人は文明と科学とともに進化し続けた。
 その力は何度も地球を滅ぼそうとすることと救おうとすることを繰り返した。
 そして、無限に成長し続けるかと思われたその力は全知全能に近づこうとしていた。
 それが神の逆鱗に触れたのかは分からないが、神あるいは森羅万象の裁きとでもいうようなことが起きた。
 かつてバベルの塔を作り神に刃向かった人間に、またしても己の力を過信するのかとでもあざ笑うかのように。
 合理性と機械にまみれていた世界は雲のような得体の知れない何かに覆われ人は気を失い、次に人が気づいた時にはほとんどの人は世界から消えていた。
 大地からほとんどの機械といった文明の象徴であったものは消え去り、緑に覆われ、かろうじて残されたのは一部の古典的建造物ぐらいだった。
 わずかに残った人々は新たに生まれていた人達の存在に気がつく。
 かつてあった世界の事を何も知らず当たり前のように生きているその存在を彼らは恐れたが、それ以外はかつての人と全く同じ見た目で同じ考え方を持っていて人に違いなかった。
 何もかもが変わっていた世界を人はゆがめられた時代—Colored Age—と呼んだ。紀元前Ante Christum、ACをひっくり返したそのアナグラムに人々は悲嘆した、神はもういないのかと。
 科学を知らない彼らと科学を知っていた人には少しだけ違いがあった。
 一つとなった大陸しかない世界の果ては崖になっていてその下には闇が広がっていた。
 新たな人達は本能的にそこにいくことを拒絶していたが、大地が球体であったことを知っていた残された人々は大陸が平面なはずはないと怪しんだ。
 ついにある時一人が飛び降りるとその姿は闇に消えたかのように見えた。
 数日後、彼は大地から飛び出してきた。地面から突如文字通り飛び出てきたのだ。彼は言った。
「俺たちのいた世界があった」と。
 その言葉を皮切りにかつての人々は彼らにとっては故郷、新たな人達にとっては新世界の探索、研究を始めた。
 おびえることなく崖から飛び降りていく彼らを新たな人たちはフライヤーと呼んだ。
 飛び降りたフライヤーは新世界の天井にある海からランダムに落ちるように現れ、ばらばらにされて宙に浮くかつての世界の一部から遺物を集めて、真下に広がる空に飛び降りるとどういうわけだかCA世界の大地からほぼランダムに飛び出る。どこにどのくらいの高さから飛び出るか分からなかったから最初のうちは怪我人や死人も出た。
 フライヤーはもちろん向こうの新世界に居座ろうとしたが、昼夜逆転した新世界では夜になると海が落ちてきて強制的に戻されるのでどうしようもなかった。CA世界からは日中にしか飛び降りれず、その時間以外に飛び降りると人は行方不明になった。
 飛び降りることにはそれ相応のリスクがあったのだ。
 また、新たな人たちはフライヤーのように飛び降りてもいつであろうと行方不明になったが、彼らにしかない力もあった。ゲートと呼ばれる彼らにしかわからない模様の集合によって大地にフライヤーが帰還する場所を少しだけ固定できたのだ。
 これまでに分かったことに新世界とCA世界が少しだけ位置的に対応としているということがあった。近場にゲートがあればそこから安全に帰還できるということだ。
 やがて要領がわかってきたフライヤーとゲートを作ったゲーター達の中にはチームを組んだりして遺物を売って生計を立てるようになった者たちもいた。
 そうして時が経つとだんだんと、かつての人と新たな人は互いを人種のようにささいな違いと思うようになっていった・・・・・・

C.A.6

 夕方6時ごろにコンビニに行くと人は客のおばあさん一人と店員が一人いるだけだった。
 何も持たないままレジに向かう。目の前のおばあさんがお金を支払って、買ったものとレシートとおつりをもらう。おばあさんが日傘とエコバッグを持って左の入り口に向かって歩き出すと同時に俺は一歩踏み出す。おばあさんと目が合うが彼女もおそらくはフライヤーなのだろう、だいぶ年配だが。おばあさんはにかーっと笑って出ていった。
 顔をレジに戻すと店員と目が合った。若い女性だった。とっさに少し下に視線をずらして、ついでに名札を見るとバイトのようだった。
「からあげチャンのレギュラーを一つ」
 噛むことなく注文を言えてほっとするが、それは早計だった。
「すいません?何味ですか?」
「えっ、あ、ああレギュラーです」
 まさか聞き返されるとは思わなかった。語尾で声が小さくなっていたようだ。とりあえず噛まなくて良かった。
「かしこまりました。少々お待ちください」
 そういって女性店員はすぐ横の保温ケースから紙パック詰めのからあげ5個セットを取り出しに行く。その間に俺は財布から小銭とポイントカードを取り出す。袋に入れられたからあげとともに女性店員が一メートルにも満たないそのカウンターの向こう側を戻ってくる。
「お会計210円になります。」
 何も言わずにカルトンにカードと代金210円ちょうどを置く。
「カードをお預かりします。」
 女性店員はさっとカードをスキャンする。
「ポイント値引きはご利用ですか」
 来た。予想していた次の会話だ。
「や、いいです」
 どもりもせずに言えた。
「かしこまりました。代金をお預かりいたします」
 女性店員はカルトンにカードを戻し、代金を取る。
「210円ちょうどお預かりいたします」
