「ふぅ」
ビルの壁にもたれかかり煙を吐く。路地裏なので光は入ってこない。見上げると真っ青な空を一羽の鷹が飛んでいるのがビルの隙間から一瞬だけ見えた。そろそろ移動しようかと思ったその時、発砲音とともに突然くわえていたタバコが半分消し飛んだ。
”敵!”
すぐさまビルに入る。五感を研ぎ澄まし、階段を駆け上がりながら足音で敵の人数を確認。ひぃ、ふぅ、みぃ、四人。二階で迎え撃つか。部屋に入り遮蔽物を探す。どうやらオフィスみたいだ。机に身を隠し、太ももに下げたホルスターからハンドガンを引き抜くと、敵がドアを蹴破り入ってきた。
撃鉄を起こし、机の影から発砲。入り口付近にいた男が呻きながら倒れた。続けて、右から回り込もうとしていた男に二発。コルト・ガバメントが軽快な音を立てながら45ACP弾を吐き出す。後ろに気配を感じ姿勢を低くしながら移動する。あと二人。
痺れを切らした一人がアサルトライフルを乱射した。右隅か。もう一人を足音で探す・・・左隅。パッと机から身を出し右隅の男の頭を打ち抜く。額に赤い点が浮かび上がる。横に飛び、左隅の男の狙いを逸らしつつ発砲。ちょうど四発撃ったところでスライドが戻らなくなった。
立ち上がり弾倉を変えつつ耳を澄ます。増援はさっき上がってきた正面の階段から二人、その反対側にある非常階段から三人か。他にもビルの周辺に何人か控えてるのが分かる。まずいな。
下に降りるのは・・・ダメだ、囲まれて殺られるのがオチだ。かといってここに留まるのも危険すぎる。三階までしかないこの建物で篭城できるほどの装備はそろっていない。どうする・・・?
足音がだんだん大きくなる。心臓が早鐘をつくように高鳴る。焦るな、考えろ。他に行けそうなところは屋上ぐらいしかない。しかし行ったところで・・・いや、さっきいた路地裏を思い出せ。ビル同士はそんなに離れてなかったはずだ。なんとかなるかもしれないぞ。屋上へは非常階段を使うか。
閃光弾のピンを抜き、先ほど入ってきたドアの方に放り投げる。振り返りコルトをしまい、左腰に下げた愛刀”蒼雨”に手をかけ、非常階段のドアを見つめる。大きく息を吸って吐く。後ろで炸裂音と悲鳴が聞こえると同時に勢いよくドアが開いた。男が一人立っている。残りの二人はまだ追いついていないのだろう。男がハンドガンを構える。SIG P226だ。全神経を銃に集中させる。汗ばむ手。
閃光。銃口から弾丸が放たれる。同時に蒼雨を抜刀しながら振りぬく。
一閃。甲高い音を立てて9mmパラベラム弾が真っ二つになりはじけ跳んだ。男の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
間髪入れず一気に間合いを詰める。男が我に返り銃を乱射してくるが手がブレてあたらない。あと2m。蒼雨を正面に構え最後にもう一発弾丸をはじきながら大きく一歩踏み出し、左から右へと男の胴を薙いだ。コバルトブルーの刀身が血で真っ赤に染まる。
五感をフル稼働させて気配を探る。残りの二人がすぐそばまで迫っているのを感じる。一歩下がり構える。部屋に入ろうとした一瞬の隙を狙い、突進突き。78cmの刃が二人の首をまとめて貫いた。そのまま非常階段を駆け上がる。後ろから怒号と銃声が聞こえたが構わず走る。
屋上に着いた。隣のビルとの距離を測る。およそ2m。読みはアタリだ。蒼雨を鞘に戻し覚悟を決める。乾いた風と刺すような日差しの中、勢いよくダッシュし隣のビルへと飛び出した。
リテラード国。世界の中心より少し離れた所に位置する、暴力と金を好む国王と愚かな民衆で成るこの国で、密輸、強奪、人殺し等々なんでもやりながら私は金を稼ぎ、裏社会で勝手気ままに生きていた。
ある時、国王がたいした理由もなく隣国と戦争を起こした。軍事力だけは強大なこの国に隣国が勝てるはずもなく圧勝。領土の半分を奪い取った。
しかしここである問題が起こった。奪い取った領土の使い道だ。別に特に土地が不足しているわけではなく、何か新しく発掘できるわけでもない。必要のない領土を手に入れてしまった国王はあることを思いついた。戦争に付き合わされた民衆の不満を解消させる、ある意味一番くだらない使い方を。
”犯罪者無罪獲得試験”
監獄へと送られた犯罪者達を隣国から得た領土へと送り込み戦わせ、生き残った者達を無罪とする。そう銘打たれたこのデスゲームは実際は国王が提供し、民衆とともに楽しむただの見世物だった。領土内に設置されたカメラなどによって犯罪者達の様子は国中に報道され、民衆たちはそれを大いに楽しんだ。いつしか生き残った時の賞金や名声などを目当てに犯罪者だけでなく色々な者達が参加するようになっていった。
