◯
「高橋さん、そろそろ食事に行きませんか? もう5時です」
会話が一段落したところで、海老原が腕時計を見ながら言った。つられて私も置き時計を見る。見ると4時58分を指していた。
「そうだな。そうしよう」
私が頷くと、海老原が椅子から立ち上がる。
「じゃあ私先に行きますねー」
海老原が部屋の扉まで行き、急ぐように靴を履こうとする。なかなか靴紐が結べないらしく、もどかしそうにしていた。
「そんなに急いでもご飯は逃げないよ」
「そうなんですけど、食堂に一番乗りしたいじゃないですか」
「何だその子供っぽい理由は……」
呆れたように言うと、海老原は笑って扉を開けた。そしてそのまま外に出て、こっちを向いた。
「ほら高橋さん。早く早く……あれ?」
目の端に何か写ったらしく、海老原は隣の部屋の方に顔を向けた。そしてそのまま表情が固まった。
「ん、どうした?」
声をかけると、海老原は怯えたように隣の部屋の方を指さした。
「高橋さん、あれ……」
そのただならぬ様子に嫌なものを感じ、急いで靴を履いて部屋の外を出る。そして扉から顔を出して海老原が指差す方を見ると、思わず息を呑んだ。海老原が呟いた。
「あれ、血ですよね……」
その光景を、なかなか現実と思うことが出来なかった。隣の部屋——確か103号室——の扉の下から、大量の血が流れていた。見るだけで致死量と分かる量だ。しばらくその場で固まったが、状況を飲み込むと、103号室の前まで行って力強く扉を叩いた。
「おい、大丈夫か! いたら返事をしろ!」
数回叫んだが、中からは何も反応がない。続けて叩こうをしたが、海老原が私の腕を掴んだ。振り向くと、震えながら口に人差し指を当てていた。海老原はかすれるような声で言った。
「……中に危ない人がいるかもしれません。急いで管理人の松長さんの所へ行きましょう」
その言葉に、少し考えこむ。ここで扉を叩き続ければ、もしこれが殺人であった場合、犯人への牽制になる。それに中で怪我をしている人もそのうち声を出せるかもしれない。だが犯人がドアから出てきた時、女二人ではどうすることもできない。血の量から中にいる人は死んだと考え、男手を呼ぶのがより現実的だろう——
そこまで思考した後、海老原の手を掴み、声をかけた。
「行くぞ!」
「は、はい!」
海老原の手を握って、廊下を南に走る。一旦止まって自分の部屋の鍵を急いでかけ、また走りだした。104号室。隣の105号室。次にトイレ、そして食堂。その後に管理人室。急いで部屋に駆け込むと、料理を作っていた管理人の松長きみ子が驚いた顔をした。
「あら。そんなに急いでどうしたの?」
しわくちゃでヨーダのような顔をしたきみ子が、息を切らした自分達を見て不思議そうに尋ねてきた。
「103号室で、殺人が……」
きみ子は「え?」という顔をし、自分達をまじまじと見つめる。
「まあ! わたしの宿に限ってそんな物騒なことあるわけ無いじゃない」
「早く、警察と救急車を……血だまりが……」
息も絶え絶えに言うと、流石に気になったのだろうか、きみ子は管理人室から顔を出して103号室の方を見た。そしてそこに真っ赤ものを発見すると、きみ子は顔色を変えた。
「あっらー! 大変、警察呼ばなきゃ」
きみ子が急いで電話をかけている間に内線用の電話機の方に近づき、番号表を確認する。
「すまない。内線を借りる」
今の状態は危険だ。早く男衆を呼ぶ必要がある。
まずは101号室に内線をかけた。ポチポチとボタンを押したあと、呼び出し音が鳴る。三十秒ほどコール音が鳴った後、受話器を上げる音がした。
「はい、伊東ですが」
青年の声がした。時間がないので、短く用件を言った。
「伊東、今すぐ管理人室に来てもらえないか」
私の声を聞いて、伊東は戸惑ったようだった。
「あれ、高橋さん? どうして管理人室からかけてるの?」
「とりあえず早めに来てもらえないか。理由は来る途中に分かる」
「え? それってどういう——」
「いいから早く来い!」
半ば怒鳴り気味に言って受話器を下ろした。それからすぐに105号室にかける。こちらの方は一分くらい出るのに時間がかかった。
「何だよばあさん。飯は後から行くって」
受話器を取ると、男は面倒くさそうに言った。根本という名前のガタイのいい男だ。
「高橋だ。今すぐ管理人室に来てくれ」
「ああ? 高橋?」
「今すぐ管理人室へ。分かったか?」
根本が返事をする前に電話を切った。それからもう一度番号表を見て、103号室の番号を確認する。覚悟を決めると番号を押し、電話を耳に当てた。すぐにコール音が鳴る。しばらく鳴らし続けたが、誰も出なかった。
その内に、伊東と根本が管理人室にやって来た。
「ちょ、ちょっと、血が流れてたけど、な、何があったの」
「おい、何が起こってんだよ」
着くやいなや彼らは次々に質問をしてきたが、何が起こったのか知りたいのは私も同じだ。
「それを把握するために君らを呼び出したんだ」
そう言って、きみ子の方を見る。きみ子は電話を耳に当てながらオロオロしていた。
「警察も救急車も出ないわ」
「とりあえず、合鍵は?」
きみ子はごそごそとポケットの中を探り、鍵がついた木の板を取り出した。
「これ?」
「少し借りる」
半ば強制的に鍵を奪うと、皆に声をかける。
「よし、行くぞ」
「え、あの部屋に入るの?」
私の行動を見た伊東が少したじろいだ。
「当たり前だ。何のために呼んだと思ってる」
「行くならさっさと行ったほうがいいぜ。血がヤバかったからな」
根本が落ち着いた声で言った。
「そういうことだ。嫌なら管理人と二人でここで待っていろ」
「あ、いや、僕も行くよ……」
それを聞き、急いで管理人室を出る。すぐ後ろに根本が、その後に海老原、伊東がついてきた。小走りで103号室の前に来ると、血の量がさっきより増えていた。根本が呟く。
「こりゃ確実に死んでんな……」
「そうだろうけど、ちゃんと確認する必要がある」
合鍵を鍵穴に差し込み、右にひねる。カチャッと音がしてロックが解かれた。そして恐る恐る扉を開ける。
「きゃっ!」
その光景を見て海老原が口元をおさえた。扉を開けたすぐそこに、血まみれの男がうつ伏せに倒れていた。体の何ヶ所に刺された跡があり、そこから血が流れ出していた。そしてそれらの傷を付けたであろうナイフが、男の背中に深々と刺さっていた。
「確か下田って名前だったよなこのおっさん」
そう言って根本が観察を始めた。その間に、血を踏まないようにして部屋の奥に入って窓側へ行く。窓にはきちんと鍵がかかっており、ご丁寧に二重ロックまでしてあった。
「鍵がかかってるな」
「え、本当?」
伊東が驚いたような顔をした。そして周りを見回す。
見ての通りこれは殺人だ。そしてこの部屋に犯人はいなかった。ということは何らかの手段でこの部屋を出たことになる。ただ、廊下側の扉も窓も鍵がかかっていた。つまり犯人が使ったのは恐らく————
そこまで考えて、この部屋にある『もう2つ』の侵入手段を見た。この宿の各部屋は正方形の形をしており、東西にそれぞれ廊下に出る扉と窓がある。そしてこの建物には、南北に『隣の部屋に行ける特殊な扉』が存在しているのだ。
その名を『コミュニティドア』という。
「……まあ、時間はある。トリックを考えてみようじゃないか」
そう伊東に話しかけた。
●
「何だ何だ? ミステリーか?」
高橋の話が一段落すると、男は戸惑った。
「その通り、これはミステリーだ。それで、犯人は誰だと思う?
