——むくりこくりは、民俗語彙のひとつ。
怖ろしいもののたとえ。もくりこくりとも。

ぼくは、怖かったのです。
このまま日常が続くことが。
何も変わらないままであることが。

だから、殺そうと思いました。
もっくり、死ね。



「もくりこくり」との出会いは漫画の中でした。
地味な青年誌に連載している地味な妖怪漫画。
世間一般からは見向きもされないその感じが好きで、
ぼくは好んで読んでいたのです。

その作品のもくりこくりは、
作業用の小刀をなくして困るちょっとお茶目な妖怪で。
他の妖怪の皮を剥いですっきりさせてあげていて。
こいつは本当に悪い奴なのか、と思ったものです。

これもその作品の受け売りですが、
もくり、とかこくり、といった言葉には、
剥ぐという意味があるのだそうです。
だから、もくりこくりは剥いで殺すわけです。

もくりこくりが剥ぐのは皮だけではありません。
疲労も、過去も、すべて剥ぎ取っていきます。
だからこそ、剥がれた妖怪がすっきりするのです。



当時、漫画を読んでいたぼくは何も思いませんでしたが、
今となってみると、これだ、と思うのです。
そうだ、剥ぎ取るんだ、と。



大学生になったばかりのころは非日常の毎日でした。
初めての一人暮らし。
初めての大学。
初めてのサークル。
初めてのお酒。
初めての恋愛。ここは個人差がありますかね。
なんであれ、飽きない毎日だったのです。

そう、なったばかりのころは。

今となっては灰色の毎日です。
すでにマンネリ化してしまったのです。

そんな日々を変えたかったのです。
だから、殺そうと思いました。


対象がもっくりであることに、特に理由はないのです。
しいて言うならば、
「もっくりしね」
この言葉すらマンネリ化しているからです。

本当に殺したらどうなるんだろう?
もっくりしねと言っている奴らはどんな顔をするだろう?
そして、もっくりは死ぬ前にどうなるだろう?

友達が死ねば、きっとぼくも変わると思いました。
友達を殺せば、必ずぼくは変われると思えました。



もっくりは死にました。
予想以上にあっさりと。

顔の皮を剥いでいたので、ニュースでも大騒ぎになりました。
インタビューに答える旧友も見られました。

作業中の感触、罪悪感、そして夢に出るもっくり。
しばらくは非日常でした。
長続きしませんでしたけれど。


そこで、まだ殺すことにしました。
今度は誰にしようか。
正直言って、誰にも恨みはないのです。
だからこそ、殺すなら誰でもいいのです。


ぼくはもっくりの跡を継いでシリコンを再開しました。
あいつのことを忘れないために、が建前です。
誰を殺すかを決めるために、が本音です。

ぼくはシリコンの最下位を殺していくことにしました。
誰を殺すか、もっくりに委ねることにしたのです。

自分が最下位になったときが、ゲームの終わり。
それはそれで非日常ですから。それでもいいのです。



さあ、もっくり、今回は誰に「しね」と言うの?


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