「この道をまーっすぐ行くんじゃ。そうしたら街が見えてくるさね」
とびきり親切な村人たちに別れを告げお世話になったシェルター村を出て、二人は何もない平原を歩いていく。
見渡す限りの緑。背の低い草むらを足で踏みながら二人は進んでいく。
「うーん、この道をまっすぐって言われてもなぁ」
二人は一面にどこまでも広がる緑を見渡し歩いていく。
そう、道などどこにもないのだ。
「地図にもちゃんと道と書いてあるから道は道ですよ」
少年に見える方が青年に言う。
「それはそうかもしれないけど……この地図に書いてある道だってなあ」
青年は地図を照りつける太陽に透かしながら今いるところを指さした。
地図上の長く伸びる道には名前がついてはいたが、その名前が変なのだ。

<道なき道>

「道なき道だって立派な道に変わりはないのです。行きましょう」
少年は道なき道を先に進む。
青年は腑に落ちないといった顔だが渋々と少年についていくのだった。

***

青年が現れたのは二月程前のことだった。
突如その地に降り立った青年は以前の記憶がなく、自分が何者なのかも何処から来たのかも分からなかった。
「名前を憶えていないのですか。では貴方のことはニンゲンさんと呼ぶことにしましょう」
その時から青年はニンゲンさんということになった。
「君は?」
青年改めニンゲンは少年に名を尋ねた。
「ボクですか。そうですね、辻とでも呼んでください」
ニンゲンにとって少年はその時から辻さんということになった。
「…………ん?」
どうしたものかとニンゲンは途方に暮れていたがポケットに何か入っていることに気づいた。
折りたたまれたそれを取り出し広げてみると、右上に地図と書かれていた。
<道なき道>といった名前のおかしい地名が所々にある気もするが――
「地図ですか。それを辿っていけば貴方の記憶も戻るかもしれませんね。私がお供しましょう」
横から地図をのぞき込んでいた辻さんがふむふむと頷いている。
――辻さんの知っているこの世界と地図の情報に不適合はないらしかった。本当に地図のようだった。
何もよく分からないままであったが、ニンゲンは不思議な地図を頼りに旅を始めることにした。
そうしてニンゲンと辻さんの二人旅は唐突に始まっていくのだった。

***

「まずは今の私たちがいる場所ですが、ここです」
ちょうど平たい岩があったので、その上に地図を広げて二人で眺めている。
大きな島の南端にあるだだっ広い野原を辻さんは指さす。

<埋められた穴>

そよ風が吹き薄緑の野花が揺れるのどかな雰囲気の辺り一帯をニンゲンは見渡した。
「見た感じ、いたって普通の原っぱだが、埋められた穴はどこにあるんだ?」
きょとんとした顔で辻さんは首を傾げる。少し考えてああと頷く。
「この辺一帯が全部埋められた穴なのですよ」
「え?全部?」
「そうですね。見える範囲は全てそう呼ばれています」
手を望遠鏡のようにしてニンゲンは遠くまで見渡した。そして感嘆の息を漏らした。
「ほー、こりゃ驚いた。とんでもなく大きな穴だったんだな、ここは。火山でもあったのかな」
またしても辻さんがきょとんとした顔になる。また少ししてああと頷く。
「まぁ、そう呼ばれているだけです。あくまでも、<埋められた穴>、そういう名前の地名なのですよ。ここは」
「なんだそりゃ。じゃあ嘘っぱちなのか」
「そうではありません。ここは埋められた穴という地名。それだけのことです」
「意味がわからん」
「そうですね。誰もが意味を、ましてや真実など知らないのです。かつてここが穴だったのかどうか?それに大した意味などないのです――」
辻さんはかがんで地面を手でほんの少しだけ掘り出すと、すぐにまた埋め戻す。そして右手で埋めた方を、左手で何もしていない方をぽんぽんと手のひらでたたく。
「――どちらもただただ埋められた穴という名前で呼んだとしましょう。それは事実かもしれないし嘘かもしれない。しかし、埋めたという過去があってもなくても、埋められた穴と呼べばそこは埋められた穴になってしまうのですよ」
「分かったような、分からないような……。一体なんの意味があるんだ、それに」
「それは私にも分かりません。名付けた人に聞いてみなければ、ね」
ニンゲンはキツネにつままれたような顔で辻さんの掘って埋めた穴を見つめていた。
「さて、話が逸れました。地図によると、次に向かうべきはこちらでしょうか」
辻さんが指をくるくると回して見せた行先の候補をニンゲンは読み上げた。
「<摩天楼>か。ここいらの雰囲気とはだいぶ違う所だろうな」
辻さんはふふっと笑う。摩天楼のことを多少は知っているようだ。
「どうでしょうね。行ってみてのお楽しみです」
地図によれば、埋められた穴から北に進んだ先に摩天楼という場所はあるようだ。
水平線目いっぱいまで見渡すがそれらしき高層建築物は見えなかった。
「結構遠そうだな」
「日中は歩いて、日が沈んだら野営としましょう。数日もあればたどり着くはずです」

