秋も終わりに近づき、寒さを感じる風が吹き始める。そんな季節のころだった。
 五人は出会い、少しだけともに同じ時間を過ごした。
 小さな出会いで短い時間、だけど大切な思い出。
 人と人の人生はどこで交わるか分からない。だからこそ面白いし、喜びが生まれる。悲しみや苦しみとともに。

 その日の朝は冷え込んでいた。寒いと感じたのも息が白くなったのもその年ではその日が初めてだったような気がする。
 今日から暦は月名に同じ数字を二つ並べる。そう今日は十一月一日。
 自分以外誰もいないアパートの一部屋で天正は目を覚ました。布団の外は凍てつくような冷たさで起き上がる勇気を奪う。手を伸ばして枕元においていた服をとると布団の中で着替えた。
「うーそれにしてもさっみいな」
 独り言を言いながら布団から這い出ると寝巻きを洗濯機に放り込み、食パンをトースターに放り込み、洗面所で顔を洗う。冷たい水は完全に目を覚まさせた。
 寒さ以外はいつもと何も変わらない。軽い朝食を済ませて、荷物を整理してショルダーバッグに詰めていく。必要なものだけを選別し極力軽くしなければならない。
 その準備も終わると最後に電話の横に立てかけてあったL字型をした金属と強化プラスチックの塊を上着の裏に入れて部屋を出た。
 外は中よりも格段に空気が冷たかった。上下長袖では足りなかったかと思ったがマフラーも手袋もどこにあるかもわからないので諦めて階段を下りていった。
 もともと人口も多くないこの街を休日にこの寒さの中、朝っぱらから歩こうなどとは思わないのか誰にも会うことなくアスファルトの歩道を歩いていくと人影を見つけた。
 長い階段を登った先に神社がある小さな山の登り口の前だった。木々の中の一本階段の入り口を飾る石畳と鳥居がなんともいえない威厳をかもし出している。
 見慣れない少女は竹箒を手にして落ち葉をかき集めていた。何も言わずに通り過ぎようとすると不意に声をかけられた。
「おはようございます!」
 手を止めた少女の白と緋色の袴は朝日をうけて少し光を帯びていた。
「お…おはようございます」
 しどろもどろに返事をする。
「今日もすがすがしい朝ですね。頑張っていきましょう」
「は、はあ」
 おそらくは神社の巫女さんか何かなのだろう。こんな朝早くから掃除とは殊勝な心がけだと思っていると一枚のもみじが舞い降りてきて天正の頭の上に乗った。
「あっ」
 流れるような動きで少女は天正に近づくと20センチくらいの差がある頭の上に手を伸ばして葉っぱを取った。その行動に驚いていると少女は葉っぱを天正の胸ポケットに挿しいれた。
「今日から十一月。十一月の季語といえば紅葉です。縁起がいいですから、ぜひ持っていってくださいね」
「えっ・・・」
 呆気にとられる天正を見て少女は微笑んだ。天然、破天荒、無邪気、どれがぴったりかはわからないが今時珍しいぐらい純粋な子だった。
「私、神楽っていいます。上の神社にもぜひいらしてくださいね」
 神楽とはまたストレートな名前だと思ったが似合う名前ではあった。とりあえず名乗られたのだから天正も名乗ることにした。
「天正です。ではそろそろ行かないといけないので失礼します」
 子供相手にやけに丁寧な口調だったが神聖な場所の人に無礼なことをしてはバチがあたりそうで怖かった。
「天正さんですね、引き止めちゃってすいません。ではいってらっしゃい。また会いましょうね」
 少し珍しい名前を聞いてか、神楽は名前を言ったときに若干目をぱちくりとさせていた。
「いってきます」
 見知らぬ人と自然に会話が交わされる。一昔前なら当たり前だった風景も今となっては廃れ、人と人の交流は少なくなってきている。でも現代に取り残されているかのようなここの田舎町では温かい心を持った人々が多い。
 温まった心は寒さを和らげ今日のいいスタートになった。また天正は神楽を背に歩き出した。
 少し行くと朝市にたどり着いた。八時を回ろうかというところで商店街の八百屋や魚屋は威勢のいい声で道行く人に自分達の品物を宣伝していた。
