宛てもなくなく私は歩いている。見慣れない建物の中。早く家に帰りたいが、どうしたものか。
そもそも私はなぜここにいる?既視感のあるくせに見覚えはない景色。
思考は曖昧であり私の歩く速度より遥かに緩慢だ。
今私が歩いているのは廊下だろうか?学校の校舎のように片側は窓、片側には部屋の入り口と思われる扉が一定間隔に設置されている。白、というよりは薄い肌色のような色の壁もやはり校舎を連想させるが、私の知っている建物ではない。
人の姿は見えないが人がいる気配はする・・・気がする。閑散とした風景の割に何処か懐かしさすら覚える。
玄関はこの先だろう。私の足は先へ先へと進む。
私は知っている。この建物にある影のような気配。アレに見つかってはいけない。アレに捕まってはいけない。
うつむき足元を見ながらも足は止めない。思えば足はいつの間にか私の意思とは関係なく動いている。
試しに走ってみるが走ってるはずなのに私の体は歩きと変わらない速度でしか動かない。
どうして?私の気持ちは走っているのに!思ったように体は動かない。よしんば思ったとおり動いたとしてそれで上手くいった試しもない。私は私をコントロールできない。・・・いかん、また思考が散乱している。ひとまず家に帰らなければ。
影の気配が強くなっている。もしかしたら私を見つけて追ってきているのか?
気付けば背後には影が迫ってきている。振り向けないが私には分かる。早く逃げなければ!
そう思うもいくら頑張っても私の速度は一向に上がらない。
もうすぐ出口なのに!背後の気配は段々大きくなっている。間に合わない。ああ!
ふと気付くと景色が変わっている。
「やぁ。ずいぶん遅かったね?どの扉からでも私のところへつながるはずだが」
見覚えのない部屋の中で、椅子に腰掛てPCデスクに向かっている男がこちらに声をかけてきた。何者だろう。少なくとも見覚えはない。
「・・・ん?伝えていたっけな?いや、忘れていたっけ?」
そもそもこの男は誰だ?年齢すらよく分からない。若くも見えるが、年老いても見える。こちらに話しかけているようだが何を言っているのか。どうにも思考が定まらない。
「すまないね、それならここに辿り着くのが遅いのも当然か」
「わたしは忘れ物が多くてね。よく忘れ物や物を失くしたりで叱られたものだ。どうして忘れ物をしないように努力しないのかと」
いつの間にか部屋の中をうろちょろと歩き回っている男は、不意に足を止めるとこちらに振り向いた。
「だが考えてほしい。やればできる、何とかなる、出来ないのは努力してないからだっていうのはね、出来る人の言葉ではないか?」
「私だってメモをつけようとしたことはある。メモをすることを忘れるしメモを見ることを忘れるしメモ帳は無くしてそのたびに買いなおしで今ここにも使いかけのメモ帳が3冊もある!」
3冊のメモ帳を私に見せ付け、机に叩き付ける。随分な力で投げたのかバシッと鋭い音が鳴った。いや手元にあるなら1冊ずつ消費していけば良いではないか。
「遅刻するなだとか会議中に寝るなだとか私が好きで遅刻して寝てるとでも思ってるのか!目覚ましを3個つけてもアラーム音程度じゃ起きない!会議中だって眠気を感じれば手の甲に爪を立て、二の腕をつまんで必死に刺激を与えてるんだ!でも眠い!仕方ないじゃないか?」
それを私に訴えてどうするのか。その怒りは説教をかましてくる何某かに向けるかそれでも眠い自分の体に向けてくれ。
呆れた視線を送っていると、男は一気にまくし立てて上がった息を整えた後、肩をすくめる。
「・・・失礼。どうにも怒りっぽくていけない。これも昔から治らなくてね」
ふと、壁にかけてある時計を見て、何かに気付いたようだ。
「ああ、もう時間か。今日のところはもう行くといい。・・・ほら、チャイムももう鳴る」
・・・チャイム?
気がつくと私は自室の布団の中で、カーテンの隙間もれている日ざしが朝を告げていた。
変な夢を見た。夢の内容のほとんどは覚えていないが、碌な夢ではなかった。新年早々妙な気分だ。
早く忘れてしまおう。
・・・今何時だ?確か10時に初詣の待ち合わせがあったはず・・・。
眼を向けると、壁掛け時計が無慈悲に10時を知らせるチャイムを鳴らし始めた。
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