好きな人の名前をインターネットで検索する。
思春期の頃、みなさん一度はやったことがあると思います。

Facebookやちょっとした記事を発見して、
ああ、今はこうなってるのね…と思いを馳せる。
普通はその程度で終わりますよね。

けれど私、それだけでは諦められない女でして…。
検索ワードを変え、近しい存在のフォロー欄を漁り、
リプライの内容から人物を絞り…

西玉 @nishitamaball
LS61st/UTL2志望/受験垢

アカウントまで特定してしまったのでした。



彼・今永くんは、私の小学校の同級生です。
学習塾は一緒でしたがそれだけで、そんなに仲がよかったわけではありません。
接点といえば、つるかめ算が理解できず困っていた私に、
「連立方程式使えば楽勝だよ」とアドバイスしてくれた程度です。

なんだか他の同級生よりは大人びているな、という思いは抱いたものの、
思春期まっさかりの私が、堂々と話にいけるわけでもなく。
彼が中学受験に合格して以来、一度も会うことはありませんでした。

それでもなぜか、彼のことはずっと好きでした。
私も女子校に入学して、異性と仲良くなることもないまま、
ずっと彼との記憶だけが残っていたからかもしれません。

周囲が恋だの受験だの盛り上がっている17歳の春、
私はただ、彼とまたお話できたらいいなあと、漠然と思っていたのです。

アカウントを特定した。それは私にとっては大きな一歩でしたが、
だからといってなにか環境が変わったわけではありません。
Twitterをフォローする勇気もなく、非公開リストに入れて眺める日々が続いていました。



私の友達・坂上さんに彼氏ができたのは、
私がアカウントを特定してから2か月、夏休みが始まる時期のことでした。

残念ながら私は、友人の幸せを素直にお祝いできるほど人間はできてはいません。
もちろん、よかったねと喜ぶ気持ちはあるのですが、
なぜ私より先に、という悔しさを抱いていたのも事実。

相変わらず、私はフォローもできない彼のアカウントを眺め続けます。

ところが。

@nishitamaball
友達に彼女が出来た。爆発しろ

ある日の彼のツイートで、状況は一変します。

いいねを押したアカウントを確認。
リプライの会話から彼女ができたアカウントも特定。
そのアカウントのフォロー欄に坂上さんを発見。

私と今永くんは、フォローもできないSNS上の関係から、
「友達の彼氏の友達」へと一足飛びに距離が近づいたのでした。



これは運命だと思いました。

私が妄想し続けた理想の付き合い方ランキング3位、
「昔の知り合いと偶然再会して仲良くなる」が実現されようとしていました。

ちなみに1位は「幼なじみとそのまま交際」、2位は「本屋で偶然同じ本を手に取る」です。
4位以降は、ちょっとえっちなので恥ずかしくて言えません。

何にせよ、接点ができたのは事実。
「彼氏さん紹介してよ」と坂上さんにお願いすれば、
相手もきっと友達である今永くんを連れてきてくれるはずです。

さっそく動き出そうとしましたが、
理性の私が本能の私を引き止めました。

@nishitamaball
可愛い彼女が欲しい

いま知り合って、あなたは本当に付き合えると思っているの?

本能の私も我に返ります。

そう、私は異性との経験値も少ない、世間知らずの女。
少しだけ学がある自負はありますが、見た目も平凡で、
未だにお母さんに買ってもらった服を着ています。

一方、坂上さんは同性の私から見ても可愛らしい女の子。
友達として紹介されれば、格落ち感は否定できません。

まずはこの差を埋めなければ。
そう悩みつつも答えは出ませんでした。

気晴らしに『孫子』を読んでいる時、答えはふと浮かんできました。



温故知新。古きをたずねて新しきを知る。
私の些細な色恋の悩みにも、古の兵法家は答えを授けてくれました。

敵を知り、己を知れば、百戦して殆うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。

私は己を知り尽くしています。知りすぎて自己嫌悪になるほどです。
それではまだ勝負は五分五分。
敵を知らねば私の恋路に完全なる勝利はありえません。

では、どうやって敵を知るか。
そうです、彼のアカウントです。

@nishitamaball
夏帆と共通の趣味でいちゃつきたい

私は彼のツイートを、いいね欄を、フォロー欄を漁り尽くしました。
彼の趣味を知り、好みの外見を知り、抱いている悩みを知る。

彼の理想のヒロインになれば、絶対に振り向かせることができると信じて。

7月の終わり、私は誰よりも彼のことを知っていると確信してから、
坂上さんに「彼氏さんと一緒に勉強会をしよう」とLINEを入れたのでした。



数年ぶりに会った今永くんは、見事に私の理想を体現したような男の子になっていました。

一方の私も、夏休みデビューと言われてもおかしくない程度には
普通、いえ、少しだけかわいい女の子へと変貌していました。
案外自分の素材は悪くなかったのかもしれないと、ちょっとだけ嬉しくなります。

