インターネットは情報の海だ。
有限ではあるが、その果ては一個人に到底見通せる物ではない。
親が寝しずまったことを確認し、今日も自室のノートパソコンを立ち上げる。
高校入学祝いに買ってもらったそこまで性能の良くない代物だが、ネットサーフィンをしたり動画を再生したりするだけなら十分だ。
友人から教えてもらったtorrentとやらを駆使すれば、漫画や映画だって全てタダで手に入る。
夏休み中はずっと夜のネットサーフィンを楽しんでおり、寝不足だが充実した気分だった。
"ティティン♪"
ダウンロードしたアニメを見終えると通知ポップアップが現れる。
Gmailの受信トレイを見ると、友人の武田からメールが送られてきていた。
ヤツもまだ起きているようだ。
メールを開くと、そこにはURLが1行だけ貼られていた。
リンク先はグロ画像をまとめたサイトで、TVでは公開されない凄惨な死体画像などを公開している趣味の悪いページだ。
彼はいつも楽しそうにこういった悪戯を仕掛けてくる、愉快犯だ。
根は良い奴なのだが、グロテスクなものに耐性があることをアピールしたり、他の人にグロ画像を見せつけて楽しんだりしている。
中二病みたいなものだろう、気持ちは分からなくもない。
自分はそういった画像が好きなわけではないが、怖いもの見たさで思わず覗いてしまう。
しかし直視はしたくないので、少し目線を横にずらしながら送られてきた画像をチラ見する。
それは女子高生が亡くなった現場の写真のようだが、うつ伏せで傷口などは直接写っておらず、そこまで精神を削られる画像ではなかった。
とはいえ直視できずにページを下の方へスクロールしていると、左側に並んでいる姉妹リンクの文字列の方に焦点が合った。
──事故物件公示サイト
グロテスクなものよりオカルトの類が好きな俺はその文字列に惹かれた。
早速そのリンクをクリックすると、情報量に驚かされた。
GoogleMap上に印が無数につけられている。
つまり、これら一つ一つが事故物件を意味しているのだろう。
サイト上部には「5万件を超える事故物件情報!」と書いてあった。
はやる気持ちを抑えられずマップを拡大する。
県単位まで拡大してもマップには印がびっしり埋められている。
更に1km四方ほどまで拡大すると、さすがに数えられるほどの個数になった。
適当に新宿あたりを見てみると、様々な情報が書いてある。
「平成24年7月 非常階段からの飛び降り」
「平成17年3月 ホステス刺殺事件 https://news.yahoo~」
「平成29年以降 不動産情報に"告知事項アリ"の情報、詳細不明」
どうやら口コミで様々な物件に関する情報が書いてあるようだ。
全国ニュースになるようなものから、細かい情報までまとめてある。
事故物件という表現だが、マンションなど住宅だけでなくホテルや公共施設の情報も書かれている。
文字情報ばかりだがとても面白い。
今度は気になって自宅周辺にマップを動かす。
郊外の住宅街だが、ちらほら印はついている。
自宅マンションには何も情報が書いておらず、ほっと安心する。
一番近いのは100mほどの一軒家での老人の孤独死のようだ。
2年前のことらしいが全く聞いたことがなかった。
もう少し探していると、ふとこのような情報が目に入った。
「令和2年8月9日 女子高生転落死」
……これは今日、正確には0時を過ぎているので昨日の日付だ。
身体中の筋肉が強張る。
自宅近くで同じ高校生が死んだ生々しさに驚きより恐怖が勝る。
「なんだよこれ…」
思わず独り言が漏れる。
しかも印がつけられている場所をよく見ると、それは俺が通っている高校だった。
なんだこれ?
どういうことだ?
夏休みなので学校にはここ数日出入りしていない。
だが部活などで出入りしている生徒はいるだろう。
いや、そういう問題ではない。
一人で抱えているには重すぎる。
俺は武田に「これヤバくないか」と一言付けて事故物件公示サイトのURLと共にメールを送った。
"ティティン♪"
メールの通知音が鳴る。
武田からの返信が3分と経たず来た。
メールを開くと本文にはこう記してあった。
へー事故物件か、もう反映されてんだ
てかさっきの東村の画像ヤバいっしょ
俺が撮ってまとめサイトに送ったらすぐアップされたわ笑
東村は同じクラスの女子の名前だ。
その、東村の画像。
嫌な予感を感じながらも、確かめずにはいられず、もう一度武田の最初のメールを開いてURLをクリックする。
マウスを握る手がベタついた汗で湿っている。
少しずつ下にスクロールする。
先ほど目をそらしていた画像を恐る恐る見る。
奥に映る校舎は紛れもなく自分が通っている校舎で、その手前には
──同じ学校の制服を来た女子が倒れている。
認識した瞬間、胃の中の物がこみ上げる。
が、トイレへ駆け込む間もなく、ゴミ箱へそのまま嘔吐してしまう。
胃の中の物を全て吐き、もう一度武田のメールを見返す。
武田は"たまたま"その場に居合わせたのか、それとも"たまたま"ではなく……。
最悪の仮説が頭をよぎり、それを確認するためメールを打とうとするが手が進まない。
恐怖が落ち着き、考えた挙句「どういうことだ…?」と一言メールを打ち終えるころには空は白んでいた。
メールの返信はなかった。
その日の夜、ただのグロテスク好きだと思っていた同級生は、ワイドショーを賑わせる存在となっていた。
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