***

 秋も終わりに近づき、寒さを感じる風が吹き始める。そんな季節のころだった。
 五人は出会い、少しだけともに同じ時間を過ごした。
 小さな出会いで短い時間、だけど大切な思い出。
 人と人の人生はどこで交わるか分からない。だからこそ面白いし、喜びが生まれる。悲しみや苦しみとともに。

 ***

 その日の朝は冷え込んでいた。寒いと感じたのも息が白くなったのもその年ではその日が初めてだったような気がする。
 今日から暦は月名に同じ数字を二つ並べる。そう今日は十一月一日。
 自分以外誰もいないアパートの一部屋で天正は目を覚ました。布団の外は凍てつくような冷たさで起き上がる勇気を奪う。手を伸ばして枕元においていた服をとると布団の中で着替えた。
「うーそれにしてもさっみいな」
 独り言を言いながら布団から這い出ると寝巻きを洗濯機に放り込み、食パンをトースターに放り込み、洗面所で顔を洗う。冷たい水は完全に目を覚まさせた。
 寒さ以外はいつもと何も変わらない。軽い朝食を済ませて、荷物を整理してショルダーバッグに詰めていく。必要なものだけを選別し極力軽くしなければならない。
 その準備も終わると最後に電話の横に立てかけてあったL字型をした金属と強化プラスチックの塊を上着の裏に入れて部屋を出た。
 外は部屋の中よりも格段に空気が冷たかった。上下長袖では足りなかったかと思ったがマフラーも手袋もどこにあるかもわからないので諦めて階段を下りていった。
 もともと人口も多くないこの街では、わざわざ休日にこの寒さの中、朝っぱらから出歩こうなどとは思わないのだろう。誰にも会うことなくアスファルトの歩道を歩いていくとやっと人影を見つけた。
 長い階段を登った先に神社がある小さな山の登り口の前だった。木々の中を登って行く一本階段の入り口を飾る石畳と鳥居がなんともいえない威厳をかもし出している。
 見慣れない少女は竹箒を手にして落ち葉をかき集めていた。何も言わずに通り過ぎようとすると不意に声をかけられた。
「おはようございます!」
 手を止めた少女の白と緋色の袴は朝日をうけて少し光を帯びていた。
「お…おはようございます」
 しどろもどろに返事をする。
「今日もすがすがしい朝ですね。頑張っていきましょう」
「は、はあ」
 おそらくは神社の巫女さんか何かなのだろう。こんな朝早くから掃除とは殊勝な心がけだと思っていると一枚のもみじが舞い降りてきて天正の頭の上に乗った。
「あっ」
 流れるような動きで少女は天正に近づくと20センチくらいの差がある頭の上に手を伸ばして葉っぱを取った。その行動に驚いていると少女は葉っぱを天正の胸ポケットに挿しいれた。
「今日から十一月。十一月の季語といえば紅葉です。縁起がいいですから、ぜひ持っていってくださいね」
「はあ…」
 呆気にとられる天正を見て少女は微笑んだ。天然、自由、無邪気、どれがぴったりかはわからないが今時珍しいぐらい純粋な子だった。
「私、神楽っていいます。上の神社にもぜひいらしてくださいね」
「あっはい」
 神楽とはまたストレートな名前だと思ったが似合う名前ではあった。とりあえず名乗られたのだから天正も名乗るべきか悩んだ。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
 おお。グッジョブ。
「天正っていいます」
 子供相手に丁寧な口調だったが神聖な場所の人に無礼なことをしてはバチがあたりそうだからこのくらいでいいだろう。
「天正さんですね、引き止めちゃってすいません。ではいってらっしゃい。また会いましょうね」
 少し珍しい名前を聞いてか、神楽は名前を言ったときに若干目をぱちくりとさせていた。
「いってきます」
 見知らぬ人と自然に会話が交わされる。一昔前なら当たり前だった風景も今となっては廃れ、人と人の交流は少なくなってきている。でも現代に取り残されているかのようなここの田舎町では温かい心を持った人々が多い。
 温まった心は寒さを和らげ今日のいいスタートになった。天正は神楽を背に歩き出した。
 少し行くと朝市にたどり着いた。八時を回ろうかというところで商店街の八百屋や魚屋は威勢のいい声で道行く人に自分達の品物を宣伝していた。
「らっしゃい、らっしゃい、やすいよやすいよー」
 テンプレートな呼び込みだなあと思っているとこちらにも声がかかった。
「そこのおにいさん、買っていかんねー」
「い、いいです」
 天正は喧騒の中を見渡しながら商店街を進んでいく。嫌いではない活気だった。
 人と人の間を進み、とあるシャッターの降りた店と店の間の細い裏道を抜けると行き止まりにたどり着く。
 一見したところ壁には落書きだけ以外何もない様に見える。天正はそのコンクリートの壁にわずかに縦に入った亀裂に財布から取り出した黒一色のカードを滑らせた。
 何かがうごく音がしてドア一つ分くらいの大きさだけ壁が横にスライドして、壁があったところはもやもやと空間が揺らいでいる。天正はためらうことなくその中に入っていった。

 遠くから聞こえていた市場の騒がしさが消え、空気が張り詰めた。
「おはようございます」
 いつの間にか天正は落ちついたダークブラウンに内装されたホテルのロビーのような大部屋に入っていた。カウンターの受付係が天正を迎える。他に人はいなかった。
「おはよう。今日はなんかいい仕事ある?」
 天正はカウンターに歩いていくと受付係に問いかけた。
「えーとそうですね。これなんてどうですか」
 設置されたモニターに依頼内容が表示される。リスクと報酬も妥当な設定だ。無難といえば無難かもしれない。だが今は気分がいい。
「なんか大きい依頼ない?」
「あるにはあるんですけど…」
「けど?」
「二人以上を推奨してるんですよ」
 受付係は天正をちらちらと見ながらと言った。天正は諸理由で一人で仕事をするのを好んでいる。腕はこの業界屈指の実力だが依頼主が二人以上を推している限りそれを無碍にして一人で乗り込むのは危険だし、マナー違反だ。
「二人以上ねー…一人じゃダメ?」
「それは天正さんといえどもダメです。うちが後で怒られます」
「ですよね…」
 そのとき鈴が鳴った。誰かがこの空間に入ってきたということだ。後ろを見ると何もない部屋の片隅から人がすーっと現れた。相変わらず空間を歪曲させて色々な場所からの空間移動を可能にしているこの受付は不思議だ。
 現れたのは少し色白の少年だった。若さに見合わないスーツを着ているがその清楚さには似合っていた。目があうと吸い込まれそうな透き通った目をしていた。
「どうもお久しぶりです」
 少年は天正を見るとぺこりとお辞儀をした。

 目が会うと、すぐさま記憶が呼び起こされる。ちくりと脳が痛みを覚えたような違和感。

「雪待じゃないか。帰ってきてたのか?」
 一瞬雪待は複雑な顔をした。相変わらず少年にしか見えないが一応これでも成人しているんだから不思議である。
「はい。今日の夜明け前に着いたところです」
「久しぶりだな。いつ以来だっけ」
「コンビを組んでたのは三年前まででしたね」
 確か…外国に修行に行くとか言って出て行ったのが最後だ。
「もうそんなに経つのか。どうだ、外国に行ってちょっとは強くなったか」
「ええ。それなりに上達したと思いますよ、まだまだ天正さんには追いつきませんが」
 雪待というその少年は天正がこの町で最後に別れてた時よりもずっと凛々しさが増し、背もだいぶ高くなっていた気がする。
「それにしてもいいタイミングに帰ってきてくれた」
「仕事ですか」
 雪待の目がきらきらと輝いた。
「ああ。前みたいに二人で行くぞ。問題あるか」
 天正が一人で仕事をしない時はいつも雪待が隣にいた
「まさか。楽しみになってきましたよ」
 横で天正たちを見ていた受付係がモニターに新しい依頼を表示した。
「受注者名はもちろん天正さんでいいんですよね」
 二人は同時にうなずいた。
 手続きを終えると二人は、どこにもなくどこにでもあるといわれるそのギルドを消えるようにして出ていった。
 カウンター後ろに掲げられていた看板にはこう書かれていた、”ゴーストハンターミッションギルド本部”と。

 ***

 それから数時間後、二人が着いたのは町外れの森の中にある廃れた洋風の館の前。昼間だというのに森の中には日光は届かず薄暗い。
 錆びて壊れかけた大きな門の前で二人は作戦を練っていた。
「時々、人がいなくなるとは聞いていたが最近になってこの森付近で消息を絶った人が急激に増えた…か、お前はこの一件どう見る?」
 改めて二人は依頼内容を確認していく。
「これまでに何回か派遣したハンター達もことごとく帰って来てないんですよね」
「ああ。となると、それなりに腕も立って、人をさらうような化け物ってことだな」
 この手の候補になりそうな相手を天正は脳内に浮かべていく。敵を予想してあらゆる事態に備えなくてはならない。
「だとすると、やっぱり吸血鬼とかグールでしょうかね」
 やや断定的に雪待が言った。
「かもな。もしそいつらだったら面倒くさいなあ…あんまり相手にしたくはない」
「天正さんとあろうものが何言ってるんですかー」
 雪待が軽く笑う。
「事実だろー。死ににくいやつほど面倒なもんはねえ」
 ふと館のほうを見るとぼろぼろになったカーテンが翻った。風か、はたまた違う何かなのか。
「日光も届かないこの場所なら吸血鬼の可能性はやっぱり高いですね…」
 雪待もそれを見ていたのだろう。二人ははあとため息をつく。
「そうだろうな…だけど」
 天正は一旦言葉をつぐんだ。言うと本当になってしまいそうで。
「なにか嫌な感じがする、ですか?」
 続きは雪待が言った。
「ああ」
 さすがパートナー。言わなくても伝わってしまったようだ。
「やめてくださいよー天正さんがいつもそういう時はなんかあるんですから」
「ははは。そうだな、弱腰でいたら何にも始まらない」
「行きましょう」
 二人は立ち上がって正面から堂々と屋敷に向かった。遠くで烏が鳴く声が不気味に響いた。
 正面扉は前に来たハンターに壊されていたためすんなりと入ることが出来た。天正が前を向きその横にぴったりと雪待が同行しながら進んでいく。
 ぎいっと開いた扉の先からカビ臭さが漂う。
「空気が悪いな…」
 左手に懐中電灯を手にしながらあちこちを照らしながら天正は思ったまま言った。もう片方の右手には金属と強化プラスチックの塊—フルオート式のカスタマイズされた愛銃グロック17—が握られている。
「まだその銃使ってるんですか」
 同じく左手に懐中電灯を手にした雪待は天正に言った。
「当たり前だ。お前のそれは?」
 雪待の右手には黒い手袋がはめられずっと握りこぶしを作ったままだ。
「使う時にわかりますよ」
「もったいぶりやがって」
 天正は笑いながらかつて自分の弟子のような存在だった雪待がどう成長したか楽しみになっていた。
 逸る心を抑えつつ玄関ホールから大階段を登ると左右に廊下が続いていた。
「ここで二手になんてのは下策だな」
「ですね。あっ」
 雪待が床を指差した。乾いてからだいぶ経ったように見える血の跡が右に続いていた。
「罠かもしれないぞ」
「いいじゃないですか。どうせ戦うんですし」
「はっ。言うようになったな」
 躊躇うことなく二人は長く続く廊下を歩いていく。蜘蛛の巣があちこちに張り、穴や埃だらけの床の先にたくさんの部屋が連なっていた。大抵はドアごと壊れていて外からの嫌な風が吹き通っている。
 突き当たりまで来るとちゃんと閉まった一際おおきなドアがあった。ドアの右にはlibraryと書かれている。書斎のようだ。
「怪しいな」
「怪しいですね」
 そのドアの付近だけ埃が少なく、血のあとも目立っていた。ドアの近くの割れた窓ガラスからそのドアまでが跡が残るほど大きな何かが通った跡がある。
 だが、ここは二階だ。
「空を飛べるか、異常な跳躍能力…いよいよ吸血鬼くさいな。…行くぞ」
 天正は息を静めるとゆっくりとドアノブを回した。鍵はかかっておらず、ゆっくりと開ける。半分くらい開いたところで二人はささっと体を滑りこませた。
 高い天井近くまである本棚が無数に立ち並んだその部屋は相当な広さで三階と吹き抜けになっていて上からこちらを内バルコニー越しに見降ろすことが可能になっていた。
 もっとも高確率でここに居座る何かに天正達は気づかれていると判断したうえで動いている。二人の緊張感は高まりながら無言で背中合わせに部屋の中心に向かって歩いていく。
 中央に並べられたテーブルの脇から二人は上の階を照らしながら見ていると、ガサッという音ともにコウモリが天井を飛んでいた。
「ただのコウモリだといいんだがな」
 吸血鬼の使い魔ということもある。
「上がりますか?」
 天正はその言葉に頷いてそろそろと中央部から斜めに三階へと掛かる木製の階段を登っていく。軋む床と階段が甲高い音を出す。
 登り終えると同じように本棚が並んでいた。上から下を見ても何もいないようだ。
 天正の目にバルコニーを挟んだ先の本棚の間で何かが懐中電灯の光を反射した。対になった光の点はこちらが気づいたと知るやいなや大きな音を立ててこちらに走り出してくる。
「雪待!」
「はいっ」
 そのままバルコニーを飛び越えてこちら側に跳んできたのは血走った眼をした犬だった。明らかに普通の状態ではない、おそらくは敵の使い魔か。
 サイドステップで犬をかわすと向き直った犬と視線が交錯した。その牙むき出しの顔にむかって天正は言い放った。
「お前の負けだ」
 後ろから犬に近づいていた雪待が光る右手で思いっきりその頭部を殴りつけると、一撃で犬は沈んで動かなくなった。天正はほっとして雪待と顔を見合わせる。
 その時、ぞっと悪寒がした。雪待の視線が天正の背後に向けられる。
「天正さん!」
 そう言われるよりも少し早く横に跳ねて転がり振り向くと同時に銃を構えた。銃口の先には薄暗い灰色のボロ衣に身を包む長身痩躯の男がまさに天正のいた場所に鋭い爪を振り下ろしていた。不気味に笑うその口からは血が滴っている。
 初撃をかわされたそいつはぎょろりとした眼で天正を見た。
「ウゴオオオオアアアアアアアアアアッッ!!」
 とてつもない叫び声に空気が震える。天正は圧倒されそうになりながらも引き金を引いた。一発撃ってリコイルにより再装填されるとすぐに二発目を撃った。
 乾いた銃声二つと共に直径9mmの弾丸が打ち出される。純銀でコーティングされた弾丸はどちらも男の身体に当たった。
 命中すると同時に男の身体から白い煙が出始めた。効いているということは少なくとも銀が弱点で間違いなかったようだ。
「大丈夫ですか」
 横に雪待が走りよってきた。崩れ落ちた男は苦しそうにもだえながら二人を凝視し、すぐに倒れて動かなくなった。
「危なかったな」
「ほんとですよ、全くもう」
 天正は近くの柱を蹴って木切れを作ると倒れている男の心臓に突き刺した。これで生き返ることはないはずだ。
「あっけなかったな」
「確かにそうですね」
 低級な吸血鬼というわけでもなかったようだが別段抜きん出たところもないような吸血鬼だった。それに理性を失っていたのも気に掛かる。
 離れたところでがたんという音がした。二人は顔を見合わせると音のした方へ走ると奥に小部屋があった。
 ドアを蹴って開けると中には誰もいなかった。
「若干だが霊気を感じる」
「僕もです。でも今開けたドア以外に入れるところはないですよ」
「空間移動の跡がある。ってことはそれなりの手練れか…」
「あの吸血鬼のバックに誰かがいるってことですかね」
「かもしれん。とりあえず本部に連絡して調べてもらおう」
 二人が吸血鬼のところに戻ると天正は吸血鬼の首の後ろに刺青のようなものあるのに気がついた。横向きのドクロ。何かに支配されていた印かもしれない。
「吸血鬼を使い魔にしてたのか…?いよいよヤバそうなやつだぜ…」

 死体をそのままにして二人が館を出ると門のところに人影が二つ見えた。二人は若干身構える。
 三十代ぐらいに見える大柄な男性と若い細身の女性の二人組だった。
 その二人がこちらに気づくと手を挙げたのでとりあえず敵ではなさそうなのでほっとして近づいていった。
「帰ってきたということは倒せたのね。あたし達が来る前に倒しちゃうなんて流石」
 少し高く構えた女性がそう言ってくると天正は頷いた。
「ということは」
「そう。今回の依頼をした霜月よ」
 やはり依頼人だった。天正達が館に向かったのをギルドが伝えたのだろう。
 霜月というその女性は二人に名前を尋ねた。
「俺が天正で、こっちは雪待」
 仮にも依頼主が天正たちを知らないということに違和感を感じた。しかもそれなりに天正の名は知れ渡っているはずだ。
 名前を聞くと霜月と男性は目を見開いた。
「あんた達、二人とも昔からの知り合い?」
「そ、そうだが」
 なおさら変なことを聞く人だと思った。
「二人…そんなことが…?」
 霜月はよくわからないことを口走っている。男性のほうが口を開いた。
「貴様らに頼みがある」
「「は?」」
 貫禄のある声で男はそう言った。霜月があわてて取り直す。
「竜潜さん!先走りすぎだって」
「うん?そうか?それはすまんかった。まあなんだ、頼みたいことがあるんだ」
「は、はあ」
 天正と雪待は顔を見合わせた。
「頼みたいことって?」
「うむ。それは—」
 竜潜という男がしゃべろうとするとそれをさえぎって霜月が言った。
「その前に今日、ある名前の人と会わなかったか聞きたいんだけど」
「ある名前?」
「はい。神楽さんって人と会ってない?」
「さあ」
 と言ったのは雪待だ。天正は何がなんだかわからず何も言えないでいた。
「天正さん?会ってるんですか」
 雪待がびっくりしたように聞いてくる。
「ああ。確かにそういう名前の巫女さんに朝会った」
「ほんと!?」
 霜月が歓喜ともとれる声を上げた。
「つながったな。その者の所に案内してくれ。そこで話したほうが早い」
 そう言ったのは竜潜だった。
 言われるがままにそのまま朝の場所に四人で向かった。

 ***

 朝も見た紅葉に囲まれる鳥居の前にやってくると同じ入り口に神楽が立っていた。
「お待ちしておりました。天正さんと…」
 雪待が名前を言おうとするとそれを神楽は手でさえぎった。
「まずは霜月さん?」
 返事をして霜月が手を挙げる。
「残るお二人が雪待さんと竜潜さんですね」
「俺の方が竜潜だ」
 竜潜がそう名乗ったので雪待も返事をした。
「僕が雪待です」
 天正と雪待は、霜月といい、なぜ神楽も人の名前を聞く前から知っているのか疑問に思った。
「その説明も合わせて上でちょっと長話をしましょうか」
 神楽達がそういうと五人は上の神社に向かった。
 こじんまりとした神社の縁側に五人は腰掛けている。
 神楽と霜月が言った話をまとめるとこういうことになる。途方もなく大きなスケールの事件が彼らの周りで起きていた。

 曰く—
 まず神楽、霜月、竜潜はそれぞれが同じ世界の人間ではないということだ。
「パラレルワールドって知ってますか」
「並行世界ってやつ?自分達の世界とは別にいくつも世界があるとかいう」
 はい、と神楽は続けた。神楽は昨日の夜、変な夢を見たそうだ。両目の色が違うその少年のような少女のような姿をした者が出てきて、自分は神であると言ったらしい。要するにお告げだ。
 そして神様が言うには今四つの並行世界が交差させられようとしていると。神楽の世界、霜月の世界、竜潜の世界、天正と雪待の世界だ。
 十一月より世界は交差させられると神様は言ったらしい。それを阻止することが出来ないから神楽達に世界を元通りにして欲しいと。
「月の異名ってわかりますよね」
「師走とか?…あっ」
 そこで天正は気がついた。霜月が十一月の異名だったことに。
「はい。十一月の異名には色々あります。霜月、神楽月、雪待月、竜潜月、そして天正月」
「なるほど、だから俺達の名前が分かるわけだ。でもどうして俺と雪待だけ二人セットなんだ?」
「そこがよく分からないんです」
 さらに驚くべきは名前と同じようにそれぞれの世界で天正たちがいわゆる対応した同じ存在だということだ。全員それぞれの世界でこの町に住んでいた。
 そして天正と雪待はゴーストハンター、神楽は退魔師など霜月も竜潜も同じように理を超えた邪悪な存在を祓う仕事をしていた。しかもそれぞれがトップクラス。
「世界を束ねようとしているのはガイナ・ロストと呼ばれるやつらです」
「ガイナ・ロスト?なんじゃそりゃ」
「世界を束ねることで邪悪な力をさらに結集させ我が物にしようとしている組織です」
「ちょっと待ってよ。世界を束ねるって相当な力持ってるでしょ、そんな神が阻止できないようなやつらをどうやって僕らが阻止できるんですか」
「彼らは世界を束ね、神を封じることに成功しました。だけどそれを行うのに力を相当使って回復までに時間が掛かるということで、その前に私達の力でガイナ・ロストを叩き潰して欲しいとのことです」
「…今しか勝てないということか。タイムリミットは?」
「神さまが言っていたのは遅くても一ヶ月。つまり十一月中に倒せなければ世界は元通りにならず、ガイナ・ロストのやりたい放題になるでしょう、と」
「…名前も十一月なら期限も十一月中。偶然にしてはよく出来た話だ」
「信じてくれないのですか」
 神楽が心配そうに言う。ここにいる奴らは超常現象や幽霊や怪物なんてのは見飽きてる奴らだ。今さら神がどうのこうの世界のどうのこうので疑ったりもしないし怖じ気づいたりもしないはずだ。
 自分達が今見ているものこそが真実だと信じるしかない世界に生きている。
「このままじゃ世界がピンチなんだろ」
「僕もそれは困ります」
「じゃあ決定ね」
「戦いだな」
 四人は立ち上がった。神楽の目が少しだけ潤んだ。
「みなさん…ありがとうございます」
「戦おう」
 天正たちは手を重ねた。天正は一つ提案をする。
「十一月党ってのは?」
「ダサいですよ」
「名前なんてどうでもいいじゃない」
「ん?名前をつけるのは大事だぞ」
「おっさん分かってるじゃねえか」
「はっはっは。まあとりあえず—」
 おおーっという掛け声とともに五人は円陣を切った。

 それから少しして五人は頭を悩ませていた。
 勢いこそいいが具体的に何をすればいいのか。敵の居場所も全くわからないのである。
「とりあえずこの町しかまだ世界は混ざってないんだよな」
「はい。私が町から出ようとしても気がついたら帰ってきていました。おそらくガイナ・ロストはこの町にある龍脈の魔力を利用して彼らの計画を遂行するつもりなんでしょう」
 龍脈と言うのは大地の下の霊気の流れのようなもので世界中にぽつぽつとそれが極端に集まって大きな力を生み出している場所がある。その一部は一般人の間でもパワースポットとして名を知られているところもある。
「よりによってなんでこの町なんだろうな、他にも強力な龍脈があるところはいっぱいあるのに」
「どの世界でもまだ大手の団体によって管理がなされず土着の私達だけしかいない場所で乗っ取りやすいと考えたんじゃないでしょうか」
「俺らを舐めてかかってきたということか」
 竜潜が悔しそうな顔をする。意外と熱いおっさんなのかもしれない。
「今のこの混ざった世界の中心というか根っこに敵はいるのよね」
 霜月がそう言った。
「そうなんでしょうけどそれがわからないんですよ」
「回復中のやつらはおそらく龍脈から魔力を引き込んでいるのならそれをたどればいいのではないのか」
「なんだかんだでこの町は広いし、龍脈もだいぶ分裂してるから探すのは相当大変だな」
 とはいっても他にはどうしようもないと天正と竜潜がごり押しの索敵を覚悟しようとした時、霜月はそれをさえぎった。
「そういえばさっきの吸血鬼について話を聞かせてよ。何かヒントになるかもしれない」
「あっ…そういえば空間移動を使った跡があった」
 天正と雪待以外の三人は二人と同じように相手の力の強さを再認識したようだ。
「回復中といえども空間を飛び越えられるほどの力が残ってる?もしくはあらかじめ用意しておいた手駒なのかしら」
「あとは…吸血鬼は使い魔にされていたな」
「それはまた…大層な腕前のようだな」
 竜潜が苦い顔をした。
「本部に探索を依頼しましょう」
 雪待がそう言うと天正は頷いた。
「無駄だと思います。おそらくもう…」
 神楽の言葉に天正は耳を疑う。
「どういうことだ」
「あの本部は町の中に実体を持ってないですよね」
「一応世界本部だからな誰もどこにあるのかは知らないが」
「私と霜月さんと竜潜さんはすでにもとの世界のこの町の外部とのパスは断たれています。ベースに使われたここの世界ももうおそらくは…」
 天正は携帯を急いで取り出すと電話をかけるがプツンと切れてしまう。
「隔絶されたのか…ってことは戦えるのはこの五人しかいないのか?」
「でしょうね」
「「…」」
 全員が閉口した。どれだけの規模かも分からない相手にたった五人で挑めというのか。神が与えた使命はあまりに荷が重かった。
「それでもやるしかない」
 天正は口を開いてそう言った。
「俺達がいたそれぞれの世界を取り戻すために」
 他の四人も思い思いに首を縦に振る。
 その日はそれで別れて翌朝また神社に集まることにした。

