「ふぅ、ふぅ、ふぅ。・・・」
肩で息をする。辺りには一面肉片が転がっていた。モンスターのも。・・・人間のものも。
「こいつで最後だったのか・・・」
辺りを見回す。自分以外に生存者が居ないかを探してみることにした。ついでに、落ちている隊員たちのタグを集める。これを持って帰れば、討伐軍参加の報酬がその家族に届くようになって居るからだ。
「・・・済まない。本当に。」
自分の隊で良かったと、笑ってくれた隊員たちだった。あんたについていくぜ、などと言われて調子に乗っていた。
危険なこの任務にも、こいつらとなら大丈夫だと請け負ったのは自分だった。
軽率な自分の判断に、苛立ちを超えて憎しみさえ覚えた。出来ることなら自殺してしまいたかったが、それではタグを届けるものが居なくなってしまう。
遺品を届ける。今やその責任感だけが彼を動かしていた。
「クロド隊長!」
ふと物陰から声が響いた。振り返ると自分の隊の唯一の僧侶、セシエが居た。
それも、無傷で。
「セシエ!生きていたのか!」
「皆が隠してくれたんです。わ、私が居なかったら、皆、、皆の傷のか、回復が出来ないのに。」
「そうか。」
このセシエという少女はまだ16才だった。隊の男の中でも最年少に近かった自分が24歳だというのを考えると、若いというよりも幼いというべきだ。
僧侶というのには才能がいる上、女性しか適正者がいない。16歳というのはまだ良いほうなのだという。12歳で戦場に放り出されることもあるとらしい。
私は、恵まれているんですと彼女はよく言っていた。孤児で死ぬよりもよっぽど良い、と。
隊の中でも唯一の女性であり、その上少女らしい可憐さを持ち合わせてたので、彼女はとても可愛がられていた。
・・・それでも、戦闘中に彼女を匿うほどとはクロドは思っていなかったが。勿論、僧侶を戦闘中に失うことはそのまま死を意味するのをわかった上で、だ。
「・・・そうか。済まなかった、セシエ。全て俺のせいだ。」
「隊長・・・。」
二人の間に流れた沈黙を破って、セシエは言った。
「帰りましょう隊長。ホームです。我が家ですよ!」
——無理に作った笑みが、痛々しかった。
だから笑い返した。
「ああ。ホームだ。帰ろう。」
——笑わないといけなくしたのは自分だから。
魔王大討伐作戦は、こうして大量の犠牲と共に、少量の魔物の討伐という成果を挙げて終了した。
言い換えればつまり、失敗したのだった。
明くる日。
「へぇ。お前も無事だったか。」
そう話しかけてきたのは“英雄”バロンだった。同じ村で育った同期の彼は、今や英雄として華々しい戦果を挙げていた。
次の勇者は彼なのではないかと噂されている。今回の作戦でも彼の率いる隊だけ犠牲が目に見えて少なかったらしい。
何処か声には残念そうな響きがあった。自分もこの男の事はあまり好きではない。この男が自分を好きではないのと同じように、だ。
「隊は壊滅だ。死にたいくらいだよ。」
「だが、今回の作戦で一番厳しい戦場で生き残ったんだ。すごいじゃないか。」
「お前が俺をほめるとはな。明日は槍でも降ってきそうだな。」
「そこでだ」
俺の言葉を無視した。まぁ、この男とと長く話したくないのは自分も同じだったので、文句はないが。やはりこの男は嫌いだ。
「隊の生き残りのお前らに声がかかった。魔王討伐の精鋭部隊に入れだと」
「はぁぁ?わけがわからんぞ」
「俺にだってわからん。取り敢えず、そういう話だ。あの僧侶にも伝えとけ。」
「出立は?」
「2日後だ。今回の作戦の影響で森は一応抜けやすくはなったからな。そこに大部隊で陽動をかけて更に通り道を作ってくれるんだとよ。」
「ありがた迷惑な話だ。こっちはまだ隊員の遺族への処理だって終わってないのに。」
「そういう犠牲を減らすためにも、だ。とっとと魔王なんぞの件は終わらせたい。」
こういうことをサラッということが、人気のある所以なのだろうか。
「お前ががんばったって終わらんだろ」
「さて、どうかな」
とぼけた顔で言う。なんとなく気になった。
2日後という急すぎるスケジュールゆえに、セシエには急いで伝えねばならない。
セシエがいるという修道院にそのまま尋ねに行った。
「隊長。どうしたんですか?」
洗濯物を取り込んでいるセシエにちょうど出くわした。
「もう隊長ではない。呼び名は変えてくれ。セシエ。———済まないが、新しい任務が入った。」
「えーっと。クロドさんで良いですか?」
「呼び名より任務に反応してくれよ。」
どうもこの少女と話していると調子が狂う。
「わかりました、クロドさん。任務ですね。ふふっ」
「何を楽しそうにしているんだか。」
「いえ、クロドさんって呼ぶの、気に入っちゃって。えへへ。」
この少女は昨日のことは引きずってはいないのだろうか、と少し疑念を持ちかけていたとき、
