とある小さな世界の中にそこそこ大きな王国があった。
魔法と科学の境目もなく、技術と伝統が入り混じる平和な城下街を抜けて、林のある丘を登った先に国王の住む城があった。
その城の地下には様々な研究を行う施設があった。
一般人は知ることすらないさらにその地下には国王が他国を攻めるため極秘に軍事研究を行っていたのだった。
その内容は非人道的なものも多かった。その研究所に国王の引き抜きで一人の有能な博士が招かれた。
名をオウルといった。有能すぎる彼はすぐに研究所の所長になり、独自に研究を行っていた。
オウルが来てから数年後、事件は起きた。
地下30階最深部で行われていた人体実験の最中に一斉に装置や機器が爆発し、そのフロアは壊滅状態になったのだ。
奇遇にもその日に地下30階にいたのはオウルと視察に来ていた国王だけだった・・・。
赤いハザードライトが薄暗い施設の中で狂ったように明滅していた。けたたましいサイレンの音がフロアを揺らすかのごとく鳴り響く。
地下30階最深部に並んでいた円筒型の水槽のようなポッドがほぼ割れていて、緑色や青色の液体が漏れ出していた。何重にも張り巡らされた配線が床に落ちて、時折火花を散らしていた。
警告灯の赤光とモニター郡の白光がガラスや液体に反射して、一種の人工的神秘さを生み出していた。
流れ出る水や奇妙な色の液体が流れていく先で赤褐色の血溜まりと混ざる。
その血溜まりの中の国王が苦痛の声をあげる。
「ドクターオウル、何故こんなことを・・・」
事件が起きるや否やオウルから強力な攻撃魔法で腹を撃ち抜かれた王は死にかけていた。
そのすぐ横で不気味なまでに真っ白な白衣を纏った壮年ぐらいの歳に見える男、オウルが不敵な笑みを浮かべた。
「研究が完成したから、その中身を知るあなたを排除する。そのためですよ。当然じゃないですか」
王は憤りで拳を振るおうとするが、もはや力は入らず、もがくだけだった。
「お前・・・お前は、始めから利用する気だったのか・・・くそ・・・」
「利用し、利用された。お互い様でしょう?」
オウルは床に散る水を蹴って男に浴びせた。
「・・・無念だ。神の裁きがお前にも下るように祈って死んでやる・・・」
男が消えそうな声でそう言うと、オウルが馬鹿にするように高笑いをした。
「ははは。神の裁きですか、面白い。アナタに冥土の土産がてらにひとつ教えて上げましょう。」
「?」
「この世界の神はアナタのことになんか興味はありませんよ。」
「??何を・・・言っている・・・?・・・」
男は疑問が浮かんだ顔のまま血溜りの中に沈んだ。彼の生命が終わると同時にオウルの横に突如人影が浮かび上がった。
何もなかった空間からまたも白衣を着た別の男が現れる。オウルよりも少し若い見た目だが、その顔も体格もオウルにそっくりだった。言うなればオウルの青年時代の生き写しのような姿だった。
「終わりましたか」若い男はオウルに尋ねた。
「ああ、終わったよ。そしてこれからがはじまりだ。」
二人はは邪悪な笑みを浮かべた。そして若い男はまた消えていった。
うなる警告音の中でオウルは少しの間、佇んでいた。研究室に所狭しと並んだたくさんの水槽はほとんどが割れて、静かにその液体を吐き出しているだけだったが、中心の1つだけは完全に無傷な状態だった。
オウルがタッチパネルを操作すると、その水槽を作っていたガラスが開放され、一気に内部の青色の水が流れ出す。
空になった水槽の底の上には一人の少女がぐったりと倒れこんでいた。不気味なまでに色白の全身に深い青色をした長い髪がぺたりと張り付いていた。
生み出されてからの間、彼女はずっと水槽の中に生きていた。初めて空気に触れた彼女はゆっくりと重いまぶたを開いた。
か細い腕で体を起こすとオウルのほうを向いた。その瞳は髪よりも深い青色、藍色にも似た色だった。
オウルは魔術触媒の液体がごちゃごちゃに混ざって淀んだ床をつかつかと歩いて少女に近寄っていく。
近づいて来るオウルに少女はおびえた表情をすると、バリンと派手な音を立てて周りの水槽が破散した。
オウルは一瞬おどろいたようだったが、かまわず少女に歩み寄る。
少女は逃げようとして、立ち上がろうとするが、水槽の中に閉じ込められていたせいか力が入らず、体に滴る水が跳ねるだけであった。
せめてもと拒絶の目でオウルをにらむと、天井の消えていた蛍光灯が一斉に割れて、ガラスの破片が降り注いだ。
オウルはそれにあたることもなく少女の目の前に立った。まだ10歳にも満たないであろう少女の目にはオウルが巨人のように大きな恐怖の存在に映ったのだろうか。
「んんっ!んーっ!」と言葉も発することも出来ず少女は叫んだ。
研究室のあらゆる配線やモニターが爆発し、放電し、ものすごい音が響いた。
それでもオウルと少女の周りだけは無事であった。少女の顔に恐怖だけでなく不思議さも浮かんだ。そこで合点がいったようにオウルは手を打つ。
「そうか。君の能力は〈暴発〉か。大丈夫。私にはその力は効かないから。」
何を言っているのかわからないというように少女はオウルを見た。
「私は君を傷つけたりはしない。君に傷付けられもしない。私は君の味方だよ」
オウルはやさしくその手を少女の頭に載せるとやわらかく少女の髪をなでた。少女から恐怖が少しずつ消え、少女はあどけない顔を無表情にしてオウルをぼうっと見続けた。
少女はポッドの外でずっと自分に声をかけてくれていたオウルの姿を思い出していた。少女にはオウルがなんとなく安心できる存在に感じた。
生まれたての彼女は言葉を解していなかった。名もなき彼女にオウルは名を与えようとしたがいい名前が浮かばなかった。
「名前と言ってもなあ。何も浮かばんよ・・・なぁ」
少女は「なぁ?」とオウム返しに言葉を繰り返した。オウルははっはっはと愉快そうに笑ってその頭をなでる。
しわができ始めたオウルの手に黒とも青とも言い切れない艶やかな髪が水の流れのようにひんやりと伝わってくる。
「まあ、いいか。そのうちで」
少女は「?」を頭に浮かべていた
「じゃ、ここも出るぞ」
オウルは少女の手をとると、一気に引っ張って立ち上がらせる。
少女は「うっうっうっ」といいながらぎこちなく立ち上がるが、オウルが手を離せば倒れるのは明らかだった。
「そうか。まだ赤ん坊と変わらないんだよな。」
少女は何とか立つのに精一杯でまともに歩けそうにもない。
滑らかな白色の肌から残っていた水槽の水がソーっと流れていく。オウルは白衣を脱ぐと少女を一旦座らせて白衣を羽織らせた。
ぶかぶかの服に少女が腕を通すと、上半身がシャツだけになったオウルは少女に背をむけてかがんだ。
「ほら、おぶってやるから乗れ」