 ***

 神楽の専門は神道由来の清き力によって生み出される結界や護符による中距離攻守および薙刀による近距離斬撃。

 霜月の特技は数十年に一度と言われるほどの魔力を秘めた言葉—声の力によるヒーリングと広範囲攻撃。

 竜潜は龍脈の力を元にした氣を身体にめぐらせることによる肉体強化での強力かつ高速な近接戦闘を得意とする。

 雪待は外国で得た西洋魔術と天正に教わった東洋魔術の融合による近距離、中距離攻撃が主な攻撃手段。

 天正は古代以来の聖遺物を改良した近代武器での圧倒的火力攻撃を主としている。大抵の武器を扱えるのが強みだ。

 翌朝集まった五人はお互いの能力を確認し合っていた。
「驚くほどにバラバラの流派が揃ったな」
「逆にどんな敵が出てきても対応できていいんじゃないですか」
 そう前向きに言ったのは神楽だ。といっても系統の違いによる魔力の干渉には気をつけなくてはいけない。
 作戦を練リ終わると神楽は神社から一振りの太刀を持ってきた。
「それは?」
「家宝の刀です」
 全員が目を丸くしているのをよそに神楽は巻いてあった布をほどき黒と灰色の鞘に収まった太刀を取り出した。
「来たるべきときにあるべき人へ、そういわれて保管されてきた刀です。今がその時なのかと思います」
 神楽は鞘から刀を抜こうとするが全く動かない。実は錆びて使えないオチとかは残念すぎる。
「この刀は持ち主を選ぶそうです。使ってもいいと判断したとき鞘から刃を抜くことが出来るとか何とか」
 神楽は天正の方に歩いてくると目の前に掲げた。
「私には薙刀がありますしと霜月さんと雪待さんは魔法攻撃、竜潜さんは肉体攻撃です。ならば抜けるとしたらあなたしかいないと思います」
「おれ?」
「はい」
 他の三人は面白がるような目でこちらを見ているのでしかたなく天正は手に取った。全員が息を呑む。
 天正が手に取った瞬間、柄と鞘に細く赤い線に模様が浮き出てきた。
「おおっ!」
 全員が感嘆の声を口にする。
「それぞれの世界に一本ずつあるといわれる宝刀の一つらしいです。私の世界では火の力を持つと聞いてきました。銘は“紅火”だそうです」
 鋭い金属音を響かせながら天正が鞘から刀身を抜くと真紅の刃が現れた。息を呑むほどに美しいスカーレットの刀身はどんな金属で出来ているのか予想もつかない。
「紅火か…」
 世界に一つずつということは元の天正の世界にもあるのだろうかと思った。火の力ということはおそらく他は風や水なのかもしれない。
「どうぞ天正さんが使ってください。刀もそれを望んでいるはずです」
「ありがとう」
 長らく銃やナイフばかりに頼ってきた天正に確かな重みを持った太刀は意外にもすぐに手に馴染み、いつでも戦えそうな雰囲気だった。鞘にしまうと少し長いそれを背中に掛けた。
 
 五人は決めたとおりに作戦を決行し始める。
 町の地図を広げ龍脈を線で書き、しらみつぶしに五人で探索する日々が始まったのだ。

 やはりガイナ・ロストも馬鹿ではなくあちこちにそれなりの強さの怪物やれ工作員を忍ばせていたようで、しばしば待ち伏せにあった。
 だが次第にチームワークもよくなった五人はもともとの能力も高いのもあって着々とそれらを撃破していった。各自がそれぞれの役割を果たしている。
 十一月二十日。一通り町を回ったが核となる敵はおろか幹部と思しきものすら見つけられなかった。
 全員に焦りが見え始めるが、同時にやはりと言う気持ちもあった。
「普通には出てきてくれないということだな」
 竜潜が言った。
「となるとやはり、どこかに隠された空間があるとしか考えられないな」
 今日まで戦ってきたのはそれを見つけるための手段を用意するためでもあった。敵が町に散在していたのはおそらく大掛かりな儀式魔術をさせないためだろう。
 しかし、それを全てつぶした今、強力な探索儀式を行える。
 二十一日の朝。
 山の頂上にある神社の裏庭で五人は円と正五角形を作るように立っていた。町の人は全員、危険がない様に眠らせた。
「準備はいいですよね」
 背に薙刀を背負った神楽の言葉に皆が頷く。
 各地に設置された探索用の呪物を雪待がパスを使って結び、竜潜が龍脈から魔力を供給する。
 神楽が五人を結界を張って逆探知攻撃にそなえる。
 霜月は索敵に向けた詠唱を始める。
「大地よ、我の願いを聞き入れたまえ。汝を穢さんとする者を教えたまえ。我は汝と願いをともにする者なり」
 地面に書かれた円と正五角形の中心から普通の人には見えない霊力のパスが白く輝き始める。
 町のあらゆるところから光が伸びてくる。大地がわずかに振動し始めた。地震ではない。大地が龍脈を脅かしているガイナ・ロストの居場所を教えようとしてくれている。

 突如ものすごい衝撃が町の中心部から奔った。
 その方向を見ると。町のシンボルだった湖が割れていく。まさか湖の底に本拠地を構えているとは。
「来たか」
「来ましたね」
「いよいよ決戦てわけね」
「緊張します」
「行くぞ同胞達よ」
 それぞれが万全に整えた装備で湖に走っていく。
 たった五人による世界を取り戻すための強襲をガイナ・ロストに向かって今から行う。
 天正は走りながら自分が不思議と高揚しているのが分かった。
 小さい頃に夢見ていた世界を救う正義のヒーローになったような気分だった。
「五人でなんとか戦隊!みたいですね」
 そう言った神楽を誰も笑いはしなかった。みんな同じ気持ちなのかもしれない。
 天を正しくする。天正は自分のその名前に今感謝していた。十一月の異名であったがためにここにいる五人と知り合うことも出来た。
 世界が元に戻ってしまえばもう三人とは会えなくなるのが少し惜しい。

 湖の前まで来ると水のなくなった底に巨大な球状の物体が鎮座していた。
「あの中で回復してるのか…?」
 竜潜が近づいていこうとするのを天正は止めた。
「来るぞ」
 球がかき消すようにして消えるとそこに三人の人影が立っていた。
「辺境の地だと侮っていたらまさか引きずり出されるとはな」
「グルケケケケッケケヶヶッ!!」
「ただじゃ帰さないわよ」
 中心にいるガイナ・ロストのリーダー格のそいつは目深にフード付きの黒いローブに身を包んでいて顔が見えない。隣にいるのは二足で立つゴリラのような化け物と明らかに魔術系の女だった。
 敵は意外にも三人、これなら勝機がある。
 そう思った矢先だった。
「やれ、スノウ」
 リーダー格のそいつはこちらに向かってそう言った。
 誰に?
 神楽が叫んだ。
「天正さん!」
 霜月は絶句してこちらを見ている。
「貴様っ何の真似だ!!」
 誰かに竜潜が吼えた。
 なんだか腹が熱を持ち始めた。視線を下に向けると体から二本の剣が生えていた。一本は西洋式のレイピア。もう一本は日本刀。どちらも見覚えがある。
 どっちも雪待が魔力が切れたらと言って持ってきた予備の剣だ。
(雪待は俺の後ろにいたはずだ。まさか後ろから追っ手が来ていたのか…?)
「うっ!」
 血が口から飛び出た。
「ぬるい、ぬるいですよ。皆さん」
 神楽が薙刀を天正の後ろに突き刺そうとした。竜潜が豪速の蹴りを同じ方向に放つ。
 そいつは天正から抜いた剣を交差させてその二撃を防ぐ。激痛が腹に走った。
「大丈夫っ?!」
 霜月が俺に近寄り治癒を施そうとするが簡単にはふさがらない。
「これで形勢逆転だ」
 リーダー格の男がそう言った。
 その横に跳躍してそいつ…雪待が降り立つ。
「雪…待…?」
 目の前の現実に思考が追いつかない。
「四対四、そちらは一人手負い、我々ガイナ・ロストの優勢だ。ご苦労。スノウ」
 雪待はかしこまってお辞儀をした。その頬に横向きのドクロマークが現れる。あれは吸血鬼の時と同じ、使役する者と使役される者の印。すべては謀られていたのだ。
 
 走馬灯のように記憶が蘇る。
—三年前までコンビだった?その時より前の雪待に関する記憶がないことに今気づいた。雪待という男を知ったのは今月だったのではないか。
—記憶を改ざんされた?そう気づいた時には遅かった。おそらくはギルドで初めて会ったその瞬間に魔術をかけられた。
—俺としたことがみすみすとガイナの連中の手に嵌められたのだ。
—この世界も神楽達の世界と同様、十一月の名前を持つのは俺一人だけだった。
「くそったれがあああぁぁっ!!」
 天正は痛みに耐えながら紅火を杖にして立ち上がった。
 その脇に神楽と霜月と竜潜が立つ。こいつらは本物の十一月党の一員だ。間違いない、直感がそう告げた。
 思っていたのとは大幅に異なった決戦が今から始まる。それでも負けられない。
—俺達は書き換えられる前の真の記憶と故郷を取り戻す。過去を悔やんでいる暇はない。今を生きるために前に進まなくてはならないのだ。
 一人減った十一月党は一人増えたガイナ・ロストへと反撃の刃を向けた。

 ***

 それから数分後。
 朝焼けの光よりも燃え上がるような紅色をした刀身が日光を反射する。
 なんとか霜月のヒーリングにより傷口は塞がったが、また攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。
 右のほうで激しい震音が聞こえた。竜潜がゴリラのような化け物と格闘戦を繰り広げているはずだ。
 左のほうで目映い魔法光が迸った。霜月が魔術師の女と戦っているのだろう。
 仲間達が戦ってくれているからは目の前の敵と戦える。すぐ後ろには神楽がついている。
「で、僕の相手はどちらがしてくださるんですか?」
 雪待が不敵な笑みを浮かべてレイピアと日本刀を両手にぶら下げていたかと思うと、無造作に日本刀をこちらにめがけて投げ捨てた。
 投げ捨てられただけに見えた日本刀は切っ先をまっすぐに天正に向けて加速しながら空を切りながら迫ってきた。
 しかしその刃は天正に届く前に弾き飛ばされた。
「私に決まっているじゃないですか」
 静かに、だが怒気を含んだ声で神楽が薙刀の先を雪待に向けた。雪待は唇の端を吊り上げた。
「そうですか、ならさっさと終わらせさせてもらいますよ!」
 雪待のレイピアと神楽の薙刀が絶妙に交差した。空間にひびが入るかのような魔力の衝突。
「い、行ってください天正さん!」
 少しだけ振り向いた神楽に天正は頷き、二人の横を走り抜けて湖底の奥にいるローブ姿の奴のもとに走っていった。
 じわりと傷が体を蝕む気がした。

「ほぉう、やはり貴様が我の相手をするか。手負いの貴様がどこまでやれるか見物だな」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに天正はグロックを抜き、奴をめがけて連射する。ローブがあおられて奴の顔が明らかになった。
 二弾ずつ撃たれた合計十発の弾は全て奴の目の前で何かにさえぎられるようにして空中に静止して地面に落ちた。全て外れだったということだ。
「なるほど、わざわざそんな銃を使ってくるのにはそんな理由があったか」
 空中に静止した弾の色はそれぞれ違っていた。純銀、亜鉛、塩、動物の牙など材料がそれぞれに異なっているからだ。
 弾倉を手早く抜いて次のに入れ替えるとすぐに全弾を撃ちきるが、またしても全て止められてしまう。
「まだあったのか、そんなことをしても無駄だとわからんのか」
 奴は天正のその行為の目的に気づいていた。天正は様々な種類の銃弾を撃つことで、相手の魔術特性や系統を見抜こうとしていた。例えば銀が効けば吸血鬼の可能性があるなどと判断できる。
 だが、そのどれにもあたりはなかった。奴はやはり一筋縄でいくような相手ではないようだ。
 金属部分と強化プラスチックのそれぞれに魔法陣や術式を組み込むことで対魔力性などを向上させたその銃はゴーストハンターとして天正が愛用してきたものだった。残る一つのマガジンを装填する。こういう手合いのやつと何度か今までに遭遇したことはある。ならばその経験を活かす。
「ん?」
 のんきに待っているだけの奴の顔色が少し変わった。というのもまずは同じ弾五弾を一点を狙わずにあちこちに天正が撃ったからだ。続いて四弾を地面に向けて撃った。
「貴様、何をするつもりだ」
 奴が止めた五発は正五角形の頂点に位置し、地面の四発は正方形を描いていた。補正された銃だからこそできる芸当だが、天正の腕も伊達ではない。
「四針結界!」
 地面の四発が魔力により結ばれ鉛直に不可視の壁を作り、奴を囲む。
「聖星方陣!」
 特別な魔力を込められた弾は五角形を描きつつ一定時間敵を拘束する。
 普通は壁などに打ち込んで使う術だが今回は奴が直に空中に留めていたのであっという間に五弾が奴の動きを聖星方陣によって止める。これで奴は身動きが取れないはずだ、身体的にも魔術的にも。
 残る一発は純粋に威力が強化され、敵の内部で魔力と火薬が爆発的に爆発する弾だ。奴の胸に向かって弾は飛んでいき炸裂した。
 爆音とともに、粉塵と煙が立ち込める。これで少なくともダメージは与えられたはず—
「貴様を少々侮りすぎていたようだな」
「な…んだと・・?」
 奴は煙の中から無傷で出てきた。
「我らはガイナ・ロスト、我はリーダーのガイナ。本気で相手させてもらおう」
 視界からガイナというそいつは消えた。殺気を感じた天正は本能的に地面に転がった。
 今いた場所の後ろから切り裂くような風の刃が地面を抉った。避けていなければ確実に死んでいただろう。
「避けたか」
 つまらないといったような言い草でガイナは振り返った天正の前に立っていた。別格なまでに速いし、強いことは分かった。
 といっても引き下がるわけにはいかない。天正は紅火を抜いた。
 一瞬で距離をつめられ視界いっぱいにガイナのローブがはためいた。とっさに紅火を前に構えるととてつもない衝撃が天正を襲った。
「くっ…!」
 はじきとばされるようにして天正は後方に追いやられた。このままでは防戦の一方だ。
(無理にでも力を底上げしないと…)
 天正が時間稼ぎのためにスタングレネード、スモークグレネードを同時に投げつけると閃光と白煙が一面を覆った。
「逃げるのか?」
 ガイナ自体には当然効果はなく一瞬にして空気は晴れ渡される。それでも天正には十分な時間だった。
「オーバーアクティブ」
 一瞬で自分に対して術式を編んだ天正の五感は通常よりも何倍に冴え渡り、身体能力は限界まで引き出された。身体に大量の負担を強いるこのドーピングのような術を継続して使えるのは天正の身体でもって10分というところだ。
「小賢しいっ」
 ガイナがまたも視界から消えたが天正の目は宙を超スピードで駆け抜けるガイナを捉えていた。右から回り込もうとしてくる。風と冷気を纏わせたしなるような右腕に紅火をぶつける。
 今度は押し切られず対等にぶつかり合う。真紅の刃と冷気を纏った手刀が周囲に突風を巻き起こす。
「ほう、少しは強化されているようだな」
 剣に言ったのか天正自身に言ったのか。下から突き上げるようにガイナは左拳を繰り出してきた。防ぐ術がない天正がバックステップで避けると、無数の氷の刃が追い討ちをかけてきた。
(—まずい!)
 その時だった。どこからか声のようなものが聞こえた気がした。無意識に天正は紅火を回転させるように一閃する。
 炎が吹き荒れ全ての氷の刃を溶かしつくした。
「なんだ、その刀は?!」
 ガイナが予想の範疇を超えた反撃に驚きの声を上げる。
(この炎がこの”紅火”の力なのか?)
 紅火は答えるように刀身にほのかに炎を宿らせた。刀全体の赤い線は輝き、脈打っているようにも見えた。
 右斜め下に切っ先を向けて次の一撃に向けて構える。
 ガイナは体の二倍はあろうかという凍てつくような氷の大剣を両手に生やし交差させるようにして飛びながら襲い掛かってきた。戸惑ったがゆえの血迷った正面攻撃。
(—いける!)
 力の使い方は全て刀が教えてくれるかのように理解していた。ふいに脳裏に浮かぶ技の名前。
「紅火、爆炎斬!!」
 右下から左上へと切り上げるとガイナの左腕の氷剣は砕け散った。続いての右腕からの氷剣は切り上げたそのまま真上から一刀両断するように振り下ろすと爆発のように燃え上がる炎によって消し飛んだ。
 二人のいた場所は黒煙に覆われた。
(やったか…?)
 少しして黒煙が消えると天正の前には巨大な氷の塊が鎮座していた。どうやらこれでガイナは身を守ったようだ。すーっと融けるようにして中からガイナが現れた。
「驚いた。少しでも遅れていたら我といえども危なかったかもしれんな。だが、その刀の力ももう使えないのだろう?」
 これほどの攻撃を受けても無傷とは恐ろしい奴だ。天正自身のドーピングが切れて紅火の炎も消え、元の紅の刀身に戻った。使用者の魔力を使っているのかもしれない。
 形勢逆転したかのように見えた状況は結局後戻りしてしまったことになる。天正は紅火の柄を握り締めた。
「おおおおおぉぉぉぉっ!」
 天正は全力で走り、刀を振りかざしてガイナに迫るがあと少しのところで見えない空気に阻まれて刃はそれ以上動かせなくなった。
「無駄だ」
 ガイナの拳が腹にめり込み、天正は意識を失いそうになりながら突き飛ばされた。
「うっ!…」
 五メートル以上飛ばされ、地面に手をついて呻く天正をガイナは冷徹な目で見る。
 天正のすぐ横に純白と緋色の和装がはためいた。
「天正さん!大丈夫ですか!?」
 ガイナとは反対の方向を向いている神楽が叫んだ。その先にいるのはもちろん雪待だ。どうやらいつの間にか戦場が近づいたようだ。
「ああ、まだなんとか生きてるよ」
 立ち上がると天正と神楽は背中合わせになってお互いの敵と対峙した。挟み撃ちにされているような構図だ。
「なかなか、しぶといですね」
 雪待の言葉通りなら神楽は健闘していたようだ。天正はガイナを任されたのに無残にも負けそうになっている自分を恥じた。
 にらみ合いが続く中、神楽が敵に聞こえないような小さな声で天正に語りかけた。
「一つだけこの状況を打開することが出来るかもしれない作戦があります」
「あの作戦か…」
 もしも敵の戦力がこちらよりも桁違いに高かったときのために神楽たちは一つだけ作戦を用意していた。成功する可能性も低く、その後も上手くいく保証のないその作戦は一度は不確定要素の多さから却下されていたものの、一応は準備してあった。
「雪待さんもあの作戦の話を一応聞いていたはずです。悟られる前に決めなければおそらく対策をうたれます」
「チャンスは一回…」
「そうです。だけどもしやらないまま戦い続けてもこのままでは恐らく…」
 神楽の言わんとすることは容易に理解できた。天正はもちろん他の仲間達も魔力も体力もこの一ヶ月のなかでかなり消耗していたため戦いが長期化すればするほど不利になっていく。
 敗北の二文字が頭の中をよぎった。
「やってみるしかないな…」
 果たして今の自分に作戦そのものすらを成功させられるかもわからないがやるしかない。
「あともう一つ言い忘れていたというか、言ってなかったことがあります」
「?」
「紅火の炎を解放できたあなたになら、きっと形状変化も可能だと思います」
「形状変化?」
 天正は握り締めた紅火に温かさを感じた。
「強く願えばその刀…いえ武器は使用者の使いやすい形になるはずです」
「形…?」
 十分使いやすいと思ったがこれ以上使いやすくなるのだろうかと思った。とにもかくもとりあえず力を貸してくれと言わんばかりに天正は握る力を強めた。
 ぐにゃり。そんな擬態語が似合いそうなぐらいに紅火はその原型を歪ませて圧縮されるようにして縮んでいく。
「なんだそれは…?」
 紅火のまだ見知れぬ潜在的な力を恐れてか攻撃せずににらみ合いを続けてきたガイナが疑問を口にする。天正には紅火が何に形を変えようとしているのかがすぐにわかった。
「確かにこれならいけるかもしれない」
「はい」
 背後の後ろの神楽が微笑んだような気がした。
「では、私の結界術式で二人を少しだけ引きつけます、その間に…」
「了解」
 神楽が半歩ぐらい足を踏み出すような音がした。敵にも緊張が走る。
「茅輪改!」
 神楽が叫ぶと、神楽と天正の周りにどこに隠していたのかと思うほど大量の神符が華麗に舞う。一つ一つが絡まりあいだんだんと大きな輪を形作るようにして二人を取り囲む。
 信じられないほどに空間が清浄化されていく。神道の本領を発揮しているのが肌に感じられた。
「祓え!」
 注連縄のようになっていた符が瞬く間に雪待とガイナに向かって吹雪のように襲い掛かった。
「今です!」
 その中にまぎれるようにして天正はガイナに詰め寄っていく。
 圧倒的な退魔の力を凌駕しようとして風と氷の魔法を放つガイナの目の前に吹雪を抜けるようにして天正は現れた。ガイナの目が大きく見開かれる。
 右手に握った紅火の先にをガイナの額に向ける。紅火の形は拳銃の形へと変化していた。引き金を引くと真っ赤な炎が吹き出るようにしてガイナに向かう。
 一筋の炎と冷風がぶつかり合うと炎が両者の間に壁のように広がった。
 天正は間髪いれず、流れるような動作で紅火を刀の形に戻し、突きを繰り出す。
 ガイナの身体に刺さった感触がしたがすぐに止められる。
「ぐっ…」
 氷で硬化した手でガイナは刃を無理矢理留めていた。わずかだが刀身にやつの血が流れる。
 ひるんだその隙が最初で最後のチャンスだった。天正は紅火から右手を離し神楽から渡された護符をガイナに押し付けた。
 直後、光が迸った。
 後ろから声が上がった、雪待だ。
「まさか!?」
 溢れんばかりの光がガイナからこぼれ湖底を包み込む。
「ぐわあああぁぁぁっっ!!」
 ガイナが叫びをあげる。呆然とする雪待をよそに神楽がこちらに走り寄ってきた。何も言わずにお互い頷いた。
 貼った護符は魔物を封印するものではなく、封印そのものを解除する護符だ。こうして効果があったということはやはり…
「やはり、あの人自身が封印そのものを担っていたんですね」