「らっしゃい、らっしゃい、やすいよやすいよー」
「そこのおにいさん、買っていかんねー」
 天正は喧騒の中を右左と見渡しながら商店街を進んでいく。とあるシャッターの降りた店と店の間の細い裏道を抜けると行き止まりだった。
 一見したところ壁には落書きだけで何もない様に見える。天正はそのコンクリートの壁にわずかに縦に入った亀裂に財布から取り出した黒一色のカードを滑らせた。
 何かがうごめく音がしてドア一つ分くらいの大きさだけ壁が横にスライドして、壁があったところはもやもやと空間が揺らいでいる。天正はためらうことなくその中に入っていった。
 遠くから聞こえていた市場の騒がしさが消え、空気が張り詰めた。
「おはようございます」
 いつの間にか天正は落ちついたダークブラウンに内装されたホテルのロビーのような大部屋に入っていた。カウンターの受付係が天正を迎える。その他に人はいなかった。
「おはよう。今日はなんかいい仕事ある?」
 天正はカウンターに歩いていくと受付係に問いかけた。
「えーとそうですね。これなんてどうですか」
 設置されたモニターに依頼内容が表示される。リスクと報酬も妥当な設定だ。無難といえば無難かもしれない。だが今は気分がいい。
「なんか大きい依頼ない?」
「あるにはあるんですけど・・・」
「けど?」
「二人以上を推奨してるんですよ」
 受付係は天正をちらちらと見ながらと言った。天正は一人で仕事をする。腕はこの業界屈指の実力だが依頼主が二人以上を推している限りそれを無碍にして一人で乗り込むのは危険だし、マナー違反だ。
「二人以上ね・・・一人じゃダメ?」
「それは天正さんといえどもダメです。うちが後で怒られます」
「ですよね・・・」
 そのとき鈴が鳴った。もう一人がこの空間に入ってきたということだ。後ろを見ると何もない部屋の片隅から一人現れた。相変わらずこの空間を歪曲させて色々な場所からの空間移動を可能にしているこの受付は不思議だ。
 現れたのは色白の少年だった。若さに見合わないスーツを着ているがその清楚さには似合っていた。目があうと吸い込まれそうな透き通った目をしていた。
「どうもお久しぶりです」
 少年は天正を見るとぺこりとお辞儀をした。また目があうと、記憶が呼び起こされる。
「雪待じゃないか。帰ってきてたのか?」
「はい。今日の夜明け前に着いたところです」
「久しぶりだな。いつ以来だっけ」
「コンビを組んでたのは三年前まででしたね」
 確か・・・外国に修行に行くとか言って出て行ったのが最後だ。
「もうそんなに経つのか。どうだ、外国に行ってちょっとは強くなったか」
「ええ。それなりに上達したと思いますよ、まだまだ天正さんには追いつきませんが」
 雪待というその少年は天正がこの町で最後に別れてた時よりもずっと凛々しさが増し、背もだいぶ高くなっていた気がする。
「それにしてもいいタイミングに帰ってきてくれた」
「仕事ですか」
 雪待の目がきらきらと輝いた。
「ああ。前みたいに二人で行くぞ。問題あるか」
「まさか。楽しみになってきましたよ」
 横で天正たちを見ていた受付係がモニターに新しい依頼を表示した。
「受注者名はもちろん天正さんでいいんですよね」
 二人はうなずいた。
 手続きを終えると二人は、どこにもなくどこにでもあるといわれるそのギルドを消えるようにして出ていった。
 カウンター後ろに掲げられていた看板にはこう書かれていた、”ゴーストハンターミッションギルド本部”と。

 それから数時間後二人がいたのは町のはずれにある森の中にある廃れた洋風の館の前で、昼間だというのに光は届かず暗闇そのものであった。
 錆びて壊れかけた門の前で二人は作戦を練っていた。
「時々、人がいなくなるとは聞いていたが最近になってこの森付近で消息を絶った人が急激に増えた、お前はこの一件どう見る」
「これまでに何回か派遣したハンター達もことごとく帰って来てないんですよね」
「それなりに腕も立って、人をさらうような奴ってことだな」
「となるとやっぱり吸血鬼とかでしょうかね」