***

「おいおい。どうなってんだ。全く摩天楼なんて見えやしないじゃないか」
何日歩き続けても水平線にそれらしき建物は見えてこず、七日ほど歩いたところでニンゲンは音を上げた。
摩天楼が見えてこないどころか、辻さんと旅を始めた埋められた穴とろくに景色が変わっていなかった。
――地図だけじゃわからなかったが、もしかしてこの島はとんでもない広さなのか?
ニンゲンがそう言おうとした矢先だった。
「着きましたよ」
少し先を歩いていた辻さんが不意に振り返ってニンゲンに微笑む。
「は?」
慌ててニンゲンは走り寄ってその先を見た。

<摩天楼>

普通、そう呼ばれる建物は天にまで届かんばかりの高さなはずだが――
「ふざけてやがる。これが摩天楼だと?」
「ええ。紛れもなくこちらが<摩天楼>になります」
二人が立っているのは断崖絶壁の上であった。
その崖は二人が歩いてきた平野に突如あられた内海に臨んで切り立っていた。
そして崖から見下ろした先の海の中にいくつものビルが沈んでいるのが見えた。
「全部、沈んでるじゃねーか」
「沈んでますね」
「で、もう一回聞くが、これが摩天楼だと?」
「左様にございます。海の底に沈んではいますが、それはそれは高くそびえる建築物であります故」
自分たちの立っている崖もとい平野の高さにも届いておらず、海面からも出ていないビルの癖して摩天楼だと。ニンゲンはなんとかその言葉を飲み込んだのだった。
「海抜0mにも届かない摩天楼か。皮肉だな」
「何をおっしゃいますか。こちらを建てた大工たちは自らの仕事を誇って摩天楼と名付けたのですよ」
「いや、そうは言ってもな。今は海に沈んでるんだぞ。もしかして昔はかなり高かったのか?」
きょとんとした顔で辻さんが首を傾げる。
「いえいえ。初めから摩天楼はこの海の中に建てられました」
「はぁっ!?海にこれを建てたって言うのかよ」
「驚くのも無理はありませんが、紛れもない事実です」
辻さんが建てたわけではないだろうが、どこか誇らしげである。
「驚いたは驚いたが、そんな大層なもんを海に建てたって何の意味が……誰も住めやしないだろ?」
「…………そうですね。誰も住めませんね。せいぜい魚の住処になっているぐらいでしょうか」
辻さんは何故だか少しむすっとした表情になっている。
「なんだってそんな無駄なことを……」
崖の縁を辻さんは後ろ手を組んで右左に行ったり来たりを繰り返す。
「どんな建物よりも高いこの摩天楼が海の中に建ちはしましたが、地面からの高さはどんな建物よりも低い。しかも誰も住むことはできない。<摩天楼>が建った当時、そのことを揶揄して海中楼閣なんて呼ぶ輩もおりました」
「そりゃいるだろうな」
「ふむ」
辻さんはそれ以上は何も言わず、ニンゲンの顔をじっと見つめている。
「な、なんだ急に」
さらに幾ばくか無言で辻さんはニンゲンを見ていたが、やがて口を開く。
「まぁよいでしょう。次の場所へ向かいますか」
「…………」
ニンゲンは辻さんのその不気味ともいえる仕草に何も言えなかった。冷汗が背を伝った。
地図を開いて、辻さんは次の行先を決め始めている。
「あっ、ちなみですが」
唐突に辻さんが声を上げる。人指し指を空に向かって伸ばして、顔は地図に向けたまま言葉を続ける。
「日差しが強く霧が出た日などは、海上にこの摩天楼が蜃気楼となって浮かび上がるらしいですよ。まさに空中楼閣だなんて言われたりもしています」
「へ、へぇ。そうなんだ……」
顔色が伺えず、どう反応していいのか分からなくてニンゲンは相槌を返すのが精いっぱいだった。

