おおよそ私は間違っていなかったはずなのだろう。
大概のことは周囲以上に、いや誰よりも優れていた。
だから過信した。自惚れた。いつも一人だった。
似た境遇の者を見つけた。
ほんの少しの迷いはおおよそ正常であった私を蝕んだ。
迷いは少しずつ、しかし着実に私を狂わせた。
いつのまにか私は狂っていたのかもしれない。
もしかしたら、最初から狂っていたのかもしれない。
もうどうしようもないくらい私は焦がれていた—
だから全てを投げ打って捧げたのだ。
我は問い続ける。
我が探し続ける意味を。
我は探し続ける。
我が生き続ける意味を。
我は生き続ける。
我が問い続ける意味に。
「っ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
唐突に目が覚めた。とても暗くて怖い夢を見ていたようだ。
どんな夢だったかは思い出せないが寝巻きは冷や汗でびっしょりになっていた。
恐怖、ただそれだけが残った。
一週間くらい前からこんなことが続くようになっていた。何かの悪夢を見て真夜中に目が覚めさせられる。なんど同じことを繰り返したかわからない。
恐怖とともにいつも何かモヤモヤとした感情が胸を覆う。それは後悔にも似ていた、罪悪感にも似ていた、嫉妬にも似ていた、結局のところなんだか黒い感情の塊としかわからなかった。
暗闇の中、手を伸ばして時計を探って時間を確かめた。
3:15 とシンプルなデジタル式の目覚まし時計は深夜を示していた。
悪夢で目覚める時間はまちまちだが大低は2時前後なのに今日はだいぶ遅かったようだ。
どちらにせよ睡眠時間を削られたことに変わりはない。
これだけ意識がはっきりすると二度寝するのも難しい。
暗闇に慣れた目で、見えているのか見えていないのかわからない天井を見続けながら虚無な時間を過ごした。
何かを考えても少ししたら何を考えていたのかも忘れる。ただただ時間だけが過ぎていく。
—ああ嫌だ。何もかもが嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。・・・嫌いだ。
こんな世界無くなってしまえばいいのに。
じゃなかったらこの世界を自分のものにしたい。
生きる意味を感じられないまま生きることに飽きていた。
生きる意味を見つけられないまま生きるのが嫌になっていた。
そんな時に出会ってはいけないモノに出会ってしまった。いや、引き寄せてしまったのかもしれなかった。
暗闇に満ちた部屋に禍々しい空気が流れた。ドアも窓も閉まっているはずの部屋に生温い瘴気が流れる。
上半身を起こすと宙に不気味な発光体が浮いていた。
「・・・?なんだこれは」
恐る恐る手を伸ばそうとするとそれは黒く点滅し鏡のようにだ円型に薄っぺらくなった。
そこに赤い文字が浮かび上がっていく。
DO YOU WANT TO GET THE WORLD ?
「あなたは・・・世界を手に入れたいと望みますか・・・? どういう意味だ?」
非日常的なその光景に驚いていない自分に驚いていた。心の奥でこういうものに憧れていたからかもしれない。
心は躍り始めていた。現状に辟易していた自分にとって、それが悪いものだろうと良いものだろうと期待せずにはいられなかった。
だから、答えた。
「YES」
赤い文字が膨らむようにして部屋を赤い光に染めた。あまりのまぶしさに目を瞑る。
次に目を開いた時には目の前にいつもの自分の部屋があるだけだった。
「・・・夢か?」
ついに妄想でも見てしまったかと自分を笑いそうになった。
「夢じゃないわよ」
!?
