唇と唇が触れ合うまであと5cm、いや、3cmのところで俺は目を開いた。
相手の顔が近づくと、目を閉じていても瞼の裏の微妙な明るさの変化ですぐ気が付く。
いや、そうでなくても少し乱れた息遣いが俺の頬を撫でる感触があった。
「あ、バレましたか」
薄明かりの中、3cmの至近距離を保ったまま目の前の口が動く。
「ああ」
驚きのあまり身体が動かない俺もそのまま言葉を発する。
「まぁそうですよね、ごめんなさい」
「いいから離れてください」
「はぁい」
『はぁ』のところでたっぷり俺に息を当てつつも、やっと顔を離し、“彼”はそのまま俺の横に腰かけた。
「このサウナルームって…“そういう”場所なんですか?」
「うーん…聖地って程ではないですけどたまぁに見かけますよ、特にこの時間帯は」
「はぁ…」

深夜3時、残業後に終電を逃した俺は会社近くのスーパー銭湯で汗を流していた。
銭湯の存在は知っていたが、実際に入るのは初めてだ。
熱めの風呂は疲れた身体に染みわたり、
「はぁ~極楽~」
と思わず声に出してしまった。
瞬間、少しだけ尿が漏れ出した感覚があったが、些末な問題である。
湯舟の反対側に一人だけ浸かっているがバレやしない。
10分ほど経つと熱い湯にも慣れてきて、身体はさらなる刺激を求めた。
室温90℃のサウナで、疲れを一気に取っ払いたい、身体がそう叫んでいたのだ。
俺はその欲求に従い、白い手拭で股間を隠しながらサウナルームに入った。

中は無人で、渇いた熱気と腰掛けるための段差だけがあった。
折角の貸し切りだが、何となく端っこに座った。
ジリジリと肌が責められるような感覚が今日は一段心地よかった。
疲れで感覚が少し鈍っているのかもしれない。
つまり、俺は相当リラックスした状態にあった。
時刻は恐らく午前3時半前、薄暗いサウナ室の中で俺は少し微睡んでいた。
…そして、数分ほど目を瞑っていただろうか、ふと何かしらの気配に気が付き目を開けると、ヒゲ面の筋肉質な男が唇を寄せてきたいたのだ。

「ねぇ、アナタのこと湯舟から目をつけてたのよ、そしたらサウナルーム入っていくから、アタシと二人になりたいのかなと思ったのよねぇ」
「それは全くの誤解です」
「ドア開けたらね、薄暗い部屋でジューシーなデカマラぶら下げてアナタが目を閉じてるじゃない? これはもう、いただいちゃわないと失礼だわ!って」
「だから……」
「でも安心して、アタシ、合意なしで襲ったりはしないからぁ。…ねぇ、5000円で舐めさせてくれない?」
こちらにお構いなしにまくし立てながら、ジリジリと太ももを押しつけてくる。
何も考えずに端っこに座る癖は辞めようと誓った。
「いや、あのですね……」
「んもぅ、そんな怖い顔しないでよぉ~。聞いてみただ・け♪」
そう言いながら、俺の頬を指で突いてくる。
瞬間、ぶわっと鳥肌が立つ。
サウナの中でこれほど寒気を感じる事があるだろうか。
「すいません、その、偏見がある訳ではないですが、やめてもらえませんか? もう出ます」
「あぁん、いけずぅ~、怒るとプリティなお顔が台無しよ?」
外に出ようとする俺を筋肉質な身体が塞いでくる。
「…これ以上絡むと警察に言いますよ? それにお手洗いに行きたいのでそこを通してください」
これは本当だった。
先ほど湯舟でわずかに失禁したせいか、膀胱が排尿のサインを発し始めていた。
しかし、その言い訳は余計な一言だった。
「お手洗って、どっちなのよ?」
「は?」
「どっちって、大か小しかないでしょ」
「それなら小ですが、いいから通してくださいよ」
「2万」
「…はい?」
「あなたの黄金水、2万円で買うわよ」
「お前、本当にいい加減に…」
「いい加減なんかじゃないわよ、アタシは本気よ」
弛緩していた奴の表情がぐっと強張る。
その鋭い野獣のような眼光に思わずたじろいだ。
「いや…買うって、俺の小便でしょ? それを本気にしろって言われても」
「あなたは自分のゲイ市場での価値を分かっていないわ、こんなガン掘りしてくれそうなノンケそうそういないわよ」
「さっきから言ってることが何もわからないんですが…」
「いいから、そのあなたのプラチナ水を私の口に流し込みなさい。下水道に諭吉流すなんてバカのすることよ」
熱気に包まれた異様な空間の中で俺は眠い頭を必死に働かせた。
小便をするだけ、2万円、労働2日分、デリヘル1回分。
「ああ、もう! やってやろうじゃねえか」
俺は奴の言うジューシーなデカマラを右手で押さえ、左手を腰に当て、放出体制を整えた。
「やっぱりワタシが見込んだオトコなだけあるわね。ほら、ちゃんと外さずにこの淫口に注ぎ込みなさいよ!」
「あぁ、イくぞ!」
トイレ以外での放尿、それだけで何か背徳的な感覚が湧き上がってくる。
その感情の昂ぶりと同時に、尿管を液体が伝う感触を生々しく感じた。
刹那、亀頭の先から勢いよく小便が飛び出す。
「ひゃっ!!」
勢いあまって眉間に当ててしまった。
それでも奴は微動だにせず、口を大きく開けて俺からの施しを待っている。
従順な雄豚だ。
俺は竿の角度を調節し、放物線のゴールを下方修正する。
「んんっ」
ゴボゴボと音を立てながら奴の口内に注ぎ込まれていく。
「んっ…んっ…」
奴は液体が零れ落ちないように、器用に飲みながら口の中に溜めていく。
俺はそれが何だか癪に障って、股間に力を込めて勢いをつけた。
すると、奴は口の中で全てを受けきれず、口から尿が漏れ落ちた。
俺は勝ち誇った気分になり、同時に膀胱も空になったようで、小便は勢いを落として床に力弱く滴り落ちた。
奴は肩を震わせながら、液体を最後まで飲み干した。