私はというとそんなものに全然興味は無かったし、参加する気などさらさら無かった。だがしかし、二週間前、私はちょっとした手違いによってこのデスゲームへと参加することになってしまったのだった。
市街地の外周部にある建物の中、周囲に敵がいないか確認し、ほっとため息をつきながら置いてあった机に腰掛ける。なんとかビル街での奇襲から逃げ切り、休憩できるところを見つけ一安心したところだ。タバコに火をつけ、残弾を確認する。そろそろ補給できないと辛くなってきたな。
派手に割れた窓から月の光が差し込んでいる。昼間の戦闘が嘘の様な不気味な静けさ。弱弱しい光を瞬かせながらタバコが灰となって落ちていく。壁にかけてある大きくヒビのはいった鏡が目に入った。燃えるような赤い短めの髪に深紅の瞳。この姿になってからもう5年か。髪が栗色だった頃が懐かしい。
「おい」
びっくりして振り向くと一人の男が部屋の入り口に立っていた。黒のジャンバーに白のシャツ、こげ茶のズボン、黒のブーツを履いている。考えるより先に体が動いた。蒼雨を抜き、男の頭部を突く。切っ先が迷いなく顔の中心に向かっていき、あと数センチというところまできたとき・・・男が顔をずらした。
鈍い音を立てて獲物を逃した蒼雨が壁に突き刺さる。驚きとは裏腹に私の手は機械のような正確さでガバメントをすばやく抜き、撃鉄を起こしながら男の顔へと狙いを定めた。
「ちょっと待てって」
男がそう言いながら銃口に手をかざした。そんなことで防げるわけがない。私は勝利を確信し引き金を引き・・・
「引き金が落ちない!?」
衝撃の連続で思わず声が出てしまった。ふっと全身の緊張が緩む。
「お嬢ちゃん、落ち着けって」
男が笑いながら言った。私は男に敵意がないことを確認し、まだ力のうまく入らない手で蒼雨とガバメントをしまった。改めて男を見る。年は二十代後半だろうか。真っ黒な髪が肩まで伸びている。深い闇のような漆黒の瞳と目が合った。
「やっとまともに話ができるな」
男がタバコに火をつけながら言った。私はだいぶ落ち着きを取り戻してきた。
「それで、私になんの用?やろうと思えばいつでも私を殺せたはずでしょ」
「率直に言うと、俺と手を組んで欲しい」
なるほど、そういうことか。納得すると同時に疑問もわいてくる。
「何故私なの?他にももっと大規模なグループと手を組めるでしょうに」
「それは俺同様、一人で戦ってる嬢ちゃんなら分かると思うけどな」
うまく働き始めた頭で思考を整理する。このデスゲームにはいくつかルールがある。まず、当たり前だが一回領土内に入ったらゲームが終了するまで外に出ることは出来ない。代わりに禁止されていない武器ならいくらでも持ち込み可能だ。次に、領土内には補給ポイントと呼ばれるエリアがいくつかあり、そこで武器や弾薬の追加などが出来る。そして最後に、優勝者は最大10人までであり最終的にそれを守れれば何人で手を組んでもいいというルール。つまり、仮に20人のグループを作り、その他の敵をすべて排除した時、その後に仲間内で戦って10以下に減らせば何も問題ないということだ。
右腕につけたデジタル式の腕時計を見る。ゲーム開始前に支給されたものだ。この時計は時間のほかに残り人数も確認できるようになっている。液晶の右上に78という数字が浮かび上がっていた。過去最大の規模でゲームが始まってから二週間、150人いた参加者は既に半分近く減ったことになる。人数が減ったことで戦闘の数も減るだろうが一人の私がつらいことには変わらない。なら他のグループ、できれば多人数のものと手を組みたいが、それにはもし裏切られた時または裏切った時に相手をする数も多いというリスクが伴う。だいたい、大抵のグループはゲーム開始前から手を組んでいたヤツらであり、その中に単身で入るのはある意味一人で戦うよりもずっと危険だ。
「二人ならいつでも相手を撃てるし、裏切ってもリスクはないに等しい。グループ内での抗争に気を揉むこともない。そういうこと?」
「そんなとこだ。まあ一つ付け加えるとすれば、手を組むなら腕が立つヤツじゃなけりゃ意味がないってことかな」
「じゃあ、私が腕が立つと判断した根拠は?」
「気付かなかったのか?嬢ちゃんのタバコを吹き飛ばしたのは俺だ」
「なっ」
「市街地で行動してたら偶然嬢ちゃんを見かけてな。嬢ちゃんが一人で行動してるみたいだったからちょっと様子見てたんだが、敵が迫ってることに気付いてなかったんで手助けしてやったのさ」
「・・・それでその後の戦闘をじっくり観察して決めたってわけね」
「その通り。それで?手を組むのか、組まないのかどっちだ?」
