「…柄にもないことしたなぁ」
 そう呟きながら、僕は夜道を歩いていた。浪人1年目の僕は遊び人の称号を捨てきれずこの1ヶ月過ごしてきた。
 四月も終わろうというのに、この寒さ。さすがは盆地なだけはある。
 今日は授業が終わり次第、即ゲーセンに行こうとしたが、予備校にて後ろの席に座っている、友人曰く『史上稀に見る超絶美少女』華林さんに、一緒に勉強しよ?と誘われた次第である。
 いつもならさっさと帰るところであるが、相手は史上稀に見る超絶美少女・華林さんである。断る理由なぞ、この広い世界、どこを探しても見つかるはずがない。
 二つ返事で一緒に勉強することになった。しかも二人っきりで、だ。
 先述の友人のみならず、クラス中の男子に殺されかけた。だが、僕は一切というほどではないが、この女に興味はない。
 男色ではない。
 すごく、裏を感じるのだ。言うならば、とてつもない腹黒さを感じる。
 告白されたらたぶん断るだろう。いや、一発やってから別れよう。うん、これがいい。

 そんなことを考えていたら、通学路の路地裏が騒がしいことに気づく。
 僕は、冒険心と好奇心から首を突っ込んでみることにした。
 路地裏へと足を運ぶと、一人の女性が男性複数人に…あー、こりゃマズったな。コンクリに埋められる可能性を懸念して帰ることにした。
「やめて!は、離して…!」
「あ゛ぁっ!?黙れよ!痛くはしねぇからよ!」
 …すごいダミ声だな。どうやったらあんな声になるんだ。
 不意に目を向けると、男どもの間から女性の顔がうかがえた。

 グッド!!いや、むしろグレイトッ!!!
 史上稀にみる天然腰振り機・華林さんに負けず劣らず、いや、あの女より上玉だ!
「その辺にしておけ。このゲス野郎!」
 僕は9割9分9厘の下心と1厘の空腹感を胸に飛び出した。
「何者だー、貴様はーっ!」
 わお、男は全員理系っぽい顔してやがる…。一人熊いるし…っていうかこいつだけ文系っぽいな。
「天下御免の大傾奇者!池友 利貴の参上だァ!」
 はっ、テンションが上がりすぎた。なんて自己紹介を…恥ずかしい。
「あーお前な、死ぬ覚悟はできてんだよな?」
「そ、その台詞そっくり返すぜ!(キリッ」
 熊怖ぇー。マジチビリそう…正直僕の腕力じゃ絶対勝てない。だが、男にはいつかやらねばならない時がある。
「それが、今なんだよぉおおお!!うおぉおおおお!!!」
 僕は殴りかかった。生まれて初めて、走馬灯を見た。
 グッバイ・ワールド。
 僕は目を閉じた。