「あいつらは面倒くさいな・・・あんまり相手にしたくはない」
「天正さんとあろうものが何言ってるんですか」
 雪待が館のほうを見るとぼろぼろになったカーテンが翻った。風かはたまた違う何かなのか。
「日光も届かないこの場所なら吸血鬼の可能性はやっぱり高いんじゃないですか」
「そうだろうな・・・だけど」
「なにか嫌な感じがする、ですか?」
「ああ」
「やめてくださいよー天正さんがいつもそういう時はなんかあるんですから」
「はっはっは。そうだな弱腰でいちゃ何にも始まらないな」
「行きますか」
 二人は立ち上がって正面から堂々と屋敷に向かった。遠くで烏が鳴く声が不気味に響いた。
 正面扉は前に来たハンターに壊されていたためすんなりと入ることが出来た。天正が前を向きその横にぴったりと雪待が同行しながら進んでいく。
「空気が悪いな・・・」
 左手に懐中電灯を手にしながらあちこちを照らしながら天正はそう言った。もう片方の右手には金属と強化プラスチックの塊?フルオート式のカスタマイズされた拳銃グロック17?が握られている。
「まだその銃使ってるんですか」
 同じく左手に懐中電灯を手にした雪待は天正に言った。
「当たり前だ。お前のそれは?」
 雪待の右手には黒い手袋がはめられずっと握りこぶしを作ったままだ。
「使う時にわかりますよ」
「もったいぶりやがって」
 天正は笑いながらかつての自分の弟子のような存在だった雪待がどう成長したか楽しみになっていた。
 玄関ホールから大階段を登ると右と左に廊下が続いていた。
「ここで二手になんてのは下策だな」
「ですね。あっ」
 雪待が床を指差した。乾いてからだいぶ経ったように見える血の跡が右に続いていた。
「罠かもしれないぞ」
「いいじゃないですか。どうせ戦うんですし」
「はっはっは。言うようになったな」
 二人は長く続く廊下を歩いていく。蜘蛛の巣があちこちに張り穴や埃だらけの床の先にたくさんの部屋が連なっていた。大抵はドアごと壊れていて外からの嫌な風が吹き通っている。
 突き当たりまで来るとちゃんと閉まった一際おおきなドアがあった。ドアの右にはlibraryと書かれている。書斎のようだ。
「怪しいな」
「怪しいですね」
 そのドアの付近だけ埃が少なく、血のあとも目立っていた。ドアの近くの割れた窓ガラスからそのドアまでが跡が残るほど何かが通った跡がある。ここは二階だ。
「空を飛べるか、異常な跳躍能力・・・いよいよ吸血鬼くさいな」
「行きましょう」
 天正は息を静めるとゆっくりとドアノブを回した。鍵はかかっておらず、ゆっくりと開ける。半分くらい開いたところで二人はささっと体を滑りこませた。
 高い天井近くまである本棚が無数に立ち並んだその部屋は相当な広さで三階と吹き抜けになっていて上からこちらを内バルコニー越しに見降ろすことが可能になっていた。
 もっとも高確率でここに居座る何かに天正達は気づかれていると判断したうえで動いている。二人の緊張感は高まりながら無言で背中合わせに部屋の中心に向かって歩いていく。
 中央に並べられたテーブルの脇から二人は上の階を照らしながら見ていると、ガサッという音ともにコウモリが天井を飛んでいた。
「ただのコウモリだといいんだがな」
「上がりますか?」
 天正はその言葉に頷いてそろそろと中央部から斜めに三階へと掛かる木製の階段を登っていく。軋む床と階段が甲高い音を出す。
 登り終えると同じように本棚が並んでいた。上から下を見ても何もいないようだ。
 天正の目にバルコニーを挟んだ先の本棚の間で何かが懐中電灯の光を跳ね返した。対になった光の点はこちらが気づいたと知るやいなや大きな音を立ててこちらに走り出してきた。
「雪待!」
「はいっ」
 そのままバルコニーを飛び越えてこちら側に跳んできたのは血走った眼をした犬だった。明らかに普通の状態ではない、おそらくは敵の使い魔か。
 サイドステップで犬を交わすと向き直った犬と視線が交錯した。その牙むき出しの顔にむかって天正は言い放った。
「お前の負けだ」