***

次の目的地までが遠いらしく、辻さんがせっかくだから少し寄り道をしましょうと言った場所に二人はたどり着いていた。

<建設中>

大方予想はしていたが、文字通りそこは建設途中の工事現場――なはずもなく。ニンゲンはため息をついた。
「これが<建設中>だって?」
明らかにかつての住人に棄てられた廃墟が立ち並ぶ区域がそこにあった。
見るからに久しく人の手が入っておらずボロボロになった木造の家屋や雨風に晒される鉄筋コンクリートがあちこちにあった。
「ここは長らく建設中になっている町なのです。いつ完成するのやら」
「辻さん。それ本気で言ってる?」
「ふふっ。冗談ですよ。残念ながら実は見ての通り、ここには建設中の何かがあるわけではありません」
崩れかけた家の玄関扉のドアノブを辻さんが押すと、扉ごと倒れて土埃が舞う。
「ですが、貴方には一度見てほしかったのです――」
辻さんが扉を起こし元の位置から少しずらして立てかける。
「――かつて住んでいた者たちが様々な理由で打ち棄てたこの場所を――」
廃墟を慈しむように辻さんは扉を、壁を、手のひらで撫でながら歩いていく。
ニンゲンはその息の詰まるような、どこか厳かな雰囲気に何も言えず、ただただついていくだけだった。
「――傲慢にもここを棄てた者たちはここはまだ建設中なのだ、我々は長く親しんだその地を棄てた訳ではないのだ。そう言っていました――」
どこか悔し気に辻さんは落ちていた木片を拾い上げ、明後日の方向に力なく投げ捨てる。どこかでコツンと小さな音がした。
「――あるいは自分たちは追いやられたのだ、仕方なく出ていくしかなかったのだ、と。真実は闇の中ですが――」
スッと擦ったマッチの火を辻さんはボロ屋に付けると一棟を丸ごと焼き払う。
いつの間にか暗くなっていた辺りが煌々と燃え盛る家に照らされる。
「――口先ではどうとでも言える。真実を確かめに行く者ががいなければここはいつまでも<建設中>なのです」
燃え行く家を見ながら物寂し気な背中で辻さんは何かを伝えようとしている。
「俺は確かに真実を見ましたよ、辻さん。ここは廃墟だ。建設中の廃墟なんだな」
「そうですか。それはよかった。来た甲斐がありました」
振り返った辻さんの目元には乾いた煤がこびり付いている。
今日はここで休みましょう。そう言って辻さんが適当に見繕った廃家の中で、二人は静かな一晩を明かしたのだった。

***

「やあやあ。よく来たね!何もないところだけどゆっくりしておいき!」
次の目的地の村に着いた二人を迎え入れてくれたのは気さくな村人たちだった。
「このシェルター村に旅人が来るなんていつ以来かねぇ」
「おやクロス、あんたを見るのも久しぶりだね。元気にしてたかい?」
次々と二人を見ては村人たちが声をかけてくる。
シェルター村、と村人たちはここを呼んでいるようだ。
クロスというのは辻さんのことらしく聞けば以前はそう名乗っていたらしい。
もてなされるままに二人は村でゆっくりと過ごしているのだった。
「どうです。旅を始めてからボク以外と話すのは初めてですが、何か思い出せましたか?」
無料で好きなだけ泊っていくといいといわれた宿の部屋で二人だけになると、辻さんがふと思い出したようにニンゲンに尋ねる。
「そういえば俺は記憶を失っているんだったな」
「本人がそれを言いますか。しっかりしてくださいよ」
記憶を失っているとは言うものの当然思い出せないものに実感を持てるはずもなく、また大した危機感など抱いてもいなかった。
「全くもって思い出しそうな気配もないな。そもそも記憶がないだけで、失ったのかどうかも分からん」
「それもそうですね。ですが、貴方がボクと出会う前にどこかで生きてきて誰かであったはずです。それを忘れてはいけませんよ」
いつになく真剣な顔で辻さんはそう言う。まあ辻さんがふざけていることもそうそうないのだが。
「貴方の記憶がどういう経緯で失われているのかは分かりませんが、もしかしたら誰かに奪われたという可能性もあります。認知していない敵の可能性を想定しておくべきです」
「物騒だな。敵だなんて」
仰々しい物言いではあったが、辻さんはやはりふざけている訳ではないようだ。
「すみません。少しここに来て昔のことを思い出してしまって……説教臭いことを言ってしまいました」
「クロスさんだったっけ。辻さんがそう名乗ってた時の話?」
「えぇそうです。そんな昔の話でもないですけどね。ここの人たちはすぐになんでも過去にして風化させてしまうのですよ」
ニンゲンは寝台脇の地図を手に取って広げた。ランプの灯りが揺れて地図に描かれた文字に焦点が合わせづらかった。
この村の人たちはとても優しい。外部の二人にもとても親切にしてくれる。
だからこそ、村はこの名前なのか。はたまた、これまで訪れたあちこちと同様に少しずれたネーミングになっているのか。
ニンゲンは今いる村の名前の意味を図りかねて頭を抱えながら地図に目を通していた。