ただ、それはあくまで準備が整っただけ。
彼を振り向かせるには、ここからが本番です。

仕組まれた再会にもちゃんと驚く。久々に会えて嬉しいと好意を示す。
そのうえで、彼だけではなく彼氏さん・坂上さんの立場も立てる。
さりげなく、彼が好きだという太宰治とMr.Childrenにも興味があるそぶりを見せる。

「今永くんと気が合うみたいだし、せっかくだから連絡先交換したら?」
坂上さんからその発言を引き出して、私は初戦の勝利を確信したのでした。

@nishitamaball
人って変わるんだな。



その後は、予習と本番、復習の繰り返しです。

最近のツイートから興味のありそうな話題をピックアップ。
実際の会話ではそれを掘り下げて彼に語ってもらう。
お別れしてからは、ツイートには出てこなかった彼の新情報を漁る。

今永くんは、ツイートには出てこない顔もたくさん見せてくれました。
私が仕組んだ必然の偶然だけではなく、本当に偶然興味が被ることもありました。
私の想像より、彼とのやりとりは楽しく、幸せでした。

本来、私の理想の交際は、
一緒にいるうちにお互いの世界を広げてくれる関係でした。

最初、彼の好みに私が合わせればいい、
振り向いてもらえればそれでいい、そう思っていました。

理想から妥協して現実を追い求めていたはずなのに、
気づけば現実が理想に近づいていく。

彼は興味を持ってくれるだろうか、そう考えながら
次に会った時に話すことを考えている時間は、
とても、とても楽しいものでした。

@nishitamaball
夏でも青春は来るらしい。



夏が終わり、模試だらけの秋が近づく頃、
私たちは2人でも会うようになっていました。

場所はほとんど図書館。
一緒に勉強するという建前は、受験生にとってうってつけだったのです。

最初は向かい合わせ、そのうち隣同士に。
会うたびにお互いに本を貸し合って、
勉強の合間に感想を話し合って。
帰りにコンビニで肉まんを分け合って。

「なんか最近、変わったね?」
坂上さんにもそう言われるほど、私は前向きに変化しているようでした。

自分自身でもそう思います。
恋をすると、人は変わるのだなあと。

でもヒーローになりたい
ただ一人 君にとっての

彼に教えてもらったMr.Childrenの歌詞も
なんだか心に刺さります。
普段はTwitterでいいねをしない私も、
ハートマークをつけてしまうほど。

@nishitamaball
でもヒーローになりたい
ただ一人 君にとっての

ハートマークをつけて…
………!?

油断していました。
私がいいねをつけた、いや、つけてしまったツイートは、
彼のアカウントのものだったのです。



すぐにいいねは取り消しましたが、
冷や汗は止まりませんでした。

私もネットストーカーのはしくれなので、
私個人が特定されるようなツイートはしていません。

が、同時に私も、恋する乙女のはしくれ。
見る人が見れば彼への惚気だとわかるツイートはしてしまっているのです。

今永くん、お願いだから、気付かないで…。
そう思っている時にLINE通知音。

「前話してた映画、公開したんだけど一緒に行かない?」

彼からの誘いでした。

@nishitamaball
めちゃくちゃ緊張してきた。



ただのデートの誘いだといいな、と思いつつの当日、
私は不安も忘れ、思いきり映画を楽しんでいました。

よかった、ただのデートだった、と一安心の私。
映画を見終えて、さて感想戦だ、と喫茶店へ移動。
そして、そこで彼が見せてくれたスマホには
思いきり私のアカウント画面が写っていました。

あ、ヤバい。これは完全にバレている。
覚悟を決めて、計算した女ですすみません、と謝ろうとしていたところ、
彼から謝罪の言葉が出てきました。なぜ?



ことの顛末をまとめると、どうやら私たちは同じ穴の狢だったようです。

アカウントを覗いている時、自分のアカウントもまた覗かれているのだ。
要するに今永くんもネットストーカーで、
私と同じくらいのタイミングでアカウントを特定し、
私のツイートを、いいね欄を、フォロー欄を漁り尽くし、
私の趣味を知り、好みの外見を知り、抱いている悩みを知っていたのです。

そんなことをしている時に私からいいねの通知が届き、
罪悪感と惚気を見られていた恥ずかしさとでいてもたってもいられず、
私を映画に誘ったのでした。

どうしてそこまでしたんですか? と尋ねると、
少しの沈黙の後、ぽつりと彼は言います。
僕にとって、理想のような女の子だったから、と。

理想の男の子である彼は、
理想の私を追い求めてできた存在で、
そんな私は、理想の彼を追い求めてできた存在で。

彼が先か、私が先かはよくわかりませんが、
理想よりも理想みたいな関係だな、とはちょっとだけ思いました。


ふたつの告白を果たした彼は、完全に返事待ち。
私からも告白しないといけないことはたくさんありますが、
まずは理想のヒロインとして、彼の好意に応えようと思います。


@nishitamaball
告白したらキスで返事される、少女漫画みたいなシチュエーションに憧れる。


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