さっき声をかけられるまで気配がまったくなかったことといい、異常な反応速度といい、遠距離からタバコを打ち抜く正確さといい、この男はかなりの実力者みたいだ。利害も一致しているし、手を組まない理由はない。何よりこの男自身に少し興味があった。
「組ませてもらうわ。どうせ断ったとしてもあなたに殺されるのがオチだし」
「決まりだな。俺はクルエ・ウォーレス。嬢ちゃんは?」
「アキ・アルベルティ。それと嬢ちゃんはやめて。一応、二十歳なんだから」
「了解。それじゃよろしくな、アキ」
「短い間だけどよろしく、クルエ」
そう言って握手を交わす。
”手を組むのがこれで最後だといいけどな”
クルエが独り言のようにそうつぶやいて手を離した。私が疑いの眼差しを向けると、クルエはごまかすように咳払いをする。まあ、今考えても仕方がないと自分を納得させ、まず目先の疑問を解決することにした。
「ところで、さっきなんで引き金が落ちなかったの?」
「んー、ちょっと貸してみな」
ガバメントを抜き、放り投げるとクルエは器用にキャッチし、軽く構えたりグリップの感触を確かめたりしながら説明を始めた。
「M1911別名コルトガバメント、シングルアクションオートの拳銃であるコイツは45ACP弾という強力な弾丸を発射するためにショートリコイルという動作機構を採用してる。そんで、反動を利用して作動するショートリコイル式は安全に動作させるためにスライドが少しでも後退していると引き金が反応しなくなるようになってんだよ。こんな風に」
クルエがガバメントのスライドを手のひらで軽く押し、大げさに引き金を引く動作をする。そんな裏技が・・・ていうかそんなん狙ってもできないでしょ。普通。
「よく手入れしてあるな」
そういいながらクルエがガバメントを投げ返し、あわてて私はキャッチした。そんな私を気にすることなくクルエは窓枠に座る。
「んじゃ俺からも質問するかな。どこでその刀捌きを習った?少なくとも弾丸を斬るなんて人間業じゃないぞ」
「昔々あるところにジパングという国がありました。その国ではSAMURAIという絶滅危惧種が・・・」
「要するにまともに説明する気はないと」
「話すと長くなるからめんどくさいのよ」
五年前、私はある科学者が行っていたパーフェクトヒューマン計画と呼ばれる計画によって最強の人類へと改造された。私を改造した後、その科学者は自分の研究を完成させたことに満足し失踪したが、おかげで私は人の何倍もの身体能力、情報処理能力、聴覚、嗅覚、視覚、触覚、味覚といった感覚器官をもつことになり、挙句は銃弾を斬るなんて離れ業も習得してしまったのだった。
「まあそこはさして重要でもないからいいか。それじゃ、どんなことまで可能なんだ?こっちはこれから手を組む上で大事だからちゃんと答えてくれよ」
「どんな状況でも出来るわけじゃないわ。まず銃口を視認できてないと切れない。弾丸は音速を超えるから音で反応することは出来ないの。次にマシンガンなどの連射武器、ショットガンなどの散弾は当たり前だけど切れない。逆に言えば発砲時のマズルフラッシュさえ確認できればスナイパーライフルの弾だって切れるけどね」
「恐ろしいな。他には?目に見えないはずの敵の動きがまるで手に取るように分かっているような節があったが」
「感覚が鋭いのよ。視覚以外の感覚だけでも十分戦えるくらいに」
「そいつは驚いたな」
クルエは別段驚いたようでもなさそうにそう言った。おそらくこの男は私の能力を大体把握しているのだろう。
「そっちこそこそどうなの?」
「あー説明するのは少しめんどくさいな。おいおい分かるだろ」
実戦で語るというのか。私には説明させたくせに。
「少なくとも嬢ちゃんを失望させはしないと思うが」
「嬢ちゃん禁止」
”悪い、悪い”とクルエが笑いながら謝る。
これが私とクルエの出会いだった。この時私はただこのふざけたデスゲームで生き残ることしか考えてなかったし、クルエについても何も知らなかった。そう、何も・・・
「んー」
軽く伸びをして部屋の隅に置かれた机に腰掛ける。ここは領土の中央に位置する、巨大な橋の真ん中にある、大きな三階建ての建物の中。橋を早く渡りきりたかったが補給ポイントとなっている部屋を見つけ私とクルエは休憩することにしたのだった。
時計を確認する。クルエと手を組んでから既に約三週間が経ち、残り参加者はあと36人となっていた。数字がだんだん減っていくにつれ戦闘の数こそ少ないものの敵は確実に強くなっていった。正直、私一人では生き残れてはいなかっただろう。