少女はダボダボの白衣を揺らすのに夢中で動こうとしない。
「って言っても分かんないか」
オウルは少女の両手を自分の首に回させると少女の折れてしまいそうなくらい華奢な両足を持ってよいしょと背負った。少しだけ目線が高くなった少女は大きく目を輝かせた。
「しっかりつかまっておけよ」
オウルは一応そう言うと、足を踏み出した。つるっとオウルは足が滑りそうになってついオウルはそこにあった機材に手をかけた。その衝撃で何かが割れた。
「あ・・・緊急事態スイッチ・・・」
警告音がまた一つ増えて全てのモニターに赤いデジタル文字で12:00と映った。
「ははは・・・。早く出ないとな」
地下最深部から地上に出るのは大変だった。通路のあちこちが封鎖されていたり、エレベーターが止まっていたからだ。
重くはないが子供一人おぶって登り疲れたオウルは出口付近ではくたくたになっていた。そこまで他の研究員と出会わなかったのは幸いだった。
しかし、ここから上の地上に出ればそうも行かなくなる。先ほどオウルが最期を看取ったというか殺した国王がオウルと二人だけ地下の研究施設から帰っていないとなれば地上の城にいる兵士たちもそろそろ異変に気付くだろう。
目の前の第8番出入り口を見ながらオウルは考えた。もうさっきの研究室に兵士がたどり着き、王の死に気付いているかもしれない。
だからこそ、この人気のない城の敷地の端の出入り口に来たわけだが。外に出れば兵士が一人二人いる可能性は大きい。
タッタッタと足音が扉の向こうから聞こえた。オウルは少女を下ろし扉の横にはりつくようにして構えた。
「・・・王様が亡くなっていたらしい。それとオウル博士がいないそうだ。急いで探せ!」
「はっ!」
兵士2人と思わしき声が聞こえた。
(・・・やはり、もう気づいていたか)
タッタッタと一人は何処かに行ったようだ。もう一人は・・・
バンと横の扉が開いた。オウルは飛び入ってきた兵士の首の後ろに手刀を叩きつけ、気を失わせた。少女がびくっと震えた。開きかけの扉が音を立てて閉まる。
オウルは兵士が腰に差していたハンドガンを取って自分の腰に吊るした。また少女を背負って扉から出るタイミングを見計らう。
人の気配がないのを確かめると、オウルは扉を蹴って開け、狭い通路を駆け抜ける。正規の城へ上がる出口は兵士がいると予想して、オウルはこの8番出口に来た。
8番ははしごを登って正面の城門近くの外庭に出ることができる、いわば非常口のようなものだった。
白衣ごと少女を背中にしっかり結ぶと、オウルははしごを軽快な金属音を響かせながら登っていく。丸くて重い金属扉を押し開けると夜空が見えた。まばらに星が見える。
よっと地面に降り立つと、芝生のふさりとした感触が靴越しに伝わる。ほぼ暗闇だ。あちこちで王の異変に気付いて騒ぐ声や照明が見えるが、ここは安全なようだった。
正面から堂々と逃げるか、少し離れた西側の城門から逃げるか。オウルがそう考え始めた矢先だった。
眩いばかりの光が二人に降り注いだ。少し遅れて左右、後方上方向からも光が射す。
がさがさと音がして周囲の植え込みからライフルを構えた兵士たちが姿を現す。咄嗟に後ろを向くも後ろは壁だった。
袋の鼠なのは明らかだった。手を叩く音がしてオウルは前を向きなおす。
スポットライトのように照らされた二人の先から長身の男が嫌味な微笑みを浮かべて歩いて来た。
何度か見たことがある。王の側近の男で、頭が切れると評判だった。
「おや?オウル博士。どうしてこんなところから出て来るのですか?」
おかしくてたまらないというように男は皮肉な口調で尋ねてくる。
「いやぁ地下で事故がありましてね、何とか今、逃げて来れたんですよ。」
オウルも皮肉的に返した。
「そうですか、そうですか。他の研究員は皆さんとっくに避難されていましたけどねぇ」
男は右手を挙げると、周囲の兵士たちが銃口を二人に向けた。
「所長の私が我先にと逃げるわけには行きませんから」
オウルはおびえる少女の息遣いを背中に感じながら、虚勢を張る。
「ほざけっ。裏切り者が!」
男が手を振り下ろそうとしたのが分かった瞬間、オウルは小さく口ずさむ。
(武劉・・・!)
何十発の銃声が響き、オウルと少女の周りは硝煙に包まれた・・・。
数秒の後、煙が晴れて、オウルと少女が立っている姿が見えると、男は歯ぎしりをした。
煙の中にはもう一人の影があった。
「ギリギリ間に合いましたか」地下で消えていった、オウル似の若い男が漆黒の刃を光らせてオウルたちの前に立っていた。
地面にいくつもの穴が空いていて、半分に切れた弾丸がいくつも転がっていた。
「助かったよ武劉。間一髪だ」男はあまりにも似た2人の姿にも驚いたが、武劉という男が刀一本で今の銃弾を防ぎきったことが信じられなかった。
「斬ったのか…?弾丸を…?」たじろぐ兵士たちを前に、武劉は黒剣を地面に突き刺して言った。
「少しは斬りましたが、ほとんどは弾きましたよ。あなた達程度の弾、斬るほどもありません」武劉が馬鹿にするようにそう言うと、兵士の一人が怒ってもう一発ライフルから弾を発射した。
武劉は剣を差したまま右手で空を切った。武劉の拳から細い煙が昇る。武劉が手を開くとぽとりと銃弾が地面に落ちた。
「な・・??化け物か…?」武劉は剣を抜くと、胸の前に掲げた。
「失礼な。私は剣であり、また人であるだけです」鞘も持っていなかった武劉は剣を自分の胸に突き刺すと、剣は吸い込まれるように消えていった。
兵士たちはあっけにとられている。
「オウル殿、すいませんが時間です。もう実体化する力が残っていません」オウルは泣き出しそうな少女を背中から下ろして自分によりかからせるようにして立たせた。
少女は目の前で何が起きているのかは分からなかったが銃声や兵士たちの様子に恐怖を抱いていた。
「十分な時間を稼いでくれたよ、ありがとう。あとはこの子がやってくれるさ」武劉はそうですか、とだけ言って少女の頭にポンと手を乗せるとそのまま消えていった。
少女は目の前の男が突然消えたのでびっくりした。兵士たちも驚いていたが、武劉がいなくなったと気づくとまたライフルをオウル達に向けた。
「う、撃て!」男が慌てて命令する。それに反抗するかのように少女の怯えた藍色の目が瞬いた。
パンと一斉に兵士たちのライフルが暴発した。弾丸が打ち出されることもなく、兵士たちの手から壊れたライフルが落ちていく。
「くそっ!何でこんな時に!」一斉に全てのライフルが暴発した、それが偶然でないことに気づいた男はオウルを睨んだ。
「貴様、何をした?」
「何もしていませんよ。事故っただけでしょう?」男のこめかみに血管が浮き出る。