 彼女がキーを押すと軽快な電子音がレジから奏でられた。
「あっ、アタリです。からあげをもう一つサービスです。今後とも当店自慢のからあげチャンをよろしくお願いしますね」
 なんと微妙なアタリなのだろうかと思っているうちに紙パックの中にからあげが足される。
 彼女がもう一度キーを押すとガシャッとレジ下の引き出しが開いて代金をいれる。そしてまた閉めるとさっとレシートを切り取って俺に渡す。俺は手が触れないようになるべく自然に受け取る。次にからあげチャンの入ったレジ袋を渡される。これも上手く受け取る。
「ありがとうございましたー」
 買い物を終えた俺はレシートをポケットに突っ込むと出口に向かって進みだす。ほんの数メートルでもう出口だ。
 あと一メートル・・・自動ドアの上のセンサーが俺の反応して開きだす。
 唐突に後ろから声がかかった。もちろんさっきの女性店員だ。
「ご来店ありがとうございましたー!またのご来店をお待ちしております!」
 つい振り返ってしまった。もう一度目が合う。彼女は微笑んだ。俺は何かを言おうとした。でもあきらめた。
 元気で、いい店員だなと思った。でもそれだけだ。
 この世界の住民は外に気がつかないかのように振舞う。フライヤー達が何度も状況を説明しようとしても聞こえないかのように無視し続ける。
 どうやっても新世界の住民はCA世界に連れて行けない。力づくで連れて行って空に向かって飛び降りても大地から飛び出た時には消えているのだ。
 同じ対応を繰り返すこの世界の住民を俺らフライヤーは怖れてロボットやCPU、NPCのような存在だと思うようになっていた。・・・それでも時々彼らの世界が懐かしくなる。
 夜は近い、もう行かなければならない。

 開いた自動ドアの先には街なんてものは存在していなかった。そんなことは来る前から分かっていた。そこから俺は来たのだから。
 目の前には暗い空が広がり、下には雲と空が海のように広がり、上には夕焼け色の海が空のように広がっていた。ところどころに岩山が突き出ているがどこを見渡しても空か雲か海が広がるだけだった。もっと遠くに行けば別な遺産建造物があるかもしれないが移動する方法はない。
 自動ドアの先に地面はない。風が店の中へと向かって吹いていた。レジ袋がたなびく。
 臆することなく俺は勢いよく一歩目を踏み出して何かに乗ろうとしたが足は何かに触れることはなくそのまま落ちていく。もう片方の足でコンビニからふみきって飛び立った。からあげを落とさないようにこれもポケットに突っ込んだ。
 落下。落下。落下。落下。落下。
 空を切っていく身体をひねらせ今さっき飛び出した上を見上げる。宙に浮く巨岩に乗ったコンビニからはネオンが光り輝いていた。
 落下に伴う風が身体を押し上げているかのような錯覚にとらわれる。身体をまたひねってまた仰向けになって下を向く。
 両手を広げた。鳥にでもなったかのような気分だ。しかし飛べるはずもなく目の前に広がる空が迫ってくる。加速していく。
 落ちていくのにあわせるかのように周りの景色が暗くなっていく。もうすぐ夜だ。早くしないと海が落ちてくる。
 と、思ったのもつかの間で視界が真っ白になった。雲に入ったようだ。絡まるようなやわらかい水蒸気の粒で落下速度がゆるまっていく。
 足を上に向けて頭を真下に向ける姿勢になって脱出に備える。髪が顔に張り付いてくすぐったい。長年の経験から雲を抜ける時間まで頭の中でカウントを始める。目を閉じた。
 3、
 2、
 1、
 身体に今まで感じていた落下とは逆に急激な重力がかかる。風が、空気が変わった。ハッと目を開く。上に青空、下にアスファルトでコーティングされた円形の広場が広がる。広場にはよく分からない模様が色々描かれている。改めて空中に飛び出した自分の位置を確認する。地面からの高さは一メートルぐらい。
 華麗に着地を決めた。足裏に大地を感じた。広場の外から乾いた拍手が聞こえた。
「ひゅ〜っ!ベテランだねえ、君」
 声の方向を見るとサングラスをかけた中年の細身のおじさんがアロハシャツと短パンをはいてこちらを見ていた。こちらの世界で向こうの世界の服を着ているとは相当な物好きのようだ。
「受け入れに感謝します、ここは?」
「A-17ブロックだ、君の所属は?」
 A-17なら、家までそう遠くはない。今日はツイてると思った。
「一人です」
 サングラス越しにおじさんが驚くのが分かった。一人で単独行動をするのも、ましてやまだ成年かもわからないような見た目でいまどき危険の伴うフライヤーをやっているというのは珍しいからだ。
「へえ〜君が例の・・・」
 初対面のゲーターには大抵同じような反応をされるが、外回りで帰るのは久々だったからその反応も久々だ。
「そんな大したことじゃないですよ」
 俺はポケットから財布を取り出そうとすると、そのおじさんに止められた。
「ウチは通行料はタダだから払わなくていいよ」
 外回りでタダのゲートとは珍しい。商売目的のゲーターではないのだろう。
「そっ。オレは趣味でやってるのさ」
 俺の思考を読み取ったかのようにおじさんが答える。
「それで通行料の代わりといっちゃあなんだが向こうの土産話をしてくれよ。それが俺の楽しみでさ」
 合点がいく。
「なるほど、わかりました」
