じゅるり……夜のマンションに、妖しい音が響き渡る。

その音を発したのが自分の唇と舌であることを認識するのに、少年はさらに時間を要した。
もし母ちゃんが近くに居たなら、下品だとかマナーがなってないとか言われて叱られるんだろうな…と、そんなとりとめもないことを考えてしまうのは、緊張に舞い上がった心の裏返しなのだろうか。

でも…—少年は考える—…でも、まるっきりそんな状況じゃないんだけどね、と。
両親は出かけているからと学校帰りに彼女からお招きされ、ホイホイついていったところまではいいんだけど。
…ふむ、こんなことになるとはね。どうしたものか…

—どうしたの?

彼女の声が降ってきて、思索の海に沈もうとする少年の頭は否応なく、その淵から現実に引き戻される。反射的に頭を上げると、彼女の焦れったそうな目線とかちあった。
早くしてくれ、と言わんばかりの目線と。

……。
……。

そのまま見つめあうこと十数秒。なんとも言えない気まずさが部屋に流れる。
押し負けるようにして、少年は視線を元の位置に運んだ。

…それにしても魅惑的だな、と少年は思う。ほど良い色をしたそれは、今にもトロトロと汁が溢れてきそうで、ほのかに香るはレモンのような酸っぱいにおい。
おいしそうだ。少年は純粋にそう思いながら、思い切りにむしゃぶりつきたい気持ちを理性はあと一歩のところで堪えた。

少年の俊巡する様子を見てか、彼女が恥ずかしそうに呻き声を上げる。そういう仕草にも少年は愛しさを覚えてしまうのだが。

…あんまり焦らすのは、かえってプレッシャーだよな。
覚悟を決めないと。少年は問うた。

—いいかい?

こくん、と彼女は頷く。そのために呼んだんだもん、とその可憐な唇は読めた。
言い表せないほどの感謝とぬくもりが体を包んだ気がした。少年の心は、既に固まっていた。
いつしか心臓の激しい動悸も収まっていた。ごくりと生唾を飲み込み、はやる気持ちを抑えながら少年はゆっくりと手を伸ばし…




彼女のお手製唐揚げを、ぱくりと頬張ってみた。


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