<緊急避難所>

村人たちはこの村をその名ではなくシェルター村と呼んでいる。結局シェルターだから意味は変わらないのだが。
それにしてもなんでこんな名前がついているのか。考えれば考えるほど分からなくなる名前である。
「前回ボクがここに訪れた時は村人は今の1.5倍はいたと思います」
おもむろに辻さんが語り始めた。
「その前は2倍くらいだったでしょうか。その前ももっとたくさんの人が。さらにその前はもっともっとたくさんの人が」
「なんだそりゃ。ここは過疎っていっているのか?」
「とらえようによってはそういった面もあります」
「含みのある言い方だな」
「この村に入るときを覚えていますか、夥しい数の柵のようなものがあったでしょう?」
「そういえばあったな。確か十字の木が幾つも並んで建てられていたな。あんまり気にはしてなかったが、アレはなんだったんだ?」
少しためて辻さんがささやくくらいの小さな声で答える。
「墓標です」
「えっ……?」
「ここの人たちは先ほど見てもらったようにとても親切です」
驚いているニンゲンを他所に辻さんは語り続ける。
「外から来た人にも惜しみなく手助けをします。そう、彼ら自身の生活を犠牲にしてでも」
「まさか、それで死んでいった村人たちの墓だって言うのか。アレ全部が?」
「さすがに全部ではないですし、それが直接の死因というわけでもありません」
ほっ、と胸を撫でおろすニンゲンを生暖かい目で辻さんは見る。
「ただ、彼らは親切すぎるが故に食い物にされてしまうのです。外のことなど知ろうともせずただただ来る者を拒まず奉仕を続ける」
「…………」
「おのれ達の墓標に囲まれ閉じた優しい世界。食いっぱぐれた者たちが寄り付くこの村はいつしかそう呼ばれるようになったのですよ」
「……、緊急避難所……か」
「えぇ。もっとも村人の方々はシェルターと自称していますけどね。それも流入者たちが格好良く言い換えて村の中で呼んでいたのが浸透しただけとかなんとか」
「なんか嫌な話を聞いちまった気分だ」
タダ飯を頂いて宿まで提供してもらった後で、なんだかバツが悪くなっていた。
「その気持ちは理解できます。ですが、村人たちの厚意は紛れもない真実です。そこを歪めて見ることだけはしないでくださいね」
「とは言われてもなぁ」
「ふふっ。貴方はそう思えるだけ優しい方なのでしょう。まあそうですね。明日にでもこの村を発ちましょうか」
辻さんはなんだか機嫌がよさそうにそう言ってランプを消す。
「おやすみなさい。こんな良い寝床はなかなか旅の中でありつけるものではありませんからぜひ堪能してください」
気持ちのいいベッドの上で、もやもやとした気分を忘れようとニンゲンは眠りについたのだった。

***

「この道をまーっすぐ行くんじゃ。そうしたら街が見えてくるさね」
とびきり親切な村人たちに別れを告げお世話になったシェルター村を出て、二人は何もない平原を歩いていく。
見渡す限りの緑。背の低い草むらを足で踏みながら二人は進んでいく。
時折振り返ると村を囲う十字の木柵が遠くなっていく。
木柵を見るたびに昨晩の話を思い出して身震いしながらニンゲンは前を向き直すことを繰り返していた。
それにしてもいつまでも緑が続く。
旅のはじまりの<埋められた穴>といい勝負が出来そうなくらい、視界の先には何も見えなかった。

<道なき道>

無限とも思われる道なき草原を二人はかれこれ何日も歩き続けている。
いつも少し先を行く辻さんだけが頼りだった。
一応、常に後ろにシェルター村が見えるということはどこかしらに向かって進んでいるのだろう。
「あれ?」
少し先を行く辻さんが立ち止まって振り返る。
「どうしましたか?」
「辻さんっていつも何を頼りに進んでるの?特に目印なんかここは特になさそうだけど」
「ああ、そのことですか」
辻さんはニンゲンの持っている地図を指さす。
「もちろん、見せていただいたその地図を頼りに進んでますよ」
「いや行先はそうだろうけどさ、方角とか距離ってどうやって測ってるのかなって」
きょとんとした顔で辻さんが首を傾げる。
「意味が図りかねますが、今言ったとおりです。地図を見せてもらって行先を決めればあとは進むだけですよ」
なんだか話が噛み合ってそうで噛み合っていなかった。
「うーん、いや、それはそうなんだけど。じゃあ例えば、今のこの道なき道はどうやって進んでいるの?」
「目的地に向かって進んでいるだけですが……それだけでは問題でしょうか」
ニンゲンは悪寒がした。これ以上踏み込んではいけないような何かに自分は迫ろうとしているのではないか。そんな直感があった。
「いやぁ……。大丈夫!それで問題ない!ごめんごめん、行こっか」
二人はまた歩き出す。

そして一月ほど経っただろうか。
これまでとは違い、一向に次の目的地には辿り着かずひたすらに道を堂々巡りしているようだった。
やはり今回は何かがおかしいとニンゲンが思い始めた頃だった。
「うーむ。もうそろそろ着いてもおかしくない気がするのですが。迷ってしまいましたかねえ」
辻さんが周りを見渡して地図とにらめっこを始める。
「なあ。次は俺が先に歩いてもいいか?」
なんとなくだがニンゲンには直感めいたものがあった。
ここが<道なき道>だというのなら。
「もちろん、かまいませんよ」
今度はニンゲンを先頭にして、二人が歩き出してすぐのことだ。
振り返るといつの間にか村の木柵は見えなくなっていた。
自分を見ていると勘違いしたのか、辻さんがにこっと笑う。