 俺は広場の縁の柵を越えておじさんの隣に座った。そこでポケットが暖かいのに気づいた。原因のからあげチャンを取り出す。爪楊枝は二本付きだった。気が利く。一本を一つのからあげに刺しておじさんに差し出す。
「食べます?」
 おじさんは興味津々な顔でそれを見る。初めて見るようだ。
「これは?」
「からあげっていうものです」
「からあげ?」
「はい。鶏肉を小麦粉とかでまぶして油で揚げた料理です。おいしいですよ」
 ほうほう、と言いながらおじさんはからあげを受け取るとそのまま口に運んだ。
「おおっこれは美味いな!初めて食べる味だ、フライドチキンとは少し違う」
 やはりこっちの世界の普通ではからあげは普及してないようだった。それでも鶏肉やフライドチキンを知っていたのは、さすがはゲーターか。この世界に人以外の動物は少ない。
「醤油で味付けしてあるんですよ、日本独自の味です」
「ショウユ?ニホン?あまり聞かないがそれ自体はおいしいのか」
 物好きでも醤油は知らなかったようだ。
「醤油はソースの一種で日本は向こうの地域の名前です」
 おじさんは愉快そうに笑った。
「はっはっは、ニホンは食べ物ではなかったか、それにしても癖になりそうな味だ」
「ええ。向こうでこれを売っているところを見つけたら俺もいつも買ってますから」
 またまたおじさんは笑った。
「それもまたフライヤーの楽しみの一つってことか、うらやましいもんだ」
 その後も向こうの話をするとおじさんが喜びながら聞いていた。一時間ほど話してそろそろ帰ろうかというときおじさんが立ち上がってちょっと待つように言うので待っていると、すぐに何かを取って戻ってきた。おじさんはそれを俺に手渡した。
「これは・・・!」
 長方形の小さなプレートにA-17と刻まれていた。裏にはよくわからない模様が刻まれている。かつての人々は不思議なことにどうやってもその模様も仕組みも理解することは出来ない。
「ウチの通行証だ、近くから帰還するときに使える。ぜひまた立ち寄って話をしてくれよ」
 通行証はそう簡単に渡せるものではない。
「あ、ありがとうございます!」
「いやいやこっちも面白い話が聞けて何よりさ、向こうの食べ物も食べられたしね」
 手厚い歓迎に感動して何度もお礼を言ってゲートから出ていく。

 扉から出ると後ろを見上げた。巨大な円柱型の建物がそびえ立っていて大きくA-17と書かれている。この内側はさっきのゲートだ。外回りから帰るときはまた来たいと思った。
 気持ちを切り替えて家に帰るために周りを見渡す。まばらに木が生えていて地面の茶色い土や青々とした草むらに木々のすき間を縫うようにして日が降り注いでいる。こっちは昼間で向こうは今、夜だ。
 円柱のすぐ近くに案内看板が立っていた。自分の家があるF-14を探す。地図を頭に入れる。歩いて1時間くらいだろう。これがZブロックだったりしたら帰るのに何日かかるかわかったもんじゃない。
 別に急いでいるわけでもないので、寄り道をして帰ることにした。歩き出す前に残り五個になっていたからあげを一個取り出して口に放り込む。ほとんど冷めていなくてちょうどいい温度だった。ジューシーな味が口に広がる。
「うん。やっぱりおいしい」
 すこしだけ昔が懐かしくなった。
 どこに寄るかはそんなに考えるまでもなかった。知っている場所はそんなに多くない。
 明るい森の中につながる道の中からCブロックにつながる一本を俺は歩き出した。
 歩いていくと異世界に来たような気分だ。世界が違うとかそういう意味ではなく見慣れない場所と言う意味でだ。かつての世界にこんな自然があふれる場所はなかった。バーチャルや映像でなら見たことはあっても本物は全然違う。心の奥まで澄んだ空気が行き渡る。
 不意に道端に何かを見つけた。草むらにうずくまるのは猫だった。むこうもこちらに気づいた。目が合う。
「にゃあ」
「にゃ、にゃあ」
 恥ずかしい。つい真似をして返事をしてしまった。灰色一色の猫だった。黒でもなく白でもないその色は幸運も不幸も呼ばなさそうな無難な色だった。それにしてもCA世界で猫を見るのは初めてだ。といっても元々野良猫なんて不衛生だと言われて徹底駆除されていたのだが。
「お前も一人なのか」
「みゃあ」
 返事、をしたのだろうか。近づいてひざを曲げて目線の高さを合わせても猫は逃げ出さなかった。人に慣れているのか人を怖れないだけなのか、そんなことを考えたが動物そもそもの習性が同じとは限らないのかもしれない。
 猫はゆっくり歩いて俺のほうにすり寄ってきた。
「みゃうみゃう」
 愛らしい肉球のついた前足で猫は俺のズボンのポケットを引っ張った。
「うん?どうかしたのか」
 そのポケットにはさっきのからあげが入っている。
「お前もからあげが欲しいのか」
「にゃお」
 また返事をしたのかと思わせるかのようなタイミングだった。からあげチャンの入った袋を取り出すと一個を手のひらに乗せて猫の目の前に差し出した。それまで静止していたから案外行儀のいい猫なのかもしれない。
 嬉しそうにからあげを俺の手のひらからふがふがと食べる猫はかわいかった。
 このままだとずっと見とれていそうだったので振り切るためにも立ち上がって道をまた進もうとするが、猫はちょっと後ろをついてくる。くそっ、かわいすぎる。
「一緒に来るか?」
