛などにも手を広げ、世界に名だたる大企業となった現在では、特権としてパスポートなしでの会社の飛行機からの自由入国や国家犯罪解決のために一部の機密書類の閲覧なども許されている。
 その中でも天羽 竜ーあまは りゅうーは、ずば抜けた探偵だ。世界を飛び回りどんな事件でも解決してみせる。それだけでなく護衛など身体的能力も優れていたりと万能、さらにそこそこ顔も良いとなればマスコミが黙っているはずもなく、こうして事件を解決するたびに新聞やテレビで取り上げられるのである。 
天羽はアイドゥの看板であり、なくてはならないヒーローのような存在となっている。
「それで、今回の事件はどうだった?」
 社長が天羽にたずねる。
「いたって普通の犯罪で、裏には何もありませんでした。残念ながら私が探しているものに関係するものはなかったようです」
 天羽もため息をつく。
「そう落ち込むな、まだ決め付けるのは早いかもしれんよ」
「えっ?」
「実はね・・・・・・出てきてくれ」
 社長は天羽の後ろに向かって声を投げかけた。えっ?と天羽は驚く。この部屋には彼らの二人しかいなかったはずだからだ———うわっ!
『そうやって私は引きずり出されたのである。』
「何なんですか、これ」
『天羽は突然現れた私の姿を見て疑問を口にする。その質問に答えるのは社長の役目だ。』
「うむ。こいつは探偵追跡装置というものだ。言ってみれば助手のようなもんでな、探偵の後を追って証拠探しなどの補助活動用にと開発部が秘密裏に開発していたのだが、ほぼ完成したというので今回の事件で君を試験的に追跡してもらったのだ。」
『どうも。私がその装置です。私はぺこりと頭をさげる。天羽は私の姿を見てあっけに取られているようだ。驚くもの無理はない、なぜなら私はよくわからない姿をしながら宙に浮いているのだから。』
「ナレーション機能もついていてね、私も今回の事件じっくり見させてもらったよ」
『天羽はやっとのことで声を絞り出した。』
「・・・・・・何となくはわかりました。要するにこのウミウシみたいなカメラだかなんだかわからない機械が私をずっとつけていて、これによって社長は今回の事 件を見ていたということですね」
「ものわかりが良くて助かるよ。それにしてもウミウシか、確かに似ているかもしれないな、よしっこいつの名前はミウにしよう。ミウ、通常の思考回路に戻ってくれ」
『はい。私の名前はミウですね、了解しました。記録モードから平常モードに戻ります』
 勝手に話が進んでついていけない。それにしても、異能探偵である自分が追跡されていることに全く気づかないとはなかなか開発部も侮れない。
「それで、今回の事件で実は気になったことがあってね」
 今回の事件はただの殺人事件だったというのに、何が気になったというのだろうか。ミウが『ぴぴぴぴー』とか音声を発すると壁に映像が投射された。その映像は今回の事件の録画だった。
「事件自体は君の言うとおり何もなかったと私も思うのだがね、気になるのはこっちなんだよ」
 今回の事件の舞台となったビルの屋上が映し出される。ということは・・・
「そう。君が会ったあの少女だ、何かがおかしい」
「ま、待ってください。確かに違和感は感じましたが、彼女からは特に霊的な力や異能力は感じられませんでしたよ」
「そうか、やっぱり君も違和感を感じていたのだな。さすがだ」
 この前の屋上での一件を思い出していく。あの時感じた違和感は本当に何かがあったということなのか。心拍数が上がる。一見普通の少女のどこがおかしかったのだろうか。
「ミウはあの女の子に一瞬見られました。確かに目が、あっ!ミウの場合はカメラですが、目が合ったんです」
 最初ミウが何を言ったか分からなかった。・・・目が合った?自分ですら気づくことすら出来なかったこの機械に気づいたというのか。そんな馬鹿な。
「私も確認したよ。確かに彼女は一回こちらをはっきりと見たんだよ、何もないように見えるようにカモフラージュされたミウのほうをね。驚くべきところはそこだけじゃない、あの少女はあのビルの監視カメラに一切写っていない」
 監視カメラに写っていない?頭がパニックになりそうだ。彼女は自分の記憶が正しければ外階段ではなく、屋内に通じる階段を使って帰っていったはずだ。
「だけど写っていないんだよ。さらに画像解析を研究部に依頼したらとんでもないことも分かった」
 ミウが映像を巻き戻す。
「君が屋上に着くほんの少し前だ。君が式神から報告を受けているとき、ミウは先に屋上に向かったのだがね・・・」
 映像がズームアップされて色々な情報が表示されていく。少女が座ったベンチのサーモグラフィーが指し示すのは気温と同じ温度、影の温度も他のコンクリートと全く変わらない温度。ほぼ風のなかった屋上での空気組成は同じ高度の大気と全く同じ。これらの意味するところは一つ、彼女は焼き芋を食べていたのではなく、自分が屋上にたどり着く一瞬前にそこに食べかけの焼き芋を持って現れたということだ。その目的はおそらく・・・
「君に接触するためだろうな」
 ほとんど人が来ない屋上にわざわざ自分が来る直前で現れたのなら目的は自分しかないだろう。
「それしかなさそうですね」
 整理すると、謎の少女は自分が屋上にたどり着く前に自分と接触するために屋上に現れ、会話が終わると階段を下りる振りをしてビルから消え去った。そういうことだろう。しかもミウに気づいていたことからも考えると、この少女は自分に霊気や異能を感じさせずにその力を使うことができるきっと自分よりも優秀な異能力者ということだ。自分の能力の不完全さを思い知る。この少女、只者ではないどころか相当の実力者のようだ。
 その時ゆっくりと巻き戻されていく映像の端に何かを見つけた。
「ミウ!今のところ止めて!」
「何か見つけたのか、天羽くん?」
 カメラが屋上を写すその瞬間、屋上の縁に何かが見えた。ミウがそこを拡大していくとすごいスピードで移動していく影のようなものが映っていた。サーモグラフィーでは若干赤くなっている。熱を持っている・・・さらに拡大して映像を穴が空くのではないかというほどに見つめた。その影は屋上から飛び出した瞬間に雲散して姿を消している。飛び出そうと踏み切る瞬間は一瞬動きが止まるはず・・・そこで映像を止めて綺麗に見えるよう画像処理をしてもらう。 
「!!?」
 そこに写っていたのは黒いマントのようなものを羽織った何者かだった。その全身から黒い雰囲気を滲み出させているシルエットには見覚えがあった。
・・・・・・紛れもなく自分が捜し求めている人だった。
「し・・・師匠・・・」
 社長が椅子を倒す大きな音とともに立ち上がった。
「なんだって!?じゃあこいつが君がずっと探しているその人なのかい?」
 今の自分を作り上げてくれた師匠のその姿を見間違えるはずがない。その質問に頷いた。
「驚いたな・・・じゃああの少女はその師匠と知り合いなのかもしれないということか」
「だと思います。私には見覚えがありませんが・・・」
 社長は椅子を起こして座り直すとデスクの引き出しから一つの書類を取り出して天羽に投げてよこした。
「その少女を追えば異能に近づけるかと思って調査をしていたのだが、まさか直接君の探し物につながるとはね」
 受け取ってぱらぱらとページをめくっていくが、だんだん食い入るようにしてその書類を読み進めていく。
「これは・・・っ!」
 社長はにやりと笑った。
「この事件、君に任せていいな?」
 間髪入れずに答えた。
「もちろん、いや、是非やらせて下さい」
 社長は満足そうに頷いた。
「では命じる。アイドゥ一級探偵および異能力者特殊犯罪対策本部長、天羽竜。直ちにこの事件の真相を解明するとともに異能力者と思われる存在を確保も
しくは処理せよ!」
「了解!」
 威勢のいい返事がオフィスに響き渡った。
「あっ。今度もミウを連れて行ってくれ。きっと何かの役に立つはずだ」
 ミウが空中でクルリと回る。
「よろしくです」
 
『天羽竜の探偵としての最後の事件が幕を開けるその前に彼とその周りについて話をしよう。
 天羽の仕事はアイドゥ一級探偵および異能力者特殊犯罪対策本部長。
 その名の通り、アイドゥの最高クラスの探偵である。それと同時に異能力者特殊犯罪対策本部長。
 この世の中にはわけのわからない力が存在する。俗に超能力とか言われるものも大抵はその力で説明できる。その力を知るものはその力を異能と呼ぶ。
 異能はそれを使うものの数だけ種類があるとも言われ、その全てを知ることは出来ないといわれる。だが、多くはそれぞれの血統や流派に分けられ管理されているため、人の目に触れることは少ない。たまに能力を暴走させてしまう者や力を誇示する輩が現れる。
 そこで登場するのがアイドゥの裏の顔である。アイドゥは異能を雇い世界中の特殊な犯罪の解決にも力を貸している。それがアイドゥが世界に必要とされるもう一つの理由である。
 何を隠そう、天羽がそのための異能力者特殊犯罪対策本部を社長とともに作り上げた一人であり、その本部長であり、強力な異能使いなのである。
 彼の異能は多岐にわたるがそれはどの血統や流派にも属さないというか括れない。彼はそれほどのたくさんの才能を持って生まれていた。しかしただそれだけだったのなら一生のうちで発現させることが出来た力はせいぜい一つか二つであっただろう。それだけでも凡人とは一線を画するが、彼の特殊なところはそれだけにとどまらない。彼は小さい時に師を得たのである。彼が師匠と呼ぶその人は数多の異能を操る術を彼に教えた。そして強大な力を得た彼の前から師匠は突然立ち去った。天羽は最初こそ困り果てたがやがてその力をさらに磨き、異能力者特殊犯罪対策本部を立ち上げることで世界中の異能事件を探って師匠にもう一度会おうとしているのである。』
「何語ってんだお前は・・・」
『天羽の略歴です』
 ミウはくるりと回る。
「はあっ・・・・・・そのナレーションモード止めてくれ」
『了解しました』
 
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*これはイタい!今となっては、なぜからあげでこれをやろうとしていたのか覚えていません。文章の書き方もだいぶ違いますね。国際異能探偵の設定だけは気に入ってます(笑)
 

—3.鬼斬空揚遍討—



 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
 ある日、おじいさんが山へ狩りに行くと肉付きのいい雌の“鶏”がうろちょろしていました。おじいさんはこれはしめたと思い、後ろから近づいて首を折って殺すと家につれて帰りました。
 おばあさんはその“鶏”を見て大喜びしました。今日はご馳走だねえ、と。
 おばあさんが毛をむしりとり、おじいさんが大きな肉斬り包丁を持ってきて“鶏”の腹を捌きました。
 するとなんと腹の中には小さな人間の赤ん坊が入っていたのです。
 ・
 ・
 ・
 おじいさんとおばあさんは赤ん坊に鳥太郎と名づけて育て始めました。
 赤ん坊はすくすくと育っていきます。

 鳥太郎は十二歳になりました。
「とりくん、今日はいつもより楽しそうだね」
 鳥太郎は今日も家から少し離れた“神社”に来ていました。鉄のポールをいくつも並べて鉄板を載せて作ったようなシンプルで厳かな“神社”には少女が仕えていました。鳥太郎と同じ十二歳です。
 少女の名前は仕える身だからありません。おばあさんやおじいさん達はただ“巫女”と呼んでいました。
 おじいさんやおばあさんは鳥太郎に勉強を教えたりはしませんでした。代わりに鳥太郎はいつも少女の所へ行って字や色んなことを教えてもらっていました。
 今日も少女のもとにやってきた鳥太郎は言われたとおりいつもよりウキウキしていました。
「うん。今日はお祭りがあるんだよ」
 少女はびっくりして、そう……なんだ、と言いました。
「色々飾っておいしいもの一杯作って食べるんだって!」
 少女は引きつった笑いでへえ、と相槌を打ちました。
「どうしたの?みこちゃんは今日は元気ないね?」
「そんなことはないけど……」
「あっそうだ!みこちゃんも一緒にお祭りに行こうよ!お祭りの最後には“からあげ”が出るんだって!」
「からあげ?」
「うん。僕はもう十二歳になったから“からあげ”を食べておとなになるんだよ」
「……どういうこと?」
「よく分からないけど、それを食べて残りのからあげを持って旅に出るんだってさ!それで“鬼退治”に行くんだって」
「鬼退治……??」
「えー!みこちゃん鬼知らないの?」
「知ってるけど……だって……」
「わるいことばっかりしてるその鬼を僕が退治するんだ!」
「あ、危なくないの?」
「大丈夫だよ、そのために今日までおじいさんと特訓してきたんだから」
「そうなん、だ……」
 胸を張って誇らしげにする鳥太郎は剣を振る真似をしてみせた。
「あれ?でもそれだと今日でみこちゃんともお別れだね……」
「あ……そっか……そういうことか……」
 少女は悲しそうな目をしました。
「だからみこちゃんも最後に一緒にお祭り行こうよ!」
 少女は少し迷っていましたが、ふと“神社”の扉の外側にぶらさがっている金色の大きな正方形の分厚い金属塊を見ると首を振りました。
「無理だよ。私は“巫女”だもん」
「えー!いつもみこちゃんお話しするばかりで、外に出て一緒に遊んでくれないんだから最後ぐらい…」
 鳥太郎はしゅんとなりました。
 立ち並ぶ鉄のポールの間から少女は両手を伸ばしてポール越しに鳥太郎の顔を挟みました。
 真剣な眼差しで鳥太郎を見つめます。
「ど、どうしたのみこちゃん?」
 すぅっと息を吸って少女は心を落ち着かせて言いました。
「いい?よく聞いて、私の本当の名前はれんりって言うの。……だれにも言っちゃダメよ」
「れ、ん、り?みこちゃんじゃないの?」
 こくんとれんりは頷きました。
 鳥太郎は馬鹿なので“巫女”がずっと名前だと思っていました。
「それとね、鳥太郎。私はあなたのことがとっても好きよ」
「え?え?きゅ、急に言われると恥ずかしいよ」
 れんりの顔は少し紅潮していましたが真面目そのものでした。
「だから私はいつでもあなたの側にいるわ。それだけは忘れないで」
「じゃあお祭りに行ってくれるの?!」
 れんりは申し訳なさそうにうつむきました。
「それは無理だけど……」
「ええー何それー」
「仕方ないの。いつかあなたも真実を知る日が来るわ」
「しんじつ?何を言ってるの、えっと、れ、れんりちゃん?」
 ぎこちなくれんりちゃん、と鳥太郎が呼ぶとれんりは優しく微笑みました。
 夕暮れが迫っていました。
「さあもうすぐお祭りよ、行って鳥太郎。私はあなたのことを信じてるから」
 なんだかよく分かりませんでしたが鳥太郎は心が温かくなりました。
「う、うん」
 れんりは自分の小指と鳥太郎の小指を結びました。
「約束ね」
「何の?」
「あなたがいつまでも真っ直ぐ生きるって約束」
「へ?今日のみこちゃ……れんりちゃん、なんか変だよ」
「そんなことないわよ。ほらっ指きりげんまん。」
 二人は小指をぶんぶんと振って離しました。
「「ゆびきりげんまーん」」
 それはいつも二人が別れるときにまた会うおまじないにしていたことでした。
「私は恨んだりしないからね」
 れんりは泣きそうな顔で笑っていました。
「うらんだりしない?それってどういう意味?」
「嫌いにならないってことよ」
「それなら僕もだよ!れんりちゃんのこと大好きだもん!」
「っ……。もうっ」
 れんりは顔を真っ赤にして照れました。
「じゃあまたね」
 鳥太郎は腕を振りました。
「また……ね」
 れんりは鳥太郎が行ってしまったあともずっと右手の小指を大事そうに左手で握っていました。
 ぽつりと落ちた雫が夕日に光っていました。

 その日の夜。鳥太郎はおばあさんとおじいさんと一緒にお祭りに来ていました。
 近くに住むおじさんやおばさん達もみんな集まってお祭り騒ぎをしています。
 ぱちぱちと爆ぜる松明の明かりや満月の光が広場を彩っています。遠くでゴロゴロと雷が鳴っていました。
 ひとしきりみんなでお祭りを楽しんだ後、一番若い鳥太郎がみんなの前でおとなになる儀式の時がやってきました。
 祭囃子に合わせて山盛りの“からあげ”が運ばれてきました。
 ゴムが焼けたような香ばしい香りを放つそれはこんがりきつね色でみんなも涎を垂らして見つめています。
「好きなだけお食べ」
 おばあさんが背を押しました。
「いいの?!」
「もちろんだよ」
 おじいさんが口角を吊り上げて言いました。
 鳥太郎はおずおずと“からあげ”を食べ始めました。最初は味わうようにゆっくりでしたが、やがてぱくぱくと飲むように食べ始めました。
 もも肉、かわ、なんこつ、手先、スジ、レバー、肝……どれも美味でした。鳥太郎は身体の奥から元気が湧いてくる気分でした。
 お腹いっぱい食べてもまだいくらか残っているほどたくさんの“からあげ”でした。
「みんなは食べないの?」
 騒ぎ立てばかりで食べようとしないおばあさん達に鳥太郎は聞きました。
「あたしゃ達はいいんだよ。それはあんたのためのご馳走だからね」
 ぽんとおばあさんは鳥太郎の頭を叩いて笑いました。残った“からあげ”は竹の皮で出来たお弁当袋に詰めます。
 おじいさんはどこからか麻布に包まれた長い何かを持ってきました。
 周りがいっそう騒ぎ立てます。
 おじいさんがするりと麻布をほどくと中から真っ白な刃の剣が出てきました。
「わあっ!カッコいい!」
 おじいさんはその剣を、おばあさんはお弁当箱を鳥太郎に手渡します。
「さあこれを持って明日から鬼退治に行くんだよ」
「ほんと!?もらっていいの!?」
「もちろんだよ」
「やった!ありがとう!」
 鳥太郎は嬉しさでいっぱいでした。
 みんなが鳥太郎を囲んで声を合わせて鼓舞しました。
 オオオオオオオォォォォォォッッ!!
 最後に戦いに旅立つ鳥太郎をみんなで応援するとお祭りはお開きになりました。

 翌朝。
 鳥太郎は背中に剣を鞘と一緒に巻きつけて、お弁当袋を腰に下げて家の前で朝日を見上げていました。
 どこまでも穢れなく晴れ渡る青空でした。
「おじいさん、おばあさん、僕行ってくるよ」
 鳥太郎はおじいさんとおばあさんに別れを告げます。
「気をつけるんだよ」
「がんばってな」
 おばあさんとおじいさんに見送られながら鳥太郎は一人旅立ちました。

 荒れた野原に差し掛かった時です。野犬が野道の途中にいました。見るからに飢えた顔をしています。
「がるるるぅっ!」
 犬は明らかに鳥太郎の腰を下げたお弁当、あるいは鳥太郎自身を狙っていました。
 二者は砂利道でにらみあいます。
「からあげはやらないぞ!」
「ぐぅうわぁんっ!!」
 犬は目まぐるしいスピードで跳びかかってきました。
 特訓をしていた鳥太郎は目でそれを確実に捉えていました。素早く右手を背に伸ばして剣を抜き、身体を左にひねります。
 一直線に跳びこんできた犬を間一髪で避け、その腹に剣の背をぶつけます。峰打ちです。
 犬は打ち上げられて落ちて地面を転がりました。
「くううぅぅん……」
 悔しそうな目で鳥太郎をにらみます。犬のお腹がぐうと鳴りました。鳥太郎ははぁーとため息をつきました。
「しょうがないなあ」
 お弁当から一個もも肉のからあげを取り出し、手がべとべとになるのも構わず犬の口元に持って行きました。
 犬は少しためらいましたが、すぐにぱくっと食べました。犬の目が驚愕に見開かれます。
「これはおいしいわん!ありがとうわん!」
 しっぽを振って犬は立ち上がり喋りました。
「そうかそうか。気に入ってもらってよかった」
 よしよしと鳥太郎は犬の頭を撫でてやります。
「それにしてもお兄さん強いわん。旅の人わん?」
「そうだよ。鬼退治の旅をしているんだ」
「へえ鬼退治なのかわん。よし!お礼においらにもおともさせてくれわん!」
「ほんと!?それは心強いよ」
「スピードは任しといてわん」
 そうして俊足の犬がお供に加わりました。
「名前はあるの?」
「わんこーる・とむと呼んでくれわん」
「長いね。じゃあわんこで」
「うーそれじゃ意味がないけど、まあいいわん」
 鳥太郎とわんこは旅を続けます。

「はぁぁいっ!やぁぁっ!そこの旅の者!ここを通りたくば、わいに食べ物を恵んでからにするよろしっ!」
 薄暗い林の中で鳥太郎とわんこは道を邪魔するものに出会いました。大きな記事です。
「えーでも君、新聞紙だよ?何食べるの?」
「それぇは!もちろん!スキャンダルなりぃっ!って違うわ!わいは記事じゃのうてキジじゃい!」
 記事はキジ絶滅と書かれた記事でした。グレースケールの一枚の新聞紙に大きく印刷されたキジが紙面の中で喋っていたのです。
「キジの記事ね。でも僕たちすきゃんだるなんてないよ?そもそもすきゃんだるって何?わんこ分かる?」
「奇跡のわんショットだわん!」
「へえーっわんこ詳しいね!でそのわんしょっとって何?」
「衝撃の現場だわん」
「記事が喋ってるところとか?」
「そうだわん」
 記事がくるくると巻き上がって叫びました。
「だめだぁこいつらぁっ!いいかぁ?スキャンダルはもういいからわいにインクを寄越すよろしっ!」
「インコ?嫁なのかわん?」
「ちゃうちゃう、犬っころ!インコやのうてインクや!」
「犬っころゆうな!」
 がぶっとわんこは記事を噛みました。紙の端っこがぐしょぐしょになりました。
「おいぃぃっ!何してくれとんねん!大体犬っころもわんこも変わらんやんけ……」
 鳥太郎ははあーとため息をつきました。
「しょーがないなあ」
 お弁当箱から油をすくうと、記事に塗りこんでやりました。
「ふぉおおおわちゃあああっ!!何をおぉぉっ?!」
 記事はただの油を吸った紙の束になりました。
「これ松明になんじゃね?わん」
 わんこが言いました。鳥太郎は頷いて拾い上げました。記事はあまりの扱いに言葉を無くしていました。