—俺達は賭けに勝利した。

 ***

 粒子状の正体不明なカラフルな光が作り出す渦から人の形をした人ならざる者が現れる。
 神楽が地面に立膝をついて頭を垂れた。
「神楽、使命を果たしてくれてありがとう。そこの四剣の使い手もご苦労」
 地面より少し高いところを浮遊する神の姿は少年とも少女ともとれる幼い姿をしていたがそこから滲み出るオーラには威厳が備わっていた。
「さて、」
 神はガイナのほうを見る。
 崩れ落ちるようにして倒れていたガイナがゆっくりと立ち上がった。
「封印を解かれるとはな…」
 雪待が走り寄ってその肩を支える。
「よくもやってくれたねガイナ」
 神が怒りを口にする。両眼が赤く輝く。
「我ごときに封じられた低級神め、この借りはまた返してもらうぞ」
「言っておけ。お前はこの勇敢なる者らに敗れたのだ」
 いつの間にかガイナの横に来ていたゴリラもどきと魔女や雪待をガイナがローブを翻して覆い隠すと全員が消えていた。空間移動だ。
「逃がしてよかったんですか?」
 神楽がたずねる。
「構わないよ、それにこっちも追える状況じゃないしね。そのうちきっちり借りを返すさ」
 霜月と竜潜もやってきた。四人集まったところで神は四人を見渡した。いつの間にか日は天頂近くまで昇っていた。
「みんな、改めて本当にありがとう」
 四人とも満身創痍といった感じで座り込むと、神は手を軽く横に振った。
 淡い光が傷を癒していく。
「すごいっ…」
 回復役だった霜月が感嘆する。
「こんくらいじゃお礼し足りないぐらいだよ」
「「いえいえ」」
 恐れ多くて声が重なる。

「すまないけど…」
 唐突に神がそう切り出した。四人は神を見上げた。
「もうこの世界は元に戻せない」
「「??」」
 神は話し始めた。
 ガイナ・ロストによって交差させられた四つの世界はこの十一月の間に予想以上に絡まりあってしまった。
 この世界はこの世界として一つの世界となってしまうらしい。もっとも違和感を人々が抱くことがないようにはするらしいが。
 自分の不注意のせいだ、と神は嘆いていた。
「もう一つお願いというか誘いがあるんだ」
「「?」」
「雪待くんを取り戻したくないか?」
「えっ?」
 おのおのに疑問が生まれた。どういう意味だ。
「あいつは俺達を裏切ったんですよ…?」
 天正は苦々しく言った。
「そうか、ガイナのしたことにも気づけないようにされていたのか」
 神は澄んだ青色の眼で天正に眼を合わせた。
「どういうことですか…」
 神の目の青色が天正の脳を冷静にしていく。
「雪待くんは本当に敵なのかい?君の記憶はそんなもんなのかい」
 天正は視線が吸い込まれるような錯覚を覚えた。記憶がフラッシュバックしてくる。
 ギルドで雪待にあったときに雪待に記憶を改ざんされて雪待という存在を刷り込まれたはずだ。
「そうだね、その時におそらく君は”雪待”に記憶を改ざんされたんだろう、でもそれだけかな?」
 神がパチンと指を鳴らすと四人は神社の前にいた。遠くで湖が元に戻っているのが見えた。まさしく神業だ。
「ギルドに確認するかい?もうこの町と外との境界は元通りだ」
 神社の前にギルドの受付係があらわれた。ギルドから直行してきたのだろう。
「天正さん大丈夫ですか!?一体何が…」
 せきたてるように質問攻めにしてくる受付係を抑えると一つ尋ねた。この受付係は天正と雪待が出会ったときに居合わせていたが、もし雪待が架空の人物ならなんであの時見過ごしたのか。
「雪待って知ってる?」
 不思議そうな顔をされた。
「最強コンビの相棒が何言ってるんですか、春待さんの名前を間違うなんて。わざとですか?それとも何かあったんですか」
 春待…その名前を聞くと脳内が揺さぶられ激痛が走った。
「あああああ…ああああぁぁっっ!!」
 天正は全てを思い出し、苦痛と悔しさに叫びを上げる。
「ガイナの洗脳が解けたようだね」
 ギルドには後で報告に行くからと言って受付係には帰ってもらうと、天正は心を落ちつかせようとした。
「天正さん?」
 神楽が心配そうにしている。
「雪待…じゃなくて春待は俺とコンビを組んでた。たぶん三年前にあいつが海外に行った時に何かあってガイナに洗脳されたんだろう。そしてスノウとしてガイナとともに神を封印した」
 神は頷いた。
「じゃああいつも被害者ってこと?」
 霜月が問いかける。
「そうだろうな。そして雪待となって俺らを洗脳して…うん?」
「気づいたかい」
 神は微笑んだ。
「だったら…どうしてあいつは俺達を味方のふりをしてまでガイナの元に向かわせたんだ?すぐに俺らを殺せばよかったはずなのに」
 天正は生まれた疑問を口にする。
「それが君達を生かしておく条件だったのさ」
 神は春待はこの町に来た段階、更に言えばついさっきまで洗脳はされていなかったと言う。
「君達がガイナ・ロストの邪魔にならないようにスパイとして送り込まれていたんだ、だけど成り行きでガイナの居場所を見つけてしまった。そして君達の中にいた彼をガイナは裏切ったとみなしてあらかじめ用意していた使役魔術で彼をスノウという殺人鬼に変えたんだよ」
 あの横向きのドクロはガイナの生み出した極悪非道の使役魔術の証だったらしい。
「あいつは、あいつはこの一ヶ月俺らといながら一人で戦ってきたってことですか…?」
 神さまは涙を流す天正を慈悲に満ちた目で見つめた。
「そうだよ」
 ふつふつと天正の心に自分への怒りが湧いた。
「くそおおぉぉっっ!!くそおぉっ!!くそっ!くそっ!俺が、俺がもっと早く気づいていればっ!」
 地面を叩く天正の背中をを神楽が優しくなでる。
「悔やむな天正、俺達はまだ彼を助けられるんだろう?なあ、神よ」
 そう言った竜潜に神は顔を輝かせた。
「約一ヵ月後にいくつかの世界やハザマに生きるものたちに召集をかけて次期この神の座をかけて四人チームのトーナメント式で争ってもらう」
「次期神の座?」
「という口実だよ。つまりはこの世界の覇権をかけて戦ってもらおうって話をする。ガイナは世界の力が欲しいんだから挑発とわかっていても間違いなく乗ってくる。正々堂々勝負するにしろ、しないにしろね。そこで君達に奴らを改めて潰してもらいたいんだ」
「俺達が…?」
「ガイナも元はこの世界の一住人だ。創造主たるこの神にはその存在を抹消する権利はない…というかそれをしたら他の神々に世界もろとも滅ぼされてしまう」
 神は考えさせるように一拍おいた。
「だから君達にぜひとも勝ってもらいたいんだ。春待くんも取り返せるし一石二鳥でしょ?」
 グレーゾーンなやり方だけどね、と神は子供のように無邪気に笑った。
「でも私達にガイナ・ロストを倒す力はあるんでしょうか」
「見ていた感じだと天正くん以外はほぼ互角だったから、力が完全な状態だったら勝てると思う」
「俺は…?」
 天正は先ほどの戦いを思い出していた。
「神レベルの力を得たガイナに君が勝つのは不可能と言ってもいいだろう」
 ガクリとうなだれた。
「だけど君は今こうして封印を解いてくれた、しかもほんの少しだけとはいえガイナにダメージも与えられた。どうしてか分かるかい?」
 天正ははっとして紅火を見た。
「そう。四剣の一つ、その紅火の力だ。君はその剣に選ばれ、炎を呼びだし形状変化さえ可能にした」
「?」
(神は要するに紅火のおかげで勝てたといいたいのだろうか?俺の力と関係なしに)
「そうじゃない。四剣達が使い手として選ぶのはただの強さを持つものじゃなくて、よき心を持っているかどうかで見定める。そして戦う内にさらにその心意気を評価されればよりふさわしい力を与えてくれる。いわば君はその使い手としての適性を見る試験には受かったようなもんさ、あとは力を伸ばしていくだけだ」
 魔力も十分にあって申し分ない素質を持っていた君だからこそ一段階目の炎の具象化どころか二段階目の形状変化も一気に可能に出来た、と言う。
 神は紅火を取ると鞘から引き抜いた。刃が燐燐と光り輝く。
「クリムゾンファイア」
 あっというまに形が変わりファンタジーに出てきそうな両刃の剣になった。
「これがクリムゾンファイアまたの名を紅火というこの剣の最初の姿だ。炎と爆発をつかさどり使い手に特に勇気と情熱を求める」
 また日本刀の形に戻ると鞘に戻し天正に返す。
「この剣の三段階目、もしくはそれ以上を使いこなせるようになれば君は心身ともに上達していてガイナとも剣の力を借りて戦えるようになれるだろうね」
 天正は紅火に目を落とした。すごい刀だとは思っていたが、とてつもない力を秘めていたようだ。
「天正くんを中心にこれからの一ヶ月で全員力を上げられるよう頑張ってくれ」
「「はい!」」
 それだけ言うと神がやらなければならないことがたくさんあると言い残して去ってしまった。自分で力の使い方を見つけないと意味がないらしい。
 ガイナ・ロストを倒すため、春待を助けるために猛特訓の日々が始まった。

 ***

 何もないかのような闇に染まる世界。
 何も存在させないかのような闇の中で炎が灯る。
 炎は何も照らすことはなく闇に浮かび上がるだけだった。
 ふと、青く光る雫があらわれた。
—紅火、新しい使い手を見つけたのね
 雫が揺れる。
—久々にな。なかなか楽しませてくれそうだぜ。蒼雨、お前のところはどうだ?
 炎も揺れる。
—こちらも順調に強くなっているわよ。上手くいけばついに…
 闇の中にバチバチと細い電撃が球状となって現れた。
—輝雷か。やっとお前のお眼鏡に適うやつがあらわれたのか?
 電撃が渦巻く。
—…うむ…なかなか…のもんじゃ…
—ということは一応“いま”ならあたし達四宝全てが力を発現させられる状態にあるのね
 賑やかになった闇に緑緑とした一枚の木の葉が舞い降りる
—皆さんおそろいのようですね
—翠嵐!…いつぶりだ、全て揃うのは…?
—さあ…どうだか…生み出されて…以来…かもしれぬ
—そういえば地球の小童神に会ったぜ
—あら、元気にしてた?
—俺を始まりの姿に変えてくれやがった
—始まりか…なつかしいのう
—私達を作ったあの方はいまどうしてるんでしょうねえ…
—あの人のことよ、わかりっこないわ
—何にせよ…我らは…
 四つの存在がきらめいた。
——使命を果たすのみ
 闇がまた静寂に戻ろうとすると炎が思い出したように瞬いた。
—そうだ、うちのやつがもしかしたら“呼ぶ”かもしれないんだった
—上達が早いわね。呼ばれたらうちの子は多分行ってくれると思うわ
—…わしんとこも…おそらく…
—私の方も大丈夫だと思いますよ
—すまねえな、助かるぜ。何せ相手がすげえやつでさ
 雫、電撃、木の葉が空間を震わせた。
—最近噂になってたあいつかしら?
—そうそう、そいつだ
—…調子に…乗った…ガキか
—私達が本物の最強ってのを見せてやりましょうよ
—ああ、頼むぜ
 大きく四つは轟くと闇から消えていった—

 ***

 十一月も終わり、時は十二月になっていた。
 寒さがいよいよ冬模様になり、人々の息を白く染め始めたその頃、四人は神社に集まっていた。
「天正さん、特訓の方はどうですか?間に合いそうでしょうか」
 本殿の縁側に腰掛けた四人にお茶を配りながら神楽が天正にたずねる。
「うーん、魔力とか体力は元通りにはなったんだけど…」
 天正は縁側に立てかけた紅火をちらりと見た。
「三段階目、とやらができないのか」
 竜潜がストレートに物を言った。
「そうなんだ。どうやればいいのか皆目見当もつかなくてね」
 ずずーっと四人はお茶をすする。空気の澄んだこの神社はいつ来ても落ち着ける場所だ。
「早くしないとまずいんじゃないの?もっと頑張りなさいよ」
 霜月が手厳しいことをいう。
「三段階目なんて聞いたこともないですからねぇ。形状変化までしか家には伝わってないです」
 神楽が私達にはどうしようもないですと言って首を振る。
「神楽たちはどう?なんか新しい技とか出来た?」
 天正は聞き返した。
「まあまあだな俺は」
 真っ先にそう言った竜潜だがもともと素手で奴らと渡り合ってたぐらいだから全開の力は相当なものだろう。
「霜月は?」
「秘密よ秘密。度肝を抜くようなの見せてやるから楽しみにしときなさい」
 治癒担当でありながらあの魔女と互角に戦っていたのだからこっちも心配するようなものでもないだろう。
 もちろん攻防両方ともに神道の真髄を極めている神楽も。
「やっぱり一番強くならないといけないのは俺かぁ」
 天正は自分の役目を考えるとおちおちのんきにもしていられないのであった。
 乾いた冬の青空に透かした真紅の刀身は何も教えてはくれない。

 寒さがより厳しくなった師走中旬に神は神社に現れた。
「やあ。それでは行こうか、制裁に」
 神が両手を空に広げると天正、神楽、霜月、竜潜の身体が浮かび上がった。
「うおっ」
「きゃっ」
 そのまま空高く浮遊していくと空が切り取られたように丸く七色にゆらめいて四人と一神は吸い込まれていった。

 次に四人が目を開けると巨大な闘技場のような建物の前にいた。どこか違う空間に来たというのだけはわかった。
「君達で受付をしてきてくれ。ちょっとまずい状況になってきててね、そっちの面倒を見てこないといけないんだ」
 神がそれだけ言って消えると四人は改めて前を見た。相変わらず忙しい神様だ。
 何もない真っ白な空間にドームだけが浮いていて自分達の足元からそこへと向けて赤絨毯のように道が伸びている。
「この空間丸ごとがこの大会のためだけに作られたのかしらね」
「さすがは神、だな。やることのスケールがでかすぎる」
 霜月と竜潜が思ったままを口にする。
「行きましょうか」
 神楽がそういうと四人は正面の大きなガラス張りの入り口へと向かって歩き出した。
 天正は背中に掛けた紅火に優しく触れ、神楽は帯を引き締め、霜月は髪留めをほどき、竜潜はスーツのネクタイを緩めた。
「竜潜、なんでスーツなんだ?」
「漢なら戦いの場ではスーツでなくてはいかんのだ」
「へ、へえ…そうなんだ」
 自動ドアが開いて豪華で派手なロビーが広がる。他に人影も見当たらずどうすればいいのか途方にくれていると、リン、と鈴が鳴る音がした。
 温かみのある木張りの床に灰色の猫がいた。今の音は首輪の鈴の音だったようだ。
「にゃあ」
「か、かわいーっ!」
 霜月が猫に飛びつこうとするが猫はするりとかわして少し奥へ進んだかと思うとこっちを振り返った。
「にゃにゃ」
「こっちに来いだって」
「霜月、猫語がわかるのか」
 あくまでも真面目な顔で天正がそうからかうと霜月は顔を真っ赤にした。
「そういってるみたいだなと思っただけよ!」
 してやったりと天正はにやっとする。いいものを見た。
「ともかくついて行ってみるとしよう」
 竜潜がとりなして四人は奥へと進んでいった。途中途中に部屋がついている、控え室だろうか。
 何回か廊下を曲がっていくと白いドアの前で猫は止まって開けろといわんばかりに首を振った。
 天正がドアを開けると真っ直ぐに道が続いていた。開けたドアの裏を見ると関係者以外立ち入り禁止の文字が書いてあった。
「俺達が入ってきたのって裏口だったの!?」
「裏口であんなに派手だったんですか。すごいですねーこのドーム」
 神楽がほおーとか言って感心している。
 猫について進んでいくと受付と書かれたカウンターがあった。やはりさっきのロビーよりも広く、豪華だった。
 カウンターに猫が飛び乗ると受付の女性がこちらに気づいた。
「ようこそ!クルちゃんに招かれてきたということは十一月党のみなさんですね」
 猫はクルという名前だったらしい。ってそんなことはどうでもいいんだ。
「はい」
「リーダーはどの方でしょうか」
 神楽と霜月と竜潜がこっちを見た。
「やっぱ俺がやるのか」
「「もちろん」」
「では、こちらにお名前の方をよろしくお願いします」
 天正が登録表にサインすると、番号の書かれたカードを渡された。
「その番号の部屋が控え室となります、左手の階段を上った先を奥に進んで右にありますのでどうぞご自由にお使いください」
「どうも」
 そのまま去ろうとすると受付が隠すようにして手招きをした。耳を近づけるとひそひそ声で神からの用件を伝えられる。
「なんて言ってたの?」
 階段を上りながら霜月が聞く。
「二階の会議室に来いってさ」
 二階に着くと天井からぶら下がっていた行き先案内に会議室の方向が示されている。それに従って四人は会議室に向かった。
 ドアを開けて入ると勝手にドアが閉まった。
「お疲れ、君達といるのを見つかると面倒なことになりそうだったからこんな方法をとらせてもらった」
 神が議長席に深々と腰掛けていた。適当に座ってと言われたので並んで椅子に座る。
「強くなったかい?…聞く必要はなさそうだね」
 神は天正の目を見てそういった。
「え?まだ三段階目ってのはできてないんだけど…」
「「ええっ!?」」
 天正のその言葉に三人の方が驚く。あんたねえ、と霜月が睨んでくるのは無視だ無視。
「大丈夫だよ、それだけの力があるならきっと出来る」
「はあ」
 よくわからないが神が大丈夫だと言うのだから大丈夫なのだろう。
「さて本題なんだけど、」
 神が人差し指を小さく回すと壁にトーナメント表が現れた。
「いきなり君達とガイナ・ロストの決勝戦になってしまった」
「「はい?!」」
 全員の声が重なる。
「予定では総勢32組の参加だったんだけど、召集をかけた次の日からガイナ・ロストがどっから情報を掴んだのかわからないけど参加予定者を脅したり、ひどい時には危害を加えたりしていったんだ」
「なんてやつだ…」
 竜潜が異常に憤慨している。ある程度のルール違反は予想していたが参加者自体に妨害をするとは思ってもみなかった。
「すぐに見張りをつけたんだけど、警戒して辞退した参加者も出てきちゃってね」
 結局残ったのは4組だったという。
「そしてついさっきその2組もやってられないと言って帰ってしまった」
「それはまた…」
「いいんじゃないんですか?」
 神楽が不意に言った。
「余計な戦いもしないで済むんですよね。いいじゃないですか。好都合です」
 なんというポジティブシンキング。だがガイナ達も万全のままという点を除けばもっともな意見だ。
「言われてみればそうね」
 霜月も同意する。もちろん天正と竜潜も。
「いい自信だ。その調子で頼むよ」
 神は笑みを浮かべて言った。

 ***

 戦いは大体一時間後、ドームの中心の直径1キロはありそうな巨大なグラウンドで始まった。
 正反対の観客席から両チームがリフトに乗って現れる。観客席に人影はなくゲスト席に漆黒のドレスようなものを着た金髪の少女と、同じく漆黒のマントを羽織った大男がいるだけだった。
「何者なんでしょうね、神のゲストって」
「さあ。すげえやつなんだろうさ」
 リフトが昇りきると、放送がかかる。
『レディースアーンジェントルメン!いきなりだが決勝戦と行こうじゃないか!!』
 やけにハイテンションなMCだなと思っていると、その声に聞き覚えがあった。
「神さまですねー」
「だよね」
 神は司会をやりたかったようだ。よくわからない世間話、世界の間話?とでも言ったらいいような話を長々と話すとやっと試合の説明が始まった。
『みごと決勝戦に勝ち残ったカードはこの二チーム!ガイナ・ロスト!十一月党!』
 しーんと空気が冷める。誰も何も反応しない。勝ち残ったもなにもまだ戦ってすらいない。
(スベりまくりです神さま…)
『そ、それでは第一戦!お互いの先鋒はフィールドに出てきゅ、ください!』
「かみましたね」
「神なだけにな」
 ジーッと三人が天正を見る。
「天正ってそんなことをしれって言うキャラだったのねえ」
「知りませんでした」
「俺は面白いと思ったぞ」
 竜潜のフォローはフォローにもならなかった。
「ほ、ほら!最初は誰が行く?」
 天正は流れを変えるために話題をそらす。
「向こうはあの魔女のようだな」
「ならあたしが行くわ。対策してきたから」
 霜月がタンと音を立ててリフトから跳び出しフィールドに降り立った。
『おーっとお互い出揃いました!ガイナ・ロストからは魔導師エーテル!十一月党からは歌姫シモツキの登場です!』
「歌姫だってさ」
「神さまノリノリですね」
 魔女はエーテルという名前だったようだ。リフトが下がりフィールドが透明な霊壁に覆われる。
『妨害なしの一騎打ち!さあ勝つのはどっちだ!?』
 ドオオォォーンとゴングではないゴングが鳴った。
 さすがは神、ガイナが邪魔をしないように防壁を張るとはいい考えだ。
 両者がにらみ合う。霜月は秘策を用意したと言っていたがどうなるのか。
「障害物がないだけ声魔法の霜月は有利かもしれんな」
 竜潜が分析するがお互い魔法系である以上そこまでの差は生まれないだろう。
「頑張ってください、霜月さん」
 もう届かない声援を神楽が口にした。


 戦いはどちらかが降参もしくは戦闘不能となるまで基本的には何でもありの勝負だ。
 最初の三人は勝てば一ポイント。四戦目のリーダー戦は二ポイント。最初に三連勝すれば勝ちは決まる。だがそう上手くいくのか…。
 百メートルぐらい離れてにらみ合う二人に動きがあった。
 霜月がエーテルに向かって走り出したのだ。
 エーテルが何かを唱えると雷鳴音とともに幾筋もの稲妻が霜月に向かう。
「はっ!」
 人間業とは思えない高さに霜月が跳躍してそれを避けると同時に空中で震動波と呼ばれる声に魔力を乗せた軽い攻撃を繰り出す。
 エーテルがそれを手から投げた何かで止めようとすると爆発が起きて両者は反対の方向に飛ばされた。
 またしてもにらみ合いが始まる。
「前よりも戦力が互角になってるんじゃないか?」
 竜潜の言葉に黙って神楽と天正は頷く。
(互角なら勝負がつくのは早いはず…どうなる?)
 次はエーテルが先に動いた。宝石のような何かを放り投げ呪文を唱える。宝石が勝手に動き始めたかと思うと砕け、正円を描く。あのどう見ても高級そうな宝石が触媒ということは…
「召喚魔法も使えるのかあいつは」
 竜潜が驚く。相当の代価を払うことで異世界などから強力な助っ人を呼び出す魔術、それが召喚だ。
 相手の系統を霜月は前回の戦いで完全に知り得ているのだろうか。
 エーテルの詠唱を止めることなく対抗するように霜月は謎の歌を歌い始めた。魔力が渦巻き霜月を包み込む。
「霜月さんも何か大技を出す気でしょうか」
「かもな」
 お互いに布石を打ち合う十秒くらいの短い間がとてつもなく長く感じられた。
 先に詠唱が終わったのはエーテルだった。
「出でよ、絶魔王ルーパスハウル!」
 バンと円が爆ぜて邪気が立ち込めたかと思うと身長1.5メートルくらいしかないが、いかにも魔王といった感じの服装をした年齢が読み取りづらい男が現れた。
『俺から盗んだ宝をこんなことに使われるとはな…なあ勇者の供よ。お前も落ちぶれたな』
 魔王たるがゆえにその存在を完全に召喚させきるのに時間がかかる。現在進行中で召喚されているために魔王の声はブレて聞こえた。
「いいから働け。代償は払った」
『なんだ、訳有りか?まあいい。しょうがない一回だけ手を貸してやろう』
 魔王はドンと足を踏み鳴らした。一気に魔力が魔王から発せられる。
「「!?」」
 壁越しの観客席にいた天正たちでさえのけぞりそうになる。
(なんだあの圧倒的魔力は…?)
 神と同等か、もしかしたらそれ以上の力を感じた天正達は戦慄に身を震わせた。
(霜月は…大丈夫か?)
「他人の手を、借りてんじゃないわよっ!」
 心配は要らなかったようで歌い終わった霜月は吼えていた。霜月からも尋常じゃない魔力があふれる。足りない魔力は道具と準備で補う。人間らしい戦い方だ。
 準備を終えた霜月は声を張り上げる。
「エンドレス・シンフォニック・アンサンブルッ!!」
 魔王が目を瞠る。
『うぬ?これはまずいかもしれん』
 霜月が大量に筒のようなものを一斉に投げまくった。あれは“音”の力を記録する魔法具だったはずだ。
 そして霜月が詠唱で蓄えた魔力を一気に逆流させ散らばったそれにぶつける。
「はあぁぁぁぁっっ!はっ!!」
 最後の強烈な叫びとともに筒が割れて全ての“音”が共鳴し、魔王とエーテルを襲う。
 暴力的だが、どこか美しいその振動は全てを駆逐していった。
『うおおおぉぉぉっ!!』
 召喚されたばかりで力を存分に振るえない魔王が急いで魔力をぶつけるが指向性のない応急処置では間に合わずエーテルの魔力供給もろとも消し飛ぶ。
 神が張った観客席との境界が震えた。
 全てのハウリングが終わるとフィールドに立っている人影は霜月とエーテルだけだった。魔王は強制的に帰還させられたようだ。
 向かい合うようにしていた二人のうちエーテルだけがばたりと崩れるようにして倒れた。
『勝者!シモツキィィィッ!!』