高橋がそう言うと、男は腕組みした。
「うーん。今の話だけじゃ全然分からんなあ」
男の言葉に、高橋が頷いた。
「そうだな。あんたの言うとおりだ。この話はまだ続くし、それを聞いてからでないと推理は出来ない。今のところ言えるのは、登場人物が高橋、海老原、伊東、根本、松長夫妻の6人だということ。そして犯行のあった部屋には既に犯人はおらず、廊下側の扉と窓には鍵がかかっていた。この2つだ」
「つまり残りの2つのドアがポイントだと、そう言いたいのか」
「そういうことだな。では続きを話していこうか」
そう言って、高橋は話を再開した。
◯
「コミュニティドア」と名付けられたそのドアは、隣の部屋の人々とより親密になるために設置されているドアだが、殆ど使われる事はない。知らない人の部屋を遠慮無く訪ねられるような日本人がどれだけいるのかを考えたら当然とも言える。
この宿は北から101号室、102号室、103号室、104号室、105号室と部屋が並んでおり、それぞれの部屋の間にコミュニティドアがある。つまり全てあわせて4つ存在する。火災の際は全てのロックが外れて非常通路となるが、そうでもない限りこのドアを開けるにはあるプロセスを踏まなければならない。
まず隣の部屋に行きたい時、ドアの横についている機械の「申請」と書かれた青いボタンを押す。すると相手側の部屋でチャイムとランプがつき、機械にあるマイクとスピーカーで音声通話が出来るようになる。これを使って用件や訪問理由を伝え、相手が緑の「承認」ボタンを押せばロックが外れ、赤い「キャンセル」ボタンを押すと申請が無効になる。
これらのことが部屋においてあった説明書に書いてあった。他にも、扉を閉めたら再びロックされるので注意すること、また非常通路となるのでドアの前に荷物は置いてはいけないことなど注意書きがあった。
現在最も注目すべき点は、片方が申請ボタンを押し、もう片方が承認ボタンを押さねばならないというシステムだろう。このルールは「両方の部屋に人がいないとドアは開かない」ということを示している。
103号室の男である下田を最後に見たのは恐らく私達だろう。1時間前に海老原の部屋——102号室に言って彼女を誘い、一緒に私の部屋に来た。その時に下田とすれ違ったのだ。軽く会釈をすると、彼はじっと私達を見、そして自分の部屋に入っていった。それから私達は、私の部屋である104号室に入ったのだ。つまりそれから1時間、102号室と103号室の間は海老原がいないため通行不可、103号室と104号室の間も私が承認も認証も押していないので通行不可なのだ。海老原が窓の鍵と扉の鍵をきちんとかけていたのは私が確認しているため、この1時間に誰かが海老原の部屋に入ったとは考えがたい。要するに103号室に入る全てのルートは一応閉ざされているおり、ある種の密室状態なのだ。
そのことを皆に説明すると、根本が私を指さした。
「高橋がドアを開けなかったっていう証拠はあるのかよ」
「私が証明しますよ。私ずっと高橋さんと一緒にいましたけど、高橋さんは一度も機械にに触ってませんでした!」
海老原が援護してくれたが、根本は淡々と言った。
「お前もグルかもしれねーじゃねえか。証拠にはならねえよ。女二人が『部屋に入れてください!』って言ったら、いい年したおっさんなら喜んで入れるだろ。そんでもってグサッと」
「え、根本さん私達を疑ってるんですか?」
「その可能性があるってだけだ」
「でも疑われたらいい気はしないですよ!」
「いや、根本の言う通りだ」一理あると思ったので口を挟んだ。「私達が何もしていないという証明は、私達の証言だけでは無理だ。何か別の方法で——」
「あっ」
今まで黙っていた伊東が突然を声を上げた。
「どうした」
「ほら、ここに血で文字が書いてある」
「字?」
伊東が指さしたところを皆で覗いてみると、死体の右手の先の方に血で書かれた文字があった。人差し指も血で汚れているから、恐らく本人が書いたのだろう。それはアルファベットの大文字でこう並んでいた。
『M O K K U R I S I』
最後の「I」の右側は血溜まりになっている。『MOKKURISI』で終わりかもしれないし、続きがあるのかもしれない。
「これはいわゆるダイイングメッセージってものだね」
伊東が珍しそうに文字列を眺めた。
「『もっくりし』……って何でしょうか」
海老原が首をかしげる。
「これだけでは意味が通らないから、恐らく血溜まりの中に続きがあるのだろう。血で汚れた面積から考えてあと一、二文字といったところか」
「もし文だったら、この中に区切れがありそうなものだけどね」
そう言って伊東が呟きはじめた。
「も、っくりし。もっ、くりし。もっく、りし。もっくり、し……。『もっくり』が一番単語としてはしっくり来るね。もっくりもっくり……」
「『もっくり死す』じゃねーかな」
伊東の呟きを聞いていた根本が発言した。
「でも、この人の名前は下田だよ。「も」しか合わない」
「じゃあ『死す』じゃなくて『死ね』なのか?」
「そうだったら笑えるな。『死ね』って言う奴が死んでるんだから」
「全然笑えませんよ高橋さん。実際に人が亡くなってるんですよ」
海老原が私を叱った。
「あ……済まない」
普通だったらもっと怯えたり、驚いたりするところなんだろうが、何故が感覚が麻痺している。だが仕方ないといえば仕方ない。こんな所にいれば皆そうなる。
「今の案を採用すれば、犯人が『もっくり』の可能性もあるね」
「誰も『もっくり』って言われそうな奴はいねーぞ」
「そうなんだよなあ。うーん……僕らの知らない外部犯なのかな」
伊東が一人で悩みだした。
すると突然、部屋の電話が鳴り響いた。内線の音だ。一番電話機の近くにいた海老原が受話器をとると、私達にも聞こえる程の声できみ子がしゃべった。
『皆さん、もうご飯できてますよ』
根本が「あー……」と言いながら頭を掻いた。
「とりあえず、不味い飯食いに行くか」
●
「……はあ」
聞き終わると、男は間の抜けたような声を出した。
「とりあえず、『もっくりし』というダイイングメッセージについてどう思う?」
高橋が聞くと、男は首を横に振った。
「どう思うもなにも、意味が分からん」
「本当に?」
「ああ。大体『もっくりし』って何だよ」
「それを今あんたに聞いてるんじゃないか」
「皆目検討もつかん」
「そうか」
高橋は男の顔を眺め続けたが、やがて大きく息を吐いた。
「まあ今は、続きを話そう」
そう言って、高橋は語りはじめた。
◯
この宿の正式名称は「松長民宿」という。民宿にしては部屋が結構整っているし、自分の家具も持ち込み可能というよく分からない宿だ。利用は日帰りから一年契約まで様々で、民宿と下宿を足して二で割ったような感じになっている。いやむしろ日帰りできる下宿といったほうが分かりやすいかもしれない。だからこの宿を「松長下宿」と呼ぶ人もいる。値段は安いが、食事はお世辞にも美味いとは言えないこの宿だが、住人は親しみやすい人ばかりで、悪いところでもない。その宿の食堂に、皆集まっていた。