「ぐぇ」「おご」「ぎゃ」
 男三人分の悲鳴が上がる。僕の拳は空振ったというのに、何故だ?
 恐る恐る目を開けると、ものの見事に倒れ伏している三人の男の姿があった。その中に立っていたのは、さっきまで襲われていた女性だった。
 女性の背丈が、僕と同じくらいはあることに、初めて気づく。
「大丈夫?」
「へっ?あ、はい」
 女性は僕にそう声をかけてきた。…あれ?これは僕の台詞のはずじゃないか?
「ありがとう。でも、自分の力量をちゃんと考えてから飛び出したほうが良かったね」
「うっ!いや、その、それは…」
「フフッ、ゴメンね、ちょっとイジワル言ってみただけ。すごく感謝してるよ。ありがとう」
 な、なんということだ…。
 こんなに可愛い女子が存在しても良いのだろうか?この三次元に。
 胸にはたわわな果実。短すぎず、長すぎず、肩にかかりそうでかからないもどかしい金髪。
 巨乳でブロンドという馬鹿の象徴的特徴を兼ね揃えていながらも、男心をガッチリ掴むクレバーな物言い…。
 僕はいつのまにか、紙の上の世界に来たのではないだろうか?
「えっと、どうしたの?どこか痛むの?やっぱりヒットしてたの?」
 はっ!別の世界の扉を開いていたら目の前の世界が消し飛んでいた!いかんいかん!
 異世界人はというと…僕の目を上目遣いで覗きこんで…タマラン!
「もしもーし、聞こえてますかー?」
 うわっ!近い近い近い…!
「あっ、す、すいません」
「もー1回聞きます!痛いところはない?」
「全然無いです…そ、そっちこそ大丈夫でしたか?」
「うん。私はなんともないわ。キミが助けてくれたお陰でね」
「いやっ、僕はなにも…結局倒したのはあなたですし…」
「真由美」
「へっ?」
「私の名前よ、リキくん」
 ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
 名前を呼んでもらえた!!!!
 っていうか覚えてもらってたああああああ!!!うれしー!!
「マユミ…さん」
「真・由・美!『さん』はいらないわ。やり直し」
「マ…マユ…ミ?」
「はい、よくできました!ご褒美にお姉さんがマクドをおごってあげよう」
 (゚∀゚)キタコレ!!下心万歳!GJ数分前の僕!
 それにしても、フレンドリーな人だな。悪くない。むしろベスト。
 こんなに弾力性が高そうなオパイを間近で拝めるのだ。ってバカ!これではまるで僕がおっぱい星人みたいではないか!
 マユミさんはおっぱいだけでなく、髪も、顔も、アザワイズ!!すべてが美しいのだ!!
 …頭ナデナデしてもらうのも悪くないなあ。
「マクドでいいよね?お望みなら吉牛でも」
「あ、でもなんか悪いんで」
「遠慮しないの。リキに助けてもらったお礼がしたいのよ」
 お礼なら、その体でしてもらいたいものですがね…!!!
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
「よし、じゃ行きましょ!あ、あと人と話すときは目を見ること!私の目は胸にはついてないよ?」
 バ、バカな!バレていたのかっ!?
「あ、別に気にしてはないわよ。ほとんどみんな胸ばっかり見てるから慣れちゃったし。それに自分で言うのもなんだけど、自信はあるし」
「…」
「なんなら触ってみる?」
「え?いや、それは…」
「…リキになら、いいよ?」
 え?何コレやべぇ、予想外だ!!って近い近い近い近い近い!
 手を伸ばせば届く距離…いやいやいや、倫理的にアウトだそれは!えーっと…。
「…ぷ」
 まだ僕らは知りあって数分程度なわけで、こういうのはお付き合いしてからで…あ、女の子の匂い…。
「…あはははは!!顔、真っ赤!冗談に決まってるでしょ!もう…案外ヘタレなのね」
 ( ゚д゚)ポカーン。か、からかわれた…?
「あはは…ゴメン、またイジワルしちゃったね」
「もう…やめてくださいよ」
「だからゴメンって。キミ、すごくからかい甲斐があるわ〜」
 …すごくイイ!!マユミさん、僕のハートにジャスタフィット!ヤバイぜ…!
「マ、マック、行きましょうか」
「ええ、そうしましょ」
 こうしてマユミさんとマックに行った。道中、マユミさんはマクドナルドをマックと略すのはおかしいと言っていたが、僕は歩くたびに揺れるその乳に思いを馳せていた。

 マックに着くと、先ほどの三人が反省会を開いていたので、僕らはお持ち帰りして、外で食べることにした。
 おっぱいさんのおすすめの場所があるというので、そこへ行くことにした。
 ハッ!これではまるで僕がおっぱい星人のようではないか!
 彼女にはちゃんとマユミさんという名前があるのだ。『マユミさんという名前』といっても、別に『さかなクンさん』のように『マユミさんさん』になるわけではなく、僕にとって彼女はどうしようもなく『マユミさん』であるわけで…。
 ふとおっぱいがまた揺れる。よく揺れるなあ。ブラはしているのだろうか?
 してなければ万々歳というものだが、しているとすればこれだけ揺らしてくるダメなブラは、僕が責任をもって処分するという名目のもとに毎晩の共にしてやる。
「ついた!ここよ。空を一望できる、お気に入りスポットなの」
「おお…」
 思わず感嘆してしまった。胸にではない。満天の星空にだ。都会にこんな場所があるなんて…。
「ここ、粗大ゴミ置き場なの。だから周りにビルも建たない」
 よく目を凝らすと、タイヤやら箪笥やらが積み上げられている。ずっとおっぱいを見ていたから気づかなかったのでは決してない。
 マックを出て以来は、彼女のヒップラインに見蕩れてもいたのだから。
「さ、食べましょ。満月の光に照らされて食べるハンバーガーも、なかなかオツなものでしょ」
「そうですね。冷えちゃしょうがない。早く食べましょう」
 こうして二人でむしゃむしゃとハンバーガーを頬張った。その間にいろんな話をした。いや、させられた。ずっと質問攻めだったのだ。好きな食べ物の話もしたし、現代におけるドル本位制と教育学の関連性の話もした。
 マックを食べ終えても話は続いた。家族の話。勉強の話。一番好きなアイアンメイデンのギタリストの話。
 彼女と話しているだけで楽しかった。
「…クシュン!」
 くしゃみが出た。恥ずかしい…。
「はい、ティッシュ。ちょっと冷えてきたかな」
「あ、ドモ。そうですね、そろそろ帰りましょうか」
「えー」
「見るからに不満そうですね。リアルに頬膨らませる人初めて見ました」
「だってぇ…今夜はリキと一緒にいたいのに…」
「も、もう!騙されませんよ!ま、またからかってるんでしょ!!」
「嘘じゃ…ないよ。どうせ家に帰っても誰も居ないんでしょ?」
「…ちょっとだけですよ」
 甘い。実に甘い!もしこれが男なら投げ飛ばし、ブスならガン無視を決め込む所存だ。だがこのスタイルが完璧超人な彼女の願いを無碍にする理由はない。
 彼女はやった、とガッツポーズをしている。マジカワイイ…。
「ねぇ、踊りましょ。体を動かせば、温まるよ」
「え?僕、このダンスしかできませんよ」
「いいのいいの。お姉さんがレクチャーしたげるから」
 言うと彼女は僕の手を引き、ステップを踏み始めた。僕はそれに合わせて動く。
 すごく不器用な動きだが、すごく楽しい。徐々にコツが掴めてくる。彼女はそれに応じて、難しい動きを混ぜてくる。クルクル回されたりもした。
 心の底から楽しんだ。