 後ろから犬に近づいていた雪待が右手で思いっきり殴りつけると右手は光り、一撃で犬は沈んで動かなくなった。天正はほっとして雪待と顔を見合わせる。
 その時、ぞっと悪寒がした。雪待の視線が天正の背後に向けられる。
「天正さん!」
 そう言われるよりも少し早く横に跳ねて転がり振り向くと同時に銃を構えた。銃口の先には黒いマントに身を包む長身痩躯の男がまさに天正のいた場所に鋭い爪を振り下ろしていた。不気味に笑うその口からは血が滴っている。
 ぎょろりとした眼で初撃をかわされたそいつは天正を見た。
「ウゴオオオオアアアアアアアアアアッッ!!」
 とてつもない叫び声に空気が震える。天正は圧倒されそうになりながらも引き金を引いた。一回撃ってリコイルにより再装填されるとすぐに二発目を撃った。
 乾いた銃声二つと共に直径9mmの弾丸が打ち出される。純銀でコーティングされた弾丸はどちらも男の身体に当たった。
 命中すると同時に男の身体から白い煙が出始めた。効いているということは少なくとも銀が弱点で間違いなかったようだ。
「大丈夫ですか」
 横に雪待が走りよってきた。崩れ落ちた男は苦しそうにもだえながら二人を凝視し、すぐに倒れて動かなくなった。
「危なかったな」
「ほんとですよ、全くもう」
 天正は近くの柱を蹴って木切れを作ると倒れている男の心臓に突き刺した。これで生き返ることはないはずだ。
「あっけなかったな」
「確かにそうですね」
 低級な吸血鬼というわけでもなかったようだが別段抜きん出たところもないような吸血鬼だった。それに理性を失っていたのも気に掛かる。
 離れたところでがたんという音がした。二人は顔を見合わせると音のした方へ走ると奥に小部屋があった。
 ドアを蹴って開けると中には誰もいなかった。
「若干だが霊気を感じる」
「僕もです。でも今開けたドア以外に入れるところはないですよ」
「空間移動の跡がある。となるとかなりの手練れか・・・」
「あの吸血鬼のバックに誰かがいるってことですかね」
「かもしれん。とりあえず本部に連絡して調べてもらおうか」
 二人が吸血鬼のところに戻ると天正は吸血鬼の首の後ろに刺青のようなものあるのに気がついた。横向きのドクロ。何かに支配されていたのかもしれない。
「吸血鬼を使い魔にしていたのか・・・いよいよヤバそうなやつだな」
 死体をそのままにして二人が館を出ると門のところに人影が二つ見えた。二人は若干身構える。
 三十代ぐらいに見える大柄な男性と若い細身の女性の二人組だった。
 その二人がこちらに気づくと手を挙げたのでとりあえず敵ではなさそうなので近づいていった。
「帰ってきたということは倒せたのね。私達が来る前に倒しちゃうなんて流石ね」
 偉く高く構えた女性がそう言ってくると天正は頷いた。
「ということは」
「そう。今回の依頼をした霜月よ」
 やはり依頼人だった。天正達が館に向かったのをギルドが伝えたのだろう。
 霜月というその女性は二人に名前を尋ねた。
「俺が天正で、こっちは雪待」
 仮にも依頼主が天正たちを知らないということに違和感を感じた。しかもそれなりに天正の名は知れ渡っているはずだ。
 名前を聞くと霜月と男性は目を見開いた。
「あんた達、二人とも昔からの知り合い?」
「そ、そうだが」
 なおさら変なことを聞く人だと思った。
「二人・・・そんなことが・・・?」
 霜月はよくわからないことを口走っている。男性のほうが口を開いた。
「貴様らに頼みがある」
「「は?」」
 貫禄のある声で男はそう言った。霜月があわてて取り直す。
「竜潜さん!先走りすぎだって」
「うん?そうか?それはすまんかった。まあなんだ、頼みたいことがあるんだ」
「は、はあ」
 天正と雪待は顔を見合わせた。
「頼みたいことって?」
「うむ。それは—」
 竜潜という男がしゃべろうとするとそれをさえぎって霜月が言った。
「その前に今日、ある名前の人と会わなかったか聞きたいんだけど」
「ある名前?」
「はい。神楽さんって人と会ってない?」
「さあ」
 と言ったのは雪待だ。天正は何がなんだかわからず何も言えないでいた。