「すごいですっ霜月さん!!」
 リフトに帰ってきた霜月に神楽が飛びついた。
「へへっ見た?あたしの最強魔法」
「ああ。すごかったよ。魔王も倒しちゃったしな」
 人差し指と中指を立てた霜月の顔は誇らしげだった。
「お見事であった」
 ふうと言って霜月は座り込む。かなり疲れたようだ。素晴らしい出だしを見せてくれた霜月に残る三人も意気込む。
『続いて二戦目っ!フィールドが変わります!』
 ものすごい音とともにフィールドがジャングルに変わった。
「なんでもありなのは開催者側もだな…」
 向こうをみるとゴリラもどきが嬉々として降りていくのが見えた。実は本当にゴリラなんじゃないだろうか。
「俺がいく」
 当然のごとく竜潜が降り立った。
『それでは二回戦!ゴリラじゃないよ、格闘家グオ・リーラ!お相手はイカすぜおっさん、拳の達人リュウセン!』
 ドオオォォーンとコングではなくゴングが鳴った。
『勝負を中継するかい?お二人さーん!』
 要らんというように二人は首を横に振った。
「「漢の戦いだ!」」
 無駄に息ぴったりな二人は実はライバルになっていたのだろうか。ってかゴリラしゃべった…。
 それから約一時間はかかっただろうか。
 見えないジャングルの中であちこちで爆音がしたり、木が倒れたり吹っ飛んだりするのが見えるだけで勝負の行方がどうなっているのかは全くわからなった。
「どうなってる…」
「心配です」

 突然、終了のゴングが鳴った。
 フィールドがグラウンドに戻ると三倍くらいの大きさになったゴリラが倒れていた。憑依系か変身系だったのかもしれないが戦いの真相は、竜潜とゴリラのみぞ知る、である。
「何ででかくなってるんだよ…」
 その横にはガッツポーズを決める竜潜が立っていた。スーツは破れていてふんどし一つの姿だった。
『またしても勝者は十一月党!!これでガイナ・ロストは後がなくなりました!』
 リフトに戻った竜潜は熱気と汗を体中から滴り落としていた。
「おめでとうございます!竜潜さん」
 神楽は少し離れてねぎらいの言葉をかける。
「お疲れさま。とりあえず早く服着なさいよ、服」
 霜月はだいぶ離れてそう言った。これだから女性陣は全く。
 天正と竜潜は拳をぶつける。
「どうだった?」
「いい戦いだった、とだけ言っておこう」
 満足げな竜潜の表情は爽やかだった。
「そうかい」
 交代制なので次の試合に向けてもうステージが変わり始める。向こうでは春待、いやスノウが動くのが見えた。
「次は私の番ですね」
 神楽がリフトから舞い降りていった。
『続いて三戦目!鉄壁の殺人スマイル、スノウ!対するは巫女さん巫女さんイエイ!神楽!』
 フィールドは狭めの和風の道場だ。板張りの床がドームには似合わない空気を作り出している。
 端と端に二人は向かい合う。
 ドオオォォーンとドラが鳴った。
 その音ともに春待が走り出した。いつもとは違う日本刀を抜いている。
 短く何かを唱えた。
「雪花」
 春待が消えた。そう見えるほど早く動いたのか、はたまた魔術か。
「えっ?」
 神楽が悲鳴ともとれる声を漏らした。
「鬼…」
 戸惑う神楽の後ろに突然春待が現れた。
 春待が日本刀を振るとパリンと割れるような音がしそうなくらいあっさりと結界が破れた。
「対退魔刀!?」
(なんでそんなものをあいつが…?)
「突!」
 結界が解けると日本刀を投げ捨て続いて左腰から抜いたレイピアをスノウが神楽の首の付け根目がけて突き出した。
「っ!」
 最終防衛結界で刺さりはしなかったが急所を突かれ、衝撃がもろに伝って神楽が崩れ落ちる。カランと薙刀も転がった。
 あっけないまでに短い戦いだった。
『…勝者はスノウ!』
 終了のドラが鳴ったような気がした。天正たちは呆然とする。
 霜月がやったように短期決着を見込んでの対退魔刀だったのだろうが、あまりに早い勝負だった。
 リフトに運ばれてからも神楽は気絶したままだった。
 回復を待つ間もなくステージが変わる。反対側でガイナが腰を上げた。
 いよいよ天正の番だ。言うなれば大将戦。
「行ってくる。神楽を見といてくれ」
「うん、がんばって」
 霜月が無理にでも笑ってくれる。
「いってこい!」
 ドンと竜潜が背中を押す。
「ああ」
『さあ泣いても笑っても最後!ガイナが勝てばガイナ・ロストの優勝、テンショウが勝てば十一月党の優勝だ!』
 戦いの火蓋を切って落とす銅鑼の音が遠くに聞こえた。

 フィールドは退廃をイメージさせる廃れた町の一部のようなステージ。境界いっぱいまで広がっている。
 中央でガイナと向かい合った。
「勝たせてもらうぜ」
「ふん言っておけ」
 今なら出来る気がした。
 今なら勝てる気がした。
 仲間のために。
「紅火、いくぞ」
 呼びかけるようにして、紅火を抜くと前に構えた。
 第三段階目のイメージは入ってきた。しかしこれでは勝てない。ガイナも相当強化してきていると本能が告げている。

(更に上、四段階目…四段階目だ。強く、もっと強く!力を貸してくれ!)

 紅火の炎がドームを覆った。
 ただ炎の明るさだけが狂ったように巻き荒れた。
 炎の中で空間が歪む。
 熱風が消えると天正の横に三人の人影が立っていた。
 紅火の力で呼び出された使い手たち。
「…」
 その剣は蒼雨。コバルトブルーの刀を持った赤髪の凛とした女の子が立っていた。
「…」
 その剣は輝雷。輝きに満ちた刀を手から生やしたように持つ青年が立っていた。
「…」
 その剣は翠嵐。緑を彷彿とさせる大剣を持った勇者が立っていた。
「全力で相手させてもらうっ!」
 その剣は紅火。燃える熱き魂に宿ったその力は別世界から新たな力を呼び出した。
 これが四剣に秘められた第四段階目の力だった。
「ほう、少しは楽しませてくれそうだな」
「無駄口を叩いていられるのも今だけだ、ガイナ!春待は返してもらう」
 春待という言葉にガイナが眉をひそめる。
「洗脳も解けていたか、つまらん」

 どこからともなくそよ風が吹いたのを機に、四人の四剣の使い手達はガイナへと攻撃を開始した。 

 天正が走り出すと残りの三人はただついて来た。それぞれに意思がないようにも見える。
 呼び出された使い手達は元の世界に身体の半分と精神の半分を残して来ているいわば分身なのだがそれを天正はそれを知る由もない。
 確固たる意思を持たずあくまでもサポートとして呼び出された使い手達は天正の意思に共鳴して動くだけだ。だが、それでも相当な力を発揮するのはさすが使い手に選ばれた者達といったところだろうか。
 もし負けても呼び出された使い手本人達には極力被害が及ばないように出来ている、四剣はそういう剣だった。使い手にそっと力を貸す。
 無言で人形のように付き従う彼らも天正がガイナに接近し攻撃を開始しようとすると剣を構える。
 紅火を炎が纏い、ガイナを襲おうとするが不可視の障壁に阻まれた。
「うらああああっっ!」
 力ずくで天正はガイナの周囲に張られた防護魔術を破ろうとする。ほかの使い手達も攻撃を加えると壁はすぐに破れたものの、その稼がれたわずかな時間がガイナの次の一手へと繋がった。
「来たれ我が僕よ」
 その言葉を合図にガイナと天正達の間に一斉にガイナ・ロストの下っ端勢が召喚された。その数はざっと300はいるだろうか。
「なっ…!」
「霊体として我の体内に吸収していた下僕どもだ。せいぜい相手をしてやってくれ」
 ガイナは人垣の向こうに消えていった。
「逃がすかっ!」
 駆け出そうとした天正の前をあっという間に下っ端どもが遮る。
「くそっ雑魚どもが」
 天正達は余りにも多いその援軍を無視して進むことも出来ず、ガイナを見失った。
「ありかよ、こんなの」
 自分も使い手を呼び出しているのだ、反則になるはずがない。

—そんな光景を見ていた観客達。
 
 十一月党サイドではまだ神楽は意識を失っていて、竜潜と霜月が戦いの行く末を見守っていた。
「ガイナ・ロストが四人だけのはずはないと思っていたが、せっかくの数の利が覆されてしまったな」
 竜潜はガイナの行方を目で追っていたが建物が入り組んだステージの都合上すぐに見失ってしまった。もっとも手助けなどはできないのだが。
「他人事みたいに言わないの。それでもあいつなら勝ってくれるはずよ」
 霜月は心配そうに天正を見つめていた。
「そうだな。俺らには信じることしかできん」

 ガイナ・ロストサイドではただ無言でスノウがステージを傍観しているだけだった。

 そして神はゲスト席でゲスト達とともに観戦していた。
「四剣による越界召喚…。あの天正って使い手はまだ剣を使い始めて一ヶ月ぐらいでしょ?すごい成長ね」
 漆黒のゴシックドレスに身を包んだ金髪の少女が言った。漆黒からのぞく肌は月のように白い。
「少しだけヒントをあげたけど、四段階目までいくとは驚きだよ」
 神がとぼけて言ってみせた。
「とはいっても四人になったアドバンテージが崩されたのでは意味がないかもしれんがな」
 漆黒のマントを身に纏った大男は低く重い声で言った。全てが漆黒、いや闇のような男だ。
「越界召喚は少人数戦の時にこそ威力を発揮するものだからね、確かに分が悪い」
 その言葉は的確に今の天正たちの状況を言い表していた。
「せめて彼らが自分の意思を持てればいいのに」
 少女がステージをながめながら淡々と言った。
「身体だけでも難儀なのに、そう簡単に魂も世界を越えられたらかなわないよ」
 ステージでは天正を筆頭にする四人がまとまって三百人を相手にしていた。個人個人が十分な力を持っているのなら分断して相手したほうがよさそうなものだが使い手達は考える意思を持たず天正の周辺で戦いを共にするだけだ。
「それなら、あたしが手を貸してやってもいいのかしら?」
 少女が反抗するように言った。
「冗談を言わないでくれ。君達が干渉したら大変なことになる」
「直接手を出したら、でしょ?」
 少女は立ち上がってステージを見据える。
「何をする気だい」
「半身半霊で召喚された使い手達が完全に実体化する条件は知ってるかしら」
 意外なところに神は不意を衝かれる。
「…。使い手本体に密接な関わりがあるものを見せる、だったか」
「そう。こちらの世界も使い手のいる世界と繋がっていると認識させる仕組みらしいわね」
「でも、どこから来たのかも分からない彼らをどうやってその方法で実体化させるつもりだい」
 確かに使い手たる彼らが主体となる人格を得ればかなりの力になるだろうが、それはよほどのことがない限り起こらない。使い手を予想し得ない越界召喚から身を守るセーフティーが半身半霊の召喚である以上、完全に実体化させてしまえば危険が伴うということだ。
 異世界から呼び出すが故に設けられたこのセーフティーが解除されることはまずないと言っていい。別世界に関わりがある使い手などそういないはずなのだから。
 だが、今それをやって見せようと言う彼女の真意を図りかねて神は困惑していた。出来っこないはず、そう思いたかった。
「簡単よ、あたしがあいつの目の前に行けばいい」
「は?あいつ?」
 予想の斜め上を行く解答を神は理解できなかった。
 少女の見つめる先にいるのは大剣を振り回す使い手、翠嵐の勇者がいた。
「ちょっと中に入らせてもらうわよ」
「ま、待て!」
 神の制止もむなしく、少女はステージを覆う結界などそこに存在しないかのようにすり抜け、さらに瞬間移動した。

 激戦の最中だった。
 天正の視界の端に金色の髪をした少女が映った。ドレスが翻るのを見たような気もする。
(ゲスト席にいたやつか?…いったいどうやって?)
 少女は一瞬だけ翠嵐を操る勇者の前に現れたかと思うと耳元に何かを囁いて消えた。慌ててゲスト席を振り向くと何事もなかったように少女は立ってこちらを観戦していた。
「なんだったんだ…?」
 不可解な行動の意味を探る前に次の下っ端が攻撃を仕掛けてきたため天正の思考は中断させられる。
 直後、異変が起きた。
 後ろから吹く突風。天正を避けるようにして風は目の前の敵を五人ほど一気に吹き飛ばした。
 急に強くなった援護に天正は振り返る。
 大剣に風を纏い構える勇者の目は先ほどまでとは打って変わって輝いていた。まるで別人のようにというより、それが本来の姿なのだと言わんばかりに、確かな存在を感じさせる。優しさと強さを兼ね備えたかのような目だった。
「紅火の使い手、でいいのかな?」
「!?」
 今まで人形のようだった彼が突然喋ったのだから天正は驚愕した。
「あらためて翠嵐の使い手として協力させてもらうよ」
 勇者は天正に微笑んだ。

 神はゲスト席に戻った少女を焦燥に満ちた目で見た。
「なぜ、あの使い手を実体化できた?」
 少女は金髪をかき上げて問い返した。
「どうしてだと思う?」
 取り直して冷静な振りをして訊ねる神の目の奥に怒りすらもが渦巻いているのを少女は見逃さなかったが、気づかないふりをする。
「君とあの勇者が知り合いだったってことか」
「正解っちゃ正解ね。もっと正確に言うならボーイフレンドだけど」
 いたずらっぽく微笑んだ少女は、その一瞬だけ年頃の少女のような振る舞いを見せた。
「?君達が探していると言っていた少年のことか?」
「そうよ、まさか本当に翠嵐を手にしているとは思わなかったけど」
 少女は読み取リにくい感情を込めた目で真の力を取り戻した勇者を見つめていた。
(もうすこし、もうすこし待たないと)
 少女と大男は歯がゆい気持ちで戦いの終わりを待っていた。
 一方、神の顔には戦況が、状況が大きく変わったせいで焦りと戸惑いが生まれていた。
「君達はあんな人間を探していたのか…?」
 神は新たに生まれた疑問の先に何が隠されているのかを理解することはできなかった。
 欺きあう身であるため、互いにそれ以上は何も言えず、彼らに今できるのは戦況を見続けることだけだった。

 廃墟に灰色の煙がいくつも上がる。
 崩れかけの建造物があちこちでさらに崩れていく。
 時には炎が舞い、嵐が吹き、雷が轟き、水流が廃墟を流れる。
 四つの剣の使い手とガイナ・ロストが戦闘を開始してから一時間は経っていた。
 四対一で優勢かと思った途端のガイナのどんでん返し。天正たちが雑魚とも言い切れないほどのそれなりの腕のある雑兵共と戦う間にガイナはどこかへ隠れてしまった。恐らくは大掛かりな儀式魔術を用意するためだろう。だからそれを完成させないためにも天正たちは急がねばならなかった。
 そして今、天正達は大半を倒しつくした。
 敵の姿がなくなった廃墟街の中心で天正が凝視しているのは前に立つ翠嵐の使い手の勇者だ。彼の戦闘を横目に見ていたが完全に剣を使いこなしている戦い方だった。一人で半分は倒していたのではないだろうか。
「お疲れ、あともう一息だね」
 振り返って勇者が言った。肩に担ぐようにして大剣を持つ姿はのんびりとした勇者を思わせる。剛柔両方を兼ね備えた強さも。
「だといいんですけどね」
 これだけの乱戦にも疲れた素振りもないその勇者はいったいどれほどの実力者なのか。戦い方からしても経験、技術、センス、どれをとっても天正の及ばぬ領域にあるように思えた。
「おっと、」
 物陰から飛び出して後ろから刺そうとした雑魚の一人を振り返ることなく勇者はかわし、その後頭部に大剣の柄で軽い一撃を加えて気絶させた。
「危ない危ない」
 全くそうは思っていないように彼は言った。
「どうして急に実体化したのかって顔をしてるね」
 感心していただけの天正の顔を見ながらそう続けた。
「え?実体化?」
 聞き慣れない単語が出てきて思わず繰り返す。
「あれ?全然そんなこと思ってなかった?まあいいや軽く説明しとくよ、みんなのために」
「はあ」
 天正の後ろにいる蒼雨と輝雷の使い手は相変わらず無言というかロボットのようだった。
「僕も始めは彼らみたいだったでしょ?それがこの剣で召喚した使い手の本来の状態、つまりは半身半霊なんだ」
 天正はまた現れた耳慣れない単語の意味を推測する。
「半身半霊って身体と霊体が半分ってことですか」
 霊体というのはいわば精神の塊、魂みたいなものだ。
「大雑把に言えばそういうことだね。詳しく言うなら身体能力を引き出すために身体の存在事象を半分だけこっちに持ってきて具現化、プラスで身体を動かすのに必要な戦闘本能とかだけがコピーの霊体としてついてくるってところかな」
「??意味不明です」
「だよね。まあそういうのはどうでもいいとして、結局何が重要かというと、使い手の心とか考えってのは戦いに全く反映されないんだ。戦い方は本人に限りなく近くても、どう行動するかはほとんど剣のAIと君に依存するからね」
「なるほど、だからこんなロボットみたいな動きをするんですね」
「そういうこと」
(あれ?だったらどうして今こうしてこの勇者は自分の意思で話しているのか)
「あなたは…?」
「そう。そこで今の僕がどういう状況かという話になるわけだ。使い手の間では実体化、って言われてる」
 話が整理されてきておぼろげにその意味を予想しながら天正は次の言葉を待った。
「半身半霊で召喚された使い手の本体は元の世界に残って普通に生活し続けているけど、実体化された使い手はほぼ完全にこの世界に移動すると言って過言ではないんだ」
「それが実体化…」
 勇者は頷いた。
「だからこうやって自分の意思で動けるし、君と話も出来るというわけさ」
 実体化の意味を納得した天正はもう一つの疑問が浮かんだ。
「でも、どうやってその実体化をしたんですか」
 説明する前に勇者はゲスト席のほうを見た。
「自力で実体化したという話を聞いたことはない。僕が知っている実体化の方法は使い手に関係のある人や物が移動先で接触するってのだけだ」
「関係のある人ってあの女の子ですか?」
「そう。彼女が僕を実体化させてくれた」
 先ほどの少女はやはり見間違いではなかったようだ。
 勇者は剣の切っ先を下ろした。地面に刺さった刃は重い振動を起こし土埃を起こした。
「彼女、ルナが僕に言ったことは一つ。君の手伝いをすることだ」
「あの人が?」
「うん。なんか理由があるんだろうね。まあルナは絶対に味方だから安心していいよ」
 そう言う勇者の表情は優しく、愛する者を慈しむような目をしていた。彼にとって彼女は大切な人なのかもしれない。
「さて、ターゲットを狩りに行こうか」
 これで、話は終わりと言うように勇者は言った。結局剣の仕組みはなんとなく分かったものの、彼自身や少女の素性は分からないままである。
 勇者は翠嵐を、高く掲げ風を操り始めた。天に高く刃を向けるその姿は大地に愛された勇者そのものだった。
「もう手下はいないはずだから後は…」
 風の振動でガイナを探っているようだ。そんな使い方もあるのかと感心する。
「見つけた!ちょっと離れて」
 その声で天正たちは少し離れる。勇者はガイナがいると思われる向きを向いて翠嵐をさら高く掲げた。元々大きな両刃の剣はさらに剣幅が広がリ長くなる。刀身は竜巻のように大気を宿らせ、ジリッと勇者は右足を踏み込んで翠嵐を振り下ろした。
 ハアアアアッッ、と言うかけ声と共に技名が叫ばれる。
「烈・風・斬!!」
 その技名はちょっと…と思ったが触れないほうがいいだろう。確か某アニメに出てくる必殺技かなんかの名前だったはずだ。
 解き放たれ荒れ狂った強風は大通りに面する瓦礫を巻き込みながら一直線に進んでいく。名に恥じず、その激震はあたかも龍が大地を抉っていくようであった。
「すごい…」
 舞い上がった土煙すらも飲み込んで風は遠くまで蹴散らしていく。このままガイナが倒されてくれれば楽なのだが。
「あちゃー間に合わなかったか」
 勇者がぽつりと言った。
「え?」
 風の進んだ先に、巨大な氷の壁が見えた。ガイナの魔術には違いないのだろうがあの壁を作るためだけに時間をかけて儀式魔術を実行したのかと怪しんでいると壁が動いた。
「!?」
 氷の壁にはよく見るとたくさんの鋭いとげのようなものが生えていた、動き始めたその氷の何かの上にガイナは立っていた。その足元の氷塊がゆっくりと開くとみっしりと並んだ白い牙が見えた。そして紅い目が開かれる。
「…ドラゴン!」
 その姿はいかにも氷のドラゴンという風貌だった。
「召喚魔術か…」
 勇者のその言葉どおり、どこからどうみてもそのドラゴンは異世界から召喚された生き物だった。またしても召喚魔術、ガイナ・ロストでは重視されているのかも、とどうでもいいことをふと天正は思った。
 ドラゴンはその頭を風をぶつけてきた天正達に向けた。いや、風は勇者がやったんですという訳にも行かない。
 その大きな口が開かれ周囲の空気を白く染めた。よくドラゴンが吹く火の代わりに凍えるブレスを吐いてくる気だ。
「来るよっ!」
 咄嗟に出した天正の炎の障壁と勇者の風の見えない壁が凍てつくブレスとぶつかった。急な温度変化で突風が吹き荒れる。
 わずかに触れたブレスは信じられないほどの冷たさだった。まともに食らったら即死だろう。
「グォアアアアアアッッッ!!」
 間髪いれずにドラゴンは羽ばたいて宙に浮き、そのまま一本一本が鋭いナイフのような爪を光らせ天正達のほうに飛んでくる。しかしブレスを止めるのに必死だった二人は避ける隙がない。
「まずいっ!」
 何とか一足早く体勢を取り直した勇者が数メートル前に走り進んで剣を盾にするように持ち変えた。まさか何倍もの大きさのドラゴンを止める気なのか。
「はあぁぁぁっ!」
 雄叫びと共に翠嵐とドラゴンの爪が火花を散らして衝突する—吹き飛ばされるかに思えた勇者は地面から離れることはなく押されつつも滑りながらドラゴンの速度を落としていく。
「大地の猛りを聞けえぇぇっ!!」
 勇者がどこかで聞いたような気がしなくもない若干オーバーな台詞を叫んでドラゴンに対抗する。
 両者譲ることなくせめぎ合った。勇者のどこからそんな力が生まれるのかは分からないが、ドラゴンにも負けず劣らずの力だ。
「ギシャアアアアァァァァッッッ!!」
 ついには均衡して静止させられたドラゴンに勇者は続けて翠嵐を叩きつけるかのごとく斬撃を浴びせる。無論ドラゴンも怒り狂って巨大な鞭のような尻尾や氷のブレスで応戦した。
 風と大地の力が氷の力とぶつかり合って他者にはどうすることもできない領域での大激闘。
 それはドラゴンの上にいたガイナも同じで勇者一人とドラゴンが互角と分かると逃げるように飛び降りた。
「っ!君はガイナを!僕はこいつを—」
 言われるまでもなく天正はガイナを追う。正直勇者がいてくれなかったらあのドラゴンを抑えられていたかは分からない。だからこそ天正は自分の役目を果たす。
 勇者とドラゴンが戦う大通りにクロスする少し小さめの通りでガイナと天正は改めて対峙した。
「思わぬ伏兵だった」
 逃げることをやめてにらみ合うガイナは未だに粉塵を巻き起こしている戦場を見ながら言った。確かに勇者の強さは天正の想定も超えていた。
「ああ、おかげでもうお前はドラゴンも使えないぜ。さっさと諦めて降参したらどうだ」
 紅火を構える天正の後ろには蒼雨と輝雷の使い手もついている。対するガイナは一人。明らかにこちらが優勢なのにガイナはまだ余裕を見せている。いったい何がその余裕を生むのか…。
「確かにもう用意した魔術は使い切ってしまったがな、まだ終わりじゃない」
「そうか。それは残念だ」
 ガイナは両手を広げた。何かを呼ぶようにも受け入れるようにも放棄するようにも見えるその体勢は何をしようというのか。
 天正は次の一手を読もうと身構える。
「“権利”を手に入れてからのつもりだったんだがな、止むを得まい」
「…?何の…話だ?」
 ガイナはフッと笑ったかと思うと幾分か低い声で呪文のような何かを唱え始めた。新しい魔術でも撃ってくるつもりか。
「させるか!」
 わずかな間合いを詰めるべく天正は斬りかかる。
 近づいた天正の耳に呪文が聞こえた。
「ちちんぷいぷいひらけごまー、なんつってな」
「!?」
 ガイナがブツブツ唱えていたのはおおよそふざけているようにしか聞こえない代物だった。
(いったい何を…?)
 そのままガイナは広げていた両手をバシンと閉じた。直後ガイナの周辺を薄い光の球状の結界のようなものが覆う。必然的に近づいていた天正も下がる間もなくその中に含まれる。
 呪文を装ったのは接近を誘う罠だった。あっさりと騙されてしまった天正に今度はガイナが一瞬で近寄る。
 反応に遅れた天正がやられると思った矢先、ガイナはあろうことか腕を伸ばして紅火の刀身を掴んだ。
「その剣の力、使わせてもらうぞ」
「は?」
「Quaver of world」
 意外にも直後に起きた目に見える変化は天正が軽く紅火とともに吹き飛ばされたぐらいだった。
 それ以外は何も起きなかった、ように見えた。正しくは変化が大きすぎて人間の目に見えるまで時間がかかっただけだったが。
 急に天正は脳内が混濁したかのように物事がまともに考えられなくなった。
 目の前の光景がテレビに映し出される映像のようにも見える。自分の存在が揺らいでいる、心の奥底でそんな気がした。
 次にステージを覆っていた観客席との仕切りである不可視の壁が消えた。これまた正しくはガイナの動きに対して神自身が消したのだが。
 天正は何が起きているのか、理解はおろか考えることすらできなかった。ただ呆然と繰り広げられる光景。
 焦ったように試合を中止した神がステージに下りてきた。ゲスト席にいた少女と大男も。

 ぼうっとしながら見るだけ。
 何が起きてる?とは思わない。
 ここは?と今を忘れる。
 俺は?なんだっけ。
 …おれ?
 あれ?