 洞窟にやってきました。暗くて中はよく見えません。
「記事の出番だわん」
 鳥太郎はそこらへんの石を拾ってかちかちと火花を起こし始めました。
「ちょちょちょっとぉ!!本当にぃ?!燃やすのぉぉっ?!」
「当たり前だわん」
 わんこは鳥太郎が起こした種火に記事を蹴り入れました。
「燃ええええええぇぇぇぇぇぇっ!」
 松明のくせに一瞬で燃え上がりました。
「あー燃えちゃった」
 鳥太郎は残念そうにしました。
 しかし、ぶおっと燃え上がった火の中から一羽の赤い鳥が現れました。炎のように輝いています。
「おっ!記事がキジになったわん」
「ぃぃやあぁほぉ!わいはこれで自由の身やぁ!」
「ほんとだ、すごいね」
 三者ともにびっくりです。
「これというのも油をくれた鳥太郎のおかげだわん。お前も仲間になるわん」
 わんこは偉そうに言いました。
「…………。まあよろしっけども、なんだか違う気がするぅうぅ」
「確かにキジではないね」
「そこぉおぉっ!?」
 まるで鳳凰のようになってしまった記事は火の粉を零しながら鳥太郎の頭上を飛び回ります。
「ならば名前を変えるわん」
「それは名案だぁっ!ううむぅ!よし決めた!」
「はやっ!」
「わいの名はあああぁぁぁ!ブログ!」
「記事が炎上したってか…わん」
「その通りぃぃ!」
「君たちの言ってることがよく分からないよ」
 とにもかくにも鳳凰もどきのブログがお供に加わりました。

 鳥太郎達はブログの明かりで洞窟を進みます。
「空気悪いね」
 淀んだ空気が蔓延しているような感じがして鳥太郎は苦しそうにします。
「これじゃ病気になるわん」
 そうわんこが言った瞬間でした。
「……病気?……やった」
 小さな声がしました。
「うん誰か今なんか言った?」
 わんことブログは首を振りました。
「……苦しめー……」
「なんかひどいこと言われてるけど一体誰が?」
 鳥太郎は辺りを見渡しますが何も見えません。
「よし、ブログ。火を吹いて清浄化するわん」
「なにぃぃ!それはいい案なりぃぃ!」
 今にブログが火を吹こうとしたその時です。
 風が吹いて鳥太郎達の前で小さな竜巻が出来ました。
「……ごめんなさい……苦しくさせていたのは私です……」
「竜巻が喋ったわん?!」「竜巻ぃが喋ったぁ?!」」
 わんことブログが驚きます。
「竜巻じゃ……ないです。……サルモネラ菌です」
「へ?さるもねらきん?」
 鳥太郎にはまたしても聞き覚えのない単語でした。
「……はい」
「病原菌だわん」
「ゾンビィィ!」
 ブログが鳥太郎のお弁当箱をつつきました。
「え?何?あげればいいの?」
 鳥太郎がレバーとかわとなんこつを取り出してたつまきに投げ入れると混ざり合って収縮します。
 小さくなっていきます。
 気がつくと小さなクリーム色の人形のようになっていました。
「あ……ありがとうございます」
「う、うん」
 サルモネラ菌は身体を得ました。
「サルモネラ菌。名前はあるのかわん?」
「……サリーです」
 ゾンビ人形のサリーがお供に加わりました。

 洞窟を抜けると崖の上で、青々とした草原や湖が眼下に広がっていました。
 崖の縁で一行は世界を見渡しました。
「鬼はどこにいるのかわん?」
 犬は鳥太郎に尋ねました。
「おじいさんとおばあさんは赤と青の高い塔を目指しなさいって言ってたよ」
 一行は目を凝らします。
「あれじゃないのかぁっ!」
 ブログがくちばしを向けた方を見ると遠くに灰色の大きな山のようなものが見えました。
 よく見るとそれは大きな高い高い壁でした。そしてぐるりと囲むその壁の中からちょこんと突き出ている赤色と青色の塔が見えました。
「青の方が少し高いねえ」
 壁がここから見ても相当高いのが分かります。中がどうなっているのかも見えません。
 ただ二つの塔の先端が見えるだけでした。
「結構遠いわん」
「そうだね。でもずっと歩いていればそのうち着くよ」
「……行きましょう」
 鳥太郎の肩に乗っているサリーが言いました。
「うん。がんばろう」
 鳥太郎の横をわんこが歩き、頭上をブログが飛びます。
 一行はまた旅を続けました。

 着きました。
 壁の下までやってきた一行はその壁の高さに衝撃を受けます。見上げるとどこまでも続いているのではないかと思うほどです。
「どうやって向こうに行こうか?」
 扉のようなものはどこにも見当たらず、のっぺりとした壁を見回しながら鳥太郎は言いました。
「おいブログ、ちょっと中を見てくるわん」
「嫌だいっ!もし鬼に殺されたらどうするのだぁっ?」
 一行は困り果てます。
 思い思いに作戦を考えます。
 鳥太郎は覚悟を決めました。
「よしみんなで攻め込もう。突っ込んでちゃちゃっと片付けるんだ」
「それはいいけど、どうやって入るかは考えたわん?」
「……はい。……私と鳥太郎さんで考えました」
 作戦を聞いたわんこはあきれましたが、他に策もないので仕方なく同意しました。
 壁の方を向いて鳥太郎達は準備運動をして身体を温めます。
 ぴょんとサリーが降りて竜巻状態になります。
 風がわんこと鳥太郎を包みます。ブログは自分で準備します。
 一行は壁を見上げます。
「行くよ!」
「わん!」「いよぃっ!」「……はいっ!」
 一人と一匹と一羽と一風は駆け出しました。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
 垂直に切り立つ壁を風の力を借りながら鳥太郎とわんこは駆け上がっていきます。ブログは一筋の炎となって空を昇ります。
「いっけえええええっっ!!」
 果てしない壁を小さな影達は物凄いスピードで駆け上っていきます。
 ついに壁の縁が見えました。
「よっしゃああああっっ!!」
 勢い余って一行は空中に飛び出ました。壁の向こうが見えました。
「な……っ!?」
 見たこともない世界が広がっていました。灰色の塔のようなものがいくつも立ち並んだり、ところどころに囲われた小さな林があったり、川が流れていたり、雑然としていました。
 まるで外の世界を小さくしたかのようなところでした。
 そのまま今度は鳥太郎達は壁を駆け下ります。
「わんこ!ブログ!サリー!鬼が出てきたら全力で倒すよ!」
「わかったわん!」
「がってんしょうちぃっ!」
「……はい」
 鳥太郎の一行は地面に降り立ちました。
 壁に近い所は壁に沿うように道がぐるりと巻いていました。ところどころに柱が立っていてその先には眼のようなものがついていました。あちこちの眼が鳥太郎の方を向きました。
「あれはなに?」
「カメラだわん」
「かめら?」
「わんショットを撮るやつだわん」
 その時カメラから赤い細い光が出て鳥太郎達を照らしました。
 直後、サイレン音が響き始めました。
「な、何っ?」
「見ぃつかったぁようやなっ!」
 ブログが言ったとおり近くの灰色の小さな箱型の塔から鬼が出てきました。恐怖と驚愕が入り混じった顔をしています。
 少し離れたところまで近づいてきました。
 鬼は大声で何かを叫んでいます。
「に、人間かっ!?」
 驚いたことに鳥太郎の話す言葉と同じでした。
 出来れば今にも斬りかかりところでしたが鳥太郎は言葉が通じるのなら少し話をしてみようという気になりました。
「当たり前だっ!」
「か、か、壁をどうやって越えてきたんだ??」
「上ってに決まってるでしょ!」
「はっ?冗談を言え!その壁は300メートルもあるんだぞ!」
 耳慣れない言葉に鳥太郎はわんこに尋ねました。
「300…めーとる?って何?」
「高さのことだわん」
「へー」
 鳥太郎はまた鬼に向き直って返事をします。
「冗談じゃないぞ!それを越えてきたんだ。おまえらを退治するために!」
「なにっ!?どういうことだ!?」
「僕の名前は鳥太郎!鬼退治に来たものだっ!」
 一瞬の間があった。
「は……?嘘だろ?」
「覚悟しろっ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
 鬼は慌てて制止の声をかけます。鬼は目を一瞬逸らしました。
 それに気付いたわんこが叫びます。
「まずいわん!あいつ時間稼ぎをしているわん」
「何だって!卑怯なやつめ!」
 鳥太郎達はもう話す余地はないと思い鬼に向かって走り出しました。
 背中から剣を抜き、鳥太郎は鬼に斬りかかりました。
「ぎやああああぁぁぁっ」
 その鬼は丸腰だったのであっけなく切られて死にました。
 鮮血が噴水のように迸りました。
「意外と弱いんだね」
「油断するなわん。多分増援が来るわん」
 そうわんこが言い終わるか言い終わらないかの内に外周沿いの道をぞろぞろと鬼たちが走ってきました。
 今度は武器を手にしています。
 鬼を斬り終えた鳥太郎の様子を見て鬼たちは一瞬後ずさりをしました。
「ほ、ほんとに人間か??」
 動揺が鬼たちに走ったのを好機に鳥太郎は正面から突っ込んで行きます。
「だから、そうだと言ってるだろ!!」
 まずは手前の二人。手際よく首を跳ね飛ばしました。
 慌てて斬りかかって来る後ろの鬼の剣を白い剣で受けます。
「な、なんで俺達を襲うっ?!」
「決まってるだろ!お前達が鬼だからだ!」
 剣を押し返して、そのまま切り伏せます。
 その隙を突いて別の鬼が斬りかかってきます。
「わんっ!」
 鳥太郎の背後からわんこが駆け抜けてその鬼に噛み付きました。
「犬?!くそっ!」
 鳥太郎はすかさず斬りつけます。あっというまに四人を倒され残る鬼たちは後に下がりました。
「ツイィィート炎上!!」
 逃すまいとブログの吐いた火が鬼を襲います。そこにサリーが風を送って火勢を増させます。
「ひいいぃぃぃっ!」
「なんだあいつらはっ!」
「ぎやあああ」
「救援をっ!頼むっ!」
 鬼たちは消し炭になりました。
 とりあえず視界に見える鬼たちは始末しました。
 鳥太郎は返り血を剣から払い落としました。返り血が顔から垂れていましたが気にせずニィッと笑います。
「なんだ、意外と弱いじゃん」
「今だけだわん。多分真ん中から鬼がすぐやってくるわん」
「そうなの?」
「いかにもぉっ!おぉそらくっ!この外側にいたやつらはただの雑魚だっ!」
「なるほど、本拠地を守るやつらがまだまだいるってわけね」
「……勝てるでしょうか?」
「大丈夫。みんなで力をあわせれば勝てるよ」
 鳥太郎は自信げに言いました。
 待っているのも面倒なので、一行は中心に向かって歩き出します。

 歩きながらわんこがふと鳥太郎に尋ねました。
「ところで鳥太郎。あんなに簡単に殺して何とも思わないのかわん?」
「なんで?悪いやつなんでしょ鬼って?」
 屈託のない笑顔で鳥太郎は言います。
「鬼はそうかもしれないが、さっきのは操られていただけなのだろう?」
「操られてた?何の話?」
「え?違うのかわん?てっきりそうなのかと思ってたわん」
「ちょっと、どういう意味なの?その操られてたとかって」
「いや、鳥太郎がためらいなく 人 間 を斬るから驚いていたのだわん」
「ははは、何言ってるの?人間なんか斬ってないよ、鬼のまちがいでしょ?大体どこに人間がいるのさ」
 わんこが急に足を止めました。ブログも止まっています。サリーも肩で絶句していました。
「どうしたのみんな?」
「……一つ聞いてよいかわん?」
「う、うん」
「ほんとにここに鬼がいるのかわん?」
「え?だから何を言ってるの?今さっきも倒したばっかりじゃないか」
 わんこの眼が驚愕に見開かれました。
 ブログが驚きのあまりぶおっと火を吐きました。
「ちょちょちょっと待つよろしっ!なんかおかしいぃよぉい!」
「??どういうこと?なにがおかしいのさ」
 沈黙が少しの間、一行の間に流れました。
 しばし考えた後、わんこが口を開きました。
「鳥太郎。もう一つ聞くわん」
「い、いいよ?」
「お前はどこから来たわん?」
「どこからって……わんこと最初に会った時?」
「そうだわん。で、あの荒野のどっち側だわん?」
「どっち側ってここと反対側に決まってるでしょ」
 その答えでわんこ達の間にまたしても静寂が訪れました。
「……そうか、そうだったのかわん」
 わんこ達は何かを悟ったようです。
「ど、どうしたの?何がそうだったの?」
「鳥太郎。今から話すことをよく聞くわん——」
 そう言ってわんこが真実を語り出そうとした時でした。
 パァンと銃声が響きました。
 銃弾が鳥太郎の髪をかすりました。
「っ!!」
 一行は弾の飛んできたほうを見やります。
 圧巻、でした。
 戦車一台を中心として、約百人ほどの軍人が並んでゆっくりと歩みを進めてきていました。
 彼らはざっざっと足音をそろえて歩いてきて、鳥太郎達から適度な距離を取るとぴたっと歩みを止めました。
 その中央にいる黒い軍服を着た男が一歩前に出ました。銃を構えていました。
「防壁の外からやってきた人間というのはお前だな?」
「そ、そうだけど」
「問おう。何ゆえに我ら同胞を殺める?いや、そもそもお前はどこから来た?現在地球上に残る人間はこの東京・最終防壁都内にしかいなかったはずだ」
 彼の言ったことの意味を鳥太郎は理解できませんでした。
「え………………??」


 さあ人と鬼の話をしましょう。
 時は大きく遡ります。
**一旦省略**


「嘘だ!そうやって僕を騙す気だろ!」
 そう叫ぶ鳥太郎の声は震えていました。
 どっちが真実かなんてもう分かりきってはいても受け止められないのも当然です。
「嘘ではないのはお前も分かっているだろう?」
 男は高圧的に言います。鳥太郎は頭を抱え込みました。
「嘘だ……嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…………」
 わんこが鳥太郎の足に足を重ねてなだめます。
「鳥太郎……認めるしかないわん」
「嘘だ、嘘だっ……うっ……」
 涙がぽつりぽつりと落ちました。
「そりゃあぁつらいよなぁ、鳥太郎……」
「……鳥太郎、さん……」
 がくんと鳥太郎の膝が落ちて地に着きました。
「うわああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 咆哮に似た悲痛の叫びが壁の都市の中に反響しました。
 ころんと白い剣が鳥太郎の手から離れ転がりました。
「ん?その剣はお前のか?」
 静かに見守っていた男が何かに気付いて尋ねました。
「そうだわん」
 絶望に沈む鳥太郎の代わりにわんこが答えます。
「……それは骨剣……か?」
「え……?」
 男の発言に鳥太郎は顔を上げます。
「鬼の骨で出来ているのか?……いやしかし鬼の骨は固くもないし白くもないか……殺した人間の骨で作ったのか?」
 とんでもない言いがかりです。
「ち、違う!これはおじいさん達にもらったんだ……」
「おじいさんというのはお前の育ての鬼か」
「……」
 おじいさんやおばあさんを鬼と認めたくない鳥太郎は返答に困りました。
「答えろ。答えなければお前を殺人者、いや人間の形をした殺人鬼と見なすぞ」
 銃口が再び鳥太郎に向けられます。
「ま、待つわん!今鳥太郎はショックを受けてるわん……」
 パアンと銃声が響きました。煙は空に上がっていました。
「黙れ。犬よ考えろ。なぜそのガキが鬼を人間と、人間を鬼として育てたのかを。なぜ鬼がそのガキを俺らのもとに送り込んだのかを。もはや一刻の猶予もない可能性を。」
「どういう意味だわん……?」
 その時、不意に鳥太郎が腰の袋を外して前に置きました。
「その剣とこのからあげを旅立つ時に渡されたんだ……」
「からあげ?」
 鳥太郎は袋を開きました。まだ一個残っていたはずと奥を見るとやはり残っていました。
 取り出すとゆるやかに曲がったからあげでした。日が経ちだいぶ色あせています。
「これだよ」
「からあげだと?なんでそんなもの……大体ニワトリは絶滅したはずだ」
「……ニワトリ?」
「ニワトリを知らないのか?からあげと言ったらチキンだろう」
「そうなの?」
 わんこ達も頷きました。
「でも言われてみれば確かにチキンの味ではなかったわん」
「へえ……」
 鳥太郎は手に油をこぼすからあげを凝視しました。少し力を入れるとぼろりと衣が落ちました。
「ひっ!!」
 突然男の横にいた女がそれを見て声を上げました。男も目を見開いています。
「それを……食ったのか?」
「え?そう……だけど……」
 もう一度鳥太郎は顔を戻してむき出しになったからあげの中身を見ました。
 ゆるやかなカーブを描いて細くてそこまで長くなくて、小指くらいの大きさのからあげです。
 そう。小指のように。
—ゆびきりげんまーん。
 声が聞こえた気がしました。
 あっあっと声が声にもならず鳥太郎は全てに気付き、顎ががくがくと震えました。
 胃の中身がせりあがってきます。
—いつかあなたも真実を知る日が来るわ。
—私はいつでもあなたの側にいるわ。それだけは忘れないで。
 いつかのれんりの声が聞こえました。
「おえぇぇっ!!」
 げほげほっと咳き込んで吐きました。でももう何も出てきません。れんりの肉は血となり肉となったのです。鳥太郎の。
 涙と胃液があふれました。
「そんなっそんなっ!れんりが……僕がれんりを??くっ!うわああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁ!!あっ、あっ……」
 鳥太郎は泣き続けました。

「お前の大切な人だったのか?」
 少し落ち着くのを待って男が尋ねます。
 こくんと地に伏しながら鳥太郎は首肯しました。
「恨んでいるか鬼を?」
 鳥太郎は今度は迷わず頷きました。
「ならば戦え。復讐しろ。俺達と共に戦え。鬼に育てられた人の子よ。本当の鬼を殺せ。殺して殺して、殺してやれ」
 鳥太郎は復讐という怒りに心を捕らわれました。
「大佐!いいんですか?あいつは外回り隊を殺したんですよ?」
「構わん。あんな平和に溺れた老害などいようがいまいが変わらん。このガキのほうがよっぽど戦力になる。それになによりも今この中で鬼を一番知っているのはこのガキだ」
「……了解」
「さあどうする?俺達と戦うか?」
 鳥太郎は顔を上げました。充血して怒りに歪んだ眼で男を見つめます。
「戦う。殺す。鬼を。れんりの仇を取る」
「ははっ。いい眼だ。いいだろう、お前はたった今から我ら人類末裔軍の一員だ。名は?」
「鳥太郎」
 捨ててしまいたい名だったが他の名前も思いつきませんでした。
「そうか鳥太郎。よろしくな」
 そして男は銃を降ろしました。

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*設定はかなり気にってるのでREVENGEでリベンジしようとしたらできんかったやつですorzいつか完成させたいです。
かなり自分としては珍しい書き方考え方で書いているのでものすごく時間がかかります。根本の中二病は健在ですが。以下は残ってたキャラ背景
 連理……たまたま逃げていたら地球にきた“渡り鳥”の一族。なぜだか力が使えなくなり鬼に捕まる。予知能力だけは健在。からあげにされる。その力をからあげとして手に入れる鳥太郎。
 鳥太郎……DNA検査の結果。逃亡者と鬼の息子と判明。かつ、からあげによる身体への異常進化が発覚。わんこ、ブログ、サリーも同様。
 わんこ……初期に鬼が誕生した際、放棄が決定された遺跡アンコール・ワットを孤軍一匹守り続けた犬。報道を通して世界に感銘を与えた。鬼と戦う中でアンコール・ワットは陥落するも神の心を打ち知性と魔力を授かった。その後はアンコール・トムを守っていた。
 ブログ……日本独自魔術・コトノハ逆魔法弐型の結晶—《しんぶんし》。生きるしんぶんし。燃えたときに不死鳥化するよう術式が組まれていた。
 サリー……サルモネラ菌を改良して作られた対鬼生物化学兵器人工知能搭載型実験体Sally-03-Fin。最後に完成したものの実体を与えることが出来ず、破棄となった。人体には無害。
 鳥太郎の母……最後に東京を出て行った人間。腹に実験体として捕まえていた鬼との子を宿していた。
 最終兵器KBDG—KiBi-DanGo—……隔壁そのものが立体砲台で、住民総動員で戦う。


—4.郷愁—


 
 前を向こう。
 明日がある。
 手をつなごう。
 守るものがある。
 立ち止まらずに行こう。
 忘れられないものがある。
 だから君と一緒に進んでいこう。
 私には帰る場所がある。
 
 何度でも立ち上がる。
 君といる未来のために。
 道が閉ざされていても、壁が立ちふさがろうとも。
 振り返りはしない。
 過去を悔やむのはもうあきた。
 一歩踏み出せば扉は開く。
 絶望の先に光は輝いて待っている。
 僕には見たい笑顔がある。
 
 涙が頬を伝おうと、
 幾千の傷が痛もうと、
 全てが己を拒絶しようとしても、
 必ず君だけは味方でいてくれる。
 天が怒ろうと、
 大地が吼えようと
 定められた運命が阻もうとしても、
 俺には待っていてくれる君がいる。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*このあと何か普通に戦闘ものをやるつもりだったんですが忘れましたw
あとこの回はNostalgiaという曲も作っていたのですが微妙な出来に終わりました。

—5.What is the strongest ?—



—ぼくは強くなれることはないだろう。

 この世界が魔王に支配され始めてから長くなる。
 普通は勇者が魔王を倒して平和になって少ししたら、また新たな魔王が現れてそれにまた違う勇者が挑むという風に時代が変わっていくのが世の常だった。もちろん勇者が勝つというのも。
 だけど、今の魔王が現れてから挑みに行った勇者達はことごとく敗北してしまい、100年をゆうに超えようとしていた。
 いつからか誰も倒すことの出来ないその魔王は人々から史上最凶と恐れられていた。
 その魔王が率いる魔物や魔人の軍勢は街や畑を支配し、反乱の芽はことごとく潰され、人々の希望は時が経つにつれ絶望へと変わっていった—

 繰り返し思う。ぼくは強くなれないだろう。
 彼は諦めの感情とともに腕を夜の闇に広がる星空に伸ばした。手は瞬く星々に届くはずもなく虚空を掴む。
 ゆるやかな河辺の丈の短い草がはびこる土手に寝転びながら彼は夜空を仰向けに見上げていた。
「こんな時間にどうしたんだ?ゼオ」
 彼をゼオと呼ぶ青年のその声は横になっているゼオの頭の上から聞こえた。
 ゼオはゆっくりと起き上がりひざを立てて座った。青年はその隣にあぐらをかいて座る。
「少し寝付けなかっただけですよ、レオンさん」
 ゼオはそう答えた。レオンはそっか、と言って河に小石を投げた。ポチャンという音とともに月と星の明かりに照らされた水面に円が広がる。
「きれいだな」
 レオンはそう言った。水面に対して言ったのだろうか、星空に対して言ったのだろうか。
「どっちもさ。こんなに綺麗な景色が見れるなんて、思ってもみなかったからね」
 空を見上げてそう言った青年の目にはどこか違う風景が映っているような気がした。
「レオンさんはこことは全然違うところで生きてきたんでしたっけ」
 また一つ小石が投げられると河には入らないで、小石は河原を乾いた音を立てて転がった。
「そうだよ。ここよりもずっとくすんでいて、よごれた所で生きてきた」
 一旦言葉を途切れさせて、レオンは言葉を続けた。夜は静まり返っていた。
「でも、嫌いじゃなかった・・・むしろここよりもそこが好きだったのかもしれないし、俺に似合ってたのかもしれない」
 悲しみとも憂いともとれるその嘆きにゼオは何も言い返さなかった。
 一時の静寂が流れた。
「さ、もう寝よう。明日の朝も早いんだし」
 レオンがそういうとゼオは頷いて、二人は立ち上がり、近くに張ったキャンプ場所に向かって歩いていった。
 その短い時間の中でレオンがふと言葉を漏らした。
「強さとかそういうのは一つの価値なだけで絶対的なものじゃないと思うんだ。だから、」
 ゼオはさっき自分が考えていたことを読み透かされたことに驚いた。
「わかってます。・・・わかってますから」
 うつむきながらゼオはなんとか言葉を押し出した。
「そっか・・・」
—レオンさんみたいなすごい人がぼくの周りにたくさんいる、だからどうしても自分を比べてしまう。
 そしてゼオは非力な自分を下に見てしまうのであった。
 ゼオ、とレオンが呼んだ。
「ゼオはゼオらしく生きろよ。俺はそれが一番だと思う」
 今度は何も言い返せなかった。全てこの人にはお見通しなのかもしれない。
—だから、だからあなたみたいな人には勝てないと思うんです。
 また、そうやって卑屈になって考えてしまう自分にゼオは呆れてしまった。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*いわゆる四剣シリーズのレオンの世界のお話です。設定は綿密()に作ってあるのですが、肝心の話は忙しくてほったらかしのままです。王道ファンタジーを勇者のお供の雑魚視点で書いてみようってコンセプトだったと思います、多分。