俺の心の中は罪悪感、高揚感そのような感情がない交ぜになっていた。
「どうだ? これで満足か?」
彼は床に倒れ込み、笑みを浮かべていた。
そのことに少し満足していた自分がいた。
「そうねぇ…あぁ…やっぱり私が見込んだオトコ」
「やっぱやべぇなあんた、まさか本当に飲み干すとは」
「でもね…もっとヤバいのは……アンタよ」
奴の顔からふと笑みが消え、むくりと起き上がりながら続けた。
「アンタの尿、甘かったわ……つまり、糖尿のリスクがあるんじゃないかしら」
「と、糖尿!? そんな甘いからって短絡的な…」
「いや、これは”糖尿”の甘さね。糖尿患者は尿にブドウ糖が多く含まれるのよ」
「そんなただのゲイの戯言…いくら尿を飲むのが趣味だからって医者気取りで…」
「気取りじゃないわよ、ちょっと来なさい」
奴はサウナ室を出て、シャワーをさっと浴びて脱衣所へと戻った。
俺も同じようにシャワーを浴び、言われるがまま付いて行った。
奴は足につけていたロッカー鍵を差し込み、中から財布を取り出した。
「ほら、コレがアタシの名刺よ」
ゲイバーの名刺でも渡されるかと思ったが、その肩書は予想の斜め上であった。
『国立浪速大学 第一泌尿器科助教授』
名刺の一行目には間違いなくそう記してあった。
「ま、そういうことよ。この名刺持って来ればウチの病院で診てあげるわよ……隅々まで、ね?」
「……」
「それと2万円ね、なかなか良い攻めだったから5千円おまけしとくわね。木曜夜にまた待ってるわよん」
そう言いながらさりげなく俺の股間にタッチし、奴はまた風呂場へと戻って行った。

詳しい話を聞こうかとも思ったが、自分の尿を散らしてしまった現場に戻るのが忍びないのもあり、そのまま帰ることにした。
外に出ると太陽が既に上がっていて、静かな街を照らしていた。
刹那、私は自分の身体の一部分が熱く、硬くなっていることに気が付いた。
これは「疲れマラ」という現象だ。
睡眠不足など、極端に疲れていると、身体が最後の力を振り絞って子孫を残そうとするために勃起する現象だ。
まさに自分は今その状態にあるのかもしれない。
風呂で癒されたとはいえ、色々あってどっと疲れが出てきた。
とはいえ、帰宅して自慰行為を済ませてしまうとスッキリして眠くなってしまう。
もっと目が冴えるような刺激的な……。
そうだ、呼ぼう。
デリヘルを呼ぼう。
最近のデリヘルは24時間営業しているところもあり、呼べばすぐ来てくれるだろう。
私は期待に胸を躍らせながら携帯電話でお気に入りの店舗に電話をした。
「すいません、オプションで女の子のおしっこ飲むコースお願いします」


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