「おいっ!おいってば!」
 眼というレンズの向こう側で近くなのに遠くで誰かが自分を呼び、肩を揺さぶっている。
 まどろみから自分という何かが引きずりあげられていく…
「っ!はあっ!はぁっ!」
 急に呼吸を思い出したように天正は咳き込んだ。一時的に失われていた全ての感覚が元に戻った。
「大丈夫?」
 心配そうに自分を覗き込むのは呼びかけてくれていた翠嵐の勇者だった。
「…今のは…?」
 全てを忘れていくような、何もかもがなくなっていくような感覚を思い出して恐怖を覚える。
「世界そのものが揺るがされたことの副作用とでも言えばいいのかな、ガイナが真っ向勝負をやめて賭けに出たみたい。そのせいでこの世界の住人の君達も余波を受けたんだ」
 君達、という言い方に引っ掛かりを覚えて観客席を見ると、同じように竜潜や霜月も苦しんでいた。何とか無事なようで竜潜が手を振る。
 大事には至らなかったようなので安堵して手を振り返すと、もう一度天正は自分の目と感覚で周りを見る。
 後ろには変わらず二人の使い手と横に勇者。前では神とゲストの二人がガイナと対峙していた。
「あいつは…何をしたんですか?」
「だから今言ったように、世界そのものを揺るがしたんだ」
「世界そのもの…?」
「僕も詳しくは知らないけどガイナはそういう力を持ってるんだろう?」
 天正や竜潜のいた世界を一つにしたぐらいだからガイナがそういうことを出来たとしても確かに不思議ではない。だが、ならばなぜ初めからそれをしなかったのかが気にかかる。さっきガイナが言っていた“権利”という言葉の意味も、紅火を使うと言ったことも。

 いや、世界を一つにするとか、ゆさぶるとか以前に彼らの言う“世界”とはそもそも何なのだろうか。それはこの一件に関わってから天正がずっと疑問に思っていたことだった。
 その答えを、あるいはその一部を、神さまはもちろん、この勇者や目の前の少女達、そしてガイナも、知っているのだろう。
(…それを俺は知ることが出来るのか?…というか知ってもいいものだろうか?むしろ知るべきなのだろうか?)
 加速するように天正の中で疑問が膨らんでいく。

 勇者に聞いてみようかと思ったが、さすがに神さま達もずっと目から火花を散らしあうわけにもいかなかったようで、それどころではなくなった。というよりそんなことを考えられる状況ではなかったということを思い出す。
 神とその客人である少女と大男、さらにはその後ろにいる天正と勇者を前にしてもガイナは一人堂々とこちらに向かい合っていた。余裕のある態度は依然として換わらない。
 お互いに一歩も動き出さない異様な状況。
 こちらの戦力の方が絶対的に上回っているはずなのに、それでもなお神達が手を出せないほどの何かをガイナは持っているのだ。
「あんたがそれ以上世界そのものに手を出し続ければ、あたし達も黙ってるわけにはいかないわよ、分かってる?」
 少女が言った。金色の髪がたなびくその姿は廃墟の中でも静かに輝いていた。
「よく言う、さっきから姑息な真似をしているのはそちらもだろう?」
 勇者の実体化のことをガイナは気づいていたようだ。
「そうだとしてもお前がやろうとしてることはたかが一人間が手を出していいレベルを超えている」
 大男が怒気を含んだ空気を張り詰めらせるような声で言った。
(たかが一人間?)
 その言い方だと自分は人間ではない、そういう意味にも取れるなあと天正は思った。そうなると神のゲストというぐらいだから神同等の何者かか、はたまた別な神そのものなのかもしれない。
「我はもはや人間の領域を超えている。どちらかというと貴様らのような存在に近いと思うぞ」
 反論は思わぬところからあがった。
「確かに世界を操作する力はすごいかもしれないけどね、それだけじゃ神や王は務まらないんだよ」
 横にいた勇者が剣を垂直に地面に突き刺してその上に手を置いて言ったのだ。
「剣の使い手ごときが知ったような口を…」
 ガイナが右腕に魔力を込めて振り上げようとする。
「もうやめにしないか?」
 またまた意外なところからの提言。
 今度はガイナが動き出す前にさっきから黙ったままだった神が口を開いたのだ。
「どういう意味だ?」
 素直にも動作を止めたガイナが問い返す。
 神は続けた。
「神がどうとか、王がどうとか、世界権があるだのないだの、ちっぽけな世界ごとの中で張り合って、他の世界を奪ったり奪われたり。そんなことを続けていって何になる?人間もどの世界の住民もその中で完結するだけだ。それを見守ろうが支配しようが結局は過去の模倣に過ぎないし、いずれ滅ぶ運命でしかない。だったら違う可能性にかけてもいいじゃないか。…まちがってるかな?」
 天正には神が急に長々と語り出したその言葉の具体的な意味は分からなかったが…
(その言葉は誰に向けられたもの?)
 そう感じた。
 少女と大男がさっと跳んで、神から距離を取る。なぜ?
 ガイナはにやりと笑った。
(何だ?どういうことだ?)
 また状況が激変しつつある、それだけはその中に巻き込まれている天正にも分かった。
「それがお前の出した結論か、第七地球神」
 神の言葉に答えたのは大男だった。
「なんかおかしいとは思ったけど、やっぱり君達はわかっていてこの茶番に付き合ってたんだね」
 神が言った。
「さあどうだか」
 少女はとぼけ返した。
「いつから、どうやって…なんて聞くのは…愚問か。どのくらい知られてしまっているのかは分からないけど邪魔するなら容赦しないよ?」
「それはこっちの台詞よ。あんた達がやろうとしていることをすればあたし達はおろか、WUからも除名どころか潰されるわよ」
「いいんだよその 程 度 。独立世界の君らには分かんないだろうね、あの腐りきった世界像が」
 神はふわりと浮き上がったかと思うとパッと消えてパッとガイナの横に現れた。
 天正たちの方を向いていた。つまりそれが意味するのは…
(…それじゃあまるで、神さまがガイナの味方みたいじゃないか)
 神への裏切りならぬ、神の裏切り。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「だから腐らないために独立してんのよ」
 敵対した神には驚かず少女は答えた。
「それでも現に、月神姫たるルナ、冥皇たるファルデス、君達は同盟しているじゃないか。一緒だろう」
 仰々しい名前が出てきた。
 言葉から察するに少女はさっき勇者が言っていたようにルナという名前のようだ。消去法で大男はファルデスということになる。
(この二人もやっぱり神さまか…)
「一緒にしないでくれるかしら。別に仲良しごっこを演じようってわけじゃない。ただの共同戦線よ」
 ぱさっと髪を振り払いながらルナが言う。
「WUも初めはそうだったのを知っているだろう。馴れ合いはやがて腐敗を生む」
 悲観に満ちた目で神は言った。
「決め付けるな!僕らはWUのようにはならない!」
 途端に叫んだのは勇者だった。
「?なぜ君がそんなことを言う?四剣の使い手といっても、それこそさっき冥皇がガイナに言っていたように君もたかが一人間だろうに。そもそも君がなぜ一人間でありながら月神姫や冥皇からそこまで信頼されているのか理解に苦しむね」
「あんたになんか理解されなくてもいいわよ」
 少女がちょっと拗ねたように口を挟んだ。
「だろうね。でも、ただ、君も邪魔しようとするなら火傷しても文句はなしだってのは分かってるよね?」
 神が勇者に向かってやんわりと言った。目は笑うどころか冷たい。
「もちろんだけど、火傷するのは案外そっちかもしれないよ」
 そう言う勇者も神に似て口調も物腰も優しめなのに、両者の間には刃のような空気が交わされる。
「ははは。言うね。そろそろ本気で怒るよ?人間」
 急に神の声が重くなった。眼の色が赤に変わる。
「こっちはもう怒ってるんだよ。第七地球神、いや、現アース統合管理者代行」
 臆することなくそう言い返した勇者の言葉に神の目が驚きに変わった。
「…まさかっ、君はあちらの人間なのか…?でもどうして…あっち…エースの人間がこちらに存在できる??それが君と月神姫達が共にいる理由なのか?」
 次々と思うままにクエスチョンマークを重ねる神は本当に驚いているようだ。
「さあね。だけど僕も僕が始めた夢を終わらせるまでは誰であろうと邪魔するやつはねじ伏せてでも進む、それだけは言っておくよ」
 大胆不敵に言ってみせた勇者に神は再び眼を赤く光らせる。
「神が相手でもかい?その夢とやらが何かは知らないけどいくらなんでも自信過剰だと思うな」
「そう思っていられるのも今のうちだ」
 互いに譲らない。
「大した自信だね、だけど月神姫だろうが、冥皇だろうが、エースの人間だろうが、もう止められやしないさ」
 神の手にクリーム色の光球が光りだす。
(ってか俺、数にも入れられてねえ…)
 先ほどからずっと置いてけぼりの天正は途方にくれて蚊帳の外から彼らの戦いを見ているだけだった。
「星霊の相性か。確かに言うとおり不利な僕らには止められないかもしれない、でもならばなぜ君は逃げようとする?」
 勇者が神に問い詰める。
「っ!」
 神の手から足元に落ちた光球を中心にカラフルな光の輪が広がる。かつてガイナに封印されていた神が解放されたときと似ているが光の量が桁違いだ。今思えばあの封印も演技だったのかもしれない。
「それは世界移動の魔術だよね。相性で勝る君なら今僕らを倒していけばいいのに、なぜ異世界に逃げるんだい?」
 更なる尋問。神は答えない。
「…」
「ガイナの世界操作の力を借りて第七地球を中心に第四、第十、第十一地球を結合してでも、第一地球に閉じこもった彼からは世界権を奪えなかった…違うかい?」
 完全なる確信の上での勇者の質問は形式上だった。その答えは神の反応でおのずと知れる。
「…」
 世界権とはさっきガイナが言っていた“権利”のことに違いないのだろうが、もう天正には彼らが何を言っているのかさっぱりだった。
「世界権は絶対的優越のもとに不動の力だってのは一端の神である君にも初めから分かっていただろうに…」
「黙れ!」
 迸るまでに紅い眼光を光らせる神は世界移動の魔術とは別に攻撃魔法を放つべく魔力を発する。
「ルナ!」「レオン!」
 神が動き出すと共に少女と勇者のお互いを呼ぶ声が重なった。息の合った動きが展開される。
 ルナが空中に腕を伸ばして弓を引くように動かす。弓はなくとも引き絞られた腕の間に光の矢が生まれた。
「私達じゃ相性が悪いってのは分かってんのよ!」
 勢いよく放たれた矢は空中で何十本にも増え、降り注ぐ月光のようにガイナと神を襲う。
 半分を神が発動しようとしていた魔法で無造作に打ち消し、半分はガイナが黒い霧のような障壁で防ぐ。いとも簡単に止められたが、生半可な攻撃ではなかったはずだ、それが相性なのかもしれない。
「分かってるならそこで指を加えて見ておけばいいだろ!」
 神は悲痛の声で叫ぶ。
 だが、ガイナ達のその防御に回った一瞬の隙に勇者が翠嵐から風を放った。
(ん?ただの風?)
 攻撃ではなく風を飛ばしただけというのはこの状況ではいささか奇妙ではある。もはや天正はただの観戦客か解説役のように戦闘を見ている。
 そこそこ強い程度の風は一筋に細まりガイナの首を掴むように纏わり付いた。首をそのまま絞めるとかいう強さの攻撃ではないのがなおさら謎を深める。
「ん?なんだ?」
 訝しむガイナもそこまで慌てはしなかった。首を引っかいて風を取ろうとするが掴めない風は服の中に入っていった。あんな操り方もあるのかと感心する。その意図は分からないが。
「何のつもり?」
 神が対風魔法を発動しようとする。
「よしあった!天正くん!」
 勇者が叫んだ。
「えっ俺っ?!」
 突然の指名。ちょっと焦る。
「蒼雨の使い手をこっちに動かして!」
「はい?蒼雨の使い手??」
 さらに奇妙な指示。とりあえず言われた通りに天正は後ろにいた蒼雨の使い手の赤髪の女の子が前に進むように念じた。剣のAIが作動して女の子はレオンの近くまで走っていった。
 神が対風魔法を放つよりもわずかに早く勇者が動く。
「相性が悪いから良い仲間に助けてもらうんだよ」
「仲間…?」
 対風魔法がガイナを包むすんでのところでガイナの服から風が躍り出た。風がきらりと光る銀色の何かを運んですぽりと勇者の手に収まる。
「これは君のものなんでしょ、アキさん?」
「「!?」」
 ガイナの首元から勇者が奪ったものは金属板のネックレスのような何かだった。それを勇者はアキの手に握らせる。
 それをうつろな目で見た瞬間、アキと呼ばれた蒼雨の使い手の赤い目が輝いた。
 人でもいい、物でもいい、使い手と深い関わりのあるものは半身半霊状態から使い手を実体化させる。それを天正が見るのは二度目だった。
「あーまた実体化された…勝手気ままね。この剣も使う人も」
 実体化の証拠にアキが口を開く。アキは手に持っていたタグを見る。
「これの持ち主は?」
 勇者がガイナを指差した。アキはじーっとガイナを見つめていた。
「そうあんたが…あの時の」
 アキは残念がるようにして首を振った。そしてそのタグをガイナに投げ返す。受け取ったガイナは不審そうにアキを見る。
「また実体化…だって?!ガイナ、それは何?」
「わ、我も詳しくは知らん。時空迷子として帰ってきた時に持っていたとしか聞いてない、ただ護符としてずっと持っていたのだが…」
 動揺がガイナ達に走る。偶然にしては出来すぎているような話だ。
「一応命の恩人なんだけどなあ。…結局自業自得ってことになるのね、はぁ」
「「…?」」
 かつて幼き頃のガイナがこの少女アキにより救われたことなど本人が知るはずもなかった。ただ、救ったがゆえに、時を経て訪れた災厄にもアキは巻き込まれただけのこと。果たしてはこれも必然か。
 アキは口をつぐみ、蒼雨を抜いた。
「マルチブレードアタックシステム起動。流刃・時雨」
 コマンドと共に蒼雨が幾股にも分かれさらには宙に浮く。八本に分かれた小刀は透き通る水の如き刃をもって、アキを取り囲んだ。
 剣とは思えない使い方にガイナ達は一応臨戦態勢に入る。
「時空迷子として飛んだ先までは飛ばしたあんたでも知らなかったようね」
 一触即発の空気の中で、不意にルナが言った。神が怪訝な顔をする。
「それがその使い手の世界だったというのかい?」
「そうよ。それも含めてスワンが教えてくれたわ、あなたのしてきたことを。しようとしていることも」
(また知らない名前…)
 天正は一人疎外感に浸る。紅火にもあんな芸当が出来るのかな、と違うことを考えてこの空しさを紛らわすばかりだ。
「スワン……あの予知能力者かっ!。なるほど、それで知ったか…!」
「それだけじゃないけどね。だから、何度も言うけど、もうそろそろ無駄な抵抗はやめたらどう?」
 勇者が言った。アキは突然の実体化にも慌てずもう立派な一人の戦士となっている、勇者同様に予め聞かされていたのかもしれない。
 世界移動魔術の術式光に包まれるガイナと神は頭数で言え
「無駄?確かに驚いたけど、使い手が一人増えたぐらいで状況は変わらないだろう?このまま逃げさせてもらうよ」
 光の輪がいよいよもって輝きに満ちてきた。術式が完成されてしまうのもあと少しだ。それなのに勇者達は落ち着き払っていた。
「意外と鈍いんだね君も」
 勇者があきれたように神に言った。
「鈍い?」
 少し呆気にとられて神が聞き返す。
「スワンが教えてくれたのはこの未来、君が 逃 げ き っ て し ま う 未来までだよ。だったら僕たちはその先を追える手を打つのが当然だ。そしてこのアキさんは座標。この子を辿って君と抜群に相性の良い存在が僕達の仲間。そこまで言えば分かるかな」
 さらにルナが続ける。
「昔、あんたが描いた未来を見たスワンは自ら介入することであんたの計画を止めようとした。その時の過去の運命そのものは変えられなくても出てくる役者は変えられる。そしてその未来を、要するに今この時を変えるの」
 アキが一言添える。
「あんたよりはいい子になってるといいんだけどね」
 刹那の静寂。
「スワン…に関わる相性の悪い相手…まさか…?でもあそこは完全独立世界じゃ…」
 神の目が点になった。思い当たる節があったようだ。

「嘘かどうかは君の目で確かめるといい、世界を越えて彼女の到着だ」

 勇者のその言葉どおり、アキの頭上から青く眩い光が突如弾けるように瞬いた。
 そしてひらひらと辺りに舞ったのは蒼い羽根。
 ふわりとした蒼い翼を背中に生やした真っ青の髪をした少女が廃墟に舞い降りる。
 見た目で言うなら十五才ぐらいだろうか。しかし持っている空気は鮮烈なまでに清らかで大人びた印象を与える。
 その両手には黒い長剣と、白い長剣。
 色白の肌にはなぜだかフードローブの上に白衣を着るという変わった服装だが不思議と似合っている。
「蒼翼鳥神姫…シアン…!本当に渡り鳥の君が手を組んだのか…っ!」
「紹介どうも。でもね、手を組んだわけじゃないよ、一緒に大空を飛びたいだけ。だから、覚悟してね?」
 鳥がさえずるかのように透明で落ち着いた声は同時に芯のある強さも秘めていた。
「くそっ!とりあえず逃げるぞガイナ!」
「あっちょっと!」
 アキの蒼雨が真横に吹き付ける時雨となって飛んでいったが、刃は空を裂いただけだった。
 やっと完成した光の輪とともに、神とガイナは大慌てでどこか他の世界へと消えていってしまった。
 天正はハッとしてガイナ・ロスト側の観客席を見る。ゴリラやエーテルの姿も消えていた。当然のように春待も。
「くそっ」
 だが逃がしたことに勇者達は動じていなかった。不安を払拭するに足る存在が揃っていたからだ。
「追える?」
 ルナがシアンに尋ねた。
「もちろん、もうしっかり“匂い”は憶えたから。だけどちょっと待って」
「うん?別に時間はあるし、いいけど…どうかしたの?」
「いえ、個人的な理由です」
「ああ、そうか。久しぶりだものね」
 シアンは振り返った。アキと向かい合う。
「久しぶりです。アキ…さん」
 アキと“さん”の間に微妙な空白を挟んでシアンは言った。
 わずかな戸惑いを浮かべてアキはシアンを上から下へと眺める。
「あのシアンちゃん…?なんていうか、君達大きくなるの早いね…」
「はい。アキさんの世界では私がお父さんと一緒にいた時からそんなに時間が経ってないですから、驚くのも無理はないです」
 さらっと時間の流れが違う的なことを言ったような気がするがその程度ではもはや誰も驚きやしなかった。
「うん、一年かそんくらい前だったと思う。お父さんは元気?」
 シアンと、あと勇者やルナたちが口をきつく結ぶ。若干空気が重くなる。
「…お父さんはあの後すぐに他界しました」
 アキが申し訳ないという顔になった。
「…そっか、ごめん」
「いえ。だからこそアキさん、あなたにはずっともう一度会いたいと思っていたのです」
「私?どうして?」

「あなたは、お母さんもいない私にとって、残るたった一人の“親”ですから」

「…」
 何も言わず、アキは泣きそうで泣かない急に普通の少女のようになったシアンを自分の腕の中に抱きしめた。
 さらりと、アキの腕にシアンの透き通る青色の髪がかかった。
 シアンはアキの肩に顔をうずめた。
「強く…なったね。私よりもずっと」
 シアンの耳元にささやくようにアキは言った。
「…そんなことないです」
 シアンは久しぶりに感じた温もりの中で呟いた。
 すぐにアキは離れるとシアンと向かい合う。アキは二人の背の高さがほとんど変わらないことに気がついて言い表しようのない喜びを感じた。
 照れの見え隠れする幼い表情はいつぞやの赤ん坊だったシアンを思わせる。
「頑張ろ。まだやることはあるんでしょ?」
「…はい!」
 シアンの顔に先ほどの強さが増して戻った。

 そして。
 ピシッとひびが入る音がした。
 パリンと壁が割れる音がした。
 ガシャリと世界が壊れる音がした。
 第七地球神によって一時的に作られたこのドームだけの世界が主を失えば崩壊するのは当然のこと。
 天正たちの頭上で世界が砕けていった。
 割れた世界の壁とでも言うべき世界の果てから覗いたのは真っ暗闇の空間。そこはハザマと呼ばれる。世界と世界の間に存在する生きるものは誰であろうと存在できないハザマの世界。

—何もない黒一色に世界が染まった。

 ***

 散ってくる世界の瓦礫に目をつぶった天正が次に目を開けたとき、視界に広がっていたのは炎だった。
 さっき見たのとは違う暗闇の中で紅蓮の炎だけが周囲を渦巻いている。その中で一人立つ天正は熱さも感じなけれ身を焼かれることもなかった。
 温かい。そういう炎だった。
 何十種類もの赤系統の色の炎の中から一際輝く、オレンジとクリムゾンの炎が形をとるように天正の目の前でぐるぐると圧縮していく。
 炎はやがて濃密な球になった。炎球は天正を呼ぶかのように明滅し始める。
 そうするのが当たり前のように天正はその球に手を伸ばす。
—燃えるぜ。相棒。
 ふとそんな声が聞こえた気がした。
 加速するように爆風が吹き荒れ、反射的に天正はまた目を閉じた。