—6.ワールドダンプ—


 20XX年、日本は危機に瀕していた。

 高齢化と少子化が進み続け働き手を失った日本は財産をみるみる減らしていった。
 世界でも有力だった日本企業は後発の他国企業に押されて衰退した。
 元々物資のほとんどを輸入に頼っていたこともあり、国債は増えるばかりであった。
 高かった技術力も普遍の物となり日本は技術大国ではなくなっていった。
 日本文化にも飽きられ国家再生への活路を見出せなくなっていた。
 弱小で奇抜な文化の島国、そんなイメージが世界で再浸透し始めた頃だった。
 
 阪神や東日本での地震の後、危ぶまれていた首都直下型地震は起きもせず、人が自然災害の脅威を忘れ始めた時にそれは起きた。
 日本の南に位置する鹿児島。県のシンボルとも言える桜島が今までの緩やかな爆発とはかけ離れた異常な行動を取り始めた。
 錦江湾に囲まれた桜島が少しづつではあるが沈み始めたのだ。水に融けていく氷のように。
 最初は目に分からないぐらい、次は一日に数メートル。少しづつ夜明けが早くなっていったことに人々は気づいた。
「んだもしたん!桜島が低くなっちょらんけー?」
「そげんことがあっかいな!?」
 鹿児島の人々はその異常すぎる事態に驚愕を隠せなかった。
 やがては全国ニュースになり世界でも話題になり始めた。
 山が、山だけが沈み始めた異常事態。沈む速さは次第に加速し、ついに人々の目の前でその頂上を錦江湾に沈めた。
 わずか一週間。たったそれだけの期間に1,117mの高さがあった桜島は散る桜のごとく消えていった。
 その直後新たな衝撃が世界に走る。
 桜島が沈んだところから海に穴が開き始めたのだ。下にダムの開放口でもあるかのように海水がどこかへと流れていくのだ。
 その黒々とした大穴はやがて拡がり元の桜島の周ぐらいにまで大きくなった。このまま海水がどこかへ消えてしまうのではないかと危惧し始めた時、不意に流入は止まった。
 後の報告によると世界の海抜が1cm下がったとか下がらなかったとか。
 とにかくそこから導き出された仮定は最初の海抜のわずか下に何か穴が出来ているのではないかということだった。
 駐留していた自衛隊の潜水艦による調査によると海面下の桜島は普通に観測できるという結果が出た。つまり海面上にあった分の桜島がどこかへと消えてしまったということだ。
 

—桜島、謎の消滅!
 翌日の朝も地方新聞はここ一週間とさして変わらない見出しだった。
「またなんかえらいことなっとんなー」
 新聞を読みながら父はのんきな口調で言った。淹れたてのコーヒーから上がる湯気が食卓に濃厚な香りをもたらす。
「まさか桜島が無くなるとは思わなかったねえ」
 母がそう言いながらトーストを食卓に運んでくる。
 大尊は運ばれてきたトーストを急いでくわえてリビングから出ようとした。
「ひろと、もう行くの?」
 母が食卓にもつかず出て行こうとする大尊を止める。
「あ、うん。今日も桜島のことで全体朝礼があるってさ」
「あらそうなの?学校も大変ねえ、気をつけて行ってらっしゃい」
「はいはい。行ってきます」
 大尊はショルダーバッグを背負い家を出た。空に火山灰が降ることもなく透き通った青空に昇りたての太陽が輝いている。
 パンをほおばりながら住宅街を抜けると小さな公園の前で一人の少女が大尊を待っていた。
 淡い茶色のショートカットが良く似合う元気な女の子だ。
「おはよう」
 彼女は幼馴染の唯一神だ。唯一神とかいて"ゆいか"。大げさな気もするが大尊で"ひろと"のやや古風な名前に比べればむしろメジャーな名前だ。
 昔は大尊ですらも奇抜な名前だといわれる時代だったらしいが、今では名前にはもっとアイデンティティが必要だという大人たちの意見が主流になっている。
「遅いよーひろと君」
 二人は並んで歩き始めた。
「ごめん、ごめん」
 小学校の時からこの公園で待ち合わせて二人は一緒に登校している。地区制だから学校が変わるということもなく今の高校最後の学年までこうしてやってきた。
 学校までは大した距離ではないがその間に唯一神とすごす時間が好きだった。彼女が好きだったのかと聞かれたなら実際そうだったのかもしれない。
 とは言っても幼馴染だったこともあり兄妹みたいな関係のようにも感じていた。
「今日も朝礼だねーああもう、めんどくさくなっちゃうや」
 唯一神がいかにもだるそうな感じでそう言った。
「でもそれで一時間目が短くなるからいいじゃん」
「校庭でぼうっと立っとくのもめんどくさい」
「めんどくさいめんどくさい言ってばっかだなあ」
「だってめんどくさいもん」
 何気ない会話を続けているとすぐに学校の近くまでやってきた。この坂を上ってまっすぐいけば第二地区の高校だ。
「それにしても何で桜島は沈んじゃったんだろうね」
「わかんねえよ」
 唯一神は坂を駆け上がるとこっちを向いた。朝日を背にして彼女のシルエットが浮かぶ。太陽の中に赤い光が二つ輝いた。唯一神の目だ。
「私達の宝物を奪うなんてひどいと思わない?」
 若干彼女の声が低くなったような気がした。どす黒い感情を吐き出すような、怒りのような声。
「え?」
 唯一神は微笑んだ。陽だまりのように優しい笑みだった。
「どうしたの?ひろと君、早く行こう?」
 聞き違いだったのだろうか、彼女の笑顔を見ていたら突っかかりも無くなった。気のせい、気のせいと大尊も坂を上り始めた。
 
『えー桜島が消えてしまった件ですが今も自衛隊や政府の方々が懸命に捜査してくださっていますので我々はいつもどおり勉学に励んでいきましょう—』
 校長の話が炎天とまでは行かなくても晩春の日差しの中で延々と続く。語るほうは辛くないのだろうかといつも思う。
 昨日もその前も、事件が起こり始めた時から同じような話を毎朝繰り返している。いい加減飽きてきた。
『—さて、今日はその自衛隊から調査団の方が来てくださっています。皆さん静かに話を聞きましょう。では・・・』
 校長からマイクを受け取り壇上に上がったのは迷彩服を来たおじさんだった。見慣れないその姿にざわめいていた生徒達の視線が集まる。
『どうも、ご紹介に預かりました自衛隊特設桜島調査団の武藤です。今回の一件ではこの現象に危険があるのかどうかが危ぶまれていますが—』
 だらだらと桜島が消えたことに危険性がないということを語る武藤に大尊は飽きてきた。
 逃げるようにして引越しして行ったという人も多かったらしいが、大尊は近所のおばさん達の言葉を思い出していた。
「火山灰も降らんごなって洗濯物が干しやすかねー」などなど桜島が無くなったことに感謝しているような言葉だ。
 鹿児島のシンボルといえるようなものではあったが無くなってそこまで困るものでもなかったのだ。少し眺めが寂しくなるぐらい。
(人間ってそんなもんなんだよなあ・・・)
 大したことじゃなければすぐに適応していく。事件だ事件だと騒ぐのも最初のうちですぐに元から無かったように生きていくのだろう。
 大尊は出そうになったあくびをかみ殺した。壇上ではまだ自衛隊の人が国から強制されたのであろう安全への釈明を続けていた。
『—何か質問のある人はいますか?』
 こういった講演会みたいな状況で形式的に行われる質問タイム。どうせ誰も何も聞かず終わるのに、と思っていたら誰か質問をしようと手を挙げたらしい。
 マイクを持って放送委員が走った先は隣の隣のクラスだ。同じ高三のようだ。
『桜島はもう戻ってこないんですか?』
 声に聞き覚えがあるどころか聞き慣れた声だった。唯一神だ。
『えー今はまだなんとも言えませんが、善処していきたいと思います』
 覇気のない声で武藤は言った。善処するなんて言わなくていいのに、素直に出来ませんと言えばいいのに。
『そうですか、頑張ってください・・・』
 唯一神の声は明らかに落胆した声だった。校庭が微妙な空気に包まれる。
(ゆいかにとってそんな大事なことだったのかな・・・)
 取り繕うようにして校長が仕切り、生徒に武藤に向けて拍手をさせて長かった朝礼は終わった。

 放課後、部活も中止になっているため校門で大尊は唯一神を待っていた。
「お前またゆいかちゃん待ち?俺は先帰るぜー」
 同じ部活の同級生が冷やかしながら帰っていった。大尊や唯一神の住む住宅街は少し世代がずれたのか、高三が少ないから仕方がない。
 それが唯一神を待つ理由にはならないのだけど、と考えると何となく自分を笑いそうになってしまった。
「お待たせー待った?」
 ぼうっとしていたら不意に唯一神が近くに来ていた。
「ああ。超待った。待ちくたびれた」
「そっ」
 彼女は笑って校門を出て行く。もちろん大尊も。
「ちょっと寄りたいところあるんだけどいいかな?」
 少し歩いたところで唯一神はそう言った。本当はすぐ帰宅するように言われているのだが別に気にしない。
「いいけど、どこ行くんだ」
「ひみつー」
「なんだそれ」
「ふっふー着いてからのお楽しみ」
 ふと思って朝のことを聞いてみる。
「どうしてお前さ、朝礼であんなこと聞いたの?」 
「えっ?あーうん。なんとなく」
 唯一神ははねてもいない髪の毛を小指でくるくると巻く。その仕草を指差す。
「嘘だな」
 その仕草は唯一神が嘘をつくときに取る仕草の一つだ。何ともベタで分かりやすい。
「あっ。しまった」 
「まあいいよ。別に言いたくないことだったらさ」
「そういうわけじゃないんだけどねー。ってそれなら指摘しないで見逃してくれたっていいのにー」

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*コンセプトはキラキラネームの未来です(大嘘)錦江湾と桜島が大穴になり地球のゴミ箱になるっていう訳のわからん話です。一応これも神さまポジションありです。ってか第一地球神の引き継ぎのお話も兼ねてます。大尊(ひろと)ダイソンから、踊羽(るんば)ルンバから、唯一神(ゆいか)とか名前は結構気にいってます。どうでもいいけど嘘つくときの仕草が後の誰かさんとカブってて笑いました。

—7.最悪の言葉—



 硬い地面の感触。押し付けらている頬に感じるコンクリートが冷たい。ザラザラとした砂利が肌にまとわりつき、血が滲む口内にも入る。横倒しにされ、地面を這わされる俺は惨めな苦痛の声を漏らすしかなかった。
「痛いか?あぁ?」
 俺の顔を側面から踏みつけるその女は抗えない俺を嘲笑しながら言った。女はハイヒールにさらに力を入れて文字通り俺の顔面を踏みにじる。
「…やめ…ろ」
 血の混ざった涎をこぼしながら俺が懇願したところで聞き入れられるはずはないのだが、屈するのは嫌だった。
「はっ、黙れよ-」
 踏みつける足裏が浮いた。解放してくれたわけではないのは明らかだ。女が言葉と脚の動きを溜める。
「-負け犬がぁっ!!」
 ボールみたいに勢いよく蹴られた俺は地面をバウンドしながら転がった。重ねてやってくる激痛に声も出ない。打ちっぱなしのコンクリートだらけの壁に激突した俺の体は鈍い音を立てた。頭からツーっと血が流れて涙と鼻水と混ざり無残な顔を滑稽なほどに無様にする。 わざとゆっくりとコツコツとハイヒールを響かせながら女は近づいて来た。恐怖を煽るように。
 抵抗不可能な俺の髪を無造作に引っ張り上げて、女は俺の頭を彼女の紅い目の前に吊り下げながら下卑た笑いを浮かべた。
「苦しいか?辛いか?」
 答えずというかもはや答えられない俺は虚な目で女を見返すだけだった。
「もう死にたいか?」
 それは悪くない、とさえ思うほどに今の俺は敗北者だった。それでも…。
「 死ね。死ぬことが今のお前に出来る唯一の救いかもしれねぇぜ」
 それでも…俺はまだ死にたくはない。
「……嫌だ…」
 我ながら消え入りそうな惨めな声だった。
 女は命乞いにも聞こえる俺の言葉をさらに笑う。
「そうかじゃあ助けてやろうか?いいぜ、はは。条件はそうだな…。私に忠誠を誓え、常に従え。それが嫌なら死ね。さあどうする?」
 どっちも嫌だ、とは言えなかった。言ったところで事態を好転させることなど出来やしなかった俺に選択の余地はなかった。
 俺はこくりと頷いた。
「…誓う……」
「くははは、生きたいか。なら今からお前は私の所有物だ。忘れるなよ」
 女は愉快そうに言うと、俺の頭からを手放した。がくりと俺の頭は垂れて皮肉にも忠誠を誓う騎士のように女の前に伏した。それを見下す女がもう一度俺の顔を蹴ると今度こそ俺は気を失った。

***

 廃墟の中を女は手に入れた下僕を引きずりながら歩いて行く。荒れ果てた廊下には死体の山。全てついさっき女が殺した者達だ。数時間前まで廃墟などではなかったこのとある工房をぶち壊したのもこの女一人がなした蛮行であった。女は屍の道を抜けて、やって来た時と同じように正面の入り口から出ようとする。
 だが、広い玄関ホールで女と引きずられる下僕を待ちうけるボロボロの姿の男がいた。
 くだらない物を見るような目で女は男を見返した。
「へえ?まだ生きてたんだ?殺し足りなかった?」
 女と下僕、この二人を除けばこの工房で恐らく唯一の生き残りであろうその男はこの工房の主であった。
「黙れ吸血鬼。俺の息子をどうするつもりだ」
 吸血鬼と呼ばれた女は目に殺気を宿らせた。
「純血の私を吸血鬼などと一緒にするなよ。それとこいつはもう私のもんだ」
「お前のものだと?」
「こいつは生きるために私に忠誠を誓ったよ。もう弱すぎるお前ごときに用はない」
「な…ふざけるな…!」
 男は握っていた十字架を形どった剣、つまりは十字軍時代あるいは魔女狩りの時代の遺物を握りしめて女の方へ走り出した。
 しかし剣先が届くよりも前に女の姿は一瞬で男の視界から消えた。女が速いのもあるが、たかが並の祓魔師のが純血のヴァンパイアたる彼女に勝てる道理など微塵もない。それが例え祓魔師の間ではそこそこに名の知れた集団の長であろうと。
 闇は踊り、正義を語る旧制の堅物を翻弄した。たかが人間一人、種族として圧倒的な身体能力の差を持つヴァンパイアの敵ではなかった。
 男が気がついた時にはすでに背後に回った女は男の胸に深々とその腕を突き立てていた。少しだけ長い爪の手から腕へと男の血が流れた。
「十字架だろうがニンニクだろうが、効きやしねーよ三流が」
 肺と喉から血を吐き出した男は、苦痛すら感じる間もなく息絶えた。女は無造作に死んだ男を死体の山に投げ捨てた。
「ガキは私がちゃんと面倒みてやっからよ。安心して眠りやがれ。くっくっく、あーはっはっ!」
 何がおかしいのか狂ったように笑いながら女は血が滴る腕でまだ気絶している下僕をまた引きずって廃墟となった工房から出て行った。
空は暗く、闇は紅かった。

 生存者はゼロ。行方不明者は一名。犯人はたった一人。この夜こそが後に西欧エクソシスト連合一夜潰滅事件と呼ばれる夜であった。同時にかつて教会というものが猛威を奮っていた時代を裏で終わらせ、消えていったというヴァンパイアの中のヴァンパイア、“紅血姫”の復活がまことしやかに騒がれたのであった。

 そしてその“紅血姫”ことロゼ=ブラッドブルーム=エルノイと彼女の気まぐれと僅かな興味で生きながらえた下僕、ウィルの奇妙な二人組の旅はこの悪夢のような夜から始まったのだった。

***

 温い夜風が唯一外気に触れている顔を撫でる。
 ダークブルーのタイトスーツに身を包み、首を隠すグリーンにスカーフは風にたなびく。さながら暗殺者を思わせるそのシルエットは高いビルの屋上のさらに電波塔の上に夜街の光を受けて映えていた。
 ここは日本、高層ビルが立ち並ぶ東京ど真ん中の上空。
 ウィルは月よりも明るい眼下の夜景を見渡していた。
 その美しさに見惚れているのでもなければ、人の作り出すつまらない社会を見下しているのでもない。ただの探し物。探し物は高い所から探せば見つかりやすいに決まっている。
 プルルプルルとインカムが鳴った。
「はい」
 襟元に着けたピンマイクで応答する。
 耳元に着けた小型インカムからハスキーな女声が返ってきた。
「ウィル、予定通り追い込んだ。残りが外に逃げてったから始末しとけ」
「何人ですか?」
「3」
「了解」
 ウィルはずっと遠くの下見張っていた駅周辺に目を凝らす。どこぞやに民族ですら捉えられないであろうその距離をウィルはたわいもなく見通す。
 ごみごみとした裏路地から三人の男たちがせききって出て来たのが見えた。全員ターゲットリストにあった顔だ。
「ちゃっちゃと片付けますか…」
 一人呟いたウィルは夜空の下、ビルの屋上を駆けて行く。数メートルのビル間距離などないに等しい。すぐに彼らが逃げ込む先のビルの屋上に着いた。
 走ってくる男たちが真下に見える。ウィルは高さ100メートルはゆうに越えるビルの縁から飛び出した。

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*イタいです。でも一応大事な話だったりします。いつかやるかな……。

—8.悪役の理想—



 悪役、という言葉を聞くと皆さんはどういったものを考えるだろうか。欲望の塊?邪悪な人?
 悪役、と言うと必ずしも悪そのものを指す言葉ではないように聞こえるのは私だけだろうか。役、と付くと意図的に悪を演じている悪ではない何者かというニュアンスを感じ取ってしまうのだ。
 そこでまず、悪役という言葉について考えてみたい。演劇や映画などそのまま役と呼ばれる人たちが作り上げる作品はもちろん、小説や漫画などにおいても悪役は登場する。そして、その悪役の中身は実に多岐にわたる。例えばそれは恋の邪魔をする親や悪事を働く同級生などに始まり、事件の犯人だったり秘密組織の殺し屋だったり、はたまた怪物やファンタジックな世界の魔王だったりする。場合によっては主人公に敵対するものは全て悪役だといえるかもしれない。悪役と聞くと具体的なキャラクターが浮かぶ人もいるだろう。また、彼ら悪役達の多くはその退場や敗北が決定されている。脇役、引き立て役でありながらその退場に嬉しさや満足、あるいは反対に共感や哀愁を誘う悪役は物語になくてはならないものなのだ。
 唐突ではあるが具体的な例も交えながら悪役を勝手に簡単に分類させてもらおうと思う。
 一つ目はライバル的悪役というものだ。バイキンマンやジャイアンやクッパなどの子供向けの作品に多いこのタイプの悪役には憎めないところも多い。悪役でありながら作品を見る側からの支持を得やすいのも特徴だ。例のようなお決まりの存在であるならば彼から物語が始まったりもする。
 続いて敵的悪役というのを考えた。時代劇の雑兵や特撮物における怪人や怪獣などに代表される、いわゆる倒されることが第一の目的となる悪役である。多くは一回きりの小物や雑魚で、あっけなく蹴散らされる彼らの姿は爽快感や笑いをもたらす。他にも特に確固たる信念も持たずただ人を何らかの形で苦しめる殺人鬼などもここに分類しておこう。
 最後は悪的悪役。いわゆる黒幕や裏切り者もこれにあてはまるが、主人公側からは理解されない悪を徹底的に貫くのが特徴だ。見る側からは嫌われることが多い彼らだが、時に一部からの熱烈な支持を得ることもある。昼ドラにおける継母や人を陥れる悪魔もこれに当てはまると考えられる。不快に感じても彼らがいなくては物語の根本が成り立たない、それが悪的悪役だ。
 これらに分類できない悪役もいると反論が上がるだろうがひとまずこの三つにさせていただこう。ひとまずと言うのも私自身たった三つで悪役が分けられるとは思っていないからだ。そこでこの三つからさらに悪役の転換というのも考えてみたい。
 あれこれ当てはめてみるとわかるが複数にまたがる悪役というのが多い。いじめっ子が終盤で主人公のよき競争相手に変わるのならば、悪的悪役からライバル的悪役への転換と称し、生徒を痛めつけているだけに見えて実はその逆で生徒思いの先生だと分かったらこれは悪的悪役から悪役ではない味方への転換と称すことが出来る。蹴散らされていた雑魚がある日力を得て逆襲にくる敵的悪役から悪敵悪役への転換なんていうこともあるかもしれないし、裏切りは味方から悪役への転換とも言える。結局何が言いたいのかというと悪役がただ配置されるだけでは平板なシナリオに終わり、転換が起きると悪役にもスポットライトが当たってより話が面白くなるだろうということだ。水戸黄門や戦隊物のように悪役が出てきて倒して終わりというのもそれはそれでいいのだが、やはり見る側には悪役だけでなく、悪役の転換も欲しいのである。
 そしてここでやっと本題に入りたいと思う。それは何かというと、こういった悪役の特性を踏まえたうえで理想の悪役というものを考えて欲しいのである。
 またしてもまずは理想の悪役と言うフレーズ自体について考えてみると—