 さっきから猫相手になぜ話しかけてしまっているのかは自分でも分からなかったが、今度は返事のような鳴き声は聞こえなかった。猫はささっと走ってくるとそこが居場所だと言うかのように横に並んで歩き出した。
 俺と猫はお互い何も言わずに歩き続けた。心は通じているかのように。

 森を出るとCブロックに出た。Cブロックの人口はそこそこ多い。といってもかつてに比べれば全人口そのものが圧倒的に少ない。
 目の前には広大な湖が広がる。湖の上には木で組まれた足場の上に民家が並びそれぞれが橋でつながっている。何度見ても自然と人との調和を感じる。
 物知り顔で橋を渡っていくとすばやい動きで猫も俺の後ろをついてくる。水面に映る自分と猫の姿が妙にしっくりきて面白かった。
 ある家の前で止まると呼び鈴をならす。きらきらしたその音にすぐ返事があった。
「誰ー?」
「俺だよ」
 ガチャンと勢いよく扉が開くと同時に男が飛び出してきて俺の首に手を回してそのまま中に引っ張っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待て」
「んだよーもうみんな来てるぜー」
「みんな来てるのか・・・じゃなくてこいつも中に入れていいか?」
 俺は突然出てきた男に怯えて俺の後ろに隠れている猫を指差して言った。
「あーっ!!」
 男は大きな叫び声をあげた。猫はさらに驚いて後ろ手に下がろうとするので抱き上げて腕に抱え持った。
「知ってるのか?」
 男は首を大きく縦に振る。
「知ってるも何もそいつ最近ここいらで話題になってたんだよー。森から出てきては人が来るとビビッて逃げていってさー。何しに来てるんだろうねーって。まさかお前に懐くなんてなあ、無愛想者同士なんか惹かれるとこがあったのかなー」
「無愛想は余計だ」
 男は笑った。
「それを無愛想って言うんだよ。まー何はともあれ入りなよ」
 奥へ行くと広いリビングに人が十人ほど集まっていた。俺を見ると歓声が上がる。彼ら彼女らは俺の多くはない友人達だ。ヒマを見つけては誰かの家に集まっては遊び騒いでいる。もちろん俺以外は新たな人たちだ。
「おおっ!孤高のフライヤー”一匹狼”様のお帰りだっ」
「やめてくれよその呼び方は・・・なんかぼっちの人みたいで嫌だ」
「そんなことないよ、カッコいいって絶対」
 一通りあいさつが済むと必然的にみんなの視線は猫に向けられた。
「きゃあかわいい!それってあの猫でしょ!なつかれたのあんた?」
「そんなところだ」
 触りたくろうとするみんなとそれから逃れようとする猫を押さえながらさっきあったことをかいつまんでみんなに話すとある一人が言った。
「名前付けたの?」
 みんなの好奇的な目がこっちに向いた。
「名前かー・・・つけてないな・・・うーん・・・クルウザかな」
 どっと笑いが起きた。
「何なのよ、その猫らしくない名前はー」
「いや、からあげあげたらなついたからカラアゲを三文字ずつずらしてみたんだが、変かな?」
 ぽかんとした目が向けられる。数秒の空白の後、納得される。
「めんどくさい名前のつけ方やなーもういっそクルちゃんでいいやん」
「おおーっクルちゃんいいなーっ」
 なんか勝手にいじられてしまった。一人がクッキー片手に猫に近づく。
「そーゆーことだからクルちゃんよろしくね」
 その甘い匂いに負けたのか猫は俺の腕から降りるとクッキーに近づき食べた。
「みゃお」
 みんなの顔が笑顔になる。
「かわいいなークルちゃん」
「いやまだ決まってないからその名前」
「いいじゃない。ねークルちゃん?」
「にゃお」
 またリビングが優しい笑いの渦に包まれた。全員の猫熱も冷めてくるといつものようにそれぞれがくつろぎ始めた。
 俺はふと気になった。
「そういえば猫ってこの世界にいるのか?」
 出迎えてくれた男が答える。
「そりゃーいるよー。でも普通はPとかQとかの北の遠いブロックにしかいないはずだからこの湖ではいい話の種になってたのさー」
「ふーん」
 それなら確かにこの一匹だけが森の中にいたのは不思議だ。はぐれ猫だったのかもしれない。そう思いながら丸くなって寝ているクルの背中をなでるとにゃごーとか喉を鳴らしていた。
「話は変わるけどさー何か収穫あったー?」
「いや特にないよコンビニにしか寄れなかったしな」
「こんびにかー便利だけど高くて小規模なお店だっけ?」
「よく覚えてるな」
 男はへへっと照れながら笑う。
「そりゃー僕らにとっては未知の世界の話だからねー一回聞いたら忘れないよ」
 横で話を聞いていた一人がこっちの話に混ざりに来る。
「ねえねえそのからあげってどんな味なのよ」
「どんな味かっていわれても鶏肉知らないからな・・・あっ」
 そこで俺はポケットにからあげチャンをいれたままだったのを思い出す。またまたビニール袋に入ったそれを取り出すと中のからあげは冷え切っていた。
「あっそれ、びにーるでしょ」
「欲しけりゃやるよ」
「ありがと」
 中の紙パックを取り出すとなんだなんだとみんなが集まってきた。
「なんやなんやいい匂いがするやんか」
 残り三個になっていたからあげをテーブルにあった空き皿の上に出すと、俺は手を天井に向かって挙げた。みんながその行動の意味を理解し身構える。
「最初はグー!」
「「じゃんけんっ」」
「「ぽんっ!!」」
 俺はグーで、パーを出したのはちょうど三人だった。勝った組は喜び、負けた組は残念そうにする。
「次はもっと買ってくるって」