 ***

 モノクロの四角形が並ぶ床だけの世界。あたかもチェス盤のようなその空間はシアンのお気に入りだった。
 白剣の名は虚白またはホロウ・ホワイト、黒剣の名は武劉またはクリア・クラッシュ。
 巨大なチェス盤はたった二対のその剣によって作り出された世界だった。
 そこにシアン、天正、ルナ、勇者レオン、ファルデス、アキ、輝雷の使い手、霜月、竜潜、神楽が立っていた。皆が皆、突然の移動に呆然としている。
「内包世界…。もう剣の領域じゃないわよ、それ」
 ルナが驚嘆の声を漏らす。この剣を剣として使ってる人がそもそも少なすぎるのは事実だ。
「神智を越えた天才オウルの形見、か。渡り鳥の力のみならず、ここまでの技術を完成させていたとは驚きだ」
 遠い友人を懐かしむように言ったファルデスは長くふさりとした黒いあご鬚を撫でながら感心していた。
「確かに剣はお父さんの形見だけど、この世界は私が作ったお気に入りなのです」
 オウルではなく自分で作った世界だとシアンが訂正すると、さらにルナたちが驚愕する。
「シアン、あんたが作ったのこれ?」
「驚いたな、天才は引き継がれたのか…」
 シアンはえっへん、とでもいうように胸を張った。
 彼女らの会話を聞いてやっとここが安全な場所だということを何となく理解した人間組が動き出す。
 天正は戦闘を見守っていてくれた霜月たちの元に向かう。
 神楽は未だなお気絶したままだった。
「なんか、すごいことになってるね」
 霜月が言った。そのど真ん中にいた天正はもっと意味不明だったのは言うまでもない。強いて言うと天正の立場もすごいことになっている、脇役の方向で。
「ほんとだぜ。いったい何がなんだか…神楽は?」
 竜潜が床に横たわる神楽の額を触り、軽く首を横に振る。
「まだ目を覚まさんな。息も安定してるから、寝てるようなもんだろう。あとは夢から覚めてもらうだけなんだが…」
 天正の後ろからシアンがやってきた。
「気絶してる?起こしますね」
「え?」
 シアンの目が刹那輝いた。第七地球神のように色が変わるというわけではなく、何かの力を行使したような輝き。
 天正はその目から発せられたわずかな魔力に似たものをなぜだか知っている気がした。
 直後、神楽がうぅんと目を開いた。寝ぼけ眼をこする神楽に異状はないようだ。
「あれ…?私は…どうなったんでしたっけ」
 霜月が神楽に飛びつく。
「よかった!心配させないでよ、もう」
 何がなにやらという神楽に説明するのは霜月に任せよう。自分たちもよく分かっていないのだが。
 天正は神楽の無事を確認すると、シアンの方に振り返った。
「上手くいってよかったです」
 シアンがほっと胸を撫で下ろす。
「どうやって…?」
 気絶した人間を手を触れることもなく呼び覚ますなどまさしく神業だ。
「神楽さんの意識を“暴発”させたのです」
「“暴発”?」
「うーん。私の能力みたいなものですよ」
 能力という言い方に引っかかりを覚えた。
「目から発したのは魔力でしたよね、魔法ですか?」
 シアンがびっくりしたように天正を見返す。
「君…この力を感じとったのですか?」
 逆に問い返された天正が今度は驚く。
「え?おかしいの?」
「この力を感じ取るのは普通の人間でも、神でさえも難しいのです。そもそも魔力とは起源を異にする力ですから。もしかしたらあなたも…」
 溜めた先を待つ。
「俺も…?」
 シアンは不意に天正の腰に下がる紅火を見た。
「使い手に選ばれたほどですから可能性はあるかもしれません」
「は…い?」
「失礼します」
 シアンと天正の目が合ったかと思うと、再度シアンの目が輝いた。
 どくん、と心臓が跳ねた。精神的に深いところから力が沸々と湧き上がって来る。
 言いようの知れない緊張感。冷や汗が背を伝う。
(俺は自分のこの力を知っている。思い出せないだけ…遠い昔の記憶?)
 力は呼び覚まされた。
「っ!」
 天正の眼の奥、黒い瞳に僅かだがちりりと焦げるような痛みを感じた。
「君の、力は何?」
 一人問いかけるシアンの目は天正の目を離すことなく、見続ける。痛みが収まった。
「今度は何だったんですか…」
「暴発による力の強制覚醒、だったんですけど…見たことない模様ですね、新しいGunSKillがまた一つ増えるなんて…」
「ガンスキル?」
 その単語を聞きつけて、ルナ達が振り返ってこっちを見た。
「なになに?ガンスキル持ちだったのあんた?」
 興味津々といった様子でルナが聞いてくるがこっちが聞きたいぐらいだ。
「知りませんよ、なんなんすかそのガンスキルってのは…」
「伝説の銃神があちこちの世界にかけた神殺しの呪いだよ」
「呪い?!」
「呪いって言ってもその力を得た人が苦しむって意味じゃない。その力のせいで神は殺される、あるいは力を奪われるという抑止力を突き付けられることになったんだ」
「それが俺に…?」
「ってことみたいだね。ガンスキルは未だに何種類あるのかも、どういう条件で得られるのかも、そもそもどういう力なのかも分かっていないんだよ」
「へえ…」
「世界連合つまりワールドユニオンとか、その銃神が残した神殺しのガンスキル、オウル博士が残した四剣とシアンちゃんの剣、そして未知なる世界地球。これらが世界の神々が昔みたいにひっちゃかめっちゃかの戦争をするのを阻止している主な抑止力なんだけど…OK?」
「…まあ、なんとなくは伝わりました」
「そのうち二つを手にした君は少なくとも脇役なんかじゃないさ、ね。だから…」
 脇役という言葉がぐさりと心に刺さったが、天正は思っていたよりも大きな力を手にしていることを知らされた以上使命感も感じていた。
「もちろんです。春待も取り返すまでは何が何でも戦い続けますよ」
「よかった。その勢いで頼むよ」
 レオンと天正はお互いに頷いた。
「でも、暴発させても発動しないってどういうガンスキルなんでしょう…何も起きないということは何かを打ち消す力かもしれません」
「打ち消す…ですか。まあ気長に待っときますよ」
 暴発させても発動しなかったのが相当不思議なようでシアンは熱心に目を覗き込んでいた。
「そう…ですか。あっそうだ、ここなら輝雷の使い手も実体化できますけど、どうしますか?」
 シアンが空中に手を突っ込みながら言った。見えない何かがそこにあるのだろう。
「連れて行くならしといた方がいいんじゃない?」
 ルナが言った。なんて適当な…。
「では—」
 シアンが空中から何かを引っ張り出した。それは刀の鞘だった。簡素だが丁寧に作られたことが伺える日本刀然とした鞘。
 多分だけど輝雷の使い手に関係のある鞘なのだろう。
 それをシアンは輝雷の使い手に渡すと—
 わずかな間を経て、
 —彼の目は現実を捉えた。
「ここは…?」
 高校生ぐらいに見える少年は突然の世界移動に目を瞠る。
「ようこそ、めんどくさい世界へ…」
 同情を禁じえない天正は少年に歓迎の意を表した。
 
 かくして四剣の使い手は全員揃った。
 紅火、その使い手は第四地球住民、天正。
 蒼雨、その使い手はとある世界の住民、アキ。
 翠嵐、その使い手はエース元住民、レオン。
 輝雷、その使い手は第六地球住民、御形正宗。
 そこから知識に乏しい使い手達と十一月党組はレオンとシアンによる四剣や世界の説明を延々と聞かされたのだった。
 
 世界は砂時計の下側のようなものだ。上側は星界と呼ばれる。
 砂の代わりにもたらされるのは魔法の元となる力。
 精霊と呼ばれる、力そのものを持つその不思議な生き物だか何だかは世界にありふれている。
 それを世界の住民は借りて魔法を使ったりする。借りるために対価を支払ったり呪文を唱えたり。高度に魔法を組み合わせて理論を構築すれば魔術とも呼ばれる。
 世界は世界といっても一つの世界じゃない。大きな砂時計の下の空間の中に世界がいっぱい詰まってる。
 それぞれの世界には支配者と住民がいる。支配者がただ住民たちを見守るならば神と呼ばれ、一緒に統治するなら皇とか姫とか呼ばれる。
 支配者の中には砂時計の上、つまり星界にいる星霊という精霊の親玉みたいなやつと契約して直接力を借りてるものもいる。それが上位神。
 それぞれの世界にそれぞれの物理法則と魔法則がある。だから他の世界に行くと精霊に力を借りる魔法は力を発揮できない。そんな時に星霊の力は役に立つ。
 といっても精霊も星霊もたくさんいて色んな力があるから向き不向きがある。相性がある。それは仕方のないことだ。
 もう一つ大事なお話。
 アースというのは変わった世界だ。砂時計のつなぎ目の下側すぐ近くにあるようなもの。
 しかも地球はパラレルワールドをいっぱい持ってる。その中心が第一地球。
 そしてその上側にエースという星界がある。これも地球なのだが全く別の場所。
 世界側から星界側に行くのはほぼ不可能。
 エースを含む星界の方は星霊と精霊だらけだから力が段違い。世界からしてみれば夢みたいな場所。
 アースとエースをまとめてAプレーンとか言ったりもする。
 ちなみに四剣やガンスキルの魔力源は良く分かってない精霊だとも言われる。
 世界と世界の間にはハザマという空間がある。ここには精霊しか暮らせないってことになってる。
 というか精霊は見えないからどこにいるのかも分かっていない。空間のズレとハザマにいるのだと言う人もいる。
 そんな感じ。

 長ったらしい説明の割には天正達が理解できたことは多くはなかった。元々非日常的な生活をしていたとはいってもファンタジックすぎる話だから当然と言えば当然なのだが。

 ***

「そろそろ行きましょう、浮動時間軸といえども暢気にしていたら不干渉領域になってしまいます」
 要するにこうして虚白と武劉によって作られた世界で準備していられる時間も限られているということらしい。
「ガイナ達はどこに逃げたんですか?」
 気になった天正が聞くとシアンは思い出したように言った。
「それなんですが……なぜか第十三地球なのです」
「え?ガイナが無理やり一つにしたのって第七、四、十、十一ですよね」
 てっきり自分達がいた世界だと思っていた天正は予想外の返答に驚く。
「いえ、あの一つにさせられた世界はもう私達の監視下にありますから逃げこめません。だから他の地球に逃げるのは当然なのですが…」
「よりによって十三と…」
 事情を知っているらしいレオンが頬を掻く。
「十三番目だと何かマズいんですか?」
「はい。先ほど言ったように現在我々世界側がその存在を確認している地球の数は十三個です。その中でも最後に発見した十三番目は見つかった時点で既に異様でした」
「異様…?」
 魔物でも蔓延っていたのだろうか。
「終わってたんだよ全て」
 簡潔にレオンが言った。
「はい?終わってたって…」
「住民はおろか、地球神すらもいないんです。それなのに明らかに文明が栄えた跡らしき建造物はあります。滅んだにしても余りにひどい滅び方です。なんというかまるで…何者かに、いえ、何かに世界を丸ごと破壊された後のような光景で…」
 地球が一つ丸ごと破壊されている様子は容易には想像できなかった。核爆弾でも使ったのかもしれない。
「そんな所に逃げ込んで一体何の意味が…」
「なるべく他の世界に迷惑をかけないように、だと思いますか?」
 それはない、と皆が首を振った。
「しかも彼らの移動方法は世界移動魔術、平たく言えば下準備をして行う儀式魔術の一種でした。だとすると、まだ何かを隠している可能性が高いです」
「同意だ、とりあえず逃げるとも言ってたしな……確かに怪しむのが真っ当な判断だ。だからもしもに備えて俺が退路を用意しておこう、どうだ?」
 久しぶりにファルデスが口を開いた。
「それは助かるけど、ただ戦いたくないだけじゃないよね、もしかして?」
 レオンが肘でファルデスを小突く。やめいとファルデスが照れの隠れた顔をする。寡黙で少し怖いと思っていたが、意外と表情豊かだし見かけによらない中身なのかもしれない。
「いいだろう?どうせ誰かがやらねばならぬことだ。ならばあまり戦いたくない俺に適した仕事だと思うのだが」
「ファルはほんと地球が絡むと引け腰だねえ」
「何か嫌な気配がするからな、ここらの世界は……特に十三は強い」
「強い?」
「地獄のような匂いがな」
「地獄って…冥皇がそんなこと言うとギャグだよそれ」
 苦笑するレオン達の中で一人、ルナは考え込んでいた。
「地獄…ねえ」
「どうしたのルナ?」
「ううん。なんでもない」
「?」
「いいから気にしないでって。とにかく、役割を決めときましょ。向こうは万全の態勢で迎え撃ってくるんだから、ワープした先で囲まれて潰されたんじゃお笑い種よ」
「そうですね。じゃあ—」
 シアンが天正の方を見た。
(俺?)
「—天正さん達でガイナ・ロストの相手をお願いします。私達は他世界の住民には手を出せないので…」
(そういうことか)
 天正は合点がいく。やはりガイナとの決着は避けられない運命のようだ。
「了解。神さまはそっちの三人で?」
「はい。私とレオンさん、ルナさんで第七の相手をします」
 三神がかりで抑えなければならないほどなのか、あの神さまは。
「相性的にねえ…僕とルナは役立たずだし。住民としての存在を越えたガイナには手を出せるけど彼とも相性がね…。まあ僕らはバックアップ担当って事で」
「はあ。じゃあ俺とガイナがやりあえばいいのかな」
 天正は後ろを向いて提案した。
「私もガイナと戦わせて。それがけじめだから」
 右手を上げてアキが言った。天正はうなずく。
「俺はゴリラを抑えとこう」
 竜潜が言う。お前は戦いたいだけだろうと突っ込みたいが他に適任もいないのでこれも黙ってうなずく。
「あたしはエーテルの相手をするわ」
「私が春待さんとですね」
 春待の名を聞いて焦燥感が胸の奥を掠めるがぐっとこらえた。
 残るは一人。天正は正宗の方を見た。
「俺はどうすればいいんでしょうか」
「そうだな—」
 一度春待に敗れた神楽が心配ではあるが四剣の使い手で近接が強いということを考えると、やはり…。
「—俺と一緒にガイナを倒すのを手伝ってくれ。近接戦闘が二人だと心強い。その援護をアキさんにお願いしたいんだが…」
 神楽たちよりもはるかに負ける可能性が高いのは言うまでもなく自分だということは分かっている。
 紅火を持っていようが、よく分からないガンスキルってのを持っていようが、まともに勝ったことはないのだから。
 ガイナを倒せると過信するのは間違いだということぐらい身を持って痛感していた。だからこそ確実に勝つためにも戦力を割く。
 天正にとってまさしくガイナはラスボスなのかもしれない。あるいは自分の力を強くしてくれる理想の悪役か。
 裏切った神なんかよりもよっぽど清々しいまでにガイナは初めから敵だった。
 全身全霊で今度こそ勝つ。勝たねばならない。
「分かりました。微力ながらお手伝いします」
「とどめはもらうかもしれないけどね」
 正宗とアキも勝手なお願いに承諾してくれた。
「では、行きますよ。いいですね?」
 シアンが言った、みんなが頷く。各々が武器を抜く。
 両手を広げたシアンの右手に虚白、左手に武劉が光の粒を放って現れる。
 渦巻くようにその二本から発せられたモノクロの波面が全員を包み込んだ。
 ズンッと二本がチェス盤に刺されると、視界が歪む。
 言いようもない浮遊感。
 チェス盤は消え、視界が暗闇に変わった。見えないけれど仲間達の気配は感じる。
 何も見えない暗闇のトンネルを進んでいるような気分。
 すぐにその先に光る入り口が見えてきた。
 天正達はその向こうへと飛んで行く。

 ***

 パアァッと視界が開けた。飛び出した先は雲の中だった。遥か眼下に荒涼とした瓦礫と砂漠の世界が広がる。
 全てが死に絶えている。いや終わっている。その通りだった。
 上空300メートルぐらいから三神と六人が自由落下していく。ファルデスは世界の外周のようなところで待機しておくらしい。
 激突直前、シアンによって重力とは逆向きの力がかかり天正たちは難なく着地した。
「あ」
 と言ったのは誰だっただろうか。
 着地したそばから地面が大きく揺れはじめたのだ。都合よく地震が起きたわけではないのは明らかだった。
 砂柱が大きく周囲から上がる。
「こうもあっさり追いつめられるなんて無茶苦茶だよやっぱり渡り鳥の力は」
 正面の砂柱の中から第七地球神が現れた。
 さらに天正たちを取り囲むようにガイナやエーテル、ゴリラ、春待が現れる。
 距離を取ってはいるが円の中に天正たちを囲むその陣形は普通なら愚策だ。人数で勝るこちらが一点ずつ潰していけば逆に待ち受けていたガイナたちが不利になるからだ。なぜそんなことをするのか。
 背中合わせに各々の敵と向かい合った天正たちの目に信じられないものが映った。
「な……」
 ガイナ・ロストのメンバー達の間を縫うように新たな人影が姿を現したのだ。否、人ではなかった。
「神さまと同じ見た目…?」
 瓜二つどころじゃない。全く同じクローンのような神さまが計三神現れた。
「そいつらが第四、第十、第十一地球神…の残骸ってわけ?」
「ご名答。もう意識も何も残ってないただの人形だけどね」
 第七地球神が悪びれもせずに言った。
「ひどいことを…」
「ひどい?君の四剣も似たようなことをしていたじゃないか」
「それとこれとは全然意味が違う。君のはただの奴隷だ」
「ふーん。まっ別に何でもいいけどせいぜい相手してあげてね」
 第七地球神がそう言って腕を振り下ろすと同時にお互いが動き始めた。
「みんな予定通りにお願い!地球神は僕達が何とかする!」
 レオンが叫んだ。
「「了解!」」
 天正たちは答える。
 竜潜や霜月達はそれぞれ違う方向に走り出す。合わせて向こうも動く。幸いにも向こうも戦う相手を変える気はなかったようだ。
 天正と正宗はガイナの方へと向かう。アキはガイナに気づかれないように迂回。
 早速レオンたちの方では爆音が響きはじめる。だだっ広い戦場で部分部分が各組の対戦リングになったようだった。
 ビルかなんかだったように見える小高い瓦礫の山の上で曇り空の合間から漏れる灰色の日光を背にガイナが立っていた。
「貴様とこうして戦うのは何度目だろうな」
 低い声でガイナが言った。
「さあな。だけど今度こそ決着はつけさせてもらうぜ」
「ふん。今度も小癪な連れがいるようだな」
 正宗のことを見ながら言った。よかった。アキは気づかれていない。
「いいんだよ勝てば。お前を侮ってないだけ光栄に思いやがれ」
「貴様が勝てば、な」
 ガイナは浮き上がった。右手を伸ばし黒いコートから伸びた手に漆黒の粒子が現れ球を形作る。
「マルチブレードアタックシステム起動。磁刃電鬼」
 対抗するように正宗が合言葉を口にする。
 マルチブレードアタックシステム。四剣に秘められた力の三段階目であるこの力は、使い手の特性と剣の属性を最も活かせる形で高度な形状変化を伴う武装化を使い手に施す。
「おいおい何だよそれ」
 味方の天正ですら驚く。
 アキの援護射撃ロボットのように分裂させた蒼雨のマルチブレードアタックシステム流刃・時雨とは全く違う形で正宗は輝雷を身に纏っていた。
「俺の輝雷は腕と同化してるんですよ。だったら逆にそれを活かしたらどうなるかってので思いついて出来た形がこれです」
 もはや剣どころじゃなかった。金色に輝いていた刃は正宗の全身の表面をくまなく覆い、鎧のようになっていた。ところどころに突起が棘のように生え、何よりも目立つのは頭の短い角や両腕に伸びた刃。全身が武器として守り戦えるその異形はまさしく鬼のようであった。
 極め付けに表面にバチバチと電気が走る。カシャンと目と口の部分だけが開いて正宗の少年らしさがわずかに見える以外は誰かも分からない。
「俺もやりてえなマルチブレードアタックシステム…」
「イメージを強く浮かべれば出来ますよ、—うわっ」
 会話を続ける間もなく魔力を凝縮させた小球が飛んできて地面に穴を開けた。
「その剣は相変わらず未知数だな、心しておこう」
 ガイナの背後に何百もの漆黒の小球が浮かぶ。
「多っ!」
 ガイナが両腕で大きく仰ぐような動作をするとその小球が槍のような形になった。」
 それを一斉に飛ばしてくるのなら点ではなく面の攻撃、止むを得ず天正は紅火を盾のような形にして防御体勢を取った。
 しかし隣の正宗は腰を落として突っ込む体勢だ。
「では俺から先に行かせてもらいますよ」
「大丈夫なのか」
「ええまあ。この鎧もありますし」
 風を切る音を響かせてガイナの攻撃の一つ目が届いた。軽いジャブのつもりか。
 キィィンと鋭い音がして槍は両断された。もちろん磁刃電鬼を纏った正宗が右腕と同化した刃で切ったのだ。バチリと青白い稲妻が刃に光る。
「ほう。ではこの全て、切ってみせるか?」
 ガイナが薄ら笑いを浮かべた。
「切るのはめんどいな。避けてみせるってのはどうでしょう」
「見せてもらおう!!」
 幾多もの槍が放たれる。そのままだったら一瞬で正宗は蜂の巣になっていただろう。
 しかしその直前天正はその目で正宗の足元から大量の稲妻が迸ったのを捉えていた。
 槍が雨となって降り注ぐ中、正宗はその姿を消した。
 いや、消えたと見えるほど速く動いているのだ。それはかつてガイナが天正に対してやった瞬間移動に似たものを思わせる。
 槍雨の中を縫うようにして正宗は目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく。体中から漏れ出る電撃が通った後を線となって描いていく。
 そのまま空中に浮かぶガイナへと空を蹴りながら迫っていく姿は鬼というより麒麟に近かったかもしれない。
「な…んだと…!」
 あっという間に距離を詰めた正宗は両腕に生えた刃を交差させてガイナへと突っ込む。さらに電撃が白き鬼の全身を包み込んだ。
「グランブル!」
「くっ!」
 雷が落ちるような轟音が鳴り響いてガイナが吹き飛ぶ。
 空中から落ちていくガイナは回転しながらも何とか着地した。その体からは闇色のどんよりとした雲のようなものが纏わりついていた。あれで防がれたらしい。
 とはいっても正宗の一撃はそれなりの衝撃を与えたようだ。
「やっぱり、そう簡単には倒れてくれないんですね。一応全力の攻撃だったんですけど」
「少しは効いたぞ小僧。まさか我以外にやすやすと瞬間移動を使える人間がいるとはな」
 バチバチッと正宗の足からはまだ電気が迸っていた。
「ああこれですか。祖父の縮地だか無足の法だかを自分なりにアレンジしてみたんですよ。原理はリニアモーターカーとかと一緒です。なんとか輝雷の力で実現できてますけど、祖父はこれを素でやってたんだからなあ…」
 あっさりとネタばらしをする正宗に驚いたのは天正もだった。
(使い方が上手い・・・剣として見てたらダメなのか?)
「電気の力か。面白い」
 ガイナの手に真っ白い氷の刃が現れ始める。氷柱は伸び続け、返しのついた長い槍へと化した。この前の大剣よりも強化されているに違いない。
 対する正宗も鎧に変化を起こす。
「ならもっと見せてあげますよ」
 ぐにゃりと正宗の右腕が刃からただの棒の形に変わる。さらに潰れて分割され、右腕は平行に並ぶ二本の板になった。青白い光を迸らせながらその間に電荷がこれでもかというぐらい貯められる。
 その兵器の意味に気づいたのは天正だけでなくガイナも同じようだった。
 ガイナが急いで距離を取り氷と風のバリアを張る。
 正宗が右腕をガイナに向けた。現代においてまだ実用化には至っていないとされる近未来兵器。その名を—
「レェェェェェールガァアアン!!」
 正宗の咆哮と共に雷そのものがある程度の指向性を持って放出された。反動で正宗が後方に滑るほどの威力。
 もし気づくのが遅れていたら決着がついてもおかしくない位の攻撃だった。全力で100%純水氷と真空状態を作り出す風で雷を逸らしたガイナの目にさらに新たな影が映る。
 ひるんだガイナをさらに叩くべくして動いた天正だった。右手に握られた紅火から火が吹き出て刀身を覆う。
「紅火・爆・炎・斬!!」
「貴様ァッ!!」
 追い討ちをかけに来た天正の炎剣と氷の尖槍がぶつかり合う。直後、氷が一瞬で融けた上に水蒸気爆発が起きて二人を弾き飛ばした。
 飛ばされながらも天正は地面に紅火を刺して速度を緩める。
「大丈夫ですか」
 正宗が駆け寄ってくる
「ああ…なんとかな。だけど、お前みたいには上手くいかないみたいだ」
 天正は地面から紅火を引き抜く。かなり熱くなっていた紅火は不服そうに炎を散らした。もし、この剣に何らかの意思が存在するのなら確かに不満を持たれてもしょうがない。それぐらいにいまだ天正の使い方は紅火を使いこなしていると言えるものではないのだから。
「炎と雷じゃ全然違いますからね…なんとも言えません」
「だよなあ。やっぱ俺が自分でこいつの使い方を考えてやらねえと…」
 先ほどの衝撃で舞い上がった砂埃の向こうに光るものが見えた。
 咄嗟に跳んでそれを避ける。ナイフのような氷片が今さっきいたところを貫いていった。
「しぶといですね彼も」
 砂埃が静まると少し離れてガイナが立っていた。黒いマントが少し焦げている以外は大したダメージも受けていないようだ。相変わらず守りが堅い。
「二人もいると厄介だな全く」
「にしては効いてないのが残念だぜ?」
「厄介なだけで別に脅威ではないからな」
「じゃあこういうのはどうでしょう?」
 ガイナが地面に着いている今がチャンスだった。正宗が輝雷を地面に突き刺す。そのまま大量の電流が砂漠と瓦礫の中をある目的のために伝っていく。
「マグ・ネット」
 その名の通り、砂鉄やれ鉄くずやれを集めた電流はさながら何十匹もの蛇のように頑丈な鉄の網となってガイナをあらゆる方向から捕縛しにかかる。
 当然振り切るべくガイナが右の手のひらから風の刃を繰り出す。
 それすらも邪魔するように今度は天正が炎を放つ。
 めんどくさそうにガイナは左の手のひらから凍てつく吹雪でそれも遮った。
 天正と正宗が敢えて簡単に止められそうな弱い攻撃を仕掛けたのには意味があった。それも無造作に止められるからわざわざ動かないような攻撃を。
「悪いなガイナ、三人だ」
 ガイナの目が瞠られる。ガイナの動きが止まったその時そのものが合図だった。何も言わなくとも彼女に意思は伝わったはず。
 その距離約一キロはあっただろうか。
 静かにその時を待ち続け、虎視眈々と自分の姿をスコープに捉え続けていた者がいたとはガイナが気づくはずもなかった。
 音もなく。
 ただアキの狙いの先へ真っ直ぐと亜音速の弾丸が空を貫いていった。
「っ…!」
 一発目がガイナの右肩を貫通した。
 二発目は腹を掠め抉りとった。
 三発目は左足を。
 傍目から見ていた天正達ですら戦慄を覚えるほどに正確な射撃。
 実体化の都合上銃は一切持ってきていなかったアキは、戦いの前、蒼雨を完璧なまでに狙撃銃へと形状変化させていた。これほどまでに再現しきるそのイメージ力の強さは曖昧に拳銃を象らせた天正とは比較にもならないほど強い。
 血がコートに染み出し始めたガイナは苦痛に声を漏らす。
「もう一人いたとはな…っ…不覚だった」
 ガイナはダメージに苦しみながらも何とか追撃を防ぐために分厚い氷の壁を自分の周りに出現させた。そして銃弾が当たったところを部分的に凍らして強制的に血を止める。
 すぐに、カーンと音が響いて氷の壁が一部削られたが、もう流石にそれ以上の狙撃に意味は無いと悟ったのか遠方からの攻撃は止んだ。
 アキが十分すぎる仕事を果たした今、それに天正と正宗は応えなくてはならない。
 膝をついて苦しむガイナは氷の防壁の中だ。
 天正は紅火からこれでもかというぐらい炎を噴出させ、上から一気に振り下ろした。
 氷の壁は空しくも融けて蒸発していく。
 壁のために魔力を使い切ったのか、体力の限界なのか、どうすることも出来ないガイナはただ天正を憎憎しげに見ていた。
 切り取られた壁を抜け天正と正宗はガイナに斬りかかる。