「おや、どなたかいらっしゃるようですね」
歩いていると、辻さんが後ろから少し先を指さして声をかけてくる。
指の先を目線で追うと確かに人影が見えた。
近くに行くとどうやら魔法使いのようだ。いかにもな大きめの帽子を目深に被って杖を持っている。
「こんなところで旅の方に会うとは。珍しいこともありますね」
こちらに気づいたのか魔法使いがあいさつをしてくる。
「やぁどうも。私とこの方と二人で旅をしているのですが、実は道に迷ってしまってですね」
魔法使いが帽子の下からじろりとニンゲンと辻さんを眺める。
「ほぅ、なるほどなるほど。そういうことでしたか。ここは道なき道ですから、存在せぬ道に迷うこともありましょう」
道がないから道に迷うというのは言われてみれば当たり前といえば当たり前のような気がしてくる。
「私たちはこの道を抜けて街に向かいたいのですが、行き方を知りませんか」
辻さんがそう尋ねると魔法使いが神妙な面持ちで考え込む。
「行先が決まっているのにここで迷っているのですか。それは妙ですね」
「どういう意味だ?」
「この道なき道は行先の定まらぬ者が訪れるといつまで経っても出れぬ迷いの道なのです。ですが、あなた方は目的地がある。それなのに道を進めないのは些か妙なのですよ」
「ふざけた道だな。道の癖に人を惑わすのか」
「まぁまぁそういう道もありますよ。ニンゲンさん」
なんだかバカにされた気分で怒りを露わにしたニンゲンを辻さんがたしなめる。
「さてさて。そういうことなら少しここで休んでいくといいですよ。たまにはゆっくり誰かと話がしたいと拙も思っていたのです」
そんなことを言いながら魔法使いはお湯を沸かし始める。
「どうしますニンゲンさん?記憶を早く取り戻すに越したことはありませんが今は手詰まりです」
「ああ、そうだな。ここの所ずっと歩き続けていたし世話になるか」
そうして二人は道端で魔法使いと道草を食い始めることと相成ったのだった。

どうやら話を聞いていると魔法使いは錬金術師でもあるらしく、名をゴールドというらしい。
世界をくまなく旅してたくさんのことをゴールドは知っているということが、話を聞いていると分かった。
様々なことを見て聞いて知って、たどり着いたのがこの<道なき道>らしい。
「もうどれだけの間ここにいるか……忘れてしまいました」
「いろいろなことを知っても本当の目的地がなければこの道は出ることはできません」
「ここを出ることができた時、拙は本当に知りたかったことが知ることが出来る。そう考えています」
ゴールドはそう寂しげに語る。ゆらゆらとコーヒーから昇る湯気が虚空に霧散していく。
「あなたはどうですか?次に行く街というのが本当に行きたい場所なのですか」
ある時ゴールドにニンゲンはそう尋ねられた。
「本当に行きたい場所がどこなのか。記憶を取り戻すとはどういうことなのか何故そうしたいのかも含めて考えねば、もしかしたらニンゲンさんはここから出られないのかもしれませんよ」
記憶が無いことに特に不便を感じることもなく恐怖も感じることもなくニンゲンは旅をしてきた。
そのツケが今なのかもしれなかった。
「道を道と歩くには道の先を明確にイメージしなければ、ということでしょうか。それならばお供の私では道を抜けられなかったのも納得です」
辻さんが感心して頷いている。
「俺は……どうしたいんだろうな」
ニンゲンは考えれば考えるほど迷路に迷い込んだように分からなくなっていくような感覚を覚えた。
「正解は必要ないのですよ。あなたがどうしたいか、それが大事なのです。道というのはそれを持つ者に拓かれるのです」
ゴールドはにこりと笑った。
気が付けばそれなりに長い間ゴールドの元に居候してしまった。道端だから誰の所有物というわけでもないのだが。
「十分でしょう。明朝には道が拓けるはずです」
ある晩ゴールドがそう言ったものだから、ニンゲンは驚いた。まだ何も見えた気はしなかった。
「案外そういうものなんですよ」

