「なあ王園、うちで正社員として働いてくれないか」
帰り際、店長にいきなり呼び付けられたから何かしたかなとびくびくしていたのだが、こんなことを言われたものだから何故か拍子抜けしてしまった。
嬉しいことであるはずなのだが、ここで自分の中に様々な疑問が浮かぶ。
まずマクドナルドの正社員はどこでどう働くのか。
今まで通り店舗で接客に徹するのであれば、アルバイトと正社員の違いが何かあるのだろうか。

そうか。
賃金が違うのだなあ。
ではそれではなぜわざわざ高い賃金を払ってまで自分に働いて欲しいのだろうか。

またもう一点。
そもそも店長は自分が高校生であることは知っているはずなのだ。
自分が大学進学を希望していることも普段の雑談から知っているはずだから、それゆえますます何故自分を正社員に誘ったのか疑問である。


とりあえずその場は「考えておきます」とかなんとか適当にごまかして、私、王園(おうえん)りかは帰路についた。
帰り道、好きなバンドの曲を口ずさみながら自転車を漕ぐ。

みかん みかん みかん
みかん みかん みかん
みかん みかん みかん
みかん みかん みかん
みかん みかん みかん
みかん みかん みかん

「おかえり」
母親の声が聞こえる。
「ただいま」
帰宅すると、冷蔵庫の中に林檎が皮を剥かれた状態で切られて皿にのっていた。
ちょっと期待していただけに残念に思った。

その日はその後はこれといったこともなく、また疲れてもいたから風呂に入ってからすぐに寝てしまった。


次の日。
平日だから授業がある。普段はつまらない学校の授業を聞き流して終礼を迎える。普段ならば。

その日は六限までずっと寝てしまい、いざ七限を迎えようという段になって妙に目が冴えてしまったのだった。
また授業を聞き流そうという気にも何故かなれなかったので久しぶりにちゃんと授業を聞くことにした。
七限は倫理の授業だった。
もちろん普段から授業は聞き流していたから、前後の流れはわからない。

私の幼なじみの三四門(さんしもん)はるかは真面目で、クラスで全部の授業ちゃんと起き、熱心にノートをとる数人のうちの一人だった。
そんな彼女から、私はテスト前になるたびノートを借りるのだった。

そんな彼女に話し掛ける。
「最近は何について授業してるの?いつも授業聞いてないからわかんなくってさあ」

「あはは。りかは昔から変わんないもんね。
前回まで功利主義についてやってたんだけど、今回から社会主義思想についてやるとかなんとか言ってたような…?」

「そっか、ありがと」
私は功利主義のなんたるかについては皆目見当がつかなかったが、社会主義についてはある程度聞いたことはあった。
なんとなく悪い、マイナスのイメージを抱いている、といった程度だったが。

授業が始まる。
先生は淡々とした口調で授業を始めた。
「今日は科学的社会主義ですね。まず科学的社会主義というのは、自然と社会の発展法則の科学であり、(中略)背景にはイギリスの古典派経済学、ドイツ観念論、空想的社会主義思想があるんですね」

もちろんその後もずっと続いたが、剰余価値説やら、弁証法的唯物論やら、私にはちんぷんかんぷんだった。

私の頭に残っているのはそれくらいだった。自分の頭の悪さが身に染みて感じられた授業だった。

その後45分程経って授業が終わり終礼が終わって、私ははるかに話し掛けた。
「ねえ、ちょっと本屋に寄らない?」
地獄のミサワ氏の「カッコカワイイ宣言!」を買うために。

帰り道の途中にあるジュンク堂に立ち寄ることにした。
店内に入ってしばらく雑誌の立ち読みをしていると、
「ねえ、あそこにいるの芙宇先生じゃない?」
とはるかが無声音で話し掛けてきた。
芙宇(ふう)りえ先生は生活指導の先生で、教科は倫理である。
つまり今日、さっき会ったばかりということになる。
この先生は捕まったが最後生きて帰れない(どこにだ)と噂されているほど厳しい先生である。
そして、もちろん下校中の寄り道は禁止されているわけで。
それはつまり一刻も早くその場を立ち去らなければならないということを意味していた。