 その言葉に全員が明るくなる。なんか純粋すぎて子供みたいな反応でこいつらといると調子がくるうというかなんというか。
 勝った組が冷えてはいたもののからあげを口にすると三人とも気に入ったようだった。からあげ万能説ここに誕生かもしれない。
「なんていうか力が湧いてきそうな味だね」
「あーそれは確かにあるかもな、弁当のおかずの定番だったし」
 そのあともドンチャン騒ぎは夜まで続いた。
 大抵が遊び疲れ果てて床や壁にもたれかかって眠りこけている。いつものことだが帰る気はさらさらないらしい。
「明日も休みだったか」
 俺がまだ起きていた家主の男に声をかける。
「そーだよー」
 この世界は全員が全員仕事に追われていたりはしない。巨大な企業なんかは存在しないし、せいぜいフライヤーとゲーターチームが団体を作っているぐらいでほとんどは自由に物々交換とかで暮らしている。
「そういうとこいいよな」
 男は不思議そうな顔をする。
「どーゆーこと?」
 時間に追われて機械的に生きていくあの生きているという実感があまりわかなかった生活とは違い、この世界は平和で穏やかだった。歴史に出てきた昔の人々はこんな生活をしていたのかと考える時がある。いつから人は時間を気にし始め、合理性のみを求めていったのか・・・。
「いやなんでもない」
 もっと不思議な顔をされるがすぐにそっかと言ってくれた。この世界はなんというか優しい。
 すだれをあげて外を見ると湖に月と星が映っていた。視線の先を上に向けると澄んだ空は満天だった。こんな星空を見られるのはこの世界になってからだけだ。
 今のほうが幸せなのかもしれないと思った。
 夕方になるとまだ早いが家には帰らずにあっちの世界に行くことにした。みんなに別れを告げて家を出る。
「出来ればからあげ頼むで」
 そう言った友人は厚かましいと横にいた友人にツッコミを入れられていた。笑いがこぼれる。
 寝ていたクルは俺が出ようとする時に跳ねるようにして起き上がりついてきた。
「すっかり相棒になったわね」
 クルはしれっと俺の横に並んだ。
「じゃー気をつけてーあっ今日もここでいいからねー」
 まだこの家に居座るのかと思いつつも返事をする。
「ああわかった」
 帰りを待つ人達がいるのはなんか嬉しい気がする。
 俺とクルは湖に背と尻尾を向けて歩き始めた。

 一時間ぐらい歩くと世界の果ての崖に着いた。周りに他のフライヤーはいないようだ。
 目の前に広がる底の見えない闇を見ながら初めて俺はあることに気がつく。
「クル、お前どうするんだよ」
 クルは何となくで連れてきたというかついてきたがここに置いてけぼりにしていいものなのか。
「にゃにゃ」
「うん?っておいっ!!」
 クルは走り出した。闇に向かって。
 急いで追いかけるがクルは飛び出してしまった。少し遅れて飛び出すと掴まえて胸に抱きしまる。
「にゃーお」
「ばかやろう」
 一人と一匹は闇の底に落ちていった。無我夢中でクルを抱きしめた。
 落下。落下。落下。浮遊。落下。浮遊。
 空気が変わった。おそるおそる目をあけるとちゃんと胸の中にクルがいた。
「よかった・・・」
 頭上には海が広がる。真下には何もない。遠くに空が見える。当然、時間は夜明けといったところか。
 ゆっくりと落ちながら毎度思う。この空間は遺産建造物が乗る浮き岩がある高さまではゆっくりと落下する仕組みはどうなっているのかと。
 周りを見渡すが一番近いところでもかなり距離がある。今回はハズレか、そう思った矢先、足が何かに着地した。
 今まで気づかなかったがどうやら氷が中空一帯に張っているようだ。
 ワールドフリージング・・・。夜に海が落ちて空が上がりその二つがぶつかり合うとき世界の中空に平らな氷山が出来るといわれている現象らしい。大抵は朝には融けているがたまにこうして残ることがあると聞いていたが実物を見るのはこれがはじめてだ。
 これは幸運かもしれない。
 クルも跳び出して氷の上に乗る。そういえばこいつがここにいられるということはもしかしたら・・・
「みゃー」
 クルが遺産建造物に向かって滑り出した。俺も急いで後を追う。
 滑りながらも到着するとそこは大きな複合型商業施設のようだ。
 正面入り口のエアコンのために小さい玄関を挟んで二枚ある大きな自動ドアから入るとがらんとしていて店内BGMだけが空しく響いていた。
 適当に物色して回ると大方はブティック系のようだったがその中に100円均一店を見つけたので迷わず入る。この世界の金が簡単には入らない今こういう店はかなりレアだ。
 商品を見ていくが電気を使う製品などははなから相手にしない。どういうわけだか向こうの世界に戻ると科学的な力を持つものは全て消える。
 商品のなかに鈴付きの首輪があった。
「クル、いるかこれ?」
「みゃあっ」
 同意と受け取ってかごに入れる。他にも使えそうなのを適当に入れていく。そこそこかごも埋まったとこでレジに向かう。
「いらっしゃいませー」
 必ずいる店員は商品を数えてながらレジ袋に入れていく。
「合計12点1260円になりまーす」
 ぴったり財布から取り出すとカウンター付属のトレイに置く。
「はい。ちょうどお預かりします。かわいいネコさんですねー」
 客に関係ない話をふる店員とはめずらしい。
「ええ、まあ」
 そこで初めて顔を上げてしっかりと店員の顔を見た。若い女性で—って!?
