僕は毎晩、夢の中で少女と出会う。
毎回同じ子と会う、という訳ではない。
毎回違う子だし、そもそも少女は一人とは限らない。
いつも同じ、家の前の公園のベンチに座っている少女とちょっと会話を交わして、じゃあまたね、と声をかけて別れる。
そして、その先の曲がり角を曲がったところでなんとなく目覚めるのである。
こんな夢が、ここ数カ月続いている。
受験で疲れた僕にはいい気分転換になっていたし、毎朝すっきり起きられるから、むしろ嬉しいくらいの出来事だ。
ある初夏の日のこと、僕は学校でやったセンター模試で古文がうまく行かなくて落ち込んでいた。
その晩の夢の中で、ベンチの少女に話しかけられる。
「やあ」
やあ、と返して、言葉を続ける。
「ちょっと話を聞いてくれないかな」
「いいよ。私はそのためにいるんだし」
「今日、古文でミスをしちゃったんだ。助動詞の訳し分けなんかできないよ」
「私は古文がどんなものかはわからないけど、君が頑張ってるってことはわかるよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。頑張れば何でもできるし、逆に頑張らないと道は開けないと思うよ」
「そうか…頑張ってみるよ、ありがとう」
「ファイト!!じゃあね〜」
「うん、また明日」
そうしてベンチの少女と別れ、僕は歩き出す。そして目が覚める。
頑張るってなんだろう。誰が?自分が。何を?古文の勉強を。いつ?まあ前期試験までだろうな、僕は理系だし。どこで?
どこでもだよな。受験生だから仕方ないな。
どのように?どのように。どのように、どのように!これがわからない。わかったら受験生として苦労はしないよな。でも知りたい。知りたい。知りたい。
あくる日もあくる日も、僕は古文の勉強を「頑張っ」た。単語の意味を暗記するのはしんどい。日常的に古語なんか使う機会ないから、なかなか覚えられない。いくら「頑張っ」ても覚えられない。覚えられない。覚えられない。
僕は気がおかしくなりそうだった。秋になっても古文は全く読めないままだ。授業は僕の理解できる範囲をとうに超えていて、全くついていけない。焦っていた。
いつの間にか、夢の中でベンチの少女に会うことも少なくなっていた。もう稀にしか会わない。僕の意思で会うことができる女の子でもない。
そんなある冬の日の晩、僕は、ベンチの少女に、再び、会った。
夢の中でも、家の近くの銀杏の木は全て葉を落として、冬支度をとっくに済ませていた。
僕は、古文ができない鬱憤を、ベンチの少女にぶちまけようと思った。彼女なら僕の話をいくらでも聞いてくれるだろう。
公園を見渡す。ベンチに例のごとく少女が座っているのが見えた。早速ベンチに近寄り、僕の方から話しかけた。
「やあ、久しぶりだね」
「バ」
「バ?」





































「バ、バ、バ、ババババロテッリ」
「は?」
「私は、彼が、僕こそが、ババババロテッリ」
「ちょっと」
「君は、バケツは、明々後日、かなり、風呂に入って、しゃもじでほじくるでしょう?しかも、国道を、オリオンを、屋根瓦とともに水に流すの。それで、ナイフで、崖から、イカを、走って、とてもじゃないけど、七味唐辛子で、駅から、滑って、逆立ちしながら、1963回、ほぼ生きかけるの」
「ヌプリ、ポクナシリ、シノッチャ、タント、イオマンテ」
「 」
言語通じざりけり。いとこころうし。


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