クルエの実力は予想を遥かに超えたものだった。クルエ自身の戦闘力も、もちろん高レベルのものではあったが何より状況判断力が抜群で、二人の能力を最大限生かすように戦場をコントロールした。いったいどれほどの場数を踏んできたのだろうと思わせるような指揮力だ。
「おっP90じゃねえか。ラッキー」
クルエがそういいながら、その特殊な形状からヴァイオリンなんてあだ名で呼ばれるサブマシンガンを、武器の入っている箱のひとつから取り出す。そのままP90を腰に下げるとすぐにまた物色を再開した。私はタバコに火をつけ、先ほど武器の山から見つけ出したアサルトライフル、Mk17に微調整を加える。ダットサイトは・・・必要ないか。フォアグリップだけ残して他のオプションパーツははずすことにした。
「アキ」
顔を上げるとクルエが何かをこっちに投げた。両手で受け取り、よく見るとリボルバーだった。通称SAA、シングルアクションアーミー。少し長めの銃身から推測するにキャバルリーモデルだろう。クルエが嬉しそうな顔でこっちを見る。
「使ってみろよ。こんなんめったにお目にかかれないぞ」
「こんな骨董品役に立たないでしょ。ダブルアクションでもないし」
「おいおい、リボルバーは男のロマンだぞ?こいつをここに置いた奴はなかなかいいセンスをしてる」
「じゃあクルエが使えばいいじゃな・・・」
足音だ。クルエと目を合わせる。さっと武器の確認をし、ドアの両脇に位置どる。SAAの撃鉄を起こし気配を探る。
「状況は?」
クルエがP90の安全装置を解除しながら聞いてきた。
「一階に4人、二階・・・この部屋の向かいの部屋に3人、廊下に2人、三階に4人」
「移動が素早いな。なかなか手強そうな連中だ」
「どうするの?」
廊下の二人がこっちに近づいているのが分かる。私は空いているほうの左手で蒼雨を抜き、逆手で持った。
「まず廊下のヤツを殺る。その後アキは三階を頼む。俺が一階の奴らを食い止めながら二階の残りを殺るから、三階を制圧したらすぐに戻ってきてくれ」
「了解」
ゆっくりと深呼吸し集中する。頭の中でカウントをとる。3、2、1。
乱暴にドアが開いた。続けて部屋に入ろうとした男の首を、私は蒼雨で下から上へと刎ねた。それと同時にクルエがドアから身を出し、廊下にいた残りの一人をP90で打ち抜く。
「アキ!行け!」
私は部屋から飛び出し、廊下の中央につながっている階段へと走る。ちょうど階段を上ろうとした時、向かいの部屋から敵が出てきた。続けて聞こえてくる叫び声と銃声。クルエを信じ、私は階段を駆け上がった。
三階に着いた。目を閉じ、敵の位置を把握する。さっきの部屋のちょうど真上にある部屋に二人、廊下を挟んでその向かいの部屋に一人、廊下に一人か。廊下に留まるのは挟撃を受ける危険性が高い。どっちかの部屋に突っ込むしかないな。二人の方に突撃するか。
SAAをしっかりと握りなおし廊下へと飛び出す。廊下にいた男が驚きながら、手に持っていたマシンガンをこちらに向けようとする。男までの距離は約3m。ギリギリ間に合うな。
私は精一杯足に力を込め、大きく踏み出しながら、逆手に持った蒼雨でマシンガンを水平に切り裂いた。同時に素早く右手のSAAで男の頭を打ちぬく。そして蒼雨を鞘に戻しつつ、勢いそのまま奥の部屋へと猛ダッシュ。ドアに意識を集中させる。
乾いた音を立て、ドアノブが回った。ドアが開き切らないうちに私はSAAのトリガーを引きっぱなしにしながら下から振り上げるようにして、腰あたりに構えた左の手のひらにその撃鉄を叩きつけた。撃鉄が起きると同時に落ち、直径約11mmの弾丸が勢いよく発射される。ファニング(あおり撃ち)と呼ばれる早撃ちの一つだ。走り続けながら弾薬がなくなるまで繰り返す。部屋から出ようとしていた一人が血飛沫を舞い上げながら倒れた。
SAAを投げ捨て部屋へ飛び込む。部屋に残っていた一人がアサルトライフルを構えた。私は右手でその先端を左に弾き、左手で首に掌底を入れる。ひるんだ隙に持っていたAK47を奪い取り、そのまま数発弾丸を浴びせた。
再び廊下に戻ろうとドアの方に向かうと、廊下を挟んで向かいにある部屋から女が銃を構えているのが見えた。私は慌ててドアの脇に身を隠す。直後に何発か弾丸が風切り音を発しながら真横を通り抜けた。
「ふぅ」
ゆっくり息を吐き、呼吸を落ち着かせる。AK47の湾曲したマガジンを外し、残弾を確認しながら、女の位置を銃声と弾道から特定。マガジンを元に戻し、AK47だけをドアの陰から出し発砲。けたたましい音を立てながら7.62×39弾が次々と発射される。女の悲鳴が聞こえたのを確認し私はAK47を放り投げ、階段へ向かう。階段に辿り着いたとき、無線が鳴った。
”アキ、まだ終わらないのか?早くこっちに来てくれ!”
”今、向かってる!”