「えっ!?」
 俺のその声で向こうもこっちの顔を見た。
 間違いない。昨日のコンビニの店員と同じだ。
 こちらの世界の住人は絶対に移動しない。それが俺達フライヤーの共通の理解だったはずなのだが。
「あっ昨日の・・・」
 向こうも覚えていたようだ。一瞬彼女の顔が曇る。
「氷を通ってきたんですか?」
 女性店員はぎこちなく頷く。
「は、はい。この中にある同じ系列のコンビニに転勤になりまして。ついでにここも手伝ってくれって話になって」
 ということはからあげチャンがまた買えるということだ。またあいつらにからあげを買っていけることに舞い上がっていた俺は肝心なことに気がつかなかった。
 案内してくれるとい女性店員についていくと一階の奥にコンビニがあった。入ってくる時に気づかなかったのは奥だったからと納得する。
 そこでからあげチャンのレギュラーとチーズ味の二つを買う。今度は特にアタリも何も出なかった。
「またのお越しをお待ちしております」
 会計も終えると女性店員は見送ってくれた。彼女はあやしげに微笑んだ。—えっ?
 それに反応するかのようにクルが突然走り出したので俺は慌てて追いかける。なぜだか今彼女が含みのある笑い方をしたような気がする。
 クルは一直線に自動ドアに向かうが俺が追いついても開かなかった。
「無駄ですよ、逃げようとしたって」
 後ろから声がかかった。振り返ってしまった。もう一度目が合う。今度は間違いなく彼女は不敵に微笑んだ。
 彼女の右手には包丁が握られている。—何で?
 俺はさっきの会話を思い出す。『この中にある同じ系列のコンビニに転勤になりまして。ついでにここも手伝ってくれって話になって』・・・転勤?バイトが?そもそも誰にそれを言われたのだ?
 脳が高速回転するかのように思考を整理する。もしかしてこの世界の社会は生きているのか。そんな馬鹿な話があるかと思いつつ確信していた。この世界はフライヤーには見えないところで動いている。
 それがなんなのかはわからないが急に寒気がしてきた。この世界はまだ終わっていなかったのとか、俺らが向こうの世界に生き残ったのではなく行かされたのではとかそんな妄想がどんどん膨らんだ。
 クルが吼えた。
「シャーーーッ!!」
 女性店員に近づくなと言わんばかりに。
 しかし一歩ずつ包丁を構えて近づいてくる。俺は思考だけが空回りして全く動けなかった。
「死ね」
 自動ドアに背を張り付けるようにしていた俺に向かって彼女は走ってきた。
 これはヤバイかもしれない。かもじゃなくてもやばい死ぬ。
 俺に刃が届く寸前だった。
 ウイイイインという音ともに自動ドアが開いて俺は背中から倒れこむ。
 とっさに瞑った目を開くと仰向けになった俺のうえで包丁と傘が交差していた。傘?黒いその日傘に見覚えがあった。
 視線を自動ドアの外側に向けるとその先にはやはり同じコンビニにいたおばあさんが日傘一本片手で包丁を受け止めていた。
「ぼうず!」
 おばあさんは俺の首と肩の間を空いた手で服ごと掴みおばあさんの後ろつまり自動ドアの外側に引きずり投げた。なんて力だ。
「あんたはさっさとずらかりな!」
「ええっ!?」
 クルが俺の横に来ていた。急いで立ち上がると目の前の状況を確認した。ここは正面玄関の小さな空間店の中と外をつなぐ場所だ。その店内側の自動ドアを開かせたままおばあさんと店員がせめぎあっている。
「最初から怪しいと思ってんだよ私は。こんな世界がおかしいって。それであんたをつけてみればこういうわけさね」
「大した洞察力ですね、おばあさん。しかしそんな日傘一本で何が出来るっていうですかっ」
 金属音がしたかと思うと半分になった日傘が二人の間に転がっていた。なんて怪力だ二人とも。
「ちっ。傘じゃダメかい。また今度来るから覚えとくっちゃね」
 おばあさんは手元に残っていた日傘をおもいっきり地面に叩きつけるとバックステップしてこちらに来た。
「まだいたのかいあんたっ」
 おばあさんはそういってまた俺をつかまえて後ろの入り口から出ようとしたが自動ドアが開かない。
「内側からは開きませんよ」
「あらそうかい」
 何食わぬ顔でおばあさんは自動ドアにパンチをかますと強化ガラスが吹き飛んだ。何だこのばあさん。
「逃がしませんよ!」
 割れたところからおばあさんは俺を投げ出した。とっくにワールドフリージングは融けていて落下していく。上からクルが飛び込んできた。
「おばあさん!」
 上を見続けるがなかなかおばあさんが出てこない。大丈夫なのか・・・
「ほわちゃあああああああっ」
 叫びながら飛び出してきた。よかった・・・。
 さらに上から女性店員が悔しそうに見下ろしている。どうやら出られないようだ。
 そのまま俺達は落下していった。
 背中から雲に突入した瞬間視界が白色に染まり、俺は首にかけていたプレートを引っ張り出す。青白く光っている。どうやら昨日の位置と近かったようだ。頭を真下に向ける。
 強制的に身体がずらされるような感覚がした。
 勢いよく大地から飛び出る。華麗に着地を決める。
「ひゅ〜っ。通行証要請が来るから急いできてみればまた君か!一匹狼が猫と一緒とはめずらしいね」
「えっ?」
 昨日のおじさんがそこにいてくれた、のはいいのだが後ろにいたのはクルだけだった。
「おばあさんは・・・?」
「おばあさん?そんな人見てないよ、それに高齢者にフライヤーはむりだろうよ」
「そんなはずは・・・」
 一緒に飛び込んだと思ったのだが・・・まさか・・・おばあさんもあの世界の住民だったのだろうか。
「おばあさんがどうかしたのかい」
「いえ・・・大丈夫です。受け入れに感謝します。」