オウルは遠くの城で何かが動く気配がしたかと思うと、少女を抱き上げ真横に飛んだ。
その直後、風を切る音がするとともに出口のドアが吹き飛んだ。対物狙撃か何かだろう。
二発目が来るかと思っていたら、その遠くの城で大きな破裂音がして煙が上がる。
(…視えていない遠距離までこの子の力は届くのか)オウルは腕の中で震える少女を左手で持ち上げて肩に乗せる。
銃が無駄だと判断した兵士達が剣を抜くが、武劉や暴発を警戒してか容易には近づいてこない。
少女は無意識下で力を使ったせいか、あまりの恐怖のせいか、オウルの肩の上で気を失った。
それに気づいたオウルは右手で先ほど奪ったハンドガンを抜いて空に向けた。
どこからともなくうすい灰色の羽根が散る。
「では、またいつか」オウルは紳士のように言った。
「逃げられると思っているのか」男はレイピアを抜いた。
ホウホウとどこかでフクロウのなく声が聞こえた気がした。
「ええ」オウルが引鉄を引いて弾丸が発射されると同時に、オウルと少女の姿は消えた。
——夜空に一羽のフクロウが飛んでいた。ただその大きさは尋常でなく、大人の人間が大きく手を広げているかのような大きさだった。
その背に闇に溶けてしまいそうな藍色の髪をした少女が眠っていた。紅い大きな星が二人を照らしていた。
フクロウは眠る少女を乗せたまま空を滑り、城門を越えて、城下町へと続く林道の近くに舞い降りていった。
高い木々を縫うようにしてフクロウは地上に降り立つとともに人の姿になり、少女を抱きかかえた。
つい先ほどまでフクロウだったオウルは愛おしそうにその髪を撫でた。「うぅん…」とくぐもった声をもらし、少女は目をこすりながら開ける。
「お疲れさま」
「?」少女はオウルの腕の中で無表情でオウルを見つめていたかと思うと、安心したのかまた眠った。
(さて、これからどうするか…)
オウルは静かに寝息を立てる少女を起こさないように背中に担ぐと、林道を歩いて城下町に向かった。
じきに城の奴らが探しに来るかもしれないが、とりあえずは体力と魔力を回復するためにも宿を探すことにした。
梟のホウホウとなく声が不気味な林に響く中、オウルと少女はゆっくりと歩いていった。
夜の城下町は大抵の人が寝静まり返っていたが、バーやカジノの明かりも多く、シンとしているというほどではなかった。
町の中を歩いていると、小さな路地にこぢんまりとした宿があったので、オウルは木の扉を押し開けて入る。カランカランと鈴が鳴った。
ホテルよりかはこういう古くからある民宿の方が警戒されにくい、そう思ったオウルの判断は正しかった。
カウンターの女将がうつらうつらしたまま重いまぶたを開く。2人の姿に注意を向けることもなく機械的に喋る。
「はいはい。一晩20ギルだよ」オウルは巾着から銀色のコインを4枚置いた。
「2人分で」
「はいよ」鍵を受け取ると2人は二階のこぢんまりとした部屋に入った。どの部屋も寝ているのか、いないのかは分からないが静かだった。
オウルは少女をそっとベッドの上に寝かし、布団をかけてやった。
小窓から入る夜街の薄明かりが二人を照らす。
オウルも机の椅子に腰掛けると、銃を机の上に置き、最低限の防護魔法陣と対探知魔術(アンチディテクト)の魔法陣を描いてすぐに眠りに落ちた。
オウルは差し込んだ朝日で目を覚ました。ハッとして外を見るとやはり昨夜の事件で騒がしくなっているようだった。少女はまだ眠っているようだ。
とりあえず身を隠すための服を探しにオウルは宿を出た。近くの出店でフードローブの小さいのと大きいのを買うと急いで宿に戻る。
少女はまだ眠っていた。軽く肩を叩くと少女は目をこすりながらぼうっとしてオウルを見る。
「おはよう」状況が読めていないのか、少女は周りをきょろきょろと見るが、なんとなく思い出したのかふぁーっとあくびをした。
オウルは少女を持ち上げると白衣を取り、そのままシャワーを浴びさせた。ドライヤーで乾かしてやるとさっき買ってきたばかりのフードローブを着させる。少し大きめだが、隠すのにはちょうどいいだろう。
オウルも手早く着替えて身支度を調えた。銃弾を数えていると少女が座っていたベッドから歩いてきた。
「もう歩けるようになったのか!」よろよろと歩いてくる少女が倒れそうになるとオウルは支えてやった。
「すごいな」頭を撫でてやると少女は花が咲いたように嬉しそうに笑った。オウルの顔もほころぶ。
「じゃあ、歩いていくか」オウルは少女の右手を左手で握ってやると少女の歩調に合わせながら宿を出た。
フードを目深に被って急いでいるようには見えないようにゆっくりと歩いて行く。人混みの中でそんな二人を誰も気にも留めなかった。
町の外へと向かう通りを検兵を避けるようにして進んでいく。
喫茶店やレストランが並ぶ通りを歩いていると、前から二人組の兵が反対側から歩いてくるのが見えた。
城直属の甲冑を着けていたため、オウルは念の為に横の小さな路地裏に入った。
少し路地裏の奥に進むと、後ろから固いものを突きつけられた。フードに隠れたオウルの額から冷や汗が流れた。
「動くな」若くはない男の声だった。
オウルは黙って両手を挙げると、後ろからフードを引っ張られた。灰色がかったオウルの白髪がさらけ出される。
もう一人いたようで、そいつが少女のフードを取ると藍色の髪があらわになる。少女は黙って怯えていた。
「何をしている?」男が尋ねた。
「旅商人です」オウルは相手を刺激しないように、できるだけ穏やかな口調で答えた。
「その女の子は?」
「娘です」
「本当に?」
「本当です」
「髪の色が違うが」
「私はもう歳ですから、すっかり髪の色が抜けてしまって」
「そうか、じゃあ両手を上げたままこっちを向け」
言われたとおりにすると、オウルは銃を向けている男が先ほどの兵士ではないことに安堵した。
驚いたことに、男の連れは真っ赤な髪をした女で、背中に赤ん坊を背負っていた。男がオウルの目を覗きこみ、少女を見て言った。
「目の色が違うが?」
「…」オウルはどう答えていいか分からず目をそらしてしまった。
男が怪しそうにこちらを見る。
オウルの目に、赤髪の女が腰に下げている刀が映った。オウルは驚いて女の方を見た。不意にじっと見られて女は不思議そうに見返す。
オウルは大方の事情を理解した。男と女がどうやってここに来たのかも。
「銃を下ろしてくれ、事情を話そう」男と女が急に態度を変えたオウルを訝しむ。
「君達はその赤ん坊を元の世界に戻したいんだろう?」
女が驚いて声を出す。「えっ!?」
男は何かを察してくれたのか銃を下ろした。
オウルには男と女と赤ん坊が違う世界から来たということが分かるだけの力があった。