「水くれ水」
根本が新聞を読みながら海老原の方に手を延ばした。
「は、はい。どうぞ」
海老原が慌てて水の入った薬缶を根本の方にずらした。その様子を見ていた伊東が声をかける。
「一人で水飲みすぎじゃない?」
「うるせえ。料理に塩入れすぎなんだよ。文句は婆さんに言ってくれ」
「……呑気に食事中のところ悪いが、そろそろ事件の話をしてもいいか?」
そう口に出すと、根本が露骨に嫌そうな顔をした。
「今殺人の話をするのか? 唯でさえ不味い飯がさらに不味くなるぜ」
根本が反論する。しかし話をするなら今しかない。
「折角ここに集まってるんだ。この機会を利用しない手はない」
「そうですよ。このまま放っとくのは気持ち悪いし怖いです」
「僕も高橋さんに賛成だ。それにこれ以上飯が不味くなることはないよ」
海老原と伊東が私に賛成してくれた。根本は渋々新聞をたたんだ。
「で、何やるんだ」
「最初は証言から聞いていこう。たとえアリバイがなくても、一応聞いておく必要がある」
すると、根本は私を指さした。
「じゃあ言い出しっぺのお前から言えよ」
「分かった」
そうして時計を見る。今は5時半だ。最後に下田を見たのは、確か4時くらいだっただろうか。
「まず、4時頃に私は海老原の部屋に行って、彼女を自分の部屋に誘った」
「なんで誘ったんだ?」
根本がいきなり話を切った。せめて最後まで聞いて欲しいと思ったが、仕方なく答える。
「いつも私はこの時間に海老原を誘うし、私の部屋には本棚がある。本を貸したり本の話をする場合が多いから、私の部屋の方が都合がいいんだ。続けていいか?」
根本は黙って頷いた。
「では続ける。海老原と一緒に歩いている時に下田とすれ違った。つまり4時頃は、彼はまだ生きていたことになる。それから私達は私の部屋に入り、それから5時まで話し込んでいた。その間どちらも部屋の外に出なかったし、機械を触ることもなかったはずだ」
「で、今ので合ってるのか海老原」
根本が海老原の方を見た。
「はい。問題ないです。部屋を出る時にちゃんと鍵をかけたので、誰も私の部屋には入ってないと思います」
「鍵をかけていたのは、私も見たぞ。管理人室に走りこむ前に103号室も部屋をかけたから、私の部屋にも入れないはずだ」
「ちょっと待って、誰がどの部屋なんだっけ。こんがらがってきた」
伊東が額を手で押さえた。仕方がないのでチラシの裏に転がっていたボールペンで地図を書く。
┏━─━┳─┓ N
┃101┃ ┃ ↑
┃ 伊東 │ ┃ W←┼→E
┃ ┃ ┃ ↓
┣━─━┫廊┃ S
┃102┃ ┃
┃海老原│ ┃
┃ ┃ ┃
庭 ┣━─━┫下┃
┃103┃ ┃
┃ 下田 │ ┃
┃(死亡)┃ ┃
┣━─━┫ ┃
┃104┃ ┃
┃ 高橋 │ ┃
┃ ┃廊┃
┣━─━┫ ┃
┃105┃ ┃
庭 ┃ 根本 │ ┃
┃ ┃下┃
┣━━━┫ ┃
┃トイレ ┃
┣━━━┫ ┃
┃ 食堂 ┃
┏━╋━━━┫ ┗┓
┃ 管理人室 玄関
┗━┻━━━┻━━┛
「太い線が壁で、薄い線は扉のつもりだ」
ボールペンを元あった場所に置くと、根本が地図の上の方を指さした。
「おいおい、コミュニティドア、だったか。あの変なドアが5つあるじゃねーか」
根本が指さしたのは101号室と外を結ぶドアだった。
「コミュニティドアは非常用通路にもなるんだ。だから101号室だけは外と繋がってる訳だが、このドアだけは非常時にしか使わないから例の機械がついていない。だからコミュニティドアにはカウントしなかった」
「これは犯人が非常用の感知装置を誤作動させて、全部のドアを開けて逃走したってことでいいのか」
「そんなことしたら全員気付くだろう」
「まあ……そうだな」
「非常用装置は作動した回数をカウントするようだが、その数字はゼロだった。つまりこの事件において非常用装置は使われていないんだ」
「いつの間にそんな事調べたんだ?」
「君が呑気に新聞をめくっている間に、だ。装置の事を聞き出すのは苦労したぞ。何せ管理人は耳が遠いからな」
「あーご苦労さん」
根本が特に興味無さげに言った。
「よし、次は伊東の番だ」
「僕の番?」
「証言だ。一時間前からの」
「あー、そういえばそうだったね」
伊東は腕を組んで少しばかり唸っていたが、やがて顔を上げた。
「ずっと本読んでたなあ」
「一度も部屋から出なかったのか?」
「一回トイレに行った記憶があるけど……」
「ちなみに何の本ですか?」
海老原が興味津々といった感じに聞いた。
「『陽だまりの彼女』っていう本。まだ半分しか読んでないけど」
「あ……」
その本の名前を聞いて海老原は気まずそうな顔をした。伊東は不思議そうに彼女を見る。
「どうしたの? 面白くないの?」
「私もその本を新品で持ってるんだがね。海老原が本棚を倒してページが結構折れてしまったんだよ。これから読もうと思ってたんだけど」
事情を思い出し、きょとんとする伊東に説明した。海老原が申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にすみません……」
「別にいいさ。本棚を本でギチギチにした私も悪い」
「おい、証言はもういいのかよ」
話の仲間はずれにされた根本が苛立たしそうに言った。
「済まない、次は君だ。根本」
「俺も大してしゃべることは無いんだけどな」
根本は左手の腕時計を見る。
「んーと。三時まで仕事の関係で外行ってたな。で、ここに帰ってきてから一度買い出しに行った。大体三十分ぐらいか」
「日曜日も仕事なんて中々ハードだねえ」
「まあな。お前もいつ仕事来るか分からんぜ。なにせネタはどこかしこにあるからな」
「でもフリーだからね。少しは気楽さ」
その会話で、彼らが報道関係の仕事だったことを思い出す。まあ私も似たようなものだが。
「それで、三時半に帰ってからは何をしてたんだ?」
「ずっとギター弾いてたな」
「ギター?」
少し疑問を覚えて海老原を見る。
「海老原。ギターの音なんて聞こえたか?」
「全然ですね。でもこの建物は結構防音だって聞きましたけど」
「そうなのか?」
根本が頷く。
「アンプつけて弾いても廊下にほとんど漏れないもんな」
「でももっと壁が薄かったら、下田って人の声も聞こえたかもね」
伊東が壁を眺める。確かに殺される時に下田は何かしら叫んだり助けを求めたりしただろうから、壁が薄かったら104号室にも聞こえていたかもしれない。そして103号室の扉を叩いた時に、私の声が中にあまり聞こえていなかった可能性もある。
「まとめると、事件があったであろう一時間、海老原と私は104号室に、伊東は101号室、根本は105号室にずっと居たわけだ」
「ばあさんとじいさんは?」
「両方ともずっと管理人室にいたようだ。松長……哲也だったか、彼は部屋の奥にいたそうだ」