言葉通り、朝目覚めるとニンゲンたちの目の前には街の入り口があった。
道が拓けるとは言っていたが、歩いてもいないの目的地に辿り着いてしまった。
「どういうこったこりゃ」
「そもそもあなたは十分歩んできていたのです。それを自覚出来たのでしょう」
「めちゃくちゃすぎる……」
「御覧なさい。あなたが歩んできたのが道なき道です。お忘れなきよう」
振り返ると広大な草原が相も変わらず広がっている。どこにも道など見えない。
そこにゴールドは戻っていこうとする。
「あっ……」
「お気になさらず。人について拙も何度か出たことはあるのですが、自らの足で出なければ意味はないのです。お二人はどうぞお進みください。これからの道中の無事を祈っていますよ」
そう言ってゴールドは草原の彼方へと消えていく。
「そっか。ありがとうよ。いろいろ世話になったな」
ゴールドの姿が見えなくなるまで二人は見送っていた。
「<無詠唱>のゴールドさんですか、流石の御方でしたね」
「えっ?無詠唱?」
「ゴールドという伝説の魔法使いの話を聞いたことがあったのを先ほど思い出しましてね――」
小声で何やら辻さんが呪文めいたものを唱えると手にした草がぶわっと燃える。いつも辻さんが野営で使っている魔法だ。
「――幾つもの国難を救い世界各地で英雄とも語り継がれる同一人物なのかも定かではない魔法使いの逸話です。世の全てを知り、呪文を唱えることなく魔法が使えるただ一人の魔法使い、だそうですよ」
そういえばゴールドといる間の野宿は一切呪文を聞くことがなかったことをニンゲンは思い出した。
「多くを語らず、寡黙な方と語り継がれることが多いようですが私たちの出会ったゴールドさんは色々な話をしてくださいましたね」
「単に人違いなんじゃねえの?」
「どうなのでしょう。それと、私には<道なき道>がゴールドさんの魔法による空間なのではないかと思われましたが」
「おいおい。まさかそんなわけ……ないよな?」
「ふふっ。次お会いすることがあったら聞いてみましょうか」
それが本当だったらとんでもない相手と若干の時間を過ごしていたことにゾッとしながらニンゲンは街へと入っていくのだった。

***

<動物園>

そう名付けられた街はこれまで旅してきた場所とは打って変わった雰囲気で至る所が人であふれていた。
二人はそんな街の一角にある店で昼食を摂っているところだった。
「<地図には載っていない名店>ねぇ」
「さすが名店というだけあって美味しいですね」
辻さんが率直に食事の感想を述べる。
「いやまあ美味しいは美味しいんだが。思いっきりこの地図に載ってたことが気にかかるんだよ」
客も多く店内はがやがやとしている。
「地図には載っていないといわれると通な感じがして美味しそうでいいですよね」
「いやだから、それが地図に載ってることがだな……まっ、いいか。うまけりゃなんでも」
深く考えてもダメな気がしてきてニンゲンは目の前の食事に集中することにした。
来店した時間が良かったのか二人が店を出るころには店先に行列ができていた。
並んでいる誰もが各々の手に地図らしきものを握っている。この店はガイドブックなどにも載っているようだった。
「なんだかなぁ」
ニンゲンはやはり釈然としなかった。
美味な食事以外、記憶の手がかりは何も得られず二人は<動物園>の中にある次の目的地へと向かう。

「これもまたとんでもない場所だな!」
声を張り上げながらニンゲンはそう辻さんに声をかけた。
「すごい熱気ですね。傍から見ているだけで圧倒されそうです!」
負けじと辻さんが声を張り上げる。
二人の視線の先にあったのはステージとそれを取り囲む観客たちであった。
<地下劇場>と呼ばれるここでは、毎日のように多種多様なミュージシャンやアイドルたちが踊って歌い狂っているらしい。
そしてそれを取り囲むファンたち。思い思いにファンたちはアイドルのパフォーマンスに魅了されていた。
彼らが作り出すこの熱気に包まれた空間は、空から降り注ぐ強い日差しをものともしていないようだ。
汗をだくだくと流しながら二人は会場の端まで戻ってきた。
「よくもまあこんな暑い中あんなに騒ぎ続けられるもんだな」
「何かに熱中できるというのは良いことですね。彼らを見ていると私も元気を貰えそうです」
「そうかぁ?」
水を飲みながらフェンスによりかかりニンゲンは下の景色を見下ろした。<動物園>の広い街並みが見渡せた。
<動物園>の中でもひときわ大きな建物の屋上にこの<地下劇場>はある。
屋上でも炎天下でもここは<地下劇場>ということらしかった。
ふと近くで奇声が聞こえた。声の方を見ると狂乱した観客の一人がフェンスを乗り越え飛び降りていった。
「なんだありゃ。大丈夫なのかあんなことして」
「先ほど聞いたのですが、時々いるらしいですよあのような方たちが。後片付けが大変らしいです」
「後片付けって……やっぱいいや。聞かないでおこう。ここも何も思い出せないから、さっさと次へ行こう」
二人は賑やかなステージを背にして地上へと戻っていくことにした。

「で、今度はえらく静かなところだな」
「まあ何もないところですからね。誰も寄り付きません」
二人が次に訪れたのはだだっぴろい広場であった。
<バベル>と名付けられたその広場にはやたらと高く伸びる螺旋階段があちこちに立っていた。
「あの階段を上って行ったら何があるんだ?」
「特に何もないですよ」
「だと思った」
「時折物好きの職人などが現れては最も高い螺旋階段を作り上げていくそうです」
「ふーん。物好きだな」
「次から次へと高さが更新されていくそうであっという間に階段の先は雲の中へと到達してしまったようですね」
「へえ!そんなに高いのか。それだけ高いとなんとなくすごい気がしてくるな」
「そうですねえ」
二人は広場をしばらく歩き回りどこまでも続く階段を見上げていた。
もちろん上りはしなかったが。