 それで終わりのはずだった。

 ***

 ガイナもそう思っていた。
 走馬灯なのか、記憶の中で少女が微笑んでいた。
—ナイト。
 声がうっすらと思い出される。顔も姿も少しずつ。鎖がほどけるように。
 だから最期に一言、声の出ない唇でその名を呼ぼうとした。
 ずっと忘れていた名が不意に脳内に蘇る。
 それは奇跡だったか必然だったか。
 記憶の中から消されていたその名はとても懐かしくて。とても愛しくて。
 たった一人。孤独だったガイナが…いや吉貝ナイトが唯一心の寄る辺としていたその存在。
 決死の力で掠れた声が発せられる。
 まさに紅火が、輝雷が、ガイナを切り裂く直前だった。
「…スター…バード…」
 声は、
 願いは、
 もう一度彼女に届く。
 世界を手にすると誓い合ったあの日から止まっていた時が再び動き出す。
 この第十三地球がかつてガイナとスターバードが世界を操る力を手に入れた世界だった。
 そして、地獄の借りをガイナにまで及ぼさないためにスターバードがガイナを第七地球へと送り返した後単騎突入し、その存在を一度終えた場所。
 さればここで星屑となった鳥がもう一度さえずるために。
「ナイトッ!!」
 意識が遠のくガイナの耳に懐かしい声が聞こえた。
「何?!」
 天正と正宗の振り下ろした紅火と輝雷がガイナに触れる寸前で止められる。
 空間が裂けるようにして現れ、水平に構えられた長剣が紅火と輝雷を止めていた。
 そのまま一気に二人は押し返される。
 ひとまず下がった二人の目に信じられない光景が映った。
 裂けた空間から金色の長い髪をした色白の少女が長剣をその手にぶら下げながら這い出てきたのだ。
 黒いワンピースはところどころ破れていた。それ以前にその身体そのものにノイズのようなものが時折混ざっている。
 人ならざるものというのは一目で分かった。だが、それ以上に何かもっと禍々しいものを感じる。
 少女がガイナの頬を撫でる優しくその額に口付けた。
 ガイナは虚ろな目でその姿を捉えると名をまた呼んだ。
「スターバード…」
「うん」
「よかったまた会えて…」
「私も」
 それだけ言うとぱたんとガイナは倒れ伏した。
 その身体に少女は治癒魔法をかけて傷だけは塞いだ。意識を失ったガイナは一時は目を覚まさないだろう。
 ぎろりと殺意の込められた眼光でスターバードは天正たちを一瞥した。
「代わりに私が相手するわ」
「…何者だお前は」
 衝撃的なシーンを見せられてガイナを殺そうとしていたことに若干の罪悪感を感じなくもない天正は突如現れたその少女に問う。
「うるせえよ。人間」
 空気が変わった。まるで別人になったかのように口調すらも変わる。スターバードの目が地獄色に輝いた。
「そうですか…話し合いの余地はないと—」
 言葉の途中で正宗が磁刃電鬼の瞬間移動で斬りかかった。
 しかしスターバードは不意打ちにも近かったその攻撃を一瞬で見切り、身体を逸らしただけで刃をかわした。
 よけられるとは思っていなかった正宗は勢いあまってスターバードに近づきすぎた。
「うぐっ…!」
 がつんと鈍い音がして正宗は腹に膝蹴りを食らい吹っ飛ばされた。ただの膝蹴りにしか見えなかったのに飛ばされた正宗の身体は氷の壁をたやすく破壊してさらに跳んでいく。
 本能がこいつはやばすぎると伝えていた。神クラスなのは間違いない。
 またノイズが走ってスターバードの目は元の普通の色に戻った。
「地獄のやつらも早いわね…いいわ人間、手短に済ませましょう。私もそう長くはいられないわ」
「な…?」
 口調も戻っている。
(どういうことだ。二重人格なのか?)
 状況がつかめない天正はとりあえず紅火を握る。
「地獄堕ちのハンデありでも負けないから…ってもう一人の子は地獄の方の力でふっ飛ばしちゃったみたいね。ごめんごめん」
「何なんだお前は…?」
「もう空気詠んでよそこは。今の私が本当の私で、さっきのは乗っ取られた状態。次そうなったら止められないからそうなる前に片付けましょうってことよ」
「へえ…じゃあ逃げ回ってれば俺が勝つってことでいいのか」
「いいけど別に。とっとと私を倒すなりして地獄に返さないと来るわよあいつらが」
「あいつら?悪魔でも来るのか?」
「そんな生易しいもんじゃないわよ、この世界を五秒で滅ぼしたやつらなんだから」
「は?五秒…?」
「そもそも私が勝てなかった時点で相当なもんよ。分かったら心して私の相手をしなさい」
「…ったく。やればいいんだろやれば」
「そうよ」
「つってな」
 天正は真横に跳んだ。
 その行為の意味は再度射線を通すため。
 仲間はもう一人いる。
 ガイナとスターバードに向かって50mm口径の対物狙撃用の弾丸が放たれた。
 氷の壁が破れなかった時から今度は武器の形を変え、待機していたのだ。

 ***

 残念ながら弾丸は長剣に両断された。しかし、いつでも狙撃される可能性があるという認識を植えつけられただけでもスターバードは動きづらくなるというものだ。
「おまえぇぇぇぇぇっ!!」
 スターバードが目にも止まらぬ速度で遥か遠くのアキに襲い掛かるべく走り出そうとする。
 しかし。
 その特攻は炎に遮られる。
 スターバードの長剣と紅火が激しくぶつかり合った。
「てめえの相手は俺なんだろ?」
 天正は交差する剣越しにスターバードへと挑発するように言った。
「ちぃっ!」
 お互いに後方へ跳んで距離を取る。ぎろりとにらむスターバードの放つ魔力オーラだけでも一種の範囲攻撃のように皮膚を焦がすかのようだ。スターバードはガイナの周囲に結界を張った。そのせいでガイナを狙撃するという選択肢も断たれる。ならば天正が力ずくでスターバードもろともねじ伏せるしかない。
「オーバーアクティブ、アクセル・ブラスト」
 正宗のように鎧は作れないが、元々使える術式で身体を強化し、さらに紅火の爆発による加速を得る。未知数の相手には全力で挑む。
 右足を踏み出しながら、思いつきの技名アクセル・ブラストを唱えると天正の足の裏で小爆発が起きた。その勢いによる高速移動で吹っ飛ぶようにして天正は再度スターバードに詰め寄る。先手必勝とまではいかなくても、今の天正がすべきは紅火を活かした多彩な攻撃だ。
 右上から勢いに乗せて切り下ろす。
「オラアアァァァッ!」
 常人であれば反応すら間に合わない速度での斬撃もスターバードは水平に構えた長剣で軽々と受けてみせた。
 まだだ。
「ウオォッ!」
 弾かれた力で逆に肩から先をひねらせ、左から薙ぎ切ろうとしたが、あっさりと垂直に構えなおした長剣に受け止められてしまった。
 強い。単純に剣の腕も尋常じゃないぐらい強い。これで魔法でも使われたらキツいかもしれない。
 火花をこぼしながらじりりとお互いの剣を押し合う。
「なぜそこまでしてガイナに入れ込む?」
 刃越しに問いかける。
「好きだから!」
 シンプルかつ明快な答えだった。
「そうかいっ…くっ!」
 力ずくで押し込まれた。衝撃を受けつつ後ろに跳ぶが、立て直す間もなく三メートルぐらい離れた先から今度はスターバードが流れる星のように切りかかってくる。
 互いの間合いに入る直前でスターバードは上に跳んだ。頭上高くで声がした。
「メテオ」
 まんま急激な加速で真下に向けられた長剣とともにスターバードが落ちてきた。間一髪で、爆風を使い横に転がり込む。剣が刺さった地面周辺がめくれあがって瓦礫が散る。
 無造作に剣が刺さったままスターバードは逆手で柄下を右手に持ち、鍔側を左手で握る。
 やばい。地面ごと切り上げる気だ。
 さらに天正は右へと避けるために爆風を撃つ。転げ避ける直前、髪の先を垂直に地面を斬り進む斬撃がかすめた。風に数本の髪の毛が散った。
「しぶといね」
「まあな」
 紅火を杖代わりに天正は立ち上がった。右手でぶら下げるように長剣を持ち替えていたスターバードとの距離は五メートルくらい。
「そのしぶとさに敬意を表してこいつの本当の姿を見せてあげるわ。地獄からパクってきたの」
 スターバードはそう言いながら長剣を突きつけるように天正へ向けた。すると、剣先がぶれるように三つへと分裂していく。
「…?」
 剣そのものが生きているかのようにうねる。
「ケルベロス。地獄の番 剣 だってさ、ははは」
 直後、三本の刃は鞭のようにしなり、天正へと迫った。まるで刃それぞれが生きているように。一本は刺突のようにまっすぐと。左右は逃がすまいという様に大鎌の如く迫る。ふざけたネーミングの割に堅実で嫌らしい攻撃をしてくる。
「くっ!」
 直感で天正は前へと踏み込んだ。真ん中の一本に紅火の側面を沿わせるようにして受け流す。衝撃で鋭い痛みが腕に走るが、向こうも踏み込まれて動き遅れた。おかげで左右がギロチンとなって身体を水平切断する前にしゃがんでこれをかわせた。頭上でぎぃんと金属が触れ合う不快音。
 ここはチャンス。余りに伸びすぎた刃が戻る前に天正はスターバードへと突撃する。
「おおぉぉっ!!」
 紅火を突剣のようにまっすぐ構えて突っ込む。スターバードは間に合わないと判断したのかケルベロスから手を離し、横っ飛びで天正の攻撃をぎりぎりのところで回避した。
「危ない危ない、やるじゃん人間」
 汗一つかいてない少女は右手にケルベロスを引き戻して握りなおす。
「はぁっはぁっ…避けんなよくそがっ」
 対して天正は汗だくで紅火を滑り落ちないよう掴みなおした。
「当たらないよそんなスピードじゃ。四剣の使い手ってぐらいだからもっと楽しませてくれるのかと思ったのにな」
「うるせえ余計なお世話だ…」
「さっきのスナイパーはこっちに来ないの?あっちの方がまだ相手になりそうなのに」
 言われてみると、確かにアキが狙撃もしなければこっちにも来ないのが気になった。
「てめえ、なんかしたのか?」
「無理無理。私は今遠距離魔法とか使える状態じゃないし。お姉ちゃんの方で何かあったんじゃないの?」
 嘘は言っていないように見えるが確信は出来ない。というかそれよりも…
「お姉ちゃん?!」
「ああー…うん。ルナって女の子もここに来てるでしょ」
「え、何?姉妹なのお前ら」
「まあそんなとこ。似てるでしょ」
「…」
 言われて見れば確かに似てなくもない気がする。
「ってそんなことはどうでもいいからさっさと続けましょ、なんならスナイパーを探してくる?」
 ふざけたことを言い出すスターバードの妄言はさておき、もしアキや他のやつらに何か起きているのだったら心配にはなる。
 だが、自分が行ったところで何が出来るか分からない。
 今の自分に出来るのはスターバードを食い止め、願わくば倒すこと。
「いいさ。俺だけで十分だ」
 だから、そう豪語した。
「ふーん。じゃせいぜい頑張ってみせてよ」
「言われなくてもやってやるよ」
 負けないために、勝つために。天正は強く、強く力を欲した。
 紅火が紅蓮に染まる。
 ふとしたイメージが頭をよぎる。流刃・時雨とも磁刃電鬼とも異なる紅火ならではのマルチブレードアタック。
 天正には伝導することなく紅火はどんどんと熱を帯びる。
「何をする気よ…」
「マルチブレードアタックシステム起動。焔・陽炎!!」
 すぐには変化は起きなかった。剣の形が変わるわけでもない。紅火ならではの使い方。炎よりも熱に着目した。
 膨大な熱はやがて空気を熱し、光の伝わり方すらをも屈折させる。
「…人工の蜃気楼ってわけね」
 もはやスターバードの視界からは天正は消えていた。いや、見えなくなっていた。
「まあな、どうせ存在を感じ取るから効かないとか言うんだろうけど、少しは意味があるだろ?」
 どこからともなく天正の返事が聞こえる。
「少しどころか大ありよ。地獄に魔力変換体を取り上げられてる私は実質、簡易魔法と剣が使えるだけのただの女の子なんだから」
 ぐるぐるとスターバードは周囲を見渡しながら気配を感じ取ろうとする。
「ただの女の子じゃねえよそれは!」
 後ろからの上段切りを背を向けたままスターバードは長剣を背骨に沿うように動かして受け止めた。反射神経が尋常じゃない。
「卑怯くさいわ、ほんと!」
 すばやく空中で前転しながら身体をひねりわずかに距離をとって向かい合ったスターバードは見えない相手に向かって剣を繰り出す。
「お前のその身体能力もなっ」
 天正の不可視の紅火と長剣がぶつかり合う。それだけでじわりと熱が長剣を蝕む。
 それこそが真の狙いだった。そのまま押し通して剣ごと熱断する。
「ちょっ?!剣を斬る?!」
 諦めたスターバードがケルベロスを手放すと紅火はその刀身を焼き切った。
 使い物にならなくなったケルベロスは霧散する。
 そうして丸腰になったスターバードは潔く両手を上げた。
「降参ってか?」
「まあね。もう勝ち目がないし、あんたの勝ちよ」
「意外とあっさり認めるんだな」
「負けは負けだもの。タイムリミットも近いし」
 スターバードは空を見上げた。
「タイムリミット…?」
「地獄の迎えよ。逃げ出した私を捕まえにね」
「…そうか」
「負けといてなんだけど、お願い一ついいかしら」
「一応聞こう」
「私とナイトをこのままにしてくれない?」
「どういう意味だ」
「殺さないでってこと」
「何のために?」
「せめて地獄で一緒に暮らすために」
 スターバードの目にもう戦意がないのは明らかだった。
「…」
「もう二度とこっちには戻って来れないわ。私が来れたのは、昔私が門を開いたこの世界でナイトが全力で世界操作の力を振り絞ったからだし。こんな偶然あると思う?だからね…世界征服なんてもういい。私はこの子といれればそれでいいから」
「それをどうやって信じろと?俺は地獄も知らないし、お前らの本当の目的も知らない」
「信じられないってのは分かるけど…」
 天正は紅火を振りかざした。焔・陽炎を解除して、炎をその刀身に宿らせる。
 ビクッとスターバードが震えた。
 天正は紅火を振り下ろし、炎を飛ばす。
 奇しくもスターバードが降参したその場所はガイナのすぐ側だった。いや離れないように戦っていたのだ。どれほどの強い想いがそれを成し得たのか…天正が知るはずもないけれど。
 荒れ狂うように吹き出た炎にスターバードは死を悟り、目を閉じた。
 しかし、炎はぐるぐると円を描き、絶望の淵の少女と昏睡する男を燃やすことなく少し距離を取って囲んだだけだった。ただ反撃されないためだけに。
 天正は言葉を投げかける。
「…好きにしろ」
 はっとしてスターバードが目を開いた。
「……!……ありが…とう」
 流れる涙は炎の中でも炎よりも輝いていた。
「ガイナが起きたら言っとけ。俺が地獄に落ちた時に借りは返せってな」
 天正は二人の背を向けて歩き出す。
 ふふっ、わかったと笑う声が聞こえた。
 その背に最期の声がかかる。
「お姉ちゃんにもよろしくって言っといてっ!」
 天正は答えず左手を軽く上げた。

 そして空に亀裂が入ったかと思うと、地獄から赤黒い雲のような軍勢が嵐のように現れ、濁流となって二人を飲み込んでいった。
 最期は一瞬だった。
 静寂が訪れると、天正は振り返る。
 二人のいた場所は綺麗に丸く抉り取られて全てが無に帰していた。
 ガイナとの長い戦いがやっと終わった。
 だけどなんだか切なくて。煮え切れなくて。
「孤独?ちゃんといたんじゃねえか大切な人が」
 消えてしまった悪役へと天正はため息を零した。

 ***

 砂漠と瓦礫の世界に一人残った天正は次の戦場へと向かうべく辺りを見渡す。
 アキと正宗が来なかった理由を知るべく、遠くまで目を凝らす。
 なのに、見える範囲に誰もいない。そんなに離れて戦ってたっけと天正は最初に来た場所へと歩き出す。
 見上げた曇り空は灰色で、水平線の下も灰色で、終わった世界ってのはこんなもんなんだな、と思う。
(ガイナが地獄に連れて行かれたから春待の使役魔術も解除されてるよな…?)
 色々なことが頭をよぎって自然と天正の足は速まる。
 だが進めども進めども他の人影は見当たらない。
「どうなってやがる…?」
 何かが変だ。
 何かまた別なことが起きている。
 だがその理由が見当もつかない。
 どうすれば仲間を見つけられるのか、天正は考え込む。
 ふと思いついた。もし彼らが戦闘中だったら申し訳ないが止むを得ない。
(来い…!四段階目の力!)
 越界召喚。
 その力はどんな距離であろうと他の使い手を呼び出す。そう逆に近いところにいても。
 前やった時のようにレオンとアキと正宗がこれで現れてくれるはず—。
 果たして力は届いた。
 空間が歪み天正の前に三人の人影が現れる。
 さらに間髪いれず、天正そのものがトリガーとなって三人とも実体化された。
 実体化するなりレオンが叫んだ。
「ナイスプレー!天正君!君ならやってくれると信じてたよ」
「えっ?」
「事態がさらにややこしくなっててね、全員身動きが取れなかったんだ」
 やっぱり何か起きていたらしかった。つくづく入り乱れる戦況だなと内心で半ばあきれる。
「はあ。まあ役に立てたならよかったですけど」
 急いでレオンが肩越しに大剣、翠嵐を構えた。
 いつものような風ではなく淡い光がその刀身に宿った。
 単純に剣として大きく振り下ろされる。ついでに技名も。
「時・空・断・絶・剣!!」
 それだけの動作だったのにものすごい衝撃波が起きて空間そのものを切り裂く。
 さっきまで何もなかったように見えていたのにその斬撃で結界に隠れていた亜空間が姿を露わにされる。
「な…!?」
 瓦礫の廃墟の中には衝撃的な光景が広がっていた。