すぐ左から声がした。おどろいてそっちを見ると自分一人しか寝ていなかった布団に人影がもう一人横になっていた。
色白の少女がそこにいた。見た目は高校生ぐらいか。
「君は私と世界を手中に収める。いや収めなければならないの。そういう契約を今交わしたんだよ」
「な・・・何者なんだ貴様は?」
「世界を手に入れようと企む悪者って言えばのいいのかな」
「悪者・・・?」
「いつだって世界征服を企むのは悪者でしょ?だから悪者」
「その言い方だと本当は違うみたいな言い方だな」
「もし成功したら私達が支配者になる。つまり私達が価値観の基準になるから悪者ではなくなるでしょ」
「・・・」
「今は悪役なの。主役になれるかは私達次第。失敗すれば、言わなくてもわかるでしょ」
「・・・」
「怖気づいた?」
「いや」
「なら契約成立ってことでいいのかしら?」
ゆっくりと頷いた。
「ありがとう。では改めて自己紹介するわ。私はそうね・・・スターバードって呼んでくれると助かるわ」
「わかった。スターバード、我の名は吉貝だ」
「我とか貴様って・・・あんたいつもそんなしゃべり方なわけ?」
「ああそうだ。何か悪いか」
「中二病ってやつ?友達いないでしょあんた」
「・・・。構わん、いつだって支配者は孤独なのだ」
「あっそ。下の名前は?」
「ナイトだ」
「本名?」
「貴様に言われたくはないがな。まあ親がつけた正真正銘の名だ」
「吉貝ナイトねえ。ふふなんかアンバランスな名前ね」
「失礼な。下の名前は気に入ってるんだ」
吉貝(よしがい)という名字自体は嫌いではないのだが周りの奴らが変わっている自分をそれにかこつけてきちがいと呼ぶのは嫌いだった。
「じゃあナイト。これからよろしくね」
「あ、ああ」
スターバードというその怪しげな少女は両手をナイトの頬に伸ばして優しく口づけた。
「・・・なっ・・・!」
淡い光が二人を包む。
「契約完了。早速行きましょうか」
心拍数が一瞬にして跳ね上がったナイトをよそにスターバードは右手を下ろしナイトの左手を握る。
「飛ぶわよ」
「は?」
身体がふわっと浮き上がったかと思うと横になっていた身体は冷たい夜風のなかに放り出された。
二人は高層ビルの屋上に立っていた。
「うわっ!」
突然のキスで火照った身体を容赦なく風が吹きさらす。
スターバードの黒髪がネオンに映える。改めてみるとかなりの美人だ。
「そんな格好じゃ見苦しいわね、なんか着たいのある?」
とっさに思い浮かんだのは黒のロングコートだった。
「ぷっ。ほんとにあんたに痛々しいわね」
スターバードが手を離して軽く振るとナイトはいかにもなコートに包まれた。
「さっきの契約で心の中も読めるようになったから変なこと考えないようにね」
「契約って・・・」
「あら?初めてだったかしら?キスよキス。定番でしょ」
「うっ・・・」
無論スターバードの言うとおりこの性格のせいで彼女はおろか友達もいないナイトは何も言い返せなかった。
「ほら。楽しい楽しい世界征服の始まりよ」
「始まりって言ったって世界征服なんてどうやるんだ?」
「そうねえ・・・まずは世界を操る力から手に入れなくちゃね」
「操る?」
「わかりやすく言えば並行に存在する世界を捻じ曲げたりと自由に移動したりとか・・・」
「そんなことが出来るのか!」
ナイトは信じてやまなかった並行世界が存在することに興奮していた。
「私はできないけどね。その力を手に入れる方法はあるわ」
「どうやるんだ?」
「手に入れるのが難しいものを手っ取り早く手に入れるにはどうしたらいいと思う?」
「盗む・・・か?」
「ご名答。悪役にはうってつけの方法でしょ」
「でも、誰から盗むんだ?」
「そりゃあもちろんそれができる存在よ」
スターバードはそこで一旦言葉を止めて星空を見上げた。
そして言い放った。
「神さまから」
遠くで犬が遠吠えが聞こえた。
薄い雲が月を覆う。
風が一段と強くなった。
目下に広がる夜景はいつになく綺麗に見えた。
スターバードがとてつもなく禍々しい存在に見えた。
「貴様は一体何なんだ?なんで我と契約とやらを交わす必要があった?」
「さあね。きまぐれよきまぐれ。一人じゃ心細かったのかもしれないわ」
「一人?」
「裏切り者はいつだって一人。あなたの言う支配者が一人なのと変わらない」
「どういう意味だ」
「どっちも勝手な想像でそう思いたいだけの思い込み。エゴ。一人であることに理由をつけなきゃやってらんないのよ」
「スターバード・・・?」
スターバードの声に悲しみの感情が混ざった気がした。禍々しさは急に消え、今度は一人の少女に見えた。よくわからなくなる。
「ああもう!私らしくないこと言っちゃった。気にしないで、ってか聞かなかったことにしなさい。それが男ってもんよ」