「ほーお。つまり全員の言葉を信用するなら、誰も殺ってねえってことだな」
「まるで誰かを疑ってるような口ぶりだな」
そう言うと、根本がこっちの方をジロっと見た。
「だからお前ら二人が一番怪しいんだって。おっさんの部屋の隣の部屋にいたのはお前らだけなんだろ。窓も扉も内側閉まってたらしいじゃねえか」
「そうだな。つまり何らかの方法で私たちの身の潔白を証明する必要がある」
「そんなこと言っても……」
海老原が不安そうな顔をした。
「どうしたら信用してくれるんでしょうか?」
それを聞いて根本がニヤッと笑う。
「そうだなあ、一回ヤらせてくれたら信じてやってもいいぜ」
「……だそうだ管理人」
会話を振ると、料理をついでいたきみ子がこっちも向いた。
「え? なあに?」
「いや……なんでもねえ」
根本が顔をしかめた。
「あっらー。遠慮しないで言えばいいのに」
「えみ……きみ子さん。ほんとにになんでも無いんです」
海老原が言ってようやくきみ子が元の場所に戻る。
「まあ、そんなことをしなくても管理人はおそらく潔白だろう。自分の経営する所で殺人をするメリットがないし、そもそも年寄りの女性一人で男をメッタ刺しにはできない」
「それですよ!」
海老原が嬉しそうに叫ぶ。
「高橋さんと私は女性ですから、あんな力技のような殺人はできませんよ!」
「油断させてから殺ったかもしれねーじゃん」
「じゃあおばあさんも犯人候補に戻す?」
伊東が食器を洗うきみ子をチラッと見た。
「ばあさんが来たら油断どころか身構えるだろ」
「それもそうだね」
ようやく情報が集まりかけてくる。量はまだまだ足りないが、事件の時のイメージが形になってくる。少し考えないといけない。
「すまないが、しばらく考えさせてくれ。事件の整理をしたい」
「おう。頑張れ」
根本は再び新聞を広げ始める。私は腕を組んで背もたれに体を乗せる。そして一度頭を空っぽにし、それから事件について思いを巡らす。皆の声がぼんやりと耳の中に入ってくる。
「何かニュースある?」
「『田野首相、辞任』とかあるぞ」
「へえー。ようやく辞めたんだあの人」
「近い内近い内とか言っておきながら一年経ったな」
「衆議院の任期全部やり通すなんて流石だね。かなり批判受けてたのに。他にニュースはない?」
「他は……『ティムーラ共和国大統領ジョン・レッド、セルフクーデター』」
「セルフクーデター? 何それ」
「なんでも、議員や官僚、政府を構成している奴らを軒並み皆殺しにして政府を作りなおしたらしい。ティムーラは現在大混乱だとさ」
「『血塗れのジャック』の名前も伊達じゃないな」
「へー。『ジョン氏は虐殺について、友達と遊びたかっただけ、と述べています』だってさ。そうとう狂ってんなコイツ。『なおこの事件の混乱に乗じてティムーラ共和国のテロ集団パトリオットが一名日本に密入国した模様』……これは怖えーな。あの愛国排他残虐ヤローどもだろ」
「ティムーラ人もモンゴロイドだから日本人と全然見分けつかないもんね」
「特に日本人を狙うらしいしからな。怖い怖い」
「あのー」
「ん? なんだ海老原」
「さっきから高橋さんピクリとも動きませんけど、大丈夫でしょうか」
「あ? しばらく考えさせろっつったのはコイツだろ」
「そうですけど……」
海老原がそういった時に、ようやく目を開ける。
「お、よく眠れたか?」
「眠ってたわけではない」
「で、整理って奴はできたのか?」
「一応はな……」
しかしここでは言うべきで無い気がする。なぜなら現時点で一番怪しいのは海老原だからだ。
海老原の方を向くと、彼女はにこっと微笑んだ。彼女が犯人とはあまり思いたくないが、最有力候補だ。下田が殺されたのは4時から5時にかけて。その間犯人が通るとしたら彼女の部屋しかない。さっきは103号室を『密室』と思ったが、一つだけ出ていく方法があるのだ。
まず私が来る前に海老原が下田の部屋、伊東の部屋へのコミュニティドア申請をする、そして私と部屋を出た後、下田と伊東が申請を承諾してロックが外れ、101号室〜103号室間が繋がる。そこを伊東が通って下田を殺害し、ドアを閉めて101号室に帰る。伊東と海老原はグル。これなら一応筋が通る。
ただ、可能性は低いと言わざるをえない。まず申請してなぜ下田はすぐに承諾しなかったのか。これが第一の疑問だ。しかしこれは方法がないわけでもない。例えば海老原が、それこそ色仕掛けでも使って、部屋を出てから申請承諾してください、などと頼めば承諾を遅らせることはできる。だが、私が来るタイミングを完全に見計らわないとできないのでかなり難しい。そして第二の疑問は、伊東の存在だ。下田が部屋を開けてすぐそこに伊東がいたら、必ず下田は怪しんで扉を閉めるだろうし、伊東がその前に下田の部屋に入って刺したとすればもっと血が部屋中に散っていてもいいはずだ。しかし下田は廊下側の扉の前で倒れており、102号室側のコミュニティドアの側にはほとんど血がない。これは下田と犯人が顔見知りで、下田が犯人を自分から部屋に入れるぐらいの関係だと推測できる。伊東と下田の仲が良かったと考えることもできるが、少し不自然だ。仲が良かったとしても102号室でばったり出くわしたら訝しむに決まっている。
このような理由から、102号室を利用した可能性は低いため、『ほぼ密室』と言えるだろう。しかしこの方法以外に103号室を抜け出る方法を思いつけない。だから海老原が怪しくなってくる。私としては根本が犯人であるのがイメージにぴったり合うのだが、犯人を先入観で決めてはいけない。
それでも自分の考えをより強固にするには、再び現場検証をする必要がある。そこで三人に声をかけた。
「もう一度103号室に行かないか」
「え、また?」
伊東が嫌そうな素振りを見せた。
「まだ全然検証ができていない。少なくとも、本当に廊下側の扉、そして窓側は通れないのか、あとは天井、床に怪しいところはないか、それからコミュニティドアの申請ほ実際にどのようなものか、の三点は確認するべきだ」
「そんなもん一人でやれよめんどくせえ」
根本が溜息をついた。
「そうしたい所だが、全員が容疑者だ。単独行動は猜疑心の種になる。集団行動した方がいい」
「……仕方ねえな」
根本が面倒臭そうに新聞をたたんだ。
「やけに素直だな」
「ま、高橋が怪しいって言ったのは俺だからな」
そう言って根本がおもむろに席を立つ。海老原も立ち、伊東も渋々立ちあがる。
「よし、では行こうか」
そしてそのまま四人一緒に食堂を出た。
●
「つまり海老原が犯人か」
高橋が話し終えると、男がどうでもよさそうに言った。
「まだ話は途中なんだが」
高橋が男をじっと見る。
「海老原が一番怪しいって言ったのはお前さんじゃないか」
「確かに、その時は私もそう思っていたさ」
「……なんだその意味深なセリフは」
「ふん。コミュニティドア、なんていかにも犯人が使いそうな小道具に私はずっと囚われていたんだよ」