なんでもあるようなこの<動物園>を一月はかけて浅く広く見て回った二人だったが、ニンゲンの記憶に関しては特に得られるものはなかった。
地図を辿り尽くして行先がなくなり、唯一街の中で地図に載っていなかった場所に行くことになった。
そうして二人が最後に訪れたのは街の中心部にあった小さな広場である。
「ここには名前がついていないんだな」
「一体何があるのでしょうね」
広場の真ん中に行くと人が一人入れそうなくらいのピカピカに磨かれた檻があった。
檻の扉は開かれて、中には何も入っていない。
「何か動物が入っていたのか?」
「どうなのでしょう。触ってみた様子では開かれた扉は地面に固定してあるようです」
辻さんが檻の扉に触れるがびくともしない。
何かを閉じ込めるようには作られていないのかもしれない。
「わからんな。ここも地図には載ってなかったし特に何か思い出せたりはしないな」
「そうですか……」
二人は当てがいよいよなくなり広場を後にする。
何も考えずに街の北へと向かう。
南から来たから街を北に出て旅を続けるか、そうニンゲンは考えていた。
しかし、街の北は行き止まりになっていた。
慌てて地図を見ると街の北には大きくこう書かれていた。

<交差点>

地図と何度見比べても、街から伸びる大きな通りが急に目の前の壁に遮られ行き止まりになっている。
「どこが交差点なんだ」
「一応壁伝いに街の東西には行けるようです。言うならば丁字路でしょうか」
確かに辻さんの言う通り、大きな通りが壁で左右に分岐して小道にはなっている。
「これが交差点ねえ。今更どんな場所でも驚きはしないが」
辻さんは地図を見ながら街のさらに北を指さす。
「これより北には特に目ぼしいところはないようです」
地図を見てみると街の北は出てすぐ島の北端にあたるらしく記載されている場所はなかった。
「うーむ。道も旅も行き止まりってわけか」
地図を一通り旅してしまったニンゲンだったが結局のところ失った記憶とやらは一向に戻る気配がなかった。
「困りましたね。旅を終えるといってもニンゲンさんには行く当てがないですよね?」
「そうだなぁ。旅をしてきた感じでは生きていく分にはどうとでもなりそうだが」
「いえ困るのは私がという話です」
「辻さんが?」
「旅のお供ということでついてきましたからね。貴方の旅が終わると些か困ってしまうのです」
心底落胆した様子で辻さんがうなだれる。
「辻さんには本当お世話になったな。悪いが俺は記憶を取り戻しそうにねえし、旅を続ける理由もなくなっちまった。適当にこの街ででも暮らしていくよ」
「ええ。仕方ありません。終わりにしましょう」
ふらりと近づいてきた辻さんがぎゅっとニンゲンを抱きしめるように両腕を回す。
抱き返そうとしたニンゲンの腹部に鈍い痛みが走る。
「かはっ……え?」
口から血が零れる。腹部にはナイフが突き刺さっていた。
両手についた血を拭いながら辻さんは倒れこんだ俺を見下ろす。
「また次の迷い人を探さねばなりませんね」
そんな声が薄れゆく意識の中で聞こえた気がした。

***

目を覚ますと<動物園>にいる間泊まっていた宿の中にいた。
身体を起こして見るとどこにも刺された後はなく異常は見つからなかった。
「……夢?」
「どうなされました?だいぶうなされていたようですが」
「ひぃっ!」
隣で同じように起きたばかりの辻さんが声をかけてくる。
夢を思い出して思わず情けない声を上げてしまった。長旅を共にしてきた相手に失礼な話だった。
「このところ悪夢が続いているようですね。朝になると飛び上がって私の声にも怯えることが多いようですが大丈夫でしょうか。少し心配です」
「あれ、そうだったっけ?」
夢を見てもすぐ忘れてしまっているだけなのかもしれない。
「さて、今日は地図には載っていない街の中心に向かう予定でしたね。支度が出来次第向かいましょうか」
訪れたこともない街の中心だが、ニンゲンはなぜか行ったことがあるような気がしてきていた。
無意識の奥で少しづつ閉ざされた錠が解かれていくような感覚。
記憶の手がかりがそこにある?ニンゲンはこれまでにはなかった感覚に言いようのない期待と不安を抱いていた。