「は、はあ」
若干の静寂が流れた後、スターバードは口を開いた。
「そろそろよ」
雲間から月の光が差す。
はるか下に見える大通りを挟んで反対側の高層ビルの屋上にふわりと何かが舞い降りた。
「見つけたよ。スター」
そいつは静かにスターバードに語りかけた。かなりの距離があるのに声は凛と響く。身長はそんなに高くないし華奢な容姿ではあったがなんというか神々しさを感じさせた。
「聞き捨てならないわね。こっちから出向いてやったのよ」
「ふーん。じゃ、そういうことにしてあげる。で、何のためにまたのこのこと出てきたのかな」
そいつの右目が赤く光ったような気がした。夜間ライトの見間違いだろうか。
「ちょっとこの世界を頂こうかと思ってね」
「へえ。お前がかい?一緒にいるそこの男はそのための布石かなんかかい」
「さあどうでしょうね。自分の目で確かめなさい!」
短くここにいて、と言うとスターバードは向こうのビルに向かって飛び出した。背中に黄金色の翼が現れる。
その姿は星の鳥という名前そのもののようであった。
「ウィルオーウィスプ!」
赤い炎の球がスターバードの周りに浮かぶ。
「お前ってやつは・・・悪魔にまで魂を売ったか!」
そいつが怒りをあらわにする。今度こそ間違いなく両目が赤く光る。
「力を得るためならもう躊躇しないわ!」
無数の炎球がそいつに向かって飛んでいった。そいつが払いのけるようにして腕を振ると炎球を霧散させた。
その攻撃は無意味に終わったかのように思われた。
「チェックメイトよ」
「なに?」
「その炎は合図でしかないのよ」
霧散した炎の位置から不気味な光が現れる。部屋で見たのと似ている。
「さよなら」
光の中から黒ずんだ腕が次から次に現れるとそいつ引きずり込み始めた。
「馬鹿かお前はっ!こんなことをすればお前だって・・・」
「もういいの。私のことは」
ナイトの足元によくありそうな魔法陣が現れた。不気味な光で描かれている。
「なぜそこまでしてあいつに・・・!」
スターバードが顔から下を光の中に引きずり込まれたそいつの耳元に何かをささやくとそいつは驚愕した顔をしたまま吸い込まれていった。
それと同時に足元の魔法陣が瞬く。
「受け取りなさい。神の力よ」
ナイトの胸がチクリと痛んだかと思うと溢れんばかりの目映い光がナイトに流れ込んだ。
「おおぉぉぉぉぉっ!!」
スターバードが飛んでこちらのビルに戻ってくると光も流れ込み終わり、元の暗い夜に戻っていた。
「何が起きたんだ・・・?」
「あんたはさっき言ったように世界を操る力を手に入れたのよ」
「我が?貴様じゃなくて?」
「私には受け取る資格がないもの」
資格がないという言葉が何を意味するのかはわからなかったが聞くことも出来なかった。
「吸い込まれていったのは?」
「この世界の神よ」
「・・・なんてことだ。本当にやってのけたのか」
「嘘はつかないわ・・・よ・・・」
ふらりとスターバードが倒れそうになったのをナイトは慌てて支える。
「だ、大丈夫なのか?」
「へいきへいき。ちょっと疲れただけよ」
視界が暗転したかと思うとまた自分の部屋に戻っていた。スターバードは布団に倒れこむ。
ナイトは椅子に座ると寝ているのかわからないスターバードを見つめる。
「ねえ」
不意に声がかかる。
「なんだ。起きてたのか」
「起きてちゃ悪い?」
「いやそういうわけではないんだが。で、どうしたんだ?」
「やっぱいい。寝て起きてから話すわ」
「そうか。じゃあおやすみ」
「あんたも寝ときなさいよ。忙しくなるんだから」
「わかった」
しかたなくナイトは机で腕枕をして寝ることにした。
「はあ?馬鹿ね。あんた」
「何がだ?」
重力が突然横にかかる。気がつくと布団の中にいた。背中越しにスターバードの声が聞こえた。
「おやすみ」
「あ、ああ」
おやすみ、と言ったスターバードはもう寝息を立てていた。
ナイトは最初のうちは心臓が早鐘を打っていたが疲れていたのかいつの間にか眠りに落ちていた。
その寝顔を見ながらスターバードはため息をつく。
「いい夢見させてもらったわ。後は好きにやりなさい」
星を駆ける鳥は星になった。
カーテン越しの太陽に目が覚める。時計を見ると11:30を示していた。だいぶ寝てしまったようだ。
布団から起き上がろうとして昨夜のことを思い出す。隣を見ても布団の中には自分しかいなかった。
「夢オチ・・・か・・・はぁ」
なんとも痛々しい夢を見たものだと自分でも思う。
やけにリアルで生々しい夢だった。
「世界を操る力ねえ・・・」
カーテンを開けながら体が重いことに気づく。
寝巻きではなく黒いロングコートを着ていた。
「!?」
夢・・・じゃない?