そう返し私は階段を駆け下りた。階下から聞こえる爆発音や銃声から察するに大分戦闘が激化してるようだ。クルエは二階と一階をつなぐ階段の途中にある踊り場に陣取っていた。腰に掛けたMk17を抜き安全装置を解除しながら、階段の影に身を隠しているクルエの元に向かう。
「遅いぞ!」
私が隣に来るなりクルエがそう言った。どうやら負傷はしていない様だ。
「これでも、善戦した方なんだから」
「何はともあれ選手交代だ」
クルエと拳を打ち合わせ、位置を入れ替える。私は階下に向かって掃射しつつ、敵が階段とつながっている廊下の左右に二人ずつ構えているのを確認した。
「それで、どうやって切り抜けるの?」
P90のマガジンを変えているクルエに向かって、私は一階から目を離さないまま聞いた。
「スモークを使う。右は俺が殺るから左は任せた」
「了解」
クルエがスモークグレネードのピンを抜いた。もう一度一階に弾丸をばら撒き、Mk17をしまう。クルエがグレネードを投げる。蒼雨を鞘ごと腰から抜き、左手で持ちながらクルエと呼吸を合わせる。束の間の沈黙。
炸裂音と同時に階段を飛び降りた。真っ白な煙の中を、視覚以外の感覚をすべて駆使しつつ敵の方へと向かう。あともう少し。蒼雨握る手に力が入る。突然、男が二人、縦に並んで目の前に現れた。
前にいた男がサブマシンガンをこちらに向けようとする。私は素早く左手に持った蒼雨を左から右へと振り、その手に鞘を当てた。男が顔をしかめながらサブマシンガンを落とす。そのまま右手で蒼雨の柄を押すようにして、鞘の先で男の胸の辺りを突く。男がバランスを崩し、後ろの方へよろめいた。後ろにいた男が慌てて受け止めようとする。その一瞬の隙に私は蒼雨を腰に構え、走り抜けながら居合い斬りで二人の胴をまとめて薙いだ。紅の鮮血が舞い上がる。刀身についた血を払い、ゆっくりと蒼雨を鞘に納めると徐々に煙が晴れてきた。
「おーい、無事か?」
後ろからクルエの声が聞こえてきた。私は振り返りながら答える。
「大丈夫、負傷してない。そっちは?」
「こっちも問題ナシだ。ちょっと疲れたな。今日はここで休むか」
「それがいいかも」
煙が完全に晴れた。クルエがちょうどタバコに火をつけようとしていた。私は側に寄り、自分のタバコに火をもらう。
「さっきのでだいぶ減ったんじゃないか?」
クルエが高そうな銀のライターをポケットにしまいながら言った。計13人殺ったから23人残っているはずだ。私は時計を確認して驚いた。
「11!?」
私達の他にも戦闘があったのか。クルエもあわてて自分の時計を確認する。そして考え込むような顔をして
”9人か。まあ予想通りとはいえ少し早かったな”
とボソッとつぶやいた。私が声をかけようとすると突然、時計がけたたましく鳴った。続けて、どこかで聴いたことのあるような男の声が流れる。
”参加者諸君、私はこのゲームの主催者だ。ここまで生きのこった君たちに賛辞のひとつでも送りたいところだが、早速本題に移ろうと思う。残り人数もわずかとなったところで、私はゲームの最後を派手に終わらせるために新しくルールを設けることにした。現在、二つのグループが残っており、二人で行動してるグループは橋の中心に位置する建物内、もう片方の9人のグループは二手に分かれて橋の両端付近にいるようだが、明日の朝から橋の上以外のエリアでの行動を禁ずる。要するに諸君には明日、橋の上で最終決戦をしてもらう、ということだ。それでは諸君の健闘を祈っているよ”
それきり時計は再び一切の音を発しなくなった。逃げ場のない橋の上で挟撃される、状況は最悪だ。クルエを見るとこれまでにないほど険しい表情をしていた。
「勝負が始まる前から王手をかけられた気分ね。どうする?いっそのこと今から攻め込んでみる?」
「・・・少し時間をくれ」
そう言ってクルエは階段を上がっていった。私がいても邪魔になるだけだろう、そう思い私は嗅ぎ慣れたはずの血と硝煙の臭いから逃げるように外に出た。ちょうど夕陽が沈みかけていたところで、空が茜色に燃えていた。
日も沈み、すっかり暗くなったところで私は建物に戻った。クルエは武器の置かれている部屋にいた。どうやら対人地雷や設置爆弾を漁っているみたいだ。
「もう作戦は出来上がったの?」
訊ねるとクルエは手を止め、こちらを振り返り
「おっ戻ってきたのか。一応、完成した。まあ作戦というよりベストを尽くす方法って言った方が正確だけどな」
と言いながら壁の方に向かった。私はその後ろについていく。
「説明するぞ」
腰に下げたコンバットナイフを引き抜き、壁にしるしをつけ始めた。
「この直線が橋、んでその真ん中にある長方形が俺たちのいる建物だ。敵はこの両側から攻めることになる。それじゃあどう攻めてくるか?」
「単純に建物の前後の入り口から同時に攻めて制圧するだけでしょ」
