締め切りに追われる作家、というのは創作の世界の中にも頻繁に登場するキャラクターである。
私もそうした普遍的登場人物と同様、締め切りに追われていた。
下久利という男が私にこの仕事を斡旋したのは10月初めのことである。毎号あるテーマに基づく雑誌を創刊するから、それに寄稿をしてほしい、ということだった。
創作というのは何を書くか、思いつくまでが佳境だ。そのテーマを向こうから提示してくるという。なかなか楽な仕事ではないか。私は二つ返事で引き受けたのだが、これが間違いだった。
「今回は、『唐揚げ』がテーマだ。締め切りは10月末」下久利からそんなメールが送られてきたとき、私はそう感じた。
唐揚げ。唐揚げ…?一体そんなテーマで何を書けというのか。奴はとち狂ったのか。
私がそう考えても何ら不思議はないだろう。
結果、私は10月31日の夜になっても何も書けずにいた。なかなか楽な仕事ではないか、と言っていたのはどこのどいつだ。自分の計画性の無さには嫌気がさす。
唐揚げでも食べたら何か思いつくだろうか…そう考えて、私は気分転換、もとい現実逃避に外に出かけることにした。
財布を持ってスニーカーに足を入れる。準備万端、さあてどこに食べに行こうかと思っていると、呼び鈴が鳴った。
人が出かけようとしているときに誰だいったい、イライラしながら扉を開けると、
「とりっくおあとりーと!」
そこには少女がいた。
「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ!」少女が自信満々に言う。
そうか、今日はハロウィンか。独身で子供もいない私にとっては縁のない行事であり、そんなことのために海馬を使用するのは避けていたが…、そんなことはどうでもいい。
私にとって重要なのは、少女の仮装だった。
「君、それって何の…?」
「これ?からあげクン!かわいいでしょー」少女はモデルのようにくるっと一回転した。赤いとさか。黄色いくちばし。申し訳程度の尾羽。確かにからあげクンだ。
「なんでそんな仮装を…」
「だってかわいいもの」お前にはこの素晴らしさが分からないのか、という感情を表し、少女は眉を吊り上げた。「そんなことより、お菓子?いたずら?」
悪戯…。唐揚げのネタが思いつかずに唐揚げを食べようとしたら唐揚げの少女がやってくる。神の悪戯としか言いようがない。
「ねえ、勝手にとっていい?」どうやら私は無意識に頷いていたようだ。少女が居間に向かっているのがその証拠。
「お菓子どこー?」「わたし、トッポが好きなんだー」
歩くたび、からあげクンの仮装がバランスを崩させるのか、少女は左右に傾く。ふりふりと動くお尻。小柄な体。
言っておくが私に幼女性愛の趣味はない。父性愛も持ち合わせていない。だからこんな状況になっても手を出す気はさらさらなかった、のだ……そう。手を出す気はない。「私」は。
「トッポない…」俯き気味の少女。髪がさらさらと揺れる。まじまじと見つめてみると、なかなか顔立ちの整った女の子である。念のため再度申し上げておこう。襲う気はない。
「お菓子ない…しょうがないなあ、じゃあいたずらだねー」そういうことになるのであろうか。しかし悪戯とはいったい何をするのだろう。この際悪戯など甘んじて受けよう。私は、これから起こることは恐らくは小説の種になるであろう、と考えていたのだ。
「うーん…じゃあ、食べて?」と少女。食べて、とは?
「わたしを」なるほど、君を食べる、と……。ん?食べる?君を?え?
「それでは悪戯になっていないじゃないか」と私。「べつにわたしがいたずらされる側でもいいよねー」と少女。理屈は、……まあ……一応は…通る。しかし眼前の少女はどう見ても少女。アグネス・チャンによる囮捜査かと勘違いするレベルの年齢だ。私もお縄は勘弁願いたい。
「だいじょうぶだよ、わたし今からあげクンだから」「からあげを食べても、何もおかしくはないでしょ?むね、もも、お尻、ぜんぶお肉屋さんに売ってるもの。ね?」そういうことか。私はあくまでからあげを食べるだけ。柔らかい胸肉を味わい、もも肉に舌を這わせるだけ。
私は思う。この少女は、最初からこれが目当てだったのではないかと。何を思ってその年齢であたら惜しい純潔を散らせようとしているのかは分からない。しかし彼女はそれを望んでいる。私はからあげを食べにいくところだった。目の前にはからあげがある。据え膳食わぬは男の恥であろう。
私は決意した。
「いただきます」
「trick or traet—犯してくれないといたずらしちゃうぞっ」
(未完)
トップに戻る