しかし周りを見渡しても少女の姿はない。少女・・・。
名前が思い出せなかった。顔もうっすらとしか思い出せない。
「どういうことだ・・・」
飛び起きると机の上にシンプルな便箋に綴られた手紙が置かれていた。
ナイトへ
事情があって少しの間お別れです
次に会えるのはあなたが世界をその手に収めたときかな
簡単に説明をします
今のあなたは神の力を一部だけ手にしています
限定的に世界を操る力です
おそらくこの手紙を読むころには私が倒した神の分身達が異変に気づいて
あなたを探し始めています
だからとりあえず別の世界に逃げてください
願えば移動することが可能なはずです
そして協力者・・・いや手駒と言ってもいい
強制的でもいいから仲間を増やしなさい
力を万全に整えたら魔力を集めて世界を手にするといいわ
ではまた会えると信じています
名もなき者より
「・・・・・・」
色々と突っ込みたいことがあったがこれを伝えるだけでも精一杯だったのだろう。かなり走り書きの字で記されていた。
「また会える・・・か・・・」
外で大きな音がした。窓の外を見ると昨夜の神にそっくりの容姿をした奴がいた。違いがあるとすれば目の色ぐらいだろうか。
そいつはこっちに気づいた。地面に亀裂が入っている、さっきの爆音の正体のようだ。
ニヤリとそいつは笑った。
やばいと本能が告げた。手紙をポケットに突っ込むとただただ強く逃げたいと願う。
「頼むぞ!」
身体から力が溢れる気がした。実際に溢れていたのかもしれない。
激しく揺さぶられるようにして飛ぶ、そんな感じだった。
衝撃で閉じていた目を開くと眼界には外国の町並みが広がる。エッフェル塔が見える。フランスだ。
感覚で人のいなさそうな場所に降りる。狭い路地の裏。
「空間移動・・・?」
後ろから若い青年の声が聞こえた。慌てて振り向くと日本人らしき青年が立っていた。
「やはり空間移動ですか・・・ただ者じゃなさそうですね」
「貴様は・・・?」
「しがない修行中の魔法使いですよ」
「は?魔法使い?」
「正確には違いますが詳しく名乗る必要も無いでしょう」
この男の言葉を信用するならこいつは魔法やれ何かそういったものを知っているということになる。
「ここであったのも何かの縁だ。仲間になれ」
「はあ・・・別に構いませんが・・・具体的に仲間というのはどういうことなんでしょうか」
「まずはその魔法とやらを教えてもらいたい」
「?空間移動できる人が何言ってるんですか。からかわないで下さいよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「マジですか?」
「マジだ」
「ほんとにあなた何者なんですか!?」
どう答えれば迷っていると路地の両脇にまたも神が現れる。
分身達と書いていたからまさかとは思ったがやはり一人だけではなかったようだ。
「まずいな。とりあえずお前逃げるぞ!」
青年の腕を掴み、強く願う。今度こそこの世界ではない異世界へ—
神が放った何かが二人に命中しようかという寸前、なんとかワープに成功した。
青々とした山が連なり広がって澄んだ川が流れている。
違う世界に来た。そう確信したのは太陽が円ではなく半月型をしていたからだ。
「ど、どこですかここ!」
青年が叫ぶ。
「さあ・・・どこかの異世界だろうな」
「はあっ!?異世界って。世界移動したってことですか」
「そういうことになるのかな」
あまりに騒ぎ立てるから事をかいつまんで成り行きを話すと青年はぽかんとしていた。
「ぶっとびすぎですね。正気の沙汰とは思えません」
「わかってるさ、そんなこと。でもいいじゃねえかこうして力も手に入れたんだし」
「だからって世界征服だなんて何の意味があるんですか」