「終わってないじゃん」
 至極まともな意見が出た。私は両腕をくぅーっと伸ばしながらそれに答える。
「まあねぇ、だって何も思いつかないし」
 放課後の空き教室。向かいの学校机に座る私の友人、照子は私と私の書いてきた未完のそれを見比べながらはあとため息をついた。がらんとした教室には私と彼女の二人しかいない。窓から差し込む光は初秋の夕暮れを思わせる淡い橙色だった。
「どうすんの?文化祭までもう一ヶ月切ってるってわかってるよね」
 眼鏡を光らせるじゃないかというぐらい鋭い眼光で彼女は私を見る。
「わかってるけど、どうしてもアイディアが浮かばないんだもん」
 嘘、じゃない。本当に何も降りてこないのだ。
「いつもはポンポン浮かぶくせになんでこんな時だけ浮かばないかなあ」
 照子は机を指で叩きながら考え込む。いつでも真剣に私と一緒に考えてくれる彼女は貴重な私の親友でもあり部活仲間でもある。
「悪役が思いつかないからかも」
 今回のテーマは『理想の悪役』。それに対する脚本が何も思いつかない私は自分なりに悪役というものを整理し、考察し、理解し、作り出そうとしたのだがどうもうまくいかない。
「で、生まれたのがこのグダグダな未完の評論まがいのこれ、と…」
 ぱんと照子はノートパソコンの画面を弾いた。そこに映るのはもちろん—『理想の悪役』で始まる中途半端な駄文である。
「悪役の分け方が不自然だし、具体例偏ってるし、指示語と無駄な接続詞も多い。それに読者を気にしすぎてて逆にイライラする。肝心の理想の悪役には触れてもいないし」
 ずばずばと言う照子はいつも通りだが、今回はその矛先が自分なだけに心に刺さる。
「うう…」
「ごめん言い過ぎた。というか文章はどうでもいい。結局書くべきものは一切書けてないってことが重大なの」
 そう、私が書くべきもの評論でもなく反省文でもなく、脚本だ。
 だけど、それがいつになく書けない。
「—部長は今までに悪役出したことないからね…仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないけど」
 悪役。それは照子の言うとおり、私が今まで書いた脚本には一切といっていいほど登場していなかった。私が好んで書くのは日常物だったから悪役は必要なかったのだ。故に今まで悪役というもの深く考えたことも無かった。だから理想も何もへったくれも無い。
「理想の悪役って何なんだろうね」
 ぱしんとおでこを指で弾かれた。
「それは監督兼脚本家の部長が考えることでしょ」
「はーい…」
 しゅんとなった私の肩を今度は優しく叩かれた。
「まっ。手伝えることは手伝うよ」
 屈託のない笑顔に私はありがと、と言い返した。いつもこの笑顔に励まされ、助けられるのだ。
 橙色の空は暗さを少し増していて、下校のチャイムが鳴った。
 ノートパソコンを閉じるとカバンにしまい、軽く後片付けをして二人は年季の入った扉を開けると部室を後にした。
 翻った部室の扉にかかっているプレートに書かれた手書きの文字、それは演劇部と書いてあった。

 ***

 私は電車を乗り換え、駅から家までのわずかな距離を歩いていた。繁華街の中にある私の家までは暗いということも、人がいないということもない。むしろその逆で明かりと人に満ちている。同じように学校帰りの学生達や仕事帰りのサラリーマン、買い物帰りの主婦など雑多な人ごみの中を私は歩いていく。
 何重もの喧騒が私を包む。人の声、車の音、足音、駅や店のアナウンス、工事の音、ビルを抜ける風の音。たくさんの音に囲まれて私は生きてきた。
 目の前の歩道の信号機が青に変わる。一斉に歩き出す人々。コンビニやスーパーをネオンサインが明るく彩り、うっすらとした居酒屋の提灯はほんのり赤く、自動車やトラックのフロントライトが行儀良く並んでいる。それらに照らされながら私は家路を行く。たくさんの色と光に囲まれて私は生きてきた。
 向かいから歩いて来ていた人ごみの中で塾帰りと見える小学生が目の前でこけた。健気にも、私が駆け寄る前に、彼は立ち上がると涙をこらえてまた歩き始めた。通り過ぎるファミレスのガラスの向こうで高校生が慣れない注文デバイスを持ってウェイターをしている。後ろを歩くサラリーマンが電話の向こうにひたすら謝っていた。
 私が見てきた人はみんな一生懸命生きている。
 辛そうな顔をしても、悲しいことがあっても、とにかく生きている。
 そんな人たちの中に生きてきた私は悪というものを知らないで育ってきた。
 いたずらやいじわるはあっても悪といえるほどのものはなかった。
 着いたマンションに入る前に見上げた空にまあるい月が浮かんでいた。
 やっぱり自分の見ている世界は綺麗なんだと思う。
 だから温かい人達の日常しか書いてこなかった。いや、それしか書けなかったのだ。
 悪役なんて分からない。悪なんて知らない。
 理想の悪役、それは悪役が存在しないことじゃないかな、そう思った。

 ***

「ただいまー」
 返事がしないと分かっている自宅でも帰ってきたらこう言ってしまうものである。私を感知してくれるのは部屋のライトだけ。
 靴を脱いであがると後ろでオートロックの玄関が閉まる音がした。そのまま一繋がりになっているリビングに向かう。カーテンが閉まったままだった。どうやら朝閉め忘れたようだ。薄暗い部屋でも電気のスイッチは慣れで押せる。人工的な白光が一人で居るには広すぎるくらいのリビングを明るくする。
 テーブルの上のリモコンを取り、テレビをつけた。テレビの音でも無いと静かすぎてやっていられない。
 かばんをソファーの横に投げて、無造作に脱いだブレザーはハンガーラックにかける。
 今日の晩ご飯をレンジに入れてボタンを押すと、出来上がるまでの間、私はソファーに横になった。
「ふぁあーあ」
 まだ夜七時を回ったぐらいなのに横になると欠伸が出た。ここのところずっと理想の悪役について考えていたから頭が疲れているのかもしれない。
 テレビでは最近流行りの映画監督だかが、バラエティー番組の一環でインタビューを受けていた。禿げかけた頭にふちの大きい眼鏡をかけるしわの多い顔に旧い時代を感じたのは気のせいだろうか。
「あれですよ、やっぱ、アクションが映えないとどんな映画もつまらなくなります」
「なるほどーそれで今回この悪役にスタントマン上がりの彼を起用したわけですね」
「そうそう。しかも彼、悪役の演技も上手いから文句なしでさ、すごいのなんのって」
「………」話は続いた。
「さてさてそんな正義の味方としびれる悪の素晴らしいアクションが観られるのは明日からです!ぜひみなさん映画館に足を運んでこの—」
 ぷつんと電源を落とした。少しの間でも聞き入ってしまったのが悔しい。脚本家か監督を目指す自分が他人の価値観などを当てにしてはいけないのだと言い聞かせる。
「…悪…、悪役…」
 ちーん、とレンジが鳴った。
 熱風が閉じ込められたレンジから湯気を立ち上らせるカルボナーラを取り出すと安っぽいクリームと「野菜たっぷり」と銘打つための心ばかりの野菜の水臭さが鼻をついた。別にまずくはないのだから構わないのだが、やけに今日はその匂いにむっとした。
 フォークを取り出して、麦茶を注ぎ、質素な夕飯をテーブルに置く。
「いただきます」
 これもまた誰も聞く人がいなくても言ってしまうものだ。無駄に熱くなりすぎているパスタをほお張りながら違う番組を見るべくまたテレビをつけた。
 ピッピッと切り替えていると子供達のゴールデンタイムということもあり、アニメをやっている放送局があった。高校生にもなると最近のアニメなど知らないが、今食べているパスタよりも熱いヒーローものというのははっきりと分かった。全身どす黒い色でいかつい棘やら牙やらが生えたいかにもな化け物が主人公と思わしき赤い衣装の青年にこてんぱんにされている。
「この世の悪は俺が全て消し去る!ファイヤーァッ!」
 決め技と共にぼーんと敵的悪役に違いない化けものが爆破されてアニメは終わった。特撮でやれよと思う内容ではあったが、どうやら私が見る前に出ていたヒロイン達がマニアに受けているアニメだったらしい。なぜかというと間に挟まれたCMが明らかにそういう人達向けだったからだ。今の世の中ようわからんなあ、とジジくさいことを思ってしまう。
「というか、たぶん悪ってそういうのじゃないんだよねえ…」
 私の探し求めている悪はそう簡単には見つからないようである。
 薄黄色のホワイトソースがこびり付いたプラスチックのトレーを軽くゆすいで無造作にゴミ箱に捨てると夕飯も終わった。勉強などする気もない私はソファーの上に膝を抱えて座る。この広々とした部屋の大きなソファーの上で小さく体育座りをすると落ち着くのは昔からだ。少しの間その体勢で
面白くもないテレビ番組をかいつまむようにして見ていたがすぐに飽きた。
 仕方なくカバンからノートパソコンを取り出すと電源を入れる。さして待つこともなくデスクトップが表示された。「ごみ箱」や「演劇部員リスト.doc」などのアイコンは左側に並べられているのに、例のアイコンだけが私を責めるように堂々と真ん中に置かれていた。照子の仕業だろう。もちろんファイル名は「理想の悪役」
 クリックして開くと、一番上の行に書いた覚えのない一行が記されていた。
 灯台下暗し。
「は?何が言いたいの?」
 私はそれを打ち込んだであろう照子に問いかけるように一人呟いた。気まぐれかなのか何か意味があるのか、それを尋ねるべく携帯を手に取ろうとするとインターホンが鳴った。
 ピンポーン。ピンポーン。ピンポン。ピンポン。ピンポ。ピン。ピピピピピ。
 連打されるインターホンを無視するわけにもいかず私はメールを打つ前に立ち上がった。というか失礼すぎる鳴らし方にも程がある。ファミレスの子供でもこうは押すまい。
「はいはい」
 かちゃりとドアを開けると肌寒い風が部屋の中に入り込む。それだけだった。
「あれ?」
 誰も扉の前には居なかった。おかしい。パッと出て左右を見る。渡り廊下の向こうで階段を駆け下りていく人影が見えたが暗くてよく分からなかった。
「ピンポンダッシュ…?」
 わざわざマンションの五階でやるようなことではないだろうに。しかもここは入るのにエントランスで認証が要るから足がつきやすい。いたずらにしてはよく分からない行為だった。追う気もせず、私は扉を背にしてリビングに戻ろうとした。
 振り返ると目の前に定価2980円の包丁があった。うちの包丁だからすぐに分かった。じゃなくてなぜそんなものが宙に浮いているのかだ。よく見ると包丁の柄は手に握られている。手?
 視線で手を辿り、腕を辿り、首を辿り、その男と眼が合った。え、男?
 男はしーっと包丁を持ってないほうの右手の人差し指を自分の唇に当てて言った。
「きゃあぁぁっ!!」
 やっと異常事態に気がついて叫んで助けを呼ぼうとするが、ぱっと口を塞がれる。黒い皮手袋の臭いが鼻をつく。
「んごごご!」
「静かにしてって何もしないから」
 もがく私をものともせず片手で男は私を離さなかった。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*「終わってないじゃん」がグサリときました。日常ものです。演劇やってる子が悪役についていろいろ考えていくお話。

—9.棘と。—



未完ではありましたが投稿はしたので今回は収録しません。分量もものすごいので……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*現状一番気に入ってる作品です。暇なときに書いては消しを繰り返しています。いつか皆さんのもとにお届けしたいです。

—10.あいまい—



 次の文を読んで後の問いに答えよ。

 あなた(Y、♂とする)とあなたの妹(S)との間に娘(D)が出来たとする。
 Sと父(F)の間には息子(B)が出来たとする。
 あなた(Y)とDとの間にさらに娘(G)が出来たとする。
 妻(W)との間には息子(A)がいる。いつの間にか母(M)とAの間に息子(C)が出来ていた。
 BとDの間にも息子(E)が出来ていた。
 CとGの間に娘(X)が、EとGの間に息子(Z)が生まれた。
 そしてZとXの間にHが生まれた。

問一.あなたとDとの間の続柄は?

問二.あなたとBとの間の続柄は?

問三.あなたとCとの間の続柄は?

問四.あなたとGとの間の続柄は?

問五.あなたとEとの間の続柄は?

問六.あなたとXとの間の続柄は?

問七.あなたとZとの間の続柄は?

問八.あなたとHとの間の続柄は?

問九.Hは♂♀どちらの可能性が高いか?

おまけ.この後起こる可能性が最も高いのは?
  選択肢
   ①父と妻の間に子供が出来る
   ②家庭裁判所で家族会議
   ③Xとの間に子供が出来る
   ④ギネス申請
   ⑤一家逮捕
   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*ムシャクシャしてやりました。後悔はしています。誰か答え教えてください。

—11.俎嬢の恋とシースター—



 ぺったんこ。いいじゃない。

「誰がぺったんこって?」

 勝手に人の心を読まれた。目線を胸部に固定していただけなのに。

「…」

 フリルの付いたワンピースタイプのピンク色の水着。悪くない。

「無言で人の胸を見るなぁっ!」

 激怒する彼女はとってもかわいい。
 十七歳にしてはあどけない顔と小さい背。くりんとした瞳にさらりと流れるような栗色の長髪。
 そして胸がまな板だ。ロリ体型というのに区分されるのかもしれない。
 腕を振り回して僕を殴りつけようとするが、彼女の頭を軽く押さえると両腕は空を回るだけ。こういう幼い動作もかわいらしい。

「うりうりー」

 くしゃっと髪をかき混ぜてやると、涙目で彼女は僕を見上げる。くらっとした。

「もうっ!」

 ぷーっと頬を膨らました彼女は小動物をも凌駕するキュートオーラを放っている。

「ときどき君が本当に同い年なのかと不思議に思うときがあるよ」

「なっ、どういう意味よそれーっ!」

 彼女—XXXの声が陽炎に響く。
 太陽はもうすぐ夏も終わるというのに銀色に燃え盛り、僕らのいる砂浜を真上から照らしていた。
 
 僕らの熱い季節はこれからやってくる。

 ***

 ピン・ポン・パン・ポーン。

『お知らせします、』

 ビーチパラソルの下、安っぽいリクライニングチェアに寝そべる僕の耳を海の家のアナウンスがつんざいた。

『迷子のお預かりです、元気な女の子で—』

『迷子じゃないっての!私は高・校・生!ただアイス買ったらみんなの場所を忘れたってだけなの!』

『—だそうですので、保護者の方は海の家までお越しください』

 はあっとため息をつく。周りのほかの客は奇妙な放送に苦笑していた。

「結局、迷子だよね」

 隣のリクライニングチェアで寝そべっていた女の子—YYYが言った。スレンダーで引き締まったボディにシンプルな競泳水着が良く似合っている。
 黒いサングラスを外してYYYは艶やかな黒髪をぱさっと跳ね上げて僕を見て、ウインクをした。
 ウインクの意味は自明だ。

「やっぱり僕が行くんですね」

「そゆこと。XXXちゃんを迎えに行ってきて」

「了解です…」

 僕は重い腰を持ち上げた。僕らの入っているパラソルのすぐ近くで砂城を築きあげている海パンの男—ZZZがスコップを僕に差し向ける。

「俺達のアイスもかかってるんだから、早く頼むぜ」

「はいはい」

 空返事をしながら僕はZZZの馬鹿みたいに豪勢な砂城の一角にある尖塔を蹴飛ばして海の家に向かった。
 ぬおおおっとか叫ぶ声が背に聞こえたが気にしない。

 太陽は日焼け止めを塗っていない僕を色白から小麦色に変えようと相変わらずの照り具合だ。
 サンダル越しでも熱い砂浜をたった百メートルほど歩いた先に海の家はある。
 ひしめくようにビーチパラソルやらレジャーシートやらがその持ち主家族やカップルと共にごった返していて、直線距離で進むのを拒んでいる。
 その乱立状態がXXXを迷子にさせたのだろう。
 数分かけて結構大きめな海の家にたどり着く。海側に開放されている広いオープンテラスの縁で、迷子は一人寂しく腕を手すりにかけて棒アイスをくわえていた。それだけで一つの絵になる。
 僕は後ろからその頭をぽんと叩いた。

「何で迷子になってるんだお前は」

 おそらく、おっそい!とか言うつもりだったのだろうが唐突に声をかけられたためにXXXは咄嗟に謝った。
 尖りかけた口は開きかけのまま声を出せず、やがて小さく結ばれる。

「ごめん…」

 本当にしょんぼりしたような顔を見ているとこっちがいたたまれなくなる。

「ほらみんなのとこ戻るぞ」

「あっうん」

 何気なく引っ張ったXXXの右手は温かった。口許から零れ落ちそうになるアイスをXXXは左手で持つ。
 また来た道を戻るのは面倒だがしかたない。

「人多いなあ」

「みんな海に来て何が楽しいのかな」

「僕たちも来てるけどね」

「そういう意味じゃなくて」

 XXXが続きを言おうとする前に僕はさえぎった。

「じゃあXXXは?楽しい?」

 答えを聞こうと引く手の先のXXXを振り返ろうとすると、口にアイスを突っ込まれた。
 XXXの顔にはほんのり赤みが差していた。

「いちいち聞かないでそんなこと」

「はいはい」

 アイスを僕は右手で持つと普通に食べ始めた。XXXの食べかけだがそんなことを気にはしない。
 甘いソーダの味がした。

「あっ私のアイス」

 XXXは惜しかったようだ。

「いやいや、XXXがくれたんでしょ」

 左手を握る力が強くなった。

「取られたー、私のアイス取られたー」

 駄々をこねる子供のようにXXXが反抗する。
 僕は右手をアイスごと差し出した。

「じゃ返そっか」

「うっ」

 本当に返すとは思ってなかったのかXXXは少し葛藤していた。

「いらないの?」

「ううー」

 ぱくっとXXXはアイスにかぶりついた。一思いに食べきってしまう。
 せっかく冷たいものを食べたのにXXXの顔は火照って真っ赤だった。

「あーあ、一気に食べちゃってもったいない」

 わざとらしく言うとXXXは恨みがましく僕を睨む。全然怖くない。というかかわいい。

「もーAAAのいじわるー」

「いじわる?どこが?」

「そういうとこ」

 ぷっと僕たちは笑った。
 海から照り返す太陽はほんのり温かい。
 XXXは僕の隣に移動して、僕たちは手を繋いだままみんなのもとへと一緒に歩いていった。

 ***

「暑い…いや、熱いぜお前ら!熱いぜぇぇぇっ!」

 ZZZが城主になる頃に僕らは拠点へと帰り着いた。
 手を繋いで帰った僕らを見てZZZは暑苦しい雄叫びを上げている。
 みんなは繋いだ手をジーっとみていた。

「ほら人が多いからはぐれないようにと思ってさ」

「建前」

 ぼそっとYYYの後ろから声がした。チェアの後ろに体育座りをするスクール水着の少女、BBBがいた。 
 水が滴るシュノーケルを額に上げたままな所を見ると今海から戻ってきたに違いない。

「…ほ、ほらアイス食べようよ!」

 僕は急いでビニール袋からアイスを取りだして話題を変えることにした。
 みんなの分のアイスは幸いなことにまだとけていなかった。
 スイカのような色合いのアイスをBBBに放り投げる。

「スイカ…」

 意外にもBBBの注意はアイスに向けられたようだ。YYYは自分でカップアイスを取り出していた。
 次に僕は、噛んだらガリガリと鳴りそうなアイスをZZZに亜音速で投げつける。

「ZZZ!」

 城に目を向けていたZZZが振り向くと同時にその眉間にガリッとアイスは突き刺さった。

「ぬあああああああっっ!!!」

 ZZZは器用にも城の外周をのたうちまわる。

「ちゃんと取ってよー」

「投げてから呼んだくせにっ?!」

「あっヒトデだ」

 僕は磯の先の小さなゴツゴツとした岩の並んでいる所を指差した。

「話の逸らし方、適当すぎんぞ、お前」

「でも、ほらあれ、最近見ないよね」

「ああん?」

 なんだかんだ言って話を逸らされるZZZはやっぱり単純だ。
 僕の指差す先には禍々しく黒ずんだ青の宇宙のような色の星型の中心に赤い星雲の如き点描を浮かべるヒトデの姿があった。

「イトマキヒトデ…」

 BBBがいつの間にかスイカ的アイスから興味をヒトデに移していたらしく後ろで呟く声が聞こえた。

「へえーそんな名前だったんだあれ。一番よく見る奴だよね」

「そうか?あの何だっけ、沖縄とかでサンゴ食う奴の方が有名じゃね?」

「オニヒトデ…?」

 BBBはヒトデに詳しいのかもしれない。

「そうそれだそれ。あれは刺々しくてキモイけどこっちのエリマキトカゲはまだマシだな」

 どこをどう間違えたらイトマキヒトデがエリマキトカゲになったのかは分からないけども、僕はあえてツッコむのもめんどくさいのでスルーした。

「…マシ?」

 BBBがZZZの言葉に反応した。BBBが積極的に問い返すのは珍しい。

「おうよ。グロいヒトデの中ではマシな方だろあれ」

 ひゅっと何かが僕の背後から僕の頬を掠めて行った。すぐその後にアイスの棒がZZZの眉間に突き刺さる。BBBがZZZに向かって投げたらしい。

「グロくない。マシとか言うな。かわいいと言え」

「ぬううおおおぉぉっ!はあっ?!今なんつった!?」

 またしても砂浜をのた打ち回るZZZは悲鳴を上げながら聞き返した。

「だから、ヒトデはかわいい」

「…。うおおおぉぉっいてええええ!」

 どうやらZZZは聞こえなかったことにしたようだ。
 代わりに僕が振り返ってBBBに尋ねる。

「好きなの?ヒトデ」

 こくん、とBBBは頷いた。

「一緒に暮らしたい」

「え?」

「でも水の調整とか難しいから出来ない。残念」

「へ、へえ…」

 好きという度合いを越えているのかもしれない。これ以上は僕も深くは聞かないほうがよさそうだ。饒舌なBBBを見てみたい気もするが。

「ぬっふー!」

「きゃっ」

 僕の目の前でXXXがBBBの後ろからBBBの小さな胸を水着の上から揉みしだいた。

「ヒトデ好きなのーBBB!?」

「むう…」

 BBBはぽかぽかとXXXの頭を叩きながらまた頷いた。
 なんかすごい光景を見てしまった僕は固まったまま動けない。

「かわいいよねーヒトデさん。星型って時点でかわいすぎるもん」

 こくんこくんとBBBは胸を揉まれたのも忘れ、激しく頷く。

「この世に存在する生き物で最も美しい形。特にイトマキヒトデは素晴らしい、色も光沢も」

「分かる分かるー」

 女の子二人が熱くヒトデについて語り始めた。

「こ、これがガールズトーク…?」

 復活していたZZZがぼやく。

「あほか」

 ぽんと僕はサンダルで頭をはたいてやった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*うん。名前も決まってないですね。パジャマニア系列の書き方ですね。趣味全開。途中で飽きたんです。タイトルは気に入ってます。