「どういうことだ?」
「聞けば分かる。そしてその時あんたは理解するだろう。私がこのミステリーを話す理由を」
高橋はゆっくり息を吸い、そして話を再開した。
○
食堂を出た右手には、この宿の玄関がある。といってもこの宿は土足のスペースが多いので靴箱等はなく、がらんとしている。だがそこに気になるものが置いてあった。
「玄関に寄ってもいいか?」
「どうした? 証拠隠滅か?」
「台帳だよ。下田がいつからここにいるのか調べる必要がある」
私がこの宿に来た時には、既に下田は103号室にいた。役に立つかどうか分からないが、調べておく価値はある。
玄関まで歩き、机の上においてある台帳を持ち上げる。ずっしりと重い。開いてみると、びっしりと名前が書いてあった。上から順に読んでいく。
「3月21日、高橋。3月19日、下田。ということは下田は私と2日違いなのか」
「二人とも一週間前ぐらいに来たんだったね」
「それから……3月2日、海老原。結構間が開くな。2月21日、根本。2月10日、伊東。その前は、吉原、上杉、雷門、根本、笠井、林、大野、海老原、佐々木、田村、伊東……。君たちは意外とこの宿使ってるんだな」
「そうですね。結構常連だと思いますよ。なにせ安いですから」
「確かに悪い場所ではないが……ん?」
その時、妙なものに気がついた。名前の左側に所々チェックが入っているのだ。私の名前にもある。
「何だ? このチェックは」
「どうした?」
「ほら、名前の左にチェックがあるだろ」
根本に見せると、彼は興味深げな顔をした。
「まず高橋にチェックが入ってるな。それから下田、吉原、林、田村……。なんだこれは?」
「吉原、林、田村?」
今聞いた名前が少し引っかかる。
「どこかで聞いたような気がするな」
しばらく悩んでいると、ページをめくっていた伊東が「分かった!」と声を上げた。
「本当か?」
「チェックが入ってるのは初利用の客なんだよ。ほら、吉原さんとか林さんはページをめくっていっても載ってないけど、僕達はもちろん、上杉さんとか雷門さんとかは何回か名前が書いてある」
見てみると伊東の言ったとおりだった。チェックが入ってない人はこの宿を何回も利用している。根本などは10回も見かけた。
「飯がまずいまずい言う割にはよく利用してるじゃないか、根本」
「海老原の言うように安いしな。安かろう悪かろうって奴だ」
「一年契約とかはしないのか?」
「二週間以上帰ってこれない時は引き払わないといけねんだよ」
「なるほどな」
もう一回台帳をめくってみたが、他に気になる点はなかった。あんまりここにいるのも時間が勿体ない。
「済まないな。そろそろ103号室に行こう」
台帳を机に置くと、そのまま103号室に向かった。廊下に入ると伊東が顔をしかめる。
「やっぱり大量の血というのは心臓に悪いや。そろそろ片付けない?」
「警察が来るまでは無理だな。しばらく血の匂いが染み付くだろが我慢だ」
「分かったよう」
103号室の前に来ると、血の匂いはさらに濃くなった。扉は開けっ放しにしておいたから死体が丸見えだ。血溜まりを踏まないようにするにはどうしようかと考え始めた時、根本がぼそっと呟いた。
「よく考えたら、犯人はじいさんじゃね?」
「松長哲也か?」
「だってじいさんも管理人じゃん。ばあさんがいつも鍵持ってたとは言えさ、鍵をくすねたり合鍵作ったりないんていつでも出来るだろ」
根本の考えも頷ける。事件直後は私も同じように考えた。鍵を使えば簡単に出入りできるからだ。
「実を言えば、私も同じ事を考えた」
「なんだよ、だったら最初からそう言えばいいじゃん」
「だが根本、扉の下の方を見てくれ」
根本はしゃがんで扉をみつめる。そして首を傾げた。
「どこかおかしいか?」
「もし松長哲也が鍵を使って扉を開け、そしてここから出たのだったら、部屋の中の血溜まりを扉が外に押し出すことになる。その時に大量の血が扉の表面につくはずなんだが、扉にそれがないだろう」
根本はもう一回扉の下を眺める。血の跡があるにはあるが、水平に少しだけついているに過ぎない。
「なるほど。確かに血溜まりの上で開け閉めしたんだったら、もっと跡が盛り上がってていいはずだな」
「と、いうことはですよ」
海老原が慎重に部屋の中に入り、扉の裏側の方へ回った。それからこっちも見る。
「私達が部屋の中に入る時この扉を開けましたから、裏側には今高橋さんがいったような跡がついているはずです」
海老原は部屋の電気をつけて、しゃがみこんだ。そして嬉しそうに言った。
「あ! ありましたよ高橋さん! 血の跡が表側よりもたくさん付いてます」
「つまり下田が殺されてからこの扉を閉めた人はいないと考えていいはずだ。だが扉が閉まっていたということは、誰もこの扉を通ってはいないんだ」
「血溜まりが出来る前に出ていったとは考えないのか?」
根本が尋ねてきたが、首を横に振る。
「犯人には返り血がついてるんだ。そんな状態で外へ出たら廊下に滴り落ちるだろう。それがないのだから、部屋の中で着替えるなり何なりしたと考えられるが、その間に血溜まりができるだろうな」
「……よくそこまで考えが行くな」
根本が半ば感心したような顔をした。
「では中に入ろう」
海老原が通ったように一歩ずつ中に入る。中は血の匂いが一番濃く、むせ返るほどだった。まずは海老原のいる扉の後ろに回る。そして内鍵を開け閉めする。かちゃかちゃと音がして鍵が出たり入ったりする。
「この部屋だけオートロックというわけではないようだな。ここも旧式の鍵だ。内鍵をして閉めれば勝手に鍵がかかるという形式ではない」
「窓はどうだい?」
伊東が窓の方を見る。
「それを今から調べに行く」
四人一緒に窓際まで行き、窓を確認する。きちんと二重ロックがかかっており、外からこれをどうこうするのは不可能だろう。
それから男性陣の力を借りて天井をチェックしたり床を調べたりしたが、特に抜け出れそうな所はなかった。あとチェックすべきなのは一つだ。
「よし、海老原。自分の部屋に一回戻って欲しい」
「え、どうしてですか?」
「コミュニティドアは実際どのように使うのか試したい」
「確かに、誰も使わないもんね」
伊東は同意してくれたが、根本は文句を言った。
「おいおい、全員一緒に行動するんじゃなかっのかよ」
「しかしそれではチェックできないだろう」
「じゃあ僕が海老原さんについていくよ」
伊東が名乗りをあげる。根本はまだ不服そうだったが、犯人が証拠を隠すんならもうとっくにやってるだろうという私の言葉で渋々納得してくれた。
二人が部屋を出ていってしばらく経つと、ピンポーンという大きな音がドアの装置から流れた。ランプが強烈な光を放つ。
「でけえ音と光だな」
「これなら寝てても気付くだろう」
そしてスピーカーから海老原の声が聞こえた。
『高橋さん聞こえますか?』
「聞こえるぞ」
『こっちも聞こえます』
「では承認ボタンを押す」