 おじさんは胸を張る。
「通行証もあげたんだから当然さ、で、今日はなんかあったのかな?猫が向こうから来るなんて不思議だ」
 おじさんに今度はチーズ味のからあげを一個あげてかいつまんで昨日からあった話をしていった。
「チーズをからあげに入れるってのは面白いアイデアだし、おいしい。」
 チーズも好評のようだ。猫のクルにはもっと驚いた。
「へえじゃあこのクルちゃんってのはフライヤーってことかい」
 正確に言えば残った者の一人・・・一匹なのだろうがそれを今はフライヤーと呼んでいるので実質そういうことになる。
「猫がねえ・・・もしかしたら他にもいるかもしれないな」
 その可能性は考えられなくもないが、そう簡単に見つけることは出来ないだろう。
 感謝しつつ急ぎ足でゲートを出るとまた森が広がっていた。今度は迷わず昨日と同じ道を進む。

 森の中の道を歩きながら色々なことを考えていた。
 あの世界はフライヤー達の中では過去の遺物が置かれているだけの不思議な空間という認識だったがそれを改める必要があるのかもしれない。
 色々な可能性を模索していると不意にクルが鳴き声をあげた。
「みゃーあ」
 鳴き声に誘われるようにして顔を上げると昨日のクルを見つけた場所のすぐ近くだった。
 人が一人、道の横の木にもたれながら立ってこっちを見ていた。中性的な顔立ちで中性的な体つきで年は15歳くらいだろうか。こんなところで何をしているのだろうか。
 そいつもこっちを見ていた。目が合うと、そいつの左目は燃え上がるような紅色で右目は透き通るような蒼色をしていた。全てを見透かされた、そんな気がした。
「一匹狼くん、いや×××くんだね」
 ——っ!そいつはやはり中性的な声で女か男かもわからないほどだ。それよりも驚くべきなのは過去の名前を知っていたことだ。漢字もないこの世界でなぜ俺の古い名前をしっているのだ・・・。
「驚かなくてもいいよ、別に怪しいものじゃないから」
 なだめるような口調で言ってくるが、俺の本能が何かを告げようとしているかのようだった。
「不思議でしょ?今のこの世界もあっちの世界も・・・そして昔の世界はどこに行ってしまったのかも」
 おかしい。なにかがおかしかったそいつは。
 その口調だとそれが何かを知っているかのようではないか。何者なのだ、心臓の音が間近に聞こえる。
 そいつはもたれかかっていた木から離れて微笑んだ。
「教えてあげようか?秘密を」
 クルがそいつの方に歩いていくとそいつはクルの両前足を両手で挟み込むようにして目線の高さに持ち上げた。ふむふむとそいつはうなずく。
「クルウザ・・・クルちゃんか。面白い名前をつけてもらったね。この世界は楽しいかい?」
 当たり前のようにそいつはクルの名を口にし、クルに話しかけた。
「にゃ」
 クルは返事をしたのかもしれない。
「そうか。こっちに来て正解だったね」
「にゃにゃ」
 さてと、と言いながらクルを下ろすとそいつはまたこちらを見た。
「それで、どうする?話を聞くかい?」
 その圧倒的存在に気圧されるように俺は頷いた。
「よろしい」
 パチンとそいつが指を鳴らすと目の前とイス二脚と丸テーブルが現れた。驚きのあまり声も出ない。
「さ、座って」
 言われるがままに腰掛けると、そいつは口を開き始めた。
「まずは自己紹介をした方がいいかな・・・やっぱり後でいいや、信じてもらえないかもしれないし。ま、落ち着きなよ」
 気がつくとテーブルの上にはティーセットと菓子がさらに盛り付けてあった。
「君はさっき向こうですごいもの見たよね、殺人鬼みたいな女と超強いおばあちゃん」
「ど、どうしてそれを?」
「そこは気にしないでよ、大抵のことは知ってるから」
 そういわれても気にならないわけがないが、とりあえずその気持ちを抑えて話だけに集中することにしよう。
「ものわかりが良くて助かるよ」
 そいつは紅茶をカップに注いだ。
「何から話そうかなあ・・・」
 その後そいつの口から聞かされた話は信じられないくらいぶっ飛んでいた。
 しかしそれで全てのつじつまが合ってしまう。
 そいつはゆっくりと語りだした。

 神は人を作ってそのあとの進化を見続けました。彼らがこの星の守り手にふさわしいかどうかを見極めるために。
 最初のうちは人は平和に暮らしていましたが、やがて自分たちの力を過信して神にも届くような塔を作りました。
 それに怒った神は言葉と大地をばらばらにしてしまいました。そうすると人々は世界各地に散らばって行きました。
  もちろんバベルの塔の話だ。でもね、続きがあるんだよとそいつは言った。
 逆にそれぞれの言葉で固まって集まった人々は国をつくりました。
 そして戦争が生まれて人は殺し合いを始めて、科学の力を人殺しにも使うようになっていきました。
  この時点で十分うんざりしてたんだけどね、とそいつは言った。
 さすがにその文明と科学の発展が地球を滅ぼし始めた時、神は後悔し始めました。
 それでもそれに気づいてやり直そうとする人間たちを見ているともう少し見守ってみようと神は思いました。
 でも、人は結局、空虚な力や利益に溺れ、互いに滅ぼしあい、反省することの繰り返しでした。
 ただ、地球が傷ついていくだけでした。
 ついに神は決断をしました。世界を作り直そうと。
 といっても一からやったのでは無駄が多すぎてしまい、その後どうなるかもわかりませんでした。
 だから、神は心という曖昧な、だけど確かなものを基準に人を分別しました。
  なんだかんだで、最後の審判みたいになったんだよね、とそいつは言った。