オウルは少女と近くの石段に座った。幸いこの路地裏に人気はなかった。壁に男と女が寄りかかる。
「私はこの国の王のもとで研究員として務めていた」オウルはまず身の上を語り始める。
「ここの国王は、昨日殺されたって聞いたけど」女が尋ねる。
「そうだ。王は私が殺した」
女は一瞬、息を呑む。
「だから今、追われている」
「何で殺した?」男が聞く。
「この子を助けるためさ」オウルはポンと少女の頭を叩いた。少女はくすぐったそうに頭をくしゃっとした。
「この子が最後の実験体でね。もう見殺しにするのは辛かったんだ」
「実験体?」女が聞いた。
「そう、実験。簡単に言えば人間兵器を作ろうっていう馬鹿な王の目論見さ。その研究があの城の地下深くでされていたんだよ。で、そこの研究者が私だったというわけさ」
オウルは家々の間から見える丘の向こうの城を指差しながら言った。
少女が女の背中で眠る赤ん坊に興味を持ったのか、歩み寄ってじっと見つめる。女はそんな少女を見て言う。
「実験体ねぇ…」
「本当だよ。とはいえつい昨日、初めて外に出たばっかりだからね。歩いているのが不思議なくらいだ」
「へぇ…」
女が赤ん坊を抱きかかえてしゃがみ、少女に見せてあげると、少女は食い入るように赤ん坊を見ていた。
「で、何で俺らがそのガキを戻そうとしてるのが分かった?」男がぶっきらぼうにそう言った。
「君達がこの世界の住人じゃないということくらいは、服装を見れば分かる。ついでに、自分で言うのもなんだが私は腕の立つ魔術師でね」
男と女は少しの笑いを顔に浮かべた。男が煙草に火をつけながら言った。
「魔術?本気で言ってるのか?」
オウルはそこで男達が魔術の概念が存在しない世界から来たということに気がついた。
「なるほど、君達はそういう世界の住人なのか。ならば変に思いはしないか?この町を」
男と女は顔を見合わせて首を振る。
「分かりやすく言えば、その少女を作れるほどの技術を持った国の町なら、もっと科学的、無機的でいいと思わないか?」
男はふうっと煙を吐いた。
「そうかもしれねえが、別にその王だけが技術を独占していたとも考えられる」
オウルははあっとため息をついた。
「今この場で使ってみせたいのもやまやまなんだが、城の探知にかからないように今はアンチディテクトをかけているからねぇ…」
オウルは仕方ないと言って地面に適当な模様を書いた。
「兵士に気づかれたら、君達が何とかしてくれよ?」
オウルは短く、呪文を詠唱する。簡単な水魔法だ。乾いた地面から一筋の水流が現れて、男の煙をつかみ、その火を消した。
その後、水はそのまま地面に落ちて吸い取られていった。
その様子を男と女と少女は凝視し続けていた。
「驚いたな。それが魔術か」男が湿気った煙草を投げ捨てて言う。
「簡単な方だけどね。これが魔術の基本、魔法だよ」
オウルは一旦解除してしまった対探知魔術(アンチディテクト)をかけ直しながら言葉を続ける。
「君達もその気になれば出来るかもよ。特にそっちのお嬢さんは素質がある」
赤髪は自分を指さして「私?」と言った。
「その剣がそういう剣だからね」オウルが女が腰から下げている刀に目を向けると、女は刀を見て手を乗せる。
「えっそうなの?ただの刀だと思うけど…」少女が刀に興味を示したのか、近づいてまじまじと眺めていると手を伸ばそうとした。その手を柔らかく女が止める。
「危ないよ」
止められた少女は、今度は自分を止めた女の左腰にバッと手を伸ばしてハンドガンを取ろうとした。少し触れるがこれもすぐに女が止めた。
「もっと危ないって」
残念がる少女の目がオウルに向けられる。
「私の方を向かれてもなぁ…」
少女はオウルが何もしてくれないと分かるともう一度女のほうを向いた。
オウルは少女の体から魔力が湧き上がるのを感じた。
「マズいッ!」オウルは勢いよく立ち上がって少女を抱きしめるが、間に合わずに女の剣が震えだした。
「えっ!何なの?」女が慌てて、男は身構えた。
抱きかかえられた少女はオウルによって魔力は封じ込められたが、わずかに漏れた<暴発>の魔力が女の刀—蒼雨—と共鳴する。
「蒼雨を貸して!早く!」
女はさらに慌てて鞘ごとオウルに渡す。オウルが蒼雨というその刀を受け取ると、溢れだす魔力を自らの体内に流しこむことでその振動を止めた。
落ち着くと、ゆっくりと刀を抜いた。コバルトブルーにも似た刀身が仄暗い路地に輝く。
「この刀…剣は魔力を超えた力を内包している。それがこの子の力で引き出されただけだ。もう大丈夫」
少女は自分の髪よりも青いその刀を興味深そうに見ていて、また触ろうとすると、オウルの手の中で蒼雨の形が変わり、刀ではなくしずくの形をした宝石のような形に縮んだ。
「「は?」」女と男が声を上げる。
「あんた、今何したの?」女が半分恐れながら聞く。
「形を変えただけさ。この蒼雨は使い手が強く願えば願った形になる」
オウルは太陽に透かして遊んでいた少女から雫の形になった蒼雨を取ると、その手の中で銃の形に変えた。
「だからこんなことも出来る」
ジュッと音を立てて水が銃口から飛び出してコンクリートの壁を濡らした。
「そんなんアリかよ…」男が感嘆する。
「他にも力はあるけど、それはおいおい君が見つけていくものだよ」
オウルはそう言いながら蒼雨を刀の形に戻して鞘にしまって女に返した。
「…ただのよく斬れる刀じゃなかったんだ…」
「その剣を普通に刀として使うだけで、その使い手だったんだから君は相当な心の強さを持っているんだろうね。そして、それだけの悲哀の心も…」オウルはそう呟いた。
「え?どういうこと?」
「いや、気にしないでくれ。それよりも、話を戻そう」
女はもっと蒼雨について聞きたそうだったが、お互いそれなりに急いでいる身なのを思い出して話を進めることにした。
「で、結局その赤ん坊を元いた世界に戻したいんだろ?」
男たちが頷く。少女はまたオウルの横にちょこんと腰掛けておとなしくなった。
オウルは紙を取り出すと、記号を書き並べて女に渡した。加えてポケットからIDカード、研究施設の地図を渡す。
「もう私達が使うことはないからね、全部あげるよ。その髪に書いたのはその赤ん坊のいた世界の世界座標だ。地下29階にある空間転送ゲートに私のIDカードでアクセスして、それを入力すればゲートが開く。国王たちにはまだ未完成と言っていたから、アクセス権限は残っているはずだ」
女は見慣れないその記号の羅列に首を傾げる。
「君達もその赤ん坊と一緒に向こうの世界に行くのかい?」
女が地図を見ながら首を振る。
「そうか、なら急いだほうがいい」
「どうして?」女が聞く。