緑のボタンを押すと、ガチャ、と音がしてドアノブが動かせるようになった。ドアを開けると海老原と伊東が機械の前に立っていた。
「プロセスは簡単なようだな」
「そうですね。私が高橋さんの隣の部屋だったら、いつも使ってたかもしれませんね」
「次はこっちから申請しよう」
ドアを閉じると、またガチャっと音がなりロックされた。そして青の申請ボタンを押すと、ピンポーンと幾分控えめな音がした。ランプは光らなかった。
「今度はちっせえな」
「寝ててギリギリ気付くかどうか、という所だな」
『今度はおっきい音だね』
すぐにチャイムが鳴り終わり、スピーカーから伊東の声がした。
「では緑のボタンを押してくれ」
『了解』
十秒経って、ロックの外れたドアから伊東と海老原が入ってきた。
「無音か小さい音ならもしかしてと思ったが、こんなチャイムが鳴ったら絶対気づくな。自分の部屋のコミュニティドアが使われていないことを改めて確信した」
一応確認の目的を話す。すると海老原が尋ねてきた。
「あとは何をすればいいんでしょうか」
何かしたいところだが、今は特に何も思いつかない。
「特に無いな」
「じゃあ、また食堂に戻りますか?」
「いや、私はここに残っていろいろ考えておくよ。皆は先に行っててくれ」
「だからお前が単独行動をするなと——」
根本がそこまで言いかけると、伊東がなだめた。
「まあまあ。また僕が残るから、根本は海老原さんと食堂行っててよ」
二人と二人ならさっきと同じ状況だ。根本は苛立たしそうに海老原と部屋を出ていった。部屋が急に静かになった。
「高橋さんと二人きりなんて初めてじゃない?」
二人が出ていった廊下を見ながら伊東が呟いた。
「いつも海老原と行動してるからな」
「それにしても海老原さんよく高橋さんに懐いてるね」
「懐く? 仲良くはさせてもらってるが」
「誰だって仲良くするよ。高橋さん魅力的だし」
「魅力的、ねえ」
自分が他人にどう見られるかあまり関心がないから、いまいちピンと来ない。
「いい髪だ、とはよく言われる。海老原もしょっちゅう『うらやましいです』って言いながら弄ってくるし」
「まあ、髪も……だけどね」
伊東はわざとらしく笑うと、窓の外を向いた。
「お、高橋さん。桜が咲いてる」
言われて見てみると、庭の桜がいつの間にか咲いていた。もうすぐ4月だからか、これでもか、とばかりに咲き誇っている。
「桜の樹の下には死体が埋まっているのかもしれないな」
「ここにあるけどね」
伊東が死体の方を振り向く。死体に刺さったナイフに光が反射して輝いている。
「ん?」
それを見た伊東が、何かに気付いたようだった。
「どうかしたか?」
「いや、いいナイフだなあとはさっきから思ってたんだけど……」
伊東はゆっくりと死体に歩み寄り、刺さっているナイフを凝視する。私もつられて伊東の後ろに立つ。
「やっぱり……」
「何がやっぱりなんだ?」
「これ、かなり高級なナイフだよ」
「どうして分かる」
「ほら、ここ見て」
伊東がナイフを指さす。近づいてよく見ると、柄に近い部分の刃面、文字と紋章らしきものが刻んであった。文字は『K.E.』とあり、紋章はどこかの家柄のものに見えた。
「英雄の使っていたナイフだよ」
「英雄?」
「ティムーラの英雄、キース・エンフィールド。この紋はエンフィールド家のものだ」
「詳しいな」
「こういう軍事系の話が好きなんだ」
伊東が笑って答えた。
「キース・エンフィールドか。名前だけは聞いたことがあるな。銃の名手だったか」
「確かに銃神なんて謳われてるけどね。武器なら何でも扱えたようだよ」
「それで」ナイフを眺め回す。「下田はその英雄とやらが殺したと」
「そうじゃないと思う」
伊東は首を横に振った。
「キース・エンフィールドは数カ月前に行方不明になってね。その直後に政府が彼の持ち物だった物を全部没収して高値で売りさばいたらしい。だから政府に消されたんじゃないかって噂」
「何で国の英雄を政府が殺すんだ?」
「さあ。政府以外の人気者が出てくると反乱起こすからじゃないかな」
「ふーむ」
ナイフをじっと見つめるが、ナイフは何も語らない。
「その高値のナイフと、この事件は何か関係あるのか?」
「分かんないよ。犯人は金持ちかもしれないってことぐらい? もしくはティムーラ政府関係者か」
「ナイフの云われが分かっても進展無しか……」
少しがっかりして死体の側から離れる。分からないことだらけだ。謎のダイイングメッセージ。謎の脱出経路。謎のナイフ。
「せめていつ下田が死んだか分かればな。なんでこんなに壁が防音なんだ」
「僕に言われても。まあ確かに得するのはギター弾いてる根本ぐらいだね」
その時、何か頭に引っかかった。どの単語だろうか。ギター。根本。根本はギターに関して何か言っていなかっただろうか。
『アンプつけて弾いても廊下にほとんど漏れないもんな』
そう。この建物は防音だ。廊下にもまったく漏れない。音ですら漏れないのに——
「何故血が漏れる?」
「え、何?」
伊東が驚いたようにこっちを向いた。伊東を無視し、扉に近づく。そしてしゃがんで扉の下の方を確認する。非常に分かりづらいが、「それ」はあった。そして扉を動かしてみると、予想通りの反応だった。
「一体どうしたんですか」
伊東がぽかんとした顔で言った。
「分かった」
「え?」
「トリックが分かった」
そして部屋の外に駆け出る。振り向いて伊東に言う。
「来い。犯人が分かったぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
オロオロする伊東を置いて、そのまま食堂の方へ駆け出す。
食堂に駆け込むと、話をしていた根本と海老原が驚いたように振り向いた。一瞬何かを考えたが、海老原の声で打ち消された。
「どうしたんですか高橋さん!」
「犯人が分かった」
「犯人?」
「まあ待て、伊東を待つ」
しばらくすると、伊東が慌てて走ってきた。
「はあ……はあ……」
「遅いぞ伊東」
「高橋さんが急ぎ過ぎすぎなんですよ」
「よし、全員揃ったな。まず君たちにひとつ聞きたいことがある」
そう前置きして、3人に質問をする。すると3人は求めていた答えを言ってくれた。
「よし、全てが繋がった」
3人を見回して、一人頷く。
「ではこれから犯人のいる管理人室に向かおう」
●
「……なるほど。それでお前たちはここにいるのか」
男——松長哲也は高橋と、その後ろにいる3人を見た。
「そういういうことだ」
「で、今までのよう分からんミステリー話は俺が何か口を滑らないかと思ってやってるわけか」
「まったくしゃべってくれなかったけどな」
哲也は溜息をついた。
「さっき俺はやれるはずないって説明してたじゃないか」
「トリックを見つけたんだよ」
「どんなトリックだよ」
「それを今から説明するんだ」
そして高橋は松長哲也と後ろの3人を見て、語りはじめた。
◯