「考えなし突っ込んで来るようなこれまでの相手ならな。その戦法は入り口の狭いこの建物ではリスクが高い。おまけにこっちには武器がそろってる。片方の入り口を押さえ、その隙にもう片方の入り口から脱出するだけなら二人でも十分可能だ。ここまで生き残ってきたヤツらがそんなへまをするとは思えない」
「なるほど。それで?」
「おそらく、こんな風に分かれてくる」
クルエがナイフで点をつけた。建物の上側に6個、下側に3個。
「6人の方が片方の入り口からこの建物に攻め込み、3人の方は俺たちがもう片方の入り口から逃げた時に狙撃する。この構成が最大限、数の利を生かす構成だろう。片方を人数の少なくて済む狙撃手とその補佐に任せ、もう片方から必要最低限の人数で攻め込めるからな」
「断定していいの?」
「断定できるわけじゃないが少なくとも俺ならそうする。そしてあっちにも俺ぐらいには頭の切れるヤツがいるだろうってとこかな」
「なにそれ」
「まあ勘だよ勘。他に案があるならそれでもいいが?」
「無いよ。クルエを信じる。で、どう対処するの?」
「まず、しばらく二人で建物内で戦って一人でも敵を減らす。それから隙を見てアキは外にでて狙撃手の方を殺ってくれ。俺は建物に残り、残りのヤツと延長戦だ」
「それって作戦と言うよりただの分担なんじゃ・・・」
「言っただろう?ベストを尽くす方法だって。こちらと相手の戦力、戦場、その他諸々から判断するに分担する方が一番生き残る可能性が高いってこった。後はどっちがどっちを受け持つかだが、機動力のあるアキが狙撃手を相手する方が効率がいいからな」
「どっちにしろ状況が圧倒的に不利なことには変わらないわけね」
「そういうことだ。運と自分の力量で何とかするしかない」
クルエが壁から離れ、今度は爆弾を両手いっぱいに持ってきた。
「無線で指示するから仕掛けてきてくれ」
「了解」
爆弾をすべて設置した後、部屋に戻るとクルエがライターを熱心にいじっていた。
「何してるの?」
と私が訊くと
「いざという時の保険だよ」
と笑いながら言った。時計を見ると八時三十三分だった。私はタバコに火をつけイスに腰掛ける。
「それにしてもなんで9人なんだろう?9人ならもう一人増やして10人で組んだ方がいいじゃない?」
「さあな。最後の一人が見つからなかったんじゃないか?」
「そんなもんかな」
クルエはこっちに目もくれずにライターを分解している。いったい何の細工をしているのだろう?
「スナイパーライフルってここにあったっけ?」
「ないな。狙撃手相手に何とかこっちの有効射程まで突っ走って戦うしかない。がんばってくれよ」
橋の途中にところどころ置いてある車を遮蔽物にして、距離を詰めるしかないか。何もしていないのも落ち着かず、ガバメントを手入れすることにした。スライドを外し、スプリングの調子や、シアがちゃんと動作することを確かめ、銃身を丁寧に掃除する。
「もし片方が死んだらどうする?」
「・・・もう一人も死亡確定だ」
それっきり会話はひとつもなかった。緊張と不安の中、私はいつもより少し早めに眠りについた。
翌朝。
クルエと正面の入り口に陣取る。昼までは攻めては来ないだろうと高を括っていたが、十一時を過ぎたぐらいに突然敵が攻め込んできた。
「ショータイムだ!気ぃ引き締めろよアキ!」
クルエがそう叫びながらグレネードを投げ、最終決戦の火蓋が切って落とされた。私は片膝立ちでMk17の銃床をしっかりと肩に当て、構える。敵は・・・6人。クルエの予想はドンピシャだ。
無数の弾丸と爆発物が飛び交う。途切れることのない銃声と身を焦がすような熱気。今まで経験したことの無いほどの激戦となった。私はありったけの弾丸をばら撒く。
”そろそろ一人くらい脱落して欲しい頃だな”
無線でクルエが言った。これほどの重圧の中、まだまだ余裕があるのはさすがと言ったところか。それから五分も経たないうちに私のMk17が、身を隠すのが一瞬遅れた一人を仕留めた。
”よくやったアキ”
クルエが私の後ろ側の部屋のドアから視線を交わしてくる。
”ボヤボヤしない!”
そう返し、弾倉を変え、引き続き弾幕を張り続ける。このペースだと狙撃手との戦いまでにMk17は撃ち切るだろう。
”あともう五分したらここから出ろ”
”了解”
あっという間に五分が過ぎる。その間に何とかもう一人沈めた。後はクルエ次第だ。
”出口までエスコートしてやる。ヘマすんなよ!”
”そっちこそ!”
クルエが弾幕を張る。私はMk17を投げ捨て、出口に向かって駆ける。途中、クルエの横を通り過ぎる時、右手同士でバチンと手を打ち合わせた。強く叩き過ぎてヒリヒリする手の痛みが引かないうちに、私は建物を飛び出した。
建物の中から一変して冷たい風が頬を撫でる。照りつける太陽の下、橋の向こうまでをさっと見渡し、遮蔽物の位置を一瞬で頭に叩き込んでから、手前にあった車の陰に飛び込む。ここからはひとつのミスも許されない。
もうそろそろ移動を開始しようかと思ったその時、私から数十センチ離れたところに、くぐもった音を立てながらぽっかりと穴が開いた。背筋が凍る。
”アンチマテリアルライフル!!”