「意味、か」
思えば意味は考えたことはなかった。世界を壊すか手に入れたいそれだけが望みだった。
望みと言うほどでもないかもしれない。
恨んでいるのかもしれない。自分を拒んだ世界を。
卑屈で子供っぽくて歪んだ感情。逆恨みにも似ている。
純粋に他人より上の立場にいたいのか。
分からない。何を考えているのか自分でもわからなかった。
急に黙りこんだ自分を青年が不思議そうに見る。
「やめましょうよ。意味が無いんだったら」
「それは嫌だ」
「どうしてですか」
はっきりといやだと答えた自分が意外だった。
どうしてと尋ねられて真っ先に浮かんだのは名も忘れてしまった彼女だった。
「この力の恩返しは絶対にしなくてはならん」
「恩返しですか・・・あー」
恩返しとは言ってみたものそういう感情は正直な話、なかった。
ただもう一度彼女に会いたい。そう思っただけだ。
「好きになったんですか」
「ば、馬鹿かお前!そ、そんなわけあるか」
「顔真っ赤ですよ」
「うるせーよ。あれだ。我の話は終わったんだ。貴様からはいろいろと聞かねばならん」
「世界征服しようって人に魔法の使い方教えると思います?」
「教えろ」
「嫌だといったら?」
「貴様をこの世界に置いていく」
「やっぱりそう来ますか。しかたないですね。お教えしますよ」
「ふん。それでいいんだ」
「ほんとに悪役似合いますね」
「当たり前だ」
それからその世界でそれなりの期間に渡って魔法、魔力、異能力その他諸々について教わった。
修行中といいながらその知識は深く、実はかなりのベテランだったようだ。
ナイトは体内に神の魔力を宿してる分上達速度はかなり速く、あっという間に単純な力だけで言うなら青年を上回っていた。
要領もいい方で応用も上手かった。
「貴様はなんで魔法を使えるようになりたいと思ったんだ」
そう聞いたことがあった。青年は苦笑しながら答えた。
「追いつきたい人がいるんですよ」
「それだけか」
「そんなところですね」
「質問を変えよう。貴様は何のために生きる」
「えらく哲学的ですね。何のためとかは特にないですよ。生きてるから生きる、それだけです」
「人間みんなそんなものなのか」
「じゃないですかね。生きて死んでいくんですよ」
「そうか。だったらやっぱり我は狂ってるのかもしれんな」
「自分で狂ってるって言ってるうちは狂ってないらしいですよ」
「いらん情報だ」
さらに時間が経った。もはやナイトは強大な力を操るだけの術を手にした。
二人は色んな世界を転々として仲間を増やし始めた。
始めは仲間にならないかと問いかけ了承すれば仲間になり、断られればそれで終わりだった。
青年をサブリーダーとして人数が集まると団体としていよいよ本格的になりはじめた。
青年と意見が対立したのはある魔導士を仲間にしようとした時だった。
かなりの実力を持っていたその魔導士は勧誘を断ったのだが仲間にしておきたかったナイトは脅しをかけた。
そうして止むを得ず魔導士は仲間になった。
「やりすぎじゃないですか?」
青年はその日の夜二人だけになった時にそう言った。
「文句なら聞きたくはない」
「いくらなんでも非人道すぎると思いますよ」
「うるせーよ」
「これから先もあんなやり方を続けたら真の仲間なんてできませんよ」
青年はナイトの過去を聞いたからこそわざと突き刺さる言い方を選んだ。彼に真っ当な道を生きて欲しかったから。
しかしその言葉は逆にナイトを逆上させてしまった。孤独だったナイトは自分を愚弄するかと怒った。
そして非道の道を進み始めた。
「これ以上我のやり方に文句があるなら出て行け」
「そうはいきませんよ。帰れなくなりますし。本物の悪が生まれるのを見過ごしたくはありません」
