僕らは自由だ。この庭の中にいる限り。彼らに逆らわない限り。

僕らは選ばれた。そして連れてこられた。この庭に。彼らによって。誰も僕らの不在を疑わないだろう。家族も友人も。誰もが納得するような理由をでっち上げることなど彼らには造作のないことだ。

B40。それがここでの僕。名前はいつ忘れたのかすら忘れてしまった。思い出す必要もない。

僕らは生きる。彼らから与えられる仕事をこなして。別に難しい仕事じゃない。自由時間もある。彼らは観察者。僕らを見張るだけ。

変化のない毎日。変化のある毎日。彼らは僕らに色々な生を与える。弄ぶように。面白がるように。でも不都合はない。彼らは支配者じゃないから。

僕らは飽きもせずに日々を繋いだ。彼らが欲しいのは僕らというデータだ。不満。虚無。退屈。僕らが何を感じても彼らにとってはプラスになる。逆らうなんて考えなくていい。逆らい方もとうの昔に忘れてしまった。

ある日K83が殺された。作業中に突然大声をあげて暴れ出し隣にいたO52とT37を殴り殺したのだ。その後K83は彼らの一人に射殺された。僕は遠くからそれを見ていた。冷たい物体となった彼を運ぶ時誰かが呟いた。暴発したと。

暴発。その言い方は何だか素敵な響きな気がした。単に狂ったで済まされるより余程聞こえはいい。感情は暴発する。それまで放り込んできた何かで心が一杯になると。

それから幾ばくかの時が過ぎ僕は自分の中に何となく不安定さを感じるようになった。それは作業中も自由時間中も食事中も常に頭の片隅に居座り続けた。ただ僕には感じることは出来てもそれが何なのかは分からなかった。

今日もまた食って働いて遊んで寝る。明日も。明後日も。何も不自由はないはずなのに何かを心に投げ込んでいる自分がいる。少しずつ少しずつそれは積み重なっていく。気付かないふりをしていたら気付けなくなってしまった。

箱庭。ここには安全がある。仕事もある。共に生きる仲間もいる。自由もある。それでもまだ足りないものがあるとするならば広さだろうか。それが僕の望むものなのだろうか。もっと広ければ。壁が遠ければ。そうでもないか。

ある朝食事中にどうでもよい事で怒鳴ってしまった。ホントはどうでもよくなかったのかもしれない。すぐに笑って誤魔化したけれど。誤魔化した相手は自分だったのかな。

上を見上げると一羽のカラスが飛んでいた。羨ましくはない。変わらないさ。壁の外も中も。僕らに与えられるものは。与えられないものも。

ある日作業中にL29と肩がぶつかった。すぐにL29は頭を下げて謝った。僕は笑って気にしないでと言った。僕は無意識に心に何かを放り投げた。いつもならボチャンと鈍い音を立てて底に沈むはずなのにその時は違った。カランと乾いた音がした。のぞくと石みたいなもので一杯になっていた。底が見えないほど深かった心が。何かが弾けた気がした。

僕らを指導する彼らの一人に近づき殴り倒す。そのまま馬乗りになって殴り続ける。止まらない。止めるつもりもない。突然お腹に鋭い痛みが走った。どうやら撃たれたらしい。仰向けに倒れると真っ青な空が視界一杯に広がった。どうだ。面白いデータが取れただろ。僕は笑いながら目を閉じた。


トップに戻る