俺の家には猫が一匹居候している。全身真っ黒のボサボサした毛並みの猫で、名はあんずという。
この猫をこれから公園に連れて行かなくてはならない。どうやら月1で猫好きの集まりがあるそうで、あんずはその常連らしい。らしい、というのは、猫の世話は全部弟がやっていて詳細を知らないからだ。
家族の反対を押し切って弟が飼い始めたのだから当然ではあるが、たまにこうして俺にも仕事を押しつけられる。知らない人の集まりになんぞ行きたくないが、旨い餌にありつけるということであんずは毎月楽しみにしているようだ。だから連れて行かないと俺が殺される。猫に。
猫という生き物ほどズルい動物はいないだろう。生きているだけで人間共に祭り上げてもらえる。あんずもその例外ではない。例外でないどころか、かなり悪質だ。なにせ奴は自分がかわいいことを知っていて行動しているからである。
近所に定食屋があるのだが、あんずはそこを縄張りにしている。そして客がやってくると、にゃーにゃー鳴きながら近づいていき、ごろんと腹を上に向けて撫でられるのを待つのである。酷いものだ。
更に酷いことに客の半分以上はそれで落ちる。女は大体「ナニコノネコカワイー」とか言いながら差し出された腹をしこたま撫でていくし、男でも満更ではなさそうな顔でスマホのレンズを向ける。そんな猫取っても一銭にもならないのに。
あんずの背中に張り紙を貼ってやりたい。この猫は餌が少しでも気に入らないとそこら中で吐き散らす害獣ですと。そんな害獣でも許されているのだからズルい。俺がやったら許されない。
あんずは家でも媚びを売る。しかも最高級の餌をあげた時だけ、腹を撫でる権利を与えられる。おかげで弟だけでなく、当初は反対だった父も母も頻繁にあんずの好物を買って帰るようになった。猫という生き物は人を駄目にするらしい。
不思議なものだなと思う。猫を愛でる人間の大半は、その猫が雄か雌か、何才か、見てくれはどうかなんて気にしていないはずだ。それなのに猫を見た瞬間IQが落ちる。
おそらく、種が離れ過ぎているのだろう。性別、年齢もパッと分からないほど違うから、猫であること自体に価値が生まれるのだ。
家を出て車に乗り込もうとすると、自転車を漕ぐ音が遠くから聞こえてきた。見ると、灰色のヒゲを蓄えた年寄りが錆び付いた自転車を飛ばしている。ホームレスのような様相をしているが、あれでも大学の教授だ。その小汚い姿を見ながら、ふと頭の中に疑問が浮かぶ。
もし……もし人間以上の知能を持つ巨大な宇宙人が来たとしたら、果たしてあのホームレスはそいつらに愛でて貰えるのか?
きっと宇宙人に人間同士の違いは分からないはずだ。そしてそいつらが人類に対し人間であること自体に価値を見出したら、人気絶頂のアイドルもホームレスも、等しく宇宙人にかわいがって貰えるのではないか?
俺の中には絶対そうなるという確信がある。人間が愛玩動物と成り果てた世界では、あのホームレスだって「ナニコノニンゲンカワイー」とか言われるのだ。そして味を占めた教授は宇宙人に猫撫で声ですり寄っては腹を見せるようになり、気に入らない飯を食っては吐き散らすようになるのだ。世界の終わりである。
けれど、雄の爺さん猫であるあんずも現在進行形でそれをやっているのだ。世界はすでに終わりつつあるのかもしれない。
車を運転していると、前方を三毛猫が横切るのが見えた。確か近所の猫だ。
それを見て嫌な記憶が甦る。あんずは元々野良猫だったのだが、去勢されていなかったのだ。そしてあの歳にしてこの辺りの雌猫をほとんど孕ませるという勇者ぶりを見せつけた。羨ましい限りである。もちろんすぐ去勢されることになったが。
俺はといえばそういうものには全くご縁のない、非常に節操のある人間である。宇宙人がやってきても当分去勢されることはないだろう。
結局、雌猫に宿ったあんずの忘れ物がどうなったのかは知らないが、弟がかなり胃を痛めていたからそれなりに後始末が大変だったと思われる。
子孫が出来た以上あんずの個体としての使命は果たされたわけだから、あとはゆっくり余生を楽しめばいいと思うのだが、定食屋での奴を見る限り、欲というのは尽きないものだと思い知らされる。
どうでも良い話だが、教授にはそれはそれは美人な娘がいるらしい。羨ましいことだ。
俺の個体としての使命は今のところ果たされそうにない。
公園が近づいてくると道が混雑してきた。赤信号を待ちながらふと窓の外を見ると、大きな猫カフェの看板があった。この街は猫好きで溢れている。
なぜ猫カフェあるのに、犬カフェはないのだろうと考える。犬は部屋に閉じ込めて置けないからだろうか。小型犬ならいけそうなものだが。
宇宙人がやってきたら果たして人間カフェは出来るのだろうかと想像したが、人間カフェは既に存在してることを思い出した。いわゆるメイドとか執事とか呼ばれるカフェだ。俺は行ったことないが。
そういったカフェでは人間ではなくキャラクターや役割を愛でているのだから、正確に言えば猫カフェとは微妙に違う。それでも中の人がどんな人かはあまり重要でないのだから、どっちも似たようなものだ。
それにしても、ネコにしてもメイドにしても執事にしてもそうだが、カフェというのは実に合理的だ。ああいうのは「たまに」会えればそれでいいのだ。家にメイドや執事がいても仕方ない。ネコなんかは特にそうだ。満たされたいなあと思った時に一時的にレンタルすればいい。
話は逸れるが、教授は地味にモテる。どこに行ってもおじさんやおじいさんが大好きな物好きがいるものだが、教授はその類いにモテている。
けれどその女子学生だって、常日頃から教授を愛でたいと思っているわけではないはずだ。たまにでいいのだ。たまにで。
俺だって、たまにでもいいから愛でられたい。
渋滞を過ぎてやっと公園に着いた時、助手席を見て血の気が引いた。
考え事のし過ぎでとんでもないものを忘れたようだ。やけに車の中が静かだと思ったら、招待客を家に置いてきたらしい。渋滞込みで家まで1時間。今から取りに帰っても戻ってきた頃には集まりは終わってる。
大きく溜め息を吐くと、だんだん胃が痛くなってきた。あんずは怒らせるとあらゆる家具に当たり散らして大変面倒くさい。きっと家族にも責められることだろう。以前俺が怒らせたせいでダイニングテーブルが駄目になったことがある。
……そうだ、詫びになるものを買って帰ろう。そうしたら少しは怒りも収まるに違いない。ちゅーるがいい。あれは喜ばれるはずだ。
駐車場から車を出しながら、痛む胸を押さえた。
この胃痛は、教授にレポートを出し忘れたときの痛みに似ている。教授も怒らせると非常に面倒くさい。そしてその説教を講義の冒頭にやるため、肩身が狭いのだ。
……ああ、猫になりたい。猫になって全てを許されたい。
猫になって人間に撫でられ、去勢される前に勇者になって、カフェでチヤホヤされたい。そして機嫌が悪い時に俺みたいな出来の悪い人間に威嚇したい。
そんなことを考えていると、公園の方から騒がしい鳴き声が聞こえてきた。猫が喧嘩しているらしい。
猫も猫で大変だな。猫にしか分からない苦しみがあるようだ。
例えば――――
家に帰り着くと、玄関の前であんずが毛を逆立てていた。
ちゅーるを買い忘れたのは、言うまでもない。
トップに戻る