「まず、おかしいのは扉から血が漏れていることだ。そんな隙間があるんだったら、ギターを鳴らしたら廊下にダダ漏れのはずだ。つまり103号室の扉に細工がしてあるに違いない。そう考えて私は扉の下を確認した。そしたら、小さい木片がくっついていたんだ」
そこまで言って松長哲也を見る。その顔からは何も読み取れない。後ろにいる3人は恐らく未だにポカンとしているだろう。
「それから私は扉を持ち上げてみたんだ。するとガタガタと揺れるじゃないか。見てみるとネジが緩んでいる。つまり今日あった事件の真相はこうだ」
一息入れて声に力を入れる。
「まず、事前に103号室の扉に細工をする。扉の金具のネジを緩め、扉の下に木片をくっつけ、そしてその下にもっと大きな木片を置く。こうして血の上を通っても汚れない程度の高さにする。あとはいつでもいい、前々から用意していた合鍵で103号室に押し入る。あんたも管理人なんだから用意は簡単だろう。そして下田を殺害後、部屋で地のついた服を着替え、そのまま出ていく。扉を閉めた後、大きい方の木片を外して逃げる。こうすれば扉に開け閉めした跡を残さずに逃亡することが出来る。部屋の扉を事前に細工でき、男一人をメッタ刺しにできそうなのはあんただけだ」
「いやいやいや」
松長は手を横に振った。
「それはリスクが高すぎるだろ。部屋を出た時誰かに見つかったらどうすんだ」
「それについてもちゃんと用意がある。さっき3人に聞いた」
「何をだ?」
「不思議に思ったんだ。全ての部屋の住民が、揃いも揃って食事前の一時間、自分の部屋にいてほとんど出てこないのはおかしいと思わないか。そう考えて何故なのか3人に尋ねたんだ。そしたら一週間前、私が来る前にあんたは言ったそうじゃないか。『ここ一週間部屋の点検を行うから、いつ来てもいいように食事前1時間はなるべく、自分の部屋にいて欲しい』と」
松長の顔がぴくりと動いた。
「そう言ってすぐ殺したら怪しまれるから、ギリギリの一週間後に殺したんだろう。同じ理由で来たばっかりの私にはそのことを言えなかった。しかし、私と海老原がよく一緒に行動するのを知ったであろうあんたは、まず海老原の部屋を点検し、海老原を開放。そして海老原が私の部屋に来るようになって部屋をほとんど出ないのを確信すると、犯行に及んだんだ」
松長は黙ったままだった。後ろで海老原が小さく呟く。
「高橋さん、本当ですか……?」
「詳しくは警察に調べてもらうが、恐らくそうだろう」
ポケットから携帯を取り出し、警察の番号を入力する。あとは発信ボタンを押せば繋がるだろう。
その時、松長が笑い出した。何がこんなに愉快なんだというくらい、大きく、高らかに。
そして不気味に。
松長はニヤニヤしながら私を見る。
「ふん。実は俺が犯人だ……と、言いたい所だが」
そして目を見開く。
「お前の説は不確定なところが多いなあ。なにより、何で後ろ3人の言うことを信じられるんだ?」
「どういうことだ?」
「後ろの3人が嘘を言っているかもしれないじゃないか」
松長の言う意味が全くわからない。
「は? まさか、この宿全員がグルだとでも言いた————」
時が止まる。やや遅れて体に激痛が走る。下を見ると、さっきまで下田に刺さっていたナイフの先が、自分の胸から突き出ている。ゆっくり振り向くと、伊東が無表情のままナイフを突き刺していた。根本も海老原も特に驚いた様子はない。その時ようやく思い出す。さっき根本と海老原の所に駆け込んだ時、ふと感じたおかしさ。その時はすぐ忘れてしまったが、2人はどうやって話していた?
「英語で……」
体の力が抜ける。少しずつ体の感覚が無くなっていく。その場に崩れ落ち、床にうつ伏せに倒れる。
「モンゴロイドで日本名で、日本語ペラペラだったら日本人、だなんて思うなよ?」
「あんたら……パトリオットか……」
そして思い出す。台帳にチェックの入っていた人々。吉原、林、田村……。全員ティムーラに行って行方不明になっている面子だ。こいつらがやったのか……。
最後の力を振り絞り、握っていた携帯の発信ボタンを押す。コール音が鳴る。1回、2回、3回……。なんで出ない。警察は何をしているんだ。
「でねーよ。警察は」
下田が感情の感じられない声で言った。
「ジョン・レッドがクーデターでこの国は混乱しまくりだからな。警察は最早機能してねーって書いてあったじゃん新聞に。少しは朝刊読もうぜ」
コール音が空しく響く。警察も信用できない。宿の友人も信用できない。だが、海老原なら。あんなに自分を慕ってくれた海老原なら……。
そう思って首を動かし、海老原を見る。彼女は私の視線に気づくと、無表情のまま、足を上げ、刺さっているナイフを踏み。
「……Good-bye」
深々と押し込んだ。
もう痛みはあまり感じない。どんどん意識が薄れる。
くっそ……。なんでこんな所で……。
死————
●
松長民宿。ティムーラ共和国にある日本人向けの宿。だがティムーラは非常に治安が悪いため、来るのはジャーナリストやカメラマンぐらいである。
そしてこの民宿はティムーラの虐殺集団パトリオットの本拠地でもある。
「まず、文句言っていいか?」
高橋が動かなくなったのを確認すると、松長は英語で喋り始めた。
「アイビーにエマ、そしてニック」
それぞれ伊東、海老原、根本の本名だ。
「お前ら、殺人があったらちょっとは驚け。殺人事件の後のんきに夕食とか聞いたことねえぞ」
「それはまあ」
伊東が苦笑する。
「ティムーラは治安悪いからさ。皆死体は見慣れてるって。現にタカハシも普通に過ごしてたよ」
「それに今回で十回目ですよ。さすがに慣れます」
海老原が主張するが、松長は首を横に振る。
「それでも詰めが甘い」
「確かに」伊東が呟く。「エマ、食事の時おばあさんの本名言いかけたよね。『エミリー』って」
「それにタカハシが食堂に走りこんで来た時、ふつーに俺たち英語で喋ってたからな。つい驚いちまった。まずかったな……」
根本が反省の素振りを見せた。
「その話はとりあえず置いておこう」
松長が手を叩いた。
「本来の目的に移ろう。これは『推理ゲーム』だからな」
推理ゲーム。パトリオットが最近やっているゲームで、宿に来た日本人を誰かがトリックを使って殺し、誰がやったのか皆で推理するものだ。自分が殺そうと思ったら、宿の台帳のターゲットの名前にチェックを入れる。それでゲーム開始となる。
「誰が殺ったか分かる奴いるか?」
松長が周りを見渡す。
「考える時間は十分にあったはずだ。答えないと犯人側の勝ちになるぞ」
そう言っても、誰も何も答えなかった。
その状況を見て、松長が溜息をつく。
「……仕方ねえ。犯人の勝ちだ。おめでとう」
そして手をパチパチ叩く。
「じゃあ、誰が犯人か名乗りでてくれないか」
すると、手が二本挙がった。
「エマと……ニック? 二人なんだ。今までずっと単独犯だったからてっきり……」
伊東が驚いた顔をした。
「しっかしなあ」松長は残念そうに言い。「エミリーは基本ノータッチだから、参加者は今4人なんだな。4人中2人が犯人とか、あんま盛り上がらんな」