 ルナが羽交い絞めにされて首元に剣を突きつけられ、外に待機していたファルデスすらも拘束魔術で縛られている。
 シアンは結界の中に閉じ込められていた。
 その三神を封じ込めていたのは第七地球神と最初に現れた他の地球神の残骸だった。
 そして神楽、竜潜、霜月、春待、ゴリラ、エーテルもたった二人の見覚えのない奴らに囲まれて動けなくなっていた。さらにおそらくはレオンやアキを同じように足止めしていたであろう三人がこちらを凝視している。やつらの服装はめいめいに異なっていて奇抜—いや日常的過ぎて逆にこの場所では異様な様相を成していたのだ。例えばそれはジャージであったり、例えばそれはただのTシャツと短パンだったり。つまるところ限りなく普通に人間のようだった。
 ただその人間らしい五人は奇妙なことにまるで目に生気が宿っていない。死人というわけでもなく、そう越界召喚をした後の実体化していない使い手のような感じで、人形のようだった。だがそれぞれが仕事を果たしているのを見ると四剣と違って何らかの意思はあるのかもしれないが。
「不意打ちでねーちょっと捕まってたんだ彼らに」
「彼らって人間みたいなやつらの方ですか?」
「そう。まさかWUが全員投入してくるとは思わなかったよ。シアンちゃんの件もあったし警戒してたのかな」
「何なんですか?あいつらは」
「WUの最終兵器とも言われる少数精鋭暗殺部隊…五式だよ。僕も見るのは初めてだ」
「最終兵器…にしてはやる気ない服ですね」
「シアンちゃんが昔見たときは和服だったって言ってたのに、彼らはどう見ても違うのが気になるなあ。あれじゃパジャマだよ」
 パジャマ。ジャージと短パンを除けば他の三人はネグリジェとステテコとワイシャツ型寝巻きだったから確かにしっくりくる表現だ。
「強いんですか」
「まあね。ルナもファルもシアンちゃんも僕も最初あいつらに捕まったんだ。不意打ちじゃなきゃ戦えただろうけど、いきなり空間掌握で星霊も何もかんも使えなくされたからね、無茶苦茶だよ。さすがエース側の人間って感じ?」
「エース側って…レオンさんと同じ世界の?」
「そうそう。エースは世界じゃなくて星界側の地球って意味だけどね。で、実際戦ってみて確信した、間違いなく彼らは僕と同じエースの人間だ。WUが五式として星界の人間を召喚する術を持っているなんて嘘だと思ってたのになあ。どうやってんだろ」
「やばいってのは分かりましたけど…。でも…なんでそんなのがここに?」
「第七が持ってるんだろうね、WUが隠密に消したいだけの情報を」
「なるほど…うん?だったらあいつらは俺らの敵ではないんですか?」
「直接的にはね。今第七がルナとファルとシアンを、五式が十一月党とガイナ・ロストを、人質にしあってるとこ」
「なんなんすかそのめんどくさい状況は…」
「ルナ達がWUに加盟してないとは言っても殺されたりでもしたらその領有世界を巡ってまた大戦が起きるのは確実だし、十一月党とガイナ・ロストの罪なき手下達が殺されるのもマズイでしょ?だからこうやってにらみ合ってるわけ」
「はあ。大体わかりましたけど…どうするんですかこれ」
 今にも五式の三人と地球神残骸が両方とも襲ってきそうな目でこちらを見ている。
「大丈夫。君のおかげでこの支配された空間を外から壊せたからもう暴れ放題だ」
 レオンの目がルナと合って二人は頷きあった。レオンがパチンと指を鳴らす。
 ルナは一瞬で押さえ込んでいた手から抜け出て残骸を吹き飛ばし、ファルデスは拘束魔術を闇魔法で侵食し返して跳び上がる。
 シアンは結界の中にいながら空間移動をして十一月党とガイナ・ロストを手早くこっちにワープさせた。
 天正の前にレオン、ルナ、ファルデス、シアンの四神が立つ。
 右の先には五式が、一見パジャマパーティーのように見えるが、闘志をむき出しにしてこちらを見つめる。
 左の先には第七を筆頭とする同じような顔の神さま集団。
 状況は変わり三つ巴となった。
 どの勢力も動かない。数で見るなら天正達が最も有利だが五式は人間五人だけにも関わらず異様な存在感を放っているし、神さま集団も侮れない。
「どうすればいい?」
 レオンがルナに小声で尋ねた。
「あたしにも分かんないわよこんなの」
「任しといて下さい」
 シアンがそう言って一歩踏み出した。その横顔には複雑な表情が窺えた。
 五式に明らかに動揺が走る。無理もない。かつて五式の頂点にいた少年を“暴発”の力で砕いたのがシアンなのだから。そして逆にシアンが父親オウルを失う原因の一つとなったのも五式だったのだから。
「今回 は 平和に行きましょう、五式さん。WUは第七地球神の身柄が欲しいだけですよね?」
 ジャージを着た女がゆっくりと頷いた。
「どうぞ。私達は何もしませんから」
「…本当か?」
 疑いの目を向けるジャージの女が怪しんで言う。
 その瞬間、バーンと端の方で砂漠の一部が爆ぜた。
「何もしないって言ってるじゃないですか。早くしないと私も怒りますよ?」
 シアンのその目は強烈な光を爛々と放っていた。
 慌ててジャージ女は素直にぺこりとお辞儀をする。
「すまん。悪かった」
 それだけ言うと五式がそろりそろりと動き出す。天正たちは傍観するだけだった。
 第七が叫んだ。
「そう簡単に捕まってたまるか!」
 やばい。あれほど偉大に見えていた神さまが小物に見えてしまうぐらいにこの場に強さがインフレしていた。
 残骸達が五式に対抗して襲い掛かっていく。
 そこから先はひどいまでに圧倒的な戦いだった。
 五式それぞれが全く異なる動きや系統で残骸を処理していく。
 信じられないぐらいの強さだった。てんでバラバラな戦い方の五人なのに連携も尋常じゃなかい。
 一人一人が神にも匹敵し、五人だと何倍、何十倍もの強さを生み出す。
 言葉は無くとも、信頼関係が築かれているのは明白だ。
「よかったんですか?あいつらに第七を譲って」
 天正は四神に尋ねた。
「別に第七はどうでもいいですけど、WUには譲ってませんよ」
「え?でもこのままじゃ…」
 残骸神は全て消し飛んだ。後は第七が捕縛されるだけのはず…。
「“私達”は手を出しませんよ。もっと適任の方が彼を裁いてくれますから」
 シアンが悪戯な笑みを浮かべた。ベタな言葉のあやを感じる。つまりは“私達”以外の誰かが来るということなのだろう。
(誰が…?)
 五式が第七に詰め寄るそのわずかな間に予想外の登場者が現れる。少なくとも五式と天正には意外だったはずだ。
 どこからともなく鈴の音が鳴った。
 空間を裂くなんて無粋な真似はせず軽やかにそれは現れた。
「にゃあ。にゃっ!」
 その愛くるしさは何者をも凌駕する。
 可愛らしさとは裏腹に突如現れた灰色の猫—クルちゃんという名前だったか—は見えない壁を作り出し、たった一匹で五式全員の攻撃を止める。
「ええぇぇっ?!!」
 シアン以外の全員が叫び声を上げる。まさか、闖入者が人ですらないとは思ってもみなかった。
 五式の顔にも動揺と驚愕と動物愛が入り混じる。
 急に場の空気が和んだ気さえする。
 ただ一名、顔面蒼白になっている者がいた。猫に守られた第七地球神自身だ。
「十三番目の猫達— レイト・アウト・キャッツ・K —…!」
 俺の技名よりかっけえとか思いながら、天正は猫を見る。どう見てもただの灰色の猫にしか見えない。
「にゃう」
 猫は五式を止めたまま第七地球神へと近づく。
「ひぃっ!来るな!」
 異常なまでに怯える第七地球神は後ずさるが猫は跳んだ。
 ぷにっと柔らかい肉球が第七の顔に押しつけられる。
「にぃーーあ」
 ちょっと長く鳴き声をあげると、ぴょんと猫は跳び下りた。
 離された頬にはくっきりと肉球の跡が残る。
「あれが噂の肉球スタンプか…」
 レオンがボソッと言うが、聞こえなかったことにする。というかその強さと言動がアンバランスなレオンという人間そのものが不思議だ。
 それはさておき天正は意識を第七の方に戻す。
「で、結局何なんですかあの猫は?」
「クルちゃんでしょ」
 ここぞとばかりに霜月がシアンへの質問に介入してきた。
「んなことは分かってるよ。そのクルちゃんがどういう猫なのかを聞いてんの」
 今度こそシアンが答える。
「十三番目の猫達…つまり第一地球神直属の天使です」
「天使?!」
「神さまの部下って意味ですよ。いわば十三番目の猫達は地球全体を飛び回るお目付け役です。しかも第一地球神の分身と言ってもいいぐらいに力を与えられてますからね…」
 予想の斜め上を行く恐るべし猫だった。
「でもあの大会の時にもいましたよね、なんであの時は何もしなかったんですか?」
「えっいたの!?じゃあ初めから第一地球神は分かってたってこと…?…はあ…」
 シアンがため息をこぼすと、なぜだかルナ達もため息を同じようにつく。
「どうしたんですか、皆さん揃って」
 やれやれとレオンが首を振った。
「引きこもりの第一地球神は統括をあの猫達に全部任せるどころか、その統括すらも結構ゆるいんだよ。ほぼ放置状態。それでほんとにやばくなったこういう時だけはちゃんと仕事する辺り見てはいるんだろうけどねえ…といってもやっぱり本人は出てこないし…」
 傍から眺める天正たちの目には、一匹の猫に奮闘する五式の姿とがっくりと肩を落とす第七の姿はなんかのコメディのように映った。
 君臨すれども統治せず、鼓腹撃壌、という言葉が頭に浮かんだ。
「で、どうなるんですか第七は?」
「多分第一に連れて行かれてお説教だろうね。第七地球神権も剥奪されて人に成り下がるかも」
「消されたりは?」
「無いと思うよ、彼はものすごく優しいというか甘い神さまだし」
「へえぇ…」
 レオンがにこりと笑った。
「不服?自分達の世界滅茶苦茶にしてそれだけで済むのかよって?」
 確かにそういう感情も無くは無かったが…
「うーん。何とも言えないですね。逆におかげでここにいる人達とも知り合えましたし、こいつも手に入れられたし」
 天正は腰に下げた紅火に触れる。
「うん。それになんだかんだで大きな被害も出てない」
「肝心のガイナはスターバードと一緒に地獄に行ってちゃんと報いを受けてるはずだし…」
 ぴくんとルナの眉が跳ねた。
「スターバード…やっぱり」
「お姉ちゃんによろしく、だそうです」
「あんの馬鹿っ…!」
 ルナが怒ったような笑ったような表情をする。
「スターバードって前言ってた妹さんですか?」
 シアンが尋ねた。
「そうよ。むかーしに家出して人間に惚れただかでその人間のために地獄に堕ちた馬鹿妹」
 人間を強調して言うルナにニヤニヤするレオン。
 ルナは顔を真っ赤にしながらレオンの足を踏みつける。
「やはり血は争えないのだな…」
 ファルデスがさらに茶々を入れる。
「うっさい!大体血はつながってないし!もう…」
「はいはい」
 レオンとファルデスはもはやルナをからかっていた。
「私と同じ渡り鳥のような力も持ってたんですよね…一回会ってみたかったなあ」
「地獄に堕ちれば会えるわよ」
「そ、それはいいです」
 笑い声がシアンたちの間に広がる。
 一応向こうはまだ戦っているが猫が来てからというものなんかこっちはくつろぎつつある。
「あっ」
 ついに第七の後ろに光の輪が広がり始めた。
「みゃあ」
 ぽんと猫が第七を押すとその中に第七は消えていった。
 同時に猫もいなくなる。
 残されたのは五式と天正だけ。
 和んでいた空気が一瞬だけ張り詰めなおされる。
 ジャージ女とシアンが視線を交わす。
「Ultimate Pajama !」
 ジャージ女が叫んだ。
「?」
 今のフレーズが合言葉だったのか、五式の後ろに大きな両開きの扉が現れてゆっくりと開き始める。
「蒼翼神姫、この借りと昔の借りはいつか返す」
「私もそのつもりですよ、五式さん」
「そうか。まあいい。今日はこれで正式活動を終了させてもらおう」
「好きにしてください」
「ああ」
 五式は完全に開いた扉の向こうへと消えていく。うっすらとその向こうにどこか懐かしい風景と少年のような姿が見えたのは気のせいか。
 ギィーバタンと扉は閉じるとともに消えていった。
 残されたみんなは少しの間何も言わなかった。
「やっと終わったんだよな…」
 天正は呟く。
 さてこれからどうしたものかと思った矢先、天正達の前にまた光の渦が現れる。
 さっとシアン達が身構える。
「まだなんかあんのかよ…」
 天正も不平を言いつつ紅火を抜いた。
 しかしすぐに彼らの緊張は暢気な声で解かれた。
「いやーお疲れお疲れ。大変だったね」
 光の渦から現れたのは第七地球神や残骸にそっくりな姿の者だった。
 だが、今まで見たどの地球神よりも若く十五歳ぐらいに見える。少年とも少女とも言い切れない中性的な体つきと顔つき。
 左目は燃え上がるような紅色で右目は透き通るような蒼色をしていながら全てを透かすような透明感。
 発せられる空気が只者ではないということを感じさていた。
 というか流石にこうもわかりやすいと、誰なのかは簡単に予想しえた。
「第一地球神…ですよね」
「ご名答!」
 バシンと神さまは大げさに親指を空に向けて突き出す。
「引きこもりが出てきた…!」
 レオンがふざけたように叫ぶ。
「引きこもりって…レオン君の態度は相変わらずだね…まあ別にいいけど」
「全部初めから分かってたんだって?」
 ルナが怒るように問いただす。
「ちょちょちょっと待って。その言い方には語弊があるよ。クルから報告があったのはガイナが四、七、十、十一を合体させた時だって!流石にそんな計画知ってたら止めてるって」
「でもあの茶番大会にはその猫を寄越してたのであろう?なぜそこで止めなかった?」
「そりゃあねえ…?」
 神さまは天正の方を見た。
「ん?俺?」
「たまたま七にあった紅火の使い手が見つかるなんてびっくりしちゃってさ。それでも一応監視はしておこうと思ってクルを潜り込ませたんだよ」
「要するに面白い展開になってきたからそのまま泳がせたと…」
 レオンが冷ややかに言う。
「ま、まあそういうことになるかな。しかもその後月神姫と冥皇までいらっしゃるし…これはもう自分の出る幕じゃないかなあーと。ははっ、ははは」
「それどころかレオンさんや私まで来ましたしねー面白かったですねーあなたは」
 棒読みでシアンが言う。
「う、これでも心配はしてたんだよ!もちろんなんかあったらすぐに出て行くつもりだったし。それにしても天正君の紅火に始まって四剣の使い手全員の実体化も然り、ここまで勢ぞろいするとは思わなかったなあー…あ」
 じーっとみんなで神さまを見つめる。
「あんたがある意味一番の黒幕な気さえしてきたわ」
 ルナが言った。
「ぐさっ。ひどいひどすぎるよルナちゃん」
「ルナちゃん言うなっキモい!」
 あれ?神さまの威厳がどんどん消えていく?
「はいそこの人間チーム、引かないでー」
「分かりましたー。で、何で今さら出てきたんですか?」
 天正は尋ねた。
「え、何?もう天正君にすらぞんざいに扱われるキャラになったの…悲しいなあ…」
 神さまはわざとらしくしゅんとする。
「いいから早く話し始めろ」
 ファルデスがきつめな口調なふりをして怒る。
「はいはい。まーなんですか、あれですよ。天正君達の意思を聞きにきたんですー」
「俺達の意思?」
「そっ。天正君と春待君のいた四、神楽ちゃんのいた七、竜潜君の十、霜月ちゃんの十一が今一つになってるでしょ?これを元に戻すかどうか聞こうと思って」
 天正と春待と神楽と竜潜と霜月は顔を見合わせる。
「聞かなくても分かってるんじゃないですか?その答えは」
「まあね。でも一応聞いとかないと。君たちのそれぞれの元の世界とは少しづつ常識がずれるから。他の住民は軽く整合性とって記憶いじるにしても外部を知った君たちは自分の力で適応しなくちゃいけないよ」
「そのくらい何とかしますよ。なっ」
 天正の呼びかけに十一月党は頷く。
「おっけー。じゃああれは完全に一つの世界にしておこう。名前は…」
 天正はなんとなく思いついて言った。
「ガイナ」
「ガイアじゃなくて?だじゃれみたいだね」
「…」
 しーんとなる。
「ごめん今の嘘。でもいいの?憎むべきとこじゃないそこは?」
「かもしれませんね。でもあいつが描いた理想を少しぐらい叶えてやりたくて」
「理想?」
「スターバードが言ってたんですよ。ナイトが世界征服をしようとしたのは私のせいだ、私に会うためにまた彼は自分の殻に閉じこもってしまったって」
 その言葉の先を春待が続けた。
「ナイトさんの理想は多分、孤独でなくなることだったんだと思います。でも結局、孤独が彼を狂わせました。だからせめてその名前だけでも残してあげたい、そうですよね天正さん」
「まあーそんなところだな」
「分かったよ。それにしても、やっぱり君たち人間というのは面白い生き物だ」
 ふと神さまが言った。
「はい?」
「気にしないで。じゃあガイナに帰ろうか君たちは。で、そこの二人はどうする?」
 神さまはエーテルとグオ・リーラを見た。
 二人は困ったような顔をする。
「エーテルは僕が連れて帰ろう。それでいいよね、エーテル」
 不意にレオンが言った。
「はい」
 エーテルが答える。
 ルナがびっくりした顔をした。
「あんたら知り合いだったの?」
「そうだよ。勇者とその一行の物語はまだ終わってないからね」
「いなくなったと思ったらそんなことしてたんだーへぇー…?」
「いやいや。別に変な関係とかじゃないよ?」
「当たり前よあほっ!いいわ、あたしも行くわそこに」
「ええー強さのバランスが崩壊するじゃん…」
「誰よ魔王役は?」
「絶魔王ルーパスハウル」
「マジで魔王じゃないの!何に挑んでんのよあんた…」
 はっはっはーと笑うレオンはぽこすか殴られていた。
 何だあの二人。
「ルーさんが最近めんどいガキが来てるって言ってたのレオンさんだったんですね…」
 シアンが言葉を漏らした。
「なんであんたはあんたであの絶魔王をルーさんと呼ぶ仲なのよ?!」
「えーまあー神姫になった時から同盟世界ですしー」
「…渡り鳥のとこって同盟してなかったんじゃないの?」
「あれ?私、お母さん…ナルカミの世界権も引き継いでるって言ってませんでしたっけ?」
「いやいやナルカミがお母さんだってとこから初耳だし…どんだけチートよあんた…」
「もうーそっちもですよー」
 勝手に盛り上がる彼女らを見ているとなんか神ってこんなもんなのという気がしてくる。
「はいはいそれくらいにしてよ。グオ君はどうする?」
 グオ君とはまた斬新な呼び方だ。
 ゴリラのような巨体をした亜人は困ったように頭を掻く。そういえば彼の出身世界はどこなのだろう。地球人には見えない。
「もう昔いた世界には帰ろうとは思えないすね。好きでついてきてたガイナ師匠もいなくなったみてえだし。といってもおいが地球に行く訳にもいがねえかんなあ…」
 後半から涙ぐんで何を言ってるのか分からなくなったが要するに行き場がないらしい。
(ここにもお前の仲間はいたんじゃねえかよ…馬鹿が…)
 もういない彼へと天正は心の中で呟いた。
「俺の世界に来るか?亜人なんかいくらでもいる故、生きやすいとは思うのだが」
 ファルデスが言った。おじいさんだかおじさんだか分からないがファルデスはやっぱりああ見えて良い性格のようだ。
「いいんすがぁっ!?」
「うむ」
「ありがとぅごぜぇますありがとぉごぜぇます」
 その肩をぽんと竜潜が叩く。
「良かったな」
「竜潜の兄貴ぃ!また今度戦って下さいよぉ」
「もちろんだ」
 二人はごつんと拳をぶつけた。
「はい、めでたしめでたしっと。アキちゃんはシアンちゃんと一緒でいいよね」
「「あっはい」」
 二人の声が重なった。
「正宗君は第六まで送るし、よーしこれでみんな大丈夫だね。そろそろ解散だけど、言い残したことはある?」
「あーちょっといいですか」
 シアンが前に出る。シアンは天正とレオンとアキと正宗を呼ぶ。
 そして四剣と虚白と武劉を並べる。
「もう皆さん顔見知りなのでちょっといじっときます」
 シアンの手に魔法陣が現れて剣に何かの術式を施していく。
「何したんですか?」
「あの内包世界に自由にアクセス出来るようにしたんですよ。本当に困った時以外は無理やり召喚しないで、ここで話し合って決めた方がいいかなと思って。ついでに私のともパスを繋いだからいざって時はお力になれるかもしれません」
「おおーすごいね、それ」
 レオンが感心する。
「人間が神さまほいほい呼ぶなんて恐れ多いですけどね」
「気にしないでいいですよ、友達ですから」
 ふふっとシアンは笑って言った。ちくしょう可愛いぜこの女の子。
「じゃ、いいかな?こんな大物大集合が見れるのはたぶん最後だからしっかり目に焼き付けときなよー」
 修学旅行の引率の先生みたいだな、と天正は思った。
「じゃあー…またいつか」
 天正はそう言った。
 全員が笑った。
「そうだね、またいつか」
 シアンが最初に返事をしてくれた。
 続けてみんなが、またね、また会おう、など思い思いに言った。
 そして、それぞれの世界ごとに光やれ翼やれに誘われて、この一時戦線は今日を持って解散されたのであった。
 
 吹き荒ぶ風が誰もいなくなった第十三地球に流れていく。
 幾重にも重なった運命の結び目は、終わった世界で結ばれ、ほどけていった。
 そんな世界の片隅の崩れ落ちた瓦礫の上でコロンと銀色のタグが寂しげに転がった。

 ***

 駆け抜けた数ヶ月。
 思い返すたびにあれは夢だったのではないかと思う。
 終わってみれば良かった思い出だ。
 異世界を旅して神さまに会ったり、世界征服を企む悪役と戦った。
 信じられないまでに非日常。
 その体験は日常をもっと輝かせる。

 あの始まりから一年が経とうとしている。

 秋は始まりに近づき、涼しさを感じる風が吹き始める。そんな季節のころだ。
 五人はまた出会い、ともに同じ時間を過ごす。
 小さな出会いも短い思い出も、今の大切な時間を形作る。
 人と人の人生はどこで交わるか分からない。だからこそ面白いし、喜びが生まれる。悲しみや苦しみを越えて。

 街の中心付近にある小高い山の上、神社から見下ろす初秋の町は色づき始めた紅葉とともに素晴らしい風景を作り出していた。
 境内から離れたところでその風景を見る天正の後ろから声がかかった。
「天正さん、何を一人で黄昏てるんですか、かっこつけて」
 春待だ。
「あの時を思い出しててさ。すごい事件の中にいたんだなあと思って」
「そうですね。僕も大変でしたし。にしても久しぶりですね、彼らと会うのも」
 今日は十月一日。久々に十一月党で集まろうという日だった。
 それぞれが個別で会うことはあっても仕事柄五人揃うことは滅多にないのだ。だからこうして丸ごと一日を休みに取る。
「竜潜さんと霜月さんが来るまでにまだ時間がありますね」
 神楽は神社の中でせっせと準備をしているらしい。手伝うといっても聞いてくれないのだ。先日振舞った化け狸の男鍋が不服だったらしい。
「あんなすげえ戦いをしたり見てたせいでさ、最近の仕事に張り合いなくないか?」
「はぁー…全く天正さんのその向上心は止まることがないですね、最近どんどん紅火の使い方もレベルアップしてますし」
「追いつきたいじゃん?あの人たちに」
「それは分かりますけど、僕があなたの弟子だってことを忘れないで欲しいですね」
「うん?」
「僕も追いつきたいんですよ、天正さんの背中に」
「はっはっは。そうかそれはすまねえな。だけど、どんどん俺は進んでいくぜ」
「分かってますよ。だからちょっと手合わせしてくれません?」
「そう来たか。いいぜ、何だかんだ言ってお前がガイナの元で手にしてきた魔術も全部見せてもらってないしな」
 二人は境内の石畳の上で向かい合う。器物は壊さない程度で試合を始める。
 もちろん紅火は能力なしのただの刀として。
「ああ、そうだ。天正さん」
 刀を交えながら春待が言う。
「なんだ?」
 会話はしているものの二人の間では斬撃がいくつもぶつかり合い続けている。
「氷華一刀流やめたんですよ」
「え?またそりゃなんで」
「というか改名しました」
「ああ。当ててやろうか?」
「どうぞ」
「桜花一刀流」
「音は正解です。では」
 春待の拳が光り始める。ガイナから教わったと以前言っていたような気がする。
「桜夏一刀流・夜桜」
 春待の刀に氷と風が纏われる。天正はすぐにガイナが使っていた氷雪魔法だと気づいた。ならば夜桜の夜はナイトか。
 風で加速し、氷の鋭さを持って力、速度共に申し分ない一撃が繰り出された。
 キィィーンと甲高い音が響いて、神社の上に刃が弾き飛んだ。
 サクッと落ちた刃は地面に刺さる。その刀身は銀色。
「はあ…」
 春待がため息をこぼす。その腕に握られていた刀は鍔の少し上から刀身が無くなっていた。
「焔・陽炎って名前だけどどう?」
「能力は使わないって言ったじゃないですかぁっ!」
 春待が天正に叫ぶ。
「だってお前だけ魔法とかずるいしー…」
「それはそうですけど…もう。やっぱり師匠には勝てないです」
「そう落ち込むなって。能力使わなきゃ負けたかもしれないし」
「どの口が言うんですか…」
 二人は笑った。

 いつの間にか縁側から神楽がそんな二人を眺めていた。

 やがて竜潜と霜月も石段を上がってくる。


 気づけば、夏の終わりで。
 遠雷がどこかで鳴って、秋雨がしとしとと大地を潤す。

 気づけば、雨は止んで。
 灰色の空から青い空と淡い色の鳥が覗き込んだ。

 気づけば、夕暮れで。
 夜風が心地よく五人をなでていく。

 気づけば、日は沈んで。
 流れ星が空に輝いて、月は明るく賑やかな神社を照らす。

 気づけば、真夜中で。
 温い闇が町を覆い、片隅で猫の鳴く声がする。


 —今日も地球は平和です。


 ***END***


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