「えっマジで!?」
と私は返事(反応というべきか)をしてから、求めていた書物を購入すべく急いだ。


辺りを見回すと、一瞬
「…宣言」
と書かれた背表紙が目に入ったので、それを掴み、一心不乱にレジへ向かった。

無事に購入し、はるかと共に急いで店を出、そのままはるかとは別れて私はバイト先へと向かった。

今日もマックで私は接客に勤しむ。
接客自体は楽しいし、満足しているのだが…。
時々自分は何のために働いているのだろうか、と思うことがある。
私自身の働く理由、ということではない。
私自身の働く理由は、もちろん小遣いを稼ぐためである。
そうではなくて、私が働くことで社会にどのような影響を及ぼすことが出来るのか、ということが疑問なのだ。
これは別に今現在の私のみについて考えられる事項ではないはずだ。大人になってからも、ずっと疑問として残っていくに違いない。

そんなことを考えながら私はバイトを終え帰路についた。

帰宅し、早速ビニール袋を開ける。
ミサワ氏のギャグより趣深いギャグはこの世に存在するのだろうか。



本を取り出して唖然とした。
取り出した本の背表紙には

「共産党宣言」

と書かれていた。
そうか。
道理で前巻より随分高いなあと感じた訳だ。(二千円した。念のため。)
「宣言」の語句から間違ったものを買ってしまった自分の浅はかさ、愚かさを嘆くと共に、「共産党宣言」って何だよと腹立たしく思った。
しかし同時にどこかで聞いたような響きだなあとも思い、買ってしまったものはしょうがないので、またある程度高かったので、読んでみることにした。

ページをめくると、次の文が目に飛び込んできた。


「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である。」


???
階級闘争?何それ?おいしいの?

私には正直のところ実感が湧かなかった。
明日はるかに聞いてみよう。
私は諦め、風呂に入って寝ることにした。
今日はなんか一日が長く感じられた。いろいろあったしなあ。


そして次の日。
私は例の「共産党宣言」を手に学校へと向かった。
教室に入り、早速はるかに話し掛ける。

「ねえはるか、昨日さあ、本屋寄ったじゃん?そのとき間違ってこれ買っちゃったんだけどさあ」
と言って「共産党宣言」をはるかに見せる。

「何でそんなもの買ったの?」

「いやさ、先生見て慌てちゃってさ、「カッコカワイイ宣言!」だと思って買っちゃったんだよね」

「それ漫画だよね?間違うはずないじゃん、普通」

そしてこう続ける。

「でも偶然だね、それ昨日授業で芙宇先生が言ってたやつだよ。りかはそれ読むの?」

「まあせっかく買ったんだし、結構高かったからね」
そしてこう続ける。

「ねえ、はるかはこの本読んだことある?」

「私は無いけど、芙宇先生なら知ってるかも」

「そっか、わかった」

放課後になり、私は職員室へと向かった。芙宇先生に会うために。

早速芙宇先生の席へと向かう。

「先生、聞きたいことがあるんですけど」

「ん?ああ、王園か。そういえば昨日お前ジュンクにいなかったか?」

「いません、いませんでしたヨッ」

「ふむ、そうか。で、何だ?」

「この本について教えてください」

と言って「共産党宣言」を見せる。

「ほう、お前勉強熱心だな」

授業は聞いてないんだけどね。

「まずこの本はつまり何が言いたいんですか?言葉が難しすぎてよくわからないんですが」

「それはネタバレをしてくれということか?…わかった。かい摘まんで説明してやるから、細かいことは自分で考えるんだぞ」
「つまりマルクスとエンゲルスが『共産党宣言』で言いたかったことはこうだ。『☆』わかった?」

「わかりました!」

と言って私は例を言い、急いで学校を出た。

そのままバイト先へと向かい、その日のバイトが終わった時私は店長にこう言った。

「店長!バイト辞めさせて下さい!」

私は言い終わらないうちに店舗から走って出た。

「え?ちょっと!」

と呼び止める店長の声がしたが、振り向かなかった。

帰り道、私は好きな歌を口ずさみながら自分に言い聞かせた。

これでいいのだ
これでいいのだ
これでいいのだ
これでいいのか
これでいいのだ

と。





問い ☆を埋めなさい。


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