「気にしちゃ駄目ですよ。」
「ん?」
「私達はもう皆の命を受け継いでいるんだから。笑わなきゃです。笑ってください。」
そういって笑いかけてくる。・・まだ少し痛々しい。
また気を使わせてしまったみたいだ。
「えへへ。孤児だった時の仲間からの教えです。誰かに助けてもらったら、笑顔でいなきゃいけないんです。」
「・・・そうか。」
「クロドさん、いっつも『そうか。』しか言ってくれないですよ。」
「そうか?」
「ほらまたー。アハハ。それじゃもてませんよ?」
無理してはしゃぐセシエ。目の端に浮かぶ涙を見てやっと彼女の心に気付いた気がして。
自分はやはり愚鈍だな、と思う。この少女は守らなければな、とも。でなければ隊のみんなに申し訳が立たない。
一通りはしゃぎ終わった後、セシエは呟いた。
「生きましょうね。クロドさん。隊のみんなのためにも。そうじゃなきゃ駄目です。」
「ああ。生き残ろう。」
「約束ですよ?」
「ああ。」
そうして、作戦当日。
道中の魔物はバロンが主に片付けてくれた。
さすがは英雄だ。この男の能力の高さは素直に尊敬できる。
そうして、魔王がすむとされる塔にたどり着き、階段を駆け上った。どうやら塔の中には魔物は居ないらしい。
「魔王、覚悟!」
そう声を上げながら塔の最上階の扉を開けた、その刹那に。
頬に何か液体が飛んできた。べっとりと頬から腕にかけて飛びついたそれは、赤い————
隣を見ると、セシエの首から血が吹き出ていた。
「ぁ———」
微かに声を上げる。そ崩れ落ちる彼女を抱きとめたとき、自分は確かに聞いたと思う。
さようなら、と。
「これで魔王討伐という目的は達せられた。僧侶はその激しい戦いの中で死亡、と。」
「は?」
「魔王は無事勇者バロンが倒しました、とそういうわけだよ」
「何を・・言っている・・・?」
この部屋はがらんどうだ。とても広い。魔王の姿は見当たらない。
・・・セシエの死体しか、見当たらない。
「それなりに頭の良いお前のことだ、もうわかっているだろう?犠牲者なしで魔王が倒せたってのもおかしな話だからな。どちらかは斬らねばならなかった。関係者が全滅したお前達に白羽の矢が立ったのはそういう理由だ。勿論、俺が進めたのも大きな要因だろうが」
そのうち適当に美談が作られる、だとか、この死体は魔王の死体として利用されるだとか、そういう意味不明な言葉を続けていく。
「新しい魔王とやらはどうしたんだ。何も居ないじゃないか」
「人がモンスターを操れる道理などあるか。ここは初代魔王の呪いでモンスターが沸いて来るんだ。ここが立ち入り禁止なのはあらゆる意味で危険だからだよ。これまでの作戦で多少数が減ったとは言っても、な。」
ふん、と鼻を鳴らしながら。
「まだまだこの国には英雄が必要なんだ。魔王を倒した勇者、結構なことじゃないか。」
うまみも多いしな、と勇者は笑ってみせる。後で思うと強がってるような響きがあったと思う。
「退け。そいつの死体を持って帰る。」
「嫌だ。」
「退けと言っている。」
「っ!ふざけるな!何が勇者だこの人殺し!」
顔を上げて睨み付ける。睨み付け返してきたその眼光は、かなり力強い。——まるで本物の勇者の様に。
「・・・で?それに何の問題がある?国を救うためだ、多少強引な手段だってとるさ。」
「そのために人を殺して良い訳あるか!」
「・・・お前のエゴのために、国民全員を殺せってのか?」
バロンの声が低くなる。ドスのきいた声には殺気すら感じられた。
「ふざけるなよお前。昔なじみだから見逃そうかと思ったが・・・。ここで死にたいのか?なら殺してやるよ。」
そのまま剣を抜き、クロドの首筋に当てる。
長い時間、半刻ほど—そうしていたような気がした。本当はもっと短かったかもしれない。
「昔から気に食わなかったんだよお前。中途半端なんだよ全部」
そう言い放つと、剣を鞘に収め、バロンは去っていった。
それからどれくらい経っただろうか。
アレ以来時間を気にしたことがないから分からなかった。
魔王の死体はどこからか用意したようだ。セシエの死体は塔のそばの墓に埋まっている。
勇者が生まれて、その勢いで大国との交渉は有利に進んでいるらしい。詳しくは知らないが、魔王が生まれるような国を攻めることに対する躊躇があったとも言われている。
気が付くと、この塔に向かっている。最近は道を阻むモンスターの数も減ってきた。数が減ったのではなく、無駄に飛び掛ってこなくなっただけのようだが。
世間はまた大国との関係が悪化したといって騒がしかったり、そうでなかったり。——関係ないが。イヤ、そうでもないか
塔の上に花を供える。セシエが好きだった花を。
そろそろ来るかもしれない。
つまりはそろそろ行けるみたいだ。
今度こそは役を演じよう。
後ろで扉が開く。
「覚悟しろ、魔王。」
トップに戻る