現状を詳しく説明しようとしたらそれだけで携帯読者が辟易するような量の文章が形成されてしまうだろうから、ここではあえて過程を省略しようと思う。何故こんなことになっているか、そんなことはどうだっていい。重要なのは結果だ。
簡潔に言おう。僕は二次元世界にやってきた。
僕は現実に辟易していた。靴底のガムの様にへばりつく人間関係。夢も希望もない周囲の異性のレベルの低さ。そして二次元文化に対する腫れものを触るような扱い。全てが嫌いだった。 だから、僕は二次元世界への移住をずっと夢見ていた。二次元には希望がある。夢がある。何より可愛い女の子がいる。毎日PCの画面に頭突きした。時にはディスプレイを貫通した。けれど僕の身体・意識は未だ三次元世界に存在している。
ある日、いつものように頭突きを繰り返していると、目の前に神が降臨した。 彼は名前を下栗というらしい。神にも一般人みたいな名字があるということを初めて知った。
彼は「変態的妄想をつかさどる神」らしい。リビドーが一定以上に達し、犯罪一歩手前まで妄想が進んでしまった人間の前に現れ、その願いをかなえることで世界の均衡を保つのだそうだ。 僕はにわかにはそれを信じることはできなかったが、彼がPCの画面に入った後「聖なるかな!聖なるかな!」と叫びながらアニメキャラと行為に励む姿を証拠として見せてきたから、それはもう疑いようのない事実として受け入れられた。
さっそく僕は下栗に願った。僕を二次元世界の住人にしてくれ。ただしBLはやめてくれ、と。
彼は快諾した。すると僕の意識は遠のいていき、次に目を覚ました時、僕は知らない学校の校庭に倒れていた。まだここが二次元かどうかは分からない。もしかしたら僕の知らない遠いところに拉致されただけなのかもしれない。改めて考えると恐ろしくなったが、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。
僕を心配そうに見ている3人の美少女が周囲にいたからだ。こんな娘が現実に存在するはずがない。もう1つ理由を挙げるなら、彼女たちの履いているパンツが横縞やいちご柄だったからだ。倒れている僕からはスカートの中身が丸見えだった。どうやらその視線に気づいたらしく、僕はそのうちの1人に蹴られた。痛いはずなのに気持ちよかった。
僕は彼女たちに自分が記憶喪失で今どういう状況なのか分からない、と言った。これが一番手っ取り早い方法だと思った。僕が分からない情報は彼女たちに解説してもらえばいい、これは僕が記憶喪失系のフィクション作品から学んだ知恵だった。
3人の中で1番幼く見える子が説明してくれた。あなたはこの学校に通う高校2年生で、1学年下の私とと一緒に登校している際に急に倒れたのだ、と。その際、頭から地面に突撃し、相当な鈍い音がしたそうだから、彼女は記憶喪失なんていうばかばかしい設定も信じる気になった、と言った。
残りの二人が、何をいっているの彼は私と一緒に登校していたのよあなたじゃないわ、と反論した。勝手に口論を始めたのでそれを傍観していると、片方はお隣さんで幼馴染の少女、もう片方は学校で知り合った1学年上の先輩なのだと分かった。なるほど、この世界はどうやらハーレム物らしい。瞬時の世界観把握も僕の経験の賜物だった。
それから、僕は一般的な記憶喪失系主人公と同様の日常を歩んでいった。
幼馴染が帰り道も分からないんでしょう私がつれてってあげる、と僕と一緒に帰宅したがり、後輩がせんぱいわたしおいしいケーキ屋さん見つけたんですよ一緒に行きましょうと腕を引っ張り、先輩があらこの子はわたしと本屋に行く約束だったのよあなたたち残念だったわねと冷たい笑みを浮かべる、そんなゲームみたいな日常が本当に進んで行った。
勿論、その過程での好感度上昇作業は順調だった。僕は選択肢の判断を誤ることはなかった。おかげでこちらの世界に来てから3カ月ほどたつと、彼女たちがゲームでいう「終盤」の状態に近付いていることが分かった。
まずは幼馴染に告白された。