「研究施設の自爆装置が作動しているからさ。あと6時間くらいで全部消し飛ぶ。内部にいたらまず即死だからね。行って帰ってくるつもりなら早くした方がいいに越したことはない」
「自爆装置を起動させたのはお前か?」男が聞く。
「まあね。ちょっとした弾みでポチっとやってしまった」
女がはぁーとため息をつく。
「城にはどのくらい兵士がいるんだ?」男がさらに聞く。
「たくさん。君達2人で全部相手にしようとしたら厄介なくらいにはいるよ。魔術師も、騎士も色々」
「そうか。なら本当に急いだほうがよさそうだな」
オウルは頷いた。お互いが立ち上がる。
「あっちょっと待って」オウルは蒼雨を持つ女を呼び止める。少女の肩に両手を乗せてオウルは言った。
「この子に名前をつけてくれないか?私はそういうのが苦手でね」
「えっ?名前なかったの?」女は驚いて言う。
「そんなに大事なことを他人に決めさせていいのか」男が言うと、オウルは蒼雨を見た。
「蒼雨の使い手ほどの人に名前をつけてもらえるならこの子の力になるからね」
女はじっと少女を見ながら少しの間考えこむ。少女は首を傾げながら自分を見つめる女を見つめ返す。
「えーっと、じゃあシアンちゃんってのはどう?」
色の三原色の一つであるシアン。その響きも少女にぴったりだった。
「いいね。よし、お前の名前は今からシアンだ」
「しあん?」少女は言葉を繰り返す。
「そうそう」女が微笑みながら頭をなでる。
「ありがとう。では君達2人とその赤ん坊の健闘を祈るよ」
「そっちもな」男と女と赤ん坊、オウルとシアンは路地裏から出ると反対側の方へ歩いていった。
交じるべくして交差した運命の別れだった。
オウルとシアンが城下町を囲む外壁にたどりつくと、案の定、門では検問が行われていた。
東の門だったが、何もない西の門以外はおそらくどこの門でも行われているだろう。といっても西まで回りこむのは時間的に危険だ。
外壁を飛び越えるのも、発見される確率が高いからやらないに越したことはない。
オウルは、アンチディテクトを解除すると、一晩休んで魔力が十分にあることを確認して門から少し離れたところに立つ。
腰から銃を抜いて開いた門の向こうの空中に狙いを定める。少女を近くに寄せると引鉄を引いた。
のどかな昼下がりの街に銃声が響いた。銃声が鳴った所を人々は何だ何だと見に来るが、音がしただけで銃を持っている者はいなかった。
門番の一人が銃弾が頭上を飛んでいったのに気づいて、飛んできた方向を見るがやはり誰もいなかった。
検兵の騒ぎ声を背に、オウルは飛んでいく。
門から遠く離れた先で、速度を失った銃弾が大きなフクロウの姿になった。その背にはシアンがしがみついていた。
少女は驚いていたがどうすることもできずただ捕まって、目下に広がる景色を見ていた。
オウル、もといフクロウはそのまま飛びつづけ、黒々とした山の上に降りていった。
人里から離れた地で不気味に聳えるその山は、人々からは霊山として畏れられていた。
深い森の奥に降り立った2人は巨大な岩の前へと向かう。
深く淀んだ滝壺の前に、河の流れを遮るようにしてその岩は屹立していた。
岩の上に人影が現れる。シアンと同じくらいかそれ以上に濃い青色の長い髪を腰まで垂らした若い女性が、水飛沫の中で微笑む。見た目とは裏腹に長い時を生きてきたかのような貫禄がにじみ出ていた。
「来たか」岩の上から女は飛んでオウルたちの前にふわりと着地した。普通の人が飛び降りられる高さではなかった。
ナルカミ。この世界が始まった時からこの世界とともに生きてきたこの世界の神。それが彼女だ。
「実験とやらは成功したみたいじゃな」ナルカミはシアンを見て言った。
「ええ、おかげさまで」
「この子がわしの力とお前さんの力を併せもった子か」ナルカミは愛おしそうにシアンの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「ついでに、<暴発>の力もね」
ナルカミの目が見開かれる。
「ほう…それは将来が楽しみじゃな」
オウルは頷く。
「名は?」
「しあん!」オウルが答えるよりも前に、少女が大声で名乗る。
オウルはもう言葉を理解しつつあるシアンに驚いた。
「シアン?命名主は?」
よしよし、とナルカミがシアンの頭をなでながら言う。
「蒼雨の使い手だ」
「蒼雨とな!」ナルカミが声を出して笑う。
「まったくこの子は至れり尽くせりじゃな。ますます期待がかかるの」
言うと、女は急に遠い目を空に向けてぼそりと呟く。
「じゃが、わしはその未来を見ることは叶わぬ。誠に惜しいことよのう」
落ちる滝に燦燦と日光が降り注ぐ。その中にありながらも、滝壺の奥はどす黒かった。
三人の間に沈黙が流れた。
力強い滝の音と、平和な森に生きる物たちの息吹が聞こえた。
ナルカミはよし、と言うと、シアンを抱き上げた。
なぜだかシアンにはナルカミが安心できる存在に感じられた。
ナルカミの腕のぬくもりの中で、シアンはこの世界のすべてを感じた。
ナルカミはシアンを抱きかかえたまま岩の上に飛び乗る。
「本当にいいのか?」オウルが見上げてナルカミに声をかける。
「何を今更言うておる。このわしが自らの子にこの世界を託せるのなら本望じゃ」
ナルカミは慈愛に満ちた表情で少女を見る。岩の上でナルカミはシアンを向かいに立たせ、両手をつなぎあう。
少しの間そうしていたかと思うとナルカミは決心したように息を吸った。
「愛せよワシの世界を。汝の世界を」
太陽よりも強い光がナルカミとシアンの両手から溢れ、世界を包み込んだ。
この世界に紡がれた物語がシアンへと紡ぎ継がれていく。
ほんの少しの間だったが、継承は完了した。
ナルカミがまたシアンを抱きかかえてオウルの前に降りてくる。
オウルが片膝をついて頭を垂れる。
「お疲れさまでした」
「馬鹿めが。仰々しいわい」
オウルは立ち上がった。ナルカミは泣きそうな顔をしていたが泣くことはなかった。
長い間この世界を見てきたから。
ナルカミは全身が光に綻びながらも強く笑っていた。
「ありがとう」
ナルカミはオウルにそう言った。
「いえいえ、互いの利益が一致しただけですから」
「またお前はそういうことを言って情を隠す」
「何のことだか」
「ふふっ。達者でな」
「もちろん」
最後にナルカミがシアンのほほをなでると彼女は光となって風に散っていった。
シアンは何が起きたのかは分からなかったが何かを感じたのか、光の残滓が去っていた世界を見ていた。
滝の流れが弱くなり、柔らかなせせらぎへと変わり、岩は崩れるようにして川の中に沈んでいった。
シアンは無意識のうちにせせらぎに手を伸ばした。