「天正さん?会ってるんですか」
 雪待がびっくりしたように聞いてくる。
「ああ。確かにそういう名前の巫女さんに朝会った」
「ほんと!?」
 霜月が歓喜ともとれる声を上げた。
「全てがつながったな。その者の所に案内してくれ」
 そう言ったのは竜潜だった。
 言われるがままにそのまま朝の場所に四人で向かった。

 朝も見た紅葉に囲まれる鳥居の前にやってくると同じ入り口に神楽が立っていた。
「お待ちしておりました。天正さんと・・・」
 雪待が名前を言おうとするとそれを神楽は手でさえぎった。
「まずは霜月さん?」
 返事をして霜月が手を挙げる。
「残るお二人が雪待さんと竜潜さんですね」
「俺の方が竜潜だ」
 竜潜がそう名乗ったので雪待も返事をした。
「僕が雪待です」
 天正と雪待は、霜月といい、なぜ神楽も人の名前を聞く前から知っているのか疑問に思った。
「その説明も合わせて上でちょっと長話をしましょうか」
 神楽がそういうと五人は上の神社に向かった。
 こじんまりとした神社の縁側に五人は腰掛けている。
 神楽と霜月が言った話をまとめるとこういうことになる。かなり大きいスケールの事件が彼らの周りで起きていた。
 曰く、
 まず神楽、霜月、竜潜はそれぞれが同じ世界の人間ではないということだ。
「パラレルワールドって知ってますか」
「並行世界ってやつ?自分達の世界とは別にいくつも世界があるとかいう」
 はい、と神楽は続けた。神楽は昨日の夜、変な夢を見たそうだ。両目の色が違うその少年のような少女のような姿をした者が自分は神であるといった。要するにお告げだ。
 そしてそいつが言うには今四つの並行世界が交差させられようとしていると。神楽の世界、霜月の世界、竜潜の世界、天正と雪待の世界だ。
 十一月より世界は交差させられるとそいつは言ったらしい。それを阻止することが出来ないから神楽達に世界を元通りにして欲しいと。
「月の異名ってわかりますよね」
「師走とか?・・・あっ」
 そこで天正は気がついた。霜月が十一月の異名だったことに。
「はい。十一月の異名には色々あります。霜月、神楽月、雪待月、竜潜月、そして天正月」
「なるほど、だから俺達の名前が分かるわけだ。でもどうして俺と雪待だけ二人セットなんだ?」
「そこがよく分からないんです」
 さらに驚くべきは名前と同じようにそれぞれの世界で天正たちがいわゆる対応した同じ存在だということだ。全員それぞれの世界でこの町に住んでいた。
 そして天正と雪待はゴーストハンター、神楽は退魔師など霜月も竜潜も同じように理を超えた邪悪な存在を祓う仕事をしていた。しかもそれぞれがトップクラス。
「世界を束ねようとしているのはガイナ・ロストと呼ばれるやつらです」
「ガイナ・ロスト?なんじゃそりゃ」
「世界を束ねることで邪悪な力をさらに結集させ我が物にしようとしている組織です」
「ちょっと待ってよ。世界を束ねるって相当な力持ってるでしょ、そんな神が阻止できないようなやつらをどうやって僕らが阻止できるんですか」
「彼らは世界を束ね、神を封じることに成功しました。だがそれを行うのに力を相当使って回復までに時間が掛かるということで、その前に私達の力でガイナ・ロストを叩き潰して欲しいとのことです」
「・・・今しか勝てないということか。タイムリミットは?」
「神さまが言っていたのは遅くても一ヶ月。つまり十一月中に倒せなければ世界は元通りにならず、ガイナ・ロストのやりたい放題になるでしょう」
「・・・名前も十一月なら期限も十一月中。偶然にしてはよく出来た話だ」
「信じてくれないのですか」
 神楽が心配そうに言う。ここにいる奴らは超常現象や幽霊や怪物なんてのは見飽きてる奴らだ。今さら神がどうのこうの世界のどうのこうので疑ったりもしないし怖じ気づいたりもしないはずだ。自分達が今見ているものこそが真実だと信じるしかない世界に生きている。
「このままじゃ世界がピンチなんだろ」
「僕もそれは困ります」
「じゃあ決定ね」
「戦いだな」
 四人は立ち上がった。神楽の目が少しだけ潤んだ。