—12.祈りの日々—



 街外れの小さな教会。西欧式な石造りのその教会の三角屋根からは十字架のオブジェが天に向かって伸びていた。
 正面入り口のこげ茶色の開き戸を開けると質素な木製の長椅子が祭壇に向かって二列をなしていた。
 一段高くなった祭壇には礼拝堂として最低限の設備を備えていただけだったがそれでも厳かな雰囲気が作り出され、訪れる人は皆、敬虔な気持ちになった。
 小さな敷地でも天井だけは高く、色とりどりの宗教画をモチーフにしたステンドグラスから差し込む日の光は礼拝堂に神秘的な温かさを灯していた。
 今長椅子の列の一番前の席に腰掛けて静かに両手を組み合わせて目をつぶる少女がいた。
 名を、XXといった。年は十一歳。
 ゆるやかに肩に流れる黒髪は軽く額の横でヘアピンで留められている以外は自然のままである。
 下手に飾ることもなく、あるがままに生きる健気さを持った少女。
 神に祈るその少女の横顔には誰もが感嘆するほどの一生懸命さと信心深さがあった。
—XX、今日のお祈りはこれくらいにしておこう。
 優しい声で神父がXXに声をかけた。少女はゆっくりとまぶたを上げて、祭壇に佇むその神父と目を合わせる。
 まだ二十代過ぎのその神父こそがこの教会唯一の聖職者であり、同時にこの教会に住む孤児達の親でもあった。
「はい。しんぷさま」
 ぱさっとクリーム色のワンピースの裾を払ってXXは立ち上がる。
 にこりと神父は微笑みを浮かべた。斜陽の光が開け放たれた正面ドアから長い影を作りながら教会の中を懐古的なセピア色に染めていた。
—さっ、今日の夕食はクリームシチューだ。もうみんな待ちきれなくて食べ始めちゃうかもよ?
 XXはぴょんと跳ねて神父に抱きつく。
 つい先ほどまでの祈る少女の大人びた姿は急に年相応に幼さを露わにしたようである。
 どちらも少女の素直さの象徴なのである。
「シチュー?!やったあ!いそごーいそごー」
 神父はよしよしとXXの頭をなで、手を繋ぐと教会の後ろ側にある宿舎へと二人で歩いていった。
 手を引かれながらXXは祭壇横の宿舎に続く扉をくぐる時ふと後ろを振り返る。
 沈む陽は誰もいなくなった礼拝堂を静かに照らしていた。
 その神々しさにXXは心が満たされる思いがしたが同時になぜだか切ないような不思議な孤独さも感じたのであった。

 わずか八人と神父の九人暮らしの教会孤児院は貧しさの中でもそれなりに幸せに暮らしていた。
 これまた木製で大きな食卓を四人ずつ向かい合わせに囲んで奥に神父が座っていた。
 彼らは指を組み合わせ、食前の祈りを神に捧げていた。
—今日もこうして食事できることを神に感謝します。アーメン。
—アーメン。
 子供達の唱和が終わると待てを解かれた子犬達の食事のように騒がしい夕食が始まった。
 カツカツと食器がぶつかる音が食堂に鳴り響いていた。シチューの甘い香りが食堂を満たし、教会裏の小さな農園で取れた新鮮な野菜が食卓に彩をもたらしていた。
「おいしー!」
 神父のすぐ右の席でシチューに浸したコッペパンをほお張るXXの頬に付いたクリームを神父が拭った。
—おいしいのは分かったから落ち着いて食べようね。
「はーい」
 言った側からまたパンくずをこぼしているのはもはやご愛嬌様だ。
 神父は子供達と談笑しながら彼らの世話も焼いて大変そうではあったが、目はいつでも優しく慈愛に満ちていた。
 そんなのどかな平穏の象徴のような彼らの光景は夕闇に浮かぶ優しい明かりとなって教会ごと街外れで輝いていた。
 親や身寄りを無くした子供達にとってここが家であり、互いが家族であったのだった。
 夜の聖書朗読も終わり、布団を広げ、文字通り一つ屋根の下に横になった。食堂が寝室でもありたった一つの共同部屋だった。
 くすくすと男の子達が笑い声を絶やさないと神父は少し怒った真似をして早く寝なさいと言った。
 見上げた天井には大きな天窓が付いていて、神父はよく星座や星にまつわる話を子守唄代わりに語り聞かせたものだった。
—今日はこれでおしまい、もう寝よう。
 と言っても最後まで起きて話を聞いていたのはXXくらいであった。
「そのさきはー?」
 眠りたくないのかXXは小言を言う。
—続きはまた明日だよ。おやすみなさい。
 やんわりと神父はXXの額にかかる髪を横に流し、寝かしつけるように頭を撫でた。
 くすぐったげにするXXの口から大きなあくびがもれる。
「ふぁあぁー。もぅーぜったいまたあしたね。おやすみなさい」
 ことんとXXは眠りにつく。間もなく神父も寝息を立て始めた。
 すやすやと眠る子供達と神父は淡い月夜に見守られていた。

 ***

 場所は変わって繁華街の深夜。静かに見えてその実、あちらこちらから喧騒や嬌声が聞こえてくる雑多な夜街を駆ける二人の男達がいた。
「ターゲットロスト!反応消えました!」
 ダークグレーのオーバーオールを羽織った青年がもう一人に向かって叫ぶ。
 二人は歩みを止めた。
「ちっ、また逃げられたか」
 と愚痴ったのは黒のコートに身を包む青年よりかは少し背が高く年は青年より上か同じくらいに見える男だ。
「逃げられたも何も、まだ捕まえてもいませんし、見つけることも出来てないですけどね」
「うっせえ」
 青年が手にしていた電磁波計測器はうんともすんとも言わなくなっていた。
「で、天正さん。また逃がしましたけどどうするんですか」
 天正と呼ばれた男は右手に握っていたハンドガンを腰に戻し、グローブも外した。
「どうもこうも俺らが引き受けた以上、倒すまで追うしかねえだろ」
「他のハンターに協力を依頼しては?」
 青年も計測器をポケットに仕舞いながら、協力を頼むのがさも当然だというように言った。
「嫌だね」
 しかし天正はすぐさま拒否した。天正はにやりと笑う。
「はぁ…。ここまで逃げられても二人だけで追いかけるんですか」
 と言いつつ青年もまた正直な所、二人でもそのうち何とか解決できるだろうと確信していた。
 何と言っても天正こそが青年の最も信頼する先輩であり、仲間であったからだ。
 かく言う青年自身も彼の元で訓練を積み、今回が修行明けの初仕事である。
「俺とお前、天正と春待のスーパーコンビを知らしめなくちゃいけねえからな」
 男が天正なら、青年は春待という名であったか。
「そうですね」
 ごつんと二人は拳をぶつけて静かに笑いあった。
 
 ギルドから高危険度、高難度と言われた依頼を二人で受注してから約一月。
 魂を喰らうと言われる《魂喰獣》。それ自体は弱く、大した害にもならない。
 だが、その異常進化形と見られる通称《魂喰獣王—ソウルドレイナー—》が各地を転々とし食い荒らしているとの情報が入ったのが一月前。
 その討伐に向かうも、足取りを後手後手にしか追えない二人は取り逃がし続けていた。その姿すらまともに見ることもまだかなっていない。
 このままでは初仕事で名を上げることはおろか、むしろ名を落とすことになりかねない。
「いきあたりばったりはやめて、作戦を立て直しましょうか」
 天正は面倒な計画などかったるいと言いたげな顔をしたが、もはや手詰まりにも近いこの状況下なのでしぶしぶ頷いた。
 深い夜の中二人は適当に歩いて見つけた薄暗い小さなバーに入った。わざわざ端っこのテーブル席に座った二人をバーテンダーや多くもない客達が特に気にする様子もない。
 春待は柑橘系の炭酸を、天正は度数高めのアルコールを注文する。すぐに運ばれてきた。
 軽くグラスをぶつけて澄んだ音を交わす。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
 少し飲むとすぐに天正は隠すこともなく銃の手入れを始めた。一旦バラすその動作の速さに春待は感嘆する。
「で、作戦はあるのか?」
 塩で出来た半透明の銃弾を薄明かりにかざしながら天正は問いかけた。
「順当に二手に分かれるのはどうでしょう」
 汚れやごみを落とし終わると今度は早業で銃が組み立てなおされた。
「悪くはないけどな…」
 かちゃりと音を立ててマガジンに塩弾が装填される。色とりどりの銃弾が並ぶそのマガジンはどう見ても普通のそれとは異なっていた。天正特製の敵性判断マガジンである。予想される相手の性質を確率順に判定していく試薬的弾丸が込められている。塩が効いたなら相手は塩が有効な“何か”ということが分かるわけだ。他にも銀や霊的加護の付加された霊木や獣の牙など多種多様である。これで判定できない敵は人間くらいだろうと春待は心ひそかに思っていた。それだけ用意周到な天正のプロ根性は流石と言うべきか。それだけでかかっている金額も相当なはずだ。
「一人は情報収集、もう一人は呪力の痕跡をこれまで通り追ってとりあえず見失わないようにするってのはどうですか?」
「あんまり今と変わんなくないかそれ?」
「だとしても情報は実際必要ですよ。これじゃいつまで経っても後を追うだけです。何とかして先回りをしないと…」
「分かった分かった。そうしよう」
 そう言って天正は銀貨を一枚取り出した。表にはシンプルに5と書かれただけで、裏には凝ったこの国の王様の横顔が彫られている。
「表だったら俺が情報収集な、裏なら逆だ」
 握りこぶしを作って上に向けた親指の上に天正はコインを置いた。きいんと金属音を響かせてコインが宙を回転して昇る。
 すぐに春待は右手の平でそれを横から掬い奪い取ると、左手の甲に重ねた。あっおい、と天正が不服そうな声を上げる。
「ズルしそうなので」
 春待は右手を開けた。コインは王様の横顔。裏だ。
「ちぇー表にしようと思ったのに」
 やっぱり天正はズルするつもりだったらしい。春待は別に情報収集がしたかったわけではないが結果としてそうなってしまった。
「じゃ、よろしくお願いしますよ天正さん」
「へいへい」
 天正はぐいとグラスの酒を飲み干した。
「で、何で情報収集の方をしたかったんですか?」
 春待はふと気になった。天正なら戦いのありそうな追跡をやりたがりそうなものだが。
「たまには楽な方がやりたいんだよ」
 ふっと天正は笑って言った。嘘っぽい仕草だ。
「そうですか」
 あえて追及することもなく春待は席を立ち上がった。
「あれ?本当は?って聞かねえの?」
「聞きませんよ。どうせ酔っ払いに聞いても嘘しか返ってこないですから」
 天正の顔はすでに赤くなっていた。どうやら天正は弱いくせに強い酒を飲んですぐ酔うのが好きなのではないかと春待は近頃思い始めていた。
「へっ、そうかいそうかい」
 先ほどのコインを代金としてテーブルに置いて二人はバーを後にした。
 
 ***

 時は少し進んで、とある街で春待は情報収集に勤しんでいた。大きな街から離れた静かな小さい街だ。
「まずは……」
 春待はこの街に同業者がいないかを確かめることにした。こういうことはまず話の分かる人間から聞くのが妥当だろう。
 適当に街をぶらつく。多いような少ないような人通りの街の中心や住宅街を勘だけを頼りに進む。何気ないふりをしながら周囲に気を配る。
 閑散とした商店街についた。恐らくは昔はここが街の中心だったのだろうが今となっては数軒の店がかろうじて営業している程度で実際は近所の中年男女の憩いの場と化しているようだ。
 その片隅で春待は路地にある雑貨露店に意識を向けた。移動式の小さい店のようだがわずかに呪力のもれを感じる。
「すいません」
「……ガキがなんのようだ」
 古ぼけたカウンター兼展示台の向こうでくすんだ眼鏡をかけた男が春待を睨み上げる。ぼさぼさの髪によれよれの服装は一見しただけでは不清潔のようにも見えるが、春待はよく見るとその一品一品が呪物つまりは何らかの呪的防御性を備えている。しかも中途半端な効能ではなさそうだ。ということはおそらくこれらの商品の中にも呪物がある可能性が出てきた。
「呪物商でしたか」
 男は眼鏡越しに目を細め、ニッと白い歯を出した。
「なんだ、同業か。知らないで来たってことは買い物じゃなさそうだな」
「ええまあ、そうなりますね。申し訳ありません」
「構いやしねえよ。こっちも気まぐれで営業してんだ。んで用事は?」
「最近出没してるソウルドレイナーの話は聞いていますか」
 男は一瞬呆気に取られたようだ。
「聞いてはいるが、それがお前の獲物か?」
「はい。何か手がかりをと思って話を聞いて回っています」
 回ってるとはいってもこれが一件目だが。それは春待は黙っていることにした。
「手がかりって言ってもな……お前も分かってるんだろ」
「もちろんです。その上での情報収集です」
「あったら誰も苦労しねえよ。提供できる情報は何もねえ。なんてったって魂喰獣は……」
「私たち人間には見えないから、ですか」
「そういうこった」
 そう。魂を喰らう彼らは人の目には見えない。だからこそ容易には倒せなければ見つけることも出来ない。魂喰獣自体は元々移動をしないし、そこまで被害を出すものではないが、今回のように移動し喰らい潰す可能性のある進化形となると話は別だ。大きな被害が出る前に狩らなくてはいけない。
「なんでもいいです、何かこのところ変わった所とかでも」
「うーん。ねえなあ」
 男はちょっとの間一緒に考え込んでくれたが手がかりになることは見つからなかったようだ。
「じゃあ他をあたってみます」
「すまねえな力になれなくて」
「いえいえ。えーっとこの街に他の同業の方はいますか?」
「いねえはずだ。そんな大きい街じゃないしな」
「そうですか……ご協力ありがとうございました」
「なんのなんの。助け合いだ俺らも。ほらよ」
 男は何かを投げて寄越した。小さな巾着袋だ。霊的侵蝕からわずかの間だが守ってくれる護符だった。
「いいんですか」
「おうよ。次からは客になってもらうけどな。あとこれは相棒に渡してやってくれ」
 男がポケットから放ったのはかすんだ金属弾だった。ずっしりと重い。普通の弾ではない気がする。
「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ。あいつをよろしくな」
 銃弾といい男は天正の知り合いなのかもしれない。
「え、あっはい」
 驚いたことにお辞儀をして顔を上げた時には露店ごと男は消えていた。空間移動だとすると信じられない力の持ち主だったということか。不思議な人だった。
 春待はなんとなく温かい気分になって情報収集を続けることにした。次は地道に手がかりを探す作業だ。

 ***
 ここから先予定。上手く文章にしといて。※天正は酒に弱いふり
 ***
 魂喰獣は生きる者の霊力ではなく、残留思念体いわゆる幽霊の霊魂などを喰らう。
 少女は死んだと気付いていないから普通に霊体。霊感強い人、鍛えてる人には見える。
 神父らは少女のためだけに来ているので少女にしか見せない。
 つまり春待には少女しか見えない。
 最後成仏時に、微笑み会釈する神父、そして一緒に笑いあう神父と子供達の姿が春待にだけ見える。天正には見えない。
 *
 街で話を聞いて回る春待。教育制度に力を入れているという国家プロジェクトを耳にする。伏線張っとく
 プロジェクトの開始ごろにやってきた神父は手当たりしだい孤児を集めて教会に入れさせたとか。
 *
 少女成仏後
「なんでこんなに貧しい暮らしだったんでしょうね」
 児童手当や生活保護から考えるとそこまで質素になる必要はなかったはずと訝しむ春待。
 天正がなんかの書類を隠す。見ようとする春待
「止めとけ。後悔するぞ。平和なまま終わりたいんだろ」
 神父が土地の権利書や子供の保護者手続きを念入りにしていたことを示す書類だった。
「これは…」
 そして受給明細。
「子供を保護する手前、金も貰って自分だけいい思いしてたんだろ」
「そんな!」
 信じられない春待
「これが現実だ」
 空しくなる春待
「あれ…でも貯金してたのは全部教会名義ですよ?」
「個人だと怪しまれるからだろ」
「教会への寄付金もですね」
 ***トリック考えよう

「じゃあ子供達の将来のために…?自分の身を全て削って…」
「全然悪い奴じゃなかったな」
「本当に素晴らしい方だったんですね」
 供養代のみ使い、残りは全て孤児救済団に寄付。
「天正さんは一人でハンターしている時は怖かったりしなかったんですか?」
「別に?変わんねえよ」
 強がって見せる天正。実は孤独に死ぬことが怖かったりしたけど今は春待がいる。
 二人はよきパートナーとなり、有名コンビへと。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*いつもの二人のお話です。これは設定よりも展開というかお話を気に入ってます。書き終わってないですけどね!


—13.てってってー—



自省の句

 天国へ
  天涯孤独
   TENGAイク
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*KOREHAHIDOI

—14.未来永劫の天使。神の使いやあらへんで!—


 神が死んで一年。
 一人残された天使。
 世界はいまだなお回り続けていた。
 ***以下設定
上塚 天子(かみつか あまこ)
  下級天使として神に仕えていた。最も年下の天使だった。現在十七歳。天使の平均年齢が三百はあったことを考えるとひよっこもいいところ。上級天使たちからはかわいがられていた。
  見習いから天使に上がっても間もない頃地上を見ていた際に崖から転落し死ぬはずだった少年を掟を破ってつい助けてしまう。そのことでお咎めを受けるも少年はそのまま生きていくことになる。
  天使として破天荒な彼女は神にも新世代の天使として一目置かれていた。
  十六歳の時《世界の終わりなき終焉—エンドレスワールドイグニッション—》を目の前にしながら唯一消えることなく天界にただ独り生き残った。
  途方に暮れて地上を眺めるだけの毎日を過ごす。やがて世界が、人間が、なぜ神を失った今でも生き続けるのかを知るため地上に降りる。
  天使基本能力は会得済み。〈世界把握〉〈心声聴読〉〈生命操作〉
  一少女として学校に潜入することを選ぶ。そして彼女の新たな世界が始まる。
  《永劫孤独の天使—エターナルローンエンジェル—》
  天使として不必要な感情は持たなかったが、次第に色んな感情が芽生えていく。そしてこんな世界も悪くはないかな、と。

 未定()
  天子に救われた少年。現在十七歳。天使に救われたことを覚えていて、自分も救われた命を人助けに使おうと日々奔走中。とはいっても無償の善人ではなく合理的な一面もあり、助けるべきものを見定めようと試行錯誤している。もっぱらおばあちゃんの猫探しとか。天子は話を聞いてかつて自分の助けた少年だと気づくが、彼は天子があの時の天使とは気づかない。

 唯一神(ゆいか)
  神に世界権を託された少女。世界権を行使することなくあくまで平和平凡に生きることを切願している。また神からいずれ相棒となる天使が現れるだろうから陰ながら助けてやれという命令的お告げももらっていて、一目で天子の正体を見破るが気づかぬふりで友達になることを選ぶ。

 堀寺 雅(ほりでら みやび)
  ゆいかの幼馴染。ワールドダンプ事件の際にゆいかの正体を知ってはいるものの以前と変わらぬ間柄で接している。
  
 天使長
  1104歳だったとかなんとか。いい天使
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*設定で終わってる最たる例。神さまものド直球です。一応ワールドダンプと世界観共有。未完の作品同士で共有してるって自己満足もいいとこですね……。

—15.くだらねえ文学を、—



 昔々、あるところにシルレッタという王国があった。
 今の王の名はスター・ペアフォル=シルレッタといった。
 先代の王と后は今の王の生後間もなく不幸にも病気で亡くなってしまっていたのだが、先代の王が後継者争いを懸念したためにすでに今の王は生まれたと同時に王の位を授けられていた、。
 王位がすでに授けられていたのと、臣下達が皆誠実な者達であったおかげとで不幸中の幸いにも混乱はなく平和な統治が継続されていた。
 そして王は今年二十歳になったが、成人の儀を迎えた今でもまだ后がいなかった。
 二十歳になって間もなく、王は理想の后を見つけるため、美女才女を集めて舞踏会を開くことにした。
 秋が始まる頃、王城の大広間にて舞踏会は開かれた……

 舞踏会自体は盛況で大成功し、祭りのような活気を城と街にもたらしていた。
 しかし、肝心な王の求めるような后にふさわしい女性は見つからなかった。
 そもそも王はどんな后が欲しいのかが自分にもよくわかっていなかった。
 最低限の王威を見せるのに必要な以上には、富や権力を求めない王は常に民を思い、国の幸福を常に第一としていた。
 だからこそ自分の欲求というものをあまり持っていなかった王は后にどういうものを求めてよいのかわからなかったのかもしれない。
 舞踏会が終わり、閑散とした食卓で王は従者と共にくつろぎの一時を過ごしていた。
 食卓に並べられたコーヒーはそんな王が趣味とする数少ない贅沢品であった。
 優雅な香りが広い食事の間を満たしていた。
 「このコーヒーのように深い味わいがあれば、私はどんな后でも構わないのだがなあ」
 王が呟くと側の大臣が口を挟んだ。生まれた時から王に仕えてきて忠誠心も最も高く、王も信頼を一際高く置いている大臣だ。
 「今日の舞踏会にはそのようなお方はいらっしゃらなかったのですか?」
 王は熱いコーヒーを飲むとゆっくりとため息をこぼした。
 「香りだけではコーヒーの本当の良さはわからない。そうだろう?」
 大臣は苦笑した。
 「そうかもしれないですね・・・・・・」

