—雪が、しんしんと降っている。


 指さす先にゆらめいた 上枝に明かり頬撫でる
 思い出こころ通せんぼ 景の穂さらり風に揺れ

 鴇色に染む小さな頬 ぽけっとの中愛しさは
 吐息のかげに牡丹雪 相思静かに昇りゆき
 淡いこころを高く積み 紡ぎて満ちた胸きらら

 記憶の中に流れゆく 深雪の秘めし比翼の芽
 ふたつの波は寄り添いて 薄氷の下身を宿す
 月を映した水鏡 夢幻の光たゆたえて
 ささめ泳いだひとひかり 星の舟背に乗せながら


—湖の上。女の子は、そこにずっと佇んでいる。


 絆を思う日のあれば それでよくてと言の葉は
 澄み切る雪を募らせた 下枝の影に降り積もる

 「そうね」となみだ浮く静寂 ぽろりぽろりと泣き虫屋
 「山紫水明だ」と詠う 目深帽子が雪に揺れ
 ここがいいねと天仰ぎ 夜を引き裂いて声あげた

 降り続きたる白雪を 託して流す細い指
 小舟に思いふたつ乗せ 小夜の波間を漕ぎ出でる
 抱き締めた迷子遥かより 近くに頷き顔埋め
 はらり雫は零れ落ち はじめて泣いた強がり屋


—星も月も、波も闇も、あのころと全く変わってなく。


 幸せのかず数えたら 指が足りなくなるほどに
 頬寄せ合わす隙の間を 埋めて流れる迷い星


—静けさは、女の子が立ち尽くす音さえ聞こえてくるようで。


 湖べりにあそぶ綺羅星は さざ波に溶け消え果てぬ
 やうやう光薄らいで 点滅に触れ映り出る
 二人の影は妙により 夢まぼろしに色染める


—星が、回る。


 彼方へと飛ぶ影帽子 光飛沫の中に消ゆ
 波紋に月は舞い踊り 糠星の川舟昇る
 澪のゆりかご静けさに 柔らな朧きらめいた

 薄氷に星ちりばめて 光り輝やきささめいて
 ふたりの影を消してゆく ふたつの思い消えてゆく


—飛んでく帽子はお星さま通せんぼ…ばいばい。


 記憶の中に流れ往く 深雪の秘めし連理の実
 何の摘みしか思い出ず 剥落の名残浮かぶのみ
 しあわせの意味と水漬き去り 遥かの時の向こうより
 舞い散る風花抱き思う あなたに会えてよかったと

 おもかげ遠く去りぬれど 「あなたに会えてよかった」と


—……っ…た…。

—どこからか声が聞こえた気がして、女の子は顔を上げる。


—雪が、しんしんと降っていた。

(注)
上枝…ほつえ 鴇色…ときいろ 深雪…みゆき 薄氷…うすらい 下枝…しづえ 静寂…しじま 天…そら 夜…よ 小夜…さよ 埋め…うずめ 湖…うみ 妙…たえ 飛沫…しぶき 糠星…ぬかぼし 朧…おぼろ 剥落…はくらく 水漬…みづき 風花…かざはな


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