ひんやりとした水がシアンの手を流れていく。川が、森が、世界が、新たな主の誕生を歓迎しているようだった。
オウルは黙ってそんなシアンを暖かく見守っていた。
「行こうか」
日が傾き始めた頃にオウルは一人自然と戯れていたシアンに声をかけた。
シアンはこくんと首を縦に振った。そうして二人が山を降りようとした時だった。
シアンがふと歩みを止めた。オウルも只ならぬ気配を感じ、同じく足を止める。
王国の追っ手のような生易しい気配ではなかった。膨大な魔力の圧力だ。
黄昏の空に幾千もの黒々とした魔物の群れが現れた。
その中から一人抜きん出て圧倒的なオーラをまとった人の形をした何かがオウルたちの前に立つ。
2mを越す大男のような魔王だった。
「よう。あのババァがついに消えたと思ったら継承が済んでやがるじゃねぇか。新しい神はてめぇか?」
オウルを指差して荒っぽい口調で魔王が言う。
「さあ、どうだかな」
オウルは嘯いてそういったが、内心ではこんなに早くこの世界を狙っていた別界の神が現れたことに驚いていた。
「とぼけんじゃねぇ。分かってんだよ、そのガキだろ?」
シアンが一歩後ずさる。
「ったく頼りねぇなぁ。何でババァもこんなやつに継承したんだか」
魔王がオウルとシアンに近づいてくる。オウルはこれほどの数の相手を出来るかわからなかったが、とりあえず身構えた。
魔王が二人を見て、少し首を傾げたがすぐに大笑いをしだした。
「あら?お前らババァから聞いてねぇの?」
オウルはポカンと口を開けた。
「はっはっは。最後まであのババァらしいぜ全く。雑すぎる。」
何のことか分からずにオウルは何も言えなかった。
「いや、もうすぐ継承するから一時、この世界を代わりに見といてくれって頼まれたんだよ」
オウルは思わず声を出す。
「は?いつの間に?」
「ちょっと前」
「ぜんぜん聞いてないぞ」
「そうみたいだな」
はぁ・・・と魔王とオウルの口から溜息が漏れる。確かに彼女ならこんな大事なことを失念していたとしても不思議ではなかった。もしくはわざと言ってなかったか。
「良かったよ、継承権狙いのやつじゃなくて。」
魔王が笑う。
「こんな辺境の世界を狙う物好きなんかそうそういねぇよ。中身はいいところだが」
魔王が合図すると魔物軍団は帰っていった。何のためにつれてきたのか分からなかったが、とりあえず敵ではないことが分かってびびった自分が馬鹿らしくなった。
「で、お前らはこれからすることがあるんだろ」
「そこまで話していたのか」
「具体的には聞いてねぇけどな」
黄昏の夕陽が霊山をオレンジ色に染めた。
「さっさと片付けて来いよ。ここは俺が見といてやるからさ」
この世界の管理は確かにオウルも悩んでいたところだったから、渡りに船だった。
「悪いな」
「なぁに、これもあのババァとのよしみだ」
魔王は不意にオウルをじろりと一瞥する。
「このガキがババァの子ってのは分かるがお前は何だ?親父か?」
オウルの背に冷や汗が流れる。
「まぁそんなところだ」
「ふーん。お前も神かそんくらいの力を持っているように見えるがなぁ。どっかで見たことあるような気もするが思い出せねぇ。心当たりねぇか」
「さぁ?」
オウルはとぼけて見せた。
孤立大世界の魔王ルーパスハウル。そんな大物が彼女と親交があったのは驚きだが、自分のことを覚えていないのは幸いだった。
「まぁいいや、とっとと行って来いや」
「ああ」
オウルはシアンの手をとるとその姿を消した。
一人になった魔王が小さくなった岩の上でたそがれる。
「あいつは、世界連合のお尋ねもんの“渡り鳥”じゃねぇか。ババァは何であんなやつとつるんでたんだか」
魔王は見下ろした世界に一人ぼやいた。
「まぁいいか」
はっはっはと高い笑い声が神不在の世界に響き渡っていた。
オウルはシアンと共にさっきまでとは違う世界に現れた。漆黒の夜に三日月が浮かぶ。
大地は無く、黒々とした海原が真下に広がる。その海に浮かぶ船に二人は立っていた。
巨大な戦艦にも見えるその船の甲板に立つ二人以外にもう一人男が立っていた。
「終わりましたか」武劉だった。国王を殺したときのように尋ねる。
「あちらはな。後はこの世界だけだ」
「こちらも大分片付いたんですけどね」
武劉が目をやった先に、月明かりに照らされる3人の乗る船の何十倍も大きな立方体のような建物が海の中に立っていた。
「どうすればいい?」
「どうしようもありませんね」
通称WU。正式名称は世界連合。その組織が直接管理する、とある閉鎖世界がオウルたちのいる世界だった。
そびえ立つ巨大な建物は強靭な魔術結界が幾重にもかけられていて、物理的にも完全に封印されていた。
人が住むためではなく何かを閉じ込めているような建造物だった。
「あの中に本当に創神様が封印されているんでしょうか」武劉が言った。
「ああ間違いないさ」オウルが答える。
「にしては封印がデカすぎじゃありませんか」
「それだけの封印をしないと抑え切れなかったってことだろうさ」
遥か昔にオウルの生まれ育った世界を作り上げた創神—銀炎ノ鳳凰—、彼がここにWUによって封印されたのも遥か昔だと聞いている。
その創神はオウルの先祖でもあった。
その昔、創神は作った世界をすぐに当時最強の世界として進化させた。
しかし、あまりにも強くなりすぎたその世界を抑えるために対抗策として他世界による連合組織—WU—が生まれた。
何十年にも及ぶ激戦の末、創神は敗れ、この世界に封印されたと聞いている。
その封印を解くためにオウルは片腕の武劉をこの世界に潜入させあらゆる危険因子を水面下で排除してきた。
WUにも気づかれずこの時までずっと。
しかし封印本体に手を出すとなれば流石に本部にも気づかれるだろう。増援が来る前に封印を解いて目的を果たすしかない。
「しかし、不気味ですね。こんなにも手薄なのが」
「確かにな」
いくら過去のこととはいえここまであっさりとことが進んだのは怪しかった。
「とりあえず全力攻撃をしかけるしかなさそうだな」
「といっても私とオウル殿しかいませんよ」
「十分だ」
オウルは船の舳先に立った。シアンは船の後ろに下がらせた。シアンが心配そうな目でオウルを見る。
大丈夫、といってオウルは封印を見据えた。
武劉が横に立つ。
「マルチブレードアタックシステム起動」武劉が静かにそういうと船に備え付けられた砲台が全て封印の方を向いた。
オウルはありったけの魔力を込めて術式を編む。
「行くぞ」
膨大な数の砲弾、魔力攻撃が一斉に放たれた。
爆音とともに建物の周りを爆発や魔法が圧倒的な力で押していく。
オウルは魔術結界が少しずつ弱まっていくのを感じた。
(いけるか・・・?)
