シリコンの締切が近い。木曜日の夜、ぼくはノートパソコンの前で頭を抱えていた。右を見るとサークルの予定表。左を見ると英語の課題。そして目の前を見ると白紙のテキストエディタ。やらなければいけないことは山積していた。塵も積もれば山となるという意味を改めて実感する。
 まずはどれからこなすかを考えなければならなかった。英語の課題は明日提出。サークルは明後日。シリコンは……まだ余裕がある。この時点でぼくは決意した。シリコンは後回しにしよう。そう思いパソコンの画面を閉じ、英文を開き、異国の世界へ思いを馳せる。
 数十分後。何故かぼくはまたノートパソコンの前で頭を抱えていた。左にあったはずの英語の課題はどこかへ放り投げられて視界に入らない。そう、大学受験を突破した後に英語へのモチベーションなど残っているはずもない。すっかりダメ人間になってしまったなと自嘲しつつ僕はまた考え出す。何をするか。決断に時間はかからなかった。次はサークルだ。
 土曜日に他大との合同練習が待っていたため、ぼくはサークルのために予習をしていく必要があった。新入りの1年生とはいえ、もう1学期も終わりは近い。いい加減先輩に頼り切りな状況を打破するため動き出さなければならない。
 そしてまたしばらくたつとぼくは頭を抱えている。どうしてこんなに計画性がないのだろう。どうしてこんなに長続きしないのだろう。自分が嫌になっていく。
 けれどぼくには救いがあった。いま、唯一ぼくの支えとなっていること。それは恋人の存在。「大学に入れば彼女なんてすぐできるさ」なんて言葉、信じていなかったけれど、今となってはまんざら嘘でもなかったんだなと思っている。
 その人と出会ったのはサークルだった。アフターで向かいの席に座ったのが始まり。サークルの仲間とカラオケやボーリング、キャンプに行ったりすることで徐々に距離は縮まっていった。
 転機が訪れたのは学年会。学年ごとの企画が活動で行われた後、1年は1年だけでアフターがあった。渋谷の居酒屋へ。その人はまた向かい側の席だった。いつものように世間話を楽しんだ。ただ、最初に出会ったときのことを思い出した動揺のせいか、ぼくはいつもよりお酒がすすんだ。
「男3人の家に泊まりに来ないかって誘われたんだけど、これどう思う?」急にその人は尋ねてきた。
「そりゃ……まあ、普通に考えたら危ないんじゃないの?」この時ぼくはちょっとがっかりしていた。ああ、そうか。そうだよな。男子校で育ってきたぼくと違って普通の人は普通に異性の知り合いがいて普通に恋愛を経験してるんだよな。そんな現実に引き戻されたからだ。
「やっぱりそう思う? 正直私も、ちょっと……」その人は苦笑いでこぼした。
 今考ても、どう考えても、酔った勢いで暴発したとしか思えないけれど、ぼくは
「好きな人が他の男のとこに泊まるのは気分悪しいね」なんて普通に言ってしまった。
 その人がどんな反応をしたかは、そのへんの古本屋で少女漫画でも立ち読みするといいと思う。たぶん、そんなに負けてはいないラブコメを演じていたと思う。
 その人のことを考えると気が少し楽になる。目の前にはいまだに白紙のテキストエディタ。けれど前とは何かが違う。なんだかやれる気がしてきた。無理だと思っていた恋人も出来た。きっと、何か素晴らしい話を思いつくはずさ。さあ頑張ろうか。ぼくは自分にそう言い聞かせた。

 それから数分後、電話がかかってきた。その人からだった。
 ぼくはノートパソコンを閉じ、できる限りのおしゃれをして、家を飛び出した。


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