「みなさん・・・ありがとうございます」
「五人で戦おう」
 天正たちは手を重ねた。天正は一つ提案をした。
「十一月党ってのは?」
「ダサいですよ」
「名前なんてどうでもいいじゃない」
「ん?名前をつけるのは大事だぞ」
「おっさん分かってるじゃねえか」
「はっはっは。まあとりあえず—」
 おおーっという掛け声とともに五人は円陣を切った。
 それから少しして五人は頭を悩ませていた。
 敵の居場所が全くわからないのである。
「とりあえずこの町しかまだ世界は混ざってないんだよな」
「はい。私が町から出ようとしても気がついたら帰ってきていました。おそらくガイナ・ロストはこの町にある龍脈の魔力を利用して彼らの計画を遂行するつもりなんでしょう」
 龍脈と言うのは大地の下の霊気の流れのようなもので世界中にぽつぽつとそれが極端に集まって大きな力を生み出している場所がある。その一部は一般人の間でもパワースポットとして名を知られているところもある。
「よりによってなんでこの町なんだろうな、他にも強力な龍脈があるところはいっぱいあるのに」
「どの世界でもまだ大手の団体によって管理がなされず土着の私達だけしかいない場所で乗っ取りやすいと考えたんじゃないでしょうか」
「我らを舐めてかかってきたということか」
 竜潜が悔しそうな顔をする。意外と熱いおっさんなのかもしれないと思った
「今のこの混ざった世界の中心というか根っこに敵はいるのよね」
 霜月がそう言った。
「そうなんでしょうけどそれがわからないんですよ」
「回復中のやつらはおそらく龍脈から魔力を引き込んでいるのならそれをたどればいいのではないのか」
「なんだかんだでこの町は広いし、龍脈もだいぶ分裂してるから探すのは相当大変だな」
 とはいっても他にはどうしようもないと天正と竜潜がごり押しの索敵を覚悟しようとした時、霜月はそれをさえぎった。
「そういえばさっきの吸血鬼について話を聞かせてよ。何かヒントになるかもしれない」
「あっ・・・そういえば空間移動を使った跡があった」
 天正と雪待以外の三人は二人と同じように相手の力の強さを再認識したようだ。
「回復中といえども空間を飛び越えられるほどの力が残ってる?もしくはあらかじめ用意しておいた手駒なのかしら」
「あとは・・・吸血鬼は使い魔にされていたな」
「それはまた・・・大層な腕前のようだな」
 竜潜が苦い顔をした。
「本部に探索を依頼しましょうか」
 雪待がそう言うと天正は頷いた。
「無駄だと思います。おそらくもう・・・」
 神楽の言葉に天正は耳を疑う。
「どういうことだ」
「あの本部は町の中に実体を持ってないですよね」
「一応世界本部だからな誰もどこにあるのかは知らないが」
「私と霜月さんと竜潜さんはすでにもとの世界のこの町の外部とのパスは断たれています。ベースに使われたここの世界ももうおそらくは・・・」
 天正は携帯を急いで取り出すと電話をかけるがプツンと切れてしまう。
「隔絶されたのか・・・ってことは戦えるのはこの五人しかいないのか?」
「でしょうね」
「「・・・・・・・・・」」
 全員が閉口した。どれだけの規模かも分からない相手にたった五人で挑めというのか。神が与えた使命はあまりに荷が重かった。
「それでもやるしかない」
 天正は口を開いてそう言った。
「俺達がいたそれぞれの世界を取り戻すために」
 他の四人も思い思いに首を縦に振る。
 その日はそれで別れて翌朝また神社に集まることにした。


 神楽の専門は神道由来の清き力によって生み出される結界や護符による中距離攻守および薙刀による近距離斬撃。

 霜月の特技は数十年に一度と言われるほど魔力を秘めた言葉の力によるヒーリングと超自然現象による広範囲攻撃。

 竜潜は龍脈の力を元にした氣を身体にめぐらせることによる肉体強化での強力かつ高速な近接戦闘を得意とする。

 雪待は外国で得た西洋魔術と天正に教わった東洋魔術の融合による近距離、中距離攻撃が主な攻撃手段。