「スコットやオリバー、カイトにアルスターにラビ。5人も帰ってきてないからね。しかもラビは日本行ってるし」
伊東の言葉に根本が頷く。
「そーだな。てかラビの奴、マスコミに嗅ぎつけられてんじゃねーか。新聞に載ってたぞ」
「詰めが甘いのは皆一緒ですね」
海老原が笑う。
「それじゃあ。解説をしてもらおうか」
松長が促すと、根本が笑った。
「おっけー。じゃあ説明する」
その時扉が開き、きみ子が入ってきた。そして部屋の惨状を見つける。
「あら、これからお楽しみ?」
「犯人の犯行供述タイムだ」
「じゃあ、聞いていこうかしら」
きみ子が置いてあった椅子に座った。根本が話し始める。
「まず、このトリックを思いついたのはおっさんのキモい行動だ。いつもタカハシをじろじろ見ていたからな。誰が見ても、タカハシに気があると分かる。そこで俺はおっさんに近づき、教えてやったんだ。『お隣さんの暮らしがよく分かる方法があるぜ』ってな」
「方法?」
「コミュニティドア。申請された方の部屋はランプがいつまでも点滅するが、あのランプを壊せると言ったんだ。そうすれば、タカハシが外出した時に申請すれば、チャイムは鳴り終ったあとはもう気付かれない。音声通話は繋がったまんまだから、こっちが静かにしてれば奴の生活音が聞き放題。すぐにおっさんは食いついたぜ。さすが変態といった所だ。代金10万を提示したのが逆に信用アップに繋がったのかもしれねーな」
「え、あのランプは簡単には壊せんぞ」
「だから嘘だよ嘘。確認しようがないからバレようもない。そしてこっからが当時の流れだ。まずおっさんに、5時丁度に鳴ったら申請ボタンを押すよう言った。それまでに俺がタカハシの部屋に入って細工し、タカハシを誘き出すって言ってからな。俺とタカハシは友達だから大丈夫って言ったら簡単に信用してくれたよ。その後、エマがタカハシと一緒に104号室に入り、隙を見て105号室、つまり俺の部屋への申請ボタンを押した」
「申請した方も音が鳴るんじゃなかったっけ」
「タカハシが言ってただろ、エマが本棚を倒したって。あの音で誤魔化したんだ。申請した方はランプがつかないからこれでいつでも104号室に入れる。ここで話を元に戻すが、俺はおっさんにある提案をしたんだ。それはもし俺がランプをぶっ壊すのを失敗したら、のパターンの話だ。ランプが点滅してタカハシに気付かれた場合、どうするか。そこで登場するのがあの血だ」
「あの血はシモダのじゃないのか」
「そうだ。あらかじめおっさんにドアのネジを緩めさせ、ドアの下に木片を置いて隙間を開けさせる。それで、俺がランプ壊しに成功したと思ったら、部屋の外から103号室に血を流し込む、と提案したんだ。もし誰かが見つけてもイタズラで誤魔化せばいいし、何より、俺のランプ破壊が失敗してタカハシに気付かれた時、血が流れてきているがどうすればいい、とか言って言い訳することが出来る。こんな言い分でおっさんは簡単に納得してくれたよ。もし失敗したら10万円返す、とも勿論言っておいた」
「その10万円は?」
「そうそうこれこれ」
伊東が尋ねると、根本は内ポケットから1万円札を10枚取り出した。そしてきみ子に手渡す。
「ほいエミリー。滞納してた部屋賃」
「あら、ありがとうねえ」
それから根本はまた話す。
「あとは、簡単だ。血を流し込んだ後、105号室でエマがタカハシを連れ出すのを待つ。音声が繋がってるからタイミングを図るのは簡単だ。エマが5時ギリギリに連れ出した後、承認ボタンでロック解除。前もって用意していた黒いシーツを持って104号室へ。それから5時になっておっさんが申請ボタンを押すから即座に承認して103号室へ。おっさんは最初ビビってたが、今作業中と話したら安心してくれたよ。あとは確認することがあるから、とか言って廊下側への扉におびき寄せ、シーツを被せてメッタ刺し。毒やらなんやら塗ってあるからおっさんはすぐに動かなくなった。その間にコミュニティドアを閉めながら105号室に戻り、血のついたシーツはギターの中に隠す。それからひっきりなしに鳴っていた内線を取って、タカハシと話し、管理人室に行った。以上だ。要するに皆で103号室に入った時、おっさんは死にたてほやほやだったんだよ」
「はっはー」
松長が感心した声を出した。
「タカハシは今のトリックにまんまと騙されたわけだ」
「まさか自分の部屋を通ると思ってなかったんだろ」
「言われてみれば確かに、103号室に入るとき、流れてる血の量が増えてたね。つまり殺されたばっかりだったんだ」
「その通りです」
海老原がにっこり頷いた。
「なるほど流石だな。では、今回はここまで!」松長が手を叩いた。「あと数時間したらクーデターのせいで帰れなくなった日本人がここに来るだろう。その前に皆で片づけだ。ニックはシモダを庭の桜の樹の下に埋めておけ。エマとアイビー、エミリーは103号室、104号室の片付けだ。それとタカハシの処理についてだが、好きにして構わん。トリックに使うもよし、ニックのように血を抜いて小道具にするもよし。まだ死にきれてないだろうから、他の用途に使ってもいいぞ。できればタカハシの名前にチェック入れた奴がやるんだな。それでは解散」
4人はそれぞれの仕事をしに部屋から出ていった。あとには松長だけが残された。
「まずは……」
そう言って高橋の服のポケットを漁る。
「金目の物ないかな……お、財布発見。貰っていこう。そしてあとは……」
そして高橋の手を持ち、彼女の人差し指を血溜まりにつける。
「歴代犯人の名前をメモる習慣だったな。まず一番最初に殺ったのが俺だから、Macfarlaneの「M」、いや松長の「M」か。おっと、コードネームと本名の頭文字は一緒だったな」
そう独り言を言いながら、松長は歴代犯人の頭文字を高橋の指で書いていく。
M Macfarlane(松長)
O Oliver(大野)
K Kite(笠井)
K Kite(笠井)
U Ulster(上杉)
R Rabbi(雷門)
I Ivy(伊東)
S Scott(佐々木)
I Ivy(伊東)
「それから今回の犯人はニックとエマだから……」
『 M O K K U R I S I N E 』
「はっ!」書かれた文字を見た松長は笑った。「笑える。全く笑えるなあタカハシ。推理小説で探偵役が死んで、犯人が自慢しながらトリックを解説するぐらい笑える」
そう言った後、松長は部屋を出、食堂に入る。椅子に座って彼がぼんやりしていると、誰かが隣の部屋に入る音がした。そして銃声の音が鳴った。
「トドメを刺したか」
それから松長は立ち上がり、大きく伸びをする。それから振り返り、庭に咲く満開の桜の木を眺めながら呟いた。
「それでは、十一回目のミステリーごっこを始めよう」
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