<動物園>の中心に来ると小さな広場があった。
広場のさらに中心には人が一人入れそうな檻。扉は開いていた。
「檻があるだけで他はなにもないですね。触ってみた様子では開かれた扉は地面に固定してあるようです」
辻さんが檻の扉に触れるがびくともしない。
何かを閉じ込めるようには作られていないのかもしれない。
何の変哲もないその檻を見ていると少し胸騒ぎがした。
「何かを思い出せそうな気がする。ちょっと入ってみる」
「本当ですか!ついに記憶の手がかりが見つかれば貴重な第一歩ですよ」
ゆっくりとニンゲンは檻に入っていく。
檻の中から鉄格子越しに見える<動物園>は何も変わらなかった。
「期待外れだったか」
出ようとしたニンゲンがバランスを崩して檻の扉に手をかけた時だった。
扉が動いて、閉まり、そして内側に開いた。
「私が触ったときは全く動かなかったのに不思議な檻ですね」
内側に扉が開いたからといって何かが起こるわけでもなかったが、不思議とニンゲンは手ごたえを感じていた。
扉が内側に入った檻を見ているともっと何かが思い出せそうな気がした。気がしただけであったが。

二人は大きな壁の前に来ていた。
「<交差点>ねえ。行き止まりじゃねえか」
「行く当てがなくなりましたね……おや?あの方は?」
壁の近くで何かをしている老人がいた。近づいてみると天体望遠鏡を覗きこんでいる。
「何を見ているので?」
ニンゲンが声をかけると老人は望遠鏡から目を離さずぶっきらぼうに答える。
「何って見てわからんかの?<天体観測>じゃよ」
「天体観測って……」
老人の望遠鏡の先は下を向いていて、しかも壁に押し当てられていた。
一体何が見えるというのだろう。
そもそも今はまだ昼だ。
「ばかもん。未知を求めて人は天を仰ぐのじゃ。ほら見てみぃ!」
老人がほれほれと見せてくるがままにニンゲンはレンズをのぞき込もうとした。
コツンと額が望遠鏡に当たった衝撃で向きが少し変わった。
のぞき込んだレンズにはやたらと拡大された自分の足が移った。たったそれだけだった。
「見えたじゃろ?」
自信満々に老人が胸を張る。
そう自信気に言われると、本当は何か見えるような気がしてきて何度ものぞき込んだがやはり何も見えない。
「何も見えませんよ?俺の靴が見えるだけです」
ニンゲンのその言葉を聞くと老人はがっはっはと大声で笑いだす。
「そうじゃろそうじゃろ。それでええんじゃ。見えておるよ」
「えぇっ?」
「どんなに高いところも遠いところもまずは己の足元じゃ。それが見えてなきゃ旅はできんでのぉ」
ニンゲンは胡散臭い老人のその言葉にハッとさせられた。
自分が今までこの旅で見てきたものはなんだったのか。
取り戻そうとしていた記憶がなんだったのか。
見えない何かが見えてくるような気がした。

「辻さん。そのナイフをしまってよ」
身体の後ろで両手を組んでいた辻さんに声をかけた。
「おやおや。気づいていましたか」
「なんでだろうねそんな気がしたんだ」
「ですが旅も道もここで行き止まりです。このナイフをしまう訳にはいきません」
「旅は終わらないよ」
ニンゲンは足の裏を壁に向けて思いっきり蹴り出した。
派手な音を立てて壁が向こうへ倒れていく。
「これは一体……?」
「道だよ。ここは<交差点>だったろ?」
隣で老人が、ふおおおおおお空じゃ!空が見えるぞ!と素っ頓狂な声を上げている。
「なるほど。しかしこの先は島の北端です。結局何もありやしませんよ」
二人は壁だった場所を抜けて街の北に出る。
どこまでも広がる海原にまばゆい日光が煌めいている。
「海の先に行こう。世界にはこの島だけじゃないかもしれねえんだ」
「そんな話聞いたこともありませんが――」
辻さんはナイフを腰にしまう。
「――いいでしょう。私の負けです。その旅、お供しましょう」
ニンゲンは見飽きた地図を青空に掲げる。
「ずーっと変だと思ってたんだ」
「はて、何のことでしょうか」
「地図に<地図>って普通に書いてあるか?」
右上の大きな文字で書かれた<地図>をニンゲンは指さした。
「気づかれていましたか。お見事です」
「やっぱりそういうことか。どこまでもふざけてやがるなこの地図は」
「いえいえ作った方々は真剣ですよ。そう決めるのも読むのもニンゲンたち次第ですから」
「ふん、違いねぇ」
ビリっビリっとニンゲンは地図を破り去って放り捨てる。
「まずはどちらへ向かいましょうか」
風に流され街の方へとひらひらと紙片が飛んでいく。
それとは反対の向きをニンゲンは指さす。
「決まってるさ。あいつらとは違う方だ。こっちにしよう」

<地図>

それは摩訶不思議で至って普通の島。
そこに迷い込んだ者は概念に囚われ行く手を邪魔される。
<地図>を出られるニンゲンはそう多くはない。
しかし<地図>自体は何も悪くない。
未知を恐れ、道に迷ったニンゲンたちが迷い込んだ島。
そこにあるもの全てがいつの頃からか<名前>を失った。
世界はいつだって地図に載っている。
地図に載った世界はいつだってそこにある。
だけども、その地図は誰かの歩んだ未知。
地図を手にした者よ、いずれ新たな道を進んでいくのだ。

――未知の先へ、


トップに戻る