 天正は古代以来の聖なる物質を改良した近代武器での圧倒的火力攻撃を主としている。大抵の武器を扱えるのが強みだ。


 翌朝集まった五人はお互いの能力を確認し合っていた。
「驚くほどにバラバラの流派が揃ったな」
「逆にどんな敵が出てきても対応できていいじゃないですか」
 そう前向きに言ったのは神楽だ。作戦を練っていると神楽は神社から一振りの太刀を持ってきた。
「それは?」
「家宝の刀です」
 全員が目を丸くしているのをよそに神楽は巻いてあった布をほどき黒と灰色の鞘に収まった太刀を取り出した。
「来たるべきときにあるべき人へ、そういわれて保管されてきた刀です。今がその時なのかと思います」
 神楽は鞘から刀を抜こうとするが全く動かない。実は錆びて使えないオチとかは残念すぎる。
「この刀は持ち主を選ぶそうです。使ってもいいと判断したとき鞘から刃を抜くことが出来るとか何とか」
 神楽は天正の方に歩いてくると目の前に掲げた。
「私には薙刀がありますしと霜月さんと雪待さんは魔法攻撃、竜潜さんは肉体攻撃です。ならば抜けるとしたらあなたしかいないと思います」
「おれ?」
「はい」
 他の三人は面白がるような目でこちらを見ているのでしかたなく天正は手に取った。全員が息を呑む。
 天正が手に取った瞬間、柄と鞘に細く赤い線に模様が浮き出てきた。
「おおっ!」
 全員が感嘆の声を口にする。
「それぞれの世界に一本ずつあるといわれる宝刀の一つらしいです。私の世界では火の力を持つと聞いてきました。銘は“紅火”だそうです」
 鋭い金属音を響かせながら天正が鞘から刀身を抜くと真紅の刃が現れた。息を呑むほどに美しいスカーレットの刀身はどんな金属で出来ているのか予想もつかない。
「紅火か・・・」
 世界に一つずつということは元の天正の世界にもあるのだろうかと思った。火の力ということはおそらく他は風や水なのかもしれない。
「どうぞ天正さんが使ってください。刀もそれを望んでいるはずです」
「ありがとう」
 長らく銃やナイフばかりに頼ってきた天正に確かな重みを持った太刀は意外にもすぐに手に馴染み、いつでも戦えそうな雰囲気だった。鞘にしまうと少し長いそれを背中に掛けた。
 昨日決めたとおりに作戦を決行し始めた。
 町の地図を広げ龍脈を線で書き、しらみつぶしに五人で探索する日々が始まったのだ。

 やはりガイナ・ロストも馬鹿ではなくあちこちにそれなりの強さの怪物やれ工作員を忍ばせていたようで、しばしば待ち伏せにあった。
 だが次第にチームワークもよくなった五人はもともとの能力も高く着実にそれらを撃破していった。各自がそれぞれの役割を果たしていた。
 十一月二十日。一通り町を回ったが核となる敵はおろか幹部と思しきものすら見つけられなかった。
 全員に焦りが見え始めるが、同時にやはりと言う気持ちもあった。
「普通には出てきてくれないということだな」
 竜潜が言った。
「となるとやはり、どこかに隠された空間があるとしか考えられないな」
 今日まで戦ってきたのはそれを見つけるための手段を用意するためでもあった。敵が町に散在していたのはおそらく大掛かりな魔術をさせないためだろう。
 しかし、それを全てつぶした今、強力な探索儀式を行える。
 二十一日の朝。山の頂上にある神社の裏庭で五人は円と正五角形を作るように立っていた。町の人は全て危険がない様に眠らせた。
「準備はいいですよね」
 背に薙刀を背負った神楽の言葉に皆が頷く。
 各地に設置された探索用の呪物を雪待がパスを使って結び、竜潜が龍脈から魔力を供給する。
 神楽が五人を結界を張って逆探知攻撃にそなえる。
 霜月は索敵に向けた詠唱を始める。
「大地よ、我の願いを聞き入れたまえ。汝を穢さんとする者を教えたまえ。我は汝と願いをともにする者なり」
 地面に書かれた円と正五角形の中心から普通の人には見えない霊力のパスが白く輝き始める。
 町のあらゆるところから光が伸びてくる。大地がわずかに振動し始めた。地震ではない。大地が龍脈を脅かしているガイナ・ロストの居場所を教えようとしてくれている。