わたしたち小さい頃からずっと一緒だし、これからもずっと一緒にいようね、と頬を染め照れくさそうに笑う彼女はとても魅力的で、ここでルートを確定してしまっては残りの2人との甘い日々が送れくなると分かっていながらも、僕は彼女の告白を無下に断ることはできなかった。
どうやらこの世界は全年齢対象ではないようだった。一定年齢以上を対象とする二次元作品では、告白の後に「行為」があるのは定石で、この幼馴染も例に漏れることはなかった。
こうして、夕方、僕の部屋で、僕の純潔は彼女に奪われ、彼女の純潔は僕に奪われた。
僕も思春期の少年であるので、一度その悦びを知ってしまうとやみつきになってしまい、次にできるのはいつだろうか、と、CGコンプリートを狙う少年のように情事を楽しみにするようになった。
しかし、それはなかなか訪れなかった。
この世界があくまで「二次元」だからである。
二次元世界では、行動は全てプログラミングされており、ある段階以降は何も行えなくなり、所謂エンディングが訪れる。恐らくこの世界は情事の後にすぐエンディングが流れるタイプだったらしい。彼女は次の日から動かなくなった。
好意を抱いていた人間の突然の停止。僕の心は少なからず動揺させられた。しかし、それも長くは続かない。
まだ、2人残っているからだ。
次は後輩に手を出すことにした。
後輩と深い関係に至るまでに、それほど時間はかからなかった。主人公補正、というやつだろうか。僕は1度経験してから好意にも行為にも、多少の慣れが生じていたので、今度は後輩の従順さを利用して少し特殊な状況にしてみた。
場所は深夜の公園を選んだ。後輩は躊躇しているようだったが、僕が抱きしめるとすぐにその気になった。
今度は、僕だけが彼女の純潔を奪った。
残るは1人。僕は先輩へと接近した。
下栗はどうやら僕の好みの世界に送ってくれたようだ、と先輩を攻略しているときに思った。僕のなかでの理想と、彼女たちの外見・内面がほとんど一致していたからだ。僕の中では先輩というのは主人公をリードする、少し淫乱気味な美女、というイメージだった。言うまでもないだろうが、彼女はその通りの人間だった。
僕は放課後の教室で彼女に襲われた。
すごかった。
僕が彼女の純潔を奪ったのに、なんだか僕が奪われたような形になった。
こうして僕の周りの女の子はいなくなった。
彼女たちはモブキャラと変わらない扱いになってしまった。そして、僕の生活も現実と何も変わらなくなってしまった。
僕は、今更現実が恋しくなってきた。
確かに二次元の世界は素晴らしい。可愛い女の子が特に理由もなく僕のことを好きになってくれて、僕の願いをなんでも聞き入れてくれる。僕の欲望をすぐに解消してくれる。けれど、それも一時的。
現実では、1つのゲームに飽きても次のゲームを買えばいい話だった。あの世界は、攻略するヒロインだけは手に余るほど存在していたから。僕は主人公と彼女の行為を画面越しにのぞき、自分を慰めることしかできなかったけれど。
二次元世界では、対象のヒロインを攻略した後は僕もただのモブキャラだった。
試しに他の女の子の攻略をしてみたこともあった。けれど、上手くいかなかった。彼女の好感度は僕に向けて「設定」されていなかった。
気は済んだかい、と下栗が尋ねてきた。
俺たち神だって、人1人をずっと架空の世界に置いておくことなんて出来やしないんだ。所詮は一時的なのさ。君はもうすぐ現実に戻ることになる、またPCに向かうだけの日々だ、でもそれの何が哀しいんだい?君はPCから一方的にかわいらしいヒロインたちの行動を覗くことができる。替えはいくらでもある。そう考えると、現実もそう悪くはないんじゃないのかい?俺は、そういうマジックミラーの向こうから眺めているのだって十分恵まれていると思うがね。
彼は、そう呟くと僕の視界から消えた。
そして、僕の意識もまた、遠のいた。
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