句点ってのには、不思議な余情があると思う。
終わりを示して、文を完結させる点なのに、と考えると矛盾している気もするけど。
句点がついてる文を見ると、僕は安心すら覚えるみたいだ。
・・・でも、寂れた商店街の中で、『本日は終了しました。』なんて張り紙に覚える感情はそんな余情とは違うだろ う。
大体、この店が開いているのを僕は見たことがない。
平日の5時に開いてないってことはまあ、潰れているってことでいいと思う。
・・・潔くはがせばいいのに。
そうやってなんとなく張り紙を前にして佇んでいると、
「何してるのさ」
と、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、見知った顔。クラスメイトの空凪 塔子だった。
まあ、人口6千人ほどのこの町で、同世代に見知らぬ顔なんてほとんど居ないんだけれども。
「いや、この紙一枚にこの町の寂れ具合が表現されてるなあって思ってさ。」
「どうでもいいけど、さっき高3の2人組が君を指さして笑ってたよ。」
「え、知らなかった」
———本当は気づいてたけど。
見つかったからといって動き出すのもきまりが悪くて、結局気づかないふりをしてやりすごした。
「まあ君は変人だからね。」
なんて、心外で辛辣なコメントを吐きながら、彼女は隣に並んで来た。
「その言い方はひどくない?」
「でも終業式の帰りに、潰れた店の前でニヤニヤしてる奴は変人といっていいでしょう?」
「ニヤニヤはしてねえよ」
「それはいいとして。」
・・・そこを流されると僕が変人だと確定捨してしまうんだけど。
終業式が終わって、みんなそそくさと家に帰っている中、こうやって立ち止まっているのは僕と彼女だけのようだった。
・・・だからまあ、変人といわれても仕方ないかもしれない。
「潔くはがせばいいのにね。『本日は』、なんて見え張らないでさ。」
「考えてることが僕と同じレベルか。」
「君と一緒にされるのは心外だなぁ。」
「私は君よりも高いレベルで物事を見ているのだよ。」
なんて、もったいぶった口調で彼女は言う。
クラスメイト(とはいっても、1学年に30人しか居ない高校では、同級生はみんなクラスメイトなんだが。)の中では彼女と話す事が一番多い。
たぶん波長が一番合う相手なのだろう。
・・・僕の思い込みだったらつらいなぁ。
と、また少し考え込んでいたら、隣から彼女が、
「・・・あと、2ヶ月ちょっとだっけ。」
って、しみじみとした声で切り出してきた。
「・・・それを言うかい?」
「張り紙見てたら、『本日も終了してしまいました。』って思っちゃってさ。」
「空凪は引越しだよね?」
「うん。祖父の家が市内にあるから。」
「そっか。」
あと2ヶ月。2ヶ月で、僕らの住んでいるこの町は地図から消える。
市町村合併がここのところブームらしい。年々人口の減っているこの町も、隣町ととも近くの市に合併されることに なった。
合併によって何がもたらされるのかは分からなかったので、自分に関係のない話で、まあ町役場がなくなる程度だろ う、なんて高を括っていたら、
・・・僕らの通ってる高校も廃校が決まってしまった。
「1学年30人じゃあさすがに廃校になっちゃうのか。」
「またその話?」
「だって悔しいじゃないか。大人の都合に振り回されるなんてさ。」
「その大人に養ってもらってるから仕方ないじゃない。」
・・・まあ、そうなんだろうけど。
「それで納得できるなら悔しがってないさ。」
「諦めたまえよ。」
「ちぇっ。偉そうに」
「ふふふ。偉いのだよ実際。」
「・・・なんていうか、楽しそうだなお前。」
「・・・・・・・・いまさら、寂しがっててもしょうがないから。」
そう言った彼女は、今日見た中で一番寂しそうな表情をしていた。
きっと、彼女も、僕も、・・・寂しいんだろう。
何が寂しいって、それは、
「なんか故郷ってのが無くなっちゃう気がするんだよ。」
「また突然の告白だね。」
「茶化すなよ。」
「茶化してないよ。」
そう言って彼女は僕に目を合わせてきて、
「茶化してない。」
彼女が目を合わせてくるのは、いつも真剣な時だったから。
だから、僕は言葉を続ける。
「高校なくなったらさ、若いやつはみんないなくなっちゃってさ、」
「それは合併しなくてもいづれはそうなるはずじゃない。」
「でも、それが確実に加速してしまうんだよ。」
「そうやって、畑と老人ホームしかない町になってたら嫌だなーって」
「うん。きっと私たちが大人になるころには、きっと町として成立してなくなってるんだろうね。」