 突如ものすごい衝撃が町の中心部から奔った。五人がその方向を見ると。町のシンボルだった湖が割れていく。湖の底に本拠地を構えているとは。
「来たか」
「来ましたね」
「いよいよ決戦てわけね」
「緊張します」
「行くぞ同胞達よ」
 それぞれが万全に整えた装備で湖に走っていく。
 たった五人による世界を取り戻すための強襲をガイナ・ロストに向かって今から行う。
 天正は走りながら自分が不思議と高揚しているのが分かった。
 小さい頃に夢見ていた世界を救う正義のヒーローになったような気分だった。
「五人でなんとか戦隊!みたいですね」
 そう言った神楽を誰も笑いはしなかった。みんな同じ気持ちなのかもしれない。
 天を正しくする。天正は自分のその名前に今感謝していた。十一月の異名であったがためにここにいる五人と知り合うことも出来た。
 世界が元に戻ってしまえばもう三人とは会えなくなるのが少し惜しい気がした。
 湖の前まで来ると水のなくなった底に巨大な球状の物体が鎮座していた。
「あの中で回復してるのか」
 竜潜が近づいていこうとするのを天正は止めた。
「来るぞ」
 球がかき消すようにして消えるとそこに三人の人影が立っていた。
「辺境の地だと侮っていたらまさか引きずり出されるとはな」
「グルケケケケッケケヶヶッ!!」
「ただじゃ帰さないわよ」
 中心にいるガイナ・ロストのリーダー格のそいつは目深にフード付きの黒いローブに身を包んでいて顔が見えない。隣にいるのは二足で立つゴリラのような化け物と明らかに魔術系の女だった。
 敵は意外にも三人、これなら勝てる。そう思った矢先だった。
「やってしまえ、スノウ」
 リーダー格のそいつはこちらに向かってそう言った。誰に?
 神楽が叫んだ。
「天正さん!」
 霜月は絶句してこちらを見ている。
「貴様っ!!」
 誰かに竜潜が吼えた。
 なんだか腹が熱を持ち始めた。視線を下に向けると体から二本の剣が生えていた。一本は西洋式のレイピア。もう一本は日本刀。どちらも見覚えがある。
 どっちも雪待が魔力が切れたらと言って持ってきた予備の剣だ。
—雪待は俺の後ろにいたはずだ。まさか後ろから追っ手が来ていたのか・・・?
「っ!」血が口から飛び出た。
「ぬるい、ぬるいですよ。皆さん」
 神楽が薙刀を天正の後ろに突き刺そうとした。竜潜が豪速の蹴りを同じ方向に放つ。
 そいつは天正から抜いた剣を交差させてその二撃を防ぐ。激痛が腹に走った。
 霜月が俺に近寄り治癒を施そうとするが簡単にはふさがらない。
「これで形勢逆転だ」
 リーダー格の男がそう言った。
 その横に跳躍してそいつ・・・雪待が降り立つ。
「四対四、そちらは一人手負い、我々ガイナ・ロストの優勢だ。ご苦労。スノウ」
 雪待はかしこまってお辞儀をした。その頬に横向きのドクロマークが現れる。あれは使役する者のマーク。すべては謀られていたのだ。
 走馬灯のように記憶が蘇る。
 —三年前までコンビだった?その時より前の雪待に関する記憶がないことに今気づいた。雪待という男を知ったのは今月だったのではないか。
 —記憶を改ざんされた。そう気づいた時には遅かった。おそらくはギルドで初めて会ったその瞬間に魔術をかけられた。
 —俺としたことがみすみすとガイナの連中の手に嵌められたのだ。
 —この世界に十一月の名前を持つのは俺だけでいい。
「くそったれがあああぁぁっ!!」
 天正は痛みに耐えながら紅火を杖にして立ち上がった。
 その脇に神楽と霜月と竜潜が立つ。こいつらは本物の十一月党の一員だ。間違いない。
 本当の決戦は今から始まる。
—俺達は書き換えられる前の真の記憶と故郷を取り戻す。過去を懐かしんでいる暇はない。今を生きるために前に進まなくてはならない。

※謝罪
 次回「呪剣/銃剣/受験」編。読んでくれてる人がいたら書くかもしれないです。いなければ没。
 〆切は守らないためにあるんだよっ!ごめんなさい。


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