西暦1945年の夏の夜。満天の星空の下で、お祭り騒ぎをしている青年たちがいた。
彼らは火を囲み、酒を飲み、大いに盛り上がっていた。男しかいないのをいいことに全裸になるものもいれば、仲間と酒豪の座をかけた勝負をしているものもいた。
おのおのが違うことをしているが、二十歳に満たぬ子供で、今笑っているという点が共通していた。さらに言うと明日の朝出撃を控えた兵士であり、互いに背中を預ける仲間同士でもあった。彼らは燃料が十分に入っていない戦闘機で、米国軍を奇襲しに行くのだった。
上官から頂いた酒も底をついた頃、隊の中心であった一人の男が立ち上がり叫んだ。
「ついに明日は我々の初出撃だ!立派な戦果を上げ、我が国を勝利へ導こう!」
皆それに対して、堅苦しいだの、なにが言いたいだのといったヤジをとばした。本来ならご法度だが、今夜だけは上官はなにも言わなかった。
男は笑いながらこう続けた。
「明日はなぁ!クソ米兵どもに俺達の力を見せてやろうぜ!例え死んだとしても、胸を張って死のうぜ!」
これに対しては、ヨッ!大将!や言うねぇといった言葉が飛び交った。皆笑っていた。
するとある男が皆の気を引いた。
「なぁ!俺さ、この隊の詩をかいたんだ。ちょっときいてもらえるか?」
なんだなんだとその男を中心に皆が集った。全員揃ったのを確認すると男は読み始めた。
この夜が明ける頃 俺達は風になる
勿忘の花びらを舞い上げて吹き抜ける
だけど俺達 泣く為だけに 産まれた訳じゃなかったはずさ
ただ只管に 生きた証を刻むよ
この夜が明けるまで 酒を飲み笑う
俺達がいたことを死んだって忘れない
さあ笑え笑え ほら夜が明ける 今
俺達は風の中で砕け散り一つになる
大げさに悲しまずに もう一度始まっていく
読み終えると同時に男は泣き始めた。それに呼応して皆涙を流し始めた。本来なら士気を高めねばならないのだが、少年たちには荷が重すぎたのだ。
いつの間にか火の勢いが弱くなっていた。
不意に上官が隊長を呼んだ。隊長は涙を拭き、呼ばれた方へ駆けていった。
しばらくして上官と隊長が腕いっぱいに一升瓶を抱えて戻ってきた。上官はこう言った。
「辛気臭く泣くんじゃねえ。『この夜が明けるまで 酒を飲み笑う』んだろ?飲め。他の上官には秘密だ」
皆、上官の檄に涙した。先刻の涙とは明らかに違うものだった。火の光が彼らを包み込んだ。
「だから泣くな!貴様らは我が国の優秀な一兵士だ。戦場で泣く暇などないぞ。『さあ笑え笑え』」
この夜は上官もまじえて皆で飲み明かした。そして大いに笑った。一生分、笑った。
「貴様らはこれから米国海軍への奇襲作戦に参加する。例え死んだとしても、それは犬死ではない。我らが帝国軍が勝利をおさめる礎となるのだ。…神風となってこい」
「行きます!!」
皆で敬礼し、上官にそう言った。そうとしか言えなかった。行って来ます、とは言えなかった。彼らに帰ってきますというという意図があってはいけなかったからだ。
其々の棺に乗り、彼らは飛び立った。二度と足をつけることのない陸を見送りながら。
戦闘機の中で、常に無線は開いているにもかかわらず、推進装置の音しかしなかった。
しかし、その沈黙も眼下に敵艦の群れを確認すると同時に破られた。
「目標十二時の方向!各自射程圏内に入り次第、攻撃に移れ!炸薬弾は十分に引きつけてから使え!」
各自で機関銃を使い、敵の艦隊に突撃していく。奇襲だったので開戦直後は圧倒していた。だが持久戦になるにつれて不利になっていった。
こちらは零戦一機につき機関銃は二門。に対して敵艦一隻につき対空砲が二十から三十門。近寄ることすらできない。
被弾した機が敵を道連れにしようとしても、近づく前に海へと叩きつけられた。
無線から放たれた仲間の最後の叫びが機内に響く。その音に皆、体が竦み始めた。
覚悟はできていたものの、いざ地獄に来てみると隣にまで迫っている死というものに対し、人はみな生を掴みたがった。逃げ出したい。誰もがそう思ったが、既に燃料がない。道は、ひとつしかなかった。
頭では理解していても心がそれを応としなかった。だが、ただ飛び回っていても、いつかは燃料が切れて海へと落ちる。隊長が檄を飛ばすが、それも口先だけ、現に隊長も実行しようとしない。
弾幕も薄くなりつつあり、壊滅も時間の問題とまで来たその時だった。
「俺達は…!俺達は風のなかで砕け散る!けど…一つになるんだ!皆!風の中でまた…」
一人の詩人が無線でそう叫ぶと、敵艦めがけて突撃していった。勿論敵は迎撃する。
右翼がもげ、左翼が大破し、操縦室も被弾した。機体は炎上し始めた。だが、それはまっすぐ敵艦の指揮室と思われる場所に向かう。敵艦は回避のために旋回を始めたが、時は既に遅し。敵艦との距離が零になる瞬間であった。無線が一言だけ発した。
「…待っ…てる…」
幻聴かもしれない。だが、皆には確かに聞こえた。敵艦は大打撃を受けた。弾薬庫に火が付いたのか、ものすごい勢いで燃え盛っていた。それを見た敵軍は萎縮し、味方は士気を上げた。
その勢いは鬼神の如し、彼らは死を受け入れるどころか、死神すら恐怖を覚えるほどの魂の高揚を見せた。
心の奥に飼っていた獣が暴発し、溢れだしたのだ。
「俺達の生きた証を刻んでやるよ!」
「ここからまた!始まるんだ!」
皆が口々に詩の一節を叫びながら敵艦へと向かっていった。誰一人欠くことなく、すべての仲間が、風の中へと向かっていった。
「俺達は…!!」
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