死への恐怖から硬直する体を無理やり制御し車の陰から私が飛び出したのと、次弾が再び車の鉄のボディーを突き破ったのはほぼ同時だった。一目散に一番近い車に身を隠し、真っ白になりそうな頭をなんとか働かせる。
まずは状況整理だ。敵は三人。うち一人はアンチマテリアルライフルを所持。残りの二人は位置も装備も確認できていない。こちらはガバメントの有効射程まで近づく必要がある。
頭上に穴が開く。急激に荒くなる呼吸。震える手を胸に当て、深く息を吸い、吐く。
おそらくサポートの二人の方は簡単に処理できるだろう。問題は対物狙撃銃だ。しかも発射間隔から推測するにボルトアクションではなく、すばやく連射が可能なセミオートマチック式。その巨大な銃身から発射される、50口径という大口径の弾丸はやすやすと分厚い金属の板を貫く。
今度は右上に穴が開いた。全身から汗が吹き出す。
落ち着け。遮蔽物がまったく利かないわけじゃない。相手は私が遮蔽物の何処あたりにいるかまでは正確に把握できない。しかし、遮蔽物に飛び込もうとした時を狙われる恐れもある。出来るだけ予測に反するような変則的な動きで走り抜けるしかないか。
車の陰から飛び出す。橋の向こうで一瞬だけ何かが光った。マズルフラッシュだ。直後、風を切り、うなりをあげながら金属の塊が私の横を通っていった。とりあえず狙撃手の位置は確認できたな。右前方に車に向かって進む。そして車の後ろに飛び込むと見せかけ、勢いをつけてジャンプし車を飛び越えた。着地し、すぐさま前方へダッシュ。後ろをチラッとみるともし飛び込んでいたら私がいたであろう位置に穴が出来ていた。
左右に蛇行しながら進んでいくと、突然左前方の軽トラックの陰から男が飛び出してきた。その右手にはクルエが持っていたものと同じコンバットナイフ。男の突きを体をわずかに右へとそらして避け、伸ばした右腕を掴み引っ張りながら腹に膝を入れる。両手で男を突き飛ばし、よろめいたところを蒼雨で一閃。全力疾走を再開する。あと半分だ。
死と隣り合わせの極限の状況の中、緊張と高揚が綯い交ぜになってくる。加速する思考、鋭さを増す知覚。全身から得た情報を脳が焼き切れんばかりのスピードで処理する。
右手でガバメントを抜いた。もう一人の位置はすでに風が運んでくるにおいから割り出していた。右前に置いてあるコンテナの影から男が飛び出したとき、すでに私は男との距離を1mまで詰めていた。大きく一歩をふみだし、左手で男の頭を鷲掴みにし、首に一発。薬室から勢いよく飛び出した空の薬莢が地面に落ちるよりも早く、目の前にあった車の陰に隠れる。
タバコをくわえ火をつける。熱を帯びた煙が肺を満たす。残る敵はあと一人。もう、あと三分の一のところまで来ている。滾る血を冷ますようにゆっくりと煙を吐く。無線が鳴った。
”アキ、そっちはどうだ?”
”一番いいところ。そっちは?”
”こっちもだ・・・死ぬなよ”
”・・・了解”
ほんのわずかでも足を止めれば死だ。覚悟を決め、タバコを投げ捨て、私は飛び出した。
右へ左へ蛇行を繰り返しながら前へと進む。動きが周期的にならないように細心の注意を払う。一発、二発・・・迫り来る弾丸の数をカウントし、リロードの隙に一気に距離を詰める。あともう少し。
”まずいっ”
無線からクルエの声が聞こえたあと、何かを引っかくような音が鳴った。どうやら無線を落としたみたいだ。続けて知らない男の声が聞こえる
”お前の負けだ。ウォーレス中尉”
無線が入ったままになっているのだろう。耳を傾けながら走る。あと10m。
”ずいぶんと偉くなったな、レイチェル”
知り合い?いや、こっちに気を取られすぎるな。とりあえずクルエが危ないことだけを頭に入れとけばいい。あと5m。
”お前がまさか生きてるとは思わなかったよ”
”しぶとさだけが昔から取り柄だったからな”
そこで途切れた。無線を切られたか。急がなければ、クルエが死ぬ。そう思い足を早めようとしたその刹那、全身を冷たい何かが駆け巡った。次の弾は当たる。そう直感が告げていた。もう逃げ場はない、どうするか・・・一か八かに賭けるしかない。蒼雨の柄を握り、意識を集中させる。
マズルフラッシュ。蒼雨を抜く。その刃が深い青の軌跡を描き、私を吹き飛ばさんと向かってくる弾丸とかち合った。耳を劈くような轟音をたて、弾丸がはじけ飛ぶと同時に右腕に激痛が走った。衝撃で骨が折れたのだろう。悲鳴を上げる右腕を無視し、左手でガバメントを抜き、狙いを定めた。
「いけぇぇぇぇ!」
雄叫びを上げながらトリガーを引く。放たれた銃弾がゆるい放物線を描きながら吸い込まれるように狙撃手の額をぶち抜いた。勝った!喜びもつかの間、急いで狙撃手の元に向かう。持っているM82A2を奪い取り、左手だけで持ち、スコープを覗く。3階の窓からクルエが両手を挙げて突っ立っているのが見えた。
敵は・・・見えない。見える位置まで移動する時間もない。かといって博打で撃ってもクルエが状況を打開できるほどの隙を作れるとも思えない。考えろ。クルエの目線の先に敵がいるはずだ。
引き金を絞り、狙いを定める。息を止め、鼓動を落ち着かせる。ゆっくりと引き金を引いた。
野獣の咆哮のような爆音を上げ、50口径の弾丸が飛び出した。スコープを覗き続ける。弾丸が建物の壁を突き破り、直後にクルエが奥へと走りこむのが見えた。やったか?