続けざまに二人で魔法攻撃を仕掛ける。
WUが指名手配するほどの魔術師オウルの強大な魔法攻撃にも耐えうる封印が存在しうるのか。答えはノーだった。
しかし、全ての魔術結界が壊れ、続く攻撃が建物を壊すかのように思われたときだった。
残った攻撃が建物をすり抜けていった。
まるでそこに建物など存在しないかのように。
「「フェイク?!」」
オウルはやられたと思った。封印そのものの偽装。これほど大掛かりなフェイクがあるとは想像もしていなかった。
「なら本物はどこにっ」
武劉が叫ぶ。だが二人にその答えはわからなかった。
空しく攻撃が通過していった後、闇に一人の人影が現れた。菅笠を被ったそのシルエットはどこかの国の古いさすらいの武士のようだった。
船の先にゆらりと宙に浮かぶその姿からは何ともいえない不気味さが滲み出ていた。
顔を狐の面で隠し、その服装は和服にも似ていた。月光を照り返す細い短剣をそいつは右手にぶら下げていた。
そいつはくるりと空中で一回転し、二人に向かって一礼した。
袴のような服の背に星形の中のハートを杭で刺したようなマークがあるのをオウルは見逃さなかった。
「五式・・・」
オウルがWUを調べる途中で聞いたことがあった。たった五人で構成される暗殺組織。それが五式だった。
その一人が今、目の前にいるとしか考えられない。
警備が手薄だったのではなかった。彼がいるから十分なだけだったのだ。
だいぶ魔力を使ったオウルにそんな相手と戦えるだけの力が残っているかどうか。
「武劉、越界召喚できるのはいるか?」
「蒼雨以外は使い手不在です」
オウルはさっき会った女を思い出していた。まだ蒼雨を使いこなしているとはいえない彼女を半身半霊で呼び出しても今は戦力にならない。
「そうか。ならば二人だけで戦うしかないな」
「マルチブレードアタックを?」
「そうだな」
武劉の体が一瞬にして剣になったかと思うと鎧のようになりオウルの体に装着された。続いて展開された何枚もの透明なブレードが宙に浮かびオウルを囲む。
武劉もまた、オウルによって作り出された魔剣の一つだった。
オウルの手に黒剣が現れた。オウルは走り出すと面の下で笑っているであろうそいつに斬りかかった。
オウルの背からフクロウの巨大な翼がはためく。
魔力を乗せた一撃を五式の一人であるそいつは短刀で軽くいなして見せた。
「名乗れ、五式」
「・・・四」
そいつは四とだけ言った。五式の中で四番目なのか、単に通し番号が四なのかはわからなかったが、オウルは構わず斬りかかる。
四はオウルの全ての剣戟をいなすかかわすのみで自分から攻撃してこようとはしてこなかった。
(時間稼ぎか・・・)
オウルは羽ばたきながら氷の柱を飛ばしたり、炎を出し続けたが、どの攻撃も四には通じなかった。
実体がないかのようにふらふらと四は守りに徹するだけだった。
「なぜ攻撃してこない?」
「・・・」
煽ろうとしても無駄なのは分かっていたがこの一方的な消耗戦に変化が欲しかった。
「・・・」
変化はあった。だが、それは不利な変化だった。
四が消えるかのような驚異的スピードで移動した。菅笠が海へと落ちていった。
四が向かった先はオウルの元ではなく武劉によって生み出されていた船だった。
「シアン!」オウルは叫んだが四の目的に気づいたときには遅く、どうにもならなかった。
シアンの喉元に短刀が突きつけられた。シアンが小刻みに震えているのが分かった。
オウルも船に降り立つ。
「近づくな」四が口を開く。少年のような声だった。
「くっ」
オウルは四とにらみ合う。
「・・・」
オウルはシアンの<暴発>の力に期待したがあそこまで近くに刀があってはどうしようも出来ないようだった。
「武器を捨てろ」
武装が解除されオウルの横に武劉が現れる。
「これでいいかい」
「・・・」不満そうな息遣いを四から感じた。
にらみ合いが続いた。戦況を覆すためにオウルは武劉に短く小声で何かを伝える。
船の後ろ、つまり四とシアンの後ろに武劉が船を変形させて槍を形作る。四に気づかれないように。
槍がぶすりと四の背を貫くと同時にオウルは走り出しシアンを奪い取る。
刺された四の姿は掻き消えていった。
「終わった、わけはないか」
「・・・でしょうね」
シアンを下ろすとシアンは怯えたようにオウルにしがみついた。
その刹那の隙を狙われた。
武劉の目が驚愕に開かれる。オウルはその意味をとっさに理解した。
シアンをバンと武劉に向けて突き飛ばす。
直後オウルの胸を後ろから短刀が突き刺した。ゼロ距離からの攻撃。
「うっ」
オウルは心臓を貫いたであろうその短刀ごと倒れた。
四が姿を現す。侮蔑の表情を面の下に浮かべながらは四は倒れたオウルを見下していた。
「幻術使いだろ、通りで攻撃してこなかったわけだ」
オウルが血を吐きながらそう言った。シアンの目が泣きそうになる。武劉は駆け寄ろうとするシアンを止めた。
「だが、今は実体だろ?」
四の後ろからオウルが現れ、四を羽交い絞めにする。
血を吐いていたオウルは消えていた。
「悪いな、俺もだますのは得意なんだ」
四が暴れるがオウルは魔力ごと四を押さえ込む。
封印のフェイク、受身の戦闘態勢からオウルは四が幻術使いであることを見抜いて、武劉と一芝居をうって見せたのだった。
「武劉!」
そして、武劉が止めを刺す。その手筈だった—
金切り声が響いて船の砲台が飛び散った。
海が荒れて雷鳴が轟いた。
四の体が破裂して血が飛び散った。
破壊の後に船の上に立つのはシアンだけだった。
オウルが刺されたと勘違いしていたのは四だけではなかった。
シアンのあらゆる力が解放されて世界が荒れ狂ったのだった。
暴発した<暴発>の力はとどまることを知らず世界を崩壊させようとしていた。
激震のなかでオウルは何とか立ち上がりシアンに近づいて覆うようにして抱きしめた。
「もう終わったから!落ち着いて!」
オウルの右腕が吹き飛んだ。シアンの理性も吹き飛んでいた。
オウルの左足が爆ぜた。シアンの目からは正気が消えていた。
「もう大丈夫・・・だからっ!」
オウルの胸がぐにゃりとつぶれた。
そこでやっとシアンの目に光が戻った。
シアンはなぜオウルがボロボロになって自分を抱きしめているのかがすぐには分からなかった。
だが自分のしたことをすぐに思い出したのか大声を上げて泣き始めた。
泣き喚くシアンにオウルは大丈夫だからと言い続けた。
武劉は魔力のよりどころであるオウルが瀕死に近づいたせいで実体化が不可能になり、一本の黒剣になって甲板に刺さっていた。彼の力で動いていたこの船が消えるのも時間の問題だ。
なんとか生きている状態のオウルは残る魔力でシアンに封印を施す。幼い彼女に<暴発>の力は危険すぎた。彼女が一人で生きて行けるその時までその力を封印した。
夜空が瓦解し始め、世界のハザマが見え始めた。
しかしオウルにはまだこの世界でなさねばならぬことがあった。
幸いにもシアンがナルカミから受け継いだ水神の力で海が荒れ狂わせた時にオウルは創神の封印が海底にあったのを確認していた。
最後の力を振り絞ってオウルはフクロウの姿になると海に飛び込んだ。<暴発>の影響で綻んだ小さな祠のようなその封印にオウルは魔弾を打つ。
結界がいともたやすくパリンと割れるようにして砕け散る。
その瞬間だった。急激に魔力が祠から増幅していったのがわかった。中から銀色の炎を纏った鳳凰が意識を失いかけていたオウルを鉤爪で捕まえて急浮上していく。
派手に水飛沫を上げて海上に飛び出すとそのまま船の上に五彩色の羽を散らしながら鳳凰はオウルを運んでいった。
