昔むかしの話です。
とある女性が道を歩いていると、しくしく泣いている男の子がおりました。気になった女性は近づくと、その子に声をかけました。
「どうしたんだい坊や? 私は旅の行商人。何があったのか聞かしてはくれないかな」
男の子はずっと泣いていましたが、やがて涙声で答えてくれました。
「お父さんが……僕を馬鹿な息子だっていうんだ。お前は要らない子だって言って……いつもお兄ちゃん達ばっかり構うんだよ」
女性は頷きながら男の子の話を聞いていました。そして聞き終わると、彼女は男の子の頭を静かに撫でました。
「坊や。君は馬鹿な子なんかじゃないよ」
「でも、お父さんが……」
女性は背負っていたバックを地面に降ろすと、その中を漁り始めました。そして中から、それはそれは綺麗な模様のパジャマを取り出しました。
「すごい……」
そのあまりの素晴らしさに、男の子は泣くのを止めてパジャマに見惚れました。
「素晴らしいだろう? これは私の自信作だ。その名も『賢い人には見えない洋服』。昔どこかの国の王様の為に作った洋服さ」
男の子は驚きました。そして悲しそうな顔をしました。
「僕には見えるよ……」
女性はにっこりと微笑みました。
「坊やは正直者だね。済まないけど、実は今のは嘘なんだ」
「え?」
「本当は『馬鹿には見えない洋服』なんだよ。これが見えるってことは、坊やは馬鹿じゃない」
「……そうかなあ」
男の子は少し照れたように見えました。女性はまた男の子の頭を撫でました。
「そうだよ。本当に賢い人は自分に嘘をつかない。坊やは賢い子だから、自信を持っていいんだよ」
男の子はすっかり泣き止みました。
「そっか……良かった……」
「むしろ、君の周りにこそ、馬鹿が沢山いる。自分に嘘ばっかりついている人がね。坊やはそんな人達に流されちゃいけないよ」
男の子は小さく頷きました。
「逆に坊やの周りにそんな馬鹿がいたら、君がその嘘を暴いてやればいいさ。嘘という偽りの服を着た奴らに、『あんたは裸だ!』って言ってやればいい。いいね?」
「うん!」
男の子はにっこりと笑いました。
「いい子だね。それじゃ、元気で」
女性がパジャマをバッグに仕舞うと、男の子は元気よく駆け出して行きました。
男の子が見えなくなると、女性は立ち上がってバッグを背負います。そこに、一人の中年男が現れました。
「おい、行商人。ワシの馬鹿息子がどこにいったか知らんか?」
「さあ。どこかで楽しく遊んでいるかもしれませんね」
男は溜息をつきました。
「まったく。すぐ遊びに行きおって。少しは立派な兄達を見習えい」
それから男は、兄達がいかに賢いか、そして男の子がいかに馬鹿かを力説し始めました。女性はそれをうんざりしながら聞いていました。
男は喋り終えると、思い出したように女性に尋ねました。
「そういえば、頼んだ品はできているかね?」
女性はニヤッと笑いました。そしてこう言いました。
「勿論ですよ。『馬鹿には見えない洋服』、確かに持って参りました。王様」
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