「〜ッ!」
「大丈夫?どうかしたの?」
 ゴミの角で腕の皮膚を切ってしまった。血が流れたが、大して深くはない。
「あ、大丈夫です。このくらい唾を付けておけば治ります。…どうかしました?」
「あ、ウ…」
「おーい、マユミさん?」
 おかしい。これまで、マユミさんと呼ぶと必ず注意されたのに。
「…もう、ガマンできない!」
「え?なんですって!?」
 ガッチリ肩を掴まれてしまった。力強い。男の僕でも振り払えないほどに。
「リキが悪いんだから!こうなったのも、キミのせい!」
「マ、マユミさん。何がなんだか…」
 ふと彼女が片手で抑えているスカートを見ると、股下が濡れていた。だがアンモニア臭はない。代わりに何かが粘性があるような音を立てている。
 まさか、 発 ☆ 情 !?
「だめです!そんなことっ…!」
「もう無理ぃ…リキのが…リキのが欲しいのぉ…」
 彼女に押し倒された。抗えないほどに強い力で。マウントポジションを取られて気づく。大洪水だ。
 服越しからでも水気が分かった。
「初めてでしょうけど、ゴメンね。もう我慢できない…ゴメンね!」
「いや、確かに童帝ですけど…!あっ…!!」
 彼女が体を重ねてきた。ヤバイヤバイ!この時点で果てそうだ…!
「…優しくしてください」
 そうとしか言えなかった。ああ、お母さん、僕は今日、大人になります…!
「いただきます…」
 彼女がそう言った瞬間、僕は覚悟を決めた。さようなら、子供の僕。ようこそ、大人の世界へ。

 チュウウゥウ

「あ、へ?え??」
 彼女は傷口から血を吸い始めた。理解が追いつかない。意識が朦朧とする。
 それが数分続いた。何度も意識が飛びかけた。すごく濃厚な時間だった。
「あ、ゴメン。吸い過ぎちゃった」
 開口一番、彼女はそう言った。よかった、元のマユミさんだ。
 彼女は失神するだろうから簡単に説明するね、と言い、こう続けた。
「私ね、ヴァンパイアなの。もうかれこれ五百年は生きてる。さっきはゴメンね。最近風当たりが強くて、なかなか吸血できずにいたの。今日まで我慢してきたけど、キミが血を流すものだから。本能が暴発しちゃったわ」
 言うと彼女は照れるように笑う。
「リキの血、すごく美味しかった。ありがとう。私は満足したけど、キミのコレは満足してないみたいね」
 彼女が僕のブツに目を向ける。鼓動が一瞬、バクリと高鳴った。
「でも、コッチの方は、また今度ね」
 僕はがっくりと項垂れる。
「そのときは優しくしなさいよ。わ、私だって初めてなんだから!じゃ、じゃあ。またね」
 そう言い残すと彼女は去っていった。僕は体も動かず、その場で寝てしまった。

「最近よく残って勉強しているな。まだ自習を続けるか?」
「もうちょっとだけ。ここを解いたら帰ります」
「池友は頑張り屋さんだな。無理するなよ」
 ここ数ヶ月、僕は毎日居残って勉強している。暗い夜道で、また彼女に会えることを信じて。


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