新しい年だ。
と言っても、もう今は新年を迎えてから10時間ほど経っているが。
大晦日は、結局惰性で深夜2時くらいまでテレビを見ていたが、特に面白いものもなく、寝てしまった。
受験生なのになぁ。
家族はみな、既に起きているようで俺に届いた年賀状はすでに纏めらていた。
勿論、周りの友人もほとんどが受験生なので、数はそう多くない。
とりあえず、お雑煮食って、お年玉もらって部屋で勉強でもしようかと思っていたら、母親に呼び止められた。
「あんた、受験生でしょ?神頼みでもしてきなさい」
「えー?こんな時だけ神頼みって・・・。いいよ、行かなくて」
「そんな冷めたこと言ってないで、さっさと行ってきなさい。お年玉上げないわよ」
「・・・分かったよ。じゃあ行ってくるよ」
この時期に人ごみに行って風邪でもひいたらどうするのかと思いながらも、財布と携帯だけを持って家を出た。

5分ほど歩くと、すぐ目的地である神社に着いた。
この神社は県内でも有名で、毎年正月三が日で数十万人が訪れるそうだ。
どうやらそれは本当らしく、とにかく人だらけだった。
親には神頼みしてきたと嘘ついて帰ろうと思っていたら、肩をたたかれた。
「やぁ、和彦。しばらくぶりだね」
「お、おう、彩夏。しばらくって言っても終業式以来だけどな」
「でも、毎日会っていた人間と急に会わないというのは寂しいことだよ。専ら、家にこもって受験勉強といったところかい?」
「まぁな。彩夏は余裕だからいいよなぁ。俺は必死に詰め込んでるよ」
「私だって必死さ。無神論者の私が神頼みに来ようと思うくらいにはね」
そう言うと彩夏は神社の奥の方へと進んでいった。
「どうした?君も神にすがりに来たんじゃないのかい?」
「あ、ああ、そうだったな」
俺は、踵を返して彩夏について行った。

そもそも、彩夏と俺はただ席が前後なだけの関係だった。
挨拶程度の会話は交わすが、一言も交わさない日の方が多かったように思う。
だが、ある日、志望校調査が行われた時、彼女は不意に振り向き、俺の志望調査の紙を一瞥し、
「あ、同じだ」
と呟き、ひらひらと彼女の志望校が書かれた一枚の紙を見せてきた。
プライバシーを侵害されたような気分にもなったが、驚きの方が大きかった。
その日から、彼女は俺を、仲間、そしてライバルとみなすようになり、俺もまた同様の感情を抱いた。
最初の頃は、勉学の話ばかりだったが、次第に会話も増え、校内の女子の中では、間違いなく一番親しい。
下の名前で呼ばせたり、口調が特徴的だったり、変な面はあるが、好感のもてる人だ。

「やっぱり混んでるね。インフルエンザでもうつされたら大変だ」
「ああ、そうだな。マスクでもつけて来れば良かったかな」
「そうだね。でも、マスクをつけるとこの人ごみの中では私の声は君に届かないな。せっかく和彦と会えたというのに、話せないのではもったいない」
「・・・・・・まぁ、そうかもな」
そうこう話しているうちに賽銭箱の前に辿り着いた。
「彩夏はいくら入れるの?」
「んー、100円でいいかな?神様も今日は儲かっているだろうし、これくらいでも願いはかなえてくれるだろう」
「そうだな。じゃあ俺も100円で」
俺たちは同時に100円玉を一枚放り込み、手を合わせ、自分の合格を祈った。
俺はついでに50円分は彩夏の合格を祈っておいた。
彼女は更に、俺より長く何かを祈っていた。

「君は何を祈ったのかい?」
「勿論、合格だよ。」
「自分の?」
「そりゃ、自分の合格は祈るよ。」
「聞き方が悪かったね。君だけの合格かい?」
「・・・それは秘密だ。そんなことより、お守りでも買おう」
「誤魔化したね。まぁいい。そうだね。買おうか」
お守り売り場に行き、お揃いの学業成就のお守りを買った。
お揃いと言っても、学業成就のお守り自体ほとんどなかったのだが。
「おみくじでもひく?」
「いや、やめておこう。大凶なんて出してしまったら後味が悪い」
「それもそうだな。じゃあ帰ろうか。」
「あ、ちょっと待って。少し、時間いいかな?」
「え?」
「少し勉強で分からないところがあって・・・。すまないが、教えてくれないかな?」
彼女は俺より成績は上だが、教科によっては俺が勝っている。
おそらく理科の質問だろう。
「それくらいなら全然かまわないけど・・・。じゃあ、どっか店の中入る?」
「いや・・・教材は家に置いてきたんだ・・・。悪いが、私の家まで来てくれないか?」
それは、今まで女子の家に一人で行ったことのない俺にとっては驚きの提案だった。
彩夏は少し変わっているとはいえ、好意を持たない男子を家には呼ばないだろう。
「え!?あ、彩夏がいいなら、全然かまわないよ?」
「よし、じゃあ行こうか。ついて来て」
「う、うん」