「なら力づくでいいから止めてみせろ。師匠さんよ」
自分の力に酔っていたナイトは青年にそう言った。
「ええそうさせてもらいます」
なんだなんだと騒ぐ手下達をよそに二人は激突した。
ナイトの酔っていたその力は本物だった。あっというまに青年を圧倒する。
「僕の負けです・・・」
「二度ともう刃向かうなよ」
ナイトは卑怯なやり方で釘を刺した。
世界を移動できる力を元に青年が追いつきたいと言う人を人質に取った。
従わなければ元の世界に戻さないどころかさらに自分がそいつを殺しに行く、と。
「くっ・・・わかりました。あなたの言うとおりにしますよ」
「ふん。それでいいんだ」
「これだけは言っておきます。もうあなたは悪者だ」
「分かってるさ。そんなことぐらい」
ナイトはまた孤独になった。手下は増えても青年の言うとおり真の仲間は一人も出来やしなかった。
力づくで手下を増やしていった。
自分の手で闇魔法を調べ上げ、どんどんと闇に染まった。
いつからかナイトは顔を見せるのを止めフード付きの黒いロングコートを着ていた。
その姿はさながら悪魔や死神のようで邪悪そのものになっていった。
孤高のリーダー。その地位にナイトは酔いしれていた。
十分な手下と魔力を集め終わるとついにナイトは自分のいた世界を手にする方法を練り始めた。
戻れば神の分身が邪魔に現れる。それを避けるために一部の空間だけを囲う。
そのためには他世界との融合が不可欠だった。世界と世界の結び目を作りその地点を基点に侵略を始める。
それがナイトの考えた方法だった。結び目を作るのに必要な世界は二つでは足りなかった。
より強固に閉鎖した空間を作り、そこで世界融合に使った力を蓄えなおす。
そのためにナイトは自分のいた世界以外に三つの並行世界を選んだ。
そして実行の時がやってきた。
偶然にも結び目になるであろう空間はとある日本の街一つ分だった。
「では、戻ろうかあの世界に」
総勢500近い精鋭の征服者集団は静かに舞い降りた。
世界の狭間でナイトは各世界をねじるようにして一つにした。
莫大なエネルギーが消費される。
青年が騒いだ。
「あの人には手を出さないって言いましたよね」
「どういうことだ?」
「この街ですよ、あの人がいるのは」
偶然に偶然が重なった。それはもう必然だったのかもしれない。
「そうか、強いのかそいつは?」
「さあどうでしょうね。わかりませんが心の強さだけで言うならあなたとは比較にもなりませんよ」
「言ってくれるじゃねえか。なら貴様がそいつのところにスパイに行け」
「え?」
「ここで力を蓄えなおしている間に余計な真似をしないようにな」
「なんで僕がそんな真似を・・・嫌で」
「異論は聞かん。貴様が余計な事をしないように保険もかけておく」
そういってナイトはとある闇魔法を青年にかけた。青年の名が歪められる。
「くそったれが・・・」
「珍しいな貴様がそんなしゃべり方をするとは。それだけ屈辱的だったか。ふははは」
ナイトは手下達の配置や作戦を実行し始める。
「せっかくだし我らのチーム名でも決めておこうか。なにかいい案はないか」
怒りをあらわにする青年にナイトは聞いた。
「だまれ、このきちがいが・・・」
もうどんな言葉だろうと自己陶酔に浸るナイトには痛みを感じさせなかった。
「きちがいか。懐かしいなその名も。うーむ。キチガイナイトではダサいな。それに個人名だ」
楽しそうにナイトは邪悪な笑みを浮かべる。
「間をとろう。ガイナだ。今から我はガイナと名乗ろう。そして我々は世界の忌まわしき迷子。ガイナ・ロストだ」
そうして史上最悪の世界征服者が誕生した。
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