狙いをつけてふんわりとなめらかに投げる。左手は添えるだけ。
 手から放たれた空き缶はゆるやかな放物線を描いて光沢のある茶色の大きなリサイクルボックスに飛んでいく。
 頭の中のイメージでは15度くらい傾いた、空き缶よりも二回りくらい広い口にすとんと落ちるはずだった。
 しかしずれた軌道の先は口のふちより外側のリサイクルボックスの蓋に向かっていた。予想していたのよりも耳をつんざく金属音が響く。
 カランカランと音を立てて空き缶がこぼれたジュースのこびりつく床に転がる。
「だっせー。またカッコつけて外してんじゃねえか」
 そう言うのは僕が隣で投げるのを見ていた友人Aだ。
 学校の食堂の前にある休憩用のベンチに座って中身のないようなあるような会話をだらだらと続けて飽きたら帰る。それが僕達の放課後だった。
 いつからだっただろうか、ゴミ箱にゴミを投げ入れる奴が現れたのは。気がつけば会話の合間に空き缶や紙コップ、とにかくゴミがあれば投げていた。
 いつの時代にも、どの世代にも、ありふれた光景。だけどなぜだか心が躍るその遊び。
 今日も僕達はその遊びに躍起になっていた。
 僕は落ちた空き缶を拾って後ろのベンチから立ち上がろうとしていた友人Aに優しく投げる。
「じゃあお前が次入れて見せろよ」
 パシッとAは腕を振るようにしてその空き缶を取る。
「ふん。俺にかかれば朝飯前さっ」
 Aは野球の投球のように片手で大きく振りかぶって空き缶を投げた。確かAは野球部ではなかったはずだが綺麗なフォームだった。
 ほぼ直線に飛んでいく空き缶は少しずつ重力を受けながらリサイクルボックスの口に向かう。
 口の部分で音も立てずにシュッと空き缶は美しくリサイクルボックスに吸い込まれた。
 中で空き缶と空き缶達のぶつかり合う音だけが聞こえた。
 圧巻。
「すっげえなお前」
「まあな」
 Aが誇り顔で答える。
 もしも空き缶投げという競技があったのなら全審査員から満点をもらえるんじゃないか。そのくらいの美しさだった。そんな競技は存在しないのだろうけど。
「無駄な運をここで使ったな」
「うっせーよ。てか入ったんだから明日はお前のおごりだからな」
「はあ?何だよそれー」
 僕とAはリサイクルボックスを去り、じゃれあいながら帰っていった。
 テストの日の放課後も、部活の終わった後も、雨の日にバスを待つ間も、学期の終わりの日だろうと食堂の前には誰かがいて、なんでもない時を共に過ごした。
 もちろん普通の日も。
 ゴミ箱目がけてゴミを投げる日もあれば投げない日もあった。ゴミがない日もあった。
 人数が多ければそれだけ盛り上がった。誰よりも先に入れれば英雄で、誰よりも遠くから入れればヒーローで。
 ちなみに僕は投げるのは下手だった。投げ方はそこまで悪くないと思うのだけれどもなぜだか入らない。元々簡単に入るものでもないのだろうけども群を抜いて入らなかった。
 入ってもいつも誰かよりも後で入れてばっかりだった。遠くから入れられるほど肩は強くなかった。
 それでも楽しかったのだけれども。
「お前っていっつも入んないよなー。めっちゃ下手ってわけでもないし、ちょっとだけノーコンみたいな感じ?」
 Aだったか友人にそんなことを言われたこともあった気がする。
 気がつけばノーコンのレッテルを貼られていた。別に何か困るわけでもないのだが少し残念な気持ちだった。
 放課後にゴミを投げていたらいつのまにか卒業の時がやってきた。
 卒業式の日は今までいろんなことがあったなあとか考えながらなんだか切ない気持ちになっていたが悲しいというほどでもなかった。
 ああこれで学校生活も終わりなのか、と。
 卒業式の終わったすぐ後に食堂でお別れパーティーみたいな宴会があった。
 卒業生やその保護者、先生達が集まって思い出を語り、未来を語った。
 食堂はいつもと違う晴れやかな内装に変わっていて、外にも花輪や受付の長机が置かれていた。
 友人同士でアルバムにサインを書いたり、先生と別れの挨拶を交わしたり、黙々と料理を食べたり。人それぞれに思い思いに時を過ごしていた。
 なんとなくその空気に飽きてきて食堂の外に出た。日光の当たるところまで歩いて振り返る。
 ふと僕の目に慣れ親しんだ木の色が映った。塗装剤で妙に光沢のある茶色。
 リサイクルボックスだ。
 意外でもないはずなのに驚いた。
 君は今日も変わらずそこにあるのか。
—当たり前じゃないか。ゴミはいつだろうと出るだろう?
 ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。ゴミ箱の言葉を考えるとは思っている以上に感傷的になっているのかもしれない。
 友人達と過ごしたここでの出来事がゆっくりと流れるように思い出される。
 ゴミを投げているのが先生に見つかって叱られたこともあったなあとか、補習の後一人寂しく帰るのかと思っていたらみんながここでまだ喋っていたとか。
 どの記憶の中でもリサイクルボックスはいつもそこにあった。
 君はいつでもそこにあったんだな。
—当たり前じゃないか。ゴミ箱は動けないだろ?
 またゴミ箱の言葉を考えてしまって心の中で僕は苦笑する。
 このリサイクルボックスとも今日でお別れだ。
「おーい。お前もアルバム書いてくれよー」
 唐突に食堂からAが僕を呼んだ。考えていたことも忘れて食堂の中に走っていく。
 それから少ししてお別れパーティーは終わった。大抵のやつらは帰っていった。
 僕は食堂の外に佇んでいた。右手にはパーティーでもらったよくわからないゼリーの空容器。
 右手を握ってぐしゃりと潰すとなるべく小さく丸める。
 狙いをつけてふんわりとなめらかに投げる。左手は添えるだけ。
 今までと変わらないような放物線をなぞるようにしてゴミは飛んでいく。
 ゴミはリサイクルボックスの口のふちに当たって跳ね返りながらもなんとか中に入っていった。
 不恰好な入り方ではあったけど思い出せる限りでは初めての一発で入った最初で最後の瞬間。
 ちょっとした幸運への嬉しさで顔がにやけた。
 バンと背中に軽い衝撃が走る。
「何やってんだ?そろそろ帰るぞ」
「あ、ああ」
 今日も僕達は立ち止まった後、進んでいく。
—さようなら。


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