水浸しになったオウルをやさしく鳳凰は甲板に降ろした。シアンが泣いたまま駆け寄る。
オウルは海水と混ざった血を吐き出して言葉を発する。
「やはり、まだご存命でしたか」
オウルは人の姿に戻ると鳳凰に言った。封印されてから途方の時が経ったはずだが、まだ生きていたその鳳凰の姿にオウルは同じ血を感じた。
代々、人と鳥の力を合わせ持ってきたオウルの先祖が目の前に生きているという事実が信じられなかった。
不死とも言われる鳳凰の力を持った彼だからこそ神の寿命を遥かに超えて存在し続けられるのだろう。だからこそかつてのWUの連中は殺せなかった彼をここに封じたに違いない。
「迷惑をかけてしまったな」
彼の鳳凰の姿が歪み、人の形になろうとするが、長い間鳳凰でいたせいかあいまいな人の形としかならずにぼんやりとした形をとる。
彼が言う迷惑の意味をオウルは理解していた。それがオウルの目的でもあったからだ。
「いえ」
彼の姿にノイズが走った。そこでオウルは始めて気がついた。
「そうだよ」
オウルが言う前に彼は自分から言った。
「鳳凰といってももう再生する力はない。この姿もほぼ霊体だ。存在していられる時間はもうほとんど残っていない」
本当にあと少しで封印とともに消滅するところだったが、君達によって消える前に救い出されたんだ、と彼は言った。
奇跡、だと。
「奇跡であり、必然でしょうね」
オウルは言った。彼は頷く。
「手短に済ませようか」
彼が言った。今度はオウルが頷く。
オウルが神として生まれた故郷の世界、そこでは神が神ではなかった。
本来ならば神が代替わりする時にナルカミがやったように次の神へと世界を“継承”するのだが、創神が封印されたために永い間オウルの先代たちは継承されないまま世界を統治してきた。
継承されないまま世界を統治しようとすればできないこともないがいろいろと不自由が生じる。だから、オウルは自分の世界をほっぽり出してほかの世界を渡り飛んだ。全ては故郷のかつての姿を取り返すために。
情報を得るためにだいぶWUの逆鱗に触れるようなこともしてきて指名手配までされていたが、創神直系の鳥人にだけにもたらされる“渡り鳥”と揶揄される力で世界を飛び回って追っ手をかいくぐってきていた。
その旅もここで終わる。
「継承先は・・・こっちでいいのか?」
彼はシアンを見た。横たわるオウルにしがみついて泣くシアンは顔を上げた。
「はい」
「神と神の子・・・君もまた禁忌を犯したのか」
「ええ。あなたがいなくなってから衰退する一方だったあの世界を再建するには強力な統治神が必要でしたから」
「そうか・・・」
彼がシアンの頭に手を乗せると、ナルカミの時以上に眩い光が崩れかけた世界の中でかがやいた。遠い世界の継承が行われた。
「これまでずっと火を絶やさないでいてくれてありがとう」
彼はオウルを見て言った。その目はオウルの奥を見ているようだった。
「あなたが始めてくれたからここまで来れたんです」鳥人。普通に子孫を残せないせいで未来がなかったその一族の生きる道筋を作ったのが彼だった。
「そのせいで辛い運命を君たちに背負わせてしまった」君たち、とオウルとその先代を指して彼は言った。
「滅ぶよりかはずっとマシですよ」
彼は笑ったような気がした。
「・・・また後で会おう」その言葉の意味をオウルは理解したが何も言わなかった。
熱くない銀色の炎が世界とともに消えていった。色とりどりの羽根がひらひらと舞った。
ハザマの中で船だけが残った。
オウルは甲板に刺さる黒剣を取るとブレスレットに変形させてシアンの左手にはめる。
シアンは<暴発>の暴発のせいで憔悴しきっていたが、死にかけたオウルのために意識を保っていた。
「そろそろ来るかな」オウルがぼそっと言った。
その言葉の直後、オウルとシアンの後ろからローブを着た女性が現れた。
血だらけのオウルを見て女の目が驚愕に開かれる。女が何かを言う前にオウルが先に口を開いた。
「スワン。この子を頼む」
オウルはオウルがほっぽり出していた間故郷の統治を押し付けていた妹にそう言った。
オウルが黙っていなくなってから、自分を探し続けていたたった一人の親族にまたしても難題を押し付けようとしていた。
「はあ?!」
スワンが状況を読めずに声を上げる。スワンが予知で見たのはオウルと蒼雨の邂逅までだった。その後急いで蒼雨の持ち主から名をもらったシアンへの魔力のつながり—パス—を追ってここまできたのだった。
「継承も終えた、ナルカミの世界もだ。これで私たち一族の宿願が果たされる」
オウルの覚悟の目にスワンは何も言い返せなかった。
「だから、頼む。この子を」
修復不可能な<暴発>の力をまともに喰らったオウルの命もまた尽きようとしていた。本当ならば自分の手でシアンを一人前にしたかったのだがそれは叶わないことだった。
シアンの額にオウルは左手で触れた。黒い光がこぼれる。記憶を消す黒魔法だった。
「この子にこんな凄惨な過去はいらない」
はあ、とスワンはため息をついた。
「親馬鹿ね。なんだかんだ理由をつけてもったいぶるとこがぜんぜん変わってない」
「うるさい」
「素直に愛してるわが子を頼むって言いなさいよ」
「違う。故郷のためだ」
「違うね。子供を作れない私たちの種族の夢をあなたは叶えたかっただけでしょ」
「・・・」
オウルは言い返せなかった。
またため息をつきながら、スワンがシアンを抱き上げて母親のように胸に抱いた。
シアンは記憶を消されたはずなのに、あっと言ってオウルに手を伸ばそうとする。
「せっかく会えたのにまたいなくなるなんて、あんまりだよ」スワンはオウルに言った。
「・・・ごめん」オウルは謝った。
「謝らないでよ」
スワンは目に涙がにじむのをこらえた。
「ありがとう」
オウルはそう言いながら、生きてきた中でたった五回しか使わなかった魔術を起動する。
自分にしか使えない魔法。自分が編み出した魔術。
渡り鳥の能力も、神としての力も、科学者としての技術も全てを注ぎ込んで生み出された創造魔術。
常人を超える強い意思の元に引き寄せられ、平和への“剣”という力を授ける魔術。かつて四本の対となる剣をどこかの世界へと贈り飛ばした。
その後に自分の命の一部を使って分身でもある武劉を作り手元に置いた。
そして、完成は自分の残る命を持ってしてなされる。
シアンには大変な運命を背負わせることになるかもしれないが、自分の色で真っ白なキャンバスに未来を描いてほしい。
オウルの姿が術式の発動とともに薄れていく。オウルの手に純白の剣が生まれる。
「この剣の名は虚白」
すぐに剣は形を変え白いブレスレットになった。それをオウルはシアンの右手にはめた。
「武劉と」
片足でオウルは立ち上がる。
「一対だ。私に残せるのはこれぐらいしかない」
「シアンをよろしく」
「任せときなさい」
オウルはスワンを抱きしめたあとシアンに優しく口づけた。
無表情なシアンの顔が笑顔に変わった。
「お、おとうさん!」つたない言葉でシアンがそう言った。
「っ!」オウルの目から涙がこぼれた。
消せない記憶の繋がりがそこにはあった。
オウルの心から抑えられていた愛という名の感情が暴発するように湧き上がった。
「うん。元気でな、シアン」
ハザマが閉じるとともに一人の父親の姿が消えていった。
—それからずっと後のことである。
二本の白黒の剣を携えて、小さな世界を大きな世界に変えていくシアンの髪をした少女の姿が蒼い羽根を散らしながら世界を駆けていくのは。
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