「だから、寂しいし悔しいんだよ。」
「・・・でも、やっぱり今さらだよそんなの。」
と、彼女は聞き分けのない僕に諭すように言う。
「そんなことばっかり言ってると、懐古趣味みたいになっちゃうよー。」
「若いんだし明るく生きなきゃサー。」
冗談みたいな口調で励ましてくる彼女の言葉は、むしろ自分に言い聞かせてるみたいな響きがあった。
きっと、彼女が正しいんだろう。いつだって彼女の考えが正しい。
それに、別にたいした害が及ぶわけじゃない。ただ、この町の名前がが地図から消えるだけで。
不条理ってわけでもないから、割り切るしかないのだろう。
・・・だから、
「さて、帰るか。」
と、この会話に一区切りつけて、僕は歩き出した。
帰る方向は同じなので、彼女もついてくる。
軽口を叩き合いながら、こういう軽口もこれで最後か、なんてちょっと思った。
彼女は引越しするって言っていたが、勿論すべての人が引っ越すわけではない。
引越しできない人は、市内の高校が受け入れてくれるそうだ。
と言っても、歩いていける距離にはないので、バスが用意されるそうだ。
僕はと言えば、引越しするらしい。家の女どもはみんな市内に住みたがっていた。
「いづれ引っ越すつもりだったからちょうどいいね。」と母が。
「こんな町じゃおしゃれもろくに出来ないジャン。」って言ったのは姉だったか。
「と言うか一番近いコンビニまで車で30分な町ってありえないよね」と妹が2人に続いた。
女衆には不評だったが、僕はこの町が嫌いじゃない。
物心ついたときにはこの町にいたからかもしれない。
近くの草むらではバッタやカマキリを捕まえて遊んだ。一緒のケースに入れて捕食させてみたりとか。
排水溝で手長えびを捕まえたこともあった。飼おうとしたら1日で死んだけど。
校庭で帽子を投げて赤とんぼを捕まえてみたりもした。毎年夏には大量発生してたなぁ。
田んぼで足の生えてるおたまじゃくしを探したり。時々蛙の卵そのものを見つけて、指でつついて遊んでいた。
ミツバチの巣にホースで水をかけたこともあった。あの時その場には何人か居たのに、何故か僕だけ蜂に刺された覚えがある。
・・・勿論、ゲームとか漫画とか、そういう類のものもあった。
それはそれで楽しかったのだけれど、記憶に強く残っているのは外で遊んだ記憶だ。
町の全てが思い出深いってわけじゃないけど、馴染み深い場所なら結構多いことに、いまさら気づく。
一度、引っ越し嫌だなぁ、寂しいなぁ、と母にこぼしたら、
「あんた、友達できるか不安なんでしょ。大丈夫だって。きっとできるから。」
・・・だから、そうではないんだよお母さん、と答えようとしたが、
「それに後1年なんだから友達いなくても何とかなるでしょ?」
なんて、言葉を重ねてきた。
クラスメイトも、引越しできて清々する、と感じているやつらしかいなかった。
結局、同じ寂しさを感じてるやつは彼女以外居ないみたいだ。
僕が深く考えすぎているだけなのは、よく分かってるつもりだけど
2ヵ月後、5月にこの町は合併されるけど、僕も彼女も高校2年生で、あちらの学校に通わないといけない。
だから、今月中に僕も、そして彼女も引っ越すだろう。
引越しまでの期間はすぐに過ぎ去って行った。
その間、僕はいつものようにだらだらと春休みを過ごした。
特別なことをする気にはならなかった。
そうすることで、引越しを意識しないようにしていたのかもしれない。
そして、引越しの後片付けをしている間に春休みも終わり、始業式の日になった。
この1ヶ月、1日が異常に短かった。
新しく通うことになる高校は、家から近く、
前日に校舎の説明と、編入されるクラスは、担任になる予定の先生から聞いていたので、
クラス表に集まっている生徒たちを通り過ぎて、そのまま3年2組の教室に入った。
適当に座っていいとの指示だったので、空いている席に座る。
・・・ふと目を上げると、見知った顔。
なんとなく笑ってしまう。
「何笑ってるのさ。」
「いや、これも腐れ縁かな、と思ってさ。」
そこには、空凪の姿があった。
そういえば引越し先は聞いていなかった。
機会がなかったし、どうせ違う高校だと思い込んでいたから、興味もなかった。
・・・ともあれ。
「これからよろしく。同郷のよしみでさ。」
「ああ、これからもよろしく。同郷だしね。」
・・・まあ、多分、これからの1年間も悪くはなさそうだ、なんて、久しぶりにボジティブな思いがうかんだ。
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