 夜は深まっていた。
 満月の日に、と指定して開かれた舞踏会の後の夜なだけあって月が煌々と光っていた。
 バルコニーで王は月明かりに照らされる城下を見下ろしていた。
 眠気を知らない民達の光がところどころに灯っていた。
 夜警、酒場、宿屋、屋台、、、
 「おい」
 王は眺めながら声を発した。
 「はい、控えております」
 後ろで先ほどの大臣がかしこまって言った。
 「落ち着いた服を用意してくれ」
 「はっ?今からお出かけになるのですか?」
 王は不敵に笑った。
 「踊る者達を見るよりも、共に踊る方がまだ良いかと思ってな。付き人はいらん」
 大臣は心配そうにしたが、何を言っても無駄だと悟って、しぶしぶ着替えの支度をさせた。
 城門を一人抜け、王は民の一人として城下町に下りていった。
 とはいえそんなに人が出歩いているわけはなく、王はあてもなくぶらりと歩いていった。
 夜の温い闇が優しく王を、街を包み込んでいた。
 しばらく歩いて小腹の空いた王は漂う食べ物の匂いにつられて一軒の屋台に入った。
 「おや、お兄さん、一人かい」
 「まあ・・・・・・そうだな、強いて言うなら連れを探しているところだ」
 気さくな店員はメニューを聞くこともなく、軽めの酒と肴に鶏の揚げ物をすぐに王に出した。
 「それがオススメでさ、初めてのお客さまにはサービスだ」
 「ほう、それはありがたい」
 食を進めながら王は店員と少し話をした。
 酔いが少し回ったことにして、王は愚痴るように店員に尋ねた。
 「きさ…じゃなかった、妻とは一体なんなんだろうな」
 「あれ?お兄さんもしかして奥さんいるのに夜遊び?」
 「いやいや、そういうわけじゃないが」
 「冗談、冗談」
 店員は笑いながらも、真剣な表情で言葉を続けた。
 「妻というか、家族とかそういうモンは結局信じられるかどうかなんじゃないか」
 「信じる?」
 「っても神さまとか宗教じゃねーよ?自分と一緒にいて欲しいとかそんな感じでさ、信じることが出来て自分も信じてもらって、んで困ったときに助け合う。そんなところだと俺は思ってるよ」
 「それは友や従者ではいけないのか?」
 「お兄さん、そりゃ近さの問題よ。近さとか性別とか立場なんかで名前を変えてるだけさ」
 「そうか、そういう見方もあるのだな」
 「だけどよ、ただ近けりゃ家族というのも違うんだぜ。それは本物の家族じゃねえ、近さと信頼と行動、全部を兼ね備えて初めて家族だとか友達だとかになるんだと思うぜ」
 王は妙に感心させられた。
 「肩書きが先に来るものではない、ということか。当然のことだが、案外忘れてしまうものなのかもしれぬな」
 「そうだねえ・・・・・・」
 屋台からはゆらゆらと炊事の煙が空に迷うように昇っていっていた。
 もう少しだけ語り合ったのち、王が店を後にしようとした時だった。
 「お兄さん、今日は代金はいいよ」
 唐突に店員はそう言った。
 「なぜだ、こんなに長居させてもらったというのに」
 店員は少し黙って、口調を急に丁寧にして話し始めた。
 「そりゃあ日頃お世話になっている人からお金は取れませんよ、お后様探し頑張ってくださいな」
 店員はしてやったりという顔と照れと色々と混ざった、いい笑顔をしていた。王と気づいていたのにも関わらず、王が気楽に話せるよう気遣っていたらしかった。
 「はっはっは。まいったな。民に気遣われて、挙句おごられるとはな」
 「王と民、それもまた近さの名前が違うだけですよ。困ったときはお互い様ってね。店がヤバくなったら代金を城にでももらいに行きますよ」
 二人はくすっと笑いあった。
 王は店を出て一人、呟く。
 「王と民、それもまた肩書きが後から付くものでなくてはな」

 屋台を出ると気づけば夜明けが近くなっていた。
 遠くで始発の汽車が鳴らす汽笛が聞こえた。
 月の明かりと夜空の黒が薄くなってきていた。
 石畳の道を歩く王の横を白い犬が駆けていった。
 犬に誘われるように道を外れて、王は線路の脇に出た。
 ものすごい風と音が響いた。
 汽車が朝もやにヘッドライトを輝かせて走って行った。ぼやかされた光が辺りを幻想的に照らしていった。
 「乗るとガタンコトンでも、外からでは大騒音だな」
 大きな音に対して呟いた王だったが、それに応えるかのように犬がワンッと吼えた。
 驚いた王と犬はちょっとの間、顔を見合わせた。
 そしてそのまま犬は満足したのかどこかへと行ってしまった。
 少しだけ見えた乗客の顔は様々だった。
 行き先は隣町か、もっと遠くか。目的は仕事か、遊びか、用事か、もしかしたらあてのない旅か。
 生まれも育ちも全てがこの町と共にあった王は、見たことのない遠くに思いをはせた。
 なぜだか、ここではないふるさとが別にあるような気がして、なんとなく王は見たことのないふるさとに憧れた。
 はじめて見るのに不思議と懐かしさを感じさせられる、誰にでも経験のあるあの瞬間に似ていた。
 無性に切なくなった王は近くにあったベンチに腰掛け、目を閉じた。
 あいまいに、もやもやと、ふわりと、王は眠気に誘われ、夢に落ちていった。
 どんな夢だったかは思い出せないが、なんとなくあまり憶えていない両親や死んでいった者達を夢に見たような淡い悲しさが残っていた。

 次々と夢を見る中で王はまだ見ぬフィアンセを夢見たような気がすれば、悪者と戦うような夢を見た気もする。夢というものは大体があいまいであまりはっきりとは憶えていられないものというのが世間の相場と決まっている。
 今度は遠くから弾丸を打ち込まれるような夢。
 まさに弾丸が額に当たるというその瞬間。
 軽い衝撃を額に感じて王は目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に何人かの人影が映る。どうやらいつのまにか太陽が昇るまで眠っていたらしい。
 子どもたちがいつも遊んでいる路地に寝そべっていた王を不審者だかなんかと思い込んでいたずらを仕掛けているようだった。
 さきほどの衝撃に続いて、一人の子供がパチンコで打った木の実が王の額に命中した。
 「ふむ。大人が子供の遊び場を奪ってしまってはいけないな」
 のそりと起き上がった王を見て、子どもたちはささやかな攻撃がまるで効いていないことに驚愕していた。
 「おい、あのおっさんすげー強いかもしれないぜ」
 「ど、どうする?俺らにふくしゅーしに来たら?」
 「に、逃げる?」
 「ばかやろー、負けてたまるか!」
 王に丸聞こえの会話をしながら子どもたちは次の作戦を練っていた。
 「さてと、どうしたものかな」
 あごに手をあてながら王も考えた。
 そして、王は子どもたちの目の前から消えた。
 「あ、あれ?おっさんは?!」
 子どもたちは目を丸くする。不意に後ろから声がかかった。
 「ここだ」
 いつのまにか、というより一瞬のうちに王は子どもたちの背後に回りこんでいた。
 ぎょっとして子どもたちが振り返る。驚愕のあまり子どもたちは口を開いて王を凝視していた。
 「お、お、お、おっさんすげえええぇぇぇっ!!」
 何が起きたか分からなくても目の前の男が何かすごいことをしたということを感じた子どもたちの中では驚異や恐怖よりも好奇心が勝ったらしい。子どもたちの眼は爛々と輝いていた。
 「感心してくれるのは嬉しいのだが、そのおっさんというのは勘弁して欲しいな。まだそんな歳ではないのだが・・・・・・」
 「ひげ!ひげが生えてるんだからおっさんだよ」
 子どもたちは王の口元を指差した。一晩経ってどうやらひげが少し伸びていたようだ。
 「そうか、ひげか。ならおっさんも仕方ないか。・・・・・・む?仕方ないのか?」
 王は首をかしげてあごをなでる。ジョリジョリとした感触が指を撫でた。
 「そんなことはいいからさ、おっさん。俺らに今のやつ教えてよ!」
 「今のやつ?」
 「うん。びゅって消えて俺らの後ろに動いたやつ」
 「ああ。あれか。・・・・・・無理だ」
 「ええーなんでだよー!いいじゃん教えてくれよー」
 「教えたいのは山々なんだがなあ、あれは十分な身体と技があって初めてできるものなのだ。お前たちではまだ不可能だよ」
 子どもたちは一斉に口をとがらせた。
 「ちぇーっ。子どもにはまだ早いってことか」
 本気で残念そうな子どもたちを見ていると王も自分が技を見せた手前、なんとなく申し訳ない気持ちにかられた。
 「そうだなあ、ならば代わりにというわけでもないがこれをあげよう」
 そういって王は子どもたちに銅貨を一枚ずつ手渡した。本当なら昨晩の屋台の代金になっていたはずのものだ。
 「金か!結局大人は金か!」
 子どもたちが非難するようにわめいた。
 「違う違う。それを手の平の上においてごらん」
 そう言って王は子どもたちに手のひらの上に銅貨を置かせた。
 そして王は人差し指をその銅貨に重ねていく。軽く撫でるように銅貨を指でなぞると指から光がこぼれ銅貨に文字が刻まれた。
 子どもたちは息を飲んでそれを見ていた。
 全員分終わると、王は手を鳴らした。
 「これで完了だ。これが今の私にできることかな」
 「?」
 子どもたちは訳が分からずポカンとしている。
 「いつか、君たちが大人に・・・・・・いや誰かを守る側になったとき、どうしても力が足りないと思ったならそれをもって城へ来るといい。その時に改めて私が人の為に戦う力を教えよう。これはその約束の証だ。そしてそれを城の者に見せれば間違いなくまた私に会えるだろう。」
 子どもたちは、少しの間無言になったかと思うとまた目を輝かせた。
 「おっさん、お城の人なの?!」
 「そうだが?」
 「すっげー!じゃ、じゃあ王様とも知り合い?」
 王は苦笑した。
 「そうだなあ、友達だ」
 「友達!すっげー、マジすっげー!」
 子どもたちは飛び跳ねるように騒ぎ立てた。
 ひとしきり騒いだあと子どもたちは王に向き直った。
 「おっさん、約束だからな!いつか絶対教えてくれよ!」
 「ああもちろんだ」
 「ついでに王様にも会わせてくれよ!」
 「分かった分かった、もちろん会わせてやろう」
 「やったー!やったやった。ありがとうおっさん」
 子どもたちは歓喜して走り回りだしていた。
 それを見て王は微笑むとその場を後にしようとした。
 はしゃいで遊びに戻った子どもたちとは別にまだ王を眺めていた少年がいた。
 「そうだ少年、一つ聞いてもいいか?」
 「はい」
 「王様にそんなにも会いたいものなのか?」
 「は、はい!」
 「なぜだ」
 少年は満面の笑みで答えた。
 「それは、王様はさいきょーだからです!」
 「さいきょー?」
 「はい!強くて優しくてすごい人なんです」
 王は少しだけ困った顔、悲しい顔になった。
 「それは、そう教えられたからなのか?」
 「え?」
 「先生か、父母か、誰かにそう教えられたのか?ということだ」
 「うーん。それもあります。母さんは王様がみんなのために頑張ってくれる。だから私たちはみんなで頑張れる。そう言っていました」
 それを聞いて王は複雑な気持ちになりかけた。
 「で、でも僕はそれだけだと違う、って思ったんです」
 「違う?」
 「王様とみんな、じゃなくて王様も一緒にみんなで頑張ってるんだと思ってます。だから僕は王様に会ってみたいんです。僕の考えているさいきょーの王様に・・・・・・」
 王は少年の頭に手をぽんと置いた。
 「すまない、少し私が大人げなかったな」
 恥じるように王は詫びた。
 「?」
 「君のさいきょーはつまりみんななんだな。お父さんもお母さんも先生も一生懸命生きる人たちがさいきょーで、強い。王様だろうとそれは一緒でありそうあるべきだ。そういうことだろう?」
 「は、はい!」
 王はゆっくりと少年の頭を撫でて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 「ありがとう。いつかまた会おう」
 次に少年が顔を上げた時には、そこに王の姿は無かった。
 夢か幻か。
 少年の夢が叶う日は近いに違いない。いやもう叶っているのかもしれない。
 王は離れた通りにふっと現れるとまた一人で歩き始めた。いつになくやわらかい笑みを浮かべて。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*ここから新SLCですね。旧SLCの一位作品をモチーフにしながら王様がいろいろやってくって話。結末だけは考えてたけどいかんせん各回の分量が多くて挫折してました。

—16.resurrection—



 死んだ者は生き返らない。
 それが世界の真実であり、現実であり、事実である。
 しかし「復活」することは可能である。
 復活を前提に完成した信仰が世界にはありふれている。
 あなたは信じますか?「復活」を。

 どこまでも続く荒野を一人の人間の男があてもなく旅していた。
 故郷を離れ、人間の領地はとっくの昔に出て、他の種族の領地すらも及ばない場所まで男は来ていた。せいぜい無愛想な岩や枯れ木が所々に点在するくらいで、荒れ果てた砂漠といっても差し支えないほどの寂しい大地だ。
 屈強な鬼人族や物好きなエルフ族ですらこんな何もないところまでは来ないだろうというぐらいに目ぼしい物が無かった。
 まさしく世界の果て、といった感じだ。
 そんな過酷な辺境を最もひ弱とされる種族である人間の男が一人で旅しているのだった。
 岩や枯れ木、砂すらも蒸発させようといわんばかりの強烈な日差しがちっぽけな男を容赦なく焦がそうとしている。
 男は必要最低限の物だけを詰めた小さなリュックサックを背負っていた。とてもそれだけでは到底この世界の果てには来れないであろうほどに軽い装備。それがある意味この男自体の奇妙さを際立てている。
 男は時には荒野の殺風景を楽しむかのようにゆっくりと見渡しながら歩き、時には何かに追われるかのように急ぎ走っていた。
 旅を旅する者。彼は自分をそう勝手に呼んでいた。もっとも彼はかれこれ少なくとも一ヶ月以上は人と話していなかったのだが。
 出来た足跡はすぐに風に吹かれて消えた。
 跡も残さずただただひたすらに世界の果てのさらに果てを男は行く。
 
 それもこれも全て彼から私が直接聞いた話だ。
 気付いた時からこの荒野にいた私は彼以外の人間やその他の種族を見たこともないし、彼が言っていることが本当なのかも分からない。
 気にはなるけど、あえて知ろうとも思わない。
 私にとっては彼だけが私自身以外の全てだ。
 彼の言葉も身体も心も全て、全てでも、たったのそれだけでも私が唯一知りうる他者なのだから。
 彼だけが私の真実だ。
 私は彼のもの。
 私は私になったその瞬間から、私でなくなるいつかまで、ずっとずっと彼についていく。
 私が私になったのは昨日のことだった。

 男は相変わらずマイペースに荒野を進んでいた。
 この荒野で何度日が昇って沈むのを見ただろうか。何度月と星が空を巡るのを見ただろうか。雨だけは降ったことはなかったが。
 そんなほとんど変わらない毎日のある時だった。
 もう少しで日が沈むという黄金色に空が染まってくる夕暮れ時。
 男は岩や枯木ではない何かを視界の端に捉えた。
 大きめの岩にもたれかかれるようにそれはそこにあった。
 「……人?」
 急いで近付いてみるとまぎれもなくそれは人の形をしていた。
 少し大人びたくらいの少女の姿。色白で華奢な身体、夕焼けよりも輝く美しい金色の髪。服も着ず肌を露わにして少女は生まれたままの姿でそこにいた。
 どう考えてもこんな世界の果てにいてるはずのない人間だ。
 男の脳内で警戒音が鳴り響いていた。
 おかしい。これは人間なはずがない。だったとしても錯覚か何かか、あるいは新手の罠か何かか。
 —なんでこんな少女が一糸纏わず荒野に倒れている?
 即刻その場から立ち去れ、と男の理性が叫んでいた。
 なのに、なおも男はその場で少女について思考を巡らせた。
 —そもそも、生きているのか、この子は?
 男は少女の口元に耳を近付けた。
 呼吸をしていない。
 —死んでいる?
 だが身体には何の欠損も腐敗も窺えない。
 —じゃあたった今死んだ?
 それもなぜだか男は直観で違う気がした。
 男は恐る恐る手を伸ばして少女の頬に触れた。体温もないが、冷たくもない。外気と全く同じ温度。つまりそれなりに長い間彼女はここにいることになる。
 狂気じみたまでに精巧な人形。そんな予想も男の頭によぎった。
 馬鹿げている。ありえない。これが人間でないものか。そう確信できるほどのリアリティがあった。容姿は世間離れしていた美しさだったが。
 男は周囲を見渡した。感覚を精一杯研ぎ澄ました。何も見えない、感じられない。
 本当に、本当にこの少女はたった一人でここに倒れているというのか。それも長い間。
 死体なら容易に腐ってしまう温度だ。乾燥しているからミイラ化しててもおかしくない。
 何が何だか男には分からない。恐怖、戸惑い、興味、好奇心、色々な感情が入り混じる。だが、生き残るのに最優先なのは危機感だ。
 今、男の危機感はかつてないほどに高い。関わってはいけない何かだ、これは。
 それなのに、やはり男はその場を立ち去れなかった。
 男は途方に暮れた。日も暮れた。
 不気味に思いながらも男は少し少女から離れたところで今日の寝床を作った。少女を遠めに見ていたが、結局動き出すこともなかった。
 気になって初めは眠れなかったが、考えすぎるうちに男は眠りに落ちた。
 朝日がいつのまにか昇っていた。男は欠伸をしながら目を覚ました。
 すぐに昨日のことを思い出す。慌てて少女の方を見ると、全く昨日と変わらない位置で少女はそのまま倒れていた。
 男は近づいていった。腐敗が進んでいたりすることもない。やはり死体ではないようだ。
 ではこの少女は一体何なのか。物でもなければ人でもない。人間に似た何か別の生き物か。男の知識も理解も超えていた。
 男は改めて少女を眺めた。どう見ても人間にしか見えない。
 ゆっくりと男は指で少女の髪をすいてみた。そこらへんの砂粒よりもさらさらと指の間を抜けていく。
 その時だった。
 男はかつてないほどの衝動に駆られた。決して駆られてはならない衝動に。
 男は少女の顔をまじまじと眺める。やわらかい頬、薄いピンクの艶やかな唇。
 だんだんと視線を下に向ける。きめ細かい白い肌に吸い込まれそうな鎖骨、滑らかな曲線を描く儚い肩。
 細い力を入れたら折れてしまいそうな腕と手首、そこからしなやかに伸びる指。
 視線を少し上に戻した。身体はこんなにも華奢なのに、意外と膨らんでいる形の良い胸、その先端にある桃色の蕾。
 つるりとしたお腹に、アクセントを加える小さなへそ。少し広がっている肉付きのいい尻。
 太すぎず、細すぎず、曲線の美を極めた太ももとその先のふくらはぎ。
 そして女性である証の秘所も。
 男は雄としての本能に囚われた。
 その先はもう無我夢中だった。
 何度も何度も動かない少女に向かって男は腰を振った。
 中は温かく、何故だか適度に湿っていて。キツすぎず、ゆるすぎず。
 今まで味わったことのない快楽に溺れた。どちらかというと自己満足に満ちた自慰に近かった。
 絞れるだけ絞り出し、男は性の限りを少女の中に注ぎ込んだ。
 何故そんなことをしてしまったのか分からない。
 世界の果てで男は果てるまで少女を犯し尽くした。
 正気に返った時には目の前の少女は精液にまみれ、蜜壺から精液を溢れ出させ、どろどろと男と一つになっていた。
 溢れる白濁した液体にうっすらと紅い血が混ざっていた。処女、だったらしい。
 強姦、死姦、いくつもの背徳行為を一挙にやってしまった。罪悪感が今更のように湧き起こる。
 逃げ出すしかない。ここにとどまるわけにも運んで行くわけにもいかない。
 そう思ったときだった。
 汚された少女の顔がピクリと動いた。まぶたがゆっくりと持ち上げられる。煌めくような輝きを持った金の瞳が男を捕らえた。
 男はズボンを下ろしたままのみっともない姿で唖然とする他なかった。
 「な・・・・・・?」
 驚愕する男の視線と寝ぼけたような少女の視線が交錯する。
 少女がぼうっとしながら小さな手で頬をぬぐった。手にも顔にもぶちまけられていた精液が糸を引く。
 舌を出して少女は口の周りを舐めた。そのまま飲み込む。男は息を飲む。
 少女が眠たそうな眼で男を見た。そのまま男の下半身を凝視する。
 「も、っ、と・・・・・・」
 男はあっという間に少女に押し倒された。疲れ果てていた男は抵抗できない。
 攻守が逆転した。 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*なんか新SLCになったし新しいことやってみようということで書き始めた作品でした。文章力足りずに断念……。


—17.復活-相棒-—



 空はくもり空、雲の向こうでは朝日が出ているか出ていないかぐらいの仄暗い早朝。まだ世の中が朝で活気づく前から彼らの仕事は始まっていた。
 KEEEPOUTと印刷された黄色と黒色の縞模様のビニールテープがとある民家の周囲に張り巡らされていた。その内側は黒いスーツや青色の鑑識服を来た警察官達でごった返している。
 テープの外側からまた新たに二人組のスーツ姿の女性二人が近付いていくる。彼女らは見張りの警官に警察手帳を見せ、軽く会釈を交わした後、テープをくぐり現場に入った。
 先に入った少し背が高くすらっとした頭脳系の女性警官、彩上葵と彼女に続く少し背が低く葵とは対照的に運動系の部下、烏山巡は白手袋をはめながら奥に進む。
 今日のつい先刻、この一戸建ての民家で人が殺されていると通報が入ったばかりだった。
 葵と巡が遺体発見現場につくと現場検証の真最中であった。
 殺人事件担当の第一課がすでに捜査を開始している。第一課の顔馴染みの刑事、伊丹が二人に気付いた。はあーと聞こえるように溜息をついてから、いかにも殺人担当にふさわしいこわもてなのにさらに肩をいからせて二人に近付いてくる。
 「おやおや特命係の彩上警部とその部下巡嬢ちゃんじゃないですか。今回は、いや、今回も殺人ですから特命の出る幕はありませんよ!」
 なんだかんだいっていつも事件を解決するのは特命係で、その手柄を第一課がもっていくのだが、毎度こうやって絡むのが彼のせめてものプライドらしい。
 「どうも、失敬」
 軽く返事だけをして彩上は伊丹とその部下の横を通り抜けて遺体の側に行く。無論、巡も苦笑して続く。
 「ちょっとっ!聞いてるんですかー?!」
 伊丹が半ば諦めながら叫ぶ。唐突に彩上が振り返った。伊丹が驚いて上半身をのけぞらせる。
 「ええ、聞いてますよ」
 それだけ言ってまた彩上は遺体の方に向き直った。要するに聞いているが従う気はない、ということである。
 伊丹達はやれやれと首を振った。
 「おい、関係者当たるぞ」
 完全に諦めた伊丹とその他第一課は自分達の捜査に戻った。
 それを傍目に二人は遺体に目をやる。顔に掛けられた布をめくって一応顔を確認し、合掌して心の中で弔いの言葉を送った。首元には絞めつけられたような青痣があった。
 すぐに見計らったかのようにこれまた顔馴染みの鑑識官である米沢が近付いてくる。こちらはいつも協力してくれる物好きな人間だ。
 「お待ちしておりました、警部殿」
 見た目こそただのオタクにしか見えないが、彼の有能さは彩上も認めるところであり、米沢の捜査協力の一助なくしてはたった二人の特命係のこれまでの事件解決はないのである。
 「強盗殺人、じゃなさそうですね」
 巡も米沢に軽く挨拶をしてそう尋ねた。巡の言う通り、遺体のある部屋を含め、二人が通ってきた屋内に特に荒らされた痕跡はなかった。
 「はい。お察しの通りです。ですが、今回の件ちょっと妙なことになってましてな」
 葵の眉がぴくりと動いた。
 「といいますと?」
 ひそひそ話をするように三人は顔を近付けた。小声で米沢が奇妙な点を語る。
 「今回殺害されたのはこちらの男性、三河さんなんですがね。死亡原因は見ての通り絞殺で、死亡推定時刻は昨晩の0時から1時です」
 巡が急いて首を傾げる。
 「それが何か問題なんですか?」
 「いやそこからですがね、この三河さん調べてみるとなんとすでに死亡届けが出されていたんですよ」
 「はいぃ?」
 これにはさすがの彩上も理解に苦しんだ。昨晩といっても今日の午前0時過ぎに殺された人間の死亡届けがすでに出ていたなどということはありえない。
 「じゃ、じゃあ犯人か誰かが先に死亡届けを出してたってことすか?」
 巡はそんな訳の分からないことをする訳がないと思いつつも聞かずにはいられなかった。
 驚く二人に米沢はにたりと笑った。
 「実はですね、死亡届けが出されたのは一昨日。死因は病死ですな」
 それを聞いて同時に二人はある予想に至る。
 「死んでいたはずの人間が殺された状態で見つかった、そういうことですか」
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
*相棒パロディの推理物です。トリックも全部一応考えてあるんですが上手く文章にするの難しいです。