彼女の家は神社から歩いて5分ほどの場所にあった。
「意外と俺の家に近いんだな」
「そうなんだ。じゃあ今度お邪魔させてもらおうかな」
「え、ぜ、是非」
「ふふふ、さぁ中に入って」
「あ、は、はい。・・・てか、今更だけど正月なのに、お邪魔じゃない?」
「いや、うちは商売やってるから今日も両親ともに働いていて、家には誰もいないよ」
「あ、そうなんだ・・・」
俺は高まる期待を抑えきれなかった。これ、いちご100%で読んだことのある展開だ!
「うん。だから遠慮せず、どうぞ」
「じゃあ、お邪魔します・・・」
家の中に入った瞬間、花のような美しいが鼻の中に広がった。
そういえば、授業中にも微かに似たにおいをかいだ気がする。
「部屋は二階だよ」
そういいながら、彼女は玄関脇の階段を上っていったので、俺もとりあえずついて行った。
2階にあがると右手に彩夏's roomとドアに書いてある部屋があった。
「じゃあ、お邪魔しまーす・・・」
家に入った時と同じ言葉を言ってから、彩夏の部屋に入った。

部屋は、女性らしい部屋といえば女性らしく、それでいて少し簡素な感じがした。
本棚には意外にも参考書や小説だけでなく漫画もたくさんあった。
「へぇー・・・漫画とか読むんだな」
「漫画くらい読むよ。そんなにずっと勉強してる訳じゃないし。それと・・・恥ずかしいからあんまり見ないでもらえるかな?」
彩夏は顔を赤らめ俯いていた。
「ごめんごめん、そんなことより、何がわからないの?」
「あ、そうだったね。ちょっと待って・・・・・・あ、あった。この物理の問題なんだが・・・」
「うん・・・えーっと、それは・・・」
俺は彼女の分からない問題をできるだけ分かりやすく説明した。
「ありがとう。助かった。教え方上手いね。」
「そ、そんなことないよ。彩夏が理解力あるだけだよ」
「お世辞でもくすぐったいね。ありがとう」
「いえいえ、じゃあ俺は帰るね」
「あ、ちょっと待って」
デジャブだ。
「え?」
「こんな時期に私の個人的な用に時間を使わせて申し訳ない。何かお礼をさせてくれ」
「え?いや、いいよ、そんな・・・」
「いやいや、お礼は素直に受け取ってくれよ」
「そ、そう?じゃあ遠慮せずに・・・」
「うん」
すると、彼女はいきなり服を脱ぎだした。
「え!!?」
俺が驚いている間にも彼女を包んでいた布は一枚ずつ減っていき、すぐに一糸まとわぬ姿となった。
「・・・意外と薄着なんだな・・・」
数枚の床に落ちた服や下着を見て、そんな感想をつい漏らした。
「なんでだろうね、君と話していると体が熱くなるのかな?」
「え、それって・・・っていうか服着てよ!」
「お礼を受け取るといったのは君だ。それに・・・そろそろ気付いてほしいものだ。私は・・・君がずっと好きなんだよ」
「え、それ・・・ホント?」
「嘘でこんな恰好しないさ・・・。しかも寒い冬に・・・」
俺は驚きで何も言えなかった。何も言えずにいると、彼女の方から口を開いた。
「・・・君は、私のことが嫌い?」
「そんなことはない!す、す、好きだ!」
「良かった・・・。これでフラれたら恥ずかしいにもほどがある。じゃあ、寒いから、私を暖めてくれないかい?」
「お、おう」
俺は同じように服を脱いで、彼女を抱きしめた。
「君は温かいんだね・・・一応言っておくけど、初めてだから・・・優しくしてね・・・」
「う、うん・・・」

これから後のことを書くのは俺だけの思い出に留めておきたい。
ただ、気になっていた女子と結ばれた最高の年明けだった。

その日から3学期が始まるまで彼女とは一回も会わなかったが、俺はずっと彼女のことを考えていた。
彼女と一緒の大学に行きたいと今まで以上に強く思いながら、勉強に打ち込もうとした。
だが、彼女のことを考えると勉強も手につかなかった。

1週間後、3学期が始まった。
「やぁ、和彦。しばらくぶり」
「お、おう、彩夏。1週間ぶりだな」
「そうだね、あの日は済まなかったね。私の勝手な思いを・・・」
「いや、全然!俺も同じ気持ちだし!」
「そうか・・・安心したよ」
「それでさ、今日の放課後、俺の家に・・・」
「ダーメ。・・・あの日の続きは受験後にね♪」
彼女はウインクすると、前を向いて、女子と話し始めた。

すっかり彼女と行為に及ぶつもりであった俺は衝動が抑えられなかった。
家に帰ってからもそれは収まらず、自分の手で自分を慰めた。
次の日も、その次の日も俺はずっとそうし続けた。
そして、そのままセンター当日を迎えた。
学校の席順は50音順、センターも50音順。センター当日も彼女は俺の前の席に座っていた。
そんな状況で俺は集中できるわけもなく、結果は惨憺たるものだった。
志望校を受けることもできなかった。
私立を申し込まなかった俺は一浪した。

一方、彼女は危なげなく合格した・・・らしい。

結果発表の日、俺は彼女に電話をかけた
「もしもし、合格したらしいね。おめでとう」
「え?あ、うん、ありがとう。用件はそれだけ?」
「え?うん・・・。」
「そう、じゃあね」
電話を切られた。

それ以降、俺は怖くて彼女に電話を掛けられなかった。
勿論、彼女から掛けてくることもなかった。
後から聞いた話だが、彼女は大学に入るなり、同じ学部の男と付き合い始めたそうだ。
推測だが、彼女は同じ志望校の俺を堕落させようとしたのではないだろううか。
その策略に俺はまんまとハメられたわけだ。
俺は今、K塾で必死に勉強している。
絶対にココで彼女は作らない。
そう心に決めて、勉強に励んでいる。
受験生は、絶対に彼女を作ってはいけない。
男子校を出たからって予備校で彼女を作るなよ。
もちろん彼氏もだぞ


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