その後はひたすら無線を待ち続けた。もう何時間も経ったかに思えた時、無線が鳴った。
”やった。やってやったぞアキ!”
そして続く笑い声。こっちもつられて笑ってしまった。
”あなたと組んでよかった、クルエ”
”こちらこそ”
そうしてひとしきり笑いあったあと、国王の手配したであろうヘリに乗り、私たちは領土をあとにしたのだった。
デスゲームが終わってから一週間後、私たちは表彰された。正直、出る気は無かったのだが半ば強引に軍の人間に連れてこられたのだ。表彰が終わり、控え室に戻る途中、クルエが話しかけてきた。
「腕は大丈夫なのか?」
「もう完治してる」
「そうか。それにしても最後どうやって狙撃したんだ?あの位置からは敵は見えなかったはずだ」
「クルエの目線を追ったのよ。あとは建物の構造と照らしあわせて撃った。半分は勘だったけど」
「勘か。いいね、そういうの」
「じゃあこっちも質問。最後に話してた相手は誰?知り合いだったみたいだけど。」
「あー・・・すぐに分かる」
そう言いクルエは真剣な表情を浮かべる。もやもした気分のまま控え室へとたどり着いた。ドアを開け、中へ入ると軍人が三人、こちらに銃を向け私たちを囲むように立っている。何の真似だ?一番階級の高そうな一人が口を開く。
「武器をその場に置け、質問はナシだ」
言われるままガバメントと蒼雨を床に置く。クルエも持っていたハンドガンを床に置いた。
「これからお前たちをある場所へ連行する。騒いだり、変な仕草を見せれば即・・・」
男が急に黙った。クルエが突然、ライターを放り投げたからだ。ぼんやりと突っ立ている私をクルエがジャンバーで覆う。
しばらくしてクルエがジャンバーをはずすと男たちは床に倒れていた。色んなことがいっぺんに起きて混乱する私に向かってクルエが自慢げに言う。
「超音波と閃光で相手を無力化するお手製爆弾だ。いくら軍人でも音と光、両方は防げない。ライターに仕込むのに苦労したぜ」
「すごい・・・じゃなくてどういうこと?なんで私たちが軍に追われるの?」
「脱出しながら説明する。ついてこい」
武器を手に取り部屋を飛び出し、通路を疾走する。途中何回か戦闘をこなした後、走りながらクルエは説明を始めた。
「最初のデスゲームが開催された時、優勝者に無罪と賞金をやるのが癪だった国王はあることを思いついた。秘密裏に葬り去ればいいってな」
「そんな・・・」
「そんで最初の何回かは優勝者を殺すだけで終わっていたんだが、ある時、このデスゲームを軍事演習として用いられないかという意見が軍で浮上してな。それからは軍人が密かにゲームに混ざって優勝してきたんだよ。訓練にもなるし、事後処理も簡単で一石二鳥というわけだ」
「それで、今回クルエが参加することになったってこと?」
クルエが軍人なら並外れた判断力も納得できる。
「そうだ。ところが隊員の中に俺のことをよく思わないヤツがいて、殺されかけた俺は命からがらグループを離脱、偶然お前と手を組むことになり、結果的に生き残り、お世話になっていた軍に追われることになったわけだ」
最後の戦闘で相手が9人だったのはそのためか。
「この国はどこまでもクズみたいね・・・右の通路から三人来てる」
「了解」
クルエが素早く敵を打ち抜く。控え室を出てからだいぶ時間が経っている。出口はまだか。
「もうそろそろ出口だぞ」
しばらく進んで小さなドアを開けると駐車場に出た。軍用車が整然と並んでいる。クルエは管理室らしき建物を襲撃し、車のキーを奪い、近くにあった一台へと乗りこんだ。窓を開け、中から手招きする。
「何のつもり?ここまできたら後は一人でも逃げられるでしょう?もう私と手を組む必要もない・・・」
「おいおい、生死を共にした仲だろう。そう簡単に手を切れるのか?それに、一人で逃げきれるほど軍は甘くないぞ?」
「はぁー」
私は深いため息をつきながら車に乗り込む。クルエはニヤニヤしながらそれを見ていた。
「素直じゃねえなぁ。ちょっとは”置いていかないで”とかかわいらしいことを言ってみたらどうなんだ」
「うるさい」
「そんじゃ、今後ともよろしくお願いしますよ。お嬢ちゃん」
「次それ言ったら頭にドでかいトンネルを空けてやるからね、ウォーレス中尉」
車が発進する。町の喧騒の中を走っていく。私は新しいパートナーとのこれからをちょっとだけ楽しみにしながら外を眺め続けていた。
トップに戻る