—18.明日、また明日—



 夕暮れを少し過ぎたくらいのやわらかい薄暗さ。オレンジやホワイトの街灯が点灯を始め、さびれてもいないが繁盛もしていないその通りはぼんやりと人工の光に染まり始めた。人はちらほら歩いていて、たまに車が通り、ゆるやかにちょっとした騒がしさが途切れるか途切れないかギリギリのところで続いていく。アスファルト舗装された歩道から剥がれた砂利を蹴飛ばしながら少女はそんな通りを歩いていく。
—じらふ通り、という名前がついていた。まん丸なガラスカバーの中に白熱灯を逆さまに突き立てた街灯にぶら下がった小さな看板にかすれた文字でそう書かれていた。キリンの首みたいに長いだけの通り。何も面白いところはない。キリンのようにその長さが売りになればいいが、この通りは世界一長いどころか言うほど長くもない。いたって普通の、平凡な通りである。市役所か何かが適当につけた名前なのだろう。あえて言うなら、あまりの面白みのなさに通行人は退屈して、長く歩いている気分になるかもしれない。
 少女は夕闇の空よりもずっとずっと黒い髪をしていた。肩近くまで伸びているその髪は生温い夏初めの夜風に吹かれるままゆらゆらと揺れる。耳にかけた髪を肌に押し付けるようにヘッドフォンが少女の頭を覆っていた。小さな耳を何とか覆い隠すぐらいの耳当て部分は明るい水色。少女の身に着けているものは大体が青色に近い色で構成されていた。落ち着いた水色のパーカー、ダークブルーとライトブルーが織り交ざったチェック柄のプリーツスカート、紺色に軽快な青のラインの入った小さめのショルダーバッグ、そして何よりも目を引くのは雨でもないのに彼女の持っているシアンの雨傘だ。小柄な少女の足元から胸元ぐらいまでありそうな長めの傘は異彩を放っていた。持ち手の部分は藍色で、薄く透けるシアンの傘布の下には輝いてこそいないが趣のある銀色の骨が見えている。それを少女は持ち手と傘布の境目、つまりシアンと藍色の境目を左手に握っていた。先端は後ろの地面に、持ち手は前の上方を指すように斜めに持っていた。構えている、というのは大げさかもしれないが、今に刀のようにして抜くのではないのかというような持ち方だった。右手はパーカーのポケットの中に突っ込んでいたが。
 額の左側に寄せて止めた前髪の下、ブルーフレームの眼鏡の下で、少女は世界を漠然と見ていた。耳から流れ込む音楽に心を傾けているようで、目だけは外を見ている。何かをはっきりと見ているわけではないが、ただぼんやりと躓かないように、ぶつからないように、見ていた。
 じらふ通り、右側の歩道を少女は黙々と歩いていく。新しくもなければ古い感じもしない雑居ビルが立ち並ぶ前を歩いていると、その中でも小さめのビルで一階がバーになっている建物があった。バーは人でごった返している。奥ではダーツをしている人達がいたり、カウンターでは普通に飲みながら店主と言葉を交わす人達がいたり、入り口付近のテーブル席では居酒屋のごとく肴料理も並べて騒ぎ立てている人達もいる。チョークでポップに手書きされたメニューの書かれた立て看板や、よく分からない観葉植物も並んでいて、そこまでも広くもないその空間には濃密な空気が流れていた。そんな風景が開け放たれた入り口から丸見えだ。それでも足りなくてパイプ椅子を歩道に少しはみ出させて飲んでいる客もいるぐらいだから、繁盛していると言えば繁盛している。常連を大切にし常連に愛されるような店なのははたから見ても明らかだ。
 その店の前を通り過ぎる時にだけは、少女の目が意識的にほんのり淡い照明に照らされた賑やかな店内を捉えた。同時に店先に椅子をはみ出させて座っていた一人の女性が少女に気づく。大きなジョッキを左手に持ちながらも、全く酔った気配のない若い女性だ。
「今日は、急ぎ?寄ってかない?」
 寄っていかないのか、という言葉にどこか、酔っていかないか、というニュアンスもありそうな気さくな言い方だった。少女は振り返らずに一瞬だけ立ち止まって短く否定の返事をした。
「いい」
「そっ、気をつけて」
 こくん、とだけ少女は頷いて再び歩き始めた。
 少女の後ろで何人かが店の中から顔を出した。
「なになに、アサギちゃん。今日は寄らないの?」
「そうみたい、結構急いでる感じだった」
「まだ夕暮れすぎなのにねえ、最近活発ね、あいつらも」
「そうだね。大丈夫かな」
「大丈夫に決まってんだろ、アサギが負けるどころか苦戦してるのも見たことねえんだし」
 店の中かから顔を出したのは店員の中年女性と、客の少年だった。バーといいつつ店内には他にも未成年はそこそこいる。そもそもこの店にとってバーというのは表の顔に過ぎない。店である必要もないがその方が都合がいいからそうしているだけである。元々はとある事情のある人達が集まっているのがこの場所だった。
—店の名前はPEEK。
 この店を過ぎたところからじらふ通りはある者達にだけ本当の姿を現す。その通行門となっているのがこの店の本来の役割だ。境界線と言ってもいい。PEEKの奥で誰かの放ったダーツが突き刺さる乾いた音がした。中心に刺さったダーツの小刻みな振動がだんだんと収まっていく。氷がグラスにぶつかって甲高い音を奏でた。その上から注がれた酒に揺られながら氷は踊る。ぬるいけれど吹かれるとわずかな涼しさを感じさせる風が店の外から店の中を吹き抜けた。音と風は、今日の夜の到来を告げる。店にいた人達の目が皆、ほんの一瞬鋭い光を放つ。ぴりっとした緊張感が刹那、空間を支配した。
 その時をもって境目の向こうとこちらの世界が繋がった。同時にPEEKの外壁に掛かっていた“PEEK”の看板が裏返されて“KEEP”に変わる。軒先に吊り下げられた提灯がわずかに揺れたかと思うと、淡い火が灯り、夕闇に浮かび上がった。
 時間の流れ、いや時間というそのものの本質が境目のこちらと向こうでは異なる。向こうの一分がこちらの一時間に相当することもあれば、その逆もある。常に時間は均一には流れてなどいない。こちらも、向こうも。ただこちらでは人間達が時間は均一に流れるものだと勘違いしているに過ぎない。
 境界に歪みが生じてくる。
 アサギという水色に身体を固めた少女が向こうへと旅立ってから数分もまだ経っていなかった。だが、その間にKEEPのメンバー達は“夜”に向けての準備を終えていた。
 店先に座っていた若い女性、アカネは燃え上がるような赤色の前掛けをつけたまま立ち上がった。低く束ねていた髪紐をほどくと流れるような赤髪がこぼれる。アカネはそれを無造作にかき上げ高いところで髪を束ねた。真紅のハンドグローブを両手に着ける。
「よっしゃ、いきますか」
 店から出てきた先ほどの少年がアカネの横に並ぶ。淡い黄緑のTシャツと深緑の短パンだけの軽い服装に、ダーツの矢が詰まった焦げ茶色のウェストポーチをつけている。名はトクサといった。アサギと同い年でKEEPの中では最年少組だ。
「どうせまたアサギが全部片付けてるって」
「そうかもしれんな。だが行かないわけにはいくまい、我々とてKEEPの一員なのだからな」
 と言いながら出てきたのはKEEPのバーカウンターのマスターで、みんなからは“店長”と呼ばれている。長身ですらっとしているが、カジュアルスーツの下はかなり鍛えているのが伺える。昼夜に関わらずいつでもかけている細めのサングラスが特徴的な男性だ。店長は身長よりも長い棒を持っていた。2メートル近くはある。灯りを受けて鈍い黒色に光るそれを無造作に肩にかけながら店長が先頭に立つ。

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*人間とそうじゃない何かの境界線で生きる人たちのお話の予定でした。

—19.絶体絶命—



 救いの手?——そんなものは差し伸べられやしねぇ。

 幸運?——そんなものは存在しねぇ。

 奇跡?——そんなものは起こりやしねぇ。

 神?——そんなものは初めからいやしねぇ。

 ヒーロー?——んなもんいねぇんだよ。

「てめぇの身はてめぇで守れ。誰かにすがんな、誰にも助けを求めんな。てめぇの脚は何のためにあるんだ?自分で立って、踏ん張れよ。てめぇの拳は飾りか?自分でぶん殴って、切り拓けよ。てめぇの眼はどこについてんだ?前についてんだから前向けよ。てめぇの眼で見て、てめぇの拳を振って、てめえの脚で歩け。いいか?てめぇのその心は怯えるためのもんじゃねぇ。びびって人様に救いを請うもんでもねぇ。てめぇを奮い立たせて、てめぇ自身を信じて、てめぇを動かすためにあるんだ。てめぇがてめぇの身体をてめぇのために使え。てめぇの命はてめぇのためにある。絶対、忘れんなよ」

 こう言ったくせに、そのヒーローは俺のために死んだ。俺に救いの手を差し伸べたがために死んだ。俺にとっては幸運だった。奇跡だった。安っぽい表現かもしれないけど突然現れた神様みたいなものだった。
 でもそれは、彼にとっては俺の真逆だったということ。俺は彼の最悪の敵だった。俺は死へと誘う手で彼にすがりついた。俺は不幸の塊だった。そして俺を救うことは彼にとっては必然だった。俺は彼にとって紛れもなく死神だったわけだ。
 彼はどうして俺なんかのために死んだ?彼の命を犠牲にしてまで俺が生きていくことにどれだけの価値があるというのか。
 どれだけ考えても答えは一緒。俺という存在にそんな大した価値はない。

 ああ、やってられない。やめてやる、こんな重荷を背負わされた人生なんか。

 俺は彼に救われたこの身体をビルの屋上から放り出した。

 風が真下から真上に吹いているかのような感触。突風が身体を吹き上げる。
 重力に任せて身体はぐんぐんとスピードを上げて地面に向かう。
 あっというまにゴツゴツとしたアスファルトが目の前に。
 ゴンッという鈍い音と衝撃。
 あはははははははははは。ははははははは。ははははははははは。

「くそがああああぁぁぁぁっ!!ふざけんなああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!なんなんだよっ!なんでなんだよっ!くそう!くそぅ・・・・・・っ!くそっ・・・・・・・・・・・・」
 俺は這いつくばりながら泣き喚いて、拳を振り上げては地面に打ちつけ続けた。頭も打ちつけ続けた。拳から血がにじんでも、頭から血がこぼれても、すぐに血は止まって傷も消えて元通りになる。
 残った涙だけが地面を濡らし続けた。
 
 足音が近づいてきた。どうせあいつだ。
「・・・・・・やれやれ。全く。また飛び降りたんだね」
 やっぱり。頭の上からそいつの声がふりそそぐ。
「うるさい。俺の身体だ。俺の好き勝手だ」
 ぶっ倒れたまま俺は答えた。
「そうだけどね、そうでもないかもしれない」
「あぁん?お前はいつもそういう曖昧な物の言い方をするが、俺はそれが気に食わないって言ってるだろ」
「ほらね、君は今ボクの言葉で不快になったのだろう?ならば君の身体は君の好き勝手にはなっていないじゃないか」
「はぁ?ヘリクツだけは相変わらず上等だな。ああすごいすごい、褒めてやる」
「そうかい?ありがとう」
「そのいっつもヘラヘラしてる面をいつかぶん殴ってやる。憶えとけよ」
「その台詞や似た台詞は聞き飽きたよ。いつになったら実行するんだい?」
「うるせぇよ。・・・・・・・・・・・・で、何の用だ」
「何の用って!君がこうしてまた飛び降りてるから心配して見に来てあげたんじゃないかーっ!」
「棒読みで言われたんじゃあ説得力ないな」
「信頼されてないなぁボク」
「だったらもっと信頼されそうな話し方にしろ」
「そうだね。まあいいや、でさ」
「あーあーそういうヤツだよな、お前は」
「うん、そうだね」
「ムカつく。死ね。消えうせろ。全く・・・・・・で、だから何の用だ」
「そうそう。うん。その話。今回もお仕事の依頼だよ。君にしか出来ないお仕事」
「君にしか、とか言えば聞こえがいいと思ってんのか?素直に言えよ。屋上から飛び降りても死なないどころか、怪我もしない化け物のあんたにしか出来ない仕事がありますってさ!」
「やれやれ、今日はやけにつっかかってくるね。まあ君が死のうとした後は大体そうなんだけどさ。機嫌悪いから自殺しようとするのかい?自殺しようとしても出来ないから機嫌が悪いのかい?」
「・・・・・・両方だよ、くそったれ」
「そっか・・・・・・。また話が逸れちゃったね。ごめんごめん。お仕事の話をしよう。うん。そうするよ」
「ああ、そうしてくれ」

 深夜2時。昼間なら少しは賑わうこの街も深夜となると人っ子一人いない。静寂が街を包み込んでいる。ほのかに街を照らす街灯は時折点滅して物寂しさを演出する。
 人も車もいない道路の上、俺は一人で棒立ちしていた。来る敵を待って。
 少し離れた所からあいつは俺を見守っている。
 さっき聞いたあいつの言葉が蘇る。
「今夜の予報は<雨>。<降水確率>は100%。時間は深夜2時5分」
 あいつの予報は外れない。外れて欲しくても当たってしまうほど正確だ。
 ・・・・・・来た。
 カタッと時計の長針が5分を指したと同時だった。
 マンホールのフタが突然濁流と共に吹き上がった。大きな音を立ててマンホールのフタが道路を転がる。
 濁流だけが宙に上がったまま渦巻く。そして直径10mはある大きな泥水の球になった。

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*死ねない男が絶体絶命に陥るという話。書いてる途中に飽きました。

—20.劇—



 気怠さと睡魔が跋扈する教室に耳障りなチャイムが鳴り響いた。机に突っ伏していた者、うっつらうっつら船をこいでいた者、ぼうっとしていた者、真面目に授業を受けていた者、みながその音を聞いて笑顔に変わる。太陽が傾き始めていた。最終限の授業がやっと終わったのだ。ホームルームなど形骸化した時間は忘れられたかのように生徒たちは部活や街や自宅へと走り去っていった。あっという間にもぬけのからとなった教室に残されたのは私と今の今まで古典の授業をしていた教師だけだ。もうそんな光景にも慣れた老教師は静かに、少し寂しそうに教科書を閉じて言った。
 「これで6限目を終わります」
 私はその言葉に返事はしない。この授業を受けたくて残っていたわけでもないからだ。実際のところ面倒だから、というのが一番大きいかもしれない。老教師が教室から出ていくと教室には私一人だけになった。頭に一つの問いが投げかけられる。
 ーならどうして教室に残っていたのか?
 簡単だ。出る理由がない。行くところがない。部活にも入っていない。街に遊びに誘ってくれる友達もいない。……帰りを待っている家族もいない。
 くだらない自問自答をいつものように繰り返して自分一人で勝手にイライラする。これは私の悪い癖だ。理由をつけないと気が済まない。でもその理由はちぐはぐで筋も何も通っちゃいないからムカついて。行き場のない怒りが自分の頭を締め付ける。
 浅い理由でついた深い溜息が空っぽの教室と空っぽの心に反響した。筆箱と古典の教科書とノートを鞄にしまうとようやく私は自分の席を立つことにした。
 桜は散って、葉桜も散って、そろそろ熱い夏がやってくる。ちなみに今年は空梅雨。太陽が空を独り占めにしているこの頃だ。しがない街のしがない普通の高校。そこのたかが一高校生。ありふれたそのラベルのもと、この国中でありふれている平凡でつまらない人生を私は送っている。
「あぁ、つまらない。楽しくない」
 教室を出るときに、頭の中で思ったつもりだったその言葉がつい口に出て、教室の中に吐き捨てられていった。独り言なんて気持ち悪い、それが常識だ。私は誰かに聞かれやしなかったかと慌てて廊下を見渡す。見渡してすぐに私はまた自分に呆れた。世間なんてどうでもいいと思っているはずなのに、特にこんなどうでもいい高校の名前も知らない生徒たちの限られた常識なんて大っ嫌いなはずなのに、つい気にしてしまう。自己矛盾ばかりの自分が嫌になる。帰ろうとして進行方向と廊下を平行にしたときだった。
「何がそんなにつまらないの?なんかあったの?」
 後ろからこの年代特有の少し耳につく高い声がした。隣の空き教室からちょうど人が出てきたらしかった。振り返る前に私は慌てている心を必死に静める。動揺が顔にひきつって出ないようにする。ゆっくりと余裕をもっているように振り返った。少し長い髪を後ろで一本で束ねただけの髪型がまず目に入った。というのもその子が私よりも結構背の低い子だったからだ。ちなみに私は少し高い方。こちらを見上げる顔は化粧をしていないところを見ると一番面倒なタイプではなかったようだ。むしろあどけなさが残っていて一言で言えば、アホそう。小動物のような愛くるしさとかいうよくあるフレーズで形容すればこういう子も男子に人気なのかもしれない。でもやっぱりアホそう。私が男子だったらこういう子はご遠慮願いたい。なんてアホなことを考えている私の方がアホだろうか。
 少しの間、そいつのつぶらな目をにらみつけた。アホの子はちょっとだけ怯んだ。こうすれば二度と私に関わろうとはしなくなる人が大半だ。アホの子の質問には答えず、私はすれ違って廊下を歩いて行った。これを調子に乗った尻軽女どもにやってしまうとシカトかよなどとケチをつけられさらに面倒くさい展開になりかねないが、こういう場合には有効なのだ。ということを考えた私が一番面倒な人間なのは重々承知しているのだが。自虐に苦笑して突き当りを曲がり、普段通り下校路につこうとしたときだった。
「待って待って!帰るとこなら一緒に帰ろうよ!」
 アホの子が騒ぎ立てるような声量で、後ろからうさぎみたいにぴょんぴょんついてきた。思った以上に天然の入っている子だったらしい。そのポニーテールを引きちぎってやろうかと思ったがなんとか思いとどまった。無視して私は階段を下りて下駄箱に向かう。
 