 神は世界を雲で覆い、一瞬で世界を作り変えました。
  ここはね、心の奥に純粋に生きることを欲していたものを集めたいわば、最後の砦なんだよ、とそいつは言った。
 神は新たに昔のように大陸一つ、言葉一つの世界に選ばれた者と新たな人類を混ぜ混ぜにして新世界を作り上げました。
 選ばれるに足る人の数は少なく人口は激減しました。
 むしろそれが良かったのか、神の思惑通り、人々は平和に暮らし始めました。
  文明と科学は一からやり直しだけどね、法則とかも全部変わったの。それが星と星とのルールだから、とそいつは言った。
 言ってみれば地球そのものが新しいノアの箱舟になったのでした。そのまま新世界をアークガイアと神は呼びました。
 さて、アークガイアに乗れなかった人達はどうなったのでしょう。
  消すのは持ったないからアークガイアの裏側に捨てたんだよ、それがあっちの世界、とそいつは言った。
 神は選ばれた者、フライヤーだけをその間を行き来することが出来るようにしておきました。
  どうしてだと思う?と、そいつは聞いた。俺はわからないと答えた。
 混沌とした世界の中でも残された人々は何とかして生きようとしました。しかし根が腐っている彼らはすぐにお互いの利権をかけて争い始めました。
 それを止めようとする人とさらに対立が起きて結局はまたしても戦争になりました。
 だんだんと過激化し始めたその世界は夜になると海と空で洗われました。
 そしてフライヤーが行く時にはその直後で大抵は無人となっているのでした。
  でもさ、彼らはシェルターとか作り始めてるんだよね、そろそろ飛行機とか復活しちゃうかも、とそいつはため息をついた。
  さっきの答えだけど、そうやって醜く争う彼らを見ることで、君達にはそうならないように願ってるんだよ。とそいつは言った。

「だいたいこんな感じだけど納得できた?」
 俺は呆然として聞いていた。
「さっきのおばあちゃんと殺人鬼はそれぞれ派閥があってその一員らしいよ」
 そいつの話によると向こうでは派閥ごとに領土が出来て攻防が繰り返されているとのことだ。
 言ったとおり全てを語るそいつの正体は俺が考えうる限り一人しかいない。
「そ、それじゃああんたは・・・」
 そいつは頷いた。
「そう。暇つぶしに来た神さまです、よろしく」
「んな馬鹿な・・・」
 理解しても信じられない。
「このアークガイア計画、予想外に上手くいって嬉しいんだよね。おかげで力がほとんど残ってないけど」
「力?」
「神っていってるけど、実際はこの地球限定の神だから、力にも限界はあるんだよ」
「へ、へえ」
 地球限定とか話がわけわからない。
「あらすじは分かってもらえたと思うから今の話を広めておいてね、そうすれば手間が省けるし」
「信じてもらえるわけがないと、思います」
 神さまはああ、と言うと俺を指差した。そしてグーにすると親指を天に向かって突き出した。
「がんばって」
 そういって目の前が光ったかと思うと神さまは消え去って何も残っていなかった。ただの森の中に戻っていた。
「夢・・・なわけないか」
 クルが足にすり寄ってきた。
 物を出したり消えたりの魔法のようなその力を思い出すと本当に神さまだったのかもしれない。
 でも、何で俺に話したのだろうか。また悶々としながら森を歩き出す。
 今の話を大陸中央でしょっちゅう開かれているフライヤー達の集まりで話すべきなのか迷う。
 神の意思に背くとどうなるかわかったもんじゃないが、勇気がいる。
 うなりながら考えていると湖に出た。
 とりあえずはあいつらのところに土産を持っていこう。そう思った。

「おかえりー」
「おっ!からあげ持ってきよったか?」
 温かい空気に歓迎される。
「ああ」
 からあげ、チーズからあげ、百円均一の商品を広げるとリビングはざわめきだった。
 すげーとか何これ、とかの声が上がる。
 楽しいひと時が過ぎていく。
 みんなも静まったころ、神さまから聞いた話をするとポカンとされた。無理もない。
「これ広めるべきかな」
「それがいいとおもうよー」
 みんなは広めるべきだと言ってくれた。そもそも
「信じてくれるのか」
 みんなは笑った。
「何で信じないのさ」
 嬉しかった。こんな馬鹿げた話を信じてくれるなんて。
 外を見るとまた月と星が綺麗に瞬いていた。

 それから一ヶ月あまりの間、大陸に衝撃が走り続けた。
 俺の話を最初は信じようとしないものも多かったが、だんだんと受け入られていった。
 信じてくれそうな人々が選ばれた、素直にそう俺は思った。
 ほとぼりも冷めるとかつての聖書のように、伝説のようにその話は語り継がれるようになった。
 もともと自分達が選ばれた存在だというのだから信じられやすいというのもあったのかもしれない。
 同時に新たな世界の法則を探ろうと研究しようとするものなども現れた。
 たとえ科学が発達しようともこの世界が戦争の舞台となるようなことはないだろう、みんながそう思っていたから、戦争は起きなかった。
 ゆっくりとだが変わっていく世界。
 かつてのようなあわただしい世界とは違う優しい世界。
 それからというもの、人々はこの世界ゆがめられた時代—Colored Age—ではなくこの時代を—Color Age—色とりどりの世界、と呼ぶようになった。
 ついでに俺がからあげをこの話とともに伝えると日常的な料理となり、世界に喜びが一つ増えた。
 ColorAge。めんどうくさいので人々はこの時代をカラーアゲ、から文字って”からあげ”と呼ぶようになった。

C.A. to Forever.
からあげよ永遠に。


トップに戻る