 ***以下キャラ設定など
・双子で劇の上下から交互に登場して瞬間移動に見せる演出でオリジナリティーのある役。だが二人で一人前にしかなれないのかという複雑な思い。二人の思いはどう結着するのか。
・演技指導のコーチおじいちゃん。厳しい、細かい、怖い。必要なさそうなハードな体力作りの強制や一見何も悪くなさそうな一つ一つの演技リテイクのしつこさなどで団員には嫌われる。だが基礎のしっかりした演技にこそ魂が宿る、それを理解しそれを唯一教えられることをよく理解している団長(と優秀な落ちぶれ団員?)は皆の反発のめげず彼を指導から降ろさない。全ての劇が終わり、皆が一流の場所に立てたとき、幕の後ろで彼は初めて笑顔を見せる。それに気づいたのは団長だけ。そして彼はボソッと呟く。「わしゃあのできるこったこれでおしめぇよ」皆が彼の思いの強さを、ありがたみを知った時には彼の願いは叶っていた。(彼の立てなかった舞台に皆をたたせること)劇の終わった次の週の打ち上げ。彼はいつまでたっても現れない。その時不穏になった団長の携帯電話。皆は走る。走る。病院に着いたそのとき、彼は事切れる直前だった。涙とともに感謝の言葉を伝える団員達。「やめんかいまさらお前らの、、そげんか顔は見とうないわ。笑え…笑わんか!笑ってみせぇ!老いぼれの一人笑顔で、ゴホッ、送り出さんで何が役者か!何が演技じゃ!」涙をボロボロ流し、くしゃくしゃの笑顔で団員は深々とお辞儀をする。団長が崩れた笑顔で彼の両手を握る中、彼は最期の声で言う。「ああぁぁ、下手くそじゃ下手くそじゃ、お前らはまだまだじゃけんの〜。これが本当の演技じゃ。よう見とけよ」苦しみの中、おじいちゃんは完璧な笑顔を作る。「わしゃあ幸せもんじゃ……」ホロリと涙が彼の目尻からもれる。「涙の一つも隠せんとはわしも……焼きが回っ……た……の……」涙と彼の腕は同時に落ちた。
エピローグで葬式?
・私(主人公)
幼い頃に両親(と祖母)が交通事故で他界。祖父と共に二人で生きてきた。がしかし、死を目の当たりにし、身近に感じすぎた余り精神年齢が加速的に高まる。中学時には自己との対話が深まりすぎ、モラトリアムと生死感、人間の意義を考えすぎるようになる。高校に入る時にはあまりに達観しすぎ、周りから浮いて大人びた。感情を押し殺し、人と一歩置いて接し、全てが演技のような錯覚すら感じ始める。それに見かねた祖父は余生を掛けた優しくも悲しい魔法を愛する孫にかける。全てを欺く演技は世界すらも魅了し誤認させる。「私」はいつの間にか1人暮らししていると思い込む。(本当は毎日のように祖父と笑い、語らい暮らしているが、毎度欺かれて学校に出ている)時々違和感を感じつつも私は高校生活を始める。◯◯さんて1人暮らしだよね?という質問に一瞬、戸惑いを感じつつも、(祖父の魔法の演技による誤認への対応には私は一瞬遅れる。これを……で表現)そう思い込みつづける。スーパーで、あれ?なんで私二人分で計算してるんだっけ?……ああ作り置きするんだった。などの表現で少しずつ祖父を仄めかす。
そして部活勧誘の時期、周りと馴染まない私は帰宅部のつもりでいた。そこにシワの深い不思議なおじいさんが現れる。「嬢ちゃんいい仮面をしとるのお。自分すら仮面で自分が見えないくらいにな」「……?!いきなり、なんですかあなたは」初対面なはずなのになぜかホッとして、なぜか物悲しくて。「なあに暇を持て余した老いぼれじゃよ。ところでー」おじいさんは私の奥の私の知らない私に話しかけた「その演技で劇をやってみんかの?」
そしておじいさんと私の演劇部が始まる。私は初めから完璧な演技が出来た。でも何か足りない。それに気づいているのは私とおじいさんだけ。初心者の新入団員は団長の私に感心するばかり。—各団員とのエピソードで私は他人の生き方を見て、他人と間近に生きて、少しづつ本当の感情を得ていく。空っぽから始まった心に感情が満ちていく。例ー一見チャラチャラした新入団員。演技もあんまり上手くならず、おじいさんに叱られてばかりで浮ついた言動が目につく。他の辞めていく団員と一緒に辞めると思いきやめげずに辞めない。本当は不器用だから人と作ったありきたりの仮面でしか話せなかっただけ。演技を身につけることで仮面を外すのが真の目的だった。「俺、いつもみんなとはあのキャラでしか話せないんすよ。本当の自分で話すと怖くって。あのキャラなら嫌われても平気っつかなんというか。でも本当はいつか本当の自分で話したい。真面目に誠実に生きれるってのを、見せてやりたいんす」演技を学ぶにつれて彼はその願いすら間違いだったと気づく。「あのキャラも自分の一部だったんだ……でもそれだけでもない。全部全部含めて俺なんすよ。それを団長さんとおじいさんに教えてもらったんす」(ちなみに団長、優秀君を除いて唯一おじいさんへの反発を直接見せないキャラ)
などの自分に似たキャラや真反対の常に本音本心キャラとの交流を通して私の心が出来ていく。そして最終劇では心の宿った演技を見せることが可能に。それを見届けた祖父はその舞台で私にだけ笑顔を見せる。その笑顔には余りにも見慣れてる気がして、それなのにひどく懐かしい気がして。
そして病院からの一報は当然唯一の肉親である私に届く(矛盾の解消)
病室に行くまでに私の「おじいちゃん」の記憶が戻り始める。(祖父が死にかけていくために魔法がとけていく)病室にたどり着いた私の顔に喜怒哀楽の怒り(自分の孫との幸せを犠牲にしてでも孫に人生の意味を教えた祖父への怒り)と哀しみが宿っているのを見た祖父は全てに安心する。(孫と祖父の関係としての幸福は高校分うしなわれたがそれが孫の幸せに変わるなら祖父の幸せにもなるという親代わりの真意)
ついに祖父の魔法は完全にとけた。団員すらもが当たり前のように団長が二人暮らしであることを思い出し、おじいさんの正体も認識する。当然おぼろげながらも悟り始めていた私も。もう一度祖父は心からの祖父としての笑顔を親としての笑顔を私に見せる。死にゆく祖父の口はこえなく動く。幸せになれよ……もうお前にはわしだけじゃないんだから。お前はもう自分を見て、前を向いて歩けるんやからの。
・優秀君
演技も完璧。劇の何たるかもよく知ってる。だがそれ故に高慢に陥る。中学の時に全国コンクールでひとりよがりの演技で入賞を逃す。それすらも周りが下手だったからと逆ギレ。反発にあい、転校して新しい高校で大人しめのキャラで無難に生きようとする。「お前さんはあの子と似た目をしとる。ちょっと訳は違うようじゃがのう」おじいさんの魔法すら見破る才能。「驚いたのう、わしにも騙されんか!大したもんじゃ。もう一度劇をやってはみんかのう?」「俺はもう誰かを傷つけるのも、俺が傷付くのも嫌だ」「嘘の演技はまだじゃな、お前さんの心は劇をやりたいと言っとるようじゃが?」「っ!俺は……俺は……怖いんだ。本当に。やりたいことをやってまた同じことをしてしまわないか。好きなことで嫌われてしまうのではないか。と。」「そりゃあおめえが人と関わりたいってことじゃないかの?劇は1人で作るもんじゃねえのはわかってるはずなんだからな。ただバカみたいに恥ずかしがってるだけじゃ、教える側にも回れ、違うもんが見えてくる」そして唯一おじいさんの正体を知るまま団員となる。結局つっぱって嫌われキャラで始まるが、次第にみんなと打ち解けていく。重ねた年齢が互いの理解を可能にした。要するにツンデレだが男だ。唯一プロの役者を目指していくというエピローグ。
・天真爛漫っ子
大人しくできない。思ったことをついつい言って喧嘩も。それが実はコンプレックス。アホの子に見えても裏では悩み、苦しんでいた。演技を身に付ければ何か変えられるかと自ら入団を希望。
最後は少し考えることができるようになって。それでもありのままに振る舞うことが苦痛なくみんなと心から話せる方法だと気付き、自分を認める。「わたしさ、これまでとそんなに変わらないかもしれない。ウソつくのも空気読むのも下手なまんまかもしんない。ちょっと演技が出来るようになったからってわたしがわたしであることは変わんないだ。でもさこれだけは言える。どうやったらこのわたしがわたしのいいところなんだってことを伝えられるかが上手くなれたんだってこと。だから嬉しいんだ!ちっとも無駄になんかなってない!」
・いじめられっ子
・地味っ子声小さい口下手自分を変えたい系頑張り屋さんだけどなかなか上手くならない。本番直前までミスばっかり。だけど誰よりも頑張ってきたから誰も笑わない。そして最後の本番ではちょっとミスしそうになりながらも、なんとかやり遂げてみんなとハイタッチ。みたいな?
・金持ち高飛車派手っ子
・劇好きだけどやるのは下手っ子
・とりあえず入った子、演劇を通してやりたいことを見つける。音響か照明か道具かまあそんなんとこ
・いつも私を見てきて、なんとか救いたいって思ってた子(保護者ポジ親友)要するに迷った時にほっぺたパシン役
・他の部(モブ)
・不良っ子留年してぼっち三年生。大人になれないコンプレックス。
・顧問の先生
・日本好き留学生。伝統舞踊とか能楽みたいなのを期待して入団。
・なんかスポーツしてたけど怪我してそこの顧問に勧められたからとりあえず入った系

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*iphoneでヒマな時に書いてた日常系でした。今見るとなんかこれギャルゲみたいですね……。


—21.春よ、来い—



「舞う、とはよく言ったものだと思います。」
 春風に吹かれて空を駆けていく桜のはなびら達を見ながらそんなことを考えていました。
 華やかな桜色の着物を着込みながら桜の木々は澄み渡った青空の中にはなびらを舞わせていました。
 暖かった日々。あれは現実だったのでしょうか。
 舞い散る桜の木々の下で過ごした、私とあの人の日々……。
 散った桜の如く……なんて思いたくはないです。
 
 暖かくなりながらもまだ時折肌寒い日も訪れる春先の今日この頃。
 本日はそれなりに晴天。ですが気温はまだまだ低めの日。薄めのダッフルコートが冷たい風にはためいて、気分で巻いてきたスカーフが風にたなびきました。残念ながら彼らが舞い立ってタンスの中に仕舞われるにはまだ早いようです。
 顔を上げて見渡した冬枯れた木々の中に私は蕾を見つけました。もちろんそれは桜の蕾です。春一番を今か今かと待ち、咲き誇るその時を一心に待つその姿は今の私とは重なるはずもなく。
 少しだけうるんだ眼は乾いた空気のせいということにしておきましょう。
 木々に並ぶように無心に棒立ちしつつも、滲む視界だけは蕾たちを延々と捉え続けていました。
 梅雨を先取りでもしたいのかというほど陰鬱になった私の顔にポツリポツリと雨粒が落ちてきました。少し驚きながらもどんよりとした動きで空を見上げると、いつの間にか、お前をつかまえて離さないぞと言わんばかりに細い雨雲が丁度私の頭上にやってきていました。
 でもなんだか傘をさす気にも、雨宿りをする気にもなれなくて。
 ひととき俄雨は私を濡らし続けると、満足したのかどこかへと行ってしまいました。
 いつだって勝手に訪れて、いつだって一方的に降り注いで。そしていつも身勝手にいなくなるのです。
 雨が止んでしまった今更に、しっとりとしてしまった髪や服についた水滴をハンカチでぬぐっていると、不意に雫が日光に煌めきました。
 なぜだか無性にその一瞬が切なくて。
 ぼんやりと思い出すいつかの景色。今日の私のように俄雨を気にもせず外に居続けたあの人の濡れた服を私は黙々とぬぐっていた——。あの人もそれが当然のようにしていた——。
 感傷に浸るとロクなことがありません。私は思い出を振り切って桜の並木道を駆け抜けました。
 ひたすらに小走り続けていたら、雪どけの水でいささか流れの早くなった小川の近くまで来ていました。なんとなく流れに沿って歩いていると川岸に並ぶどこかの家から漂ってきたのか、ほのかに沈丁花の香りがしてきました。
 
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*タイトルのままの某曲を元にして、メイドさんを書こうとしました。

—22.ダメ人間これくしょん—



 世の中ってのは、つまらねえことばっかりだ。
 表を歩けばガキどもが走り回っては金切り声で叫ぶ。道いっぱいにひろがるバカの集まりは、悪意の笑い声を上げている。自分たちこそが今いる場所の支配者だと思って疑わないのだろう。傲慢だ。俺がそのド真ん中を突っ切れば、決まって機嫌を悪くする。『自分たちの楽しみを阻害された』って顔になる。他人に迷惑をかけるのは気にならないくせに、己だけは一方的に被害者ぶる資格があると勘違いしているんだ。
 テレビを点けても、ラジオを点けても、面白い番組などない。あるのはあまりに大袈裟な表現と、嘘くさい刺激と、退屈な同調だけ。この中に自分の意見を素直に言っている奴らがどれだけいるというんだ。結局、作っているヤツの期待に沿うように動いているだけだ。しょうもないんだよ。
 どいつもこいつも誰かの後追い。誰かの機嫌を伺い、誰かをあてにして群れ、そのくせ『自分が人生の主人公』なんて顔をしているんだ。
 ……いや、つまらないのは自分のほうだというのはわかっているんだ。それは、物事を素直に楽しんで、のめり込める人間がいるってことは、俺だって知っている。彼らに言わせれば、『なんでわざわざなんでもつまらない方向に考えるんだろう』って感じなんだろうよ。だからと言って楽しめないものを無理に楽しもうとしたって、虚しいだけだ。見出だせないものはしょうがないじゃないか。だが、彼らにはそれがわからない。
 人は俺を指さしこう言う。『あいつは生きる気力がない。ダメ人間だ』と。
 俺は言ってやりたいね。じゃあどんな奴がダメじゃないんだい? 一体誰なら胸を張って生きていけるんだ?
 何もかもに神経質にケチをつけていく俺と、正しいものが正しいと信じて疑わないヤツら、どっちかが正しいと果たして言い切れるのか? ってな。
 
 そんな時だった。ダメ人間達の一人として俺が選ばれた。
 何をしていたかは憶えていない。いつも通り世の中にケチをつけている時だったか、あるいは家の中で不貞腐れていた時だったか。もしかしたら単に寝ていただけだったかもしれない。ただとにかく言えるのはこんな場所に来た記憶もなければ来る理由もなかったということだ。
 気が付いたら、俺は真っ白な部屋の中にぽつんと一人で立っていた。最初は悪い夢でも見ているんだろうと思っていた。だが少し寝て起きてもここから出ることは出来なかった。頬をつねっても壁に頭をぶつけても目が覚めて元通りになんてことにはならなかった。
 何にもない部屋というのは思っていた以上に心身に負担を強いてきた。ひたすらに思考ばかりが加速して気が滅入ってくる。俺はもう死んだのではないかとさえ考えた。だが、空腹がそれは嘘だと俺に叫び続けている。
 何時間だか何日間だか分からないがそれなりに時間が経った。限界が迫っていた。誰でもいいから助けてくれ、そんな気分だった。
 そして幸か不幸か、悪夢のような現実は次の段階に進んでしまった。白い壁に唐突に真っ黒なドアが現れたのだ。明らかに胡散臭い。だが、進まなければどうしようもないのも分かっていた。
 追いつめられて殺されかけていたはずなのにドアを開けるその時、俺は何故だか笑っていた。この意味不明な苦しさの中に不思議な楽しさを見出していた。
 殺されかけられたが故に生きているという実感を得たような気がしたからかもしれない。もちろん同時にろくでもない続きが待っているのだろうという悲観もある。お気楽なバカ野郎に弄ばれているだけだろうという疑心もある。だが、なんとなく前向きな感情が少しだけ勝っていた。それは俺にとってかなり珍しいことだった。

 部屋に入ると、そこは会議室のような空間になっていた。コの字型のデスクに数人の人間が着席している。風貌には統一感がなかったが、そのほとんどがかなり疲弊しているのが見て取れた。おそらく俺と同じで、どこからか連れて来られて監禁されていた奴らだろう。
 そんな中に一人だけ例外がいた。そいつは肘を立てて指を組み、その上に顎を預けていた。顔に張りついた薄汚い笑みから余裕が沁み出て見えて不愉快だ。そしてそいつは、コの字のちょうど真ん中、いわゆるお誕生日席に座っていた。『この空間の中で俺だけが特別だ』とでも言わんばかりだ。
「皐月佑二さんですね。ご着席ください」
 男の唇の端が動く。ムカつく喋り方だ。俺を平然と見下し、それを隠す気もない。ただ、軽蔑する本心をひたと隠して、俺の機嫌を伺うふりばかりする奴よりはいくらかマシに思えた。ってのは嘘で、こっちのほうが全然腹が立ったが、新鮮ではある。
「ここはどこだ?」
「現時点での発言は禁止されています。全員が揃い次第、説明を行いますので、質疑があればその後に受け付けます。まずはご着席ください」
 俺は口を噤んだ。こいつに何を言っても無駄だとわかった。襲いかかろうかとも一瞬考えたが、相手はそれなりに体格のいい男だ。いかに俺が自棄を起こしても、今の体力で何かできるとも思えないので、やめた。それに、ここはヤツの土俵だ。何が仕掛けられているかわかったものではない。
 空いている椅子に腰を下ろすと、何人かの視線を感じた。ある者は小動物のように恐る恐るこちらの様子をうかがい、ある者は生気のない瞳をずけずけと向けてくる。
「全員って、あと何人だよ」
「現時点での発言は禁止されています。警告で済むのはここまでです。次回以降はペナルティとなりますのでお気をつけください、皐月さん」
 俺は舌打ちをひとつした。

 椅子に座って誰もが無言のまま時間だけが刻々と過ぎていく。見たところこの部屋にあるのはテーブルと椅子だけのようだ。いるのは俺とムカつく男、そして疲弊した人間が5人。空席はまだそれなりに残っている。男はひたすらに沈黙を貫いている。自分一人しかいない部屋に監禁され続けたのとは異なる不快感が募る。人がいるのに言葉も何も交わさない。見られているという緊張感ばかりがさらに心を疲弊させてくる。
 不意にムカつく男の正面、つまりコの字の開いた方から扉が現れた。その時気づいたが俺が入ってきた時の扉は別の場所にあったはずだが跡形もなく消えて壁になっている。この空間はやはり普通ではないようだ。
 扉が少しだけ外から押された。俺の時は外側に開いたが、今回は内側に開いている。単に両方に開く扉だったのかもしれないが今となっては確かめる術もない。それはさておき扉の向こうからなかなか人が入ってこない。少しだけ開いた状態で扉は保持されている。
 唯一話す権利がある男がやっと口を開いた。
「どうぞ、入ってきてください」
 扉の向こうの主はその言葉には答えなかった。
「どうしましたか?」
 男は組んでいた指をほどき立ち上がった。続けて左腕を扉に向けると驚いたことに扉が勝手に動いた。同時に向こうの誰かの影が一瞬見えたと思ったらその影は猛ダッシュして男のところまで迫った。監禁されていたとは思えないぐらいの力強さで拳が男に振るわれる。
 しかしその拳が男を殴り飛ばすことはなかった。当然のように男は伸ばしていた左腕の手の平で拳を止めていた。止めたというよりはそこで止まったというような不自然な止まり方だった。予想通りここはヤツの土俵だったということか。
「まだそれだけの体力が残っていたことに驚きました」
 男は何も驚いていない顔でそう言い放った。拳を振るった人間もまた男性だった。確かにそこまで疲弊していないように見える。
「あなたも席に着いて下さい。そろそろ全員そろいますので」
 舌打ちをひとつだけして諦めたように新入りの男は空席に着くことにしたようだ。席に着いたその男に目を向けると目が合ってしまった。顔だけはそれなりにやつれていた。それよりもその顔を俺が知っていたことが問題だった。よく知っている顔……なんかの悪い冗談だと思った。狂ってる。悪い夢を見てると猛烈に信じたくなった。なぜならそれは俺の顔と全く同じだったからだ。

「これで残すところあと一人ですが、困りましたね。最後の方がいらっしゃらないことには、話が進められません。扉はとっくに開いているのですが」
 男の話は、もはや頭には入っていなかった。自分と全く同じ姿形を持つ人間を前に、そんな余裕はなかった。生き別れの兄弟にしても似すぎている。あまりにも不自然な状況だ。そう思うのは向こうも同じらしく、こちらを怪訝そうに睨んで低い唸り声を上げている。
「おや、皐月さん、篠原さん、どうしましたか? なにか気になることでもおありですか」
 当たり前だ。俺は目でそう告げる。
「当たり前だ。こいつはなんだ? こんなに俺にそっくりな偽物をどうやって用意したんだ」
「現時点での発言は禁止されています、篠原秀人さん」
「聞いたのはそっちだぜ」
 篠原はまた舌打ちをした。それきり押し黙る。奇襲が通じなかった以上、今反抗してもしかたがないということは悟ったらしい。
「まあ、よいでしょう。最後の明田さんが現れるまでの間、少しだけ説明をしましょうか。そう、ここに招集された『ダメ人間』たちの中でも、貴方たちは特別です」
「『ダメ人間』?」
 前の方に座っている眼鏡の男が聞き返す。伸び放題の前髪から覗く細い目が不満を訴えている。
「はい。いくつかの条件を満たす人間を選んでお呼びしました。強制的に、ですが」
 それは、拉致という行為だ。だが、誰もそれを指摘しない。指摘すればこの男はそれを肯定するだけだ。自分が被害者であり、専ら支配される側だということを、思い知るだけだからだ。
「みなさん、『そんなことをしていいのか?』という顔ですね。ご心配なく。条件の一つ目がまさにそのことです。つまり、『強制的にこちらに招待しても誰も困る人がいない』であろう人を選んでおります。誰かと関わりあうことがなく、誰にも必要とされない人です。なので、貴方がたの不在は問題にはなりません。なったところで、ここには誰も辿り着けませんが」
 社会的地位もなく、親しい相手もいない人間。なるほど、それは確かに『ダメ人間』の集まりだ。
「話が逸れましたね。簡単に申しますと、皐月さんと篠原さんは、生まれ持ってのダメ人間なのですよ。他の皆さんが天然のダメ人間だとすれば、お二人は養殖です」
「身も蓋もない喩えだな」
 掠れた声しか出なかった。
「つまりですね、貴方たちはある人物の複製人間なのですよ。貴方たちの親御さんは、実の親ではありません。彼らには親の代理をしていただいたのです。当人たちは知りませんがね」
 俺は男のほうを見上げ、精一杯に睨みつける。それでも手が震えるのを感じた。
「そんな目をしないでください。もともとあの人たちには、子供ができないはずだったのです。そんな人たちに子供を宿してあげたのですよ。そこまで非道な行為でもないでしょう」
 言うと男は両手を広げて微笑む。ここがこの男の支配する非常識な空間でなかったら、すぐさま立ち上がって殴りかかっていたところだ。篠原を見ると、ヤツもそんな顔をしていた。
 
 お互い無言のまま張りつめた空気が流れた。片方は余裕で何も言う必要などないだけで、もう片方は何も言えないというだけだが。
 険悪な時間がまたも続くかと思ったが、男の言った通り、最後の一人が新しい扉の向こうから現れた。確か明田と言っていたか。明田は普通に扉を開けて入ってきた。明田も同じ顔ではないかと覚悟していたがどうやら違ったようだ。特に特徴のある見た目ではないが一つ述べるとしたらこの空間において唯一の女性だということだ。疲れた顔をしていたが明田は入ってゆっくりと会議室を見渡すとなんとなく状況を悟ったらしい。自分が面倒な何かに巻き込まれているのだろうということに。
「明田さんですね、どうぞご着席下さい」
 明田は軽く頷くと空いていた席に腰かけた。合わせて、立ったままだった男も元の席に着いた。
「それでは全員集まりましたので説明いたしましょう。明田さんは先ほどいらっしゃらなかったのでもう一度初めから。あなた方7人は『ダメ人間』という名目の下この場に集められました。『ダメ人間』の選出にはいくつかの条件があります。一つ目はこのように『強制的にこちらに招待しても誰も困る人がいない』ということです。初めは10名ちょっとの予定でしたが小部屋監禁中にいなくなったことに気付かれた者がいたため結果的にはこうして7名となりました。」
 そこでさっきダメ人間と言われ口を開いていた眼鏡をかけた長髪の男が手を挙げた。律儀なもんだ。
「木島さん、何か質問ですか。これからは好きに聞いてくださって構いませんよ。答える意味があると私が判断すればちゃんと説明いたしますので」
 逆に言えば答える気のない質問は全て無視するということだ、相変わらずムカつく。木島というらしいその男は手をおろして問いかけた。
「ここに拉致してからいなくなったことに気付かれた人間がそんなにいたのか?」
 俺もそこには少し疑問を抱いた。拉致する時点でそれなりに下調べしていたはずである。
「ええ。全ての条件に合致するだろうと見込んでいたあなた方はそれだけで普通ではありません。ですからいなくなってから気づかれた方も多いのですよ」
「話が見えないのだが」
「我々が調査するような範囲にそもそも入ってすらいない人間あるいは人ならざる何かに認知され必要とされていた人間も多かったということですよ」
 ただのダメ人間かと思っていざ拉致してみたら予想外の畑から問題が生じてしまったということか。残りの条件が気になる。俺らは全てを満たした本当に何もないダメ人間だということだからだ。ふざけた話だ。腹立たしいことこの上ない。
「二つ目の条件は簡単です。ここに60時間拘束している間、部屋から脱出しようとしなかったことです。普通の人間であれば、脱出を試みるところですがね。さすが貴方がたは気力がない。待っていれば救いの手が差し伸べられると判断したのですね。私どもの見込んだとおりでした」
 腹に据えかねる発言にも、何も言い返せない。『ダメ人間』の条件が明かされていくにつれ、自分の人間としての器の小ささを見せつけられている気がして、情けなくなってくる。
「三つ目は貴方がたをもっとも『ダメ人間』と認定するにふさわしい条件です。世の中に不満を抱き、自分を周囲よりも劣っているとは認めず、それでいて自分が成長する努力を怠る。そしてそれを繰り返している。それが貴方がたです」
「えらく抽象的じゃないか。それも綿密な調査をしたのか?」
 俺の言葉を聞いて、男は唇の端を歪めて笑った。
「調査など必要ありません。一目見れば分かるんですよ、そういう人はね」
 嫌な空気に包まれる。他のヤツらも図星を突かれてムキになったのか、機嫌が悪そうだ。最後に入ってきた明田だけは眠そうに頭を揺らしている。
「説明はこんなところですね。最後になりましたが、自己紹介をしておきましょう。私は霧本。今後、皆さんのケアを担当する者です。お見知り置きを」
 この嫌らしい笑顔は、忘れたくても忘れられまい。俺たちはこの後もずっと、この男に深い憎しみを抱くことになる。そんな予感がした。
 
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*なんと今回の原稿落ちです!栗山氏との合作です!でもやっぱり原稿落ちしました!

—23.最後に—



 この原稿落ちコレクションも原稿落ちしかけました!本当にどうしようもない人間ですね、私。
 では、次はちゃんと完成した作品をお届けできるよう頑張りたいと思います。




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